〔本木克英監督 プロフィール〕
1963 年富山県出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、松竹に助監督入社。森崎東、木下惠介、勅使河原宏監督に師事。米国留学、プロデューサーを経て、 1998 年『てなもんや商社』で監督デビュー。『釣りバカ日誌11〜13』『ゲゲゲ鬼太郎』『鴨川ホルモー』『すべては君に逢えたから』『超高速!参勤交代』など多数作品を監督。2018年『空飛ぶタイヤ』で第42回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。
テレビドラマで「天下騒乱 徳川三代陰謀」「忠臣蔵~その義その愛~」「神谷玄次郎捕物控」など多数時代劇を監督。2017 年よりフリー。
念願の本格時代劇
テレビドラマでは正統派時代劇を作ってきたんですが、映画ではこういう企画はなかなか実現しにくいものです。時代劇はシニア向けと思われがちで、若い観客層には歴史を知らないと分からないんじゃないかとの先入観があり、俳優にとっては、鬘と着付けをした上での所作が必要で、制約が多いと敬遠されます。その垣根を低くしたいと考えていました。 そんな中、今回は、佐伯泰英先生のベストセラーという企画としての強みがあり、本来やりたかった本格時代劇ができる!と、意気込みました。京都(撮影所)にいる仲間も、モチベー ション高く参加するだろうと予想しました。
企画の時点で、坂崎磐音(いわね)=松坂桃李さんが決まっていて、かなり長めの脚本第 1 稿ができていました。佐伯先生の原作は 51 巻の大長編ですけれど、映像が浮かびやすいんです。第 1 稿を読んで「悲恋の物語」が軸であり、剣劇や捕物など時代劇の娯楽的要素も満載なので、映画の全体像は見えているなと思いました。
男女二人の悲恋と、新たに出会う女性との関係、それがどう進展するのかという興味の中に、磐音が背負う悲劇的な宿命をいかに魅力的に出 していくかが重要だと思いました。 未来を感じたキャスト松坂さんは時代劇の主役は初めてでした。いつも多彩な役柄に挑戦している人ですから、強 烈な業を内に秘めたストイックな役柄をいかに演じてくれるか、とても楽しみでした。彼本来の穏やかな雰囲気を大事にしつつ、ときおり陰 が見えるという演出をしようと思いました。本人は役を離れると、オーラを全て消して、ニュートラルな状態になるので、あらゆる役柄を吸収してしまうのかなと感心しながら観ていました。微妙な感情の起伏も表現されるし、涙も自在に操る。僕は時代劇の未来に明るい兆しを感じました。時代劇の次世代を代表する主役 になっていってほしいですね。
他の若い世代の俳優たち、木村文乃さん、芳根京子さん、柄本佑さんたちも、感性が豊かで、所作もできるし、また京都(撮影所)に来て時代劇に出てほしいと思っているんです。杉野遥亮さんは時代劇が全く初めてだったらしく、所作も最初はなかなか苦労していました。彼は柄の良さ、姿の良さが何よりも魅力で時代劇が似合います。現場では相当緊張していたようです が、それが抑えた芝居となって現れて良かった。
あえて深く話しあうことはしない
撮影に入る前に役者と話し合うかですか? 俳優が考える想像力を大切にしたいので、こちらの意向は聞かれない限り、あえて強くは押し付けません。松坂さんは脚本の中で、これは言いにくいセリフだろうなとこちらが想像しても易々と表現してくれました。芳根さんは監督の感じ方を聞いてくることが多かったかな。画のイメージはできた上で現場にいくんですが、こちらの想像を超えた芝居を作ってくる俳優もいる。その驚きを映像に取り込みたいと、いつも 思っています。私はどちらかというと、事前に役柄について深く、というか頭だけで理屈っぽく話し合うことはしたくない。現場でお芝居を合わせてみて初めてみえる世界がありますから。そういう意味で、今回はやりにくい俳優さんは一人もいな かった(笑)。
磐音の「居眠り剣法」
これはどうしようか苦労しました。「眠っているのか、起きているのか、縁側で日向ぼっこをしている年寄り猫のようだ」と、佐々木蔵之介さん演じる佐々木道場の師範も言っています。眠狂四郎(ねむりきょうしろう)の円月殺法など、過去の剣豪時代劇の「構え」はいろいろ参考にしました。柴田練三郎作品にしろ藤沢周平作品にしろ、小説における殺陣の表現は、具体性のない美しい文章で書かれており、基本的に 読者の想像を喚起する書きかたなんですよ。
殺陣師の諸鍛治さんに何種類も考えてやってもらいました。自ら仕掛けない「待ち」の構えで、相手の刃が迫った時に初めて「猫」のような反射神経を発揮して合わせて行く。正解かどうかはわかりませんが、この映画ではこのよう に表現しました。
スピーディな動きと展開
今回は娯楽時代劇の魅力をなるべく若い観客にも感じてもらいたいと思い、人物の動きや物語の展開もスピード感があるよう演出しました。 開始 20 分あまりで坂崎磐音と小林琴平の幼馴染が関わる大きな山場があります。血が飛び交う立ち回りの刺激だけで見せるのではなく、愛する肉親を失った場合、人はどう行動するだろうかという内面を重視して演出したので、共感を持って見てもらえるのではないかと思います。立ち回りのシーンがすごく多かったのですが、それぞれの動きに意味をしっかり持たせたい。観客も飽きさせたくない。編集でもメリハリが出るよう工夫しました。
立ち回りのシーンって段取りに時間がかかるので、何日も続いた時はけっこうしんどかった。ああ、やっぱり僕はアクション映画の監督ではないな、と思いました。ドラマのシーンに戻りたいと内心思ってましたね(笑)。
『超高速!参勤交代』のときは、型に捉われない新しい時代劇像を目指しました。とはいえ、基本と時代考証はきっちり押さえたうえで、実験的な試みもしました。これが一定の成功を得たので、次は伝統的なというか、正統な時代劇に立ち帰って、今の時代に蘇らせてみたかった。
時代劇でよく描かれる「武士道」は、どうしても男の側の都合というか、身勝手な美学を感じることが多かった。今や観客の7割が女性ですし、彼女たちが見ても納得のいく時代劇を作りたいと思いました。
京都ならでは
京都は、場所も時代劇に適したところが多いんですけれども、時代劇に精通した職人的なスタッフが数多くいるんです。主役を支える俳優さんたちも、自分で着付けができて、羽二重(鬘をつけるために頭を覆う布)を自ら装着し、所作指導もできる人材ばかり。京都ならではの貴重な財産です。 時代劇を作る高度な技術が、若い人たちに継承されてほしいなと。そのためには作品を作り続けていくしかない。時代劇はその存亡がいつも懸念されるジャンルですが、私のできる範囲 のことは続けていこうと思っています。
今回、時代劇の次代を担う若い才能が見つかったと感じました。
それが今回の大きな収穫です。 (取材・写真:白石映子)
『居眠り磐音』
監督:本木克英
脚本:藤本有紀
原作:佐伯泰英「居眠り磐音 決定版」文春文庫
音楽:高見優
主題歌:MISIA『LOVED』
出演:松坂桃李、木村文乃、芳根京子、柄本佑、杉野遥亮
(C)2019 映画「居眠り磐音」製作委員会
作品紹介はこちら
★2019 年 5 月 17 日(金)より全国ロードショー