来日時の監督写真 ©mitsuhiro YOSHIDA/color field
インド、大都市ムンバイを舞台に、建設会社の御曹司と住み込み家政婦とのほのかな恋を描いた物語。
インドではあり得ないと思われているカーストや階級の壁を越えての人間関係を、しっとりと味わい深い物語に仕上げたロヘナ・ゲラ。長編劇映画は本作が初監督。
6月初旬に来日された時に、取材の時間をいただけなくて残念に思っていたら、スカイプでのインタビューの時間を設定しましたとの連絡をいただきました。
実はスカイプは初めて。パリにいるロヘナ・ゲラ監督の顔がパソコンの画面いっぱいに。まさしく顔と顔を突き合わせてのインタビューとなりました。
『あなたの名前を呼べたなら』 原題:Sir
監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロートマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ギーターンジャリ・クルカルニー
C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
インドの大都市ムンバイ。ラトナは結婚して4か月後の19歳で未亡人となり、口減らしの為、農村を出て住み込みの家政婦として働いている。仕えるのは建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭のはずだったが、婚約者が浮気し結婚式直前に破談。傷心の旦那様アシュヴィンに気遣いながら世話をする日々。広いマンションだが、それほど家事に時間もかからないので、午後のひと時、仕立ての勉強をしたいとアシュヴィンにお願いする。アシュヴィンはラトナの夢がデザイナーになることだと知り応援する・・・
シネジャ作品紹介
2018年/インド,フランス/インド、フランス/ヒンディー語、英語、マラーティー語/99分
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://anatanonamae-movie.com
★2019年8月2日(金) Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開
ロヘナ・ゲラ Rohena Gera
(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
1973年、プネー生まれ。カリフォルニアのスタンフォード大学(学士号)とニューヨークのサラ・ローレンス大学(美術学修士号)で学ぶ。1996年、パラマウント・ピクチャーズ文学部門でキャリアをスタート。以降、助監督、脚本家、インディペンデント映画の製作/監督などを経験。また、ヒンディー系映画監督への脚本提供や、大人気テレビシリーズでは40以上のエピソードを担当した。ブレイクスルー(ニューヨークに本部がある国際非営利団体)の広報責任者を務めたほか、国連財団からインドでの自然保護キャンペーンの顧問に招待されるなど活躍は多岐にわたる。インドで育ったものの、カリフォルニア、ニューヨーク、パリなどで生活した経験もあるため、ムンバイに対してはインサイダーであると同時に、アウトサイダーでもある。 (公式サイトより)
◎ロヘナ・ゲラ監督インタビュー
― 厳しい階級社会であるインドを舞台に、女性の自立や、身分を越えての人間関係を描いていて、この半年で観た中で、今年一番感銘を受けた映画です。
監督:ありがとうございます。
◆旦那様役ヴィヴェーク・ゴーンバルの魅力
(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
― なにより、知的で物静かなアシュヴィンに心を惹かれました。演じたヴィヴェーク・ゴーンバルさんは、プロデューサーとしても活躍されていますが、昨年、アジアフォーカス福岡映画祭で上映された 『腕輪を売る男( Balekempa )』のイーレー・ガウダ監督が、最初のプロデューサーに逃げられて困っていたところ、ヴィヴェークさんが金儲けより、アーティスト的感覚で映画に協力してくださって映画を完成することができたとおっしゃっていました。
この映画の製作面で、ヴィヴェークさんにアドバイスを受けられたことはありますか?
監督:いいえ。今回は完全に役者として参加してくれました。プロデューサーとしても有能な方ですが、演じることにとても情熱を持っている人です。なにより今回は主役ですので、演じることに集中してくれました。
― 『あなたの名前を呼べたなら』は、身分違いの恋を描いていて、インドでは受け入れられないテーマだと思います。『腕輪を売る男』も同性愛や婚外交渉などタブーを扱っていました。ヴィヴェークさんご自身、タブーに挑戦される方ですね。
監督:まさにそうですね。映画への情熱が素晴らしい方ですね。インドで高いクオリティのものを作るのは簡単ではないのですが、彼はそれに対して闘える方です。
◆国外にいるインドの方たちに励まされた
― 身分違いの恋は、インドではなかなか受け入れられないものと思います。
本作は、インドの方たちにどのように受け止められたのでしょうか?
インド国内で公開はされたのでしょうか?
監督:インドでは映画祭での上映がやっと決まりました。公開はその後に期待しています。海外での映画祭では、インドの方も観にいらしてくださって、皆さんからとてもエモーショナルで力強い反応をいただきました。
毎日インドで暮らしていれば不公平を感じています。国外に住んでいるインドの方たちも、国に帰ればそれぞれの家族の階級のルールの中で暮らさなければいけないのをわかっているので、映画がとてもリアルで誠実に描かれていることに心を動かされて、パワフルな反応をしてくださいました。
アムステルダムの映画祭のQ&Aの時に、「インドでの反応は?」と聞かれて、私が「まだ公開されてないけど、インドの方がどう受け止めてくれるか心配しています」と発言したら、インド大使が立ち上がって「ナーバスになる必要はないですよ。皆が観るべき大切な作品ですから」と絶賛してくださいました。そういう応援の声をいただくのがほんとに心強いです。
― インドでの公開、とても楽しみですね。
監督:ほんとに楽しみです。そういえば、ドイツの映画祭でも、1回目の上映で観たインドの女性が、2回目の上映の時に私を探してくださって「とても感動しました」とプレゼントとカードをくださいました。国外の方たちの反応はとてもいいのですが、インド国内での反応に関しては、やっぱりナーバスになってしまいます。
◆浮気より結婚式キャンセルの方がスキャンダル
― 浮気した婚約者の女性は、その後、どうインド社会で生きていくのかも気になりました。
監督:ムンバイのような大都会では、長期的に見て、浮気した彼女の人生には影響ないと思います。しばらくはスキャンダルが噂されても、大都会なので、そのうち忘れてくれます。浮気したことよりも、結婚式をキャンセルしたことの方がスキャンダルです。招待客もいたし、家族に恥ずかしい思いをさせましたから。
◆ご主人が未経験のプロデューサーを引き受け支えてくれた
― ご主人のBrice Poissonさんとは、どんな出会いだったのでしょうか?
本作では、どのようにサポートしてくださいましたか?
監督:2004年にフランスで出会いました。ちょうどフランスで暮らすのが気にいっていた頃です。その後、私がインドに戻らないといけなくなった時に、結婚して一緒に戻ってくれました。
私は脚本家として仕事をしてきて、この映画は初監督作品でした。すごく苦労しているのをそばで観ていて、気持ちが落ち込みそうな時に、伴侶として信じてくれていたのが、一番の支えになりました。企画の助成金が駄目になった時には、資金集めもしてくれました。
インドでプロデューサー経験のある人がまわりにいなくて、経験のある方がこうすればと言ってくれても、「それは君のやりたい方向じゃない、僕がプロデューサーをやる」と言い出しました。「経験もないのに?」と言ったら、「大丈夫できる」と。作りたいものと違う方向に背中を押しているのをみたら、合点がいかないから自分がやらなくちゃと。映画を作る上での契約書や予算など事務的な仕事など面倒なことを全部引き受けてくれて、映画作りに集中できる環境にしてくれました。何か問題が起こった時にも、なるべく監督のところに届かないうちに解決するようにしてくれていました。撮影中含めて、私のことを守ってくれました。彼がいたからこそ、この映画は出来ました。自分の望んだ作品になりました。
彼は映画製作の経験はないけれど、アニメのスタジオを経営していてエンタメ業界のことは知ってました。長編映画の経験がないから、私としてはなかなかOKが出せなかっただけです。
◆面接で菜食主義を隠す理由
(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
― あっという間に時間が来てしまいました。まだいくつかお聞きしたいことがあったのですが、一つだけ伺います。
ラトナが、菜食主義を隠して家政婦の仕事に就いたと語っていました。
なぜ隠す必要があったのでしょうか?
監督:仕事を見つけたかったから、あえて菜食主義だといわなかったのです。雇用主によっては、菜食主義者なら肉をさわりたくないかもしれないと雇わない場合もありますので。
― とてもインド的ですね。この作品をきっかけにインド社会が抱える問題について皆が考えてくださるといいですね。
監督:ほんとに、そう願っています。
― 今日はありがとうございました。
★★☆★★☆★★
ラトナが「未亡人になったら人生終わり」とアシュヴィンに語る場面があります。
プレス資料によれば、監督の知る限り、未亡人で再婚した女性はまわりにいないとのこと。
ラトナが、村に帰るときに腕輪をはずし、ムンバイに戻る時には、また腕輪をする場面が印象的でした。村では、未亡人らしく振舞うことが必要で、腕輪などの装飾品は付けていてはいけないのだそうです。また、未亡人は縁起が悪いので、たとえ妹の結婚式でも花嫁に会えないという因習にも驚かされました。
未亡人になったら、人生終わりという風潮は、まだまだインドで根強いのかも監督にお伺いしたいことでした。
(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
また、監督はウォン・カーウァイ監督の『花様年華』のムードがお好きとのこと。
狭い廊下での、触れそうだけど、そっと身を引くところなど、しっとりとした味わい深い場面は、まさに『花様年華』を彷彿させてくれました。
今後、どんな作品を放ってくださるのかも楽しみです。
取材:景山咲子
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