『ウクライナから平和を叫ぶ~Peace to you All~』ユライ・ムラヴェツJr監督インタビュー

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*プロフィール*
1987年、スロバキアの小さな町、レヴィツェに生まれる。高等芸術学校で写真を学び、その後、国立ブラチスラヴァ芸術大学(VŠMU)映画テレビ学部カメラ学科で映画撮影と写真を学ぶ。
現在、フリーランスのディレクター、撮影監督、フォトグラファーとして、ドキュメンタリーを中心に活動。極限状態、戦争紛争、自然災害を、人間や社会的な側面に焦点を当てながら記録することを専門とする。これまでに数々の賞を受賞している。
スロバキアで最も優れたカメラマンが集まるスロバキア撮影監督協会のメンバーでもある。
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監督・脚本・撮影/ユライ・ムラヴェツJr.
配給:NEGA 配給協力:ポニーキャニオン
©All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televízia Slovenska
★2022年8月6日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

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ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始して5ヶ月、世界中の耳目を集めていますが停戦の話し合いも解決も進まないままです。島国の日本と違ってロシアや西欧諸国と国境を接するウクライナでは、これまでどんなことがあり住民たちはどんな思いでいたのでしょう。
7月20日、長く取材を続けて2016年にドキュメンタリーを制作したユライ・ムラヴィッツJr監督にリモートでお話を伺いました。(白石映子)
通訳:橋本Kralikova玲奈 

―この映画を作るにあたって、どんな風に準備し、取材をされましたか?

僕は元々あまりリサーチをするタイプではありません。割と行き当たりばったりで、行ってから決めることが多いんです。今回は戦争という大きな出来事が起こったので、まずはそこに行こうという気持ちがありました。先にもちろんインターネットなどで調べますし、ドネツク側の入国許可やウクライナ側の撮影許可の手配などはしましたが、場所に着いてからその場で考えて決めていく即興的な作り方をしていました。出てくる方々も現地で知り合った方々ばかりですので、特別な準備というのはしていません。

―戦争で傷ついている方々を取材されるので、とても気を使われたのではと思っています。心がけていたことがありましたら。

このような仕事をしている人間にとって「共感力」や「コミュニケーション能力」はとても大切ですし、自然に持っている人でないとこういう仕事はできないのではと思っています。
相手の状況が悪くなることがないように物事を見極めたり、自分の言葉を選んだりすることも大事です。今いるところで、これを言っていいのか悪いのかを考え、自分や周りの人にとって危険なことを口に出さないように気をつけていました。

―子どもからお年寄りまでたくさんの方が出てきました。行き当たりばったりとのことでしたが、会った人から紹介されて繋がっていくようなこともありましたか?

ほとんどの登場人物は両陣営を旅している間に偶然出会った人が多いです。僕が一番興味深かった方は、マイダン(デモ)の後、亡くなった若者の携帯電話を預かって、かかってきた電話に応えていた女性です。映画の中では声だけの出演です。マイダンの後出版されたインタビューを集めた本で、そういう仕事があったという記述を読みました。ぜひ出演してほしいと思いましたが、女性については具体的なことが何も書かれていなかったんです。本を書いたアンドロコビッチさんと僕の友人の写真家と一緒にリサーチを始めました。半年くらい経って、ウクライナ側からその女性についての記事が見つかったと知らせがありました。記事を書いた人にコンタクトを取って、ようやく彼女を見つけました。
元々彼女が電話を通してやったことについての話だったので、映画の中でもそれを再現してみました。彼女とはいまでも連絡を取っていて、2022年の戦争の始まりの頃に会いました。とても面白い人で、現在はボランティア団体の代表をしていて、質の良い軍需品を集めて軍隊の前線へ届ける仕事を熱心に続けているそうです。

―スパイと疑われ逮捕された息子とそのお母さん、村に一人残っていた目を怪我したお婆ちゃんが泣いていたのが印象に残りました。携帯電話の女性とは2022年に会われたそうですが、他の方々とはその後会われましたか?

連絡がついたのは、手足を失った退役軍人のスラーヴァとアンナというカップルです。キエフ(キーウ)に住んでいたんですが、戦争の始まりのころに家(高層アパート)と車にロケット弾が落ち、避難して現在はイタリアに移住しています。彼らには再会できました。
他に映画には出ていませんが、ドネツクで車を運転してくれた男性から2月に連絡がありました。アル中のホームレスの男性の撮影をした教会のある地区用に、避難するために防弾チョッキを集めてほしいという依頼があり、送るためにやりとりを続けていました。撮影した中には残念ながら、もう壊滅して消えてしまった街もあり、繋がりが残っている人もない人もいます。

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―全員の方についてお聞きしたいくらい、どうしているのか気になりました。最初に乗った車のフロントガラスに「TV」と貼ってありました。これはテレビ番組として放映されたのでしょうか?反響はいかがでしたか?

自分たちは元々「メディア」という資格で、ドネツクに取材に入りました。チェックポイントなどで、一般車だと普通一日以上待たされるところでも「メディア」「テレビ」とあると早く通してもらえるんです。そういう背景もあって、あのように表示して移動していました。
チェコの映画祭では、学生の審査員が選ぶ賞をいただきましたし、チェコでもスロバキアでも高校で巡回上映されて、3万人以上が観てくれました。高校生は自分の考えが作られていく過程にありますから、そんな段階の若者に観てもらえたというのは、僕にとってもたいへん嬉しいことでした。
2月に戦争が始まる前から国営放送で放映されていて、戦争が始まってからは、スロバキアで作られた(ウクライナ戦争に関連する)数少ない映画の一つであるということで、2週間繰り返し放送されました。反響はかなり良かったと思います。

―放映されたのは、今回上映される映画と同じですか?

はい、テレビ局側に編集はしない形で放映許可を出しています。

―拝見していて、ところどころに入っている監督が撮影された写真が楔のように胸に刻まれました。編集のときに、写真の挿入箇所を決めていかれたんですか?

基本的には編集室で作り上げていく形でした。写真に現場の音をつけていくとドラマチックになるということがわかりましたので、その手法を使いました。撮影に関しては、その場所を最大限に活用することを心掛けています。普段はまず環境と、そこにいる人たちをいろいろ映像で撮ってから写真を撮りましたが、写真と映像を同時進行で撮ることもありました。その後完成版のようにコラージュのような形で編集していきました。

―監督は写真家でいらっしゃいますが、写真と映像の良いところをそれぞれ教えてください。

写真と映像はどちらも自分にとって表現するツールです。どちらも現実を記録するという意味でとらえています。写真家か映像作家かということでは、自分は“ドキュメンタリスト”であるという認識が一番強いかなと思っています。僕は写真のほうが若いときから興味があって記録写真の撮影を続け、映像はかなり後になってから始めたので、写真家のほうが近いとも感じています。

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―映画の中で「みんなへ平和を」という歌が繰り返し歌われています。あれはどこの歌で、誰が歌うものなんでしょうか?

僕にも歌の出所というか、歌がどのようなものであるかは正確にはわからないんです。劇中では、キリスト教の一派で「セブンスデー・アドベンチスト教会」の中で歌われていたのを撮影して使いました。2015年に撮影したときに手伝ってくださったボランティア団体の方が、この教会を母体に活動していたと聞いて伺ったときにこの歌に出逢いました。
何より美しい歌ですし、普通の、知性のある人間はやはり平和を求めるものですので、この歌を聞いた瞬間にタイトルにしようと思いました。映画のタイトルというのは難しくてなかなか決まらないのですが、この歌のメッセージ性に惹かれました。

―最後にスロバキアの映画事情を教えていただけると嬉しいです。

とても難しい質問ですね。スロバキアはソ連の衛星国だったので、その影響がまだ残っている面がたくさんあります。特に経済的あるいは精神的な面ですね。大衆文化以上の質の高い文化という面では、西欧のレベルまで達していないというのが現実です。それでも映画の制作を後押しする奨学金システムなどはありますし、金額は西欧諸国よりは低いですが、制作ができるのはありがたく思います。映画館に関しては、みなさん通っていたんですけれども、過去2年間はコロナの影響で離れてしまいました。これは世界的な問題です。これからどのように元に戻っていくか、というところですね。

―今日はありがとうございました。この次はぜひ新しい作品で日本においでください。

(取材・まとめ 白石映子)

『教育と愛国』舞台挨拶 5月14日(土) シネ・リーブル池袋

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―大阪から斉加尚代監督と澤田隆三プロデューサーにおいでいただいております。
大きな拍手でお迎えください。(拍手)


斉加 毎日放送の斉加尚代(さいかひさよ)と申します。今日は大切な休日にこうしてご来場下さいましてありがとうございます。昨日、初日を迎えましてとても緊張していたんですが、音楽評論家の湯川れい子さんが駆け付けてくださって、開口一番「空気を読まない女性だからこれが作れたのよね」と言ってくださったんです(笑)。さらに「わきまえない女の連帯だ」。今大阪の教育現場で子どもたちを見つめていて、この教科書をめぐる現状、教師をめぐる現状を伝えなきゃいけない。この違和感を多くの人たちと共有しなきゃいけない。そういう思いにかられて完成させた作品でした。

本作は2017年7月にテレビドキュメンタリー「教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか」という番組を元に追加取材をした作品です。私たちMBSのドキュメンタリーチームは、一人のディレクターが年間3本~4本作り続けているものですから、番組を作った後、すぐ映画にする気持ちにはなかなかなりませんでした。
なぜ映画にしたかというと、新型コロナウィルスが襲ってきて感染拡大するにつれて大阪だけではなく、教育現場の先生方が政治主導によって翻弄され疲弊する、元気を失っていく姿をまのあたりにしたからです。
なんとか教育の独立性を担保することに意識を向けていかなければ、教科書の中身も子どもたちの学ぶ権利も奪ってしまうような方向へ歩み出してしまうのじゃないかと危機感を覚え、なんとかしてこの映画をみなさんにお届けしたいと思いました。
テレビでは視聴者とお会いすることはごく限られています。映画にしたのはこうやってみなさんとお会いしたかったからだと思います。高い壇上からで申し訳ないんですけれども、本作を通じて教育について語り出していただきたいと願っています。

殊にこの映画では、「教科書でこどもたちに戦争をどのように伝えていくか」ということを大きなテーマの一つにしました。この映画がプレス発表されたその日に、ロシア軍がウクライナに侵攻しました。ウクライナでは子どもたちを含めて罪のない人たちが、暮らしと命を奪われるような状況が続いています。本物の、むごい、人々の命を奪ってしまう戦争が起きるとは全く思ってもいませんでした。
今「愛国」という言葉がすごく生々しく目の前に立ち上ってきています。ロシアでは10年ほど前からプーチン大統領の意向を受けて「愛国教育」がなされてきました。それもこの映画を制作してからあらためて知ることになりました。
教育は政治と一定の距離をとらないといけないという普遍的価値は、20世紀におびただしい戦争を重ねて、日本だけでなく世界の人々が手に入れたものじゃないか、とあらためて思います。戦後、教育基本法は「世界の平和を実現する」という理想を掲げて、日本の教育は出発しました。
現場の先生たちはこれまで一生懸命に戦後教育を支えてきたのですが、2006年(教育基本法改定)以降日本の教育がどうも違う方向へ走り出したのかもしれない、という違和感をずっと持ってきました。
具体的にいうと、1990年代の大阪の学校の職員室は子どもを真ん中に置いて、先生たちがつばを飛ばして活発に意見交換をしていたものです。今では職員室は静まりかえって、校長先生が教育委員会から降りてくる伝達をするだけです。自由に議論ができない職員室、自由にモノが言えない先生たち…そんな先生たちの元で子どもたちはこれからどうなってしまうんだろう?私自身何かできることはないか?そんな思いでこの映画を作りました。
湯川さんといろいろお話したこととか、こみあげてきて長くなりましたけれども、今日はほんとにどうもありがとうございました。(拍手)

澤田 映画のプロデューサーをしました澤田といいます。監督の斉加とは大阪の毎日放送の報道情報局、同じ職場にいます。2015年から2年間、毎週1本のレギュラー、ドキュメンタリー番組「映像シリーズ」のプロデューサーをやっていて、斉加がディレクターをしていました。その2年間で斉加が7本作りました。そのうちの1本がこの映画の元になったテレビ版の「教育と愛国」で、サブタイトルが「教科書でいま何が起きているのか」です。その後5年間私は離れたんですが、斉加はそのまま丸7年大阪でドキュメンタリーを作り続けています。このテレビ版をやった後も「バッシング」とか共通するテーマを追いかけて、「今この国で、こういうちょっとおかしなことがある。気持ち悪いことが起きている」という事象を日頃から掘り起こし続けています。
と言っても彼女はイデオロギー的に、安倍政権とか政治的なスタンスで反対して出発しているのでは全くなく、彼女自身が言ってた「こんなおかしなことが、なぜ?」というところから取材活動をしています。観ていただいた映画の冒頭、「道徳」の教材の中で「男の子が街のパン屋さんで、焼き立てのパンを買って帰る」というごく自然ないい話であったものが、誰がそういったのか知らないけれども、パン屋じゃあかんと。なぜかそれが和菓子屋になって。教科書検定の理由では「国や国土を愛する態度が不適切である」と。そこの奇妙さというかおかしさ。笑い話になるような話ですが、それが出発点になっています。
彼女はライフワークとして大阪の教育の取材を続けてきましたので、元々見てきた教育の問題、教科書の検定のあり方、さらには検定後の教科書についてさえ、政治の意向で書き換えが行われていることに気がつきます。言ってみればパンがまんじゅうになったどころか、今やまんじゅうに毒まで入れられてきている。そういう状況を彼女は察知して2021年に追加取材をしてこの作品に至ったと思います。

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私も60になりますけど…テレビがどうもつまらないというのは私たちと同世代の人間、ここに来ていただいている中にも同じように思われている方が多いんじゃないかと思うんですけども。「テレビはつまらない」というのには、まあいろいろな理由があると思います。報道系でいうと「冒険しない」。上というか空気を読んでしまうんですね。「空気を読まないからこういうのが作れるのよね」とはさすが湯川さんで、その通りでありまして。やっぱり空気を読む人がどんどん増えていっている、これはどこの組織でも、社会全体がそうなんでしょうけど。テレビ番組を作っている現場で「あれがダメだろう、これがダメだろう」「こういうことやって、上に怒られたらどうしよう。自分の評価が下がる」とかそうやって会社の中で空気を読んでしまっている気がします。そういうこともあって自局の番組はほとんど見なくて、見るとしたらNHKかBS。NHKがいいとはいいませんけど。他局のドキュメンタリー系は見たりはしますが、バラエティとかは人生の残り時間を考えたら時間の無駄やと思っていますので(笑)、会社には申し訳ないけどほとんど見てないです。
そんな中で人によってはやや嫌われるような番組を続けてこられたのは、ひとえに“斉加という問題意識を持った取材者”がいるかどうかだと思うんですね。私はプロデューサーとして、後ろからちょっと押すだけで。これからは、テレビ局の中でも一人一人がどれだけ今の世の中を見て「これだけはやっぱり視聴者に伝えたい」と。それを「映画にしてさらに観客に伝えたい」と、思いを持ち続ける。そういうのが自分たちに合ってるのかと思います。
今回初めて映画を作らせてもらって、テレビと映画の違いを劇場で感じています。テレビも視聴者からのリアクションを色々といただくんです。感想、お怒りなど最近はメールか、お電話、手紙でお名前も書いてあったりなかったり。
映画の場合はこうして劇場に時間をかけてわざわざ来ていただいて、お金を払って観ていただく。今日は100人以上入っていらっしゃるそうです。高いところからで失礼ではございますが、お顔を拝見できるというのは制作者冥利に尽きます。「なんじゃこの映画は」とか「長い」とかいろいろな思いがあるにせよ、ですね。こうして観ていただいて、批判も含めて、様々な思いを持ってくださる人を目の前にできるというのは、映画ならではの体験であり喜びです。長くなりました。どうも有難うございました。

―テレビ版を見ていない方もけっこういらっしゃると思うので、テレビ版を作られた経緯と、今回映画化するのに、どういうところを追加されたかというお話を少しいただければと思います。

斉加 テレビ版は2017年の7月に放映したんですが、ちょうどその年の3月に道徳教科書の検定内容が発表されて「パン屋さんが和菓子屋さんに書き換えられた」ということを知ったんですね。インターネットの中で「あんパンだったらどうなんだ?伝統と文化の尊重なんじゃないか」、「パン屋さんの怒りは収まらない」という声が聞こえてきました。たとえば戦後学校給食はずっとパンで、子どもたちの需要を満たしてきたんです。文科省ともずっと固い関係のあったパン業界は「なんてことをしてくれるんだ、私たちが愛国心に照らして不適切だというのはどういうことなんだ」と、とっても怒っておられたんです。
一方で学生さんから、「そんなに和菓子が大事だっていうんだったら、給食に和菓子出してくれ」って(笑)。確かに私も給食で和菓子は食べたことなかったなって思ったんです。素朴ないろんな声をインターネットの中で見たり、直接聞いたりする中でちょっとクスッと笑ってしまう出来事なんだけれども、ここに教科書検定制度の問題点が凝縮しているんじゃないかと思いました。
知人の絵本作家さんは、道徳教科書のイラストに、“ザリガニ釣りをしている子どもたち”を描いたら、教科書編集者が真剣な顔で「ザリガニじゃダメなんです(外来種だから)。川エビにしてください」(笑)と言われて、作家さんはすごく困惑したそうです。「川エビ見たことないのに」と思いながら調べて一生懸命描き換えたと聞きました。教科書を制作する現場が国の意向、ときに政治家の顔色をうかがいながらでないと作れない、そんな現場になっているのではないか? 社会の同調圧力とかそういう空気が教科書に象徴されているのではないか?ということで、テレビ番組を制作したんです。
その中でも沖縄県の渡嘉敷村の集団自決(強制集団死)の記述が2006年度の高校日本史の検定で書き換えられ、「軍の関与という部分が消された」というのも私の中では強く印象に残った出来事です。戦争の記述と道徳のパン屋さんのことはまるで違うんですけれども、実は繋がっているということに着目して企画書を書きました。
当時取材してすぐ、「これは!」と思ったのが「学び舎」の中学歴史教科書を採択した私立中学校に200枚300枚というハガキが押し寄せていたということです。「学び舎」の教科書は書店でも手に取って見ることができます。ご興味があればぜひ。
子どもたちから問いが発せられるように、読み物として非常に面白く作られている教科書ですけれども、そこに”反日”というレッテルを貼って抗議ハガキが押し寄せる。その圧力がどのくらいか感じとっていただけたと思うんですけれど、圧力に翻弄される人たち、圧力をかける人たち、その両方を描くことによって、この教育をめぐる現状が映し出せないかと考えました。テレビは視聴率というものが一つの物差しとしてあります。視聴率をとるためには通常、強い、何かものすごく躍動的な映像というのを求めがちなんです。本作を制作するにあたっては、見えない圧力、見えない政治介入をどうすればリアルに感じていただいて、見えるようにできるのか。そこを苦心して制作しました。
映画の企画書を書いたときは、コロナ禍が爆発的に拡がっていて、当社の番組予算も削られたり、スタッフも人員削減されていくような中でなかなか企画が前に進まない時期でした。
そのときに、テレビ版を知ってくださっていた社外の方たちが「なんとしてでも映画にすべきなんだ」と、声をかけてくださいました。社内外の多くの方たちが支援をしてくださって、この映画は完成しました。とても感謝しています。さらに語りを俳優の井浦新さんが引き受けてくださったんですが、それも限られた予算の中で、多分引き受けてもらえないんじゃないかと、恐る恐るお願いしたんですけれど、企画書を読んで「やりましょう」と。今日もインスタグラムに「この映画観てください」とご自身の文章で書いてくださって、移動の車中で拝読して胸がいっぱいになりました。この映画はテレビ版を見てくださった方たちが映画へ押し上げてくださり、今こうして出逢えた皆さんが映画として歩き出すその背中を押してくださるんだと思っています。

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「映画は好かれる権利も嫌われる権利もある」と劇場支配人が仰っているのを耳にして、「嫌いになる権利もある」っていう言葉で私の気持ちは楽になったし、重圧からだいぶ解放されました。
たとえば「愛国」という言葉を考えたときに、自分の中から湧き上がってきて「故郷が好き」とか「この国が好き」という気持ちは否定するものじゃないし、むしろポジティブに受け止める言葉だと思うんです。ところが、上から「国を愛しなさい」と降りてきたときに、「いや、私はこの国嫌いなの。こうこう、こういう理由があるから」と言えない社会は私は嫌だなと思っています。
たとえば家族でも「お父さんお母さん大好き!お爺ちゃんおばあちゃん大好き!」という子どももいれば、いろんな事情で「大好き」と言えない、「嫌いなんだ」って言う子どももいて、そういう子どもも受け入れられる先生、教室、そんな社会のほうが生きやすい、と思うし、子ども一人一人が「自分でいること」を肯定できる社会であってほしいと思っています。
大阪は、在日コリアンルーツの子、中国や他国のルーツの子どもたちがたくさん公立の学校に通って学んでいます。そういう子どもたちにも配慮する教育を先生たちは掲げてきました。みんな違って、それでいいんだと。違うけれどもお互い理解し合おう、という教育をしてきたはずなんです。教科書を広げたときに「この教室にはいろんなルーツの子どもがいるけれども、じゃあ歴史をどう教えよう、と先生が悩んで、真面目な先生ほど苦しむという、そういう事態がすぐそばに来ているということ。私はそれを映画にして伝えなきゃいけないと強く思いました。
すごく長くなりました。大阪の先生たちは頑張っているんです。けれどもその一方ですごく苦悩しています。教育の自由が今崩れかかっている、奪われかかっているという危機感をお持ちです。

―澤田プロデューサー、制作の観点から何かありませんか?

澤田 彼女が取材してきた、撮ってきた映像は番組制作の途中に観るんですが、そのたびに驚きの連続で。学び舎の教科書を使ってる学校に来た菓子箱いっぱいの抗議ハガキ。うわーこんなに来てるんやと、これは絶対とりあげようと。それから日本書籍、私ら年代的にこの教科書だったんですけど、そこが倒産していた!ニュースで見た記憶がなかったので、びっくりしました。理由が慰安婦のことを書いてあったために、東京23区中21区に採択されなくて、あっというまに倒産するという、こんなことが起きてるんや!ということ。どういう完成になるか、そのときは分からなかったけど、「驚くべきことが起きてる」ということで、放送する価値あるなと。
ラッシュという、完成前の1時間以上の繋いだものを観たときはさらにさらに驚きの連続でした。東大の大先生のインタビューとか、学び舎の本を採択した学校に抗議ハガキを送ってた市長のあっけらかんとしたインタビューとか。ナレーションとか入る前のラッシュでそれだけ驚いた。私も何十本とテレビのドキュメンタリーをしてきたんですけど、初めての経験で。
その結果テレビ版はそれなりの評価をいただきました。映画版はさらに追加取材をして、教科書以外の部分も盛り込んでできた作品です。
さきほども申し上げましたが、映画は一人一人の皆さんによって大きく育てられていくものじゃないかなと思っています。今日観ていただいていろいろ感想はあると思いますが、ここは知ってほしいな、よかったなという部分がありましたら、どうかお知り合いの方たちにSNSでも何でも結構ですので、発信して横に繋げていただけたら、作った者の望外の喜びです。北海道から沖縄まで42館(8/1時点で60館)で上映しております。よろしくお願いできればと思います。

―時間ですので販売物の宣伝をさせていただきたいと思います。

澤田 こちら(映画パンフレット)38pもあって分厚くなってしまったんですけれど、こちらにシナリオとナレーション全文、インタビューも載っています。これ見ていただいたら復習になります。私が書いた斉加、彼女の真の姿とか(笑)。暴露はしてない(笑)。

斉加 はい、はい(笑)。
先月「何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から 」というちょっとドキッとするタイトルなんですが、集英社新書から出版されました。久米宏さんも推薦してくださっています。これを読んでいただけたら2015年の「なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち」というドキュメンタリーからこの映画、本作に至るまでの私の取材の舞台裏をご理解いただけると思います。ぜひこの書籍も手に取っていただけたらありがたく存じます。
今日はほんとにどうもありがとうございます!(拍手)

©2022 映画「教育と愛国」製作委員会
公式サイト:mbs.jp/kyoiku-aikoku
作品紹介はこちら 
⻫加 尚代監督インタビューはこちら

『教育と愛国』が公開されて2ヶ月あまり。ロングランを見越して、途中で発表しようと大事に持っていた舞台挨拶の書き起こし記事をお届けします。
すっかり遅くなってしまいましたが、行けなかった皆様にも、当日のお二人の熱量をそのまま受け取っていただけるのではないでしょうか。斉加尚代監督と澤田隆三プロデューサーは、今も熱心に舞台挨拶にトークにと全国へ出かけています。
東京ではキネカ大森、下高井戸シネマで上映中。全国での上映館については公式HPの劇場情報でお確かめくださいませ。
(まとめ・写真:白石映子)