『あなたの名前を呼べたなら』  ロヘナ・ゲラ監督インタビュー

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来日時の監督写真 ©mitsuhiro YOSHIDA/color field

インド、大都市ムンバイを舞台に、建設会社の御曹司と住み込み家政婦とのほのかな恋を描いた物語。
インドではあり得ないと思われているカーストや階級の壁を越えての人間関係を、しっとりと味わい深い物語に仕上げたロヘナ・ゲラ。長編劇映画は本作が初監督。
6月初旬に来日された時に、取材の時間をいただけなくて残念に思っていたら、スカイプでのインタビューの時間を設定しましたとの連絡をいただきました。
実はスカイプは初めて。パリにいるロヘナ・ゲラ監督の顔がパソコンの画面いっぱいに。まさしく顔と顔を突き合わせてのインタビューとなりました。

『あなたの名前を呼べたなら』   原題:Sir
監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロートマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ギーターンジャリ・クルカルニー

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C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
インドの大都市ムンバイ。
ラトナは結婚して4か月後の19歳で未亡人となり、口減らしの為、農村を出て住み込みの家政婦として働いている。仕えるのは建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭のはずだったが、婚約者が浮気し結婚式直前に破談。傷心の旦那様アシュヴィンに気遣いながら世話をする日々。広いマンションだが、それほど家事に時間もかからないので、午後のひと時、仕立ての勉強をしたいとアシュヴィンにお願いする。アシュヴィンはラトナの夢がデザイナーになることだと知り応援する・・・
シネジャ作品紹介

2018年/インド,フランス/インド、フランス/ヒンディー語、英語、マラーティー語/99分
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://anatanonamae-movie.com
★2019年8月2日(金) Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開


ロヘナ・ゲラ
 Rohena Gera

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(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India

1973年、プネー生まれ。カリフォルニアのスタンフォード大学(学士号)とニューヨークのサラ・ローレンス大学(美術学修士号)で学ぶ。1996年、パラマウント・ピクチャーズ文学部門でキャリアをスタート。以降、助監督、脚本家、インディペンデント映画の製作/監督などを経験。また、ヒンディー系映画監督への脚本提供や、大人気テレビシリーズでは40以上のエピソードを担当した。ブレイクスルー(ニューヨークに本部がある国際非営利団体)の広報責任者を務めたほか、国連財団からインドでの自然保護キャンペーンの顧問に招待されるなど活躍は多岐にわたる。インドで育ったものの、カリフォルニア、ニューヨーク、パリなどで生活した経験もあるため、ムンバイに対してはインサイダーであると同時に、アウトサイダーでもある。 (公式サイトより)

◎ロヘナ・ゲラ監督インタビュー
― 厳しい階級社会であるインドを舞台に、女性の自立や、身分を越えての人間関係を描いていて、この半年で観た中で、今年一番感銘を受けた映画です。

監督:ありがとうございます。

◆旦那様役ヴィヴェーク・ゴーンバルの魅力

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(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India

― なにより、知的で物静かなアシュヴィンに心を惹かれました。演じたヴィヴェーク・ゴーンバルさんは、プロデューサーとしても活躍されていますが、昨年、アジアフォーカス福岡映画祭で上映された 『腕輪を売る男( Balekempa )』のイーレー・ガウダ監督が、最初のプロデューサーに逃げられて困っていたところ、ヴィヴェークさんが金儲けより、アーティスト的感覚で映画に協力してくださって映画を完成することができたとおっしゃっていました。
この映画の製作面で、ヴィヴェークさんにアドバイスを受けられたことはありますか?


監督:いいえ。今回は完全に役者として参加してくれました。プロデューサーとしても有能な方ですが、演じることにとても情熱を持っている人です。なにより今回は主役ですので、演じることに集中してくれました。

― 『あなたの名前を呼べたなら』は、身分違いの恋を描いていて、インドでは受け入れられないテーマだと思います。『腕輪を売る男』も同性愛や婚外交渉などタブーを扱っていました。ヴィヴェークさんご自身、タブーに挑戦される方ですね。

監督:
まさにそうですね。映画への情熱が素晴らしい方ですね。インドで高いクオリティのものを作るのは簡単ではないのですが、彼はそれに対して闘える方です。

◆国外にいるインドの方たちに励まされた

― 身分違いの恋は、インドではなかなか受け入れられないものと思います。
本作は、インドの方たちにどのように受け止められたのでしょうか?
インド国内で公開はされたのでしょうか?


監督:
インドでは映画祭での上映がやっと決まりました。公開はその後に期待しています。海外での映画祭では、インドの方も観にいらしてくださって、皆さんからとてもエモーショナルで力強い反応をいただきました。
毎日インドで暮らしていれば不公平を感じています。国外に住んでいるインドの方たちも、国に帰ればそれぞれの家族の階級のルールの中で暮らさなければいけないのをわかっているので、映画がとてもリアルで誠実に描かれていることに心を動かされて、パワフルな反応をしてくださいました。
アムステルダムの映画祭のQ&Aの時に、「インドでの反応は?」と聞かれて、私が「まだ公開されてないけど、インドの方がどう受け止めてくれるか心配しています」と発言したら、インド大使が立ち上がって「ナーバスになる必要はないですよ。皆が観るべき大切な作品ですから」と絶賛してくださいました。そういう応援の声をいただくのがほんとに心強いです。

― インドでの公開、とても楽しみですね。


監督:ほんとに楽しみです。そういえば、ドイツの映画祭でも、1回目の上映で観たインドの女性が、2回目の上映の時に私を探してくださって「とても感動しました」とプレゼントとカードをくださいました。国外の方たちの反応はとてもいいのですが、インド国内での反応に関しては、やっぱりナーバスになってしまいます。

◆浮気より結婚式キャンセルの方がスキャンダル
― 浮気した婚約者の女性は、その後、どうインド社会で生きていくのかも気になりました。

監督:
ムンバイのような大都会では、長期的に見て、浮気した彼女の人生には影響ないと思います。しばらくはスキャンダルが噂されても、大都会なので、そのうち忘れてくれます。浮気したことよりも、結婚式をキャンセルしたことの方がスキャンダルです。招待客もいたし、家族に恥ずかしい思いをさせましたから。

◆ご主人が未経験のプロデューサーを引き受け支えてくれた

― ご主人のBrice Poissonさんとは、どんな出会いだったのでしょうか?
本作では、どのようにサポートしてくださいましたか?


監督:2004年にフランスで出会いました。ちょうどフランスで暮らすのが気にいっていた頃です。その後、私がインドに戻らないといけなくなった時に、結婚して一緒に戻ってくれました。
私は脚本家として仕事をしてきて、この映画は初監督作品でした。すごく苦労しているのをそばで観ていて、気持ちが落ち込みそうな時に、伴侶として信じてくれていたのが、一番の支えになりました。企画の助成金が駄目になった時には、資金集めもしてくれました。
インドでプロデューサー経験のある人がまわりにいなくて、経験のある方がこうすればと言ってくれても、「それは君のやりたい方向じゃない、僕がプロデューサーをやる」と言い出しました。「経験もないのに?」と言ったら、「大丈夫できる」と。作りたいものと違う方向に背中を押しているのをみたら、合点がいかないから自分がやらなくちゃと。映画を作る上での契約書や予算など事務的な仕事など面倒なことを全部引き受けてくれて、映画作りに集中できる環境にしてくれました。何か問題が起こった時にも、なるべく監督のところに届かないうちに解決するようにしてくれていました。撮影中含めて、私のことを守ってくれました。彼がいたからこそ、この映画は出来ました。自分の望んだ作品になりました。
彼は映画製作の経験はないけれど、アニメのスタジオを経営していてエンタメ業界のことは知ってました。長編映画の経験がないから、私としてはなかなかOKが出せなかっただけです。

◆面接で菜食主義を隠す理由

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(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India

― あっという間に時間が来てしまいました。まだいくつかお聞きしたいことがあったのですが、一つだけ伺います。
ラトナが、菜食主義を隠して家政婦の仕事に就いたと語っていました。
なぜ隠す必要があったのでしょうか?


監督:仕事を見つけたかったから、あえて菜食主義だといわなかったのです。雇用主によっては、菜食主義者なら肉をさわりたくないかもしれないと雇わない場合もありますので。

― とてもインド的ですね。この作品をきっかけにインド社会が抱える問題について皆が考えてくださるといいですね。

監督:ほんとに、そう願っています。

― 今日はありがとうございました。

★★☆★★☆★★

ラトナが「未亡人になったら人生終わり」とアシュヴィンに語る場面があります。
プレス資料によれば、監督の知る限り、未亡人で再婚した女性はまわりにいないとのこと。
ラトナが、村に帰るときに腕輪をはずし、ムンバイに戻る時には、また腕輪をする場面が印象的でした。村では、未亡人らしく振舞うことが必要で、腕輪などの装飾品は付けていてはいけないのだそうです。また、未亡人は縁起が悪いので、たとえ妹の結婚式でも花嫁に会えないという因習にも驚かされました。
未亡人になったら、人生終わりという風潮は、まだまだインドで根強いのかも監督にお伺いしたいことでした。

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(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India

また、監督はウォン・カーウァイ監督の『花様年華』のムードがお好きとのこと。
狭い廊下での、触れそうだけど、そっと身を引くところなど、しっとりとした味わい深い場面は、まさに『花様年華』を彷彿させてくれました。
今後、どんな作品を放ってくださるのかも楽しみです。

取材:景山咲子





ユニセフ・シアター・シリーズ『存在のない子供たち』特別試写会 ナディーン・ラバキー監督トークイベント

愛されない子供たちが大人になった時の世界を危惧して、この映画を作った
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「子どもの権利条約30周年」を迎える節目の年、日本ユニセフ協会のユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」の一環として、高輪のユニセフハウスで7勝ち20日から公開となる『存在のない子供たち』の特別試写会とトークイベントが行われました。

2019年7月5日(金)夕方
場所:ユニセフハウス
MC:伊藤さとりさん


トークイベントには、ナディーン・ラバキー監督と、夫でプロデューサーと音楽を務めたハーレド・ムザンナルさんが登壇し、フォトセッションの時には、一緒に来日している子どもたちも登壇予定と聞いていたのですが、最初からラバキー監督が娘のメイルーンちゃんの手を引いて登壇。息子のワリード君も後をついて登場しました。

◎挨拶
ナディーン・ラバキー監督
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両親も一緒に来日しました。家族ぐるみで作った映画を日本に届けることができて嬉しいです。美しいと聞いていた日本に初めて来ることができました。いろいろなことを体験したいと思って子供たちも連れてきました。皆さんに歓迎していただいて感謝しています。映画が日本の観客にどのように受け入れられるかわくわくしています。感情的に通じるものがあると自負しています。

ハーレド・ムザンナル
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ナディーンと同じように幸せを感じています。日本の文化、特にアニメは子供の頃から見ています。at homeな気持ちで作った映画を日本で分かち合えるのが嬉しいです。涙を誘ってしまったかもしれません。申し訳ありません。

◎MCの伊藤さとりさんより代表質問
MC ワリード君は10歳。来てくれてありがとうございます。メイリーンちゃん、3歳です! (皆、大きな拍手)
ユニセフでの子供の権利条約30周年を記念して、12作品の上映シリーズとして、今日は実施しています。
まず、監督になぜこの作品を今作ろうと思ったのかお伺いしたいと思います。また、ストリートキャスティングによって、子供たちが翼を得たと聞いています。
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ラバキー監督がマイクを持って話している脇で、メイリーンちゃんが客席に手を振り愛想を振りまいたり、パパと指で会話したりするので、観客の目は彼女に釘付けに。

ラバキー監督:レバノンに住んでいると、日々、劇中のような子供を目にします。ガムを売ったり、水の入ったタンクを運んだりと、仕事をしています。レバノンでは、150万人以上のシリア難民を受け入れていて、経済的にも苦しいのです。その影響を一番受けているのが子供たちです。ショッキングなことです。何かしなければ、自分も犯罪に加担している気持ちです。数百万人の子供が苦しんでいます。世界では、10億人以上もの子供たちが、発展途上国だけでなく先進国でも貧困にあえいでいるといわれています。
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(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon

私に何ができるかと考えたとき、映画というツールで、人々の見方を変えることができると思いました。皆さんの心の中で、これは許せないという気持ちが芽生えていれば、少しずつ変わっていくと思います。子供たちの待遇が不公平であってはいけません。
愛されない経験をした子供たちは、大人になって悪に巻き込まれる率が高いです。私たち大人がそういう風な世界を作ってしまってはいけないと思います。
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ハーレドさんが、真っ先に拍手をおくりました。

MCつらいと思いながら、ゼインの最後の笑顔に救われました。どんな思いをこめて作られたのでしょう?

監督が答えたいのに、メイリーンちゃんがマイクを離しません。
「私が監督したかったのに、なぜ私の言うことをきかないの?」と泣きながら訴えるメイリーンちゃん。客席は大笑いの渦。
やっとマイクを持って語る監督の脇で、メイリーンちゃん、今度は変顔をして見せるので、困ったわねという顔で笑う監督。


ラバキー監督:最後の笑顔は、実は笑顔以上の意味があります。観客がスクリーン越しに初めてゼインと目を合わせたシーンです。ゼインは、あの場面で初めて目を正面に向けて、「自分はここに存在している」と主張しているのです。「僕には希望がある」という終わり方です。エモーショナルな気持ちになってしまうのですが、今、ゼインは国連の助けを借りてノルウェーの海を臨む家に住んで、学校に通っています。笑顔は今も続いています。

MC ハーレドさんに伺います。監督の第一作『キャラメル』から音楽を担当されています。今回、プロデュースを担当されていかがでしたか?  公私共に監督を支えていらっしゃっいますよね。

ハーレド:製作は困難で悪夢でした。(会場、笑う)『キャラメル』では、作曲家と監督の関係で、監督の方がボスでした。今回は僕の方がプロデューサーなのでボス。自分がプロデュースすると決めたのは、こんな企画、誰もプロデューサーを引き受けないと思ったからです。ストリートチルドレンの実態をリサーチするのに3年。撮影に6ヶ月。さらに編集に2年間。12時間にしたものを、さらに編集しました。誰も引き受けてくれないと思ったので、すべて自分たちでやろうと思いました。ナディーンに言われて、12時間バージョンに音楽をつけなければなりませんでした。音楽の使い方は難しいです。リアリティを一線越えてしまうことになりかねません。映画は虚構で、音楽が使われると監督の思いが入ってしまいます。そういう形にはしたくなかった。場面を二つの種類に分けました。音楽をつける場面と、音楽をつけるというより、街の音をそのまま使う場面に。後者ではクラクションなども、そのまま入れました。心理を表したい場面では音楽を少し入れるなど、バランスをとって作りました。
最後は自分たちの感情を止められなくて、音楽が存在感を放っているのではないかと思います。

◎会場との質疑応答

― 子供たちの状況が日本と真逆かなと思いました。日本では若い人たちが、子供に自分たちと同じレベルの生活はできないだろうからと、子供を作らなくなって少子化が進んでいます。何か解決法はあるでしょうか?

ラバキー監督:解決法があるわけじゃなくて、大きな問題として捉える必要があると思います。今回リサーチをして多角的にアプローチが必要だと思いました。法律の整備も必要です。コミュニティーなどで、子供を持つことはどういうことかをポジティブに説明することも必要だと思いました。
他者を怖れるのではなく、他者を受け入れる。子を持つことも同様です。ゼインが両親に子供を産まないでほしいと訴えます。子供を産む権利は皆にあるけれど、育てることができるのかも考えないといけません。愛され、育まれるべきです。勝手に産み落として何とかなるではいけない。育つには育っても、愛されているかどうかで、人として成功するかどうかに繋がっていきます。親になった時に、自分が受けたことと同じことを75%の人がしてしまうとされています。負の連鎖を断つようにしていかないといけません。

― 私にとって重要な映画です。

(と英語で語りながら涙ぐんでしまう女性。聞いていた監督も涙ぐんでしまい、それを見たメイリーンちゃんも「ママ、なぜ泣いてるの?」と泣き出してしまいました。抱きかかえる監督。)
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ゼインに最初に会った時の印象はいかがでしたか? 

ラバキー監督:ゼインはキャスティング担当者が写真を見て選んできて、私はオフィスで初めて会いました。自分の経験や、これまでの人生を語ってくれたのですが、この少年はこのままストリートで過ごすのではないと直感しました。とても賢い子だと思いました。でも、学校に通ってなくて、読み書きも出来ませんでした。12歳なのに、7歳位にしか見えませんでした。栄養不足だったのですね。今ではノルウェーで家族と一緒に過ごしています。トークの始まる10分ほど前にお父様から電話があって、アメリカでベストアクター賞を貰ったと聞きました。声変わりも始まっています。クラスで成績は一番だそうです。

☆フォトセッション
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メイルーンちゃんが最後までマイクを離さず、まさにひとり舞台! 大きなお辞儀をする彼女に、皆、大喝采でした。

★★★☆☆★★★

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『存在のない子供たち』ナディーン・ラバキ―監督インタビューは、こちらで!



『存在のない子供たち』
 
 原題:Capharnaum

監督・脚本: ナディーン・ラバキー
プロデューサー・音楽:ハーレド・ムザンナル
出演: ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ

*ストーリー*

推定12歳の少年ゼイン。法廷で自分を産んだ罪で両親を訴える。
両親が出生届けを出さなかった為に学校にも行けず、路上で水タンクを運んだり、ティッシュを売って日銭を稼ぐゼイン。唯一の心の支えだった妹のサハルが11歳で無理やり結婚させられてしまい、怒りと悲しみから家を飛び出してしまう。行く当てのないゼインを助けてくれたのは、赤ちゃんと二人暮らしのエチオピア移民のラヒル。彼女も不法滞在で、いつも不安を抱えていた・・・

2018年/レバノン・フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12
配給: キノフィルムズ
(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon
★2019年7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

『存在のない子供たち』 ナディーン・ラバキ―監督インタビュー

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2007年、ベイルートの美容室を舞台に女性たちの赤裸々な姿を描いた『キャラメル』で鮮烈な監督デビューを果たしたナディーン・ラバキー。『キャラメル』で音楽を担当したハーレド・ムザンナルと映画完成後に結婚。『キャラメル』の日本公開の折には、第一子ご懐妊で来日できず、今回初来日となった。 
『存在のない子供たち』では音楽だけでなくプロデューサーも引き受けた夫のハーレド・ムザンナルに、二人の子供たち、そして両親も一緒に来日。インタビューには、常に夫も同席されると聞いていたが、来日早々体調を崩され、ナディーン・ラバキー監督お一人で臨まれた。


ナディーン・ラバキ― Nadine Labaki
1974年2月18日レバノン、ベイルート生まれ、内戦の真っただ中に育つ。
1997年、ベイルート・サンジョセフ大学にてオーディオ・ビジュアル学で学位を取得。2005年、カンヌ国際映画祭の主催する「レジダンス」制度に参加。ベイルートを舞台にした初めての長編映画『キャラメル』の脚本を執筆。自身で監督・主演も果たした。2007年、カンヌ国際映画祭監督週間で初上映され、ユース審査員賞受賞。サンセバスチャン映画祭では、観客賞受賞。『キャラメル』は、60か国以上の国で上映された。2008年、フランス文化・通信省より、芸術文化勲章を授与される。
ナディーンの長編映画第二段『Where Do We Go Now?(英題)』でも、脚本/監督/出演をこなした。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で、エキュメニカル審査員スペシャル・メンション受賞。トロント国際映画祭観客賞、サンセバスチャン映画祭観客賞受賞。レバノンでの興行成績がアラブ映画として歴代一位。2014年、都市をテーマにしたオムニバス映画シリーズ『リオ、アイラブユー』を監督。
役者としては、フランスのフレッド・カヴァイエ監督『友よ、さらばと言おう』(2014)、グザヴィエ・ボーヴォワ監督『チャップリンからの贈り物』(2014)、レバノン出身の監督ジョージ・ハシェムの『Stray Bullet(原題)』(2007)、モロッコ出身の監督レイラ・マラクシの『Rock the Casbah(原題)』(2013)などに出演。本作ではゼインの弁護士役として出演している。 (公式サイトより抜粋)



存在のない子供たち   原題:Capharnaum
監督・脚本: ナディーン・ラバキー
プロデューサー・音楽:ハーレド・ムザンナル
出演: ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ

2018年/レバノン・フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12
配給: キノフィルムズ

*ストーリー*
推定12歳の少年ゼイン。法廷で自分を産んだ罪で両親を訴える。
両親が出生届けを出さなかった為に学校にも行けず、路上で水タンクを運んだり、ティッシュを売って日銭を稼ぐゼイン。唯一の心の支えだった妹のサハルが11歳で無理やり結婚させられてしまい、怒りと悲しみから家を飛び出してしまう。行く当てのないゼインを助けてくれたのは、赤ちゃんと二人暮らしのエチオピア移民のラヒル。彼女も不法滞在で、いつも不安を抱えていた・・・

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(C)2018MoozFilms/ (C) Fares Sokhon
公式サイト:http://sonzai-movie.jp/
★2019年7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開


◎ナディーン・ラバキー インタビュー
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― ゼインの家族が、パレスチナやシリア難民でない、レバノンの家族であることにびっくりしました。逆にどこの国にでもありえる話と捉えることができました。
レバノンの人たちは、どんな反応でしたか?

監督:もちろんリアクションは様々でした。自国で起きているのを否定する方もたくさんいました。レバノンの人たちはとても誇り高いので、レバノン人の家族にそのようなカオスがあることを受け入れがたく思う人が多いようです。一方で、ポジティブな意味でショックを受けて、自分が何かしなければ、行動に移さなければと思ってくださる方もいました。この映画が変化に繋がればいいと思っていましたので、そのような反応は嬉しかったです。

―3年間にわたる長時間のリサーチが必要だったのは?

監督:
人々に納得してもらうためには、何よりリアルであることが重要でした。私が想像してこういうことがあったから苦しんでいると描くのは簡単だったかもしれません。そうではなくて、真実の話であることが重要でした。実際にどんなことが起きているのかを知るのに時間がかかりました。車を止めて物を売ったり、路上でガムを売ったり、水タンクを運んだりしている子が、ほんとうに不幸な子供なのかをちゃんと知りたいと思いました。普段閉じられている家の中も覗いて、どんな生活をしていて、どんな苦しみを経験しているのかにも踏み込まなければと思いました。子供たちの状態を理解するには、家族やコミュニティの人々がどう暮らしているかも知る必要がありました。そこでどういうことが起きているのかをリアルに描かなければと思いました。虚構の物語を綴る権利は私にはありません。彼らの苦しみを映画を通じて伝えるには、私はただただ代弁者でなければと思いました。ですので、役者さんではなく、リアルな人々に出演していただくことも必要でした。


― 物語の境遇に似ているリアルな人たちを使う魅力や難しさ、また、想像していた以上に得られたことはありましたか? 

監督:
 演技をしたことのない人たちなので、普段の撮影と違うプロセスが必要でした。普通は台詞を含めてキャラクターについて準備段階で頭に入れてから演じるのですが、子供たちにはそれは無理です。私たちが彼らの個性やリズムに合わせていくという方法を取らなければなりませんでした。環境も緊張しないようにする必要がありました。カメラも目立たないようにして、照明も使わないようにしました。彼らのままでいられる場所を作ることが重要でした。彼らの物語や経験をそのまま作品にもたらしてほしいと思っていました。決して演技をしてほしくなかった。私がフィルムメーカーとして作った物語ではあるけれど、そこに彼らの苦しみを掘り下げてもらって持ってきてもらうようにしました。彼らのリアリティを私のフィクションに寄せていくようにしました。そのような撮り方をしましたので、撮影には6ヶ月かかかりました。自然光で、小道具も、例えばマットレスもそこにあるものを使いました。壁の落書きも、子供たちの絵も実際にアパートに住んでいる子が描いたものをそのまま使いました。通常の撮影のように、バンでやってきて、ブロックして皆を黙らせて、アクション!というやり方ではなく、人止めもしないで、通りを行く自動車のクラクションなどもそのまま使いました。市場でも、カメラを回している途中にお客が来て値切ったりしていました。私たちが撮影していることに気づかれないほどでした。我々のミッションは、子供たちを可視化するために、我々を見えなくして、彼らに光を当てることでした。撮っていくうちに監督の望むものに近づけていくというやり方でした。
彼ら自身、自分の経験を語りたい。聞いてくれる人がいることが彼らに翼を与えました。自分たちの思いを世界にどう伝えるかをすごく考えてくれて、とてもいいコラボレーションになりました。

― 出演してもらった子供たちに最初に会ったときの印象は?

監督:
出演してもらった子供たちだけでなく、リサーチ中に会ったのは、とてもとても耐えがたい状況にある子供たちばかりでした。あまりにも虐待されて、完全に麻痺して、目もうつろで人ではないようでした。目の前におもちゃを置いても遊ぼうとしないし、歌も踊りもしようとしない。子供であることを奪われてしまったようで、つらいものがありました。
私が調査で会ったのは数百人ですが、世界中には、10億人位、そういう耐え難い状況に置かれている子供たちがいると言われています。麻痺して何も感じなくなっているような子供たちが大きくなる数年後には、この世界はどうなるのだろうと考えると、私たちは目覚めなければいけません。問題にちゃんと向き合って解決していかなければならないと思います。

― 弁護士役で出演されていて、その時に泣きながら怒ったシーンが、観ている私たちの心情を表わしているように思いました。一定の層は、子供たちのそのような状況を他人事として親を非難するだけだと思ったからです。
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(C)2018MoozFilms/ (C) Fares Sokhon
監督:まさのその通りです。あの場面では居心地が悪くなると思います。社会の姿勢がそういうものだと思います。私も実は彼らのことを決めつけてしまうようなことが多かったのです。一日ほったらかされている子供たち、寒さに震えて青ざめている子供たち、水がなくて粉ミルクをそのまま口にしているような子供たち。撮影中も毎日子供たちが死んでいきました。バルコニーから投げてしまわれるような子供たち。存在を誰にも知られないうちに死んでいく子供たち。どんな親なんだろうと考えてしまいました。子供たちと一緒に親が帰ってくるのを待っていて、なぜ子供たちを置いていくのかと怒りの感情もありました。実際に帰ってきて話してみると、私には彼らを裁く権利はないと気づきました。家を追い出されたことも、はみだし者のような扱われ方をしたことも、11歳で結婚しなければいけないことも、私は経験していないからです。
あのシーンが重要だったのは、私と同じように観客に居心地の悪い思いをさせるためでした。自分は関係ないと思うのは責任逃れです。
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― 息子のワリードさんは、主人公のゼインに近い歳だと思います。撮影中には現場にいらしたのでしょうか? また完成した映画を観てどのように思われたでしょう?

監督:撮影を始めた頃、息子はゼインより年下だったのですが、ゼインは12歳なのに、7歳位にしか見えなかったので、外見上は息子の方が年上に見える位でした。
息子はゼインとすごく仲良くなって大好きだったので、映画を観てゼインのおかれている状況にショックだったようです。息子が一番傷ついたのではないかと思います。
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(C)2018MoozFilms/ (C) Fares Sokhon
撮影していくうちにゼインも私の息子になりました。撮影の前に娘を産んだばかりだったので、赤ちゃんは私の娘と同じ位。こちらも私の娘のようで、キャラクターがかぶりました。私自身、母親でもあることを強く意識しました。

― ハーレド・ムザンナルさんと、『キャラメル』製作後にご結婚され、本作はまさにお二人で作り上げた3人目の子供ですね。ハーレドさんの存在が特に支えになったのはどんなところですか?

監督:この映画を作るにあたってハーレドは、ほんとうに支えになってくれました。とても有能な音楽家で、たくさんの映画で音楽を担当しています。今回は初めてプロデューサーに挑んでくれました。それは私が自由に映画を作れるようにという思いからです。彼はクレイジーなアーティスト。普通なら、こんな大きなリスクは負わないでしょう。出演者の中には国外退去になるかもしれない人もいました。ほかにこんなことを引き受けてくれるプロデューサーはいなかったと思います。ほんとに彼はなんでもやってくれました。編集も2年かけました。私に必要なものは全て用意してくれました。ハーレドがいなかったら、この映画は作れませんでした。

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7月5日に開催されたユニセフ・シアター・シリーズ『存在のない子供たち』特別試写会 ナディーン・ラバキー監督トークイベントには、パートナーのハーレド・ムザンナルさんや、二人の子どもたちも一緒に登壇しました。
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トークの模様はこちらでどうぞ!