取材:景山咲子
映画『プレジデント』 原題:President
1980年の独立以来、37年間にわたりジンバブエ共和国の政権を支配していたムガベ大統領がクーデターにより失脚。後継者として同国第3代大統領に就任した与党、ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF党)の代表ムナンガグワは翌2018年に行われる大統領選において「平和で信用できる公正な選挙を行う」と口では公言する。
対する野党、民主変革運動(MDC連合)はモーガン・ツァンギライ党首のもと選挙に備えるが、大統領選の4ヶ月前にツァンギライ党首が癌で死去。MDC連合の新党首として若きカリスマ、40歳の弁護士ネルソン・チャミサが任命される。チャミサは、リチウム、プラチナ、金、ダイヤモンドなど60種類もの鉱物資源があるにもかかわらず、国民は貧困に喘いでいるジンバブエの国を変えようと動く。
変わらぬ支配を目論む与党と、長年の腐敗に疲弊し、国内政治体制の変革を求める民衆に後押しされる野党。多くの国内外のマスコミや国民が注目するなか、国の未来を決める投票が始まるが……。
シネジャ作品紹介
2021年/デンマーク・ノルウェー・アメリカ・イギリス合作/115分
配給:NEGA
公式サイト:https://president-jp.net/
★2023年7月28日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:カミラ・ニールセン Camilla Nielsson
プロフィール
1997年から2000年までフルブライト奨学生としてニューヨーク大学ティッシュ芸術学部と同大学人類学部でドキュメンタリー映画制作と映像人類学を学ぶ。 卒業後、子どもの権利をテーマにしたドキュメンタリー短編三部作 『Good Morning Afghanistan』(2003)、『Durga』(2004)、『The Children of Darfur』(2005)、また"Cities on Speed"シリーズの『Mumbai Disconnected』(2009)等を監督。
2007年以降は『We Will Be Strong in Our Weakness』(2011年ベルリン国際映画祭、2011年ヴェネツィア・ビエンナーレ)、『Demonstrators』(2011)、"Re:Constructed Landscapes"展(デンマーク国立美術館/コペンハーゲン国立美術館)などで評価される。
前作、ドキュメンタリー『Democrats(民主主義者)』(2014)は、80以上の映画祭で上映され、トライベッカ映画祭2015で最優秀ドキュメンタリー賞、ノルディックパノラマ2015で最優秀ドキュメンタリー賞を含む20の賞とノミネートを獲得している。
カミラ・ニールセン監督インタビュー
◆魅力ある若き党首ネルソン・チャミサ
― 遠いジンバブエの話に留まらず、私たちにとって民主主義を守っていくことがいかに大事かを描いた映画だと思いました。
新党首ネルソン・チャミサが、とても魅力的でした。
前作、『Democrats(民主主義者)』のジンバブエでの発禁処分が、2018年2月に裁判で解除されて、それを祝う食事の席で、ジンバブエの方から続編を作るよう提案されたとのことですが、その時には、チャミサ氏の存在は知っていたのでしょうか?
監督:前作『Democrats』のために3年間ジンバブエで活動していて、当時、チャミサは国会議員の一員でしたので知ってはいましたが、撮影はしていませんでした。野党を訪れた時に見かけたことはありましたが、直接彼とやりとりしたこともありませんでした。
次作を撮ると決めた時には、その時の野党党首モーガン・ツァンギライに焦点を当てていたのですが、彼が選挙の4か月前に癌で亡くなってしまいました。
新たに主人公を探すことになったのですが、ネルソン・チャミサが新党首になったので、連絡を取り、映画を撮り続けるべきかどうかと相談しました。チャミサ氏は、私の『Democrats』を6回観ていて、ジンバブエのことを的確に描いていると信頼してくださっていて、即答で「どうぞ続けて撮ってください」とおっしゃってくださいました。
― 撮影を了承してくださってよかったです。チャミサ氏のカリスマぶりが凄いと思いました。
監督:あの選挙のあともチャミサの人気はどんどんあがっています。この8月にまた大統領選挙があります。前回の選挙は、候補者だったツァンギライ氏が亡くなられて、4か月しか準備期間がありませんでしたが、チャミサは大きな支持を得ました。今回、自由で公平な選挙を行うことができればいいのですが、大変暴力的なことになるのではと危惧しています。投票者名簿が公表されるべきなのに、入手できないでいます。また、選挙管理委員会も前回と同じです。前よりもさらに厳しい状況になるのではないかと、とても恐れています。
◆次は、ジンバブエの女性を描きたい
― 引き続き次の選挙をめざすネルソン・チャミサを追っていらっしゃるのでしょうか?
監督:『プレジデント』を選挙前にジンバブエで上映して、皆に観てもらいたいのに、発禁処分になったままです。裁判所に掛け合って、なんとか上映できるようにしたいと頑張っているのですが、上映できるのは、おそらく選挙後になると思います。私は身の安全のためにジンバブエに行くことができません。空港に降り立った時点で拘束されるか、強制送還されてしまうことになるでしょう。そのようなリスクをとるのは賢明でないと、行くのを見合わせています。
そして、ジンバブエで撮影する3本目は、チャミサではなく、ほかのテーマを考えています。1作目が民主主義憲法を作る過程、2作目では、憲法のもとに民主主義がどのように運営されていくのかを描きました。最後は違うものを撮りたいと思っています。女性監督として、政治にかかわる女性を主人公にしたいと考えていて、準備中です。これまで描いてきたのは男性の政治家ばかりでした。チャミサを追うと、また同じような映画になってしまいますので、三部作の最後では違う観点から撮りたいと思っています。
― 実は、ジンバブエの女性についてお聞きしたいと思っていました。集会に出ていた若い女性が、「ここに女性が少ないのは与党を恐れているから」と発言していました。 一方で、選挙委員会の会長に指名された女性はとても貫禄のある方でした。ジンバブエの女性たちの置かれている状況についてどう感じていますか?
ムナンガグワ大統領よりジンバブエ選挙委員会会長に指名されたジャスティス・プリシラ・チグンバ
2021 © Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant
監督:西欧諸国のように、#MeToo運動はジンバブエには届いていません。
皮肉なことに、ジンバブエの女性たちは、国のとても重要な背骨として活動しています。政治の世界で、メインポジションは男性が担っていますが、その裏では多くの女性が活躍しています。チャミサの集会の場に若い女性が見えないのは、恐怖心があるからだと女学生が発言していますが、その背景には、権力側が女性を抑圧していて、政治活動をしようとする女性を誘拐、レイプ、拷問などで脅しているという実情があります。
イギリスからの独立後、女性は大きな役割を果たしてきたのに、歴史から消されている状況です。そのことを次作では描きたいと思っています。
◆過酷な中でもユーモアを忘れないジンバブエの人たち
― 昨年、日本で公開された『チーム・ジンバブエのソムリエたち』(原題:Blind Ambition)を観て、ムガベ政権時代に多くの人が難民となって国を出たことを知りました。南アフリカでソムリエとなったジンバブエの4人は、皆ユーモアがあって、いつか国に帰りたいとジンバブエを愛していました。監督が感じているジンバブエの人たちの気質は?
監督:変化を求めるジンバブエの人たちにとって、ユーモアは生存戦術の一つです。変化を求める野党と、変化を避けたい与党が衝突する中で、ユーモアでその場が大爆笑になって衝突が解消する場面が、前作『Democrats』の中にもあります。憲法の中で大統領の権限をある程度縮小する、任期を2期のみにするということに対して、大統領が怒って憲法改正を止めようとして暗殺を企てるようなこともあったのですが、ユーモアが解決しました。
日常の重圧の中でユーモアを忘れないのは大事なことです。ジンバブエの人たちのユーモアには、ダークユーモアもありますが、生活や人生に必要なことです。私たちスカンジナビアの人間はいつも暗い顔をしていますが、見習うべきところが多いと思います。
◆いつか自国デンマークを語りたい
― 監督は人類学者であり、観察ドキュメンタリーを学ばれ、これまでにアフガニスタン、ムンバイ、ダルフールなどで映画を撮られています。
初めてのフィールドワークはどこだったのでしょう?
監督:ニューヨークの大学で映画を学んだのですが、その卒業制作が、ニューヨークのチャイナタウンのウェディングセンターを舞台にしたものでした。中国の移民の男性のベトナムの花嫁が国から家族を呼べなくて、写真を撮るときに笑顔が出なかったことをテーマにして作りました。卒業してすぐアフガニスタンのカーブルに行きました。アフガニスタンの子どもたちとは、今も連絡を取り合っていて、一人はトルコ、もう一人はロンドンで安全に暮らしていることを確認しています。ムンバイの子どもたちとも連絡を取り合っていて、1年に1度、屋上で私の映画の上映会を開いているそうです。
― 今後、ジンバブエでの続編も含めて、どのような地域やテーマで映画を撮りたいと思っていますか?
監督:まずは、ジンバブエ3部作を終えたいと思っています。『プレジデント』の最後が、続きを気にさせるような形で終わりましたので。なんとかハッピーエンドにしたいと思っているのですが。
以前撮ったアフガニスタンやインドに、将来また戻って、彼らがどうしているかを撮る可能性もあります。
2000年に大学を卒業して23年になりますが、自分の国デンマークやスカンジナビアについて語ったことがないので、いずれ描きたいと思っています。私は一つのプロジェクトに長く関わるタイプです。撮影を終えて、目を上げてみれば社会が変化しているようなこともあります。
― 今後の作品も楽しみにしています。ありがとうございました。
監督:こちらこそ、お話できてうれしかったです。