ええじゃないかとよはし映画祭2019グランプリ受賞、第19回TAMA NEW WAVEベスト男優賞受賞など、日本各地の映画祭を席巻し、好評を博した『向こうの家』がいよいよ劇場公開される。
本作は一見仲睦まじく見えて、やや壊れかけた家族と、父親の愛人を巡る物語を少年の視点で描いた。
メガホンをとったのは、期待の新鋭監督、西川達郎。東京藝術大学大学院で黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事し、本作が初長編作となる。公開を前に、作品に対する思いを西川監督に聞いた。
―「向こうの家」というタイトルは絶妙ですね。「向こう」という言葉に艶めかしさを感じます。監督の発案でしょうか。
脚本家と2人でタイトルを考えていたときに、「向こうの家」というタイトルが出て来ました。他の案も考えてはみましたが、「これ以外はもうないよね」という感じで決まりました。
―本作の着想はどこから得たのでしょうか。
ずっと「男の子の成長を描きたい」と思っていました。ただ、当時の僕自身は大きな壁にぶつかりながら挑戦して成長していくような機会のない、どちらかと言えば中途半端な時間を過ごした高校生でした。 それでも、そのころになると、子どもには言えないような話をちらほら大人から聞かせてもらうようになったり、 今まで見なかったような大人達の姿を見るようになってきました。
その事は、“そういう話をしてもいい年齢になったと認めてもらえた”、“今までの子どもというステージから違うステージに上げてもらいつつある”という事のような気がして、当時の自分にとってはうれしいというか、とても楽しかったのです。これって、人間が成長していくときの一つの段階なのではないかと思いました。
では、子供から見えづらいものって何だろうと考えた時に、特に大人の恋愛のようなものは子供からは見えない部分で、瞳子さんのような立場で年上の女性は高校生からすると遠い存在なので、そういった存在と交流を持つ少年を描く事で、ある種の成長を描けるのではないかと思ったのが、この作品の着想になりました。
―本作のお母さんは「よく話し、よく理解する」ということを大事にしていました。監督の育った環境が反映されているのでしょうか。
僕の家は転勤族で、引っ越しをして知らない土地に行く事があったからでしょうか、家族同士の結びつきがとても強い。家族をとても信頼しているところがあります。
僕の母親は作品に出てくる母親のようなタイプではありませんが、物事をちゃんとしようとする真面目な人ではあります。それを投影しているとは思います。
作品の母親は悪者ではありません。彼女の中で母親として大事だと思っていることをやっているだけ。ただ、それが強すぎたのです。母親を悪く描かないよう、脚本家に伝えました。
―主人公の萩には監督ご自身が投影されているのでしょうか。
僕は高校に入ってハンドボールを始めましたが、半年くらいで辞めてしまい、それ以降はぶらぶらしていました。もやもやを抱えていて、将来、映画を撮りたいとは思っていましたが何から始めたらいいのかが分からない。当時の自分のそういう感じは萩に投影しているなと思います。
―萩を演じたのは望月歩さんです。飄々とした感じが萩に合っていたように思います。望月さんをキャスティングした経緯と決め手をお聞かせください。
萩役を探していたときに望月くんの事務所さんから彼を推薦していただきました。彼のキャリアは知っていましたが、実際に会ったら、あまりしゃべらない人見知りな子だなと思いました。でもどこかマイペースな様にも見えて、そういう自然体な雰囲気が魅力的で萩役にぴったりだなと思いました。
―望月さんが『ソロモンの偽証 前篇・事件』『ソロモンの偽証 後篇・裁判』の頃よりもぐっと背が高くなっていてびっくりしました。
大きくてびっくりしましたね。
―痩せているから、余計にひょろひょろっと見えますね。
そこがいいですよね。芝居は身体の使い方も大事です。手足が長くて、どこか持て余している感じがいかにもあの年頃の自分を持て余している、不安定な感じを醸し出していました
―萩の役作りは望月さんと一緒にされたのでしょうか。
最初の本読みのときにもうかなり出来ていると思いました。作ってきたわけではないと思いますが、役を受け入れるのが早くてすっかり順応していました。天才だと思いました。
―監督から望月くんに何か事前に伝えましたか。
彼は父親と母親に挟まれているという役です。どっちの肩を持つでもないということは意識してほしい。そして、その状況に巻き込まれつつ、ちょっと上から見ている視点で自ら判断をしようとしていることを常に意識して、瞳子さんにも流されないでほしいと伝えました。望月くんはすぐに理解してくれましたね。
それと、魚をさばくシーンがあったので、それを練習しておいてくれと頼みました。
―魚をさばくシーンは手元だけ映っていましたが、望月さん本人が演じていたのですね。
ちゃんと彼が演じています。
―萩は自転車に乗れませんでした。あの設定にはどのような意味があるのでしょうか。
高校生の頃、遠出をするときは電車ではなく自転車で行っていた僕にとって自転車に乗れる=遠くに行けること。つまり、自転車に乗れないとどこにも行けない。自転車で行ける距離が行動範囲です。自転車に乗れることで行動範囲が広がり少し大人になるというイメージで、目に見える形での成長として物語に加えました。
―萩という名前について、父親の不倫相手の向井瞳子が「あの人が付けそうな名前」と言っていました。萩という名前にどのような意味を持たせたのでしょうか。
主人公の名前はもともと英治でした。それを萩に変更しました。
父親は植物が好きだけれど、母親は好きではない。それでも息子に萩、娘に芽衣という植物に関係する名前を付け、瞳子さんには植物の本を渡す。少年の名前が萩であると聞いたときに、父親(芳郎)が植物を好きなことを知っていた瞳子さんは「芳郎さんが付けそうな名前」と思ったのです。
―その瞳子を演じたのは大谷麻衣さんです。瞳子は魅力的ながら影があります。大谷さんをキャスティングした経緯と決め手をお聞かせください。
瞳子役はある意味、理想像に近い完璧な女性。すべてを求められているので、演じる人によってがらっと雰囲気が変わると思います。
今回、キャストはオファーか、逆オファーだったのですが、瞳子役を探していたときに、脚本家を通じてお会いしました。
大谷さんが以前、出演した映像作品を見たことがありましたが、会ってみると、もちろん内面と性格は瞳子と違うのですが、所作はイメージそのまま。上品でしっかりしていて芯がある。しかも、それだけじゃない弱さも見せてくれる。瞳子の役にしっかりはまった上で、僕の想像を超えた瞳子をやってくれそうだと思いお願いしました。
―不倫は倫理的に許せませんが、瞳子は嫌いになれません。
大谷さんとは「いかに瞳子が嫌われないようにするか」について、何度も話し合いました。完璧に近いけれど、完璧すぎると人は避けたくなるので嫌われてしまう。
そこで、先ほど話が出ましたが、萩は魚をさばけるけれど、瞳子はできない。そういった、何かちょっと弱点のような部分を見せて、いかにして嫌われないように瞳子を演出するかを考えていました。
―瞳子は魚をさばけないものの、作ったお料理はとても美味しそうでした。
僕の弟が料理人をやっているので、「最高に美味い魚の料理を作ってくれ」と頼みました。見た目だけでなく、本当に美味しい料理です。撮影終了後にスタッフみんなで食べたのですが、あっという間になくなって、僕は一口も食べられませんでした。
―瞳子が住んでいる、高台にある家ですが、古いけれど手入れが行き届いた感じで素敵でした。
あの家はこの作品のプロデュースを担当した藝大の同期が知っていたのです。家を探しているときに、「ちょうどいい家がある」と連れて行ってくれました。見た瞬間、一目惚れしましたね。「絶対、ここにしよう」と決めました。
空き家ではなく、民泊をしているところなのですが、家具などを自分たちで入れて部屋の内装を全て作りました。畳の部屋に洋風の玄関。和洋折衷の建物で、不思議な構造が面白い。庭には何もなかったので、みんなで美術を運んで、花壇などを作ったのですが、あの石段を重い荷物を持って上がるのは大変でした。
―庭を作り込むのは手間がかかったのではありませんか。
手間はかかりました。しかし、この作品において、あの家は主役。いかに魅力的に撮るかがすごく大事だったので、「住みたくなる家にしてほしい」と美術部に伝えました。いろんな理想に答えてくれてすごくいい家に仕上がったと思います。
―撮影は順調に進みましたか。
瞳子の家でお父さんと瞳子が酔っ払うシーンを撮影しているとき、雨で漏電して照明を十分に焚けなくなりました。建物が古いので電気系統が弱かったのです。とりあえず1灯だけは焚けたので、それを使って工夫して撮りました。
そのほかには虫がかなり出ました。僕は毎日のように蛇を見ましたが、あのロケーションならではの大変さでしたね。
―お父さんが瞳子の家に萩を迎えに来たとき、雨が降っていましたが、本当に降っていたのですね。
家を撮るにあたって、景色にいろいろな表情がほしかったので、どこかで雨が降ってほしいと思っていました。ちょうどいいタイミングで降ってくれて、あのシーンはよかったのですが、降り過ぎた結果、漏電してしまったのです。
スケジュール的に余裕がなかったので、本当にいろんなバタバタがありました。しかし、作品を見た人から「すごく丁寧に作られていて、映画の中に混乱が映っていない。伸び伸びと撮ったんだね」と言われることが多い。関わったみんながプロ意識を持って撮ったことが現れているのだと思います。その事がこの作品の組の誇りでもありますね。
―でんでんさんの存在が萩を伸び伸びさせつつ、作品を引き締めますね。
でんでんさんのお芝居にはとても説得力があり、あの空間、あの町にでんでんさんが暮らすことで、作品の世界観にリアリティを与えてくれます。
でんでんさんは僕が1言えば10でも20でも返してくれる。一緒にやらせていただいてとても楽しかったです。素晴らしかったです。
―今回の作品を通じてご自身の中で得たものはありますか。
でんでんさんは楽しみながら現場を過ごされていました。船に乗るシーンには船を動かしてくれる人たちも乗っていたのですが、現場のスタッフはそういう人たちをもてなす時間も余裕もない。しかし、でんでんさんはそういう方たちに話しかけて、現場を楽しくしようと心がけられていました。常に冗談を言ってくれていましたね。そういった心持ちが長くやっていく上での秘訣なのかなと強く感じ、この仕事は楽しむことも大事と学びました。
―次回作について、考えていますか。
次もまた家族の話をやろうと企画しています。大人の軽度発達障害の人が出てくる話になると思います。来年に撮影ができればと思います。
―これから作品をご覧になる方にひとことお願いします。
楽しんで見てほしい映画です。伸び伸びした話ですし、みんなに愛される映画になったと思います。
しかし、ただ大勢の人に向けて作っているかと聞かれるとそうではありません。どこか特定の些細だけども切実なものを抱えている人達、それはもしかしたら過去の自分自身かもしれませんが、そういう人に向けて撮っている部分があります。だから、この映画を見て「救われた」と思ってくれる人がいたらすごくうれしいですね。この映画の好きなところを映画館に見つけに来てくれたらいいなと思います。
(取材・撮影:堀木三紀)
『向こうの家』
<あらすじ>
自分の家庭は幸せだ、と思っていた高校二年生の森田萩(望月歩)。しかし父親の芳郎(生津徹)にはもう一つの家があった。「萩に手伝ってもらわなきゃいけないことがある」芳郎の頼みで、萩は父親が不倫相手の向井瞳子(大谷麻衣)と別れるのを手伝うことに。自分の家と瞳子さんの家、二つの家を行き来するようになった萩は段々と大人の事情に気づいていく。
監督・原案:西川達郎
脚本:川原杏奈
撮影:袮津尚輝
照明:小海祈
美術:古屋ひなこ
音楽:大橋征人
出演:望月歩、大谷麻衣、生津徹、でんでん、南久松真奈、円井わん、植田まひる、小日向星一
2018年/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/DCP/82 分
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★2019年10 月 5 日(土)より 渋谷シアター・イメージフォーラムほかロードショー