10月3日(水)『殺る女』完成披露試写舞台挨拶

10月27日(土)からの公開を前に、池袋シネリーブルにて『殺る女』完成披露試写会が開催されました。
上映前に主演の知英(ジヨン)さん、武田梨奈さん、宮野ケイジ監督の舞台挨拶レポをお届けします。

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幼いときに両親を殺された愛子(知英)が、犯人の腕にあったサソリのタトゥーを手がかりに、腕利きの殺し屋となって復讐しようとする。
一方孤児院で育った加賀俊介(駿河太郎)は、かつての仲間に悪事を強要されている。俊介の妹由乃(武田梨奈)は看護師として働き、同僚の医師に心を寄せているが、報われそうにない。

凄腕のスナイパーを演じる知英(ジヨン)さん
「これまでで一番台詞の少ない台本で、覚えなくていいや、ラッキー!(笑)」と喜んだそうです。ところが現場に入ってみたら「間違いでした。台詞の代わりに、全部表情や目だけで感情を表現しなければならなかった。監督に助けてもらってキャラクターを作っていきました」

武田梨奈さんは孤児院育ちの看護士役。心に闇を抱えているという設定で、これまでに見たことのない女性を演じています。
「一ヶ月前から闇を考えながらすごしました」「役のために普段絶対吸わない煙草を、喉がウェーとなりながら(笑)吸っていました」と笑わせます。
女の殺し屋を主人公にしたかったという宮野ケイジ監督
「クライマックスで愛子が自分自身と向き合う絵が浮かんだんです。それが枝葉を広げて物語を構築し、みんなが闇を抱えることになりました」台詞については
「今回はなるべく言葉を使わないで、それぞれの心の動きを浮き彫りにしたいと言うのが最初からあって、台詞が少なく台本が薄くなった」そうです。

知英さん、武田梨奈さんは一緒の撮影シーンが一つもなく、舞台挨拶のこの日の取材が初対面。
初めて会ってお互いの印象を聞かれて
知英「(武田さんは)可愛いです。素敵な笑顔にひかれます。アクションのイメージがあったんですが、この作品ではか弱い女性で出ていて、こういう面もあるんだと感じました」
武田「今日初めてお会いして撮影するときに、近い距離で見つめあってくださいと言われて恥ずかしくて見れませんでした。天然記念物のような、知英さんほんとにいたんだって感じで。お芝居も歌もダンスも言葉もできて、性格も優しくて悪いところが一つもなくて悔しいです。知英さんになりたいです」(会場笑)

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お二人はガンアクションも見せています。
知英「プロっぽく見せなければいけないので銃の持ちかた、姿勢、まばたきしない、など気をつけました。銃に慣れるように、友達だと思ってずっと現場でさわっていました」
武田「一瞬しかさわっていないんですけど、たまたま手にしたというシチュエーションだったので、むしろわからないままやろうと思いました」
知英「かっこよかったですよ」

MCさんからこれまでの「ターニングポイントだと感じたこと」を聞かれて
監督「人生でいうと多すぎるので、この映画を作るうえでのことを。ラストシーンが台本と違うんです。知英さんに相談して変えたら、すごくよかったので、そこに向かっていくという組み立てができました。ターニングポイントであり、よりどころになり、くっきりしました」
武田「たくさんあるんですけど、10年前に『ハイキック・ガール!』に出させてもらったことです。私を映画界の一人として正式に迎え入れてくれた作品。それがあったからこそ今の全てがあると思うので、10年前の自分に良かったね!と言いたい」
知英「女優をはじめたことで、第2の人生を生きています。こうして日本で活動できているのも大きなターニングポイント。これからも現場での出会いを大切にしていきたいです」

『あまねき旋律(しらべ)』アヌシュカ・ミーナークシ&イーシュワル・シュリクマール監督 インタビュー

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10月6日(土)より、ポレポレ東中野で公開され好評を博している『あまねき旋律(しらべ)』。

公開に先立ち来日された監督のお二人へのインタビューをやっとまとめました。


『あまねき旋律(しらべ)』   原題:kho ki pa lü  英題:Up Down & Sideways
監督:アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール
製作:ウ・ラ・ミ・ル プロジェクト
公式サイト:http://amaneki-shirabe.com/

インド東北部ナガランド州ペク県。急な斜面に作られた棚田や、山間の道には、いつも歌が轟いている。農作業をする時にも、重い荷物を運ぶ時にも、そして恋をする時にも、ここの村人たちの生活は歌と共にある。
ミャンマー国境近く位置するこの地に住む民族「チャケサン・ナガ」の民謡で、「リ」と呼ばれる歌は、南アジアの音楽文化では極めてまれなポリフォニー(多声的合唱)で歌われる。二部合唱から最の大では混成八部合唱。
共同監督の、アヌシュカ・ミーナークシとイーシュワル・シュリクマールは、インドの南部出身。インド各地の踊りや歌のパフォーマンスを取材する中で、ナがランドの労働歌に魅せられて、1本のドキュメンタリーに仕立て上げた。

村の中心にある大きな白い教会。インド軍にペク村の80%を焼かれた過去。それでも、伝統は人々の歌の旋律の中に受け継がれていることを感じさせてくれます。ぜひご覧いただきたい映画です。


プレス資料に、この映画に魅了され、日本公開に一役買った大澤一生さんによる、詳細なインタビューが掲載されていて、取材時間をいただいたものの、さて、それ以上に何をお伺いすればいいのかと思いながら、お二人にお会いした次第でした。
(大澤さんのインタビューの掲載されたパンフレットが、劇場で入手できます。)


監督のお二人が来日されたのは、暑い熱い夏の真っ最中でした。
「猛烈に暑くて大変だと思いますが、どうぞ日本の滞在を楽しんでください」と申しあげたら、「私たちは、もっと暑いところから来たので、全然大丈夫です」と、にっこり。

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*監督プロフィール*

インド南部・ポンディシェリを拠点に活動。アヌシュカ・ミーナークシ(写真:左)は映像作家でありつつ、地域でビデオ制作を教えたり、演劇の音響も手掛けている。イーシュワル・シュリクマールは俳優として活動する傍ら、劇場の照明、音響デザイナーでもある。2011年に始めた活動「u-ra-mi-li(我が民族の歌)プロジェクト」では、日々の生活や労働と音楽やパフォーマンスとの関係に関心を寄せながらインド各地を回りながら撮影を進め、その過程で生まれた作品『あまねき旋律(しらべ)』(原題:Kho Ki Pa Lü/英題:Up Down and Sideways)は世界の映画祭で上映が続いている。(公式サイトより)



◎インタビュー

◆山ドキで奨励賞と日本映画監督協会賞を受賞

M―去年(2017年)、山形国際ドキュメンタリー映画祭で観て、とてもすばらしい作品だと思いました。映画祭で賞を受賞しましたが、日本公開までは難しいのではと思っていたので、公開が決まって、とてもうれしかったです。

*山形での紹介記事は下記よりアクセスできます


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K― 山形国際ドキュメンタリー映画祭のアジア千波万波部門にて、奨励賞と日本映画監督協会賞を受賞、さらに日本での公開が決まり、おめでとうございます。どんなお気持ちですか?

アヌシュカ: 興奮しています! 緊張も! まさか、こんなことになるとは思ってもみませんでした。


◆インド各地で演劇人による生吹き替えで上映

K― インドでは、どんな形で上映されたのでしょうか? 

アヌシュカ:映画祭などで上映されましたが、上映機会はぐっと少ないです。ただ、教育現場での上映は何回かありました。たとえば、5歳から8歳くらいの児童にも一部を見せたことがありました。インドの人たちはほとんど英語字幕を読むことができないので、今後、広い範囲でいろいろな人に観てもらいたくて、英語字幕ではなく吹き替え版を作ろうと思っています。


K― いろいろな言語に吹き替えないといけないから大変ですよね。

イーシュワル:私たちは演劇出身なので、演劇をやっている役者仲間がたくさんいるので、この映画を持って各地を旅しながら生で各地の言語で吹き替えしてもらうというようなことを考えています。

M― 海外では、どの位上映されたのでしょうか?

アヌシュカ:劇場では少ないのですが、映画祭など25箇所で上映されました。


◆教会の果たしている役割

K― 皆で歌いながら作業することによって、大変な仕事を、楽しそうにこなしている姿が印象的でした。 監督のお二人も、けわしい山道を彼らの歌声を聴きながら歩くことによって、乗り越えることができたとプレス資料に掲載されているインタビューにありました。 昔からの生活の知恵と感じました。

アヌシュカ:歌を聴きながら山道を歩いて、まさに実感しました。


K― 村の中で、白い大きな教会が、ひときわ目立ちました。キリスト教が入ってきて、いったんは伝統的な合唱の文化が崩されたけれども、その教会自身が伝統の大切さに気付いて、民族祭りを始めたことに興味を持ちました。今では、村のたちにとって、キリスト教はどんな存在なのでしょうか?

アヌシュカ:教会は地理的にも村の中心にありますが、すべての活動の中心にもなっています。会派が違う教会が3つあります。一番人口が多いのがバプテスト教会です。伝統的儀式の中で冠婚葬祭はキリスト教式のものにすっかり変わっています。ですが、映画の中では決してキリスト教が伝統を壊してしまったことではなく、むしろ後から来た教会がある種のバランスの中で現在の形を作り上げているのではないかということを見せています。価値あるものは何なのか、どのようなものが伝統なのかを気づかせてくれた存在になっていると思います。

ナガランドのペク村では長い期間をかけて宣教師が生活の基盤を作り上げてきました。また、民俗学者や写真家が外からやってきて、歴史の記憶を遺してくれた経緯があります。それが自分たちのアイデンティティーについて振り返えさせてくれる役目を果たしています。前に進めて行くのを考えさせてくれたのが教会でもあると思います。

イシューワル:9分半の長いショットで、働きながら歌っている歌がありますが、「リバイバル(復興)教会」の会派の人たちです。この会派では、伝統的なことは歌に歌ってはいけないので旋律だけ残しています。意味のない歌詞を旋律にのせる形で伝統を残そうとしています。


★参考:バプテスト派キリスト教
アメリカの宣教団によるキリスト教布教が成功した結果、住民の90%がキリスト教を信仰している。その理由として、声を合わせて歌う文化がもともとあることで「賛美歌」から比較的抵抗なく入信が拡がったという説がある。「世界で唯一のバプテスト教会が主流の州」として知られている。(公式サイトより)

K― 教会主導の民族祭は、年に1回開かれているものですか?

アヌシュカ:教会主導ではなく、村が主催して教会がサポートしています。なかなか毎年は出来なくて、お金が集まったらやるという感じです。


K― 実は、写真家の友人がナガランドでは労働歌を商業的に見せているような印象があって、行く気になれなかったと言っていました。 この映画の写真を見せましたら、こういうところなら行ってみたかったと残念がっていました。商業的に見せているところもあるのですか?

アヌシュカ:確かに写真家が外国からきた歴史が英国統治時代からありました。全身民族衣装にアクセサリーという格好で畑仕事をしている写真が出たりしていますが、年に1回くらいは正装することはありますが、日常は違います。
今は、ナガランドの人たちが自身の日常を写真に残そうとしています。

イーシュワル:肖像画としての重要性を考えると面白い。「撮る」と言うと、正装に着がえてくる! 撮影する側は、普段の自然な姿を撮りたいと思っているのですが、過去を振り返ると、インド軍がナガランドの80%を焼き尽くした時、民族衣装やアクセサリーが消えてしまったので、ナガランド独自のものを写真に残すことは、彼らにとって大きな意味があるのです。自分たちの文化に対する誇りを撮ってほしいという思いです。


M― 会話は通訳を通したのですか?

アヌシュカ:そうですね。言語が違いますから。

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M― スムーズにあの地域の撮影をできるように入っていけたのでしょうか?

アヌシュカ:最初から意識していたので、村の自治体に許可を得てから入りました。
私たちは南のタミルナドゥ出身なのですが、中央に対する反抗もあって、ヒンドゥー文化を強制されることに抵抗しています。実は、ナガランドの親たちは、子どもをタミルナドゥの大学に入れる傾向があります。


M― そういう繋がりもあって、入っていきやすかったのですね。


イーシュワル:撮影に入る前に地元の高校で私たちが撮ったものを上映したり、映画作りのワークショップを開いたりしました。先生たちも、そういう活動を受け入れてくれました。
村の長老の中に文化の保存に関心の高い人たちがいて、私たちの歌を録音してほしいと頼まれました。映画に使うものとは別に、要請に応じていくつか録音しました。


◆100年前の映画『モアナ 南海の歓喜』にも労働歌

M―最近、1926年に製作された映画『モアナ 南海の歓喜』を観たのですが、100年近く前の映画で、サモアの人たちが歌いながら農作業や漁業などの仕事をしているところを映していて、『あまねき旋律』との共通点を感じ、その時、『あまねき旋律』のことを思い出しながら『モアナ 南海の歓喜』を観ていました。そして、どこの国にも歌いながら労働をするという、生活に密着した労働歌の文化があるのだなと思いました。『モアナ 南海の歓喜』をご覧になったことはありますか?

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  *シネマジャーナルHP 作品紹介 『モアナ 南海の歓喜』


アヌシュカ:観てないですね。ほかの地域の文化でも、労働歌の記録があるのですね。過去の暮らしにロマンチックな懐古的な見方も一方であると思います。工業化されていくような中で、抵抗しながら人々が昔ながらのものを新しいものに変えていくことに興味があります。

M― チャンスがあれば、『モアナ 南海の歓喜』をご覧になれば、自分たちの映画と共通点があると感じていただけるのではないかと思います。また、歌というのは、自分たちの行動への勇気つけという側面はありますよね。


◆u-ra-mi-liプロジェクトとは

K― インド各地の踊りや歌のパフォーマンスを取材する中で、ナがランドの労働歌に出会われたとのこと。「u-ra-mi-li(我が民族の歌)プロジェクトというのは?  

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イーシュワル:u-ra-mi-liは、ナガランドの言葉で「我が民族の歌」という意味です。音楽について追求しているプロジェクトです。リズムが大事。 労働に機械が入って、音が大きくなり、リズムも変わってしまっています。そんな中で、労働の中で、歌がもとの旋律を残しながらどういう風に変わってきているかにも興味があります。


K― 原題 Kho Ki Pa Lü は、ナガランドの言葉で歌の抑揚のことでしょうか?

アヌシュカ: はい、まさに英語のタイトルと同じ上がったり下がったりの意味です。


K―「長すぎる歌は聴き心地がよくない。だから、ここでひきあげるとしよう」と映画を閉じていて、83分という長さは、確かに飽きずにみれる程よい長さでした。もっともっと入れたい映像はあったと思います。

アヌシュカ:確かに素材がたくさんあって、2時間以上のものも作れます。歌一つで30~40分のものもあります。長さをフルに使った記録は、それはそれで意味があると思います。彼らのコミュニティーの大事な記録ですので、多くの人にアクセス可能な形を考えたいと思います。

M- とても胸に響く映画でした。最初に行きたたりばったりで行って、これはモノになるという嗅覚をお二人は持っていらっしゃると思います。

アヌシュカ:ありがとうございます。自分たちの映画作りの技術には自信がないけれど、多くの人たちとの繋がりで完成に導かれました。村の人たちが自分たちに誇りをもっていて、私たちのやろうとしていることに賛同して協力してくれたということも大きかったです。

M― 映画には技術も必要だけど、ドキュメンタリーは特に映っている人の魅力が大事です。それを引き出す能力をお持ちだなと思いました。

イーシュワル:この映画には3年かかったのですが、2年間くらいはどうなるかまったく見えない状況でした。  そんな時に、バンガロールである方の演出する演劇の公演を観て、演劇は舞台で完成させないといけない、私たちの映画も完結させなければと思いました。

映像素材を感覚的に繋いで、あとで翻訳してもらって、そこに意味のある言葉をつけてもらいました。人に助けられて、この映画は完成しました。

M― 労働しながらの歌だけでなく、雑談の場面があったから、さらに面白かったと思いました。

アヌシュカ:どういう内容でおしゃべりしてとお願いしたわけじゃないのですが、いい場面が撮れました。

M― 地味な作品だけど、心に響く作品だと思いました。山に轟く歌がとてもよかったです。  

K― 今回はナがランドに的をしぼって映画にされましたが、今後、インドのほかの地域の生活に根付いた音楽も映画にされることを期待しています。今日はどうもありがとうございました。


*取材を終えて*

山形で観た時大変印象に残り、観終わった後、心地よい余韻が残りました。まさに琴線に触れる、音楽と人間との関係を表した作品だと思います。映画を観終わった後の、この感覚があるような作品というのは、なかなかないと思うので、この作品に出会えたのはとてもうれしかったです。これからも、人との出会いを大切に作品を撮っていってもらいたいし、次の作品もぜひ観てみたいです(暁)。


本作は、大変な力仕事も、つらい単調な仕事も、皆で歌いながらこなせば少しでも楽になるというのは、昔からの人間の知恵だということを思い起こさせてくれました。

グローバル化で、世界が画一化されていく中、それぞれの民族が育んできた伝統の今を、映像に残しておくことの大切さを感じます。監督お二人がインド各地を回られて収集された映像も、いつか映画になることを期待しています。(咲)


 取材:宮崎暁美(写真) 景山咲子(文)