『乱世備忘-僕らの雨傘運動』立教大学での先行特別試写会に陳梓桓(チャン・ジーウン)監督登壇

2018年6月11日(月)17:00~20:30
立教大学 池袋キャンパス 5号館1階 5121教室

映画『乱世備忘-僕らの雨傘運動』は、陳梓桓監督(当時27歳)自らが、雨傘運動(2014年9月に香港の高校生・大学生が中心となり「真の普通選挙」を求めて行われた運動)で出会った香港の普通の若者たちと行動を共にした79日間の記録。
本作を通して「香港」そして「アジア」の未来について考える機会にしたいと、立教大学で特別試写会が開催され、上映後、来日中の陳梓桓(チャン・ジーウン)監督による講演と質疑応答が行われた。


『乱世備忘 僕らの雨傘運動』 原題:亂世備忘(Yellowing)
★2018年7月14日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
監督 陳梓桓(チャン・ジーウン)
音楽 何子洋(ジャックラム・ホ)
制作 影意志(雨傘運動映像ワークショップ)
配給 太秦
監修 倉田徹
2016|香港|カラー|DCP|5.1ch|128分
公式サイト:www.amagasa2018.com
シネジャ作品紹介 http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/460532836.html

陳 梓桓氏
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映画監督、香港城市大学政策、行政学科を卒業した後、香港バプテスト大学で映画、テレビ及びデジタルメディア学科修士課程修了。ジョニー・トー監督主宰の新人監督発掘コンペティション「鮮浪潮」にて賞を獲得。『乱世備忘—僕らの雨傘運動』は長編デビュー作。2016年、台湾金馬奨ドキュメンタリー映画部門にノミネートされた。


◆陳梓桓監督トーク

聞き手:倉田徹氏(立教大学法学部教授・アジア地域研究所長)

倉田:ようこそお越しくださいました。

監督:ありがとうございます。大勢の方にいらしていただきまして嬉しいです。

*偶然前線に立ったことから記録映画が出来た
倉田:雨傘運動の映画を作るのは難しかったと思います。もともとあの運動は計画とは違ったものだったと思います。最初は静かに座り込みしていましたが、その後、警察と衝突し、催涙弾が使われて、結局あのような運動になりました。元々シナリオのない映画で、まったく予想できない状況の中で撮られたのだと思います。そもそも陳さんは現場に映画を撮ろうと思って行ったのか、デモの参加者としていらしたのか、どちらだったのでしょうか?

監督:デモ参加者として現場に行きました。映画を撮らなくても行きました。何が起こるのかわからない状況で行きましたので、何が撮れるかもわかっていませんでした。警察に押される感じで、間に挟まれて前線に1時間立つことになりました。

倉田:もともとシナリオのない映画で、たまたまデモの現場で彼らと出会い、映画ができあがったといえますね。

監督:香港で起こっている運動を撮ろうと考えていました。当時、台湾で起こった「ひまわり学生運動」を撮ったドキュメンタリーを台湾で観て、運動を記録した映画は重要だと思いました。

倉田:陳さんご自身の小さいころからのホームビデオの映像も使われていました。監督は現在、31歳。1997年の返還の時は、10歳。政治への関心はどのように育てていらしたのでしょう?

監督:返還のときの記憶はあまりありません。小さすぎて、香港の歴史や、何が起こっているかなど、よくわかっていませんでした。中学に入ってから、天安門事件のことを知り、大学に入って、政治を学びました。大学生の時にデモに参加するようになりました。2010年の高速鉄道に反対するデモが最初でした。それがきっかけで政治への関心が芽生え始めました。映像を撮ることを始めていましたので、デモを撮りました。政治の勉強はしていましたが、政治の仕事には就きたくないと考えていました。上の世代の人たちが、20年かかっても何も実現できていないのを見ていましたから。卒業して仕事に就きたくなくて、大学時代から映画が好きでしたので、その道に進もうと思いました。その後、政治や社会の問題を撮るようになりました。

*庶民の町 旺角(モンコック)と政府機関のある金鐘(アドミラルティ)
倉田:本作は雨傘運動の二つの舞台、旺角(モンコック)と金鐘(アドミラルティ)で撮影されています。モンコックは九龍側にあって、個人商店や露店や風俗店などがある庶民の町。池袋のようなところですね。アドミラルティは香港島にあって、政府の所在地です。それぞれの特徴は?

監督:モンコックは、草の根的、アドミラルティはエリート的、意見も違います。地域的な違いもあります。モンコックは自発的に始まったので積極的です。アドミラルティはステージがあったりして、運動を始めたリーダーたちが多くいました。同じような形で始まったけれど、運動の方向に関して、理解が違ってきました。

倉田:モンコックとアドミラルティ、どちらが好きですか?

監督:モンコックが好き。魅力があります。ヤクザっぽい人、土方っぽい人がいて、普段話さないような人と政治談議できたりしました。

倉田:日本の報道はアドミラルティのリーダーがいて、学生がいてという様子を大きく伝えていたと思います。この映画では、報道では伝わらなかったような、若い人たちが自発的に色々なことを行っている様子が映し出されています。学園祭のような雰囲気も感じました。一方で、監督は警察に殴られてもいます。楽しさと怖さと、色々な思い出があると思います。今、思い起こして、どんな思い出だったでしょう?

監督:一つの形容詞で語るのは難しいと思います。いろんな感情が入り混じっています。最初は希望を持って参加してました。人と出会って楽しい思い出もあります。前線で怖い思いもしました。最後は運動が成功しなくて虚しい思い。4年経って、遠い過去のような気もします。香港や外国でこの映画を観てもらうときには、当時の参加していた精神を思い出して考えてもらいたい。

*タイトルにこめた思い
倉田:タイトルに「備忘」を入れた思いは?

監督:映画の最後にラッキーが話した言葉です。20年経って、自分が警察のような立場になっていたら殴ってくれ。そんな風になってしまうのが怖いから、映画を観て注意してくれと。ドキュメンタリーを撮った時の思いを留めておくことが大切と「備忘」と付けました。社会を変えたいと思った気持ちを留めておきたいです。

倉田:英語のタイトル 『Yellowing』は?

監督:黄色はこの運動を代表する色。運動への思いが続くようにと、ingを付けました。写真は色あせていきますが、運動の記憶も時間が経つにつれて色あせるのではと。過去を忘れないようにという思いを込めています。

倉田:日本の観客へのメッセージをお願いします。

監督:この作品は香港の若者を撮ったものだけど、自分のことに置き換えて観てほしいと思います。台湾で上映した時には、ひまわり学生運動、マレーシアで上映した時には選挙、日本でも観る方が自分のことに引きつけて観ていただければと思います。

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◆会場との Q&A

― (香港出身の立教の男子学生) 日本に来ていて、運動に参加できませんでしたので、監督に感謝します。返還から50年の年には、私も何もできない若者ではないと思います。自分たちがどんな社会運動をしているのかと思います。

監督:運動が起こりうると思います。いつの時代にも若者たちが世の中をより良く変えていこうとすると思います。私たちも、この運動に参加する中で成長しました。香港も中国とのかかわりが増えていく中で、自分たちの理想を失いかねません。学生の運動は学生中心ですが、社会の多くの世代の指示が必要です。ラッキーは、先生になって下の世代を育てている立場です。映画を上映することで、この運動を知らない人に伝えることができます。思いを繋ぐことができます。

― (北京出身の女性) 民主主義のあり方や、中国の政治の在り方を考え直すことができました。雨傘運動には、当時の政治についてはっきりとした目標を持った人もいますが、まわりの雰囲気で参加した人もいるかと思います。社会運動の視点からどう思っていらっしゃいますか?

監督:数万人規模の大きな運動になった場合、はっきりとした目標を持った人も、そうでない人もいると思います。それぞれに参加する理由が違います。民主主義を勝ち取ろうという人、催涙弾を見て、学生を助けたいという人、なんだか楽しそうだからという人もいます。映画の中にも、大学生のレイチェルと中卒の学のない男の子の会話の中で、「人類学って何?」というやりとりがあります。違う人たちが集まって、新しい考えを持つようになることが民主主義に繋がります。

― 大陸で上映される予定はありますか?  DVDになりますか? 

監督:大陸では正式な上映はされていません。大陸の観客に観てほしいと思っています。香港ではDVDを作っているのですが、大陸には出せていません。もしかしたら、ネットで海賊版が出回っていて、大陸の人が観ているかもしれません。


フォトセッション
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◆最後に
倉田;ご来場ありがとうございました。4年前の香港の民主化運動を身近に思い出す機会になったことかと思います。今後も香港に関心を持っていただければと思います。

監督:この映画を日本で正式に公開できるのが非常に嬉しいです。香港では正式に公開できませんでした。ですので、配給できたことに感謝したいと思います。雨傘運動に参加した人たちのことも応援していただければと思います。


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イベントが終了すると、多くの観客が監督に挨拶したいと列を作りました。
私は最前列に座っていたので、運良く3人目でお話することができました。でも最初の二人が中国語で話していたのに、私は広東語で挨拶だけして、あとはつたない英語。「昨年、山形国際ドキュメンタリー映画祭の折に取材をした宮崎暁美が、今、香港に旅行中で、監督にお会いできないのが残念ですと伝えてくださいといわれました」とお話するのが精一杯でした。
会場の外で、新潟から取材に来ていた上塚氏にお会いしました。 1993年に飲茶倶楽部主催の香港電影旅団で知り合った方です。返還目前で香港人気が沸騰し、香港映画も日本で全盛時代を迎えていた頃を懐かしく思い出しました。
もうずいぶん長い間、香港に行ってないのですが、最後に行ったときにも中国の影響を肌で感じました。今や、どんな状態になっているのでしょう。『乱世備忘 僕らの雨傘運動』は、香港の人たちが自分たちの香港を守りたいという思いのずっしり伝わってくる雨傘運動の記録映画でした。日本では今、国を正しい方向に持っていこうと政府に対して発言する元気のある人がどれだけいるでしょう・・・ (景山咲子)