プロフィール(プレスより)
五百旗頭幸男(いおきべ ゆきお)
兵庫県生まれ。スポーツ記者や警察担当などの記者経験を積み、2016 年4月から 2020 年3月まで夕方のニュース番組キャスターを兼務。見た目は穏やかだが、舌鋒鋭く、これまで数々の社会問題について不正を追及してきた。趣味は休日に子どもとスキーに行くこと。現在は他県のテレビ局勤務。
砂沢智史(すなざわ さとし)
富山県生まれ。営業や編成のデスク勤務を経て 2015 年春から報道記者に。まじめで素直でとにかくしつこい。コンピューターに精通し、数字にめっぽう強い。変化球が投げられず、取材も人付き合いも常に直球勝負する。趣味はバスケットボール。現在は“社長室 兼 メディア戦略室”勤務。
『はりぼて』
2016年から富山県のチューリップテレビが取材したドキュメンタリー。市議会議員報酬10万円アップの要求をきっかけに、これは妥当なのか政務活動費が正しく使われているのか疑問が膨らむ。砂沢智史監督(当時富山市政担当記者)は、疑問の裏付けをとるべく何千枚もの資料を請求、デスクとともに連日確認に励む。五百旗頭幸男監督(当時キャスター)も、議員本人、富山市当局を追及。市議会のドンと呼ばれた大物議員の不正発覚を皮切りに、取材班の粘り強い調査は最終的に14人の議員辞職ドミノを起こすことになった。
(C)チューリップテレビ
公式サイトhttps://haribote.ayapro.ne.jp
★2020年8月16日(日)渋谷 ユーロスペースほか全国順次公開
―たいへん面白く拝見しました。これは2016年5月に「市議会議員報酬月10万円アップ」を要求したことがきっかけで発覚した政務活動費の不正でしたが、ほんとうは以前からあったわけですよね。たぶんみんなやっているからとか、不正とも考えずに続いていたのだと思いますが、それまで誰も気づかなかったのでしょうか?
砂沢 それまで市議会に目を向けること自体がなかったんですね。「10万円アップ」があって、あの議会何かおかしいぞ、と各メディアが気づきました。そして本会議の中継もないというのが議論になりました。富山県内に15市町村ありますが、県庁所在地の富山の市議会が一番予算もあって、真っ先にするはずなのがしていなかった。いろいろおかしな点がありました。
―市議会の傍聴制度は以前からあったんですね。
砂沢 傍聴制度はありました。
五百旗頭 たぶん市民の関心がなかったので…来られる方は限られていますから。
砂沢 あの場に来ないと議会の活動が見られない。ほかの市町村はインターネットさえあれば見られるのに、うちもやろうかという議論すら、その時はなかったんです。(2017年3月インターネット中継が始まった)
五百旗頭幸男監督
―2016年8月にニュースで取り上げたことが始まりですね。五百旗頭 ニュース報道のほかに1時間のドキュメンタリー番組「はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防~」を作りました。2016年12月に放送されました。
―この番組の反響はいかがでしたか?
五百旗頭 やはり県内でも自民党員の多いところですから、自民党にとっては描いてほしくない内容だったということでそれなりに。視聴者の方からおほめの言葉もあれば、自民党系の人からは「なんでこんなものを番組にしたんだ?」という、まあ両方の反応がありますね。
―これが元になった映画を作ると決めたのはいつですか?
五百旗頭 私が提案したのは去年の1月。会社としてゴーサインが出たのは4月です。もともと撮りためていた映像もありましたし、映画を意識してさらに追加で撮ったものもあります。
―この特番の後に続編を作るという予定は?
五百旗頭 なかったんです。チューリップテレビも含めて、辞職ドミノが起きた後、2017年春までは各社ドキュメンタリー番組を作っていたんですが、その後は継続して取材はしてニュースとしては報じているんですが、それを一つの形として番組を作ってまとめることはなかったです。
そういう中で、じゃあ4年前と今で何か変わったか?と言われると、議会の本質は何も変わっていない。これはやはり一つにまとめなくては、というのがありました。4年前は“腐敗議会と記者たちの攻防”というサブタイトルがついています。このときの“はりぼて”の対象は議会と当局だった。だけど、今回はそのサブタイトルは省きました。その意図というのは、やはり議会と当局の状態を許してきた市民、僕らメディア、そこもはりぼての対象に入るべきだ。そこも含めて4年間の実相として、今回映画にしたという流れです。
砂沢智史監督
―視点を加えたというわけですね。最初に登場するすごくインパクトのある方、中川市議ですが、若い砂沢記者が負けてしまっていました。砂沢 はい。当時はすごい貫禄で。怖かったですね(苦笑)。僕もあのとき記者2年目で不勉強だったこともあって、中川さんの言うことをそのまま、そうなんだなぁと思って。
―お代官様と下級役人みたいで(すみません)。後から登場する五本市議がご家老様。市長さんは何でしょ?役者がそろっていて、音楽や鳥や蜘蛛の映像がこれというところに挟まれるのも面白くて。
五百旗頭 1時間番組のときも今回も、基本はコメディのつもりで作りました。当時は辞職した話で終わっていました。それ以降、議会はどうなったのか?というと辞めなくなったんです、誰も。あんなに14人もドミノ辞職したのに、今同じような不正をしても辞めなくなった。そこの違いを見せなければ、見せようとしたことと、よりコメディ色を強くするために、記者と議員の対峙のシーンをより“間(ま)”を取って見せるようにしました。
報道の番組でありがちなのは、記者の質問をカットして、取材相手が答えているところだけをわかりやすく描いていく手法です。僕たちは「自分たちがどういう質問をして、(相手が)どういう表情で見ていて、どういう間を取ってその質問に答えるのか」そこに本質が詰まっていると思うんですよね。そこを、余韻を持たせて見せるようにしました。51分だった番組よりも今回100分ですから、よりきっちりと描けたかなと思います。
―映画の監督がお二人になったのは?
五百旗頭 当初は私が提案をして、映画の監督として編集を始めて…だけど取材の面はやっぱり番組当初から砂沢だったので、わからないことをいろいろ聞いたり、意見をもらったりしながら…取材は砂沢、製作は僕という分担があったんです。
砂沢 監督を二人にするか、というのは途中からって感じだったよね。
五百旗頭 私の所属が変わることになったというのもあるんですが…ずっと取材をしてきたのは砂沢なのでダブル監督がいいと。
―これはチューリップテレビさん制作で、宣伝もたくさんできるんですね。
砂沢 できるんですけど、たまたま知事選挙の時期がせまっていて、公職選挙法上、報道機関は選挙に影響を与えるような宣伝はできないんです。選挙が終わったら、問題はないです。
五百旗頭 富山の上映は年内にはできればとは思っていますが、まだ何も決まっていないです。(7/16時点)
―東京のユーロスペース上映が最初ですね。(後の上映予定はHPで)
長い取材でしたが、これをずっと追いかけるモチベーションというか力になった元はなんでしょう?
資料と格闘
砂沢 次々と辞職が明らかになっていた渦中は、うちの会社だけじゃなく他のメディアもいっせいに取材をしていたので、それこそスクープを抜きつ抜かれつの状況になっていたんです。なので、その中では引けないというか、新しい調査報道もしながら他社が抜いた取材も追いかけてやらなきゃ、が繰り返されていたので、それがモチベーションだったという感じです。
一段落したら、割と地味なネタになるというか―議会のルールを変えるとか―そういった議論になっていく。ただ最初にうちが報道しているので、分量がたとえ減ったとしても全く報道しないというわけにはいかない、ニュースという形で継続取材はしていきました。
―見ているほうも気になりますよね。どうなったんだろうって。見ていた市民、選挙民の意識って変わりましたか?
五百旗頭・砂沢(同時に)変わってない…
砂沢 変わらなかったですね。より無関心になったかもしれないですねえ。
五百旗頭 投票率がけっこうそれを物語っていて…。あのドミノ辞職があった直後に補欠選挙になったんです。映画ではそれは入れなかったんですけど、その投票率が25%とか、その半年後の4月の本選挙が50%いってないんです。(砂沢監督本※で確認中)
※「富山市議はなぜ14人も辞めたのか」(2017年岩波書店刊)
―直後なのに25%。う~ん。
砂沢(本を開いて)補欠選挙が26,9%です。2017年の本選挙が47,3%。
五百旗頭 無関心もあるでしょうし、もうあきらめてしまっているというか。
砂沢 議会に期待をしていないというか。
五百旗頭 どうせダメだろうとか。やっぱり自民党王国ですので、いろんなところで自民党とのつながりがあったりで、目立った動きをするとどうにらまれるかわからない、と。
―人の出入りの少ないところは目立ちますね。東京のように隣は誰ぞということがないですから。
この取材も外から来た方が気づいて始めたのかと思いました。そしたら砂沢監督、富山出身、五百旗頭監督は兵庫県、富山は長いですか?
五百旗頭 長いです。2003年に来て、もう17年住んでいます。最初の就職先がチューリップテレビです。
砂沢 僕は富山県出身でずっと。
五百旗頭 僕ら同期です。
―砂沢監督と関わることがまたあればいいですね。せっかくの同期なのに、砂沢監督ちょっと寂しいですね。
砂沢 会社では会わないですけど、彼はまだ富山市に住んでいるんで。
五百旗頭 家族ぐるみの付き合いをしているので、けっこう会います。子どもも同じくらいなので。
―いいですねぇ。同期は一生ものの友達ですね。
映画で一区切りつきましたが、これから先、何ができるでしょう?
五百旗頭 僕は会社を去った身ですけど、それはラストシーンに込めたつもりです。砂沢も部署を異動して、当時取材に携わった人間がけっこう報道にはいなくなってしまいました。だけど、さっき言ったように市民は無関心になってしまうし、諦めてしまうし…。かといってメディアが諦めてしまうと、さらにひどい状況になってしまうと思いますね。ほんとにコツコツちょっとずつでもいいので、何かを変えていかなければならない、そのためにはやはり続けることです。
メンバーは変わるけれども、チューリップテレビが積み上げてきたものはなくならない。そのイズムを受け継いだ若い記者に託したい。
チューリップテレビのフロア
―最後に登場したのが女性記者の京極さんでしたね。チューリップテレビのフロアにも女性が何人もいらして、さすがに若いテレビ局だなぁと思いました。それに比べて市議会はどこに女性がと思うほど、少ない。でもシュプレヒコールしているのは女性が多いです。議会にもっと女性を送れたら変わるんじゃないでしょうか。
五百旗頭 ああ、そういうふうに見てもらえたら報道フロアを出した甲斐がありました。
―ご家族はなんと応援してくださいますか?
砂沢 妻は心配していました。いろんな人の恨みを買うんじゃないかとか―でもそれは「大丈夫だよ」っていうしかないです。根拠はないですけど。
―私の息子だったら、ジャーナリストとしていい仕事をしたと誇りに思います。奥様たちもきっとそうです。これからも自信持ってください。あと今後やりたいことはありますか?
五百旗頭 やりたいことはこの延長線上で、自分は表現者として常に感覚を磨いていきたい。今回映画にしたかった理由の一つに、個人的なことをいえばテレビっていうのは番組を作って放送しっぱなしじゃないですか。視聴者、番組審議会、モニター報告などで意見をもらう、だけどそこでキャッチボールできることはなくて。だけど、やっぱり映画で上映することによって、僕たちも劇場に行ってシーンごとにお客さんの反応を肌で感じることができますよね。ここのシーンは、ほんとは笑ってもらうはずやったのに、誰も笑ってくれなかった…ここで笑うのか!とか、いろんな気づきがあると思うんです。さらに来た人と意見交換ができる。そういったことを経て、前と違う作品に繋げていきたい。
常に作るものは変わりますし、同じものはできないですし、次の作品をどんどん作っていきたいです。今の会社でもドキュメンタリーの専門部署に入りましたので。
―(名刺を見て)あ、良かったこと!
砂沢監督はこれから?
砂沢 僕は今社長室で経理とかやっている部署にきたんですけど、これでうちの会社の各部署を全て回ったような状況になっていまして、その中で報道の仕事を経験させてもらって、やっぱり報道の仕事は好きだなと思っています。この自分の立場で今報道にいる人たちが仕事をやりやすくできるように支援ができるといいなと。で、3年4年今の部署で成果というか、助けられたらいずれまた報道に戻って番組作ったりしたいです。
―人は変われると思いますか?
五百旗頭 これは難しいですね。変われる人と変われない人がいると思います。まずはやっぱり意志を持って、行動をすることです。それは僕らの業界にも言えることですけれども。
この映画を観た同業他社の人が開口一番に言うことは「うちの会社ではできません、無理です」なんです。だけど、それって僕はおかしいと思う。それはやろうとしていないだけ、覚悟がないだけだと思うんです。
この映画に関しては、僕は去る身でしたけど、砂沢しかり、プロデューサーの服部しかり、チューリップテレビの中に残ってこの映画の公開にこぎつけたんです。それを会社も許容したという、そこの意味を深く考えてもらいたいな、と監督の一人として思っています。
―届ける意味のある、意義のある作品だと思います。ありがとうございました。
=取材を終えて=
報道最前線のお二人におばちゃんが取材していいのか、と少々びびっていました。長身で素敵なお二人はニコニコと迎えてくださって「取材される側の気持がわかるので、有意義です」と。おばちゃんは感じの良い青年にからきし弱いのです。
富山市議会の明らかになった不正は、領収書の改ざん、水増し、架空請求など。一つ一つは小さいけれども、長年積み重なって何千万円(返還した金額)にもなっています。議員さん個人はいい市民、いい家庭人であるのでしょう。これくらい見逃したっていいだろ、みんなやってる、と続けてしまったんだと思います。しかしそれが発覚しないときにさらに報酬を月10万円アップしようとしました。
議長もお詫びしては退陣の繰り返し。とぼける、無視する、逃げる、押し付けられる人がいたら押し付ける。「私たちの上司ですから」と言ったお役所の人の声が痛切です。いやもう、どこぞのやり方とそっくりではないですか?子は親を真似るんです。それを親は褒められますか?孫に自慢できますか?これは残念ながらいつでもどこでも起きうることでしょう。
働いても働いても10万円に満たない月収で生活をしている人にも、年金生活者にも容赦なく税金はかかります。買い物すれば1割が税金です。吸い上げられたその使い道に無頓着でいていいのでしょうか?自分が声を上げられないなら、代わりに上げてくれる人を市議会に国政に送りましょう。代表に選ばれた人は、居眠りしないで真面目に代表として仕事をしてください。選挙のときだけ頭下げてもダメです。
『はりぼて』は、わははと笑って観られる作品ですが、観終わった後に腹が立ったり、自分も同じだと思ったり、いろいろ沸々とわいてきます。私たちが厳しく見つめなくちゃいけないのは上にいる人です。貶めているのではなく、事実を伝えてくれたこの作品を送り出してくださったチューリップテレビ取材班に感謝。
人は弱いし、何度も間違える。でも変わろうと思えば変われる。それを一番期待しているのは五百旗頭監督&砂沢監督です。
(まとめ・写真 白石映子)