*プロフィール*
1977年山形県出身。1998年、第20回 東京ビデオフェスティバル(日本ビクター主催)にて、短編映画「たなご日和」でゴールド賞を受賞。
監督作に「隠し砦の鉄平君」(06年)、WEBドラマ「まちのひかり チェーズーベー」(20年)主演:庄司芽生(東京女子流)がある。
ドキュメンタリー映画『無音の叫び声』(16年/原村政樹監督)、『おだやかな革命』(17年/渡辺智史監督)、『YUKIGUNI』(18年/同)では撮影を担当。
監督作『世界一と言われた映画館』(ナレーション:大杉漣/プロデューサー:髙橋卓也)が2019年に全国公開。公開待機作品に、映画『丸八やたら漬 Komian』(2021年/ナレーション:田中麗奈/プロデューサー:同)がある。
〇『紅花の守人 いのちを染める』作品紹介はこちら
2022年製作/85分/日本
配給:UTNエンタテインメント
(C)映画「紅花の守人」製作委員会
★2022年9月3日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
★ラストにも言及しています。気になる方は鑑賞後にお読みください。
―「紅花」は、いつか撮りたいと温めていたものですか?
前作の『世界一と言われた映画館』もそうなんですが、情報が入ってくるというか、みんな常に気にしているものなんです。ことあるごとに「グリーンハウスが」と言うし、紅花もシーズンになるとあちこちで「紅花まつり」をやっていて否が応でも入ってくる。
どこかのタイミングでそれを撮る時期というのがあるんだろうな、とはぼんやり頭の中で思っていました。ただご縁とか、タイミングとかがあるのでおいそれとはとりかかるわけにはいかないんですけど。
この『紅花の守人』に関しては、4年前に生産者の人たちがこれを作りたい、というのはタイミングとして最高だったんです。世界農業遺産登録のタイミングでもあり、この映画は去年完成しているんですけど、なおかつ『おもひでぽろぽろ』(1991/高畑勲監督)の公開からちょうど30年という節目だったんです。
―もう30年経ちましたか!
当時私は中学2年生でした。ナレーションをされた今井美樹さんは「え~!子どもだったんですね」と(笑)。
―その映画を作りたいとおっしゃったのが、ご夫婦で登場している長瀬正美さんとひろこさん。
はい、長瀬さんはこの映画製作委員会の会長、奥さんのひろこさんがこの『紅花の守人』というタイトルを「どうですか?」と提案してくれました。何かいい落としどころないかな、とずーっと考えていたんですよ。ぴったりでした!
―お二人はこの紅花作りを守っていく、という気持ちで続けてらっしゃるんですね。
そうですね、やっぱり相当減っているんです。今もやっているのは年配の方が多い。若い担い手から見ると紅花は経済として今殆ど成り立たないんです。
この映画の中には出していないですけど、長瀬さん夫妻は、この紅花を朝イチ4時くらいから摘むんです。朝露でとげが柔らかいうちに。その後はトマト畑へ行きます。トマトを収穫してすぐ出荷しています。ほかに米も作っているんですけど、これもあまりよくない。
でも、経済効率だけじゃなく、繋げていかなきゃならないものがあるんじゃないかって、長瀬さんは紅花をお金とは関係なく途絶えさせてはいけないと。こういうのって途絶えさせたらもう瞬間でなくなってしまうので、継続していきたいし次の世代に引き継ぎたい、という強い思いがあって映画を作りたかった。
―映画になると残りますし、全国へ、また世界でも観てもらえますものね。どなたか紅花作りを引き継いでくれそうですか?
これは大変な作業ですし、一から始めようとするとまず畑買うところからになっちゃうので、引き継がれてきたところを繋いでいく、ということでしかないんです。
―どこの農家も後継者には苦労するのかもしれないですが。紅花は手間暇かかりますしね。
最終的にこの映画で伝えたいことは「効率だけじゃない」という部分をやんわりと描くことで「なるほど」と伝わればいいなと思っています。
―紅花はとても高価なので、作った人は使えないというのもなんだか切ないです。
生産地ですからね。やっぱりもう出荷してお金に替えるということでしかないんですよ。完成品はやっぱり京都、大阪です。後は幕府であるとか、皇室へ献上されるとかですね。一番儲かるのは紅花商人です。
―そういう歴史や紅花の流れがわかって大事な映画だなと思いました。こうやって関連付けて観たことがないので。
その土地その土地の文化をパートごとに分かれてみなさんが知っているということで、こういう風に一周するというのは今までなかったと思います。
―『おもひでぽろぽろ』で紅花作りが大変なのを知りました。紅花を知るのに大きかったですよね。
今見返すとかなり詳細に描かれています。
―京都の染色家の青木正明さんが、紅花を人に例えているのが面白かったです。
我々はあのシーンを「紅花じゃじゃ馬娘説」って言ってるんです(笑)。今井美樹さんもここを気に入ってくれて「印象に残ります」と。
―残ります。ものすごく綺麗だけど性格が悪くて手がかかる。わがままで、と(笑)。
黄色ならすぐに出るのに、あの赤を出すために別の手間がかかるわけですね。
99%が黄色で、赤は1%しか取れないということで貴重さが全然違う。黄色のももったいないので染めるのに使う人もいます。
―紅花の種まきから始まって、出荷までに一連の作業がありました。ほかに歴史を語る人、染める人、売る人、将来を考える人、とたくさんの人が登場します。長瀬さんからいろいろ吸収して、次はこれ、と組み立てていかれたのですか?
基本的にはそんなに細かく構成していたわけではないんです。長瀬さんが映画を作りたいと思った最初の段階から、ある程度「ここに行くとこういう人がいる」というのはありました。栽培地ではいっぱい摘み人がいるんですが、最後まで活用する「守人」はそんなにいない。ここまで撮れたから次はこれじゃない?という話し合いをして、繋げていきました。長瀬さんは製作委員会会長をして、出演もしていて、「出羽地区のトム・クルーズじゃないですか」と(笑)。
―ああ、なるほど(笑)。
最初に出てくるあの紅花デザインの緞帳はとても大きなものですが、紅花の染料も使われていますか?
さすがに大きいので、一部でだけ使われています。山形県民ホールは紅花をイメージして作られているので、2000席の座席も真っ赤で、入ると圧倒されます。
山形の映画祭に行ったときに観られると嬉しいですが。催し物のチケット買って入らないとダメですね。せっかくあちこちからお客様が来る映画祭だから、機会があればいいですね。
『紅花の守人』の初上映をここでやりたいと思っていたら、県民ホールの方が共催にしましょうと言ってくださったんです。タイアップで。
2021年10月10日にお披露目をしました。緞帳が上がって、映画が始まるとオープニングがその緞帳なんですよ(笑)。バーンと出てくる。
―すごい!
上がったばかりで、また緞帳。しかもあのシーンはホールにドローンを持ち込んで撮りました。初めてらしいですけど、浮遊して緞帳に近づいていくのをオープニングにしたいなと思って。
―それは監督のアイディアですか?
髙橋プロデューサーのアイディアです。ただ撮るだけじゃなく、何かやりたいなとアイディアを出し合って。あまり細かいことは言われませんが、たまにこうしたら、という私が思いつかないようなことを言ってくれます。
―プロデューサーさんは遠くのロケにも一緒に行くものなんですか?
今回一緒に行っています。配給のUTNエンタテインメントは『よみがえりのレシピ』(2011)の渡辺智史監督がやっていて、高橋さんがプロデュースしています。渡辺監督の『おだやかな革命』(2018)、『YUKIGUNI』(2019)は私が撮影しています。『タネは誰のもの』(2020)の原村政樹監督の『無音の叫び声』(2016)でもカメラでした。全部繋がっているんです。家庭内手工業みたいにぐるぐるぐるぐる(笑)、監督したり撮影したりみんなで一緒にやってるって感じです。
―そんなに何度も一緒にできるって相性がいいんですね、きっと。手が足りないときにぱっと思い浮かぶ人がいるっていいことですよねえ。
もう10年以上、役割を代わりながら何かしらやっています。撮影しているときもちょっと手が足りない時は、渡辺監督に「ちょっとお願い」って。「画が変わらないように」カメラも同じやつを買ったんです。相談して(笑)。そうすると「2カメできるね」とか、いろいろシミュレーションもしてみんなで。
―みなさんドキュメンタリーですね。製作費を捻出するのも、回収するのもたいへんでしょう。
そうなんですよ。なかなか難しくて、とんとんになればいいよねくらいの感じで。
―プレゼンの練習風景があった世界農業遺産が決まっていれば〆にぴったりでしたね。
あれも審査が止まっているんですよ。審査員の人が現地に来られなくて。ほんとは全国公開のタイミングで「審査通りました~!」ってなれば最高だったんですけどね。
―コロナのせいですね。ラストは奈良の月ヶ瀬で昔ながらの「烏梅(うばい)」を作る中西喜久さんと健介さん。出かけたみなさんが修学旅行の生徒みたいに嬉しそうでした。
守人の人たちもほとんど行ったことがなくて、あそこに行くのが念願なんです。「一度は行ってみたい」とみんな言うので「じゃ、行きますか!?」って。憧れの聖地にやってきました、という高揚感もあり。場所もかなり遠いところで、山の中まで行くのに交通機関でポンと行けず、レンタカー借りてという世界になります。
―「烏梅」作りは伝統的な紅花染めに必要なものですが、今1軒が残っているだけなんですね。息子さんが継承しているのにホッとしました。
化学染料のように媒染剤の代用品もあってほとんどの人がそっちを使っちゃうんですが、映画に登場するちゃんとした染めをしている方々は、これでなくてはならないんです。新田克比古さん翠さんご夫妻は京都のよしおかで修業されていて、本物を継承されています。
こういう人たちがいないと烏梅も残っていきません。
―紅花の切り花や製品は見えますが、その前の地味な仕事、過程を支える人たちの姿は隠れています。その守人たちに光を当ててくれてとても良かった。
私は静かな映像とナレーションの作品は、よく寝落ちしてしまうんですが、この作品では一度も眠くなりませんでした。
あ、ほんとですか。良かった!
今回やっぱり「飽きさせない」っていうのも一つのテーマだったんです。こういうのってそうなりがちじゃないですか。なので、それだけは絶対にしまいと思って。良かった~(笑)。
―監督の思うつぼにハマりました(笑)。だって知らないことばっかりで。映画って知らないことを教えてもらえる楽しみもあります。
髙橋さんも私もそうですけど、知ってるようで知らないことがいっぱいありました。最初からガチガチに勉強するのでなく、なんとなくは聞いているけど毎回「教えてください!」という姿勢で。映画を観る人は初めてじゃないですか。こちらが知っている前提で話をされちゃうと、いろいろクエスチョンがたまってくるわけですよ。だからほんとに単純な質問なんですけど「これ何ですか?わからないので教えてください」って。
―監督が観客の質問を代弁してくれたということですね。私たちの取材と一緒です。監督の狙いはちゃんと伝わりました。
そういっていただけると。尺(長さ)も85分という長さなんです。自分で観てもドキュメンタリー映画が2時間近くなってくると、最後の15分は要らなくないか?みたいな(笑)、けっこう感じることがずーっとあったんですよ。それでスコーンといいところで終わる、っていうのは最初から狙いとしてありました。
昔、『ランボー』(1982)とか90分くらいでスパッと終わらせてるんです。蛇足がない。「90分内映画最強説」っていうのがあるんです(笑)。いい感じの印象を残して終わらせる。
―90分映画は観やすいですよね。興味や緊張が持続する時間なのかな?監督はちゃんと90分以内で終わらせて。いろいろと思惑当たっていますね。
ありがとうございます(笑)。
―後はお客様がたくさん入ってくれますように。県や市と相談して学校上映をさせてもらえるといいですね。
そうですね。学校上映とか特にやってほしいなと。タイアップ的なのは、やりました。栽培部分だけの短いものは何か所かで上映しました。
山形はもう先行上映をしているんですけど、やっぱり「知っているようで知らない」っていう感想がほとんどでした。観に来てくれた学校の先生で「学校で上映したい」っとおっしゃってくださった方もいました。
―それはもうぜひぜひ。全国公開と一緒に山形での再上映などは?
ぜひやれたらいいですね。
―監督はこれまでグリーンハウスや香味庵など山形の残しておきたいものを撮られていますが、これからの予定は?
残しておきたいというか、まあ、みんな気にはなっている事柄なのかもしれません。プロデューサーが髙橋さんっていうのも大きいです。やっぱり髙橋さんのところにいろんな題材の相談が来る。「これを映画にしたらどうか」とか。なんでも映画として成立するわけではないので、そこは選んで残ったものを映画にしていくって感じですかね。
―髙橋さんと監督が自分で観てみたいと思わなくちゃダメでしょうね?
それは最初にありますね。これは物語になるというネタじゃないと、なかなかとりかかるのは難しい。
―記録として残すだけじゃなく、エンタメにもしなきゃいけませんね。
そうなんです。映画ってエンターテイメントですからね。
今井美樹さんに協力していただいたり、音楽もけっこう、ドキュメンタリーにしては多いほうという感じがします。その逆の「ナレーションなし、音楽なし」というストイックな作り方もできなくはないんですよ。そうすると一部の好きな人だけが観るみたいな感じになっちゃうんです。できれば広く観てもらいたい。
―うーん、その塩梅って難しいですよね。この作品の出来上がり具合、ご自分では?
自分では、予想以上に良くなったなという感じはしてて(笑)。今までずーっと観てくれた人で「佐藤監督の最高傑作」と言ってくれた人が何人かいました。自分で言うとちょっとあれですが(笑)。
―観た方々が言ってくれたと、ちゃんと書いておきます(笑)。
初めて観る人に寄り添ったというか、飽きさせない。ドキュメンタリーが難しいというのを覆したいなと思ったんです。
―この次に撮りたい候補はいくつかあるんですね。
そうですね。まだ準備段階ではありますが。
―楽しみにしています。ありがとうございました。
(取材・監督写真 白石映子)
=取材を終えて=
『おもひでぽろぽろ』を観たのはもう30年も前だとは!佐藤監督は中2だったそうですが、私は専業主婦で、取材に立ち会っている宣伝さんはまだ産まれてもいません。あの作品で朝早く手で摘むのを知って大変なお仕事だと思ったのでした。
紅花は江戸中期から最上川流域で盛んに栽培されるようになって、その価値は米の100倍、金の10倍と言われたそうです。艶やかな紅花染は珍重されましたが、近代になって安価な化学染料にとって代わられ、急速に紅花農家が減っていきます。そんな中でも、土地が育んだ伝統を絶やすまいと守る人たちがいました。佐藤監督は、棘のある紅花を愛おしそうに摘む人たちを訪ねます。さらに、色に魅せられて研鑽を積む人、歴史を紐解く人、料理に生かす人…紅花を支える人たちにお話を聞きます。最後に月ヶ瀬に集まった守人たちの笑顔の良いこと!
紅花で繋がった人たちをめぐる1本の映画は、せかせかと生き急ぐ私にゆっくりゆっくり、と言ってくれているようでした。来年は山形へ紅花の畑を見に行くぞ~。(白)
●『世界一と言われた映画館』佐藤広一監督インタビューはこちら