『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』アグニェシュカ・ホランド監督インタビュー

情報が溢れる中、真実を見極めてほしい

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©FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB – JONES BOY FILM – KRAKOW FESTIVAL OFFICE – STUDIO PRODUKCYJNE ORKA – KINO ŚWIAT – SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE

1930年代初頭、世界恐慌の中、スターリンのソ連だけが繁栄していた。その金脈は、ウクライナの穀物。肥沃なウクライナの穀物はすべて中央に送られ、1932年から1933年にかけてウクライナでは300万人以上が餓死したと推定されている。今では「ホロドモール」(ウクライナ語で「飢饉による殺害」)と呼ばれる悲劇だが、当時、ソ連政府も西側の大手メディアもこのことをひた隠しにしていた。そんな中、真実を突き止め、世に明かした勇気ある英国の若き記者がいた。

この知られざる人物ガレス・ジョーンズの物語『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』を放ったポーランド出身のアグニェシュカ・ホランド監督に、オンラインでインタビューする機会をいただきました。

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パソコンの画面に映るホランド監督はパリのご自宅。
「前回『ソハの地下水道』公開の折に日本でインタビューさせていただいたのが、2012年のことでした。ついこの間のような気がします」と挨拶したら、「マスクしてるから、わからなかったわ」と言われました。いえいえ、老けましたから・・・

『ソハの地下水道』公開の折のホランド監督インタビューは、こちらで! 


アグニェシュカ・ホランド監督 プロフィール

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© Photo by Jacek Poremba

1948年、ポーランド・ワルシャワ生まれ。1971年にプラハ芸術アカデミーを卒業後、ポーランドに戻り映画業界に入る。クシシュトフ・ザヌーシ、アンジェイ・ワイダのアシスタントとしてキャリアをスタートさせる。初監督作品『Provincial Actors』を1978年に発表後、1981年、戒厳令が発令されたのを機にフランスに移住。その後は、ヨーロッパとハリウッドでメガホンを執っている。
主な監督作品:
『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』(1992 年アカデミー賞脚本賞)
『太陽と月に背いて』(1995 年/レオナルド・ディカプリオがランボーを演じた)
『ソハの地下水道』(2012 年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート)
『Pokot (英題 Spoor)』( 2017 年ベルリン国際映画祭 銀熊賞)


『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』

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監督:アグニェシュカ・ホランド
出演:ジェームズ・ノートン、ヴァネッサ・カービー、ピーター・サースガード

*ストーリー*
1933年、英国。ガレス・ジョーンズは、20代の若さで首相の外交顧問を務めていたが、国家予算削減で解雇される。世界恐慌の中、ソ連だけが経済的に繁栄していることに疑問を抱いたジョーンズは、スターリンの資金源を明かしたいと、フリーランスの記者としてモスクワに赴く。ヒトラーに直接取材した経験のあるジョーンズは、スターリンにも直接取材したいと目論んでいた。モスクワ入りし、ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティにコンタクトを取る。彼の口から、かつてヒトラー取材の橋渡しをしてくれた友人の記者ポールが強盗に射殺されたと聞かされる。ニューヨーク・タイムズの女性記者エイダは、ポールがスターリンの金脈であるウクライナに行こうとして撃たれたと言って、ポールの遺した訪問先メモをジョーンズに手渡す。真実を追究することを決意し、ジョーンズは列車でウクライナに向かう・・・

2019年/ポーランド・ウクライナ・イギリス/英語・ウクライナ語・ロシア語・ウェールズ語/118分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
字幕翻訳:安本煕生/字幕監修:沼野充義
©FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB – JONES BOY FILM – KRAKOW FESTIVAL OFFICE – STUDIO PRODUKCYJNE ORKA – KINO ŚWIAT – SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE
配給:ハピネット
公式サイト:http://www.akaiyami.com/
シネジャ 作品紹介
★2020年8月14日(金)より新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開


◎アグニェシュカ・ホランド監督インタビュー

◆ウェールズ出身の知られざる人物
― 『ソハの地下水道』も知られざる歴史に迫った心に響く作品でしたが、『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』も、勇気あるジャーナリストが存在したことに、心を揺さぶられました。監督は、ガレス・ジョーンズについて、アンドレア・チャルーパの脚本を読む前からご存知でしたか?

監督:4~5年前に脚本に出会ったのですが、もともとスターリン時代のホロドモールのことは知ってました。アメリカの歴史家 ティモシー・スナイダーの『ブラッドランド - ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』の中にホロドモールのことが書かれている章があって、ガレス・ジョーンズの話はあったと思うけど、忘れていました。彼はイングランド人ではなくウェールズ人で、それほど知られてない人でした。
10年ほど前に、ご家族が彼の遺したノートを見つけて、私費で出版しています。甥っ子が満州で亡くなった経緯を追って、調べてみたところ、やはりKGBが関わっていたのではないかということにたどり着いたそうです。


◆控えめなウェールズ気質はウクライナにも通じる
― 監督は、これまでの作品でもリアリティを大事にされてきましたが、言語も、本作では英語、ロシア語、ウクライナ語、ウェールズ語とそれぞれの場面で使い分けています。特にウェールズ語にこだわったことに興味を持ちました。ジョーンズはウェールズ出身という縁で、ロイド・ジョージ首相の外交顧問でした。19世紀にウクライナのスターリノに製鉄所を作ったのがウェールズ人で、ジョーンズ氏のお母さまがそこで英語の家庭教師をしていたという縁もありました。監督が感じているウェールズ人の気質はどんなものでしょうか?

監督:ウェールズ人は英国ではマイノリティーです。ほかの英国のスコットランドやアイルランドと比べて、世界的にも国としてのアイデンティティの認識がなかったからこそ、声なき国で、控えめで、おとなしいところがあると思います。
Netflixで配信されているドラマ「ザ・クラウン」のシーズン2でチャールズ皇太子がプリンス・オブ・ウェールズの称号を与えられ、ウェールズに行ってウェールズ語でスピーチをするために学ぶ場面があります。ウェールズの重要性やウェールズのことを知るのにお薦めです。ぜひ観て!
小さな独立の動きがあって、アイデンティティをより前に押し出していく傾向を感じています。それは、ウクライナとも近い感覚です。ウクライナも30年前までソ連の中にあって、表に出なくて、世界が認識していなかったと思います。でも、強いアイデンティティがあって、世界に知ってもらいたいと思っていると感じています。
マイノリティーであるウェールズの男が、マイノリティーであるウクライナに行ったという点で、より感受性の強いものだったと思います。


◆大飢饉の悲惨さを伝える子どもたちの歌

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― 映画の中で一番心にしみたのは、ウクライナの状況を静かにモノトーンで描いた部分でした。子どもたちの歌からは、悲惨さが心に染み渡るようでした。
♪ 飢えと寒さが家の中を満たしている。隣人は正気を失い、ついに自分の子供を食べた・・・♪
などの歌詞は監督が考えたものなのでしょうか?


監督:歌詞はホロドモールの時に流行ったもので、もともと存在していましたが、メロディーが失われていたので、作曲家につけてもらいました。ウクライナの子どもたちに歌ってもらいました。作曲家がウクライナに行って、子どもたちとも会って雰囲気をつかみながら一緒に作ったものです。

◆多くの子孫が感動してくれた
―ガレス・ジョーンズのご遺族はこの映画をご覧になってどんな感想を持たれたでしょうか?

監督:ロンドン映画祭で1年前に初めて上映したときに、ガレスの血筋の方が来場すると伺っていたので、舞台挨拶の時に「子孫の方は?」と手を挙げていただいたら、満杯の会場の半分位の方が手を挙げてくださいました。ウェールズでも上映して、多くの血筋の方にご覧いただきました。
「親戚にそんな人がいたのを知らなかった」という女性もいました。感動して、皆さん誇りに思うとおっしゃっていました。
また、ウェールズには彼の名前のついた通りがあって、存在を皆さんが意識していることを知り嬉しく思いました。
実はウェールズよりも、ガレス・ジョーンズの名前は、ウクライナの方が認知度が高いです。ホロドモール博物館に彼のコーナーがあります。

◆ニューヨーク・タイムズは今も黙殺
― ピューリッツアー賞を貰ってしまったウォルター・デュランティのご遺族に、この映画をご覧になった感想を聞いたことはありますか?
(注: ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティは、ソ連に関する一連の報道でピューリッツァー賞を1932年に受賞している。ウクライナの穀物がスターリンの金脈だと知りながら黙認。結果、1933年11月の米ソ国交樹立の立役者となった)


監督:私の知る限りでは観ていないと思います。ウクライナがスターリンの金脈であることを知りながら握りつぶしたというのは誇らしい話ではありませんので、観たとしても名乗り出てくることはないと思います。ニューヨーク・タイムズさえも、アーカイヴにあるデュランティの署名記事を使う許可を出してくれませんでした。でも、ほかの新聞に転載されたものを映画では使うことができました。企業にしても国にしても過去の間違いを認知することは、なかなかしないものです。

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◆権力のあやつる嘘が分断を作っている
― 独裁国家ソ連が、嘘っぱちな誇大報道をする一方で、自由だと思われているイギリスやアメリカも、政治的圧力で、不都合な真実を抹殺していることを描いていました。言論統制は独裁国家だけのものでないことを観る者に教えてくれました。監督としても、両方の面をバランスよく描きたかったことを感じました。

監督:まさに、その通りです。民主主義のプロセスは決して止むことはありません。現代社会ではフェイクニュースやプロパガンダがいかに政治的に利用されているかを私たちは目にしています。特にトランプ大統領以降のアメリカ。もっとも危険なのは、嘘ではなく 権力があやつる嘘。それが独裁国家ではなくて、民主的といわれている国で、そういうことが利用されていて、社会が分断され、局地化しています。そういう状況の中でメディアが難しいのは、一つの政治的なアジェンダに沿った情報だけしか発信しなくなること。良い例がCNNとFOXで、見比べると、果たして同じ国なのかと思うくらい報道のされ方が違います。何に耳を傾ければ真実を知ることができるのかわからなくなってしまいます。そこで重要なのが、腐敗していないインディペンデントのジャーナリズム。イデオロギーと関係のない立場で真実を求めることが重要だと思います。
民主主義を壊す3つの要素があると思っています。メディアの腐敗、政治家の臆病さ、民衆の無関心。この3つがそろうとファシズムが台頭すると思います。

― 真実を見極める力をつけたいものだと思います。今の時代にも通じる心に響く映画を日本でも多くの方にご覧いただけることを願っています。今回は、新型コロナウイルスの影響で監督に日本にいらしていただけなくて残念でした。

監督:私も日本に行けず残念でした。日本で多くの方にご覧いただけることを願っています。

取材:景山咲子