『いざなぎ暮れた。』武田梨奈さんインタビュー

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*武田梨奈さんプロフィール*
1991年6月15日生まれ、神奈川県出身。2009年、映画『ハイキック・ガール!』のオーディションで主演に抜擢。映画『祖谷物語-おくのひと-』『海すずめ』、ドラマ「ワカコ酒」他多数で主演を演じる。近年は日米印合作の主演映画『Shambhala-シャンバラ-』の公開が控える他、企画から携わった映画『ジャパニーズ スタイル Japanese Style』の製作が決定。空手歴18年。琉球少林流空手道月心会黒帯。

『いざなぎ暮れた。』作品紹介はこちらです。
(C)2018 「いざなぎ暮れた。」製作委員会
公式:https://izanagi-kureta.com/
★2020年3月20日(金)よりテアトル新宿にて公開

―これまでいろいろな武田梨奈さんを観てきましたが、このノリコが一番女の子らしくて可愛い!
女の子の可愛らしさがいっぱい出ていました。


あ、ほんとですか。嬉しい~!

―毎熊克哉さんとのカップルも似合っていましたし、2人のやりとりがとても自然でした。
梨奈さんからノリコがどんな女の子なのか紹介していただけますか?


ノリコはキャバ嬢なので、ぱっと見派手ではあるんですけど、ほんとにノボルくんのことが好き。「お腹すいたからなんか食べさせてよ」って言ってもノボルくんに「後でな」となだめられたら素直に「はい」と言っちゃうような子です。ぐいぐいと発言をしているようで、実はすごくノボルくんに丸め込まれてしまうピュアな子。私だったらご飯食べさせてもらえなかったら、別行動でどっかに行っちゃいます(笑)。

―ノボルは切羽詰まっているのですぐ怒りますね。毎熊さんがあんなに喋っているのを初めて観ました。

私もこれまで拝見してきて口数が少ないイメージがありました。

―ノボルの台詞はほとんど嘘と言い訳で(笑)、ノリコの文句の言い方が可愛くて、これは男性ファンが喜ぶなぁと思いました。

ノリコも怒るんですけど、ノボルくんに言われると結局「しかたない」となっちゃうんです。気が強いようで、すごく繊細な子なんだと思います。

―梨奈さんは、これまでしっかりした強い女の子の役が多かったですね。でもこういう好きな相手にはとっても弱いタイプの女の子もできる、役の幅がどんどん拡がっているのが見えて嬉しくなりました。気分は遠い親戚のおばちゃんです(笑)。

ありがとうございます!

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―最初は15分の短編のはずが84分になったとききました。それも3日間で撮り終えて。

はい。正直、台本を観たときに15分の分量じゃなかったので、短編でおさまるのかなと思ったんです(笑)。
でも、たくさん撮ったおかげで長編になって劇場公開も決まりましたし、映画祭にも出せたので良かったです。

―あ、海外の映画祭での受賞おめでとうございます!

ありがとうございます!

―映画の中にちょっとだけアクションが入りました。相手のネルソンズの青木さんはレスリングをしていた方ですね。もっとやろうということにはならなかったんですか?

最初は、がっつりアクションシーンがあったんです。「ノリコが後ろ回し蹴りをして、その後“旋風脚”をして」と書いてあったんですが、ノボルとノリコの物語が進んでいくのに、キャバ嬢のノリコが急に格闘家の女の子になったら、現実味がなくなると思ったんです。だったら「ノボルくんをバカにされたノリコが感情的になって、ビンタしたりしたいです」とご相談しました。

―梨奈さんすごく成長していたんですねぇ。17才で映画界に入って、初めは自分のアクションシーンがあればあるほど嬉しかったでしょう。それが、映画全体とか相手役や流れを考えるところにきたんですね。

ありがとうございます。大人になりました(笑)。前だったら「蹴り3発くらいやってください」って言われたら「はい!」って一生懸命考えていましたね。

―寒いときなのに海に入るシーンがありましたね。

そうなんですよ、冬(撮影は2月)に。しかも「一発本番」だったので失敗できない。

―でも「もう一回お願いします」はない。あったらあんまりですもん。

はい。OKで良かったです(笑)。

―そのほかに難しかったシーンはありましたか?

オープニングの車の中のシーンは長回しで撮っているんです。普通だったらカメラマンさんたちが隠れているんですが、今回はカメラとマイクが置きっぱなしで、毎熊さんと「用意、スタート」も「カット」も自分たちのタイミングでやっていました。

―車は実際に走っているんですよね。

そうです。前と後ろにスタッフの車がいました。毎熊さんは運転もしながらでたいへんだったと思います。長回しだったので、間違えるともう一回。その緊張感はありましたけど、ずっと二人っきりだったので、それはそれで、自然体でできたかなと思います。

―アフレコじゃなく、生で?

今回、一度もアフレコしていません。毎熊さん、全部台本どおりと言っていたそうですけど、実はけっこうアドリブもあったんですよ。

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―ノリコの衣装が1着だったのがちょっと寂しい。でも派手可愛かったですね。髪も金髪で、梨奈さんのこだわりがあったと聞きました。

普段はあんな感じの服を着ることはないです。派手可愛い(笑)。髪は、台本に根もと黒くなって「プリンになってるじゃん」という台詞があったんですが、実際にキャバクラで働いていた方から、働く人たちはプロ意識、美意識が高くて髪や爪の手入れのために頻繁にサロンに通っていると伺いました。それをカツラで表現するのはなんだかイヤだったんです。リアルに見せたくて、微妙なプリンに染めてきました。

―じゃあ撮影が終わったらまたすぐ黒髪に戻したんですか?

別の撮影がありましたので。

―ノボルが「結婚」を口にしてノリコが立ち止まってしまう場面がありました。梨奈さんはどんなプロポーズがいいですか?こうしてほしいとか、理想のプロポーズってありますか?

理想のプロポーズ…。一番嬉しいなって思うのはやっぱり「おばあちゃんに会わせてくれる」とか、「自分の生まれ育った場所に連れていってくれる」。「理想のデート」を聞かれたときに最近よく答えるのは「お墓参り」です。

―え、相手の(ご先祖様)?自分の(ご先祖様)?

自分のもですけど、相手の。デートで連れて行かれた場所が「お墓参り」。「何でここに来たの?」って聞いたときに、「天国にいるおばあちゃんに紹介しておきたかったから」と言われたら嬉しい。そういうのが理想ですと答えてきたんですが、この映画(のシーン)が結構近くて、素敵だなと思いました。

―いくら二人のことと言っても相手のおうちと繋がるわけですから。

はい。軽い気持ちじゃないんだということで。

―これは書いておいて誰かに参考にしてもらいたいですね。

ぜひ!(笑)

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―少し前に『三十路女はロマンチックな夢を見るか?』(2018公開)を観直しました。梨奈さんは30才になるということにこだわったヒロイン那奈でしたが、今、リアルにアラサーですね。

はい、今年が20代最後の年になりました。

―つい10年刻みで考えてしまいますが、どの年代よりも「アラサーになって30代に入るのは大きい」とよく聞きます。大きいですか?

大きいです。去年おととしくらいまで、26,27才のときは三十路に向かってくるにつれて焦りを感じていたんですけど、今は全く感じていなくてむしろすごく楽しみな気持ちが大きいです。というのも、大晦日からずっと自主製作をやらせていただいたり、自分たちで企画したことができるようになったりしました。映画に関しても、お願いされたことだけじゃなく、それ以上のことを自分から発信できるようになってきました。
今までは自信のない武田梨奈で、自信がないけれども夢中でやってきました。今は「自分の中での自信」はすごく持っています。発信できるようになったことが、ちょっとずつ自信につながってきたと思います。それが大人になったっていうことかな。

―年を取って良いこともあります。

やっぱり年を重ねていくと説得力もできますし、そういった意味で「だからこそしっかりしなくちゃ」という気持ちは常にあります。今までと違って一つ一つの発言に責任を持って発信することを大事にしたいです。
あっ、一番大きいのはですね、10代からの自分のポリシーは「考えるな、感じろ(byブルース・リー)」だったんですけど、今は考えた上での「考えるな」だと思っています。そういったいろんな言葉の捉え方が変わってきました。

―考える前に知らなくちゃいけない、知識が必要ですよね。

そうなんです!いろいろ知った上で考える。何も見ていない、知らないのに「考えるな、感じろ」ではダメなんです。

―知識を入れるための受け皿も要りますしね。梨奈さんのこれからがまた楽しみです。

ありがとうございます。

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―ずっと梨奈さんのインスタやツイッターなどを拝見しています。映画もたくさん観ていらっしゃいますね。お仕事もいろんな方面にご活躍で、海外作品に出演されたり、映画制作を始められたり。『ジャパニーズ スタイルJapanese Style』のこともすっごく伺いたいんですけど、また次の機会に。

ありがとうございます。ぜひお願いします。

―では最後にこの映画の「推し」をひとこと。

はい。東京から来た若者二人が自然や伝統のある神秘的な街で暴れます。まったく馴染めていないのに、観終わった後になぜかこの街に似合う二人に変わっています。人間ってちょっとした心境の変化でそうなれるんだな、って思える映画になっています。特に若い世代の方、都会で行き詰っている方、ぜひ観ていただけたらと思います。

―ありがとうございました。
(まとめ:白石映子)

★毎熊克哉さんインタビューはこちらです。 

『いざなぎ暮れた。』毎熊克哉さんインタビュー 

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毎熊克哉さんプロフィール
1987年3月28日生まれ、広島県出身。小路紘史監督作『ケンとカズ』に主演し、第71回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017 新人男優賞、第31回高崎映画祭 最優秀新進男優賞を受賞。その後、吉永小百合主演映画『北の桜守』や『万引き家族』などに出演。

『いざなぎ暮れた。』作品紹介はこちらです。 
(C)2018 「いざなぎ暮れた。」製作委員会
★2020年3月20日(金)よりテアトル新宿にて公開


―以前『ケンとカズ』(2016)の試写の後、カトウシンスケさんと並んで送り出して下さってびっくりしたことがありました。映画もとても印象深くて、それ以来ずっと出演作を観ています。

ありがとうございます。

―『ケンとカズ』はやっぱり大きかったですね。節目になりましたね。

そうですね。それまでは映画に出たとしても、そんなに印象に残るような役というのはまず皆無な状態でしたから。あれは映画学校の友達(小路紘史監督)と撮った映画なので、転機になって良かったです。

―その後の快進撃たるや!フィルモグラフィーには、映画だけで2017年3本、2018年は13本、テレビや舞台もありますね。こんな風に変わってきていかがですか?

仕事で任せてもらえる役割は、大きくなればなるほど大変だなぁと思うんですが、自分の身の回りの友達とかはそんなに変わっていなくて。そういう意味では変わってないです。

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―道を歩いていて「きゃ~!」とか言われませんか?

それが言われないんですよ。全く。

―今佐藤健さんとテレビに出ていらして(TBS「恋はつづくよどこまでも」)。これからですよ、「きゃ~!」は。

テレビは見ている人多いですね。でもあんまり言われたくないんですよ(笑)。

―大きくて目立つから気づかれそうですが。

テレビに出ている人が横を歩いていたとしても、気づかれないですよ。普通に歩いているんですけど。

―役柄と素が違うからでしょうか。こう見ていても、役のノボルと今の雰囲気は全然違います。
この映画は島根で先行上映されましたね。あちらでの評判は?


上映後に舞台挨拶がありました。地元の人たちや親戚の人たちが来たような感じでした。東京の映画館でやったときとは全然違う、ローカルな感じでした。おじちゃんやおばちゃんが「頑張って~!」「応援しとるよ~!」みたいな(笑)。僕は広島出身なんですが、地元のような温かさでした。

―忘れないうちにお聞きしたいんですが、電話でノボルにいろいろ指示していたのは誰でしょう?

あれは…(マネージャーさんへ)言っていいんですか?(マネージャーさん:公言しないほうがいいというか、観る前に先入観を持たないほうがいいです)言ったらすぐに笑いが起きちゃうかな…? 観ていただいて誰の声か当てていただけたら嬉しいです。

―では誰なのかお楽しみということにします。東京の後の公開は決まりましたか?

まだなんです。でもこの映画は「持っている」というか、全然想像もしなかった発展をしているので、あわよくばもうちょっと上映館が増えたらいいなと思っています。

―ウィルスが恨めしいですね。この時期に。

今日(3月5日)もほんとはテアトル新宿で、一般のお客様もいる盛大なイベントがある予定だったんですが中止になりました。公開は20日ですが、収束することを祈っています。

―微力ですが、応援させていただきます。
ノボルは新宿の元ナンバーワンホストで、今はピンチだけど経営者ですね。これまではその手前の人、まだ登れてない人の役が多かった気がします。


全部が初めてといえば初めての役ですけど、ノボルはビジュアルがインパクトあります(笑)。でも裏社会の人間ではないんです。誰もが思うことですけど「男として成り上がりたい」、けれども何かが足を引っ張っているんです。

―ノボルには何が足りないと思いますか?

目先のことしか見えていない。彼もほんとの意味で成り上がりたいのに、目先のことしか見えていないから、いろんなことがうまくいかなくなる。もっと豊かな成り上がり方があるはずなのに、ここでトップになったとか、わかりやすいことでしか評価できていない。だからちょっと寂しい男です。

―まあ、新宿でお店も持っただけでもちょっとエライかなと。

エライんですけどね、もうちょっとこう幅広く考えれば、男としてはもっと上はあるんじゃないかと思います。

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―毎熊さん自身のこれからは?

「新宿のホストクラブでナンバーワンになった!」と言うことって、「映画祭で主演俳優賞とった!」っていうのと似ている気がするんです。例えばですけど。もっと先があるだろうと思う。豊かに純粋にとは思います。

―以前からダンスをしてらっしゃいますよね。どの作品にもそんな場面はないですが、毎熊さんのダンスは観られないのでしょうか。

踊っているシーンはないですが、”ダンスから学んだことは役に生きている”と思いますね。踊りの先生たちに「エロい踊りをしなさい」つまり、色気を大事にしなさいと言われました。指をさす、目線を向ける、というシンプルな踊りの中身を埋めなさいって。それは役者としても同じことですし、色気とは何ぞや、っていつも思っています。ですので、どんな役にも色気をもつことは意識していますね。いろんな種類があると思うんですけど。

―この人を見ていたい、と思うときがありますね。

見ていたい=目に留まる。ガチャガチャしてなくても座っているだけで、そこに“存在している”人っているじゃないですか。それってやっぱり究極だなと思って。そういうものは目指したいです。

―俳優さんには「目がひきつけられる吸引力」必須ですね。

はい、僕もそう思います。

―先日遡ってちょっと前の映画『夜明けまで離さない』(2018)を観たら、高倉健さんみたいに全然喋らないヒットマンの役でした。ノボルはこの対極で、ずっと喋っていますね。これまでで一番台詞が多かったんじゃないでしょうか?

ああ、喋っていましたね。自分の中で一番多かったのは、去年寅さんのお父さん役(2019年NHK「少年寅次郎」)を演じさせていただき、結構喋りました。喋れば喋るほどしょうもなさが出る、という感じの(笑)。このノボルも喋っていることが全部薄っぺらい(笑)。

―とにかくノリコへ言いわけして、嘘が重なっていくんですけど、やりとりが自然で面白かったです。脚本どおりですか?

脚本どおりなんですけど、スタッフもかなり少なくて、冒頭とラストの車の中でのシーンはカメラだけ設置して、「用意、はい」って急に台詞が始まってずっと二人だけでした。その感じが自然に出てるんじゃないかな。

―テイク少なく、どんどん撮っていった?

少ないです。武田梨奈さんとの共演だからこそ、一発本番シーンもうまくいったんだと思います。息が合ってとても助けられました。

―武田さんとはこれが初共演ですか?

えっと2回目です。前はテレビの「ヘヤチョウ」(2017/EXテレビ)、武田さんはがっつり刑事役で、僕は犯人と間違えられる役でした(笑)。それで初めてお会いしました。台詞のやり取りは全くなかったですけど。  
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―この映画のタイトル、前は違いましたね?

何回も変わっているんです。車も変わって、今はダッジですけど。その車の名前が入っていたり。(マネージャーさん:3回くらい変わっています)『いざなぎサンセット』『渚のダッジ』とか(笑)。『いざなぎ暮れた。』がベストなタイトルだと素直に思います。

―もともとはショートバージョンを撮る予定だったそうですが。

ショートバージョンを撮ったつもりが長かった、というノリなんですよ(笑)。15分の作品を3日で撮るならけっこう贅沢に撮れるんです。そこに全てをパンパンに入れて、ぎりぎりまで撮って84分。劇場にかけられる長さになりました。

―海に入るシーンがありましたね。すごく寒そうでしたが、いつの撮影でしたか?

去年の2月です。無茶苦茶寒いんです。とにかく寒かったです。神事は12月3日だったので、地元美保関の方々のご協力で、撮影のときに再現していただけたんです。時間が少ないのに、天候が不安定で大変でした。普通は雨のシーンの次に晴れていたら、繋がりがおかしいじゃないですか。でもこの町では変じゃないんです。逆にそういう(神様に近い)場所なので、それはいいかって(笑)。

―まあ、お疲れ様です。神事に会うと霊験あらたかで無病息災だそうですから、再現でもこれからも大丈夫かも。

そうですね(笑)。

―ノボルは車マニアでしたけれど、毎熊さんは?

僕は車まったくわからないです。

―私もわからなくて、ダッジ・チャレンジャーを検索しました。あの説明を覚えるのは大変じゃなかったですか?

あれもいろいろ変わったんです。やる直前に「車変わったの聞いてます?」「いえ聞いてません」って(笑)。
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―なんでもできそうな毎熊さんですが、これは苦手ということはありますか?

モノ、道具を使った球技ですかね。ゴルフ、野球、テニス…とか。

―チームプレーはOKですか?

あんまり向いてないと思います。「あ、どうぞどうぞ」って感じになっちゃうんで(笑)。サッカーも「俺が俺が」の集まりで、そうじゃないとたぶん勝てないんだと思いますが。
格闘技とかは1:1だからまだいいんですけど。

―喧嘩も?

喧嘩はしないです(笑)。役では喧嘩をするとか殴るとかありますが

―そういう役も、これから自分で手を出さなくていい、命令するほうにだんだん変わっていきそうです。
ダンスのシーンがある映画、ミュージカルもですが、特に時代劇に出てくださるのを楽しみにしています。似合いますよ、きっと。


ありがとうございます。一つ一つ様々な役にチャレンジしたいです。

―ぜひ。今日はありがとうございました。
(まとめ・写真 白石映子)

★武田梨奈さんインタビューはこちらです。

『カゾクデッサン』今井文寛監督インタビュー

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*今井文寛監督プロフィール*
大学卒業後、CM撮影スタジオに入社。スタジオマンとして働く。スタジオ退社後、フリーランスの照明部として活動。その傍ら、緒形拳主演『ミラーを拭く男』(03/梶田征則)などの映画に助監督として参加。
2008年、日本映画学校22期俳優科・卒業ドラマ作品『解放区』冨樫森監督作に照明技師として参加。
2010年に脚本監督した短編映画『ナポリタン、海』がショートショートフィルムフェスティバル&アジア2011、ジャパン部門に入選。
2014年公開の堀口正樹脚本監督作『ショートホープ』に照明技師として参加。
自己資金でこの作品の製作に乗り出し、共感する多くの方の協力を得て完成させる。

『カゾクデッサン』作品紹介はこちら
(C)「カゾクデッサン」製作委員会
★2020年3月21日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開

―この初の長編作品は“自主製作”ですね。製作費集めから始めたのですか?

脚本が書きあがったころ協力してくれる人が集まっていたのと、ちょうど貯金もそれなりに貯まっていたので。貯金です。

―貯金!ちょっとやそっとじゃないですし、作っているうちにだんだん足りなくなったりしませんか?

みなさんに正式なギャランティーや機材費などをお支払いしていたらとても足りません。みなさんが技術や機材や人材、時間を無料で提供してくれましたので、なんとか形になりました。

―良い方が周りにいらしたんですね。

そうですね。ほんとに仲間あっての映画です。

―いい人が集まるのは、本人がいい人だからだと思います。

いやー、だといいですけど。かなり無理させてしまいました。だけど、みんな映画が好きで「良い映画にしよう」という目標は一緒でした。

―「借り」は作ったら、時間かかっても忘れずにお返しすればいいんですよ。

そういうことですね。昔は借りを作るのが怖かったんですけど、今は「出世払い」ということで、いろいろお力を借りています。いずれお返したいと思っています。そんなこともあり、撮影中はみんなにとって楽しい時間にするということを意識していました。

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―最初に作る映画のテーマは「家族」と決めていらしたんですか?

そういうわけではないです。企画はいろいろありまして、以前はもっとお金のかかる映画を書いていたんですけど、自分でやるしかなくなり、それは不可能でした。それで自分の資金内で作れる映画の脚本を書こうというところから始まりました。
そのときに最初にあったのは「自分の好きな人を書きたい」ということでした。僕がスタジオや照明部で働いているときに、仕事を教えてくれた先輩たち…職人気質な人が多く、乱暴で、酒が好きで、言葉も荒い。けど、面倒見が良くてよく教えてくれて、失敗しても笑って許してくれるみたいな。

―剛太くんに似ています。

まさにそうなんですよ。そんな方々に教えてもらって僕も仕事を覚えてきたんですけれども、年を経まして先輩方も年を取り、お酒のせいで身体を壊される方も出てきたんです。そんなときに、僕はそんな先輩たちの良いところを引き継げているのか、それをまた後輩たちにうまく繋いでいけてるのか、ということに自信が持てなかったんです。
僕がお世話になった、僕がカッコいいと思う人たち、一般の人からみたらあんまり経済的に成功していない負け組と言われるのかもしれないけれど、僕にとってはカッコいい人たち。その姿をスクリーンに描きたいと思ったところから始まっています。

子どものころ親にすごく怒られて、「自分はこの両親のほんとの子どもじゃないんじゃないか」と思ったりしたことありませんか?僕はあって、脚本を書いているうちにそんな妄想的なことから話が組み上がっていきました。
意識のない母親、そういう人から、周りの話が動いていく。これは尊敬するエドワード・ヤン監督の、大好きな映画『ヤンヤン 夏の思い出』の影響が大きいと思います。

―出てくる男性は喧嘩したり、子どもっぽかったりするのに、女性は包容力があり、母性を感じました。監督はお母さんっ子かなぁと思いました。

あ、ばれましたね(笑)。父はあまり喋らない人だったので、やっぱり母親との交流のほうが多かったです。僕自身がこういう不安定な生き方をしているからか、周りの友人や仕事仲間たちが結婚していったりすると、じゃあ自分はみんなみたいに家庭を持てるんだろうか?正直その自信がなかったんです。

―そのへん剛太くんですね。

はい。だと思います。

―で、ご結婚は? あ、おばちゃんはすぐこれで(笑)、すみません。

まだです。諦めてはいないんですけど(笑)。

―きっと赤い糸の人が待っているんですよ。

はい、まだ期待しています(笑)。

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―映画に戻りますね。完成までにどれくらいかかりましたか?

企画を書き始めてからでしたら、4年くらいかかっています。

―4年ですか。お疲れ様です。そして公開おめでとうございます。

ありがとうございます。

―最初の作品にこれまで蓄積したものをつぎ込む方が多いと思いますが、監督は全部入れこめましたか?

いやー、全然入れこめてないです。単なる映画好きの映画バカなので、まだまだやりたい。企画はたくさんあります。

―この作品については。

俳優や技術の方々、いろんな人の力を貸していただき、ほんとに思った以上の作品になったと思っています。

―撮影期間はどのくらいでしょう? お天気は大丈夫でしたか?

11日間です。雨はですね、僕は晴れ男なんです。通り雨が1回あっただけです。

―病院の屋上の青空が印象的でした。ロケーションも良かったですね。

あそこはラッキーでしたね。ラストのほうですから、カラッと晴れて映画の神様によくしていただきましたね。制作担当が非常に優秀な方でほんとに素敵なロケ場所を見つけてくれました。バーやマンションも好評でした。リノベーションされたマンションでお洒落なんです。

―部屋の中にも窓があって。

美里が寝ているときに剛太が出ていって、窓の向こうの剛太へカメラが追う。窓の向こうに見える剛太から実は目を覚ましていた美里の顔へと、ワンカットでいけました。

―その窓の使い方もですが、ガラスや鏡に映像が映りこんでいるシーンが何度もあって目に止まりました。

はい。鏡をそこに持ってきて。ロケ場所もそういうところを選んでいます。というのは、撮影の中澤正行さんが映りが大好きで、そういうところで映画空間を作っていくんです。

―病院の廊下も長回しでカメラが人についていきますね。あそこも監督がやってみたかったこだわりでしょうか。

撮影の中澤さんも僕も長回しが好きで、どこまで行けるのかとチャレンジしてみました。ロケ場所に行って歩いてみて、「これ行けるんじゃないか」「人の動きをつければ」と。夜の人の少ないときだったので、けっこう順調に2テイクでできました。

―鏡の映像をずらしている場面もありましたね。

あれは中澤さんと編集をやっているときに、思いつきまして「面白いな」と入れました。編集しながらもアイディアが出てくるところが映画の面白いところです。

―映画はキャスティングが半分と聞いたことがありますが、編集もすごく大きいですよね。

特に監督の仕事はそういってもおかしくないですね。編集って映画を磨くことだと思います。磨くとどんどん良くなってていく。

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―キャスティングは、どのように決まっていきましたか?良い俳優さんが集まりましたね。

この映画の企画を持って訪ね歩いているときに、『お盆の弟』『百円の恋』のプロデューサーの狩野善則さんが脚本を気に入って協力してくださいました。そのつながりでまず水橋研二さんにお会いして、まさに主役の剛太だと思い、すぐに出演をお願いしました。水橋さんが出るということで、瀧内公美さんやほかの方も決まっていきました。
3人の中学生はオーディションで決めました。学校で3人が話しているシーンを交替してやってもらって、それぞれの役を決めました。何より良いのは3人とも真面目でまっすぐなんです。それって才能ですね。

―喧嘩のシーンがいっぱいありますが、監督は喧嘩したことは?

僕は不良でもなかったので、そんなに経験ありません。負けた記憶はあります(笑)。

―光貴くんは一人っ子で喧嘩の経験もなさそうなのに、あんなにパンチが入るものですか。剛太くんは百戦錬磨でしょうけど。

大人しい優等生の子のラッキーパンチかな。喧嘩のシーンは殺陣師の方に入っていただいて、リアルな喧嘩をめざしていこうと方向が一致しました。剛太のほうは酒を飲んでだらしない生活をしているし、かけひきは知っているだろうけど、体力が落ちているだろうということで。光貴が若さと体力で振り払い、剛太は膝を強く打ってしまう。それから顎にパンチを食らう。顎にうまく入ると意識を失います。僕も食らったことがあります(笑)。

―みんな「グー」でしたね。(笑)

喧嘩は「グー」ですね(笑)。構えもこうで(ポーズ)。光貴役の大友くんはブルース・リーを意識しているところがあるみたいです。彼はブルース・リー大好きなんです。

―音楽は蓑田峻平さんですが、iPodに入っているお母さんの思い出の曲もそうですか? なんの曲だったのか気になっています。

いえ、違うんです。iPodの曲は踊っている曲とは違うものにしています。

―映画をつくるときには、ラストシーンまできっちり考えてあるものですか?

この作品ではきっちり決めていました。なんでこのラストにしたか、尊敬する先輩たちや市井の人々に捧げる映画であってほしいなと思ったからです。

―剛太くんってだらしないけれど、憎めないですよね。だから幸せになってほしいなと思う気持ちがあのラストまで繋がって、いいところに着地した~と思っています。

ああ、それがうまく行っているのなら映画は成功だと思います。嬉しいです。

―良かったです。ありがとうございました。


=取材を終えて=
取材の前に待ち合わせ場所で監督に会えたので、故郷・福井の美味しいものを教えていただいていました。へしことかソースカツとか。銀座に福井の物産館があって、試写の帰り道なのでよく寄るのです。
おかげで、すっかり口が滑らかになり取材がスムーズに進みました。進みすぎて細かいことを聞く”オタク癖”が出てしまい、帰宅してみたら大事な質問が抜けておりました。恥ずかしながらメールで追加質問させていただきまして、すぐにお返事を頂戴しました。以下感謝とともに付記いたします。(まとめ・写真 白石映子)



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―映像の仕事をするきっかけになった映画は何ですか?(たとえばこんな映画が作りたい)

映画は子供の頃から好きでよく観ていましたが、決定的だったのは社会人になってから観た成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』です。
仕事先での昼休み、銀座の歴史ある名画座、並木座が閉館するニュースを見た私は、休日に訪れることを決めました。最終プログラムは「名匠 成瀬巳喜男の世界」。実は私、不勉強で成瀬作品を観たことがなかったんです。そこで観たのが『乱れ雲』。衝撃を受けました。何でこんなに激しく心を揺さぶられたのだろう。それから閉館するまで並木座に通い詰めました。並木座が閉館してもその興奮は収まらず、休日は映画館をはしごするようになりました。そしていつからか、自分が憧れる監督と自分との間に存在する距離に、愕然とした思いを抱くようになったんです。この距離を少しでも詰めるには、映画監督になるしかない。映画監督になる決意を固めて、勤めていた会社を辞めました。

―脚本を書くとき、大事に思っていることは?

脚本を書く時、いろいろ気をつけていることはありますが、大事に思っていることといえば、やっぱりキャラクターの葛藤を描くということでしょうか。主人公だけでなく、映画に登場する主要人物には、必ず葛藤を持たせたいと思って書いています。

―監督として「楽しい現場で」とおっしゃっていました。ほかに気をつけていたことは?

素晴らしい俳優、素晴らしいスタッフが揃っていましたので、いかにいい化学反応を起こせるか、そのことを意識しながら撮影に臨んでいました。
これは後から聞いた話ですが、ロケ場所のバーでのこと、水橋研二さんと瀧内公美さん、自分の出番が終わっても支度部屋には戻らず、二人でコップを洗ったりしながらおしゃべりをしていたとのことです。小さなことかもしれませんけれど、色々なところで化学反応が起きていたんですね。そういった化学反応たちが合わさって、また化学反応を起こす。そうやって映画は出来ていくのかもしれません。

『ソン・ランの響き』レオン・レ監督&主演リエン・ビン・ファットさんインタビュー

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レオン・レ(Leon Le)監督プロフィール
1977年サイゴン(現ホーチミン)生まれ。俳優・ダンサー・歌手として活躍した後、幼い頃からの夢であった映画監督の道へと進む。製作した短編映画『Dawn』、『Talking to My Mother』はベトナム国内で高い評価を得、『ソン・ランの響き』で長編監督デビュー。本作はベトナム映画協会最優秀作品賞、北京国際映画祭最優秀監督賞、サンディエゴ・アジアン映画祭観客賞など、国内外で現在までに合計37の賞を受賞している。写真家としても活動中。現在はニューヨーク在住。

リエン・ビン・ファット(Liên Binh Phát)プロフィール
1990年キエンザン省生まれ。在学中に人気バラエティ番組「Running Man Vietnam」に出演、人気を博す。その後3ヶ月のオーディションを経て本作にて映画初出演を果たし、第31回東京国際映画祭ジェムストーン賞(新人俳優賞)、ベトナム映画協会最優秀男優賞を受賞した。2020年2月にはフランスの舞台劇『Mr.レディ Mr.マダム』をリメイクした主演映画『The Butterfly House』の公開が予定されているなど、今後最も活躍が期待されるベトナム人俳優の一人。

作品紹介 http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/473600213.html
初日舞台挨拶 http://cineja-film-report.seesaa.net/article/473727941.html
公式 http://www.pan-dora.co.jp/songlang/
(C)2018 STUDIO68
★新宿K’s cinemaほか全国順次公開中!


日本ではコロナウィルスのニュースで大騒ぎのころ、予定どおり来日してくださいました。公開初日の前2月21日に取材の時間をいただいて、いそいそと三人で伺いました。お洒落なお二人を前にあがりぎみ。
(通訳:ダン・タン・フィエンさん)


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―2017年のTIFFの会見で、監督は「子どもの頃からカイルオンが好きで俳優になりたかった」とおっしゃっていました。長い間かかって念願のこの映画を作られたんですね。映画製作はどこで学ばれたのですか?

監督 映画製作の勉強はしたことがありません。本業は俳優で、演劇、ドラマやCMなどに出演してきました。やっぱり映画が好きでそういう仕事の合間に、一人で研究し学んできました。

―独学で!? すごい!これまで短編が2本、初長編というこの作品の完成度が高くて驚いたのですが、独学というのにさらに驚いています。

監督 ありがとうございます(日本語)

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―リエンさんもカイルオンを子どものころから観ていましたか?自分も演じたいとは?

リエン はい。昔から観ていました。そのころは大人の横にくっついて観ていた程度です。自分が出たいとは思わなかったですね。

―これは監督のオリジナルのストーリーですね。映画を作るまでの経緯を教えてください。

監督 もともと私はカイルオンに興味がありました。小さいころからカイルオンの俳優になるのが夢でしたが、実現できなかったので大人になってカイルオンに関する作品を作りたくなりました。最初は劇を作ろうと思ったんですが、劇は一度観終わったらその後に何も残りません。それなら同じ手間暇費用を注いで映画を作れば、もっとたくさんの人に観てもらえて、残すことができると思いました。

―それでゴ・タイン・バンさんのスタジオ68に話をされたのですか?

監督 正直にいうとそこに行ったのは最後です。それまでにいろんなプロデューサーに話しましたが、カイルオンがテーマというと興味を失って断られました。ゴ・タイン・バンさんだけが、ベトナムの文化や伝統的な劇などを世界に紹介したいという気持ちを持っていました。それで2日後に了承の回答をもらえました。

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―キャスティングですが、アイザックさん、リエンさんに決まったのは?

監督 主人公二人のうちアイザックはゴ・タイン・バンさんの紹介だったのですが、初めは断ったんです。そのときの彼の雰囲気がリン・フンとはマッチしていなかったからです。その後たくさんの人を見てきたのですが、なかなかふさわしい人がみつからず、結局アイザックもオーディションに参加して、他の人たちと同じくいろいろなことをやってみてもらいました。それでアイザックでいけるとわかって決定しました。
ユン役は新人で、知られていない人を探しました。なぜならスターだと、観客は映画の内容などよりも、すでにスターに対して持っているイメージで観てしまうからです。リエンさんは新人で、ユンのイメージに合っていました。

―リエンさんは演劇の勉強をしていたのですか?

リエン 演劇学校出身ではなく、関係ないものをやっていました。誰も知らないような番組のMCで全く無名だったんです(笑)。ある番組に出演した私を監督の知り合いが見て、ユンにぴったりだと監督に紹介してくれました。それでオーディションに参加して、4~5ヶ月かけてやっと監督からOKをもらいました。

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―良かったですね。楽器の練習はキャスティングされてからですか?

リエン そうです。役作りのためにアクションや楽器の演奏など習いに行きました。撮影前に監督からアドバイスをいただいて、重要なシーンなども練習しました。

―この弦楽器とソン・ランはセットで演奏されるものですか? 

監督 最近のカイルオンはギター演奏に変わっています。昔は映画のように“ダングエット”(ダン=弦楽器、グエット=月)で、ソン・ランとセットで演奏しています。ソン・ランはカイルオンのリズムを整えるためのものです。

―ソン・ランは劇の最初と最後に使われ、演奏者、役者双方にとってリズムの基礎であると資料にありました。そういう役目の大事な楽器ということですか?

監督 まさにそのとおりです。舞台の俳優やほかの演奏者に今劇のどこまで進んでいるのか、どのくらいで終わるとかテンポやリズムで教えてくれるのでとても大事なのです。主人公二人の人生と同じように、ソン・ランがなければどこに進んでいけばいいのかわからなくなります。 
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―映画は室内や夜の撮影が多いですね。演劇の部分もそうですが、光と影が美しい映画でした。撮影や照明にベテランの方々がいらしたのでしょうか?

監督 私が考えているこの映画のテーマは、(カイルオンの)劇と(実際の)人生は混じりあう存在ということです。光と影のようなリン・フンとユンの存在も同じです。撮影に関しては、ありがたいことにベトナム出身のオーストラリア人のボブ・グエンさんが撮影監督となってくれました。彼はこれまでに世界で7つの賞を受けた方です。

―リエンさんはアイザックさんと共演していかがでしたか?

リエン 最初この役をいただいたとき、アイザックさんと一緒に主人公を演じると知ってとてもプレッシャーを感じました。アイザックさんはすでに有名で、ベトナムのポップスターでしたから。難しい主人公役なのに、アイザックさんについていけるのかと不安でした。でも始まってみるとアイザックさんはとても親しみやすく親切にしてくださったので、だんだんうちとけて楽になりました。

―これは本国での上映が先ですか? それとも映画祭で受賞してから公開されたのですか?

監督 先にベトナムで上映しています。海外で初めて上映されたのは、おととしの東京国際映画祭でした。その後またベトナムで何度か上映しています。2019年には国会議員からの要請で、国会での特別上映をしています。
上映前はとても緊張しました。映画の中にははっきりは描いていませんが、政治的な要素も少し入っています。政治関係は敏感な問題ですので、もしかしたらクレームがくるかもしれないと心配しました。けれどもみなさんから高い評価を得て、芸術は人と人を繋げてくれると実感しました。
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―この映画が公開されてから、カイルオンの人気があがったということは?

監督 もう黄金期のような人気が戻ることは無理だと思います。でも、この映画が上映されたことでカイルオンについて知ってもらえました。最近は若い人たちが自分のミュージックビデオの中に、現代的なカイルオンの要素を入れていることもあります。

―出来上がった作品をご覧になってのお二人の感想をお聞かせください。

監督 上映されてすぐ感じたのは「孤独」です。というのは、この5年間毎日24時間ずっと作品のことを考え続けていたからです。
この作品が受け入れられるのか、どんな反応があるだろうか、良い評価がもらえるだろうかなどといろいろ考えていました。けれども公開されればもう自分だけの作品ではありません。みんなのものになり、自分が守ることもできなくなるのでとても不安で孤独な気持ちになってしまいました。
でもみなさんが高く評価してくださって、最終的には幸福を感じました。自分の人生の中の大きなゴールにたどり着いたと実感できました。

リエン 私にとって映画初出演のこの作品は節目になりました。それまで俳優のことはあまり真剣に考えていなくて、ただただやっていたんです。この作品は自分が今まで体験できなかった幸せをもたらしてくれました。自分にとってとても大事な作品です。

―ありがとうございました。

(取材:白石映子、宮崎暁美、景山咲子 まとめ:白石 写真:宮崎)


=取材を終えて=

映画を観た時に、打楽器であるソン・ランをちゃんと認識できなかったのですが、今回、監督にお伺いして、俳優やほかの演奏者に舞台の進行状況を知らせる大事な役目の楽器だとわかりました。歌舞伎でも「拍子木」が最初と最後に打ち鳴らされ、舞台の途中では演技のきっかけを知らせたりするので、同じですね。
今回、ぜひ監督とリエンさんにお会いしたくて、インタビューに同席させてもらいました。お二人とも、映画やベトナムの伝統に深い思いを持ったとても素敵な方でした。
最後のお別れの時にベトナム語のありがとうに挑戦。もう30年以上前、会社勤めしていた折、ベトナムからのお客様に教えてもらったのですが、片仮名で書けば「カム オン」。漢字の「感恩」からきているそうです。でも、ベトナム語には、声調が6つあって発音が難しいのです。昔教えてもらった声調で通じるか、まずは通訳さんに確認。「大丈夫ですよ」と言われ、監督、そして、リエンさんに「カム オン」と言ってみました。お二人共微笑んでくださって、ばっちり! (咲)

レオン監督はカイルオンの俳優になりたかったという方です。動画サイトにある映画の制作風景を見ますと、歌いながらカイルオンの演技指導をしているのはレオン監督でした。俳優さんでもあるし、カメラマンでもあります。カイルオンへの愛と画面へのこだわりに納得です。そんな監督に下手な写真を差し上げてしまいました。にっこり笑って受け取ってくださいましたが。
「ソン・ラン」は漢字だと「雙郎」らしいです。「二人の男」ですね。監督に確認しそびれましたが、これは二人の友情以上の物語?たぶん「観た方にお任せします」とおっしゃるでしょうね。次のコミケにファンブックが出ないかなぁ。
リエンさんはリム・カーワイ監督の作品に出演したそうです。レオン監督が準備中という脚本が順調に映画化されて、またいつか来日してお目にかかれるのを楽しみにしています。(白)

ベトナム戦争が終わったのは1975年。南北は統一され、首都サイゴンはベトナム戦争で大きな働きをしたホーチミンの名を取ってホーチミンになりました。ホーチミンはベトナムが統一される前の1969年に死亡しているけど、ベトナムの人々はホーチミンのことを親しみを込めてホーおじさんと呼んでいたので、サイゴンは陥落後、ホーチミンという名になったのでしょう。でも、今でも現地の人はホーチミンではなくサイゴンという名にこだわっているのだなと、最近公開された『サイゴン・クチュール』、『ソン・ランの響き』を観て思いました。日本人である私自身もベトナム反戦運動に参加した経験からホーおじさんには親しみを感じてはいたけど、「サイゴンはサイゴンだよね」と思っていたので、ベトナムの人たちのサイゴンへの思いを知って嬉しかった。

その思いと伝統芸術への思いは、たぶん通じるところがあるような気がする。昔から感じていたベトナムの人々の、質素だけど芯の強さは、中国、日本、フランス、アメリカなど、いろいろな国から侵略を受けてきたことに起因するのだろうけど、だからこそ、自分たちのアイデンティティーや文化を守ろうという思いが強いのでは。でもだからといって、まるっきり受け入れないということでもなく、よそからの文化も受け入れたりしながらベトナムは変わっていっている。ベトナム料理では米粉の麺で作ったフォーや生春巻きゴイ・クン、ベトナム風お好み焼きのバイン・セオなどが有名だけど、フランスパンのサンドイッチ、バインミーなどもよくみかける。

そうした一方で、伝統的なベトナムの服装アオザイなどは洋装に、歌舞劇カイルオンもだんだんに演じられなくなっていた。そんなことに思いを馳せたレオン・レ監督の思いとゴ・タイン・バンさんとが出会って、この作品は生まれたといえるのでしょう。彼女は『サイゴン・クチュール』もプロデュースしている。『サイゴン・クチュール』では、単なる伝統的なアオザイだけでなく、現代的なデザインのアオザイにも注目が広がっているようだし、この『ソン・ランの響き』の後では、ミュージックビデオなどにカイルオンが取り入れられたりしていると監督が語っていたので、こちらも単なる伝統の継続だけでなく、そういう形での新たな可能性も含めて、ベトナム文化は進化していくのでしょう。これまで観てきたのとは、違うベトナム映画の流れを感じるこのごろです(暁)。

『ソン・ランの響き』初日舞台挨拶2月22日

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2月22日(土)新宿K’Scinemaで初日舞台挨拶が行われました。10:30と12:30の回の上映後、レオン・レ監督とリエン・ビン・ファットさんが登壇しました。直前まで何度も練習された「日本語でのご挨拶」もまじえ、それぞれの思いを語ってくださいました。2回分の舞台挨拶を編集して一つにしています。
(通訳:チャン・ティ・ミーさん)(まとめ・写真:白石)


レオン監督 「みなさまこんにちは。お会いできて嬉しいです」
リエン 「こんにちは。わたしはファットです。どうぞよろしく」

―80年代のサイゴンを舞台に”カイルオン”をテーマにしたのは?

レオン監督 子供の時からカイルオンの役者になることが夢でしたが、13歳から家族とアメリカで暮らすことになったんです。その時恐らくこの夢は叶わないだろうと思いました。しかし、カイルオンへの愛は私の中に1日も消えることなく、あり続けたんです。そして20年後、カイルオンの役者になることではなく、カイルオンの映画をつくるという夢を持ってベトナムに帰国し、脚本を書き始めました。

―主役のキャスティングの理由は?

レオン監督 リエンさんのボディや美貌も重視しました。魅力的ですから(笑)。しかしそれよりも大事にしたのは彼の表現力です。特に無邪気な雰囲気の目です。
カイルオンの花形役者リン・フンを演じたアイザックについては、プロデューサーから提案された当初は断っていました。韓国のポップスターのようなアイザックは適役ではないと思っていました。しかし、何百人に会ってもふさわしい人がいませんでした。それでもう一度彼と会ってみると、バランスが取れていると感じたんです。カイルオンの役者にもオーディションを受けてもらいましたが、映画の世界にとけ込めないんです。しかし、映画の役者はカイルオンを演じられない。彼はそのバランスが良かったんです。

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ーレオン監督について

リエン レオン監督への思いはA4用紙2枚でも足りません(笑)。最も尊敬しているのは、基準をもうけ、自分の主張を譲らず、最後までやり遂げるところ。周りが経済的な効果の出る方法を提案しても、最後まで自分の基準を維持していました。

―どのように役づくりをしましたか?

リエン 俳優デビュー作であり、たくさん難しいシーンがあったため、私の全ての能力を費やしました。
脚本を何度も読み込み、演じるユンの人物像を分析し、カイルオンについても研究をしました。

―映画に出演した後、変わったことはありましたか?

リエン この映画が上映されて、以前よりずっといろいろな方に知っていただいて、それはとても嬉しいことです。映画やほかの分野からもオファーが来て、新しいチャンスが訪れました。私の中ではこれから俳優業を真剣に考えていこうと思っています。

―日本でも撮影をされたと聞きました。

リエン 東京国際映画祭で観客の方々はもちろんですが、新しいご縁がありました。リム・カーワイ監督が声をかけてくださって、昨年大阪で撮影をしました。そろそろ皆様に観ていただけると思います。映画の内容は、いろいろな国の人が日本にやってきて生活をしていくうちに、さまざまな問題に直面します。外国の異文化の中でいかに解決していくか、というストーリーです。私はベトナムから来た男の役です。どうぞ楽しみにしていてください。

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―監督のこれからのご予定を。日本で撮影の予定などありますか?

レオン監督 私は日本を愛していて、これまで5,6回来ています。残念ながら日本での撮影の機会はまだないのですが、アメリカとベトナムそれぞれで新しい脚本に着手しています。この『ソン・ランの響き』をとても支持していただいて、新しいチャンスもたくさんあります。自分に適切なこと、自分がやりたいことを冷静に考えてから、一つずつやり遂げていきたいと思っています。

―観客のみなさんの撮影タイムです。SNSで拡散してくださいね。

レオン監督 「ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします!」(拍手)
リエン 「友達にもどうぞよろしく!」(拍手)

作品紹介はこちら
★新宿K’s cinemaほか全国順次公開中!
公式 http://www.pan-dora.co.jp/songlang/