『焼いてはいけない』(Dung dot/英語題 Don’t Burn)ダン・ニャット・ミン監督インタビュー

日越外交関係樹立45周年記念事業
“ベトナム映画祭2018”
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【ダン・ニャット・ミン監督プロフィール】
1938年ベトナム中部のフエ生まれ。1954年国費留学生としてソ連へ。1957年に帰国し、ソ連や東欧の映画の台詞を翻訳する仕事につく。1962年ハノイの映画学校へ翻訳・通訳者として転職。1965年ドキュメンタリーを初監督する。国営の映画スタジオに採用され、映画製作を続ける。1975年『5月いっぱいの表情』を完成させ、いったん映画から距離をおいた。自作のシナリオを監督するスタイルを選択し『射程内の街』(1982)『十月になれば』(1984)『河の女』(1987)『帰還』(1994)『ニャム』(1996)『ハノイ、1946年冬』(1997)を発表。特に『焼いてはいけない』(2009)は、国内のみならず海外でも高く評価された。ベトナムを代表する国民的監督である。

『焼いてはいけない』(Don’t Burn)
1970年、ベトナム戦争中の野戦病院の焼け跡に落ちていた手帳が拾い上げられた。米軍士官のフレッドは通訳に「焼いてはいけない」と言われる。野戦病院にいたダン・トゥイー・チャムという女医が書いた日記だと知る。フレッドはアメリカに持ち帰り、少しずつ翻訳して読む進むうち、戦争中誇り高く生きた愛情深いこの女医のことが頭から離れなくなる。35年後、日記はダン・トゥイー・チャムの母親の元に返された。
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-原作の「トゥイーの日記」※を読みました。ミン監督がこの本に出会われたのは?

ご存知のとおり、原作はベトナムでベストセラーになってたくさんの人に多くの衝撃を与えました。私も同じようにその本を買って読み、たいへん感動すると共に魅力を感じました。

-映画化するまでの経緯を教えていただけますか?

そのときはまだ映画化しようとは思っていなくて、その後新聞に断続的に掲載された記事を読んだのがきっかけです。それにはアメリカ軍士官だったフレッド・ウォーター・フォードのことが書いてありました。トゥイー・チャムの日記を戦場で拾ってアメリカに持ち帰った人物です。彼は情報収集をする士官で、戦場に残されているものを集めるのが任務でした。実際に拾ったのは傀儡軍のベトナム人兵士のヒェンで、上官であるフレッドにメモをつけた日記を提出したのです。メモには「燃やしてはいけない。この中に炎がある」と書かれていたそうです。それを見たとき、映画にしよう!と思いました。そしてこれは、今までに作られたベトナム戦争の映画とは全く違う作品になるだろうと考えたのです。

アメリカで作られたベトナム戦争の映画は、いつもアメリカ人は勇敢で人道的、それに対してベトナム人は鬼である。共産主義を振りかざし銃を振り回す、まるで石や砂、鉄のような人間に描かれています。また一方ベトナムで作られるものも結局同じです。つまりベトナム人は英雄で、正義のために戦っているとても我慢強い人たち、アメリカ人は汚い人間という風に描かれています。私が作ろうと考えたのは、双方の良い人物像です。ただ戦争という周りの環境に流されて戦わざるを得なくなっているのです。チャムは明らかに良い人です。また日記を拾った傀儡軍の兵士も良い人、アメリカ人の上官も良い人でした。でなければ日記を持ち帰って大事にするわけがありません。しかし、その良い人たちが互いに殺しあわなければならない。
ベトナム戦争というテーマをこれまでのプロバガンダの域を越えて、描きたいと思いました。アメリカ人が観ても感動する、今世界中どこにあってもみなさんが認めてくれるということは、この映画がプロバガンダ映画なのではなく、人の心、魂を現しているからだと言えます。
映画を作るにあたって、アメリカの士官フレッドに日記のどこに感動したのか尋ねました。彼は「チャムの家族、母親や妹たちに対する愛情にもっとも感動した」と答えました。ごらんになっておわかりいただけたと思いますけれど、私は映画の中でも、チャムの愛情を強調しています。それが彼女の力になると同時に、彼女の人間性というものを現していると思うからです。気をつけて観ていると映画の中でチャムが銃を持っているようなシーンは一つもありません。私の映画の中には、女性兵士が銃を構えている銅像のようなシーンを入れたいとは思いませんでした。
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さきほどNHKのインタビューに答えたんですけれど、この映画はアメリカ、フランス、インドなど世界中で上映され、皆さんに暖かく受け入れられました。特に日本で熱心に観ていただき理解され、受け入れられたと感じています。日本とベトナムはアジア人として同じ心を持っているからだと思います。そしてチャムというキャラクターが日本人と似ているからではないかと思います。日本の次に感動してくださったのがアメリカです。ベトナム戦争から帰った兵士がたくさんいます。私が思うのは人の情というのはどこも同じだ、ということです。

-お聞きしたかったことの解答をほとんどお話してくださいました。ありがとうございます。
一人ひとりは良い人なのに、戦争に巻き込まれてしまうと敵味方として戦わねばならず、抜け出せなくなります。ミン監督は大人になってベトナム戦争を体験していらっしゃいます。そのころのこと、今のお気持ちなど伺えたら、私たちが戦争をしないようにするためのヒントがあるのではないかと思うのですが。


おっしゃったように、私自身大人になってからベトナム戦争を経験しています。ハノイで爆弾を投げましたし、ホーチミンルートにも入りました。私の父もホーチミンルートでB52の爆撃を受けて亡くなっています。そのとき医師だった父はマラリアの薬を研究していました。
それから良い人同士なのに、戦争に流されて互いに殺しあったり憎みあったりしなけれならないということですけれども、村上春樹さんの文学賞を受賞のスピーチの中にあった「見えない大きなシステムによって、そうならざるを得ない」ということだと思います。そしてこのシステムというのがどうしてあるのか、芸術家である私にはわかりません。分析については学者や政治家にまかせたいと思います。私は芸術家ですので、中にいる人々の運命というものを映画で描き続けていきます。
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戦争が起きないようにするには「みんなが愛し合うこと、そして生き続けること。お互いに意地悪をしない」(笑)。映画の中に詩が出てきます。「愛し合いなさい、愛こそが人の翼に力を与え、飛び立たせてくれる」という意味の詩です。人間はとても小さな存在ですから、力といえば愛情だと思います。私は政治家ではないので、具体的に戦争を止める方法はわかりませんが、言えるのはこういうことです。
村上春樹さんがスピーチでこうも言っていました。「もし卵と壁があるなら、私は卵の側に立つ」卵は力のない弱い人たちのことです。私も壁側に立って描いたことは一度もありません。壁は戦争という恐ろしいものです。映画を完成させてから、そのスピーチを読みました。まさしく私の映画はこうだ!と思いました。検索してみてください。※

-これからも弱い人の側から映画を作り続けてくださいますように

今脚本を書いています。私は自分の脚本しか監督しません。プロデューサーが「自分が感動したから、これを作って」と言うのは、やりません。今5本の作品が引き出しに入っています。このうち1本でも実現させたいです。映画界も変容してきました。『焼いてはいけない』は初め民間の映画会社に持ち込みましたが、そこは若い人向けのエンタメ作品を作るところで、結局国のお金で作りました。
今は全部民営化されていて、娯楽映画が席巻しています。意義のあるプロジェクトについては支援があります。『ニャム』はベトナム・日本の共同製作となっていますが、NHKの資金が100%。たくさんの人の支援もあって作れました。
私の映画には商業映画の側面は全くありません。若い人のように外国の映画祭に行きたいとも思いません。それなのに、アメリカ、フランス、日本では福岡の映画祭によばれました。福岡では観客賞をいただいて喜びました(2009年/第4回アジアフォーカス・福岡国際映画祭/タイトルは『きのう、平和の夢を見た』)。
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(2009年9月9日 主演女優ミン・フーンさんと 景山撮影)

-そのときの映画祭を取材したスタッフがいます。

どうぞその方によろしくお伝えください。
ベトナムの作家が私を「私たちの国を映像で物語ってくれる人」と言ってくれました。意識して作ってきたつもりも、自分が歴史や社会学者になったつもりもないのですが、そうかなぁと思いました。これまでの全ての作品に、1945年の8月革命ほか近・現代史が映し出されていると思います。

-新しい作品でまたお目にかかれるのを楽しみにしております。

★インタビューを終えて
9月1日(土)から9月9日(日)まで、横浜でベトナム映画祭2018が開催されました。『焼いてはいけない』の上映&シンポジウムもあり、来日したダン・ニャット・ミン監督にお話を伺うことができました。南北に分断されているころから映画界を牽引してこられたベテラン監督です。お目にかかるまで緊張しましたが、たいへん穏やかで優しい方でした。『焼いてはいけない』はミン監督がおっしゃっていたように、日本で書籍化もされて深い共感が寄せられました。今回はNPO法人津山国際交流の会の協力で無料上映したものです。
主人公のダン・トゥイー・チャムさんのお誕生日が、夫と4日違いなのに気づきました。遠い人だったのに輪郭が見えた気がしました。戦いの中でも小さな花に目をとめ、家族を思う愛情深いチャムさん。傷ついた人を全身で受け止める彼女が永らえたなら、どんなにか良いお医者さんになったことか。奇跡的にお母さんの手に戻った日記は、彼女からの命がけのバトンです。しっかり受け止めて次に渡したいものです。
(取材・写真 白石映子)


※参考
「トゥイーの日記」(ダン・トゥイー・チャム著/高橋和泉訳/経済社)
村上春樹 エルサレム賞受賞スピーチ(卵と壁のスピーチ)
https://www.kakiokosi.com/share/culture/89
英文 http://d.hatena.ne.jp/m_debugger/20090218/1234917019

今後のベトナム映画祭予定
10.6 (土) ~10.19 (金) 大阪 シネ・ヌーヴォ
★10/13(土)14:30、10/15(月)14:30@シネ・ヌーヴォX 『焼いてはいけない』は入場無料
11.10 (土) ~11.23 (金) 東京 新宿K's cinema
11.24 (土) ~12.7 (金) 愛知 名古屋シネマスコーレ
●スケジュール詳細はお出かけ前にHPをご確認下さい http://vietnamff2018.com/

ベトナム映画祭を運営する熊谷睦子さんのインタビューはこちら
(1) cineja-film-report.seesaa.net/article/460412704.html
(2) cineja-film-report.seesaa.net/article/460491913.html

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