『チョコリエッタ』2021リバイバル 風間志織監督インタビュー

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*プロフィール*
高校2年の時に制作した8mm『0×0(ゼロカケルコトノゼロ)』が、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)84に入選。第一回PFFスカラシップを獲得し製作された『イみてーしょん、インテリあ』(85)は、トリノ国際映画祭に招待されるなど10代から脚光を浴び、「天才少女の出現!」と騒がれた。
22才で撮った『メロデ』(88)は、8mmながらユーロスペースでロングラン上映され、つづく『冬の河童』(95)では ロッテルダム国際映画祭タイガーアワード(グランプリ)を受賞。『火星のカノン』(01)では第14回東京国際映画祭にて日本人初のアジア映画賞を受賞。『せかいのおわり』(04)と共に、2作連続でベルリン国際映画祭フォーラム部門にノミネートされるなど、国内外でも高い評価を得てきた。

初の原作ものとなった『チョコリエッタ』(14)では、森川葵、菅田将暉を起用し、設定を原発事故から10年後の2021年に翻案し映画化。未来に希望が見えない21世紀を生きる少年少女たちを寄り添うように描いた
設定の年である本年、リバイバル上映が決定!撮影当時10代だった森川、菅田をはじめ、岡山天音、三浦透子など、今の日本映画界を牽引する若手俳優たちが集結した本作。日本がより混迷を深める今、ふたたび上映。『火星のカノン』『せかいのおわり』も一挙上映!

作品紹介はこちら
★2021年9月24日(金)よりアップリンク吉祥寺にて上映決定!
名古屋シネマテーク、アップリンク京都他、全国順次ロードショー


―特集が決まってこの3本は観直されましたか?

実を言うと『チョコリエッタ』だけは観ていないんです。後の2本は最近デジタルにしているので、もう何回か観ています。『チョコリエッタ』は5,6年観ていません。

―公開したころですね。宣伝の熊谷さんが原作を映画化したくて頑張った映画だと聞きました。私も公開当時試写で見せていただいたきりで、今回観直しました。監督の今までの作品の中で一番長い作品ですね。

そうです。長くしようと意図して長くしたわけではないんです。芝居の間(ま)を大切にしたら、長くなった、ということかな。これに関して言えば。

―台詞が日常会話とは違いますね。チョコリエッタは一風変った子なので、なんというか”チョコリエッタ語”ですし、正岡正宗先輩も変わっています。

口語じゃない感じのね。台詞自体、特に正宗先輩のほうは原作のテイストのまま出しているんです。言葉が小説の文体のような。それを意識して、彼(菅田将暉)にもそういう役でということでやってもらっています。

―『火星のカノン』(2001)はベルリン映画祭にも行っていますね。華々しいというか、花道を通ってこられた監督という印象です。

でも本コンペじゃないほうのコンペで小さい方。一番華々しいのは本コンペ。覚えているのは『千と千尋の神隠し』が同じ年(2002年)に出ていて、グランプリ(金熊賞)を受賞して「すげー!」って。そのころアニメって取らなかったの。「アニメがとったんだ!」ってびっくりしましたね。そういう時代でした。

―前の作品を観直されて、いかがでしたか?作ったときの気持ちを思い出されましたか?

作ったときの気持ちはもう忘れてました。20年も経つとね。

―20年ですね。早いですねえ。

観直したときには、「あ、全然古臭くなってない」という印象を持ちました。なんかイケるんじゃないの、今でも全然イケるなっていうか。世の中は進化しないのかと逆に思ったり。

―世の中変わっても人が進化してないのかも。『火星のカノン』も『せかいのおわり』(2004)も、人が人を好きになる、ならないとかそういうのが中心ですよね。

そうです、そうです。

―俳優さんも2本に共通している方がいらして、渋川清彦さん、小日向文世さん若い!

若いですよ。小日向さんまだ40代だった。

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『火星のカノン』小日向文世、久野真紀子(現・クノ真季子)

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『せかいのおわり』渋川清彦、中村麻美

―このキャストたちは監督のご希望でしたか?

最終的には監督が決めますが、いろいろ。この人どうですか、と候補があって、その中から。
小日向さんの場合は脚本を書いた『非・バランス』(2001/冨樫森監督)に主演していたのを観て、この人はいいなぁと思ったんです。で、名前を出したのは私だったかもしれない。

―もうベテランで、なくてはならない方ですね。こういう風に以前一緒に仕事をした方を、今ご覧になっていかがですか。

よくドラマとか観て、「ああ、頑張ってるなぁ」とかいろいろ感じます。何かあればまた一緒にやりたいですね。

―LGBTは、最近は映画やドラマに普通に出てきますけれども、20年くらい前だとまだ少なくて、新しかったんじゃないでしょうか。

新しかったかはわかんないですけど、特殊なものとして描くのはやめよう、と。企画や脚本部分でね。普通にそういう人たちがいる、そういうことに重きを置いてやろうよ、としました。

―監督は他の作品の脚本も書かれていますが、この3本では?

一人だけ共通していて及川章太郎という人が全部に関わっています。私がタッチしたのは『チョコリエッタ』です。原作者(大島真寿美)が友人なので、映像化するときの第1稿は自分でやるのが「筋」じゃないかと思ったんです。それでまず自分で書いてみました。そして撮影が決まってから及川くんに「よろしくお願いします」って言ったんです(笑)。

―20年前ってパソコン使われていましたか?

ありましたよ。ADSLでした。私ね、そういうの結構好きで、通信とか自分で繋げてウハウハ言ってました。

―理系女子ですね。

全然違うけど(笑)。『せかいのおわり』のときにはもうメールでやりとりしていました。

―この20年の発達ってすごいですよね。ネットもそうですが、映画の機器、機材が変わっています

全く違いますね。『火星のカノン』はフィルムですが、『せかいのおわり』は違います。

―監督のこの3本の映画、製作期間は長かったですか?

映画化が決まるまでは長いですよ。でも撮影期間はそんなに長くないです。私の映画は基本だいたい3週間くらいかな。

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『チョコリエッタ』菅田将暉、森川葵

―監督はいつお母さんになられたんでしょう?『チョコリエッタ』にお子さんが出ていると知ったんですが。

子どもは『せかいのおわりに』のころはおなかにいて、ダビング終わるころにはおなか蹴られていたという記憶があります。男の子です。『チョコリエッタ』では台詞はなくて、たくさん子どもが出てきた中の一人です。あの頃は小学3年でした。今は高校2年生です。
撮影中はロケに使ったチョコリエッタの家に私と息子と友達と3人で住んで、犬小屋の絵を描いたのは息子なんです。女の子の気持ちになって描いたと言ってました(笑)。

―前に取材した女性監督さんから、妊娠したら仕事が来なくなったと聞きました。

ほんとに何にも来ないですよ。これは自分たちで動いたんで自主映画みたいなものですし。

―日本の映画界は女性が子どもを持つと仕事が来なくなる??

いやー、わかんないですけど。連絡が来なくなるって感じはありますね。

―同じ条件なら子どものいない人に、ってことなんでしょうか。

小さい子がいたら、出かけられなくなりますしね。
まあ、デスクワークならいいんですけど、現場に出るっていうと一つのリスクととられてしまうんじゃないでしょうか。世の中が、特に日本社会がそうなっているんじゃないかな。

―映画界も男性社会?

映画界はそんなに男女の差っていうのはないかと思うんですけど、子どもに関してはあるかもしれない。小さな子って誰かが預かったりしなきゃいけないでしょ。24時間見ていなくちゃいけないとか、そういうシステムは全く整っていない。
子どもが小さいときに夢のように思い描いたのが、「ロケバスを保育園バスにしちゃう」ってこと。
小さい子どものいる女性スタッフが自分の子を連れてきて、そこで見てもらえる。大きいバスで、楽しいでしょ。

―ああ、それはすごくいいですね!「保育バス」と書いておこう(笑)。

いいでしょ?!こういうのいいなと思っていたんですけどね。何も実行に移していない。

―女性プロデューサーがいてくれないと。

そうですねえ。昔ね、「女正月の会」だったか、映画の女性スタッフ、女性監督が小正月に集まる会があったんですよ。今ないみたいですけど、何回か出たことがあって。「こんなバスがあったらいいね」、「いいねぇ」と飲みながら話したことがありました。

―『チョコリエッタ』後、何かで”れいわ新選組”のボランティアをしていると見ました。

それはね、ポスター貼りを2回しただけなんですよ。ずっとやっていたわけじゃないんです。

―あら、そうなんですか。原一男監督がドキュメンタリーを撮られたりしていたので、そのお手伝いとか映像関係かと思っていました。

原監督の映画のもっと前に「ポスター貼り」しただけです。

―それも書いておきます(笑)。
連絡が来ない間、脚本書いたりされなかったんですか?お母さんと主婦業ですか?


お母さんみたいなことはしてました。そんなに真剣じゃないんですけど。
映像作品としては、去年BITOさんのミュージックビデオを撮りました。
「マカロニ」https://www.youtube.com/watch?v=1FY6UG5SpQo

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―これからのご希望や計画は?

あともう1本くらい映画を撮りたいなという意欲はあります。
もう撮らなくていいかな、という気がしてたんです。私が撮ることもないだろう、という。その期間が長かったかなぁ。
去年11月に京都の小さいギャラリ―で(映像の)個展をやってもらったんです。8ミリからビデオ作品。『火星のカノン』とかは元の16ミリがあったので。『チョコリエッタ』は京都みなみ会館で1週間くらい上映していただけました。
自分で観たら、結構面白いな、と思ったんです。結構才能があるのかな、私って(笑)。あらためてそう思ったんで、じゃもうちょっと頑張ろうかなって。自分で自分を認めたという、よくわかんないことで(笑)。

―そうですよ、もったいない。監督はスタートがすごく早くて(高校生でPFFに入選)才能と運に恵まれたのに、早すぎて息切れされたのかと勝手に思っていました。すみません。後はチャンスの神様の後ろ髪を捕まえてください(笑)。応援します。

はい、よろしくお願いします(笑)。

―しばらく空白ができちゃいましたが、監督が映画を作るときに大事にしていることがありましたら。

「登場人物がちゃんと生きる」っていうこと。「ちゃんと生きて、そこに存在する」っていうことが一番重要ではないかと思います。

―そのためにはどういうところに注力すればいいですか?

リハーサル!リハーサルをたくさんやります。みんながみんな同じにはならないからズレができるじゃないですか。みんなが同じ時に同じ場所で生きているように、それにはやっぱりリハーサルかな。

―俳優さんがそこに到達するまでそれぞれ(かかる時間が)違うのに監督は付き合うわけですか?宿題にして見せてもらうとか?

付き合いますよ。宿題にして見るのもあるかもしれない。臨機応変に。
今ビデオだから何回でも回せるし、デジタルになったのは大きいです。
とにかく、たくさんリハーサルして一緒に頑張ろう!って。

―それは俳優さん安心ですね。

あんまり何度もやるとわけわかんなくなったりしますから。でもそれも重要だったりする。
映画全体でいうと、映画ってたくさんの人で作りあげるものだから、いい指揮者でいたいと思いますね。いいオーケストラを奏でたい。
映画は演出だけではなく、映像や音、美術とかいろんな方が関わっている中で、いい音色を響かせるように日々努力します。日々じゃないか(笑)、努力はしたいですね。

―指揮者としては全部に耳を澄ませてないといけないですね。

譜(脚本)によっては、突出してないといけないことも、その反対のこともありますし。

―監督は映画学科に進まれたわけではないですよね。監督術はどこで身につけられたんでしょう?

経験かな。身についているかどうかは?目指している、気をつけています。自主映画で何本か助監督やスタッフをやって現場を知りました。自分の映画を追求するということに関しては、勉強はしたかな。できたかなと思います。良くも悪くも両方、いいこともあれば悪いこともあった。

―ほかに監督としてスキルを足すとか、レベルアップするために何をしたらいいでしょうか?これから監督をしたい、という方も多いと思うので。

アドバイスするとしたら「自分にウソをつかない」。自分に正直に撮りたいものを追求したらいいと思うな。と思うけど、そうすると私みたいになっちゃうね(笑)。それは良くないかもしれない、難しいですね(笑)。

―食べていかなきゃなりませんから。

そうしたらやっぱり自分の撮りたいものより、お金になるものに行くのもまた一つの道でしょう。
ただ、自分が撮りたいものを忘れちゃいけない、その中でもね。

―何本か仕事して稼いで貯まったら自分の撮りたいものを撮る。そのチャンスがほしいですね。

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―(チラシを見ながら)菅田将暉くんすっかりスターですね。

うん、びっくりするほど売れましたね。ここまで売れるとは。

―監督見る目があります。岡山天音くん、三浦透子さんもいます。

それね、昔からあるって言われてる(笑)。

―ほかの子と違う、光るものがありましたか?

うーん、森川葵は確実に違っていましたね。当時持っていたオーラがね。これからもっと彼女の良さが出てくると思います。
菅田くんは礼儀正しい青年でしたよ。一見わかんないかもしれないけど。
演技で選んでいるんです。森川さんもオーディションで何人か会った中で決めています。
会えばみんな普通にいい子です。どんな子もいい子。

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―選ばれる子と選ばれない子の差って何でしょうか?ピピッと来るとか?

それは選ぶ人それぞれ違う。写真しか見ないで決めることもあるし、それはケースバイケースです。今回は合わなかったけど、ほかの時に、ということはしょっちゅうあります。

―その人は監督の引き出しに入るんですね、きっと。

そうですね。5年くらい前に会った子にBITOさんのミュージックビデオに出てもらいました。小さい映画関係の専門学校で3日間「風間志織講師」で何回かやったんです。それに来てくれていたすごい面白い子で、FBで繋がったので「MV撮るんだけど出ない?」って聞いてみたら、出てくれました。そういう引き出しはあります。

―その引き出しの中に、これから監督が撮りたい映画の輪郭や形は入っていませんか?

なんかモヤモヤとありますけども。こういうインタビューを何回か受けて、はっきりわかったのは「闘わないといけないんだな」ということ。これからは、はっきりと戦闘モードにならないといけない時代なんだと思います。どういう風に闘うか考えないと難しい。

―おぉ、一歩進んだ!って感じがします。

しますか?自分ではよくわからないけど(笑)。

―待ってて来ないなら出て行って、いるってアピールしないと。

そうですね。ほんと。

―監督の数の何倍も俳優さんいますよね。僕が、私がここにいるって言いたい、芽を出したいはずです。それをぜひ見る目のある監督が見つけてあげて、監督もいい作品と一緒に出る。

私はいつも「こんなんですけど、いいですか?」って役者さんに最初に聞きます(笑)。
「心配でしょ?」ってこっちから聞いちゃう(笑)。「私も心配なんですよ。よろしくお願いします」って。

―なんて腰の低い監督!(笑)

そういうの面白くないですか? 相手がほんとに心配な顔すんのが、また楽しくて(笑)。
いたずらするように映画撮りたいしね。どっちかというと。

―いっしょに遊ぼって感じですか?

そうそうそう。

―それが形になって、お客様が観て楽しんでくれると嬉しいですよね。

ほんとにそうなんです。

―では、お客様へメッセージをどうぞ。

メッセージはですね、「自由に観てほしい」。自由って何だろうっていうと、自分で考えるしかないんだけど、考えてくださいとしか言いようがないんですけど。
映画を観ることって自由なんだよ、と言いたいですね。

―今日はありがとうございました。

**風間志織監督の小ネタ**

― 最近観て面白かった映画はなんですか?

『スーサイド・スクワッド』。
女性が頑張る映画を撮るのは必然じゃないかと、この時代それをやらないでどうするのかなって気持ちが実はしています。私がやるべきことはそれなんだろうな、と思いますよ。普通に頑張ってもつまんないので、どう遊べるか。それで遊びたいですね。

―やっぱり劇映画がお好きですか?ドキュメンタリーをやろうとは?

あ、劇映画が好きです!ドキュメンタリーやるほど根性がない。根性要るからドキュメンタリーって。1年間くらい一緒に暮らさないといけないんじゃない。そのくらいやらないと無理だと思う。ちょこちょこっとやるようなのはイヤなの。

―好きな映画はなんですか?

今は言っちゃいけない言葉になった『気ちがいピエロ』です。もう100回くらい観ました。
日本の映画では、園子温監督の『ヒミズ』。10年くらいのスパンではそれかな。
最近はあまり量(数?)観ていないんです。

―「これを映画化したいなぁ」という本には出逢っていませんか?

この前あったんですけど、もう映画化されていました。「君は永遠にそいつらより若い」(津村記久子著)です。
*吉野竜平監督/9月17日より公開中

―この人と映画を撮りたい、と思う俳優さんは?

絶対にいつか、という方は風吹ジュンさんです。あと小泉今日子さん。


=取材を終えて=
シネマジャーナルでは2002年夏の本誌56号に『火星のカノン』でベルリン映画祭から戻られた風間志織監督の記事を掲載しています。
風間監督はとても気さくでどんな質問にも答えてくださいました。そうそう、犬小屋はなくなってしまうのですが、絵を描いた息子さん、とても気に入っていて、大泣きしたそうです。映画の中にはちゃんと残っていて良かった。
次は女性が頑張る、それでいてがちがちじゃない楽しい作品を作ってくださるような気がします。そのときにはまた取材でお目にかかりたいものです。(取材・監督写真 白石映子)

『由宇子の天秤』春本雄二郎監督インタビュー

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*プロフィール*
1978年12月3日生まれ。神戸市出身。東京在住。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画やドラマの現場で10年間演出部として働く。独立映画製作の道を選び、自身で脚本・プロデュースした初監督長編映画『かぞくへ』(2016)は、第29回東京国際映画祭に公式出品されたほか国内外で上映、好評を博す。2018年に全国公開され、2019年、第33回高崎映画祭にて新進監督グランプリを受賞。同年、独立映画製作団体『映画工房春組』を立ち上げる。
2019年『由宇子の天秤』を映画化するため、再び自身でプロデューサーとなり、映画監督の片渕須直と松島哲也からの支援を受けながら制作資金、スタッフ、キャストを集め同年12月に撮影。
2020年に完成し、多数の映画祭に選出。
第71回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門正式出品
第25回釜山国際映画祭、コンペティション部門 ニューカレンツアワード受賞。
第4回平遥国際映画祭 審査員賞と観客賞の2冠を達成。
第20回ラス・パルマス国際映画祭 最優秀女優賞&CIMA審査員賞W受賞。
第21回東京フィルメックス コンペティション部門 学生審査員賞を受賞。
第23回台北映画祭インターナショナル・ニュータレント・コンペティション部門正式出品
第24回上海国際映画祭 パノラマ部門正式出品

『由宇子の天秤』
3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子(瀧内公美)は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父(光石研)から思いもよらぬ〝衝撃の事実〞を聞かされる。
大切なものを守りたい、しかし それは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる―。果たして「正しさ」とは何なのか? 常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる…

監督・脚本・編集:春本雄二郎
プロデューサー:片春本雄二郎、松島哲也、片渕須直
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子、光石研
©️2020 映画工房春組 合同会社
https://bitters.co.jp/tenbin/
https://twitter.com/yuko_tenbin
https://www.facebook.com/yuko.tenbin.film/
作品紹介はこちらです。
★2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー

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―前の『かぞくへ』の取材(2018年1月末)のとき、「次の作品の脚本はできています」とおっしゃっていました。それがこの作品ですか? しばらくタイトルが違っていましたね。

はい、『嘘に灯して』という。

―それが『由宇子の天秤』になったのは?

元々が『由宇子の天秤』で、フィルメックスの新人監督賞に出そうとしたときに『嘘に灯して』に変えたんです。編集し終わって、繋いだものを見た時にプロデューサーチームで「これ、『嘘に灯して』じゃないね。『由宇子の天秤』の方がいいんじゃないの」って話になったんですよ。
登場人物たちがいろんなものを天秤にかけています。全員が嘘もついているんですけど。

―天秤のこっちとこっちに載せるものは人によって違いますね。

何を載せるかはその人次第。状況次第。

―「由宇子」の字が珍しいです。普通ゆたかな「裕子」や優しい「優子」だったりします。
この字にしたのも意味がありますか?(すみません、細かくて)

これはよく聞かれるんですけど、いつもノーコメントにさせてもらっています(笑)。

―えー、奥様の名前とか?

いや違います、違います(笑)。これは、そんな深い意味はないんですけど。
名前考える時って、ぱっと目で見た時に、印象に残りやすい名前。主人公なんかは特に耳馴染みのいい名前にしたい。キラキラネームとかにはしたくないんです。
「ゆうこ」っていうのはどこにでもいる名前で、なんでこの漢字にしたかっていうのはあるんですけど、それ言っちゃうと面白くなくなっちゃうので、謎のままにしておいた方が(笑)。

―謎多いですねぇ(笑)。観終わってなんて謎が多いんだ、宿題がいっぱいだ、と思いました(笑)。
帰宅してからこのプレス資料を読みました。詳しく書いてあるので、思い出すのにとても助かりました。


(作るのが)大変でした。

―赤字でNGの注意書きがあって、これ以外で何を聞こうかと思いながら来ました。ラストまで謎が多いので続編ができるとか、ないですか?

続編はないです。今回はその謎すらもテーマになっているんです。

―観客にたくさん渡したかったんでしょうか?

ということもありますし、「真実は確定的なものがない」ということをこの映画で強く言いたかったんです。

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―『かぞくへ』はシンプルなお話でしたが、この映画には4,5家族が出てきます。メインは由宇子ですけれども、ほかの家族のいろんなエピソードがあります。最初からこんな風に組み立てを考えられていたんですか?

(人とエピソードは)同時進行なんです。最初は必要最低限いなくてはいけない人がいて、「稿」が進んでいくにつれて相関関係と補完しあっていくんです。だから最初っからあの人たちが全部出ていたわけじゃなく、必然性と共に増えていった。
どういうエピソードが起こっていけば何が表現されるのか、ということをテーマから逆算して配置していくということです。
由宇子の家族と哲也の家族がメインの軸になっています。ここだけに注力してドラマにすれば楽なんですけど、それは面白くないなと思ったんですね、簡単だから。でもそうじゃなくて、もっと我々の実生活っていうのはすべてが地続きになっていて、違う社会で体験したことが別の社会に対して影響を及ぼすということはあると思うんですよ。それも描きたいと思ったんです。
だからドキュメンタリー部分で体験したことが、自分のプライベートだったり、塾だったりそっち側の社会で影響を与えられ、こっちの社会で体験したことが一方のドキュメンタリストとしての社会に影響を及ぼす。「正・反・合」(※)、これが玉突き事故のように起こっていかなくちゃならなかったので、これらのエピソードを編み物のように計算していかなくちゃならなかった。それがえらい大変だった。

―登場人物多いですし。脚本に何年もかかったということですね。

思いついたのは…1稿目は2014年9月くらいにできたんです。『かぞくへ』を完成させて…。
3稿目がまあまあ面白くて、撮れるくらいにはなっていましたが、まだまだ甘い部分があってもっともっと手をいれてという状態でした。ただ実質的な執筆期間は1年半くらいです。

―プロデューサーさんが入られて映画化へ動いたのは?

それは2019年ですね。11月中旬にクランクインして12月の頭で撮り終えました。

―コロナ前ですか。撮影が間に合ってよかったですね。

ダイヤモンド・プリンセス号の前です。ぎりぎりでした。

―プロデューサーさんが2人入ってくださって有難かったですね。日芸の先輩にあたるんですね。

はい、松島哲也は映画監督であり、僕の恩師で、学生時代シナリオを教えてくれていた先生なんです。僕のシナリオの基礎は松島先生によって養われたものです。初めての授業の時に3年生の1年間でペラ200枚のシナリオを2本書き上げたんです。僕にとって、シナリオを書ききるということをそこでしっかり体験したということは大きいです。
『かぞくへ』東京国際で上映が決まりました、というのをやっと「錦を飾る」みたいに日芸に挨拶に行きました。そのときに松島先生がいらっしゃって「教え子が結果を出した」とすごい喜んでくださった。松島先生は片渕監督と日芸の同期なので、『かぞくへ』の公開のときに「春本を応援してやってくれないか」と言ってくださって、舞台挨拶に来ていただいたんです。そこで、片渕監督とご縁ができました。
お2人が「2本目を作るときに協力するよ」と言ってくださって「よろしくお願いします」と。

―いい繋がりができて。キャストもいっぺんに増えましたね。
役者がそろった!という感じがします。


前回はお金も全くないし、経験値もないしで、出てくださる方はどなたでもという感じだったんです。次はこだわろう、とキャスティングの藤村さんと一緒に自分たちが確かだと思える人を選びました。それでワークショップだったり、オーディションだったり、藤村さんの勧めてくれる事務所の方だったりをキャスティングしていきました。

―最初に逢ったときと撮影に入ってからで印象が違った、という方はいましたか?

それはないですね。ワークショップで見ていますし、撮影が始まってから見た方々もほかのいろんな作品で観ていますから。

―思惑通り、期待通りだったんですね。

はい、そういう人を選んでいます。

―緻密に計算された脚本ですから、アドリブなどはないんでしょうか?

うーん。基本は脚本で、忠実にみんなやってくださったのであまりなかったと思います。あ、こちらから足してほしいとお願いしたところがありました。
たとえば萌(めい)とお父さんと由宇子が3人で和気あいあいと食事をするシーン、萌が「スープ作る」、「え、お前が」というあたりはエチュードっぽくやってもらいました。あそこまで順撮りでいってたので、もう関係性が出てくるだろうと。

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―それに梅田さん(お父さん)ですし。

そうそう、梅田さんですし。それに河合優実さん、彼女が素晴らしいんですよ。表現力が素晴らしいので、この映画は彼女がいたから成立したんじゃないかと思うくらいです。

―彼女のエピソードも謎半分ですね。(以下ネタバレなので省略)

それは観客のみなさんがどちらか考えていただけばいいことであって、それをことさらに説明したところでどうなんだ?っていう。

―で、ちょっとモヤモヤっとして出るという(笑)。モヤモヤがいっぱい。

それを僕が示したところで、面白くもなんともない。「あ、そうなんだ」で終わっちゃうと思うんですね。

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―試写会などで、意外だったり印象的だったりした反響はありましたか?

なかったですね。どう受け取っていただいても。映画ってそういうもの、いろんな解釈が生まれるものだと思うし、その違いをみんなに知ってもらいたい。だれがどうしたのかというのは、受け取った人の主観でジャッジするしかないわけです。
だから物語の中の誰が悪いとか犯人捜しをするのが重要なのではなくて、人によって違う見方がなぜ起きるのかということ、どうすればこういう映画の中の不幸な事態が起きないですむのか、というところまで思いを馳せてもらえたら、僕としてはいいなと思います。

―正しいことの基盤になるもの、信仰のある人には聖書なり、その神の教義なりがあります。監督にとっての拠り所はなんでしょうか?

「自分」ですね。自分が経験したものが基準ですよね。それは映画の批評と一緒だと思うんです。自分が経験したものの中から「こういうことが世のためになるであろう」「こういうことは世のためにならないであろう」っていう。

―「世のため」が入るんですね。

はい。自分のため、じゃないですね。世の中のためですよね。多くの人って「自分のため」で判断しちゃうんです。これについて紐解いている言葉で「適応的知性」っていうのがあります。

―テキ、適応的知性…なんでしょうね?心理学?社会学?

どっちかな。要は「知性」の問題なんです。「知性」が成長しない人。10%くらいは自分が気持ち良いか、良くないかでジャッジするんです。

―快・不快ですか?

そうです。快・不快で物事を判断するんです。

―赤ちゃんと一緒ですね。

赤ちゃんと一緒です。やりたいことはする。やりたくないことはいやだ。50~70%は社会規範によって判断する。集団の。

―みんながやっているから、今までこうだったから。

はい。自分の考えじゃないんです。で、10~30%が社会規範はわかりつつも、これは絶対じゃないはずだ。盲信するのは危険だと言って、自分のルールを見つけ出そうとするんです。

―自分ルール、それは監督が言われたように経験則でしょうか? 

そうですね。経験則からくる分析と予測においた自己判断です。

―じゃ監督はこの10~30%に入っている?

僕は次の段階だと思っている(笑)。

―もうちょっと進んでいるはず?

はい。残り1%が世の中、全宇宙で判断する。

―全宇宙…これは学者さんが提唱しているんですか?本ですか?

読んだ本にあったんですけど、題名は覚えていないです。「適応的知性」で探してみて。

―初めて聞いた言葉です。探してみます。

”何を基準にジャッジするのか”は自分自身を超えて「これは世の中のためになり、世の中を豊かにするであろう」という。

―映画制作もそうなんですね。作品が「世のため人のためになっているかどうか」。

結果的に。自分のやりたいこともありつつ、ですけど(笑)。
そこまでいかないと自分のためだけに作っても、なんか狭いなっていうか、表現者として閉じてるなって思う。

―ああ、作っている自分たちだけ楽しんでるみたいな作品。それを1800円なり払って観るの?って思うときがあります。

気持ちいいだけでしょ、って。それって知性の幼さと結びついている気がするんです。だから表現者として僕らはもっともっと人間として成熟していきたいね、という話をいつも俳優とワークショップで言ってるんですよ。

―春本監督のことですから、もう次の作品の脚本はできてるんですね(笑)。

できてます。またいつものとおり(笑)。

―また3年たったら観られるんですか?3年は長い。

3年は待ちたくないなと。2年ですかね。

―今回はコロナのことがあったから延びましたね。

来年撮れるかどうかわからないじゃないですか、この状況で。
撮りたいと思って動いてはいるんですけど。3作目は”アジアンプロジェクトマーケット”に出しているんです。企画書とトリートメント(プロット)を提出しています。

―出資者が出てきてくれるかもしれない。これより大きなバジェットになりますか?

そうしないとみんなが不幸なので。これが1千5百万なので、次は3千万くらいと。

―『由宇子の天秤』が成功して、次へピョン!とステップアップしたいですね。

公開するまで油断できないです。この状況なので。

―この3年間の経験は大きかったんじゃないですか?これまで違う3年間でしたよね。

大きかったですね。濃い3年間でした。今までと全然違いました。表現者として何を作るのかということをすごく考えました。

―ありがとうございました。

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=取材を終えて=
春本監督の取材は最初の作品『かぞくへ』から2度目です。2018年1月末の寒い日で、印象的なお髭が「南極探検隊」みたいで思わず質問してしまったのでした。今は前より短めに整えてすっかり馴染んでいます。一度取材した方はその後もずっと気になるので、新作を心待ちにしていました。
ポスターの中央でカメラを構えて立つ瀧内公美さんが、剣と天秤を持つ正義の女神のようです。映画の中でも凛としてカッコ良く、正義と信じる道を進んでいきますが、プライベートと仕事の間、理性と感情の間、何が正しいのかと揺れ動きます。
いろいろ謎があるストーリーですが、映画はどんな風に捉えてくれてもいいと春本監督。登場人物を様々な方向から考えてみると、また別の物語が見えてきそうです。
人はそれぞれに秘密や嘘を抱えていますが、モノひとつとっても見る方向によって、違うものに見えます。人ならばなお複雑です。多面的だとわかっていても、主観で判断してしまいますし、それを疑ってみることも必要だということですね。
時間が限られているので、キャストについては他の媒体で出るはずと、ここではほとんど伺いませんでした。偏りましてすみません。
監督のお話に出てきた「適応的知性」を検索してみましたが、ぴったり合う本をまだ見つけられません。気になるなぁ。
(まとめ・撮影 白石映子)

☆ 俳優・監督をめざす人の学校 春組チャンネル
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「若手国際映画監督たちが21時からゆるっと雑談」では春本雄二郎監督、藤元明緒監督、まつむらしんご監督がいろいろなテーマで毎週土曜日夜9時からトークを繰り広げます。Youtube,facebookが観られる方どうぞ。

☆『かぞくへ』インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2018/kazokue/index.html

※「正、反、合」:《ドイツ語These-Antithese-Syntheseの訳語》ヘーゲルの弁証法における概念の発展の三段階。定立・反定立・総合。