男性社会に対する異議申し立てをわかりやすいコメディに
土曜ナイトドラマ枠で歴代最高タイの世帯視聴率4.7%を記録した連続ドラマ『妖怪シェアハウス』(2020年7月クール放送)は、気弱な性格で空気ばかり読んで生きてきた主人公の澪が妖怪たちと一緒に生活しながら悪い人間を成敗することを通じて、たくましく成長する姿を描いた異色のホラーコメディーです。
シーズン2となる『妖怪シェアハウス―帰ってきたん怪―』では、前作の最後に作家を目指してシェアハウスを羽ばたいた澪が生活するお金にも困り果て、描きたい小説も書けず、またしてもボロボロになって、再びシェアハウスで妖怪たちと一緒に暮らし始めます。そして次々と“闇落ち”していく妖怪たちと対峙しました。
シーズン2を受けて『映画 妖怪シェアハウス―白馬の王子様じゃないん怪―』が6月17日に公開されます。シーズン1から関わってきた豊島圭介監督に、作品に対する深い思いを笑いも交えて語っていただきました。
(C)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会
――連続ドラマ『妖怪シェアハウス』を放送当時は見ていなかったのですが、映画化をきっかけにTverで拝見しました。おもしろくて、ついつい一気見したくなります。演出のオファーがきたとき、どのように思われましたか。
“小芝風花さん主演で、妖怪ものドラマ”ということで話をいただきました。小芝さんとは同じテレビ朝日で単発ドラマ「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」をやっていて、今後、主役を演じる女優として成長していくと思っていましたから、また一緒に仕事ができるのは楽しみに感じました。実際に小芝さんはこのところテレビで彼女を見ない日はないくらいCMに出ています。本当にスターになったなと感慨深いものがありますね。
作品のテイスト的にも「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」は“ゾンビに噛まれるとラップを始める”というちょっとふざけた題材でしたから、似た路線にある番組として呼ばれたのでしょう。元々ホラージャンルの番組を作ってきたところがあるので、その辺を買われたのかもしれません。自分としても、2004年にテレビ東京で「怪奇大家族」という妖怪コメディシリーズを撮っているので、それをどう刷新して新しいものにできるかというチャレンジの気持ちがありました。
――脚本開発にも参加されたのでしょうか。
原案はプロデューサーの飯田サヤカさんと何人かの脚本家で開発したと思いますが、実際に本にする段階では最初から関わりました。
――第2シーズン『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』が6月4日に最終回を迎え、6月17日には本作が公開されます。映画化の話はどの段階で決まったのでしょうか。
2021年の春くらいに話が出て、最終的にGOサインが出たのが夏。その段階でシーズン2と映画をセットでやることが決まりました。ただ、4月クールのドラマが最終回を迎えた直後に映画を公開するとなると、ドラマを撮った後に映画の撮影をしたのでは間に合いません。ドラマを撮りながら、ドラマの先にある映画も同時に撮る。スタッフもキャストも頭の中がかなり混乱しましたが、シーズン1でキャラクターがしっかりできていたので、何とか乗り越えられました。
――ドラマシリーズでは裏テーマとして、女性を悩ませる社会問題がありました。映画では女性に限定せず、人間の本当の幸せについて問いかけます。着想のきっかけはどんなことだったのでしょうか。
飯田さんはどこからか借りてきたような考え方ではダメな人で、いつもご自身に引き寄せて企画を立てています。そんな彼女がある日「悩みや葛藤を捨てて、もっとツルツルになった方が生きやすいと言われるけれど、私は妬みや怒りに振り回されてもゴツゴツした今の生き方を貫きたい!」とおっしゃって、このテーマが決まりました。この作品は飯田さんの生き方がベースにあるのです。そのうえで、“その二項対立を映画にするにはどうしたらいいか”とみんなで知恵を絞って、人生は辛いこともあるけれど、それでも生きていくというメッセージを込めました。
――望月歩さんが演じた若き天才数学者・AITOが提示した最適解が胸にすとんと落ちたのですが、澪の答えを聞き、我に返った気がしました。私は見事にみなさんの術中にはまってしまったようです(笑)。
AITO君が「このままいくと人間は欲望にまみれて戦争を起こし、人類は滅びてしまうのではないか」と言っています。
確かに、みんながツルツル化して、嫉妬や溺愛をせず、悔しいとか誰かより勝りたいとか思わなくなったら絶対に戦争は起きません。我々がふとボタンを掛け違えて、魔が刺して何かしてしまうようなことがない世界になる。ツルツル化することに意義もあります。
でも負の感情を受け入れて、自分なりにマネージメントしていくのが生きていくということだと思います。飯田さんの生き方から始まった作品ですが、澪が選んだ選択を僕ももちろん共感していますし、人間が生きるというのはそういうことなんじゃないかなと思っています。
――シーズン1から飯田さんの生き方がベースにあったのですね。
飯田さんは新入社員の頃からさまざまな苦難や困難を経て、今に至るとよく話しています。その間には女性ならではの辛いこともたくさんあったことでしょう。
脚本家の西荻弓絵さんも苦労されてきた方で、“今まで私に酷いことをしてきた男性という存在にどうやって復讐するか”を毎日考えているのではないかと僕は想像していますが(笑)、男性社会に対する2人の異議申し立てを、僕が子どもでもわかるようなコメディに仕立て上げたのが「妖怪シェアハウス」です。
(C)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会
――アリ・アスター監督のサイコロジカルホラー映画『ミッドサマー 』を彷彿させるシーンがありました。
彷彿どころかパロディです。僕は大学を卒業してからアメリカに渡って、ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の監督コースに留学したのですが、アリ・アスター監督はそこの遠い後輩にあたるんです。つまり僕は後輩の映画をパクったってことですね(笑)。
――このシリーズは食事シーンが必ず登場し、毎回、おいしそうで食べたくなってしまいます。映画ではおやつまで登場しました。
この作品は異物が入ってくることでシェアハウスの擬似家族が崩壊していきますが、バラバラになったシェアハウスの住人たちが澪によってもう一度、一つになることができるのかということがサブストーリーにある。
コロナ禍で“みんなで食事をするな”、“飲みに行くな”と言われていますが、みんなで食卓を囲んで食べたり飲んだりすることがいかに楽しいことなのかをちゃんと見せたい。意識的に朝食、おやつ、夕食と3回、食事シーンを入れました。
――シーンによって食事の場所が違いますが、それも意識的に変えたのでしょうか。
テレビドラマのときはそのときのセリフの流れやゲストが来るといったことから、“いつものところではなく、こっちでやった方が便利だ”という物理的な理由で変えていましたが、映画では演出的な意味合いもあったと今、改めて振り返ってみて、思いました。
僕は大学時代に映画批評家の蓮實重彦先生のゼミを受けていたのですが、「演出とは電車のボックス席にカップルをどう座らせるかだ」という話があったのです。並んで座る、窓側に向かい合わせに座る、はす向かいに座る。それだけで関係性とカメラアングルが変わってくる。人をどこに置くかが演出の第一歩だということを学びました。実際に同じ台本でも俳優をかなり離して始めるのとすごく近づけて始めるのではまったく別の芝居になります。そういうことを考えて、“ここではこんな関係性を描きたいからここで撮ろう”などと考えていたような気がします。
――献立にもこだわりもあったのでしょうか。
何となく洋風、和風くらいで、献立には特にこだわりはないです。ただ、脚本家の西荻さんの食に対するこだわりが澪の在り方の根幹を成しているところがあって、澪はよくお腹が空くんです。お腹がぐーっと鳴るシーンがよく出てくるのは、お腹が減ることへの恐怖が潜在的に西荻さんの中にあるのでしょうね。シーズン2で澪は偉い人に美味しいレストランに連れて行ってもらって浮かれていましたが、食によって人物を描こうとするところがすごく面白いです。
西荻さんはお腹が減ることと人間の在り方の関連もテーマにしているのではないかと僕は勝手に推測しています。シーズン1の最後に澪は「作家になる」と言ってツノを生やしてシェアハウスを出ていったのに、シーズン2でひょっこり戻ってきたのは、あまりにも貧乏で作家活動ができなかったから。僕も年収50万円という極貧生活を送ったことがあり、そのころは日々生きていくことが恐怖でした。まさに“貧すれば鈍する”を経験したので、あの辺の澪の気持ちは生々しくわかります。
――年収50万円ですか! 監督は最近、東京大学出身者11人が体験した怖い話をまとめた『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』を出されましたが、まさか、妖怪とシェアハウスしたのは監督ご自身の体験談だったなんてことはないですよね(笑)。
『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』(サイゾー刊)
いやいや、さすがにそれはないです(笑)。
そういえば、成城・砧にあるTMCというスタジオでドラマの打ち合わせをしていたとき、トイレに行って用を足して手を洗っていたら、黒い服を着たスタッフみたいな人が入ってきたのが鏡に映ったんです。でも、手を洗い終わって、ふっとみたら男性用の便器には誰もいないし、個室も全部空いていて、やっぱり誰もいない。これは幽霊だと思いましたね。でも、残念ながら妖怪シェアハウスではないドラマでの話なんですよ。
――「妖怪シェアハウス」シリーズで何かヒヤッとした恐怖体験があると、インタビュー記事として盛り上がるのですが(笑)。
「妖怪シェアハウス」絡みではこんなヒヤッとする話がありました。クランクインの日に所定の分量を撮り終わり、「初日が終わった!」と思いながらセットから出てきて、ラウンジみたいなところをよそ見しながら歩いていたら、スチール製の花の形をした現代アートみたいなオブジェに突っ込んでしまい、茎が1本外れたんです。「あっ、やべぇ」と思って戻そうとしたのですが、ちゃんと戻せなくて、こっそり置いて、その場を去りました。
翌日、プロデューサーから「監督、ケガをされていませんか」と聞かれて、「いえ、していませんよ」と答えたら、「昨日、ラウンジで何かにぶつかりませんでした? 私、総務に呼び出されて、『ちょっとこのビデオを見てくれ』と言われて、監視カメラ映像を見せられて、『これ、おたくの監督ですよね?』と確認されたのですが…」と言われました。そこにはビールを持ってふらふら歩いている僕がオブジェにぶつかり、壊れたものを直そうとして直せなくて、きょろきょろっと見渡して、そっと置いて逃げる姿が全部録画されていたのです。それで、恐る恐る「はい、僕です」と答えたという恐怖体験がありました(笑)。
この映像をみんなに見せたら大受けするだろうなと思って、入手しようとしたのですが、残念ながらセキュリティ上の問題で許可されませんでした。
――それはかなりの恐怖体験でしたね(笑)。ところで、シリーズを通して、怪談シーンについては宇治茶さんのゲキメーションで表現されていますが、作品のテイストにぴったりだと思いました。
昔話を語るシーンをどうするか。人形劇や紙芝居といったアイデアが飛び交っているときに、楳図かずお先生の「猫目小僧」というアニメや電気グルーヴの「モノノケダンス」のPVで使われていたゲキメーションという紙芝居を動かすような手法を思い出したのです。そこで、今、ゲキメーションを作っている人がいるのかを検索してヒットしたのが宇治茶さんでした。彼はゲキメーションを進化させようとしている人で、テイスト的にもぴったり。関西の方でしたが、雁首揃えてみんなであいさつに行って、引き受けてもらいました。
――ドラマシリーズではエンドロールのスタッフの名前のところにカッコ書きがついていて、監督は「シロメムカセ」とありました。これは妖怪の名前でしょうか。また、なぜ、監督はシロメムカセなのでしょうか。
プロデューサーの宮内貴子さんが「最終話はみんなに妖怪の名前をつけよう」と思いつき、それぞれが現場でやってきたことをネタにして付けました。僕はこの作品で妖怪たちがテレパシーで会話するときに白目をむかせていましたが、これまでも、なるべく自分の作品では俳優部に白目をむいてもらおうと努力してきたのです。例えば『森山中教習所』では野村周平くんに、『ヒーローマニア-生活-』では東出昌大くんに白目をむかせました。残念ながら『花宵道中』では安達祐実さんに白目をむかせられませんでしたが、あの作品も濡れ場ならできたのではと今更ながら思います。
ちなみにシーズン1では「シロメムカセ」ですが、シーズン2のときは「スーパーシロメムカセ」になりました。メイクさんは「バケサセ」です。ただ、これはテレビ版の終わりにやったお遊びで、劇場版には出ていません。
(C)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会
――では、テレビではできなかったこんなことを映画ではチャレンジしてみたということはありましたか。
シーズン2で次々に妖怪が闇落ちしましたが、シェアハウスに住む4人の妖怪たちは闇落ちさせられなかったので、映画版では絶対にそれを描きたいと思っていました。彼らが闇落ちしてどんな風になるのかは映画でお楽しみください。僕は元々歌ったり踊ったりするシーンを撮るのが大好きで、シーズン2ではそれが少なかったので,映画で思う存分やらせてもらいました(笑)。
――最後にひとことお願いいたします。
この作品はプロデューサーの生き方を探るところから始まって、女性の生き方、さらには人間の生き方という大きなテーマが乗っかってきました。しかし、それらを真面目にやっても「妖怪シェアハウス」になりません。たっぷりふざけてカオスな世界にしつつ、そういうテーマも見え隠れする作品にしたい。
とはいえ、ふざけるのも本当はすごく大変で、レギュラーメンバーはアドリブでふざけているように見えますが、実はみんなものすごく真剣に考えています。5人分の脳みそで、どうやったらこのシーンを成り立たせることができるのか、ふざけて笑うためにもっと何かないのか、それぞれのキャラクターに嘘はないかを鎬を削るように話し合いました。でも、それが透けてみえてはまずい。難しい塩梅の中で作っています。とにかく思いっきり楽しんで笑っていただけたらと思います。
(取材・文:ほりきみき)
<プロフィール>
豊島圭介監督
1971年静岡県浜松市生まれ。東京大学在学中のぴあフィルムフェスティバル94入選を機に映画監督を目指す。卒業後、ロサンゼルスに留学。AFI監督コースを卒業。帰国後、篠原哲雄監督などの脚本家を経て2003年に『怪談新耳袋』(BS-TBS)で監督デビュー。以降映画からテレビドラマ、ホラーから恋愛作品まであらゆるジャンルを縦横無尽に手掛ける。近年の作品に、映画『ヒーローマニア-生活-』(16)、『森山中教習所』(16)、『三島由紀夫VS東大全共闘〜50年目の真実〜』(20)、テレビドラマ「書けないッ⁉~脚本家吉丸圭佑の筋書きのない生活~」(21・EX)、「I”s(アイズ)」(18)、「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」(19・EX・BSスカパー!)、「特捜9」(19・EX)、「イタイケに恋して」(21・YTV)などがある。
『映画 妖怪シェアハウス―白馬の王子様じゃないん怪―』
<ストーリー>
目黒澪(小芝風花)は相変わらず作家を目指して編集部で奮闘するが、企画を出すものの中々通らない毎日。そんな彼女の周囲で、最近マッチングアプリで自分の好みを反映したAIと恋愛を楽しむことが流行りだす世の中の風潮が起こっていく。そんな流行りを横目に、自分には関係ないと思いつつ、ぼんやりながら理想の恋人を思い浮かべる澪。ある日、仕事で命じられた取材先で、アインシュタインの再来と謳われる天才数学者・AITO(望月歩)とひょんなことから知り合いになる。日本をよく知らないAITOに様々教えてあげるうち、澪は新たな恋の予感を感じ、浮かれる気持ちを隠しきれない。天才とされるだけあってどこか風変わりなミステリアスな雰囲気をまとうAITOと関係を深めていく澪。順調と思われた2人の交際だったが、世の中では若者の間で登校や出社を拒否したり、自分の欲望を抱く気持ちすら失っていくという“ツルツル化現象”が急増。さらに澪を取り囲む妖怪にも次々と異変がみられるように。この現象が意味するものは一体何なのか?
監督:豊島圭介
脚本:西荻弓絵
音楽:井筒昭雄
主題歌:ayaho「アミ feat. 和ぬか」
出演:小芝風花、松本まりか、毎熊克哉、豊田裕大、池谷のぶえ、佐津川愛美、長井短、井頭愛海、尾碕真花、小久保寿人、片桐仁、安井順平、望月歩、池田成志、大倉孝二
制作プロダクション:角川大映スタジオ
配給:東映
(C)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会
2021年6月17日公開
公式サイト:https://youkai-movie2022.jp