あなたの街にも香川1区があるかもしれない~『香川1区』大島新監督インタビュー

『香川1区』は2021年秋に行われた第49回衆議院議員総選挙で香川1区に焦点を当てたドキュメンタリー作品です。衆議院議員・小川淳也氏(50歳・当選5期)の初出馬からの17年間を追い、キネマ旬報ベスト・テンの文化映画第1位を受賞し、ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットを記録した『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)の続編的位置付けとして、いまや全国最注目といわれる「香川1区」の選挙戦を与野党両陣営、各々の有権者の視点から捉えています。
大島新監督に作品について語っていただきました。

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――『なぜ君は総理大臣になれないのか』がとても面白かったので、本作もとても期待しておりました。拝見してみると想像していた以上に面白く、156分があっという間でした。

そういっていただけるとほっとします。私はせっかちなので、自分がお客さんの立場だったら2時間を大幅に越える作品は遠慮したい(笑)。大分長くなってしまったと思いつつ、でも自分たちとしてはぎゅうぎゅうに要素を詰めたのです。

――もともとは4時間超えだったそうですね。

最初の編集では4時間11分でした。編集担当者と(プロデューサーの)前田(亜紀)と私、監督補の船木の4人で何度も試写を繰り返して短くし、自分たちなりに何とか3時間くらいにはしたのですが、そこから先が進まない。そこで初見の宣伝の担当者や劇場支配人に見ていただいて意見をうかがい、4、5日寝かせてからまた編集を進めました。

――第49回衆議院議員総選挙は10月31日に行われ、年内に東京の3館で先行上映されました。編集期間が短くて大変だったのではありませんか。

年内の公開はポレポレ東中野さんとの約束で、投開票日から2カ月以内に出そうという話になっていました。

――お約束の段階では代表選があることは想定していませんよね。

それはまったく考えていなかったので、正直、まいったなと思いましたね。ただでさえきついスケジュールがさらにきつくなってしまったのは予想外でした。しかし、話題が続いていくし、ドキュメンタリーとしては面白い展開になったと思います。

――総選挙が終わって、「さあ編集!」と始めたところに代表選と言われたわけですね。

選挙中から撮った映像を編集担当者に渡して編集を始めてもらっていたので、同時進行ではありました。

――選挙に勝った場合と負けた場合で作品の流れがかなり変わってくるかと思いますが。

もちろん結果によって前半の構成が変わってくる場合もありますが、そういうことはあまり考えなかったですね。ドキュメンタリーで結末が分からない仕事は山ほどやってきていますから。
何が起きるかわからない。起きたところで考えればいい。そこに対応していくしかないという感じです。

――本作は『なぜ君は総理大臣になれないのか』の頃から撮ろうと考え始めていたのでしょうか。

小川淳也さんのことは公開するかどうかは別として、その後も取材は続けようと思っていました。もともとは彼の人物ドキュメンタリーですから。ただ、次があるとしても5年か10年というスパンで考えていました。そもそも、『なぜ君は総理大臣になれないのか』がここまで反響を呼ぶとは思っていなかったのです。
ところが2020年9月に菅内閣が発足して、平井卓也さんがデジタル改革担当大臣という看板大臣になられた。同じ時期に小川さんは新しい立憲民主党の所属になり、そのときに報じられてはいませんが、代表選挙に出ないかという声があったんです。しかし彼は比例復活当選なので、そういう立場にないとして見送ったということがありました。やはり選挙区で勝っていないとダメなんですよ。ですから次の選挙は小川さんにとって、今まで以上に重要になりました。しかも若いころから50歳を過ぎたら身の振りを考えると公言していましたから勝負どころです。平井さんと小川さんはとても対照的な候補者なので面白い。香川1区は注目されるなと思ったのです。
また個人的には自民党の強さって何だろうという気持ちがありました。自分が投票した候補者が勝ったことがない。私は東京8区ですが、今回、初めて勝ちました。そんな感じなので、自民党はなぜ強いのか。小川さんが戦っている相手の強さは何なのか。これもすごく大きなモチベーションになりました。両陣営、特に有権者をちゃんと捉える。そんな映画ができないかと思い始めたのが本作のきっかけです。

――今回は小川さんだけに焦点を当てるのではなく、香川1区の選挙戦を与野党両陣営、双方の有権者の視点から捉えています。前作の続編というには視点がちょっと違いますが、続編という認識でよろしいのでしょうか。

はい、それで構いません。お付き合いの長さがありますから“小川さんの挑戦”という軸はありますが、それに加えて、いろんな陣営を取り上げたのです。

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――新しい政治を目指す小川淳也、それを後押ししている大島監督。古い日本の政治を体現している平井卓也、それに関わるオールドメディアの四国新聞記者といった構図が見えた気がしました。

もちろんこれまでのお付き合いがありますから、小川さんには好意を持っていますし、信頼もしています。一方で平井さんにもインタビューしましたが、おっしゃっていることに平井さんなりの理があると思いましたし、自民党を支持している方にも当然、何らかの事情や思いがあることは理解できます。ですから取材者としては両陣営をフラットに撮らなければいけないと思っていました。しかし、前作まで私は取材者であり、記録者でしたが、前作を撮ったことで、小川さんの陣営に行けば、「映画のお蔭で」と言われ、平井さんの陣営に行くと「映画のせいで」と言われ、ある種の当事者になってしまったのです。
ですから対立を浮かび上がらせたいという意識はまったくなく、むしろどちらの思いもちゃんと記録して伝えたかったのです。それが平井さんの側があのような対応になってしまった。それを素直に見せただけで、狙いがあったわけではありません。

――平井さんの政治資金パーティー券に関すること、期日前投票のことについて取り上げていましたが、その内容に驚きました。

取材期間中に話が持ち込まれたのですが、パーティー券に関して言えば、告発者の方がやむにやまれぬ思いで話をしてくださったんです。「地元のメディアに話しても握りつぶされるだけだろう。大島監督であれば何らかのことを講じてくれるにちがいない」という思いだったそうです。もちろん私たちなりに裏を取らなくてはいけませんし、そういった作業をした上で、これは社会的に世に出す意味があるという判断をしました。

――“小川さんはいい人、平井さんは悪い人”のように見えてきてしまいました。

それに関しては残念でしたよね。平井さんにはもっとカッコよくいてほしかったと思いました。

――平井さんからPR映画だと言われ、監督が平井さんに話をしに行かれました。前作と比べて、本作は監督の感情の起伏も作品に現れている気がしましたが、いかがでしょうか。

それはあるかもしれませんね。ただカメラが入ったり、編集をしたりしている時点で絶対に作り手の意図は入る。完全にフラットな状態というのはないと思っているので、介入度合いの見え方の差だと思います。私の視点で切り取っている映画ですから、感情の起伏が作品に現れていても抵抗はありません。

――町川順子さんの扱いが少ない気がしました。

選挙区における存在の大きさがまったく違うので、当然だと思います。
テレビは放送法があるので同じようにしなくてはいけませんが、今回は映画なので自分が撮りたいものを撮るだけ。テレビ的な“公平中立”ということにとらわれる必要もありません。
テレビの報道は仕方ないのですが、そういうことに縛られているからつまらないのですよ。私はテレビではできないことをやろうと思っていました。

――町川順子さんが維新の会から出馬することを表明した際、小川さんが出馬取り消しを要請しました。そのことについて、政治評論家の田﨑 史郎さんからひとこといただいたときの小川さんの激高ぶりに驚きました。これまでの小川さんとは違うような気がします。

私も驚きましたね。ああいった姿はこれまで見たことがなかったですから。ただ今から思えば、あれはとても彼らしい。思い詰め過ぎてしまったんです。
それは小川さんだけでなく、平井さんもそうですよね。8月に取材したときは平井さんにも余裕があって、お話もしてくださいましたが、情勢調査で小川有利と出てくるとネガティブキャンペーンを始めました。
今回、改めて、選挙のプレッシャーは本当に人間をむき出しにさせるなと思いました。小川さんは毎回、選挙で厳しい戦いをしていますが、今回は特にそうでした。だからあんな感じになってしまったのかなという気がします。

――撮影していてもこれまでの選挙とは違うのを感じましたか。

感じましたね。今回の選挙で6期目になりましたが、5期目とそれ以前では周囲の期待値がまったく違います。国会の質疑に立ち、“統計王子”と呼ばれて世間の注目が集まったことに加えて、映画の公開でも注目が集まった。今回の総選挙は絶対に負けられないというプレッシャーがかなりのしかかったのだと思います。
しかもこれまでは解散が急で、選挙まで1ヶ月くらいで考える暇なく走るしかなかったんです。それが今回は3ヶ月くらいではないかと言われていたのが、結局4ヶ月くらいになった。だからじっくりと選挙運動をしていたところに、急に維新の会から候補が出てきて、混乱したんでしょうね。

――2003年に初めて会ってから2021年11月で足かけ18年。小川さんにずっとカメラを向けてきたわけですが、監督からご覧になって小川さんの変わったところ、変わらないところはありますか。

ここ数年、周囲が小川さんを見る目が変わったのは感じますが、小川さん自身は変わっていないですね。年齢に応じて成熟した部分はあるかもしれませんが、ここが大きく変わったというところはないですね。

――ドキュメンタリーは事実を追い続けて、並べるだけでは成立しません。そこには人間ドラマがあります。しかも、『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』の2作品にはエンターテインメント性もあります。エンターテインメントとして成立させるために何か工夫をされているのでしょうか。

私はいつもドキュメンタリーとして面白いものを目指しています。面白くないと社会的な意味があっても広がりませんから。私なりに構成、取捨選択、並べ方を考えていますが、それが工夫と言えるのかどうか…。

――公開前に50館以上での上映が決まっていました。ドキュメンタリー映画としては異例のことですが、それだけ期待が大きいのだと思います。そのことにプレッシャーは感じませんでしたか。

劇場側は前作に対する期待値で決めてくださったと思います。だから前作より見劣りするものは作れないと思っていました。しかし、途中から“前作とは違う後味の作品になりそうだな”と思えてきたので、前作は意識せず、自分が信じた方向に向かって作っていこうと考えました。

――公開初日を迎え、手応えはいかがでしたか。

ポレポレ東中野で舞台挨拶をして、サイン会もしたのですが、大勢の方に並んでいただきました。うれしかったですね。声を掛けてくださる方の怒りや涙、どう捉えていいのかわからない動揺など、感情がすごく揺れたのを感じました。またTwitterなどの投稿を見ても確実に伝わっているなと思いました。今回の映画はいろんな要素が入っていたので受けとめ方は人によって違うと思いますが、手応えは確かにありました。

――次も小川さんの映画でしょうか。

前作と本作はスパンが短くて、かなり走り抜けた感じがあります。『香川1区』は始まったばかり。前作のように広がっていくのか、どんな化学反応を生むのか。まだわかりません。
また映画は見た人たちが育ててくれる。前作でそれを感じました。今回もきっとそういうことがあるのではないかと思います。まずはそれを受け止める。それから次に何を撮るのか、小川さんを撮ることを含めて、考えたいと思っています。

――他の作品を撮りつつ、取材だけは続けていくというのもありですよね。

30代の頃はバッターボックスに立つことがすごく大事と思い、いろんなところに取材に行き、いろんなものを作っていましたが、もう50代です。1本1本、身を削りながら作るところがあるので、気力体力が30代と同じようにはいきません。しかも自分自身が作ってきたものがハードルを上げている。「はい、次回作はこれです」とはなかなか簡単には言えないですね。

――見る側としたら小川淳也三部作にしていただけるとうれしいですけれど…。それでは最後にこれからご覧になる方に向けてひとことお願いいたします。

政治家を主人公にしている映画ではありますが、有権者の映画でもあります。あなたの街にも香川1区があるかもしれない。そういう視点でご覧いただけたらうれしいです。

<プロフィール>
大島新
ドキュメンタリー監督、プロデューサー。
1969年神奈川県藤沢市生まれ。
1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。
「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。
1999年フジテレビを退社、以後フリーに。
MBS「情熱大陸」、NHK「課外授業ようこそ先輩などを演出。
2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督。同作は第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。
2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。
2016年、映画『園子温という生きもの』を監督。
2020年、映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を監督。同作は第94回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位となり、文化映画作品賞を受賞。2020年日本映画ペンクラブ賞文化映画部門2位、第7回浦安ドキュメンタリー映画大賞2020大賞、日本映画プロフェッショナル大賞特別賞を受賞した。
プロデュース作品に『カレーライスを一から作る』(2016)『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018)など。
文春オンラインにドキュメンタリー評を定期的に寄稿している。

『香川1区』
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監督:大島 新
プロデューサー:前田亜紀
撮影:高橋秀典
編集:宮島亜紀
音楽:石﨑野乃  
監督補:船木 光
制作担当:三好真裕美
宣伝美術:保田卓也
宣伝:きろくびと
配給協力:ポレポレ東中野
製作・配給:ネツゲン
2022年 / 日本 / カラー / DCP / 156分
© 2022 NETZGEN
2021年12月24日より東京・ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋にて緊急先行公開中
2022年1月21日(金)より全国公開
公式サイト:https://www.kagawa1ku.com/

シネマジャーナルスタッフの大瀧幸恵さんが『香川1区』の作品紹介をしています。
ゆきえの”集まれシネフィル!”
https://cinemajournal1.seesaa.net/article/484861778.html