1990年代に公開されたチェン・ユーシュン(陳玉勲)監督の『熱帯魚』と『ラブ ゴーゴー』、が、デジタルリストア版となり同時に公開される。1997年に本作『ラブ ゴーゴー』公開後、チェン・ユーシュン監督は長い間作品を発表しなかったが、『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』は、台湾映画界に強い影響を与え、その後、台湾の青春映画に傑作が続出
幸せな気持ちにさせてくれるこの映画の魅力を再び味わいに映画館にでかけてみませんか。
作品紹介
台北にあるパン屋が舞台。冴えないアラサ―男子のケーキ職人アシェン。アシェンのアパートに同居する食欲旺盛なおデブちゃんのリリーと、ギターばかり弾いているミューシャン志望の男。アシェンの初恋の君リーホア、セールスには全然向かない内気な痴漢撃退グッズセールスマンのアソン。
アシェンの店にリーホアが訪れたことで初恋の思い出が蘇る。リリーは拾ったポケベルがきっかけで持ち主と電話のやりとりをするうち声に惹かれる。アソンは訪れた美容院の店主リーホアに一目ぼれ。ふとしたタイミングで訪れる「恋の予感」を独特の感覚で描いた本作。どこにでもいそうな、でもどこかずれている愛すべきヘンな若者たちのキュートな物語。原色を大胆に配した土派手な色彩設計。ベタな懐メロからロックまでちりばめられた選曲の妙。チェン・ユーシュンの作品は可愛くてユニーク。
シネマジャーナルHP 作品紹介
公式HP https://nettai-gogo.com/
原題:愛情来了 Love Go Go
1997年製作/113分/台湾
配給:オリオフィルムズ、竹書房
(c) Central Pictures Corporation
日本初公開:1998年12月12日
『ラブ ゴーゴー』 デジタルリストア版
監督・脚本:チェン・ユーシュン(陳玉勲)
プロデューサー:シュー・リーコン(徐立功)
撮影:リャオ・ベンロン(廖本榕)
出演:タン・ナ(坣娜)シー・イーナン(施易男)リャオ・ホイヂェン(廖慧珍)チェン・ジンシン(陳進興) マー・ニェンシェン(馬念先)
陳玉勲監督インタビュー
シネマジャーナル45号(1998)に掲載されたものをリニューアルして転載します。
名古屋取材 高野史枝
陳玉勲〈チェン・ユィシュン)監督の第一作『熱帯魚』を観た時、”これが台湾人監督の作品?”と驚いた。台湾映画といえば、侯孝賢、楊徳昌、呉念真、豪明亮など、作風は違うけれど、歴史をしっかり受けとめ、真面目に現代を考えるという、どちらかというと社会的テーマを重たく表現する監督が多いという印象があった。もちろんそれが好きで、ずっと台湾映画を観てきたのだのだけれど、『熱帯魚』には確実に世代の変化を告げる新しさがあった。生まれたときから、豊かな生活があり、音楽やTVや漫画を楽しみ素直で屈折せず、心優しいという、今までとはまったく肌合いの違う世代の登場。台湾映画も変わっていくんだろうなあと実感させた。その陳監督の第2作『ラブ・ゴーゴー/愛情来了』は、一作目でみせた、都市、等身大、優しさ、ユーモアなどの要素をいっそう強め、観客のだれもが好きにならずにいられない登場人物を見事に造形した作品だ。プロモーションのため来日した陳玉勲監督にインタビューしたレポートを。
ー 登場人物への視点が優しく、観た後いい気分になれた作品でした。監督が映画を作る上でのポリシーは?
陳玉勲監督 都市に暮らしている人々には、生活上のプレッシャーが一杯あります。その中で人々が夢と愛を求める気持ちを描きたいと思っています。それに、私は子供の頃から楽しいことが大好きなので、これからも観客に楽しんでもらえる楽しい映画を撮っていきたい。
ー 主要な人物ふたりに役者でない人を使った理由は?
監督 ひとつは台湾ではプロの俳優が少ない事。もうひとつは私の作品に出てくる人はみんな普通の人ばかりなので、スターよりも普通の顔をしている人、つまり、観客からみて、これはまるで自分の同級生、隣の人みたいと思ってくれるような人を使いたかった。
ー リーホア(埜郷/タン・ナ)が足を引きずっていた意味は?
監督 20年も会っていない同級生にはいろいろな事が起こっているはず、事故にあったかも。足を引きずることで歳月を表現した。
ー パン職人のアシェンがやたら髪を触るけど、あれはカツラ?
監督 はいカツラです。アシェンを損じた陳進興(チャン・ジンシン)は30代なのに髪が少なくて、50代くらいに老けてみえた。締麗な埜郷と並ぶと、あまりに年の差が出て同級生に見えないのでカツラをかぶり眼鏡もかけてもらった。映画中でカツラだよとわかるように、たびたび触ったんです。実は撮影中カツラを取ったシーンも撮ったけど、あまりにもキレイじゃなくて(笑)やめました。
ー アシェンやリリーのカッコ悪さは並みではないが、わざとそう撮ったんですか?また、アシェンは本当にあれほど歌が下手? 本人は心残りだったんでは?
監督 美しい恋は外見ではなく、人間の心から出てくるものだと私は思っています。ほとんど彼らを素のまま撮りました。アシェン役を選ぶ時、あまり歌が上手でない人がいいと思っていたけれど、実は陳進興は古い歌を歌わせるととてもうまかった。それでわざわざ新しい歌を選ぴ、あまり練習もさせないで、うまく歌えないうちに撮ってしまった(笑)。本人はとても真面目な人で、最初にこの歌をうたった時、とても緊張していた。その緊張こそ、この映画に必要なものだった。彼は歌では心残りがあったかもしれないが、だからこそ金馬奨助潰男優賞をもらえたのかも(笑)。
ー 構成がとても凝っていて、うまいなあと思いました。主人公が変わってゆきますが、どうしてこういう構成にしたのですか?
監督 いくら平凡な人間でも、その本人にとって大切な一生なのだから、その人の感情やパーソナリティを最大限大切にして撮りたかった。最初に登場する時は大した役ではなくても、後半どこかで主役になるなど、どんな普通の人でも重要な一面があるのだというのがこの構成にした理由です。
ー この映画の台湾での入り、また反響のあった年代は?
監督 一番受けたのは仕事を持っている若い人と学生。最近、台湾では映画を観る人が減っています。入るのはハリウッド映画ばかり。その中でこの映画はよく入った方だと思う。
ー 監督はテレビドラマもたくさん作っていますが、テレビと映画をどう区別しているんですか?
監督 テレビドラマを作るのは大好きです。しかし、映画を撮り客を呼ぶためにはテレビでは表現できないもの、深い社会問題、芸術性の高いものを目指したい。
ー 片思いの微妙な表現や、もどかしい気持ちがよく出ていましたが、これは監督自身の体験ですか?(笑)
監督 私の小学生時代は男ばかりのクラス。よそのクラスの女の子をひそかに思ったりした。大人になってから「彼女たちはどうなっているのかな」、もし、今会ったらどんな挨拶をするのかななどと想像して、それを脚本にしました。私自身、感情をストレートにあらわすのは苦手だけど、台湾にそういう人は多い。このパン職人アシエンは久しぶりに同級生に会い、その人が締麗になっていたことでコンプレックスを感じ、気後れして自分の気持ちがストレートに出せない。それを表現したかった。
ー 台湾ニューウェーブの先輩監督、侯孝賢や呉念真は台湾の歴史を熱心に描きました。彼らにどんな影響を受けましたか?
監督 実は私は、ニューウェーブの監督の作品には強く影響されています。子供の頃はアメリカ映画ばかり観ていたけれど、大学生になってから侯孝賢や楊徳昌の映画を観て、台湾にもすばらしい監督がいたんだと思って台湾映画が好きになった。彼らの年代は歴史が作品に直接反映していて、文学性がとても高いと思う。しかし、私は現代に生きているので、現代の人々の生活を描いた作品を撮りたいと思っています。
ー 出演者にタン・ナや施易男(シー・イーナン)など、音楽畑の人が多いが、これは監督が音楽好きだから?
監督 私は音楽が何より好き。音楽が一番で、映画はその次(笑)。
脚本を書く時も音楽をかけっ放なしで、その中からいろいろなアイデアを得ている。これからもし映画が作れなくなれば、音楽の方へ行くかも(笑)。
ー 台湾映画の現状とこれからどうなってゆくのかという見通しを
監督 ハリウッドのCGを使った映画に観客が集まりやすいというのはどこの国も一緒。台湾映画の問題点のひとつは、長い目で見るプロデューサーがいないこと。監督はストーリーの事ばかり考えていて、資金を集める力はありません。それを充分カバーしなくては。もうひとつはケーブルテレビの影響。今、台湾では100以上のケーブルテレビがあり、人々は家の中でテレビばかり観ている。ハリウッドの映画でさえその影響を受けていて、映画館で映画を観る観客が激減しているのが現状です。また映画を作った後、ビデオ会社に権利を売ることになるのだけれど、彼らはかなりの力を持っていて、2週間でビデオ化してほしいなどと言ってくる。1カ月位でテレビ放映されてしまうこともあります。
ー 台北という街に対する監督のイメージは?
監督 私自身、台北で生まれ育ち、友達もみんな台北にいます。まわりの人を見ていて、この人たちのことを映画に撮りたいとよく思っていました。愛情もあれば恨みもあるけれど(笑)。
ー 監督は優しくて穏やかなイメージですが撮影中もそうですか?
監督 撮影中はいろいろな事がおこり、監督は一生懸命映画を作ろうとしているのだから、いくら怒りたくなるような時でも、その気持ちを押さえて、押さえて、いつも押さえて(笑)。
ー 次回作の内容は?
監督 徴兵に行く青年が主人公になっています。台湾は19歳になれば軍隊に入らなくてはなりません。しかし、今の若者は誰も本当は行きたがらない。自分も家族にも葛藤がある。人生の中で自分ではコントロールできない時代を描くつもり。今度の映画でも、いろいろな音楽を使ってみようと思っています。
《インタビューを終えて》
陳監督は柔和な表情で終始ていねいな受け答え。インタビューの後の雑談で、「日本のアニメが大好き。特にドラエモン」の言葉には納得。また「名古屋は歴史のある都市なので、ぜひ来たかった。
「三英傑の出身地でしょ?」と言われてびっくり。そんな事を知っている外人って、めったにいない。本当に歴史には詳しそう。育ったのは本省人の家庭。福建語と北京語の両方を話していたということだった。
ひと時代前の監督像は、自己主張が強くて強引でちょっとイヤな奴。でも思わず魅きつけられる強烈なオーラを放つ人、というものではなかったろうか。陳監督はまさにその対極にある人で、平凡な容姿に柔和な物腰、撮影中もみんなが楽しめるようにと気を使うなど、監督観そのものが従来の人と違う様だった。今後も優しい手つきでピックリするような作品を作ってくれるよう期待したい。
東京取材 宮崎暁美
『熱帯魚』を観て、いっぺんにファンになってしまった人も多い陳玉勲監督の2作目の作品、『ラブ ゴーゴー』。台北の小さなパン屋を舞台にいろいろな登場人物が交差し、それぞれの愛情探求物語が展開する。どこかその辺にいそうな不細工な人聞が監督の腕にかかると、ユニークでユーモアたっぷりの人物に変身する。不器用に生きている人たちへの応援歌的作品。名古屋で高野さんが陳玉勲監督にインタビューするということを知らず、実は東京でもインタビューをしました。
監督は1,2作目共に成長の物語としてとらえていた。成長の過程というのは間違いや失敗があって、苦しいとともあるけど、その成長の過程に含まれている素晴らしい物語を取り上げていきたい。3作目も成長の物語にしたいとのこと。
現代の台北を描いているのにも関わらず、ナツメロや演歌がマッチしていて、陳玉勲の映画には演歌が似合うと思ったけど、ナツメロが大好きだそうで、ナツメロを聞くと昔の事を思い出したり、暖かい気持ちになるので観客の人にもその気持ちを思い出してもらいたくて使ったと言っていた。でもロックも好きでロックとともに育った世代らしい。この作品では台湾の矢沢永吉こと伍栢(ウーバイ)が音楽を担当している。
撮影している問、冗談を言ったり、いつも笑顔を保っているように心がけ、スタッフや役者がどのようにしたら緊張せずに楽しく仕事ができるかを考え、可愛くて楽しい作品を作ってくれました。
『熱帯魚 デジタルリストア版』公開記念
日本初公開時 チェン・ユーシュン(陳玉勲)監督インタビュー
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/468743078.html
まとめ 宮崎 暁美
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