取材・文:稲見公仁子
多様性が謳われ、同性婚やパートナーシップを認めるか否かといった問題がメディアを賑わせる昨今。しかし、同性婚が法的に認められたとしても、どうしても超えられない壁がある。そこにスポットを当てた台湾映画『バオバオ フツウの家族』がこの9月に公開される。自分たちの子を持つことを欲した同性愛者たちの物語を通して、多様性の時代の家族のスタイルを問う一作だ。
本作の主演俳優のひとりである蔭山征彦さんは、台湾を拠点に15年余りのキャリアを持つ俳優。最近では脚本家としてその処女作『あなたを、想う。』がシルヴィア・チャン監督によって映画化され、それが高く評価されるなど、活動のフィールドを広げつつある。『バオバオ フツウの家族』の公開を前に一時帰国した蔭山さんに、本作のこと、台湾映画界のこと、自らの今後、そして日本への想いを伺った。
蔭山征彥(カゲヤマ・ユキヒコ)
日本生まれ。2004年ドラマ「寒夜續曲」で台湾デビュー、2005年の初映画『時の流れの中で(經過)』(東京国際映画祭で上映)で準主役、2008年の大ヒット作『海角七号 君想う国境の南』では物語のキーとなる7通の手紙の朗読を担当。東日本大震災を題材にした『父の子守歌(手機裡的眼淚)』(2012年)では台湾の病院に勤務する日本人研修医役で主演を務める。そのほか『KANO 1931~海の向こうの甲子園』では、俳優と演技指導なども兼務。また、 2015年自らの脚本『あなたを、想う。』(東京フィルメックスでは『念念』の原題で上映)が張艾嘉(シルヴィア・チャン)の目にとまり、脚本家デビュー、香港電影評論学会の脚本賞を共同脚本のシルヴィアとともに受賞した。
『バオバオ フツウの家族』
原題:我的卵男日記
監督:謝光誠(シエ・グアンチェン)
脚本:鄧依涵(デン・イーハン)
出演:雷艾美(エミー・レイズ)、柯奐如(クー・ファンルー)、蔭山征彦、蔡力允(ツァイ・リーユン)、楊子儀(ヤン・ズーイ)
2018年/台湾/97分
配給:オンリー・ハーツ/GOLD FINGER
*ストーリー*
ロンドンに暮らすレズビアンのカップル・ジョアンとシンディ、その友人であるゲイのカップル・チャールズとティムは、ジョアンの子宮を借りてそれぞれに子を持つことを計画する。体外受精で双子を身ごもったシンディだったが、思わぬアクシデントが待ち受けていた。
©Darren Culture & Creativity Co.,Ltd.
蔭山征彦さんインタビュー☆やりやすかったロンドン・ロケ
――まず『バオバオ フツウの家族』の出演に至った経緯からお聞かせください。
蔭山 『父の子守歌』のカメラマン(林文義)が『バオバオ』のプロデューサーなんです。クランクインの半年前2016年の年末くらいに「こういう作品があるのだけどちょっと脚本を見てくれないか」っていう話があって、たぶん出演者のなかで僕がいちばん最初に脚本を見ています。初めは台湾人の設定で、もし僕がやるのだったら設定を日台ハーフに切り替える、そういうオファーがありました。彼が「ファインダー越しにあなたの演技を見ていて、いつか一緒にやってみたいと思っていた」と言ってくれて。脚本を読んで、ほぼほぼすぐ、2月ぐらいには出ると決めていました。
――イギリスが舞台ですね。そこにはどんな意味があったのでしょうか?
蔭山 謝光誠監督がロンドンに留学していたからですね。ロンドンの芸術大学の映像学部にいらした。いつか自分が青春時代を過ごしたイギリスという場所でやってみたいってずっと思っていたようです。だから、カメラマンも留学時代の同級生ですし。そういう意味では知り合いがいろいろいて有利に働いたなと思います。
――今年2019年になって台湾では同性婚が合法化されましたが、イギリスなど欧州にはその分野の先進国がいくつもあります。そのことも関係していたのでしょうか?
蔭山 僕が聞いている限りでは、確かにロンドンは、外で(男同士で)軽くキスをしてというシーンを撮っていても誰も何も見ないです。まったくロンドンの人たちにとっては、そういうことはどうでもいい当たり前のことで、だから、かっこいい男ふたりが手をつないで歩いているとかそこら中で、潜在的に人数としてはかなりいるのだろうなと感じました。そういう意味で芝居はすごくやりやすかったし、ロケで恥ずかしいとかそういうのはありませんでした。でも、ロンドンだったのは、(同性愛に対する意識が)進んでいるからというよりは、監督のロンドンへの思いがあったということじゃないかなと思っています。
――同性愛者の方が実際に子供を持つというのは難しい問題があります。出演にあたってリサーチされたなかで、その点についてはどう感じられましたか?
蔭山 制作時はまだ(台湾で同性婚が)法制化されていない2017年で、(でも、立法院で)議題に上がってはいたと思います。子供を持ちたいかどうかっていうことに関しては、僕が聞いたなかでは、絶対に子供を持ちたいって言う同性愛者の人はそんなにはいませんでした。肉体的に同性だからできないわけじゃないですか。そこに重きを置いている人があまりいない。それよりも、法制化され夫婦として認められることによって、今までできなかったことができる、そちらのほうが同性愛者の方たちにとって意味のあることだろうなと思いました。
――そうすると、いろんな人たちがいるなかでも、こういったカップルの話は全体を代表するということではないですね。
蔭山 こういうことってお金がなきゃできないじゃないですか、やっぱり。同性愛者の方みんなが大金を持っているわけじゃないのですよね。それに、法律的にそれが子供と認められるかというのは、また別問題じゃないですか。だから、僕は、これから同性愛者の人たちと異性愛者の人たちが――何かを決めていく政府の人たちもほとんどが異性愛者ですよね――そういう人たちが一緒になってこういう問題を社会としてどう受け入れていくかっていうことなのかなと思うんですよ。
☆ 俳優から脚本家、そして目指すところは
――蔭山さんは脚本家としても、いまとても期待されていると思います。自分が書いたものを監督もしてみたい気持ちがあるそうですが、実際に何か撮ったりしてらっしゃるのですか?
蔭山 商業的なものはないです。ただ監督としていつかやってみたいという思いがあるので、一眼レフカメラで動画を撮って編集して色もいじって……ということを練習しています。画角とかカット割りという概念をもっと強く持つようにしていかなきゃいけないと思ったので。いきなり長編ということになれば共同監督の可能性もあるし、正直なかなか難しいですよ。いまちょうど書き終わったのがあって、それをある中国の会社が買いたいと言ってきて、売るには至らなかったのですけど、監督もやっていきたいという思いを相手には伝えています。ただその脚本はちょっと規模が大きくて、CGもかなり入るのかなというものなので、予算の大きなものをいきなり僕にやらせるのは、投資家からしてみたら厳しいのかなと、それも理解できます。
――いつか撮れるといいですね。
蔭山 売るには至らなかったですけど、そこそこ有名な会社なので、買いたいと言ってくれたことはすごく自信になりました。悪くないんだなって思えたし、もうちょっと煮詰めながら大切に育てていきたいと思います。
――ずいぶん昔から書くことはされていたのですよね。
蔭山 2007年です。『海角七号~君想う、国境の南』に携わる前からですね。
――台湾って監督が脚本を兼ねることが多くて、『バオバオ』は監督と脚本が違う人ですけど、それがいいのか悪いのかって思うことがあって……
蔭山 どっちとも言えないですよね。よく言われているのが、やっぱり「脚本家が育たない」。育てなきゃいけないんだけど、でも、監督も脚本ができると監督になれるのが早い、映画化が早い。そういう変な悪循環があって脚本家が育てられない。それがエンドレスで続いているみたいで、日本の脚本家が置かれてる環境、待遇にはまだ至っていない気がしますね。
――脚本家志望の人が少ないんですかね?
蔭山 もしかしたらそうです。僕は『あなたを、想う。』(『念念』)で変に賞をいただいちゃったので、そんなにキャリアもないのに他人の脚本を見てくれないか頼まれることがけっこうあるんですよ。大丈夫なのかなっていうのがいっぱいありますよ。けど、そういう脚本の映像化はされていないから、トップにいて判断する人は、ちゃんと判断できるんですよ。やっぱり脚本家の待遇が悪いからあまりなりたがらない。そういうところから改善していかないとよくならないんじゃないかなと思います。
☆ 台湾から日本を想う
――蔭山さんは長年台湾で活動されているけど、先日のイベント(※後述コラム参照)で「日本への思い」を語っていらしたことが印象に残りました。長く日本の外にいらしたなかで、そういう思いが強くなっていったのかなって。
蔭山 究極のところ言っちゃうと、国会中継とかYouTubeで見るようになりました。どこか特定の党を支持しているというわけでは決してないけど、日本のこれからをすごく意識するようになっていますね。
――それは、蔭山さんがそうなのか、ほかの人も含めて台湾に暮らして久しい日本人のなかでそういうものがあるのか……
蔭山 僕が特別なような気がします。やっぱり世界を見ても、これだけ統制がとれて美しいものを残している国ってあまりないと思うんですよ。やっぱり海外にいるからこそ、より日本が美しく見えるというところもあるし、日本にもっとよくなってほしい。だから、暇なときに思わず国会中継を見ちゃう。こんなヤツが議員で大丈夫?みたいな人もいるじゃないですか。かと思えば、立派なことをやっている人もいるし。ここ数年、そういうのをすごく意識するようになりました。
――誤解のないように確認しますが、それは日本と他国との比較ということではないですね?
蔭山 台湾との比較というよりも、日本が今まで歩んできた道のなかで感じることです。僕は、台湾で居場所を見つけて、台湾にチャンスをもらった人間ですから、日台ということに関して自分ができるフィールドで何か貢献していきたいなと常に思います。そういう意味で日本の美しいところを中華圏の人にもっと知ってもらいたいし、インバウンドという点でも海外の、あまり知られていない都市の人たちにも日本に来てほしいんですよ。そういう相談も実際にあります。
☆ 昨今の台湾映画界は
――最近、台湾映画界に関して、なかにいて感じるものはどうですか?
蔭山 台湾映画界を代表して言うのは、なかなか難しいんですけど(笑)、まあ、あの、動員数がかなり下がっています。
――一時すごかったですもんね。
蔭山 今年はかなり低いので(※)、いい悪いは置いといて、ヒットしたものがホラーだったりします。動員数が下がると製作費も下がるんですよ。でも、いったん上がってしまったスタッフや俳優のギャラは下がらないんです。だから、これから台湾の映像業界が向かい合わなきゃいけないジレンマっていうのはそこにある気がしますね。もちろん売れるものをすべての人が目指すわけじゃないと思うから、アート系の作品がなくなるわけでもないし、だけど映画って興行じゃないですか。そことのバランスがやっぱり難しい。撮っている本数も一時期よりはかなり減っていると思います。撮ったけど公開できないでいる映画もけっこうあるみたいです。正直言ってあまりいい状態じゃないだろうなっていうのはありますね。
※ 2019年は、8月時点で1億元超えの台湾映画は一本もない。5000万元前後の作品が2本ある程度で1000万元超えまでラインを下げても6本。
――ところで、俳優としてのご予定は?
蔭山 今年は脚本を一生懸命やりたいと思います。客家電視台のドラマ(※)が放送されたところですが、それは1月末くらいまで撮影でした。自分が今後目指していくのは、俳優だけじゃないし、俳優がゴールじゃないなってずっと思っていました。いずれ監督をやるとして、今優先すべきことを考えたときに脚本をもっと強化していかなきゃいけない気がしています。だから、よっぽど何かオファーがない限りは俳優はやらないですね。
――脚本、未来の監督として頑張ってください。
蔭山 頑張ります。
※ 「日據時代的十種生存法則」2019年4月に客家語放送をメインとする客家テレビで放送された。“台湾新文学の父”と言われる頼和の小説5編を原作とする全12回の連続ドラマ。YouTubeの客家テレビ公式チャンネルでも配信されている。蔭山さんは客家の村に赴任している日本人警官役。
*****
【コラム】
今回の取材に先立つ5月25日、蔭山さんは脚本を担当した『あなたを、想う。』(『念念』)の上映&トークイベント(主催:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、アジアンパラダイス)に登壇した。この映画は、じつはこの上映会の時点では日本での一般公開が決まっておらず、原題の「念念」としての上映会だった。生き別れになった兄妹と妹の恋人それぞれの視点で、思慕の念を見つめた珠玉作だ。映画化のきっかけは、蔭山さんが書き溜めた短編の脚本を知人に見せたことで、この脚本がまわりまわってシルヴィア・チャンのもとに届き「すごくいいから、私が撮るわ」という話になったとか。金馬奨の主席を務めた大御所にそう言われ、すごく嬉しかったとのこと。映画化にあたっては、3本の短編を1本にまとめ、当初、函館をイメージして書かれた舞台は台湾・緑島に変更された。また、ふつう脚本家はそんなに撮影現場には行かないものだが、蔭山さんはめったにないチャンスと思い、ほぼ全日と言っていいほど現場に通い、シルヴィアの演出を間近で見つめていたそうだ。
また『バオバオ フツウの家族』については、「主演作が日本で正式に上映されるのは初めてなので嬉しい」と。共演のクー・ファンルーはキャリアも長く、アドリブでのやりとりも考えるだけで楽しかった、いい化学反応が起きているはずとも。ロンドンでの撮影期間は、戸建てを宿舎として借り、俳優陣で共同生活をしたのでチームワークはばっちり。今も当時のキャストで会食することがあると語った。Q&Aのコーナーでは、長年台湾で活動していることに関連して台湾への思慕についての質問があったが「海外にいて、長年故郷を離れてやっていると、(日本にいる)家族には特別な思いはある。作品を通して親孝行したい」と語っていた。
なお、『あなたを、想う』は、11月2日(土)よりユーロスペース・横浜シネマリンほか全国順次公開。