〈プロフィール〉
1979年生まれ。大学在籍中に米国に留学し、映画制作を学ぶ。劇場公開作品に『珈琲とエンピツ』(2011)『架け橋 きこえなかった3.11』(2013)、自転車ロードムービー『Start Line(スタートライン)』(2016)がある。また、映像教材として、ろうLGBTを取材した『11歳の君へ ~いろんなカタチの好き~』(2018/DVD/文科省選定作品)や、『手話と字幕で分かるHIV/エイズ予防啓発動画』(2018/無料公開中)などをも手がける。初めての著書となる「スタートラインに続く日々」(2019/桜山社)には、本作の原作とも言える「アスペのまあちゃん」が収録されている。現在、『架け橋 きこえなかったあの日』を制作中。
『友達やめた。』
監督・撮影・編集:今村彩子
音楽:やとみまたはち/ギター:鈴木裕輔/ピアノ:奥村真名美
CG:瀧下智也/イラスト:小笠原円
文字起こし:野村和代、江川美香
手話通訳:北村奈緒子
英語翻訳:William J.Herlofsky
翻訳協力:河合世里子
出演:今村彩子(あやちゃん)、まあちゃん
空気を読みすぎて疲れてしまい、人と器用につき合うことができないまあちゃんは、大人になってからアスペルガー症候群(アスペ)と診断された。わたし(あやちゃん)は「大丈夫、わかりあえる」と思っていたれど、小さなことのすれ違いが積み重なっていく。二人の仲がギクシャクするたび、これは彼女がアスペだから? それとも、わたし自身の問題なの? いい人でいなくちゃと悶々とする。まあちゃんと友達でいるために、わたしは自分たちに向けてカメラを回しはじめた…はずが、たどりついた答えは「友達やめた。」?!
作品紹介はこちらです。
2019年/日本/カラー/DCP/84分
配給:Studio AYA
(C)2020 Studio AYA
http://studioaya-movie.com/tomoyame/
★2020年9月19日(土)より劇場公開とネット配信を同時スタート。
新宿K’s cinemaほか全国順次。あいち国際女性映画祭での上映も決定!
―お久しぶりです。『Start Line(スタートライン)』で取材させていただいたのが、4年前でしたね。
あの後は、ろう・難聴LGBTについての映像教材『11歳の君へ ~いろんなカタチの好き~』を作りました。自分がセクシュアルマイノリティーであることを公表しているろうの方を中心にしたドキュメンタリーです。その制作過程で、ろう者の中にもエイズにかかる方がいることを知って、エイズの啓発ビデオも作りました。それまでにあった映像資料は専門用語を使っていて難しく、字幕もありませんでしたから。
その間も、『Start Line(スタートライン)』の上映会や講演会も続けており、2017年6月の上映会で今作の主役とも言えるまあちゃんに出逢いました。
―まあちゃんに会ったときの印象は?
出会ってしばらくしてから撮影をし始めたのですが、最初はなんだかすごく面白そうな人だな、仲良くなりたいなと思いました。上映会場で『Start Line(スタートライン)』を観て、コミュニケーションが苦手な私に親近感を抱いてくれたようです。まあちゃんもコミュニーションが苦手なんですよね。
―そのときのまあちゃんと、今のまあちゃんは?
まあちゃん本人は変わっていないです。でも、私に対しては少し変わったかも。私が嫌だと言うことをしないように気をつけてくれているようです。叩かなくなったり…(笑)。
―この3年の間に旅行も、喧嘩もしましたし(笑)。
まあちゃんは「自分を守るために、変わらない」と言っていました。監督はそのまま受け入れられるようになったんでしょうか?
いいえ、私はまあちゃんをそのまま受け入れることはできませんでした(笑)。たくさん悩んで、「友達やめた。」と日記に書いてから楽になりました。
それまでは、友達だからまあちゃんを理解し、受け入れないといけないと思っていました。でも、黙って私の飲み物を飲んだり、「ごめん」と言ってくれなかったりすることが続くとだんだん嫌な気持ちが大きくなりました。でも、まあちゃんを受け入れなくてはいけない、でも、できない・・・どうしたらいいの?と葛藤していました。そんな時、「友達やめた。」と日記に書いたら、「まあちゃんを理解し、受け入れようと頑張らなくてもいいんだ」と気づき、肩の力が抜けました。問題は解決していないのですが…(笑)。
でも、心に余裕ができると、じゃあ、どうしたらまあちゃんといい関係を続けられるのかなと思考が前を向きはじめました。これには自分でも驚きました。いい友達でいなくちゃいけない・・・と思っている時は苦しくて、どうしたらいいかを考える余地もなかったので。だから、私にとって「友達やめた。」は一旦、区切りをつけてどうしたらいいかと考えるための言葉なのです。
―まあちゃんと会って、監督自身はなにか変わりましたか?
以前は自分がマイノリティだということにこだわっていたところがありました。でも、聞こえるまあちゃんもコミュニケーションが苦手でしたし、聞こえない自分にもできることがあるということに気づきました。
何より、まあちゃんから見ると私は「一般の脳みそ」を持った人間となり、多数派になるのです。
私はこれまでに多数派として扱われた経験がなかったので、これには戸惑いましたね。今は、まあちゃんと1対1でいる時は少数派も多数派も関係ないと思うようになりました。
―監督が思う友達の定義は?
そんな風にあんまり考えたことがなくて。「気が合うなぁ、友達になりたいな」と思ったら私は積極的にコミュニケーションをとりにいきます。それで相手が好意を持ってくれたら嬉しいですし。合わないなぁと思ったら自分からはいかない。良いことも悪いこともはっきり言えて、さらけ出せるようになったら友達。
―まあちゃんとは受け入れるところもあれば、そうでないところもある。そんな友達なんですね。私はお二人似ていると思いました。
似ていますか?どんなところが?
―二人ともすごく真面目で、内省的。自分のことを見つめますよね。
確かにお互い自分を見つめて、心の深いところまで掘り下げるところがあります。より良く生きたい、という気持ちが強いのかもしれませんね。
―旅館のシーンにびっくりしたんですけど、二人とも引かない譲らないところも似ています。たいてい、早くにどっちかが謝ります(笑)。あの後どうなったんですか?
帰り際にお菓子のことで言い合いになったのですが、帰りのバスでも一切話さなかったし、まあちゃんは泣いていました。私は腹が立っていましたので、泣かなかったです。今あのシーンを見ると、いい年した女二人がたかがお菓子のことで本気で喧嘩して恥ずかしいですね。
―あそこまで言い合えるのも友達だからじゃないでしょうか。いくつかまあちゃんにお願いごとがありました。今何かほかに望むことはありますか?
今はもうまあちゃんに望むことはないです。望むことで、期待が外れた時に喧嘩になりますし。自分もまあちゃんを理解し、受け入れなくてはいけないと思うと苦しくなります。私自身、まあちゃんにカメラを向けながら「いい友達でいたい」と思っていたんですが、それがどんどん自分の首をしめることになっていきました。
―あやちゃんは怒る人。まあちゃんは悲しくなるけれど怒らない人なんですね。
まあちゃんは怒らないですね。たぶん私に対して何も求めていないからじゃないかな。でも私に言いたいことはいっぱいあるようです。例えばまあちゃんが話しているのに、途中で私が言葉をかぶせてしまうと、「話し終わってからにしてよね」と言われます。何度か言われましたが、もう変わらないと思ってあきらめているかも。
―ほかのお友達にも期待しませんか?
友達も一人ひとり違いますから、特に考えたことはないですね。私は基本的には争わずに丸く収めたいと思うほうなんですが、まあちゃんに対しては違う(笑)。他の友達ならそこまで怒らないことも、まあちゃんに対してはぐわっと怒りや嫌悪がマグマのように出てくるんです。
―チラシには「どこまでがアスペでどこまでが性格なの?」とありますね。
今もわからないです。最初は考えようとしたんですけど、そうすると自分がまあちゃんと接しているのか、アスペルガーのまあちゃんと接しているのか、わからなくなってしまって。何より、まあちゃん自身がわからないと言っているので、私がわからないのは当たり前だと思えるようになりました。
―まあちゃんはアスペルガーだと診断されて、楽になったんじゃないかと思うんです。
以前はこんなにアスペルガーとか発達障害とか言わなかったですよね。ちょっと変わった子だなぁと思うくらいで。私もそうじゃないかと思うことがあります。問診表なんかやってみると当たりすぎ(笑)。
私もセルフチェックをしてみるとたくさん当てはまると思います。こだわりも強いですし(笑)。
―こだわって諦めないから映画制作ができるのかも。何かにこだわる傾向のある人は、特色が生かせるところに行くでしょう。特化すれば才能ですから、それが生かせるといいですよね。
映画の中に出てくる「まあちゃんの取説」は、まあちゃんが自分で描いたんです。絵も文章も。他にも、二人で交換日記をしていたので、その中から手書きの文字をいくつも映画に取り入れました。
―あの文字はそれぞれ監督とまあちゃんが書いたものなんですね。「note」というSNSを見ましたら、文章が簡潔で読みやすく上手です。
私もまあちゃんの文章、いいと思います。
―私は「ろうの監督とアスペルガーのまあちゃん」とくくらなくても、友達とのコミュニケーション、関わりを考える作品として成り立っていると思いました。
そう言っていただけるホッとします。嬉しいです。自分の映画が一般公開されて、観客にどう受け止められるのだろうか、という心配はいつもあります。
まあちゃんはどう感じているのか。今もうちに来て色々手伝ってくれたり、自撮りの動画を作ってくれたり、映画の公開に向けて協力してくれています。
できれば二人の地元である名古屋での公開の際には、舞台挨拶に一緒に出たいと考えています。
―ドキュメンタリーは脚本がないので、いつまでも撮り続けられますが、どこで終了と決めたんでしょうか?
『友達やめた。』の場合は「新しい常識を考える会」で終わりと思いました。まだ関係は続くけれども、ひとつの節目としてはそこかなって。まあちゃんを撮りたいと思ったのは、撮影を通してどうしたらまあちゃんといい関係でいられるのかを模索したかったからです。まあちゃんと私の「新しい常識を考える」ことは、たくさんある方法の中でひとつの答えでした。そのため、ここでひと区切りがついたと思えました。
―もっと撮りたいとは思いませんでしたか?
思いませんでした(笑)。映画を作るってすごい疲れるんです。
―編集はいかがでしたか?
編集スタッフと二人で編集しました。『Start Line(スタートライン)』のときから一緒にやっている、もともとはテレビのお仕事をされている人です。編集の際、映画のテーマである私の葛藤を描こうとすると、どうしてもまあちゃんの嫌なところが多くなってしまいます。でも、まあちゃんにはいいところもたくさんあり、魅力的な人です。だから私は「友達になりたい」と思った。そういうところも伝わるような編集を心掛けました。
―監督はお友達たくさんがいいですか?少なくとも濃いお付き合いをしたいと思いますか?
私はやっぱり少なくてもいいので深い関係を築きたい、と思います。お互いに無理をせず付き合っていけたらいいですね。
―『友達やめた。』の「。」は意味がありますか?
私が苦しかったときに書いていた日記の文章から取ったんです。あるとないでは違います。「。」があると「区切り」とか「覚悟」というものがはっきりします。
―『Start Line(スタートライン)』のときからずっと言っていた「わたしはコミュニケーションが苦手です」というのは、少しずつ克服?しつつあるんでしょうか?
まだまだです。ちょっとした会話や、講演後の質疑応答などの時に気の利いた言葉を返せたらいいなと思うことがまだあります。
―監督としての次の目標はなんですか?
今、新しい映画を作っています。『架け橋 きこえなかった3.11』の続編で、来年の3月11日に公開の予定です。東日本大震災から10年の間に熊本震災、西日本豪雨、コロナウィルス感染拡大が起きました。この間、広島のろう災害ボランティアの活動、コロナ禍でのろう者の悩みや問題、情報格差を解消しコミュニケーションをスムーズにするための取組みなどを取材してきたので、それも合わせて伝えたいと思っています。
―あやちゃんとしての目標はなんですか?
料理のレパートリー、レシピを増やしたいです。最近、大きな包丁を買いました(笑)。
父と祖母の三人暮らしなので、父と私が交代で料理を作っていますが、父がすごく上手です。お互い自分が作りたいので台所の奪い合いです(笑)。コロナ自粛で出かけられない間に、よく料理をしました。
―お父さんは娘の作品を褒めてくれますよね。
料理は褒めてくれるんですけど、映画や本などはあまり褒めてくれません。『Start Line(スタートライン)』は「よく頑張ったね」と言ってくれましたが、本(「スタートラインに続く日々」/桜山社)は「長過ぎる」と言われました。2冊分の量だって(笑)。
今回、本を初めて出したのですが、文章を書くのが楽しいなと思いました。2冊目も書きたいんですが、時間がなくて。私は、頭の中でぐるぐる考えているより、書くことで自分の考えを深めて、先に進めていくタイプなので、これからも書くことは大事にしたいなと思います。
―これから映画を観る方へ
「いい友達になりたい」「いい母親でいたい」というふうに理想を持つのはすごくいいことなんだけれど、それをずっと続けるのは難しいです。私のように、却って自分をどんどん追い込んでしまい、理想と現実にギャップを感じて、葛藤することになる人もいるのではないでしょうか。そんな時に「◯◯やめた」と考えてみると、気持ちが楽になって、肩の力が抜けます。すると、余裕が生まれて、じゃどうしたらいいのかと自然に考えられることもあります。そういうふうに「○○をやめた」自分をまずは受け入れて欲しいなと思います。そこから見えてくるもの、そこから始まる新しい関係もあると思います。
―ありがとうございました。
☆まあちゃんとわたしのmovie diary
http://studioaya-movie.com/tomoyame/movie_diary.html
☆Studio AYA 制作日誌
http://blog.livedoor.jp/rouinc/
=取材を終えて=
コロナ禍の中(2020年7月14日)、マスクやフェイスガードをつけての取材となりました。4年ぶりの今村監督は相変わらず溌剌としてお元気です。今村監督は生まれつき耳の聞こえないことで聴者の何倍もの努力をして、進学・留学も果たし、ろう者のことをもっと知ってほしいと映画を撮ってきました。
今回は、大人になってアスペルガーと診断されたまあちゃんと、ろう者のあやちゃん(自分)との友情と葛藤の日々を映画にしました。どちらもマイノリティだからわかりあえると思ったら、ところがドッコイ、簡単ではありませんでした。
あやちゃんが「友達やめた。」と「いい友達」の看板をおろして楽になるまでの、ギクシャク、カンシャクは、傍目に「ほんとにもう」とちょっと笑えたりします。本人はそれどころではなかったようですが。
『架け橋 きこえなかった3.11』は大震災のときに、サイレンも警報も避難所での連絡もきこえなかったろうの方々を追っています。そういうことを聞くにつけ、手話を早くから学校で教えてほしいと思います。外国語も大事だけれど、日本語の一つでもある手話や点字をもっと知らなくては、と思います。そして邦画にも日本語字幕がついていきますように。制作や上映会&講演とお忙しい今村監督、これからもお元気でご活躍を。
(取材・最後の写真 白石映子 )