戦時下に自ら考え、行動した保母たち
現代にも通じる若者の可能性を体感してほしい
太平洋戦争末期、若い保母たちが幼い子どもの命を守ろうと声をあげ、53人もの園児を連れて集団疎開を敢行した。この実話を、久保つぎこが1982年に「君たちは忘れない-疎開保育園物語」(「あの日のオルガン」(朝日新聞出版 2018年刊)に改題,加筆修整)として出版。強い信念で逆境を乗り越えていった保母たちの奮闘ぶりを描いた。
映画『あの日のオルガン』は久保つぎこの小説を原作とし、山田洋次監督作品で共同脚本、助監督を務めてきた平松恵美子がメガホンをとった。主人公の保母2人を演じたのは戸田恵梨香と大原櫻子。『家族はつらいよ』シリーズのレギュラーメンバーの夏川結衣、林家正蔵、橋爪功が脇を固めた。
戦時にあってもなお、子どもを健やかに育てようとした保母の姿が、豊かで便利な時代に投げかけるものは何か。平松恵美子監督に疎開保育園の実話を映画化する意義や本作の見どころを聞いた。
<平松恵美子監督プロフィール>
1967年生まれ、岡山県出身。
新宿ピカデリーで「鎌倉映画塾」のチラシを見たことをきっかけに、1992年、会社員を辞め第一期生として入塾。在塾中の1993年、山田洋次監督の『学校』、『男はつらいよ 寅次郎の縁談』に助監督として参加したことから卒塾後も山田組に加わることとなる。助監督として『たそがれ清兵衛』(2002年)、『隠し剣 鬼の爪』(2004年)など山田組のほぼ全作品に参加。また共同脚本作品として、『さよなら、クロ』(2003年/松岡錠司監督)、『釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪』(2005年/朝原雄三監督)の他、山田洋次監督の『武士の一分』(2006年)以降のほぼ全作品に参加。『武士の一分』(2006年)、『母べえ』(2008年)、『おとうと』(2010年)、『東京家族』(2013年)、『小さいおうち』(2014年)、『母と暮せば』(2015年)、『家族はつらいよ』シリーズ(2016年・2017年)では日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。『ひまわりと子犬の7日間』(2013年)で、松竹では『お吟さま』(1962年/田中絹代監督)以来、2人目の女性監督としてデビュー。その他監督作品に「双葉荘の友人」(2016年/WOWOW)がある。
映画『あの日のオルガン』
戸越保育所の主任保母・板倉楓は、園児たちを空襲から守るため、親元から遠く離れた疎開先を模索していた。別の保育所・愛育隣保館の主任保母の助けもあり、最初は子どもを手放すことに反発していた親たちも、せめて子どもだけでも生き延びて欲しいという一心で保母たちに我が子を託すことを決意。しかし、ようやく見つかった受け入れ先はガラス戸もないボロボロの荒れ寺だった。幼い子どもたちとの生活は問題が山積み。それでも保母たちは、子どもたちと向き合い、みっちゃん先生はオルガンを奏で、みんなを勇気づけていた。戦争が終わる日を夢見て…。そんな願いをよそに1945年3月10日、米軍の爆撃機が東京を襲来。やがて、疎開先にも徐々に戦争の影が迫っていた―。
出演:戸田恵梨香、大原櫻子、佐久間由衣、三浦透子、堀田真由、福地桃子、白石糸、奥村佳恵、林家正蔵、夏川結衣、田中直樹、橋爪功
監督・脚本:平松恵美子
原作:久保つぎこ『あの日のオルガン 疎開保育園物語』(朝日新聞出版)
音楽:村松崇継
主題歌:アン・サリー「満月の夕(2018ver.)」(ソングエクス・ジャズ)
配給:マンシーズエンターテインメント
文部科学省特別選定作品(一般劇映画)
©2018「あの日のオルガン」製作委員会
★2月22日(金) より東京・新宿ピカデリーほか全国でロードショー
―監督を引き受けた経緯をお聞かせください。
本作を企画した鳥居明夫さんは1982年に疎開保育園の映画化に奔走しました。そのときは実現には至りませんでしたが、その後、虐待やネグレクトなど子どもたちが置かれている状況はますます厳しくなっていった。鳥居さんは今こそ作るべきではないかと考え、企画を掘り起こしたのです。それが人を介して、巡り巡って私のところにお声掛けいただきました。
―就学児の「学童疎開」は知っていましたが、「疎開保育園」は初めて聞きました。
私も原作を読んで疎開保育園があったと知り、驚きました。偉い人が考えたことではありません。現場で働く保母さんたちが「学童疎開はしたのに、それよりも小さい子どもたちは放ったらかしでいいのですか」と疑問を抱き、疎開させた。すごいなと思いました。
―保母さんたちが保育に「文化的生活」を掲げていたのが印象的でした。
原作にその言葉が書かれていて、私もいいなと思って使いました。
文化的生活とは、衣食住といった必須のこと以外で、心に潤いがあること。映画の中ではお花を飾ったり、オルガンを弾いたりして表現しました。
子どもたちの豊かな感性を育むことは保母さんたちの使命です。単に生きているだけでは動物と一緒。戦時中でも疎開先でもその使命を諦めたくない。そんな崇高な理想があったのではないかと思うのです。それが現実にどこまでうまくいったかは別物として、そういう思いがあったというところが素敵だと感じました。
今の人たちは働かざるを得ない状況に置かれてはいるのですが、みんな働きすぎというか、余裕のなさを感じますね。
―子どもはかわいいものの、24時間一緒の生活は大変です。映画の中で保母さんの1人が「子どもはかわいいと思う。それと同じくらいうるさい、面倒くさいと思う」と言っています。子育て中の母親がこの作品を見ることで、育児を負担に思い、余裕のないのは自分だけではないという気持ちになれるのではと思いました。
そのセリフはどうしても入れたかったのです。自分が24時間、保育しなきゃいけないと考えただけでも気が重くなる。しかも、何人もの子どもをいつ終わるかわからない、出口のないところで預かっている。本当に大変です。
保母さんたちが終戦まで持ち堪えられたのは、お互いに協力して補い合い、地域の人にも助けてもらったから。1人でできないのは当たり前。できないときは人を頼ってもいい。今、育児をしているお母さんたちへの「1人で抱え込まないでほしい」というエールになればとも思います。
―主任保母の板倉楓役を戸田恵梨香さんが演じています。戸田さんを選んだ決め手をお聞かせください。
戸田さんは一本芯が通っています。最近もテレビの連続ドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』で若年性アルツハイマー病になるヒロインを演じていましたが、芯があり、その芯がブレない。そういった芯を持っているところが、この作品にはまさに適役だと思いました。
実は『駆込み女と駆出し男』を拝見して、戸田さんのお芝居をいいなと思っていたのです。今回、キャスティングをしてくれたプロデューサーから戸田さんを打診されたときは嬉しかったですね。
―対照的な保母さんの野々宮光枝役は大原櫻子さんです。
大原さんは未知数の部分がありました。映像としてはデビュー作の『カノジョは嘘を愛しすぎてる』を観ただけでしたが、舞台では感情豊かなお芝居をしています。
光枝役は直線的で、前向きな表現のお芝居をしてくれれば大丈夫と思っていたのですが、大丈夫どころか、大原さん以外は考えられないお芝居をしてくれました。
-楓と光枝にはモデルになる保母さんがいたのでしょうか。
怒り出すと手がつけられなくなる、憤怒院盆顔大姉という戒名というかあだ名をつけられた先生が原作にいました。楓はその人をモデルにしています。
怒るといっても、ただブチ切れて、わあわあ、きゃあきゃあ言うのではありません。当時の社会のいろんなことに対して怒らなくてはいけない、しっかりとした理由がある。ただ、当時は戦争中で、あまり声を大にしては言えないから常に心の中でグラグラ沸騰している。そこが魅力的。現代は怒り方を知らない人、怒られ方を知らない人がいっぱいいます。こんなに素敵に怒れる人はいないと思いました。
光枝もモデルらしき人はいます。しかし楓が怒っているタイプなので、若い人が共感しやすいキャラクターとして、失敗ばかりするけれど明るく笑っていて、天然でピュアなみんなに愛されるキャラクターに作り替えました。
―楓も本当は光枝のようになりたかったのではないかと感じました。
楓も保育の世界に入ったときは光枝のような保母さんだったのではないかと私は思っています。周りの保母さんに怒られて叱られて、今のしっかり者の楓になっていった。だから光枝に対しても「この子なら、もっと叱って大丈夫」と期待を込めて厳しく接していたのでしょう。
―東京大空襲から戻ってきた楓がみんなに語るシーンがありましたが、楓のセリフと様子から東京の惨状がリアルに伝わってきました。
東京が大空襲で焼け野原になったシーンを作って、そこをひたすら、とぼとぼ歩いていく絵が作れればいいのでしょうけれど、そんな予算はない。しかし、観る人に体感してもらいたい。
あの頃は楓がいちばんピンチだった時です。内面がグラグラ、ユラユラしていて、ちょっと強い力で押されたら、ぐずぐずっと崩れてしまいそうなところをやっと持ちこたえている。そんな不安定感を戸田さんがしっかり出してくれました。戸田さんは阪神淡路大震災を幼いときに経験して、見たくない光景を見ています。表現の重みが違うと思いましたね。
―本作でいちばん伝えたいのはどんなことでしょうか。
疎開保育園は若い保母さんたちが自分の頭で考え、行動し、成し遂げた。若い子たちはものすごい可能性を秘めているのです。それを現在の若い子たちに感じてほしい。
保母さんは人の子どもの命を預かるのが仕事。その意義や過酷さがもっと認められて、待遇の改善が行われるべきです。この作品がその議論への一助になってくれればと思います。
―これからこの作品をご覧になる方にひとことお願いいたします。
たくさんの幼い子どもたちが、若い保母さんたちと心を通わせながら自然に笑い、生き生きと振る舞っています。しかもドキュメンタリーではなく劇映画で。こんな作品は後にも先にも観られないのではないかと思います。ぜひ、体感しにきてください。
(インタビュー:堀木三紀)