ジャーナリスト安田純平氏登壇!『ある人質 生還までの398日』 トークイベント

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日時:2021年2月7日(日)
場所:ユーロライブ (渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F)
登壇者:安田順平さん(48)ジャーナリスト  聞き手:森直人さん(映画評論家)


『ある人質 生還までの398日』は、デンマーク人の写真家ダニエル・リューさんが、取材先のシリアでIS(イスラム国)に捕らわれ、2013年5月から翌2014年6月まで、398日間におよぶ拘留期間を経て、家族等の協力のもと奇跡的に生還した実話に基づき映画化した作品。
作品紹介
2月19日(金)からの公開にさきがけ、渋谷・ユーロライブで一般試写会が開かれ、上映後のトークイベントにジャーナリストの安田純平さんが登壇。2015 年から3年4カ月にわたってシリアで人質となり無事解放されたご経験から、本作を語ってくださいました。

まずは、映画評論家の森直人さんが登壇。

森:2月19日にヒューマントラストシネマ渋谷と角川シネマ有楽町で初日を迎える『ある人質 生還までの398日』をご覧いただきました。
本日は、2015 年6月から3年4カ月にわたってシリアで武装勢力に拘束され、その後解放された安田純平さんをお招きして、この映画をご覧になって感じたこと、ご自身のご経験を語っていただきたいと思っております。

安田さんをお呼びする前に映画について解説させていただきます。
監督は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で知られるニールス・アルデン・オプレヴさんで、デンマークの方です。凄惨な拷問シーンが続く構成で、過酷さが生々しく伝わってきますが、恐怖映画やスリラー的に消費することを戒め、安易な感動や興奮や刺激や情緒を抑制する意図がはっきりしています。これは問題提起の映画だと思います。なぜこういうことが起こったのか、その背景をできるだけきっちり押さえることが重要だと思います。日本人ジャーナリストもこれまで何度も悲劇に見舞われました。
それでは、安田純平さんをお招きします。

◆アメリカ人ジェームズは周りを気遣う人だった
森:今、上映後で、お客様も人質になったダニエルさんの拷問シーンなどで大きな衝撃を受けていると思います。ご覧になった率直な感想をお聞かせください。

安田:私は2012年にシリアの内戦の取材をしていまして、そのときに、映画に出ている亡くなってしまうアメリカ人のジェームズと同じ部屋に一週間くらい宿泊していまして、色々話をしました。映画の中で彼が話をしているのを観るだけで、ずっとジェームズを観ているような状態でした。彼がほんとにカッコいいんですよ。映画を観ておわかりだと思うのですが、ずっとまわりを励ましてました。
私が取材に行った時も、政府軍の戦車砲がボンボン飛んで亡くなった人がいたのですが、彼は先に入っていて、自分はもう結構取材してるから先に撮っていいよとか、あそこでこういうのが見られるよとか色々教えてくれたり協力してくれたり、ほんとに紳士的でした。山本美香さんという日本人が2012年の8月に亡くなったのですけど、ジェームズがアレッポの近くにいたので連絡とったら、いろいろ情報を送ってくれました。山本美香さんが亡くなった時の動画も送ってくれたのですが、彼女が契約していた日本テレビはまだ動画を入手してなくてすごく感謝されました。仕事というわけでもなく、色々やってくれました。その年の11月にジェームズは拘束されて、どうなるのだろうと思っていたら、あのようなことになりました。


森:ジェームズがもう一人の主役とおっしゃられたのですが、例えば彼がチェスを自作して、極限状態の中で正気を失わずにどうやって時間をつぶすかということも浮かび上がってきましたね。

安田:状況がすごく悪いので、どうしても悪いように捉えてしまいます。そうなってくるとだんだん精神的にも弱って身体も弱ってきます。何も考えない時間を持つことが大事で、ゲームをしながら気持ちをリセットしてということを考えたのかなぁと思います。


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◆シリアの反政府勢力はIS(イスラム国)と一線を画したい
森:この映画や、安田さんが書かれた本を読んで、報道と実体のギャップということもすごく考えました。時期的にいいますと、ダニエルさんの事件があった後、入れ違いのように安田さんが拘束されましたね。シリアの武装勢力の勢力図や社会状況にかなり変化があったと考えてよろしいでしょうか?

安田:イスラム国が大きくなったのは2014年正月1月からですね。シリアからイラクに入っていって大きな街をどんどん占領してデカくなった。それまではまだおとなしくしてました。アルカーイダは元々イラクで無茶苦茶やって追放されて、シリアに入って復活して、それがまたイラクに戻ってデカくなった。2014年にデカくなった後に、ジェームズの殺害映像とかを出して本性を現した。2014年の頃はどんどんデカくなっていて、これからどう対応しようかと世界的に問題になっていた時期です。私が入った2015年は、後藤健二さん、湯川遥菜さんがああいった形で殺害された最後のケースだと思うのですけど、多くの国や、シリアのその他の武装組織がイスラム国との対決を始めていた時期でした。

森:その辺の理解が僕も含めてはっきりわかっていないところがあります。安田さんを拘束していた武装勢力の正体はまだはっきりとわかっていないと考えてよろしいでしょうか?

安田:シリアの反政府側の組織は小さいものも含めて何百もあって、大きい組織の傘下に入ったり、あっちいったりこっちいったりよくわからないところがあります。大きくわけていえるのがイスラム国とその他です。この時期イスラム国は資金はあるし武器はあるし圧倒的に強かったのですが、それでもイスラム国は嫌だという連中が他の組織をやってました。
そのほかの組織からすると、イスラム国と同じ扱いをされるのだけは嫌なわけです。世界中のイスラム教徒がイスラム国をものすごく批判しているわけで、我々はそうじゃないことをアピールすることが生き残り戦略として重要なわけです。



◆見せしめ動画が出た時点で交渉は終わっている
森:例えば、見せしめ動画のメッセージ性も、イスラム国のものは、それまでのものと意味合いは変わってきているのでしょうか?

安田:イスラム国の場合は、映像を流した段階でアピールするだけで、交渉は終わっています。助かった人の映像は流れてません。ダニエルは写真が少し公に流れたみたいですが、映像は流れていません。流した段階で大騒ぎになりますから。取引はこっそりやるわけです。どこの国も表向きは交渉しないと言ってます。騒ぎになったら交渉ができなくなりますから、最初は黙ってやるわけです。映画の中でも絶対公表するなと言ってます。最初は秘密裏にやって、映像になった時には、もう事実上かなり厳しい。

森:安田さんの状況はまたちょっと違ったのですか?

安田:私の場合はなぜ流したのかわからないのですが、たぶん商売ですね。売り込みがあるみたいです。初期のころ流れたときは、私の場合は日本政府が完全に無視していましたので、彼らとしても何とかして交渉に引っ張り出したいと、一回私の家族にもメールがありました。ISやアルカーイダの場合は家族に脅迫がくるのですが、私の場合はなかったですね。2016年に入ってから連絡がきたのですが「日本政府に連絡を取っているのに、全然相手にしてくれない。どうなっているんだ? 連絡先ここだから連絡して」と。それを家族が外務省に伝えたけれど、こいつらとは絶対に交渉はしない、身代金は払わないというのが日本政府の絶対のルールなので。あいつらの接触を無視したら、その時点で死ぬかもしれないけれど、そういうものだと思ってました。
出してる映像は殺すためのものでもないです。後半のほうになると、もう商売ですね。日本政府が乗ってこないのがわかってるので、メディアに情報を売りに来る奴がいるんです。5000ドルくらいの話をすれば、その場でぎりぎり払える額らしいです。


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◆人質交渉コンサルタントが身代金見積を持ってきた!
森:それって報道されていない部分ですよね。安田さんが拘束されたとき、なんとなくアル・ヌスラ勢力ではないかと報道でも流れたことがありましたが、それを受けて彼らも装ってごまかすという流れもあったのでしょうか。

安田:現地側にブローカーのネットワークがあって、私の映像を持ち出した人間が、前にヌスラにいた人間だったからだと思います。シリア人でもたくさん誘拐されているし、いろいろな組織があってほんとのところはわからない。アルカーイダというと皆怖がるので、その看板をつけるメリットは相手が怖がるということしかないと思います。

森:言い方悪いですがヤクザ映画みたいに勢力図が色々あって、小さな一派がある感じですね。今回の映画で初めて知ったのは、アートゥアという存在ですね。民間コンサルタントが交渉するということがあるんですね。

安田:そうですね。私の家族にも売り込みがきまして、私の家族は身代金も報酬も払えないし無理だと伝えたら外務省に紹介してくれと。いくらほしいと聞いたら、見積書を送ってきて、毎月2万ドルだか20万ドルだかほしいと言ってきました。彼ら、完全にビジネスなので。実は外務省に売り込んだけれど、情報だけ取って追い返されたと。コンサルタントがいろいろやったけど、結局やめてしまいました。2か所売り込みがあったらしいです。
救出するための交渉は技術がちゃんと確立されていて、映画の中でもダニエル本人に車の色を質問するじゃないですか。生きている証拠をとるわけです。ニュースをちらっとみた奴らが「情報持ってるぜ」と関係ないのが大量に来るんです。その中から本当に捕まえている証拠を確認するのが最初です。交渉したあとに、お金を渡すときにまだ、本当に生きているかもう一度確認するんです。本人にしか答えられない質問をするのが一番オーソドックス。生きているかどうかは本人に聞くしかないです。DNAだと死体からもとれるじゃないですか。
私の場合、まず外務省は私が捕まって2カ月後に、私の家族から私しか答えられない質問項目を得ていたそうです。しかし私がその質問をされたのは私が解放された後で、トルコで日本大使館員に目の前で確認されました。そこで答えたので、解放されたと発表されました。捕まっている間には一回も聞かれてないので、取引や交渉も私の場合はしていなかったということなんです。
本人に聞くということは、本人に交渉していることがわかるということです。日本もですが、アメリカやイギリスは絶対交渉しないですから、ジェームズにはこういう質問は来ないんです。ほかのスペイン人とかには質問が来るのに自分には質問が来ないから交渉がないとわかって、一度ジェームズとイギリス人が脱走したんです。でもイギリス人が捕まってしまって、ジェームズはもう外に出ていたのに、彼だけ置いていけないと戻って、ものすごい拷問を受けたと聞いています。あのまま脱走できたかもしれないのに。一方、スペイン人は脱走を図らなかった。スペイン人に直接聞きましたが、一カ月に一度以上、そういう質問がきていて、それは生きているかどうかの確認でもあるのですが、これから救出するから無茶するな、頑張れという励ます意味もあって何回も聞くんです。

◆政府が一切身代金を出さないことと自己責任論の関係は?
森:テロリストにお金を渡さないという意味で、デンマークや日本と同様、人質解放のために政府は身代金を払わない。ダニエル一家の場合は、クラウドファンディングで募金を集めました。身代金の問題の一方で、自己責任という問題がある。身代金、自己責任という流れで、この映画、どう思われましたか?

安田:本人が行動した結果起きることは自己責任に決まってるじゃないですか。全員が負うこと。自己責任論というのは、政府や周りは関係ないですよという意味。自己責任論ということをよく聞かれるんですけど、本人に聞く話ではないと思います。本来、政府や社会に聞く話。政府がどう対応するかは本人には決められないじゃないですか。本人が何を言おうと政府は誰だろうと同じように対応しなければいけない。本人が選択しようがない。本来であれば政府は何かしなくちゃいけないとか、社会としてダニエルのように救出できるかもしれない、だけど、それをやるのかやらないのかは政府や社会が決めること。それは自己責任ではない。自己責任論をなぜわざわざ言うかというと、政府も社会も何もする必要がありませんよ、それは本人の責任ですよ、というための論だと思います。

森:国によって線引きや態度が違うということから、国が抱えるメンタリティとかルール批判意識が浮かび上がってくることが非常にありますね。

安田:アメリカやイギリスは中東に軍隊だして戦争をしているので、そこで人質を取られて政策の変更を要求されるとなると戦争にも影響します。アメリカやイギリスもジャーナリストは救出しなければいけないというメンタリティはもちろんあるわけです、それでも身代金を渡すと相手側に資金を渡すことになるという次の段階の判断です。日本の場合はそれよりはるか手前の話です。例えばダニエルはみんなでお金を出しあって救出することができた、どうして後藤さん湯川さんはできなかったんですかという話です。よその国の話のようにみえますけれど、なぜ我々日本人は後藤さん湯川さんを救出することができなかったのかを考えなくてはいけない映画だと思います。皆で集めればよかったじゃないですか。後藤さんは、ISから脅迫から来た時に外務省に相談したら、一切協力しないし身代金も払わないと拒否されて、ご家族がコンサルタントの協力を得て直接交渉していました。でも、足りない分を募金するにしても、日本社会では詐欺だという人も出てきて絶対無理だと思います。デンマークでは絶対漏らすなと言われて、誰もが黙って秘密を守ったまま3億円集めたのはすごいことだと思います。

森:ダニエルさんは帰国してバッシングもあったそうですが、庶民からお金を集めた家族とともに英雄視されたそうですよ。サプライズで、ダニエル・リューさんご本人からメッセージ映像が届いています。

★ダニエル・リューさんメッセージ★
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ポップコーンを楽しみながら、現実をちょっぴり体験してほしいです。
それが僕にとっては一番大切かもしれません。
映画を観ることができる喜びと、紛争地域で多くの人が直面している現実との対比を感じてほしいと思います。
そして、人それぞれだけど映画館を出るときに何かを考えるきっかけになればうれしいです。
もしこの映画を見ても心が動かなかったら自分をチェックすべきかもしれません。
それくらいいろんな感情が詰まっていて現実に起きたことから生まれた物語だからです。
皆さんにとって、自分たちの世界のことだけではなく、他人の命や人生についても考えるきっかけになればうれしいです。


◆生存証明である自分にしかわからない質問に涙
森:この動画を観ながら、安田さんとダニエルさんのご自身の体験に対する距離感が似ているように思いました。

安田:本人たちにしかわからないものが色々あって、原作も含めて、皆さんが反応していないところでおそらく反応していたと思います。生存証明として、ダニエルさんには実際には2回質問がきていて、一つは恋人とどこで知り合ったかという質問で、そのことから、まだ自分のことを恋人は待っていてくれていることがわかって彼はすごく喜ぶわけです。私の場合もブローカーから質問されて、家族が待っていてくれるんだとわかりましたから。そんなところに感激して読んだのは私くらいかなと。ジェームズにはそういう生存証明の質問がこなかったことが何を意味するかわかっていて、それでも他の人を励ましているということを思いながら見ていると、自分だったらそこまでやれるかなと考えました。


*フォトセッション*

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森:まだまだ聞きたいのに時間が全然足りない!  
最後に、これから映画をご覧になる方に一言お願いします。

安田:今でもシリアの内戦はずっと続いていて大変な状態になっていますので、これは終わった話ではないです。今でも起きていることだということを考えながら、観てほしいです。

報告:景山咲子



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ある人質 生還までの398日   原題:Ser du manen, Daniel
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ( 『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』)、アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー「ISの人質 13カ月の拘束、そして生還」(光文社新書刊)
出演:エスベン・スメド、トビー・ケベル、アナス・W・ベアテルセン、ソフィー・トルプ

2019年/デンマーク・スウェーデン・ノルウェー/デンマーク語・英語・アラビア語/138分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/日本語字幕:小路真由子
配給:ハピネット
後援:デンマーク王国大使館
公式サイト:https://398-movie.jp/
★2021年2月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町にて公開