『バオバオ フツウの家族』蔭山征彦さんインタビュー

9月28日(土)新宿K’s cinema にて公開

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取材・文:稲見公仁子

多様性が謳われ、同性婚やパートナーシップを認めるか否かといった問題がメディアを賑わせる昨今。しかし、同性婚が法的に認められたとしても、どうしても超えられない壁がある。そこにスポットを当てた台湾映画『バオバオ フツウの家族』がこの9月に公開される。自分たちの子を持つことを欲した同性愛者たちの物語を通して、多様性の時代の家族のスタイルを問う一作だ。
本作の主演俳優のひとりである蔭山征彦さんは、台湾を拠点に15年余りのキャリアを持つ俳優。最近では脚本家としてその処女作『あなたを、想う。』がシルヴィア・チャン監督によって映画化され、それが高く評価されるなど、活動のフィールドを広げつつある。『バオバオ フツウの家族』の公開を前に一時帰国した蔭山さんに、本作のこと、台湾映画界のこと、自らの今後、そして日本への想いを伺った。

蔭山征彥(カゲヤマ・ユキヒコ)
日本生まれ。2004年ドラマ「寒夜續曲」で台湾デビュー、2005年の初映画『時の流れの中で(經過)』(東京国際映画祭で上映)で準主役、2008年の大ヒット作『海角七号 君想う国境の南』では物語のキーとなる7通の手紙の朗読を担当。東日本大震災を題材にした『父の子守歌(手機裡的眼淚)』(2012年)では台湾の病院に勤務する日本人研修医役で主演を務める。そのほか『KANO 1931~海の向こうの甲子園』では、俳優と演技指導なども兼務。また、 2015年自らの脚本『あなたを、想う。』(東京フィルメックスでは『念念』の原題で上映)が張艾嘉(シルヴィア・チャン)の目にとまり、脚本家デビュー、香港電影評論学会の脚本賞を共同脚本のシルヴィアとともに受賞した。

『バオバオ フツウの家族』
原題:我的卵男日記
監督:謝光誠(シエ・グアンチェン)
脚本:鄧依涵(デン・イーハン)
出演:雷艾美(エミー・レイズ)、柯奐如(クー・ファンルー)、蔭山征彦、蔡力允(ツァイ・リーユン)、楊子儀(ヤン・ズーイ)
2018年/台湾/97分
配給:オンリー・ハーツ/GOLD FINGER

*ストーリー*
ロンドンに暮らすレズビアンのカップル・ジョアンとシンディ、その友人であるゲイのカップル・チャールズとティムは、ジョアンの子宮を借りてそれぞれに子を持つことを計画する。体外受精で双子を身ごもったシンディだったが、思わぬアクシデントが待ち受けていた。

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©Darren Culture & Creativity Co.,Ltd.
蔭山征彦さんインタビュー

☆やりやすかったロンドン・ロケ

――まず『バオバオ フツウの家族』の出演に至った経緯からお聞かせください。
蔭山 『父の子守歌』のカメラマン(林文義)が『バオバオ』のプロデューサーなんです。クランクインの半年前2016年の年末くらいに「こういう作品があるのだけどちょっと脚本を見てくれないか」っていう話があって、たぶん出演者のなかで僕がいちばん最初に脚本を見ています。初めは台湾人の設定で、もし僕がやるのだったら設定を日台ハーフに切り替える、そういうオファーがありました。彼が「ファインダー越しにあなたの演技を見ていて、いつか一緒にやってみたいと思っていた」と言ってくれて。脚本を読んで、ほぼほぼすぐ、2月ぐらいには出ると決めていました。

――イギリスが舞台ですね。そこにはどんな意味があったのでしょうか?
蔭山 謝光誠監督がロンドンに留学していたからですね。ロンドンの芸術大学の映像学部にいらした。いつか自分が青春時代を過ごしたイギリスという場所でやってみたいってずっと思っていたようです。だから、カメラマンも留学時代の同級生ですし。そういう意味では知り合いがいろいろいて有利に働いたなと思います。

――今年2019年になって台湾では同性婚が合法化されましたが、イギリスなど欧州にはその分野の先進国がいくつもあります。そのことも関係していたのでしょうか?
蔭山 僕が聞いている限りでは、確かにロンドンは、外で(男同士で)軽くキスをしてというシーンを撮っていても誰も何も見ないです。まったくロンドンの人たちにとっては、そういうことはどうでもいい当たり前のことで、だから、かっこいい男ふたりが手をつないで歩いているとかそこら中で、潜在的に人数としてはかなりいるのだろうなと感じました。そういう意味で芝居はすごくやりやすかったし、ロケで恥ずかしいとかそういうのはありませんでした。でも、ロンドンだったのは、(同性愛に対する意識が)進んでいるからというよりは、監督のロンドンへの思いがあったということじゃないかなと思っています。

――同性愛者の方が実際に子供を持つというのは難しい問題があります。出演にあたってリサーチされたなかで、その点についてはどう感じられましたか?
蔭山 制作時はまだ(台湾で同性婚が)法制化されていない2017年で、(でも、立法院で)議題に上がってはいたと思います。子供を持ちたいかどうかっていうことに関しては、僕が聞いたなかでは、絶対に子供を持ちたいって言う同性愛者の人はそんなにはいませんでした。肉体的に同性だからできないわけじゃないですか。そこに重きを置いている人があまりいない。それよりも、法制化され夫婦として認められることによって、今までできなかったことができる、そちらのほうが同性愛者の方たちにとって意味のあることだろうなと思いました。

――そうすると、いろんな人たちがいるなかでも、こういったカップルの話は全体を代表するということではないですね。
蔭山 こういうことってお金がなきゃできないじゃないですか、やっぱり。同性愛者の方みんなが大金を持っているわけじゃないのですよね。それに、法律的にそれが子供と認められるかというのは、また別問題じゃないですか。だから、僕は、これから同性愛者の人たちと異性愛者の人たちが――何かを決めていく政府の人たちもほとんどが異性愛者ですよね――そういう人たちが一緒になってこういう問題を社会としてどう受け入れていくかっていうことなのかなと思うんですよ。

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☆ 俳優から脚本家、そして目指すところは

――蔭山さんは脚本家としても、いまとても期待されていると思います。自分が書いたものを監督もしてみたい気持ちがあるそうですが、実際に何か撮ったりしてらっしゃるのですか?
蔭山 商業的なものはないです。ただ監督としていつかやってみたいという思いがあるので、一眼レフカメラで動画を撮って編集して色もいじって……ということを練習しています。画角とかカット割りという概念をもっと強く持つようにしていかなきゃいけないと思ったので。いきなり長編ということになれば共同監督の可能性もあるし、正直なかなか難しいですよ。いまちょうど書き終わったのがあって、それをある中国の会社が買いたいと言ってきて、売るには至らなかったのですけど、監督もやっていきたいという思いを相手には伝えています。ただその脚本はちょっと規模が大きくて、CGもかなり入るのかなというものなので、予算の大きなものをいきなり僕にやらせるのは、投資家からしてみたら厳しいのかなと、それも理解できます。

――いつか撮れるといいですね。
蔭山 売るには至らなかったですけど、そこそこ有名な会社なので、買いたいと言ってくれたことはすごく自信になりました。悪くないんだなって思えたし、もうちょっと煮詰めながら大切に育てていきたいと思います。

――ずいぶん昔から書くことはされていたのですよね。
蔭山 2007年です。『海角七号~君想う、国境の南』に携わる前からですね。

――台湾って監督が脚本を兼ねることが多くて、『バオバオ』は監督と脚本が違う人ですけど、それがいいのか悪いのかって思うことがあって……
蔭山 どっちとも言えないですよね。よく言われているのが、やっぱり「脚本家が育たない」。育てなきゃいけないんだけど、でも、監督も脚本ができると監督になれるのが早い、映画化が早い。そういう変な悪循環があって脚本家が育てられない。それがエンドレスで続いているみたいで、日本の脚本家が置かれてる環境、待遇にはまだ至っていない気がしますね。

――脚本家志望の人が少ないんですかね?
蔭山 もしかしたらそうです。僕は『あなたを、想う。』(『念念』)で変に賞をいただいちゃったので、そんなにキャリアもないのに他人の脚本を見てくれないか頼まれることがけっこうあるんですよ。大丈夫なのかなっていうのがいっぱいありますよ。けど、そういう脚本の映像化はされていないから、トップにいて判断する人は、ちゃんと判断できるんですよ。やっぱり脚本家の待遇が悪いからあまりなりたがらない。そういうところから改善していかないとよくならないんじゃないかなと思います。

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☆ 台湾から日本を想う

――蔭山さんは長年台湾で活動されているけど、先日のイベント(※後述コラム参照)で「日本への思い」を語っていらしたことが印象に残りました。長く日本の外にいらしたなかで、そういう思いが強くなっていったのかなって。
蔭山 究極のところ言っちゃうと、国会中継とかYouTubeで見るようになりました。どこか特定の党を支持しているというわけでは決してないけど、日本のこれからをすごく意識するようになっていますね。

――それは、蔭山さんがそうなのか、ほかの人も含めて台湾に暮らして久しい日本人のなかでそういうものがあるのか……
蔭山 僕が特別なような気がします。やっぱり世界を見ても、これだけ統制がとれて美しいものを残している国ってあまりないと思うんですよ。やっぱり海外にいるからこそ、より日本が美しく見えるというところもあるし、日本にもっとよくなってほしい。だから、暇なときに思わず国会中継を見ちゃう。こんなヤツが議員で大丈夫?みたいな人もいるじゃないですか。かと思えば、立派なことをやっている人もいるし。ここ数年、そういうのをすごく意識するようになりました。

――誤解のないように確認しますが、それは日本と他国との比較ということではないですね?
蔭山 台湾との比較というよりも、日本が今まで歩んできた道のなかで感じることです。僕は、台湾で居場所を見つけて、台湾にチャンスをもらった人間ですから、日台ということに関して自分ができるフィールドで何か貢献していきたいなと常に思います。そういう意味で日本の美しいところを中華圏の人にもっと知ってもらいたいし、インバウンドという点でも海外の、あまり知られていない都市の人たちにも日本に来てほしいんですよ。そういう相談も実際にあります。

☆ 昨今の台湾映画界は

――最近、台湾映画界に関して、なかにいて感じるものはどうですか?
蔭山 台湾映画界を代表して言うのは、なかなか難しいんですけど(笑)、まあ、あの、動員数がかなり下がっています。

――一時すごかったですもんね。
蔭山 今年はかなり低いので(※)、いい悪いは置いといて、ヒットしたものがホラーだったりします。動員数が下がると製作費も下がるんですよ。でも、いったん上がってしまったスタッフや俳優のギャラは下がらないんです。だから、これから台湾の映像業界が向かい合わなきゃいけないジレンマっていうのはそこにある気がしますね。もちろん売れるものをすべての人が目指すわけじゃないと思うから、アート系の作品がなくなるわけでもないし、だけど映画って興行じゃないですか。そことのバランスがやっぱり難しい。撮っている本数も一時期よりはかなり減っていると思います。撮ったけど公開できないでいる映画もけっこうあるみたいです。正直言ってあまりいい状態じゃないだろうなっていうのはありますね。
※ 2019年は、8月時点で1億元超えの台湾映画は一本もない。5000万元前後の作品が2本ある程度で1000万元超えまでラインを下げても6本。

――ところで、俳優としてのご予定は?
蔭山 今年は脚本を一生懸命やりたいと思います。客家電視台のドラマ(※)が放送されたところですが、それは1月末くらいまで撮影でした。自分が今後目指していくのは、俳優だけじゃないし、俳優がゴールじゃないなってずっと思っていました。いずれ監督をやるとして、今優先すべきことを考えたときに脚本をもっと強化していかなきゃいけない気がしています。だから、よっぽど何かオファーがない限りは俳優はやらないですね。

――脚本、未来の監督として頑張ってください。
蔭山 頑張ります。
※ 「日據時代的十種生存法則」2019年4月に客家語放送をメインとする客家テレビで放送された。“台湾新文学の父”と言われる頼和の小説5編を原作とする全12回の連続ドラマ。YouTubeの客家テレビ公式チャンネルでも配信されている。蔭山さんは客家の村に赴任している日本人警官役。

*****
【コラム】
 今回の取材に先立つ5月25日、蔭山さんは脚本を担当した『あなたを、想う。』(『念念』)の上映&トークイベント(主催:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、アジアンパラダイス)に登壇した。この映画は、じつはこの上映会の時点では日本での一般公開が決まっておらず、原題の「念念」としての上映会だった。生き別れになった兄妹と妹の恋人それぞれの視点で、思慕の念を見つめた珠玉作だ。映画化のきっかけは、蔭山さんが書き溜めた短編の脚本を知人に見せたことで、この脚本がまわりまわってシルヴィア・チャンのもとに届き「すごくいいから、私が撮るわ」という話になったとか。金馬奨の主席を務めた大御所にそう言われ、すごく嬉しかったとのこと。映画化にあたっては、3本の短編を1本にまとめ、当初、函館をイメージして書かれた舞台は台湾・緑島に変更された。また、ふつう脚本家はそんなに撮影現場には行かないものだが、蔭山さんはめったにないチャンスと思い、ほぼ全日と言っていいほど現場に通い、シルヴィアの演出を間近で見つめていたそうだ。
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 また『バオバオ フツウの家族』については、「主演作が日本で正式に上映されるのは初めてなので嬉しい」と。共演のクー・ファンルーはキャリアも長く、アドリブでのやりとりも考えるだけで楽しかった、いい化学反応が起きているはずとも。ロンドンでの撮影期間は、戸建てを宿舎として借り、俳優陣で共同生活をしたのでチームワークはばっちり。今も当時のキャストで会食することがあると語った。Q&Aのコーナーでは、長年台湾で活動していることに関連して台湾への思慕についての質問があったが「海外にいて、長年故郷を離れてやっていると、(日本にいる)家族には特別な思いはある。作品を通して親孝行したい」と語っていた。
 なお、『あなたを、想う』は、11月2日(土)よりユーロスペース・横浜シネマリンほか全国順次公開。

『お百姓さんになりたい』 原村政樹監督インタビュー

8/24(土)~ 東京・ポレポレ東中野 ほか全国順次公開中
横浜シネマリン 9月21日(土)〜公開 21日(土)上映後 原村監督舞台挨拶

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『お百姓さんになりたい』作品紹介 公式HPより

*自然の声に耳を傾けながら、いのちをつなぐ。
 明石農園の春・夏・秋・冬。

2.8ヘクタールの畑で60種類もの野菜を育てている、埼玉県三芳町の明石農園。明石誠一さんは28歳の時に東京から移り住み、新規就農した。有機農法からスタートし、10年前からは農薬や除草剤、さらに肥料さえも使わない「自然栽培」に取り組んでいる。ここでは野菜同士が互いを育てる肥やしになり、雑草は3年を経て有機物に富んだ堆肥になる。収穫後は種を自家採種していのちをつなぐ。春夏秋冬、地道な農の営みは、お百姓さんになりたい人への実践的ガイドとなり、”自分の口に入るもの”に関心を持つ人に、心豊かに暮らすためのヒントを提示する。

*不揃いでもいい。失敗してもいい。みんな、ここにいていいんだ。

明石農園には、パティシエやカメラマンなど、さまざまな経歴を持つ人たちが研修生としてやってきて、農家として独立する人も出てきた。ノウフク(農業福祉連携)にも取り組み、障がいを持つ人たちも得意分野を生かし、それぞれのペースで働いている。「都会の子に土に触れてほしい」と、農業体験イベントも開催する。
20代でも60代でも、障がいがあってもなくても、虫も植物も、土の上ではみんな同じいのち。土がつなぐ「いのちの営み」に、なぜ引き寄せられるのか。競争社会から共生社会へとシフトする、新しい幸せの物差しが「農」にある。
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シネマジャーナルHP 作品紹介
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/468975158.html

原村政樹監督 フィルモグラフィ 
「海女のリャンさん」「いのち耕す人々」「里山っ子たち:三部作」「天に栄える村」「無音の叫び声」「いのちの岐路に立つ ~ 核を抱きしめたニッポン国」「武蔵野 ~ 江戸の循環農業が息づく」
参考資料 
『お百姓さんになりたい』公式HP
シネマジャーナル 『無音の叫び声』原村政樹監督 記者会見

原村政樹監督インタビュー
取材 宮崎暁美

☆ 明石農場とそこで働く人々

ー『海女のリャンさん』(2004年)でインタビューさせていただいて以来、作品が作られるたびに関心をもち、紹介させていただいてきました。幅広い分野の作品を撮ってきていますが、最近は農業、農村をめぐる人々をテーマにしたものが多いですね。都会にいて農業に興味を持っている人、けっこういるなというイメージがあるんですが、明石農場に来ている研修生というのは、やはりそういう人が多いんですか?
原村監督 今、7,8人いますが、泊まり(宿泊)というわけではなく、通ってこられる範囲から来ている人たちです。農業の養成所のようになっています。

ー 明石さんは、それまで農業にかかわりのない仕事をしていたけど、28歳の時に農業を始めたとのことですが、農業研修所に行ったり、いろいろな形で農業を教わって自立してきたということも背景にありますか? 自分が試行錯誤して得たノウハウを伝えたいという思いもあるのでしょうね。

監督 明石さんは教育に興味があるんです。明石さん自身、自立して農業をやっていく基盤ができた。次は農業をやっていく人を育てたいと思って、自分と同じように農業をやりたい人を募って始め、人数が増えたということが、畑を増やすという方向にもつながった。研修生だけでなく、障害者も受け入れたり、企業の中でのファームセラピーのような農業体験もして、人を癒すというようなこともやっています。明石農場がある埼玉県三芳町あたりも農業をやる人たちが高齢化しているので、ゆくゆくはあの地域の農業を担っていく人も増やしたいという思いもあるでしょう。農業研修を終えて、すでに農家として自立している人も10人くらいはいるようです。研修生たちは給料制ではなく、明石農園で収穫した野菜をもらって帰るという生活ですが、ゆくゆくは法人化も考えているようです。
彼は事業家だし、いろいろなことをやりたい人だから、それがまわっていけるように、まかせられる人作りをしているんだと思います。何ヶ所もの畑、60種くらいの農作物を植え、出荷までのことをする。週2回出荷するためには、それをまわしていくための計画を立てたり、マネジメントも必要。統括者がいる。明石さんが、今までは農作業のほうにたいぶ関わっていたけど、次の段階としては法人化して、まかせられる人をスタッフとしてやっていきたいと考えて状態ですかね。

ー 農業後継者がなかなか現れないということもある中、明石さんのところでは農業をやりたい人を取り込んでいる。とても良い流れですよね。研修生たちもどこかで修行したいと思っているわけですから。

監督 基本的に、いきなり農家にはなれないわけですから、どこかで修行するということになる。研修生を受け入れる場所が必要ですよね。埼玉県は新規就農率高いんですよ。毎年300人くらいいるんです。全国的にも高いです。新規就農に対する支援も古くからやっていますし援助もあります
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(c)mio kakiuchi

☆ 百姓とは

ー 「お百姓さんになりたい」というタイトルも、農業をめざす人たちの思いをタイトルにしたのですか?

監督 このタイトルはけっこう早く決まりました。撮影を始めた時は「自然農法」とか「自然栽培」というような仮題で始めたのですが、2,3ヶ月くらいした時、この映画は「お百姓さんになりたい」だなと頭に浮かびました。なぜかというとあそこで働いている研修生たちの姿を見て思いました。でも明石農園はそういう要素だけでなく、イベントをやったり、福祉というか、障害者と向き合ってやっているということもあるから、必ずしも、この「お百姓さんになりたい」というタイトルが、この映画の全てはあらわしてはいません。
でも明石さんがやっていることは、単に作物を育てる農家というだけでなく、ここでは明石さんという哲学を持った経営者がいるわけです。彼がやっている、あるいはやろうとしていることを描くとすれと「お百姓さんになりたい」だけじゃ収まらない。
「百姓」というのは、百の姓(かばね)と書くわけですから、真壁仁(山形県出身の詩人、哲学者)に言わせると、百の仕事ができるというわけです。なんでもできる。家も建てられる。水道工事もできる。庭鳥小屋も作れる。そういうことができるのがお百姓さんなんですよ。そういうことで言えば、明石さんがやっていることも。何も作物だけを作るのがお百姓さんではない。そしてなにも農業やりたい人だけのために作ったのではない。

ー 農業を通じた仲間だったり、いろいろな人と知り合ったり、イベントがあったりという中で生きているということですね。

監督 明石さんが全てではないけれど、そういう最大公約数の中で、明石農園を描くとすると、あれだけバラエティに富んだものにならざるを得ない。
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☆ 都市農業と個人農家 大規模農業と小規模農業

ー 農業関係の映画は他にもいっぱいありますが、やっぱりその人の生き様だったり、地域との関係だったり、村おこしだったり、原村監督の映画の中でも描かれてきましたが、今まで埼玉県を舞台にしたものは観ていない気がします。

監督 埼玉というか、武蔵野の個人農家というか、都市農業が、国連や世界から注目されています。2050年には食料危機が来ると言われている中で、大規模農業では立ち行かなくなる。武蔵野みたいな農法というのが注目されているわけですよ。そういうのが東京の近くであったの! 奇跡じゃないかと思うけど、日本では誰も注目していない。映像メディアもそうだし、大手新聞なども興味を示さない。農業専門誌や農業ジャーナリストなど農業に興味がある一部の人たちだけが注目している。

ー 今まで福島とか山形などで農業に関わる映画を撮っていたけど、このところ2本くらい地元の埼玉県で撮っていますね。

監督 私も今まで、山形とか福島とか、遠くに目を向けていたけど、あれ! 自分の住んでいる身近に、こんなすごい農家、農法があったと思ったんです。これまで都市農業とか、郊外農業は注目されてこなかったけど、今、注目されているのです。今まで遠くばかり見ていたけど、近くにこんな農業があったって気がついた。都市が近いから将来性もある。
明石農場でやりたかったのは3つテーマがあった。ひとつは肥料をやらないで作物をどうやって育てるかに興味があった。化学肥料をやり続けると土地が疲弊して、やがて土がカチカチになってしまって使えなくなる。明石さんの所は肥料を使わない自然農法。
この10年くらいだと思いますが、土壌、微生物学の世界で、根の回り、根茎の世界が注目されていて、実は根が豊かにはる様な土の良さ、化学肥料でダメージを受けていないところは、無数の多彩な微生物が根の回りに集まるんです。それが植物とコミュニケーションをとって、植物からの栄養をもらうけど、植物のほうにも栄養を出してあげているわけです。微生物がいるということが、植物の生長に大きな役目をしているわけです。
森とか林は肥料をやらないのに木は育っている。それと同じような生態系を畑に利用できないかということ。自然栽培は植物が育ちやすい環境を作っている。いかに土作りをするかっていうことなんです。雑草でも緑肥でも、土の中に戻すことで肥料になってゆくわけで、肥料をやらないというわけではない。でも肥料とは何かということになると、落葉堆肥が肥料かというとそうではなくて、土の物流性をよくしているだけだから、そんなには栄養分があるわけではない。
そういう意味では堆肥は肥料かというとちょっと違う。生態系の中で微生物が植物を育て植物も枯れてゆく。植物を食べた動物も死んでゆく。そして土に帰ってゆく。それが腐植土になり、ミミズなどの餌になるし、微生物に寄ってくる。だから循環して植物(作物)が育ってゆく。明石さんのところの農業は、自然のサイクルを利用した農業とも言える。
外から得た堆肥(動物の排泄物とわら、もみがらなどを混ぜたもの)が安全かどうかは自分ではわからない。ひょっとしたら、抗生物まみれ、ホルモン剤まみれのとうもろこしを食べているかもしれないので、畜産農家が出した堆肥の安全性はわからないから、安全と言われても信用できない。
『武蔵野』に出てきた農家のように、地域の落ち葉を利用するという農業なら別だけど。明石さんのところも外からの堆肥を使わず、自分の畑から出た植物(雑草や作物の不使用分)などを使っている。無肥料ではなく、循環を利用しているということを言いたかった。

☆ 自然の摂理を生かした農業の実現

ー まさに、こんな風にやっているのだと目からウロコで知らないことがいっぱいありました。

監督 種を蒔いたり苗を植えてから、作物ができるまでにどういうことがあるのかということを描きたかった。まさに子育てと同じだということ。本当は、今回の映画の中では紹介できないくらいトラブルもあったんです。我々が食べているものを手塩にかけて育てているのだということを言いたかった。
どんなにベテランの農家でも、優秀な農家でも、毎年失敗したり、いろいろなことが起きるわけです。明石さんの場合は自立しているといっても、まだ農家としては未熟です。たからそういういろいろな出来事が見えるのではないかというのも、ここを撮ろうと思った理由のひとつです。明石さんは、作物を育てる時に、実験をしているといっていた。条件を変えて、どういうやり方がいいか実験をしながら、自分でどういう方法がいいか検討して、編み出しているといっていて、それいいなと思ったんです。
農家の人はただ種を蒔いて作物を育てているだけではないのです。自然というのは複雑だから、人間の思い通りにはならない。どうやって自然と向かい合いながらやっていくかですよね。もうひとつは、彼は世の中のみんなが生き生きとできる社会を作りたいと言っていたこと。それが一番僕の心に響きました。
彼のところは自然栽培だし、固定種の種を使っているから、F1のように品質良いもの、同じ大きさや形のものが大量にできてはこなくて、ばらつきのある作物ができてくるわけです。ばらつきがあっていいんだ。それでもみんな同じだという考え方ですね。その価値観って、すごく大切で、そこもひとつのテーマでもありました。
我々が生きてゆく中で、直結した考え方だと思うのです。今、人間は持っている技術でコントロールしてやっているわけですよ。近代農業では化学肥料をどんどんまいて、たくさん作って、品質も良くして、だけどそのかわり農薬を使っているわけですよ。でも、それで土が疲弊していって困っているというのが、世界の状況になっているわけですよ。人間が自然でもなんでも支配できるという考え方、それはもうだめだということを言いたいわけです。むしろ自然界というのがものすごく複雑で、いろいろなものが有機的につながっていて、人間の知恵だけでは制御できない。自然を主役にして、それに寄り添いながら、やってゆく。自然の摂理に謙虚になって生きていかないといけないんじゃないか。ゲノム編集(遺伝子を改変する技術)による作物が増えているが、人間が自然の摂理に逆らっていくのは間違いじゃないか。自然がどういう風に動植物を生かしてくれているのか、そこに立ちかえらないといけないとい風に僕は思っている。
つまり土なんですよ。土が持っている豊かな世界を壊さないように大切にしながら、やっていく農業が大切。人類は崖っぷちにいるという時代なんです。明石さんがやっているのは、世界が農業の原点に立ちかえらなくてはことのひとつの事例だと思う。
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☆農薬と化学肥料 固定種とF1

ー 野菜の形が整っている、揃っているのがいいという考え方がほとんどで、不揃いでいいんだという考え方というのは、やはり浸透しないですかね。

監督 それは教育や食育の問題。そういうのがないし自然と切り離されても生きていけるから、そういう感覚が抜けている。形がいいとか揃っているということより安全性が大事という考え方が必要。そういうことに敏感な人や学者は、スーパーで売られている野菜について危ないという人もいるけど、そんなに過敏にならなくてもいいような気がする。

ー 実際問題、あれもこれも危険と言っていたら、食べられるものがなくなっちゃって生活していけないですよね。

監督 とは言いつつ、自閉症とか発達障害とか、農薬の影響もあるのではないかといわれてもいます。日本は農薬の許容量を増やしていることは確かです。規制をあまくしている。世界が規制を強めているのに、日本は逆。日本は世界一の農薬使用国ですよ。中国の人が日本の野菜は安全なんて言っているけど、日本の野菜は安全じゃないという人もいる。世界の農薬の使用量を調べたらそういうことがわかる。農薬による弊害は広がっているんじゃないかな。脳の機能を狂わせてしまうのではないかと、欧米では規制したのに、日本では増やしている。これがわからない。モンサントのランドアップという除草剤も発癌性が疑われて、世界的にどんどん規制されてきているのに、日本は400倍の基準緩和。これはありえないでしょう。おかしいよね。
アメリカでも日本でも農薬業界と政界との癒着が取りざたされているけど、この規制と機を逸するように「種子法」が廃止された。あれは都道府県が守ってきた主要作物(小麦、大豆など)の治験を海外にゆだねるという形になる。この二つが同時におきたことで、後はどうみても全ての植物を枯らすランドアップレディという小麦とか大豆とか米の遺伝子組み換えの種があるわけですよ。それを売り込もうという戦略が影に隠れているとしか思えない。日本やアメリカの企業家たちの思惑が見え隠れしている。規制緩和してよくなるというけど、彼らは金儲けしたいだけ。とんでもないよね。どこまでグローバル化で日本の財産を大企業に売り渡したいのかなと思う。

ー 明石さんの所は自分の所で種を採取しているけど、一般の農家は買ったF1の種で植えているんですよね。

監督 今はほとんどそうです。なかなか自家採取しているところは少ないんじゃない。なぜかというと、固定種は量も少ないしばらつきがある。世話も大変。F1というのは品質も良く味も良いし、そろったものが大量にできるわけです。そりゃあ農家にとってみればメリットがある。その代わり化学肥料を使わなければいけない。化学肥料を使うと栄養過多になるから病害虫もつきやすい。だから農薬も使うことになる。農薬と化学肥料がセットになっているのがF1。だから僕はF1までは否定できないし、それをやっちゃいけないとは言えないけど、じゃあ元をただせば日本で売っているF1は、どこで生産されているかというとインドとかです。元をただせばモンサントなど大企業。結局、そういうこと。ある意味、日本の農業は多国籍企業に牛耳られていえるでしょう。
*固定種は親から子、子から孫へと代々同じ形質が受け継がれている種で、味や形などの形質 が 固定されたものが育つ。昔から続く在来種や伝来種は固定種。F1(Filial 1 hybrid)は、直訳すると「1世代交配」。一代雑種やハイブリッド種とも呼ばれる。異なる種を交配させると、次に生まれた種は一定の形質を持つ。異なる特性の種を掛け合わすことができ、生産量アップや食味の改善が進めやすいので多くの農家が利用している。

☆ 永続可能な土作り

ー 農薬使用についてはどうでしょう。

監督 明石さんの所は農薬を使っていないけど、まわりの農家は使っています。自分はやらないけど、他の人が使うことに関して批判はしない。自分は正しくて、農薬を使っている人たちは正しくないという形はとっていない。自分の主張を押し付けてはいない。農薬は使わないにこしたことはないけど、使わなければ成り立たない農家もあるわけで、自分のところでやれる方法で農家を成り立たせていくことが大事。農業は、家族農業と工業的農業(大量生産)に分けられるかもしれないけど、あまり畑に手間をかけずにやりたい人もいる。自然農法(栽培)は手間がかかるので、折り合いをつけて農業を続けている。でも地球の未来のために自然農法は大事。
農薬、化学肥料などを使っていくと、土壌は疲弊していき、最後は植物が育たないような土になってしまう。そうならないように研究している人はいます。そういう人たちが作った土は、土に入ったら足がずぶずぶっと中に入っていって驚きました。「どうやってこういう土を作ったのですか?」と聞いたら、20年も30年も、何もやらなかった土だというのです。だから自然栽培ってすごいなと思いました。今まで農薬の被害とか、安全、安心という視点で土作りを見てきたけど、土作りというのが人類が生存するためのベースなんだと思った。
文明はいつも土を疲弊させてきた。土をだめにすることで滅びてきた。団粒構造ってあるでしょう。一番良い土は排水がよくできて保水ができる。この二つの矛盾することが同時にできる土がいい。そのために落ち葉堆肥とか有機物が大切。そういうものがたまって土をつくりあげてゆく。非常に巧妙にできた自然の摂理なんですよ。
現代農業っていうのは、そのことに目をつむるわけではないけど、それを無視しているというか、そういうことを考えずに植物にとって必要な窒素などの栄養素を化学的に作ったものを野菜にあげているわけですよ。化学肥料ばかりあげていると土が硬くなっていくわけです。やってもいいんだけど、やるんだったら同時に有機物というか堆肥なんかも施さないと。だから野菜農家は一般的に堆肥も入れていますよ。化学肥料だけやっているようなところは工業農業です。数年で土がだめになるということはないから、今の儲けだけでなく将来的なことも考えていかないといけないんです。今さえよければいいという考えではなく、永続的にするにはどうしたらいいかということを考えてやらなくてはということなんです。

ー 明石さんのところは有機栽培から自然栽培に切り替えていったわけですが、この自然栽培方針は、そういうことを考えた上でのことなんですね。

監督 世界がどうのとか、地球がどうのとか、そこまで考えているかはわかりませんが、食の安全を考えて自然栽培がいいんじゃないかというのはあるでしょう。永続的な農業は地球存続のためのテーマなんだろうということを最近ひしひしと感じています。今まではそこまで考えてなかったけどわかってきました。日本は現代農業が否定してきた、家族農業というか小規模農家、それを会社組織にしたり、大きなものにしていこうとしているけど、世界は現代農業というか大規模農業など農業の近代化などは、行き過ぎて危ないところまできてしまったから、もう一回もどろうよというのが、世界の良識ある人々の考え方。
トランプ大統領は「CO2削減なんて必要ない」なんて言っているけど、そういう連中もいるわけです。地球なんてどうなってもいい。アメリカがよければいいというわけです。悲しいかな、そういう人たちが力を持っている。
明石さんという農家は、小さなコミュニティですが、でも彼らが持っている価値は非常に大きなテーマです。そういうことを伝えていきたいし、これからも関わっていきたいと思っています。
地球規模とか世界規模とか考えなければいけないなと考え出したのは、ほんとに最近です。いろいろな人と出会いがあったり、情報を得たりしているうちに認識してきました。土作りの大切さは、これまでも思ってきたけど、身の回りとか狭い世界でしか考えていなかった。この映画を撮っているうちに、それが単に身の回りのことではなく、地球規模とか世界規模に影響しているということに気づかされた。

ー 私たちも家庭菜園で堆肥をやったりしてきたけど、知らないままやってきたけど、それが理にかなったことなんだと、この映画で気づかされました。

監督 ベランダでトマトとか作っている人をベランノウとか言うんですが、みんなそういうのをやればいいと思うよ。そういうことが広まっていくのはいいことですよ。子供の頃授業で、生命の循環とか学んできたけど、それ自体は単純なことだけど、ひとつひとつは複雑に絡み合って生命は生き続けてきたんです。自然の摂理を取り入れながら、折り合いをつけながらやっていくことの大切さ、自然に敬意をはらいながらやっていくこと。この大切さを伝えていきたい。

取材を終えて

原村さんに初めてインタビューしたのは『海女のリャンさん』の時。それから15年近くたちますが、10作余りの作品を作ってきました。最近は、農業に関わる作品が多いけど、原村監督は映画で語る静かなるアクティビストというイメージでした。でも今回の監督インタビューは違いました。暑い中、都内まで出てきていただきましたが、1時間半にも渡って熱く語っていました。まとめるのに時間がかかってしまいましたが、いかがでしたか。これからも全国で上映されていきますので、ぜひ観に来てみてください。監督の熱い思いが感じられると思います。


『サタンタンゴ』 タル・ベーラ監督来日記者会見

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ハンガリーの巨匠 タル・ベーラ監督が4年の歳月をかけて1994年に完成させた7時間18分におよぶ伝説の作品『サタンタンゴ』。この度、製作から25年を経て、4Kデジタル・レストア版が日本で劇場初公開されるのを記念し、タル・ベーラ監督が来日。9月14日(土)、記者会見が開かれました。

サタンタンゴ
原題:Satantango
監督・脚本:タル・ベーラ
共同監督:フラニツキー・アーグネシュ
原作・脚本:クラスナホルカイ・ラースロー
出演:ビーグ・ミハーイ、ホルバート・プチ、デルジ・ヤーノシュ、セーケイ・B・ミクローシュ、ボーク・エリカ、ペーター・ベルリング

ハンガリーの寒村。雨が降り注ぐ中、死んだはずのイリミアーシュが帰って来る。彼の帰還に惑わされる村人たち。イリミアーシュは救世主なのか? それとも?
悪魔のささやきが聴こえてくる・・・
シネジャ作品紹介

1994年/ハンガリー・ドイツ・スイス/モノクロ/1:1.66/7時間18分
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/satantango/
★2019年9月13日(金)より、シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開


◎タル・ベーラ監督来日記者会見

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司会:まずは、ひと言、ご挨拶を!

タル・ベーラ監督:
 ハロー! 今日は来てくださってありがとうございます。
(ほんとに、ひと言! え? と呆気に取られますが、監督は「go ahead!」と涼しい顔)

◆人間の根本は同じ 世界どこでも反応は変わらない
司会:本作が完成されてから25年間、世界の各地で上映に立ち会われてきましたが、国によって反応の違いは?

監督:文化、歴史、宗教、肌の色などが違っても、どこの国でも同じリアクション、同じ質問を受けました。ロサンジェルス、中国、タイ、韓国、ポルトガル等々、なぜか同じ反応でした。人間の根本を描いているからかもしれません。
人間の存在、人間関係、時間と空間を組み合わせて過去を振り返るなどの観点で掘り下げたものを、皆さん理解してくれて嬉しい。
私は芸術を信じてないし、私自身、芸術家という言葉は好きじゃありません。私は労働者です。作品を作るときには、人間の存在、世界がいかに複雑であるかを見せる努力をしてきました。
25歳のモノクロは、歳月が経っても人々に同じように受け止められています。時が経って、ある種の物差しになっていると感じています。

― 自分を労働者だとおっしゃいましたが、会社や資本家のために働く労働者ではないと思います。込めた思いは?

監督:public workerです。収益のためでなく人々のために働く公的な労働者です。

◆デジタル映画には違う言語の可能性があるはず
― 今回、デジタルリマスターに変換して、フィルムと違うと感じたことは?

監督:とても奇妙でした。35mmフィルムで撮って、誰にもデジタル化を許可しなかったのですが、25年経って、よし、やってみようと。 すべてのフレームをちゃんと見て、その結果、ほぼフィルムに近い『サタンタンゴ』が出来たけれど、やはりフィルムとは違う。
ワールドプレミアとしてベルリンで上映したのですが、人気を博しました。25年経って、毎年毎年、この作品を好きになってくださる方が増えているのを感じます。
私はフィルムメーカーだと思っていましたので、35mmのセルロイドが好きです。
デジタルカメラで撮るとき、フィルムカメラと同じように撮影するのが問題。今のデジタル作品を観ると、フェイクのフィルム作品を作っているのではと感じています。デジタルならではの撮り方があると思う。違った可能性があると思うのです。誰かが新しいデジタル言語を作ってくれると信じています。

― 7時間18分、すべてご自身でチェックを?

監督: はい、もちろん全部自分でチェックしなくてはなりませんでした。技術者のことを信頼してないからね。アメリカの会社のチームに猜疑心を持ってました。映像や音をちゃんと再現してくれるのかと。でも、とても楽しい作業でした。
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◆酒場のダンスは酔っ払って自由に
― 酒場でのダンスシーンが何度も出てきますが、振り付けや人々の踊り方はどのように?

監督:
実際にお酒を飲んでいただいていました。ダンスを踊れる技量があることはわかっていたのですが、完璧に酔っ払い状態で、自由に踊ってもらいました。ワンテイクでいいものが撮れたのは、私自身、実に驚きました。
それぞれの方が自分のファンタジーをそのシーンにもたらしてくれました。踊り方も違いました。
我々は状況をもとにフレームを構築しなくてはいけないのですが、恵まれていれば、新たにフレームを作らなくても済みます。
出演者の方に自由にしてもらえば、彼ら自身の人生を反映してもらえます。
一人一人にこうしてくれというより、100%良い結果になると確信しています。
自由であることは力。花咲くことができるし、そこに存在してもらえます。

― 酒場のシーンはワンテイクですが、最もテイク数の多かったシーンは?


監督:よく覚えていません。撮れたと思った時には、どれ位かかったか、どうでもよくなっています。
生命感にあふれる瞬間を撮りたいと日々闘っているのですが、そんな中でも大変だったのはイルミアーシュの演説のシーンですね。これだけは台詞がきちんと用意されていましたから。他のシーンは、状況に合わせて、人々が自然に反応する形で撮っています。

◆演出できない蜘蛛や猫を動かす

― 蜘蛛には、どのように演出されたのでしょうか?

監督:いい質問! 動物トレーナーの方に、蜘蛛に上から下に降りてくる方策を考えてもらいました。複数の蜘蛛がいて、そのうちの1匹でも降りてくればと。
美と真実は、ファンタジーとドキュメンタリーから得られます。すべてが偶然とはいかないけれど、蜘蛛を演出することはできないからね。

― 正しい状況を作れば、正しく動くとのことですが、猫は?

監督:
猫をトレーニングしなければなりませんでした。(少女エシュティケを演じた)ボーク・エリカは3週間、毎日猫とゴロゴロしていました。猫は少しずつ慣れてきて、エリカを引っ掻くこともありませんでした。音もたてませんでしたので、アーカイブから猫の泣く声や引っ掻く音などを持ってきました。猫にとってはゲームのような感覚でした。
猫が死んでしまう設定なのですが、獣医に薬を注入してもらって、眠りに落ちたところで撮影しました。眠りから覚めたときには安心して、ご褒美に餌をあげたけど、まだ薬が残っていて吐いてしまいました。


◆映画で伝えたいことは伝えきって監督を辞めた

― 映画に対する愛情をとても感じます。なぜ監督業を辞められたのでしょうか?

監督:約40年、映画を作ってきました。初めて作ったのは、22歳の時。作品ごとに新しい問いが生まれました。前に進むことを強要され、1作ごとに掘り下げてきました。そして1作ごとに自分の映画的言語を見出してきました。『倫敦から来た男』のあと、何か1本作ったらやめようと決め、『ニーチェの馬』を作って、伝えたいことは伝えきったので、もうこれ以上繰り返し作って行くことはないと思いました。同じことを繰り返しても飽きてしまう。
監督という仕事は、レッドカーペットを歩いたり、美味しいものを食べて、いいホテルに泊まることじゃない。作ったものを分かち合い、皆さんが観て、どう思うか知りたいから作ってきました。それはもう終わりました。
25歳の時に目を輝かせていたのが、だんだん輝きを失ってしまいます。
ほかにやりたいこともたくさんありました。
映画作りをまったく諦めたわけではありません。今は映画学校を設立して、私のもとで若い映画作家が育っています。
アムステルダムやウィーンでパフォーマンスなども行いました。
もう自分の中で物語性のある長編映画は終わりました。

最後にフォトセッション。
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早くしないと退場されますとせかされましたが、思いのほかご機嫌!


★取材を終えて

タル・ベーラ監督の来日は、『ニーチェの馬』公開の折の2011年11月以来8年ぶり。ハンガリー大使館で開催された記者会見に颯爽と現われた監督の姿を思い出します。『ニーチェの馬』を最後に56歳という若さで映画監督の引退を宣言した直後のことで、記者会見でもそのことが大きな話題となりました。映画界から引退するわけじゃない、後身の指導に当たるとおっしゃっていた通り、映画学校を設立。フィルムをこよなく愛するタル・ベーラ監督ですが、デジタルで新しい映画言語を語れる若手を生み出していくのではないかと確信したひと時でした。

「マイクは嫌い。マイクなしで」と始まったタル・ベーラ監督の記者会見。映画に対する持論をたっぷり語ってくださいました。
「映画が1時間半くらいの尺じゃなきゃいけないなんて、誰が言ったんだ」という言葉も飛び出しました。
最後に、「日本語だと、どうしてこんなに長くなるのかな」と、おっしゃったのですが、いえいえ、英語でも充分長くお話されていました。通訳の大倉美子(おおくらよしこ)さん、お疲れ様でした!

取材: 景山咲子