『牧師といのちの崖』加瀬澤 充監督インタビュー

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加瀬澤 充(かせざわ あつし)監督 プロフィール
1976年静岡県生まれ。立命館大学卒。2002年ドキュメンタリージャパンに参加。「オンリーワン」(NHK BS-1)「森人」(BS日本テレビ)「疾走!神楽男子」(NHK BSプレミアム)など数々のドキュメンタリー番組を演出する。映画美学校ドキュメンタリーコースで佐藤真監督(1957―2007)に出会う。映画は2002年公開のドキュメンタリー『あおぞら』、本作は2作目。長編作品としては初の劇場公開。

藤藪 庸一(ふじやぶ よういち)牧師
1972年和歌山県生まれ。東京基督教大学神学部卒業。1999年より白浜バプテスト基督教会牧師となり、前任の江見牧師が始めた”いのちの電話”をひきつぐ。2006年にNPO法人白浜レスキューネットワークを設立。保護した人々と共同生活をし、自立し社会復帰を目指す活動を続ける。地域の子どもたちの教育にも力を注ぎ、里親、フードバンクにも取り組む。著書に“「自殺志願者」でも立ち直れる”(2010/講談社)、“あなたを諦めない 自殺救済の現場から”(2019・2月発売予定/フォレストブックス)
https://www.facebook.com/yoichi.fujiyabu

『牧師といのちの崖』 
監督・撮影・編集:加瀬澤充
プロデューサー:煙草谷有希子

和歌山県白浜の観光名所・三段壁で藤藪牧師は自殺志願者のレスキュー活動を続けている。”いのちの電話”にすぐ対応し、辛抱強く話に耳を傾ける。相手によっては教会に連れ帰って保護し、共同生活の場も提供、ときには厳しい言葉もかける。人生を取り戻そうともがく彼らが「何度失敗しても帰ってこれる場所になるといい」と藤藪牧師は語る。100分のドキュメンタリー。
(C)2018 DOCUMENTARY JAPAN INC. /ATSUSHI KASEZAWA
https://www.bokushitogake.com/
★2019年1月19日(土)からポレポレ東中野にて公開


-この作品の始まりをお聞かせください。牧師の藤藪さんを知ったのはどういうことからですか?

直接的に藤藪さんを知ったきっかけは・・・一緒に仕事をした読売新聞の記者さんと飲み会をしていて、そのときに藤藪さんと彼の活動のことを聞きました。本当に偶然なんですけど、そのときに友人から電話がかかってきて、「佐藤真さんが亡くなった」(ドキュメンタリー作家、2007年9月4日逝去)と聞きました。佐藤さんは自ら命を絶ってしまった、と。僕は映画美学校というところで佐藤真さんの生徒だったのですが、ドキュメンタリーについては佐藤さんから教わったと思っています。ものすごいショックでした。その晩のことは、雨が降っていたなという断片的な記憶しかないんです。ドキュメンタリーというものを考える上で、ずっと佐藤さんの背中を追ってきたので、その追いかける対象が急にいなくなったような気がしました。
どうしよう、何かをしないといけないと思っているときに、佐藤さんが亡くなったことを直接的に描くのではなく、この題材にアプローチしたくなりました。ある種運命的な啓示みたいに、そのときに聞いていた藤藪さんのことが強く印象に残っていたんだと思います。

-いつ始められて出来上がるまでにどのくらいかかっているんでしょう?

取材時期は・・・(煙草谷Pに確認)2013年から2014年にかけて。
だいたい1年くらいですね。編集に時間をかけて、つい最近仕上がりました。

-こういうドキュメンタリーをつくるには資金集めがなかなか大変だと思います。

文化庁の助成金が出たので、それでなんとか。
今ドキュメンタリーは軽量化が進んでいますので、それで作れるということもあります。基本的に僕が一人で撮影して編集もやって、そして煙草谷と一緒に映像を見ながら作っていきましたので、あまりお金をかけずにやれました。
監督がやらなきゃいけない仕事は増えましたけどね。(笑)

-藤藪さんご本人に会った印象はどんなでしたか?

「あれ、牧師さんってこういう人だっけ?」と思いましたね(笑)。どちらかというと牧師さんってちょっと遠くにいて、もの静かで落ち着いていて、人の話を聞いているという感じだった。藤藪さんはものすごい精力的だし、ものすごい感情も豊かでよく笑うし、よく怒る。そういう意味ではすごく魅力的な方だなぁと思いました。一緒にいて楽しい。

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-このときの藤藪牧師はレスキューの活動を始めて何年経っているんでしょう?

14年くらいです。白浜の「いのちの電話」の活動は、前任の江見牧師という方が始められて、それを藤藪さんが引き継ぎました。1999年に牧師に赴任すると同時にその活動も始めたので、若いですけどけっこう長いことやっています。

-監督はクリスチャンですか?

いえ、僕は違います。彼女(煙草谷p)はそうですけど。

-私は不信心者でもうひとつよくわからないんです。藤藪牧師は信仰という確固とした芯を持っていて、それで活動していらっしゃる。監督はそれを理解できましたか?

信仰についてですか?なんて言ったらいいかな。神様という存在がいて、聖書と向き合いながら自分の日常をすごしていくというのはすごく理解できます。あの場所にいて思ったのは・・・普段人が悩むじゃないですか。どうすればいいか、あのときどうしたら良かったんだろうか、と話し相手として神様がいるっていうのと、僕が一人で「神様じゃないけど神様的なもの」がいて悩んでいたりする。そういう意味では信仰を持っている、持っていないの違いはありますけど、そんなに差は感じませんでした。それは取材しながら思いました。
僕もいろいろ聖書とか読んで、これどういうことなのかなと考えて・・・でもよくわかんなかったりするんですけど。
それはクリスチャンの人たちもおんなじ。全部わかっているわけではないので、悩んでいたりこの言葉はどういうことなんだろうと考えたりするんですよね。今生きていく中ではたぶん普通で、特別のことじゃない。そういう意味ではすごくよくわかる。

-私には聖書って参考書みたいな感じがするんです(笑)。信仰のもとになる聖書があって、迷ったときは開いて、神はこうおっしゃっている、と解答を出せるわけで「なんかずるいー」と思っちゃうんですけど(クリスチャンの皆様ごめんなさい)。

まあ、でもいっぱい書いてありますから。いっぱいある中から探すので、1+1=2とすぐ出るわけじゃない(笑)。

-監督には自分の芯になるものというか、絶対的に信じられるものがありますか?

うーん。絶対的に~~?ないですね。

-私はあの映画を観て、死に向かう人ってどこにもつながれるものがない。一つずつなくなってきて、一人ぼっちになってもう死ぬことしか残ってないからと崖から飛べてしまうんだろう。こちらに何か一つでも支えになるもの、つながるものがあれば飛ばないだろうに、と思ったんです。みんな自覚がないまでも、何かがあるから(自分から)死なずに済んでいるわけで、それは私には何だろう?映画を撮った監督には何だろう?と考えたんです。すみません漠然として。

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ああ、そういうことですね。僕も今のところ死なないですけど、そんなに遠くない感じはしています。悩んでいる気持ちに共感している。彼らの中に僕と似た部分があり、僕の中にも彼らに似た部分があります。
絶対的なものがあるわけではなくて、そのことを「探している」。そのことを「問う」プロセスそのものが映画になっている。たぶん「絶対的なもの」があったら、ああいうふうな形で提示はしなかったんじゃないかと思います。そのことを手繰り寄せようとしているし、どうやったら生きていけるかな、と思うし。
だから自殺すること自体ほんとに絶対駄目だよ!とはたぶん僕には言えない。もちろん死んで欲しくない、できれば生きて欲しいんだけど、そのへんを亡くなった人を含めて生きている人も一緒に考えたい。「自殺は駄目だよ」と言うと、じゃ死んだ人は「駄目な人たち」なのか、となりそうじゃないですか。そういうふうには思いたくないし、そういう映画にはしたくない。
佐藤さんが亡くなったことからこの映画が始まっているってこともあるんですけど、時々亡くなった佐藤さんとも対話するし、亡くなっているけれども生きている人とそんなに変わらないような気もします。絶対的なものって必要ですかね?

-どっかに何かでひっかかっていたい、自分をつなぎとめるものがほしい、という意味での絶対は欲しいと思います。

ありますよね。それはたぶん「言葉」の問題かもしれないですね。「絶対的」というと、なんかものすごいクレーンみたいなものみたいでガチっとされるみたいなイメージですけど、そういうのって見えたり、見えなくなったりする。あるんだけど、見えなくなったりもする。

-どうしてもそれを見つけられなかったときに、死ぬほうへ向かうんでしょうね。なんであそこに崖があるんだ、って思っちゃいます。まあ日本全部周りは海ですから、崖はあちこちに。

その崖が美しい景色に見えるときと、そういう(死にたい)気持ちのときにはまた別に見えたりとか。人の感情次第だと思います。

崖の上でインタビューしているシーンではドキドキしました。

ああ、あれは僕もドキドキしました。

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-最初の暗い中、レスキューに向かう場面から(監督の声がちょっと入っている)ドキドキで、なんとか説得してーと思っていました。監督は撮影しながら、ここは撮ってもいいのか、と逡巡したり葛藤したりは?

ありましたね。いっぱいあります。選んでいくのは藤藪さんと相談しながらやりました。

-事情を抱えた人にカメラを向けるのは気を遣われたでしょう?具体的にどう工夫されましたか?

できるだけ撮影をする前に、長く一緒に過ごそうとは思いました。撮影をしている時間より、一緒に過ごしたり、人手が足りない時は、弁当屋さんをお手伝いしたりなど、撮影していない時間の方が圧倒的に長かったと思います。たくさんいろんな話をしました。でも、事情を抱えた人だからという理由で、特別に気を遣うということはあまりないです。あまり、偏見を持って見たくないという気持ちもあるし、事情を抱えているのは、どんな人でも変わりませんから。

-生きものは細胞レベルで生きたいだろう。ほんとうはいのちをつなげたいはずと思います。
この映画の中で、何人くらいの方に出会われましたか?


たくさん会っています。何人かわからないですけれど、ものすごくたくさん。会うだけでしたら、相当です。いろんな人が入れ替わり立ち代りやってきますから。

-藤藪さんはすごく正直な方だなという印象でした。ポジティブでエネルギッシュなところもあり、自分の弱い部分もさらけだすところもあり。そして奥様がとても素敵な方で、この奥様の貢献度が高いんじゃないか、と思いました。

奥様の亜由美さん。なかなか素敵な方なんですよ。あの場所は、あのいい関係性のふたりだからこそ成立していると思うんです。自殺者の予防・保護活動のほかに、今回はとりあげていないんですが、子ども達へ勉強を教えたり、いろんな活動をやっている部分もある。ゆるやかな風通しのいい場所でもあります。藤藪さんがグッグッと力を入れ向き合って助けていくぞ、というのと、ちょっと引いて物事を見る亜由美さんみたいな人がいたり、両方のバランスがいい。

-あの建物はどんな風になっているんでしょうか?

教会と藤藪さんの住まいが繋がっていて、保護している人たちは当時10数人で、教会の敷地内の別の建物で共同生活をしていました。町に協力してもらって、別にアパートを借りて住んでもらったりもしていました。あの場所を卒業して、近所で働きはじめた人もいます。だんだん頑張っていろんな活動が拡大していくんですね。

-ベテランが新人の面倒を見ていて、うまく回っていますね。

そういう風な状況に自然になっていくことの中で、人と人とが自然に関わって再生していくのがいいと思います。いろんなケースがありますけど、人ってこれまでできたことが、急にできなくなることがあります。例えば誰かにきつく言われた一言で、うまくコミュニケーションがとれなくなるとか。まあ今の時代は、誰ともコミュニケーションを取らなくても自分の中で完結して暮らすことができたりします。そういう意味では我々皆、総じて人と関わるのが苦手になってきているともいえます。

-あんまり人に頼らない。でも、いつもそうはいかないですよね。皆、我慢しすぎの忖度しすぎじゃないかと。

最近ちょっと思いますね。会社に来るときにビルの前をお掃除している人に挨拶するんですけど、そうしているとだんだんその方と話をするようになります。そういう関係性を作っていくのは、東京で働いて生きていくのにとっても大事だなぁと思います。

-監督は大学を卒業してから東京にお住まいですか?東京の人間は冷たく感じませんでしたか?

大学卒業してから、22歳からずっとですね。(監督は静岡市出身)人は冷たくないと思うんですけど、みんなそういう環境にいるので。アパートに住んでも隣の人を知らない。一応挨拶には行ったんですけど、ひんぱんに会うわけでもないし、田舎と感覚は違うのかなと思いました。

-それが気楽だという人もいるでしょうしね。

きのうも電車で酔いつぶれて電車の床に座って寝ているお姉さんがいたんですよ。こういうときに声かけたほうがいいのかな、って悩みますよね。酔っ払ってるから、って悩んで結局しなかったんですけど。まあ、できるだけ挨拶などは心がけてするようにしています。

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-私たちの生活って、声をかける、そこまでですよね。ところが藤藪さんの関わり方ときたら、ものすごく濃密です。こういうことをやってくれる人がいて良かった!とまず思いました。この作品の中で「助けてください」という言葉が印象に残るんですが、私は「助けて」と言われたことはないなと気づいたんです。自分が言われたらどうしよう、どこまでやれるだろう、話聞くまではできるかな、とか、いろいろと考えました。

それはやっぱりすごく重要な問いだと僕も思ってまして、「助けてください」と投げかけられた言葉に人はどうこたえられるか。それが大きくあるんだと思うんですよね。その「こたえ」を映画は常に探している。
藤藪さんはかなり超人的にやってますけど。「助けてください」と言うときに手を差し伸べているわけです。この手を掴んでほしい、って。そのとき自分ができる範囲で、手をつないであげたい。あげたほうがいいな、とは思います。

-その感覚は、映画を作る前と後で変わりましたか?

感覚、そうですね。変わりましたね。
一歩進んで深く考えるようになった・・・基本的には我々が知らない世界にいた悩みとかそういうものの中に、足を踏みこんで考えていく。死んでほしくないし、助けなきゃと思う。目の前に飛び降りようとする人がいたら、僕は絶対助けると思います。
だけど、いろんな程度もあるし、日常や現実的なことがある中でできる範囲のことをやれればいいな、と思います。僕もそんなに殊勝な人間ではないので、必ず助けるよ、とか、僕のところに来なよ、とか言えるほど強くはないかもしれません。でもそういうことで悩んでいる人がいたら、何か話をするようなことはやりたい。こうやったらいいんじゃない?と考えるプロセスを映画の中で踏んで来ました。そういう意味ではちょっと変わった、と思います。

-こういう抽象的な話は難しいです。

答えはないですからね。悩みのプロセスが常にあって、その中をぐるぐるぐるぐる回りながら、今の時代を生きていくことを考える。どうやっていけばいいかと。

-生きていけないことの大きな原因の一つが貧困なら、自己責任というよりも、公的な援助がもっとあっていいんじゃないかと思います。

自殺対策ということでしたら、尽力してくださる方もいて、それは行政の中の援助もここ10年進んできています。どうやったら自殺を止められるかということを、各市町村も対策を進めている。結局そういうのって人だと思うんですよね。たとえば「国が」っていう言葉が出ると国になってしまう。国が何かをやってくれるという感じになってしまう。やっぱり人がいて、一緒にやっていく中で少しずつ変わっていくんだと思います。
白浜は藤藪さんと行政と警察とが包括的に関わりながら、問題を解決しようとしている理想的なケースだと思います。「自己責任」というのもけっこう言葉が一人歩きをしている。そうすると思考を止めてしまう、断罪するっていうか。それは不毛だなと思います。その人の考えていることとか、自分達が思っていることとかをお互いにすり合わせていくのでなく、断罪してしまうのは、人と人の繋がりを描こうとしているこの映画とは真逆にあるという感じがします。話がちょっと映画と繋がりました(笑)。

-行政も窓口は人ですね。今年は児童虐待の映画も多くて、解決していくための窓口と動く人が足りないと知りました。この映画を観た人が、ほかの人と話しあったり、自分のできることを考えたりするきっかけになるといいなと思います。

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たとえば具体的なアクションを起こしても起こさなくてもいい。そのことを一緒に考えたり話したりできるといいと思うんですよね。そんなことがもしかしたら後々「助けてください」って言葉をかけられたときに繋がるんじゃないかな・・・っと思います、この話で〆ましょう(笑)。

-すごくいい〆ですね(笑)!

そういうときってふいに訪れますからね。そのとき(手を)握れなかったとしたらすごく後悔するし、そのことは考え続けたいと思います。

-ありがとうございました。


=インタビューを終えて=
年末に古くからの大事な友人が病気で亡くなりました。さよならを言うまもありませんでした。長く生きるほど死は次第に身近になっていきます。でも今若くてやり直す時間があって健康な人が死に急ぐのはやめてね、と切に思います。病気や貧困や失業いろいろな悩みなど、死に向かう要因は数多あるでしょう。でもひとまず暖かくして、よく眠って、食べてみて。
町の交番の壁にその日の〔交通事故の死者と負傷者の数〕が書かれています。亡くなった数が0だと、よかったと思います。そこに50人とか60人とかとあったらどうでしょう?テロでも事件でもありません。それが自殺してしまう人の数なんです。
いつも宿題を抱えている気がしているもので、インタビューというより加瀬澤監督とお話してしまいました。何かの種が蒔けたのか、小さな芽を見つけられたのか、わかるのはこれからです。

(取材・写真 白石映子)

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