「子どもの権利条約30周年」を迎える節目の年、日本ユニセフ協会のユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」の一環として、高輪のユニセフハウスで7月20日から公開となる『存在のない子供たち』の特別試写会とトークイベントが行われました。
2019年7月5日(金)夕方
場所:ユニセフハウス
MC:伊藤さとりさん
トークイベントには、ナディーン・ラバキー監督と、夫でプロデューサーと音楽を務めたハーレド・ムザンナルさんが登壇し、フォトセッションの時には、一緒に来日している子どもたちも登壇予定と聞いていたのですが、最初からラバキー監督が娘のメイルーンちゃんの手を引いて登壇。息子のワリード君も後をついて登場しました。
◎挨拶
ナディーン・ラバキー監督
両親も一緒に来日しました。家族ぐるみで作った映画を日本に届けることができて嬉しいです。美しいと聞いていた日本に初めて来ることができました。いろいろなことを体験したいと思って子供たちも連れてきました。皆さんに歓迎していただいて感謝しています。映画が日本の観客にどのように受け入れられるかわくわくしています。感情的に通じるものがあると自負しています。
ハーレド・ムザンナル
ナディーンと同じように幸せを感じています。日本の文化、特にアニメは子供の頃から見ています。at homeな気持ちで作った映画を日本で分かち合えるのが嬉しいです。涙を誘ってしまったかもしれません。申し訳ありません。
◎MCの伊藤さとりさんより代表質問
MC ワリード君は10歳。来てくれてありがとうございます。メイリーンちゃん、3歳です! (皆、大きな拍手)
ユニセフでの子供の権利条約30周年を記念して、12作品の上映シリーズとして、今日は実施しています。
まず、監督になぜこの作品を今作ろうと思ったのかお伺いしたいと思います。また、ストリートキャスティングによって、子供たちが翼を得たと聞いています。
ラバキー監督がマイクを持って話している脇で、メイリーンちゃんが客席に手を振り愛想を振りまいたり、パパと指で会話したりするので、観客の目は彼女に釘付けに。
ラバキー監督:レバノンに住んでいると、日々、劇中のような子供を目にします。ガムを売ったり、水の入ったタンクを運んだりと、仕事をしています。レバノンでは、150万人以上のシリア難民を受け入れていて、経済的にも苦しいのです。その影響を一番受けているのが子供たちです。ショッキングなことです。何かしなければ、自分も犯罪に加担している気持ちです。数百万人の子供が苦しんでいます。世界では、10億人以上もの子供たちが、発展途上国だけでなく先進国でも貧困にあえいでいるといわれています。
(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon
私に何ができるかと考えたとき、映画というツールで、人々の見方を変えることができると思いました。皆さんの心の中で、これは許せないという気持ちが芽生えていれば、少しずつ変わっていくと思います。子供たちの待遇が不公平であってはいけません。
愛されない経験をした子供たちは、大人になって悪に巻き込まれる率が高いです。私たち大人がそういう風な世界を作ってしまってはいけないと思います。
ハーレドさんが、真っ先に拍手をおくりました。
MCつらいと思いながら、ゼインの最後の笑顔に救われました。どんな思いをこめて作られたのでしょう?
監督が答えたいのに、メイリーンちゃんがマイクを離しません。
「私が監督したかったのに、なぜ私の言うことをきかないの?」と泣きながら訴えるメイリーンちゃん。客席は大笑いの渦。
やっとマイクを持って語る監督の脇で、メイリーンちゃん、今度は変顔をして見せるので、困ったわねという顔で笑う監督。
ラバキー監督:最後の笑顔は、実は笑顔以上の意味があります。観客がスクリーン越しに初めてゼインと目を合わせたシーンです。ゼインは、あの場面で初めて目を正面に向けて、「自分はここに存在している」と主張しているのです。「僕には希望がある」という終わり方です。エモーショナルな気持ちになってしまうのですが、今、ゼインは国連の助けを借りてノルウェーの海を臨む家に住んで、学校に通っています。笑顔は今も続いています。
MC ハーレドさんに伺います。監督の第一作『キャラメル』から音楽を担当されています。今回、プロデュースを担当されていかがでしたか? 公私共に監督を支えていらっしゃっいますよね。
ハーレド:製作は困難で悪夢でした。(会場、笑う)『キャラメル』では、作曲家と監督の関係で、監督の方がボスでした。今回は僕の方がプロデューサーなのでボス。自分がプロデュースすると決めたのは、こんな企画、誰もプロデューサーを引き受けないと思ったからです。ストリートチルドレンの実態をリサーチするのに3年。撮影に6ヶ月。さらに編集に2年間。12時間にしたものを、さらに編集しました。誰も引き受けてくれないと思ったので、すべて自分たちでやろうと思いました。ナディーンに言われて、12時間バージョンに音楽をつけなければなりませんでした。音楽の使い方は難しいです。リアリティを一線越えてしまうことになりかねません。映画は虚構で、音楽が使われると監督の思いが入ってしまいます。そういう形にはしたくなかった。場面を二つの種類に分けました。音楽をつける場面と、音楽をつけるというより、街の音をそのまま使う場面に。後者ではクラクションなども、そのまま入れました。心理を表したい場面では音楽を少し入れるなど、バランスをとって作りました。
最後は自分たちの感情を止められなくて、音楽が存在感を放っているのではないかと思います。
◎会場との質疑応答
― 子供たちの状況が日本と真逆かなと思いました。日本では若い人たちが、子供に自分たちと同じレベルの生活はできないだろうからと、子供を作らなくなって少子化が進んでいます。何か解決法はあるでしょうか?
ラバキー監督:解決法があるわけじゃなくて、大きな問題として捉える必要があると思います。今回リサーチをして多角的にアプローチが必要だと思いました。法律の整備も必要です。コミュニティーなどで、子供を持つことはどういうことかをポジティブに説明することも必要だと思いました。
他者を怖れるのではなく、他者を受け入れる。子を持つことも同様です。ゼインが両親に子供を産まないでほしいと訴えます。子供を産む権利は皆にあるけれど、育てることができるのかも考えないといけません。愛され、育まれるべきです。勝手に産み落として何とかなるではいけない。育つには育っても、愛されているかどうかで、人として成功するかどうかに繋がっていきます。親になった時に、自分が受けたことと同じことを75%の人がしてしまうとされています。負の連鎖を断つようにしていかないといけません。
― 私にとって重要な映画です。
(と英語で語りながら涙ぐんでしまう女性。聞いていた監督も涙ぐんでしまい、それを見たメイリーンちゃんも「ママ、なぜ泣いてるの?」と泣き出してしまいました。抱きかかえる監督。)
ゼインに最初に会った時の印象はいかがでしたか?
ラバキー監督:ゼインはキャスティング担当者が写真を見て選んできて、私はオフィスで初めて会いました。自分の経験や、これまでの人生を語ってくれたのですが、この少年はこのままストリートで過ごすのではないと直感しました。とても賢い子だと思いました。でも、学校に通ってなくて、読み書きも出来ませんでした。12歳なのに、7歳位にしか見えませんでした。栄養不足だったのですね。今ではノルウェーで家族と一緒に過ごしています。トークの始まる10分ほど前にお父様から電話があって、アメリカでベストアクター賞を貰ったと聞きました。声変わりも始まっています。クラスで成績は一番だそうです。
☆フォトセッション
メイルーンちゃんが最後までマイクを離さず、まさにひとり舞台! 大きなお辞儀をする彼女に、皆、大喝采でした。
★★★☆☆★★★
『存在のない子供たち』ナディーン・ラバキ―監督インタビューは、こちらで!
『存在のない子供たち』 原題:Capharnaum
監督・脚本: ナディーン・ラバキー
プロデューサー・音楽:ハーレド・ムザンナル
出演: ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ
*ストーリー*
推定12歳の少年ゼイン。法廷で自分を産んだ罪で両親を訴える。
両親が出生届けを出さなかった為に学校にも行けず、路上で水タンクを運んだり、ティッシュを売って日銭を稼ぐゼイン。唯一の心の支えだった妹のサハルが11歳で無理やり結婚させられてしまい、怒りと悲しみから家を飛び出してしまう。行く当てのないゼインを助けてくれたのは、赤ちゃんと二人暮らしのエチオピア移民のラヒル。彼女も不法滞在で、いつも不安を抱えていた・・・
2018年/レバノン・フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12
配給: キノフィルムズ
(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon
★2019年7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開