今村彩子監督プロフィール
1979年生まれ。大学在籍中に米国に留学し、映画制作を学ぶ。劇場公開作品に『珈琲とエンピツ』(2011)『架け橋 きこえなかった3.11』(2013)、自転車ロードムービー『Start Line(スタートライン)』(2016)がある。また、映像教材として、ろうLGBTを取材した『11歳の君へ ~いろんなカタチの好き~』(2018/DVD/文科省選定作品)や、『手話と字幕で分かるHIV/エイズ予防啓発動画』(2018/無料公開中)などをも手がける。
『きこえなかったあの日』
東日本大震災直後に宮城県に向かった今村彩子監督は「耳のきこえない人たち」の置かれている状況を知る。避難所や仮設住宅で、きこえない人たちがどうしているのか知ってほしいと何度も通っている。この10年の間に西日本豪雨、熊本地震、コロナ禍と思いがけない災害が続き、現地で耳のきこえない人たちに出逢い、その姿を記録し続けてきた。今、どの人にも情報は届いているのだろうか?
監督・撮影・編集:今村彩子
作品紹介はこちらです。
(C)studioAYA2020
http://studioaya-movie.com/anohi/
★2021年2月27日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開
全国一斉インターネット配信開始
―この作品は2013年の『架け橋 きこえなかった3.11』の続編になるのですか?
『架け橋 きこえなかった3.11』は2011年〜2013年に撮影したものです。その映像も使ってはいますが、続編ではなく「新作」です。東北を取材することになったきっかけはCS放送の「目で聴くテレビ」からの依頼でした。「目で聴くテレビ」は阪神淡路大震災を機に始まった、手話と字幕で伝える放送局です。私自身も現地のきこえないひとたちがどんなことに困っているのかを知りたくて、震災から11日後に現地入りしました。
―その『架け橋 きこえなかった3.11』の反響はいかがでしたか?
東日本大震災を扱った映画で、耳のきこえない人の現状を伝える作品はほとんどなかったので、すごく注目されました。映画館にもたくさんの方に来ていただいて、満席で入れないくらいでした。大震災の影響があった地域ほど、反響は大きかったです。
―2011年に初めて被災地に行ったときの印象は?
やっぱりテレビなどで見るのとは全く違いました。自分の足でその場に行って、自分の目で見るというのは本当に違う。埃っぽいし、瓦礫や泥のにおいもある。あまりの悲惨な風景にどんな感情を持てばいいのかわからない。どう思っていいのか、戸惑いました。
―この作品には、西日本の豪雨や熊本地震の被災地の取材分も入っています。
熊本地震も「目で聴くテレビ」の依頼があったんです。訪れた福祉避難所では、手話ができるスタッフやボランティアがいて、24時間、目から情報を得られる環境となっていました。こんな避難所だったら信子さんも安心して過ごせたんじゃないかなと思いましたね。
西日本豪雨は個人として取材に行きました。きこえない人たちが困っていることを記録しようと思っていたのですが、広島では、ろう・難聴者がボランティア活動をしていました。被災したろう者宅だけでなく、一般の家にも支援に行っていて驚きました。汗を流して作業しているろう・難聴者たちの姿に「きこえない人は助けてもらう立場」と考えてしまっていた自分の刷り込みに気づきましたし、同じような思い込みをして、自分は耳がきこえないからとあきらめてしまっている人たちにぜひ知ってもらいたいと思いました。
―特に印象に残っているのはどなたでしょう?
やっぱり宮城県で会った加藤さんです。それと信子さんも。
―信子さんが監督と抱き合って泣くところでもらい泣きしそうでした。
初めて会った他人でなく、叔母さんと姪みたいに見えました。
信子さんは、初めは名古屋から来た私に、「遠くからわざわざありがとう」と言ってくれてたんですけど、今では会ってすぐに「次はいつ来る?」と聞かれます(笑)。毎年毎年、宮城に通って顔を合わせているので、ほんとに親戚みたいです。
いつもマフラーやキーホルダーなど信子さんが作ったものを持たせてくれるので、「ありがとう」っていただいてきます。
―以前の作品は聞こえる人と今村監督のコミュニケーションに焦点があたっていました。
今回は被災地へ出かけて、被災した方々中心になっています。これまでと作り方は違いましたか?
最初は、きこえない人はどんなことで困っているのかなとか、必要な支援はなんなのかなと知りたくて、取材をしていました。避難所から仮設住宅に移れば、困りごとも変わります。環境が変われば、問題も変わるので。私は仮設住宅での暮らしで困っていることを取材するつもりでいたのですが、逆に信子さんや加藤さんはそこで楽しんでいました。(笑)
困っていることもあるんですけど、それ以上に仮設住宅の人との繋がりを作って、楽しんで暮らしている。私にとっては、それがすごく印象に残っているんです。
―お二人とも明るいですよね。
その「明るさ」が当時の私にはなかった。10年前の私は、人に対して自分の心を閉ざしていたんです。だから信子さんと加藤さんを、すごくいいなぁ、羨ましいなぁと思いました。
―ああ、『Start Line』の前ですものね。その2011年のまだコミュニケーションの苦手な自分と、いろんなことがあった後の自分を比べてどうですか?
人に対する見方、考え方がすごく変わったと思います。前は耳のきこえる人を「きこえる人」とラベルをつけて、ひとまとめにして見ていました。その中の人は、ほんとは一人ずつ違うんだけど、それを見ようとしなかった。興味を持とうとしなかった。でも今はほんとに一人一人違うんだなというのを感じています。きこえる人は、きこえていてもコミュニケーションに悩んでいたりする。そういうのを知ると、ああ!って親しみを感じます。なんでも完璧にできる人ではないんだなって。そのあたりがすごく変わりました。
―人に出会うのは大事ですよね。今回今村監督が会ったのは、年上の方々が多いですね。でも上手にお付き合いされていて、あれ、監督コュミニケーション上手!と思いましたよ。
私もやっぱり宮城のおじいちゃんおばあちゃんに会いに行くみたいな感じです。行くたびに喜んでくれるので、私も嬉しくなって元気をもらっています。
―時間をかけて映画を作るたびに、監督も成長し続けているんですね。
(笑)ありがとうございます。
―映画の中に手話言語条例ができているとありました。でも東京都が入ってないのを知らなかったです。なんで入ってないんでしょう?こんなに人がいるのに。
なぜでしょうね?逆に多すぎて難しいのかも…。
―コロナやオリンピックやと問題山積みだからかな?(でも担当部署は違う) このごろ字幕を出せるようになっているテレビ番組もありますよね。リモコンで選んで。
リモコンのボタンで選べば、ニュースや生放送の番組でも字幕がつくことがあります。生中継なので、字幕が遅れて表示されますが、それでもすごくありがたいです。
―きこえない人ばかりでなく、きこえにくくなった高齢者のためにも字幕はありがたいんです。日本映画やドラマでも、早口で何を言っているのかわからない時もありますし。
今村監督から見て、きこえない方々へ私たちができることって何でしょう?「こういうことをわかってくれたらいいのに」と思うことはありませんか?
まず、耳のきこえない人がいるんだなってことを知ってほしいです。以前はきこえないとわかると、相手が「手話ができません」とあたふたすることがありました。だけど、今はお店や駅でも、身振り手振りや、書いてもらえます。そういう変化はすごく感じています。
―では、少しは進んでいるんですね。
はい、進んでいます。駅で落とし物をしたかなと困ったときに駅員さんに「きこえない」と知らせたら、普通に筆談で対応してくれました。公共施設などでは「聞こえない人がいる」ということが浸透していて、当たり前のように接してくれるのがすごく嬉しいです。
駅の切符売り場やみどりの窓口に「耳マーク」もあるので、筆談も頼みやすくなっています。「きこえない」ことを隠すわけではないけれど、積極的に知らせたいわけでもない、でも困っているときは自分から言わないといけないので、こういうマーク一つでお願いする時のハードルがすごく下がります。
―この映画は先に東北で公開ですか?
いえ、東京公開が最初です。
宮城での上映も決まったので、出演者の方たちと一緒に劇場で挨拶できたらいいなと思っています。
―登場した方々は映画を観るのを楽しみにされているでしょう。熊本や広島はどうですか?
広島での上映は決まっています。熊本は未定ですが、でももし映画が上映されることになったら足を運びたいと思っています。
―上映されるといいですね。『うたのはじまり』の齋藤陽道(さいとうはるみち)さんも熊本に引っ越されましたよ。映画が行ったらきっと観てくださると思います。
齋藤陽道さんはこの映画のパンフレットにコメントも書いてくださったんです。前作の『架け橋 きこえなかった3.11』を毎年見返してくださっているそうで。だから、熊本上映が決まったら劇場で一緒にトークができたらいいなと思っています。
前回の取材時に、齋藤さんの本をいただいてよかったです。ありがとうございました。
―あら、いい繋がりができて。お役に立てたなら嬉しいです!
これから、この映画を観る人にひとことどうぞ。
映画の登場人物を「耳のきこえない人」として観始めると思うんですが、観終わるころには「加藤さん」だったり、「信子さん」だったり、一人の「人」として、その人柄が心に残ってくれると嬉しいなと思います。
―しっかり残りました。今日はありがとうございました。
ありがとうございます。
=取材を終えて=
今村監督の取材は自転車で日本を縦走した『Start Line』(2016)、『友達やめた。』(2020)についで3回目です。まめに試写のときの挨拶に上京されるので、もっとお目にかかっています。そのたびに手話を覚えたいと思うのですが、ちっとも進みません。日本の行政に文句を言ってる場合ではありません。まず自分でした。
今村監督は本当に身軽にカメラを持って被災地にもかけつけます。その行動力と共感力!「コミュニケーション苦手なあやちゃん」がちゃんと変わっていっています。『友達やめた。』のまあちゃんは今も協力してくれているし、写真家の齋藤陽道さんとも繋がったそうです。
私も手話の挨拶ができるように、そして忘れない(これが問題)ようにしなくちゃ。
せっかく完成した作品、山形国際ドキュメンタリー映画祭に応募してはどうですか、と監督にお勧めしました。選ばれるかどうかはともかく、こういう作品があるということを知ってもらえます。
きこえない方のほかにも見えない方、手助けの必要な方がいることを覚えておいて、自分のできることを考えませんか?想像と体験は違うけれど、何もしないよりずっといいはずです。
これが「耳マーク」(樹木じゃありません)です。(耳マークは自分が聞こえないことを知らせるためにも使うことができるようです)
https://www.zennancho.or.jp/mimimark/mimimark/
(取材・まとめ:白石映子 監督写真:宮崎暁美)