横浜シネマリン 9月21日(土)〜公開 21日(土)上映後 原村監督舞台挨拶
『お百姓さんになりたい』作品紹介 公式HPより
*自然の声に耳を傾けながら、いのちをつなぐ。
明石農園の春・夏・秋・冬。
2.8ヘクタールの畑で60種類もの野菜を育てている、埼玉県三芳町の明石農園。明石誠一さんは28歳の時に東京から移り住み、新規就農した。有機農法からスタートし、10年前からは農薬や除草剤、さらに肥料さえも使わない「自然栽培」に取り組んでいる。ここでは野菜同士が互いを育てる肥やしになり、雑草は3年を経て有機物に富んだ堆肥になる。収穫後は種を自家採種していのちをつなぐ。春夏秋冬、地道な農の営みは、お百姓さんになりたい人への実践的ガイドとなり、”自分の口に入るもの”に関心を持つ人に、心豊かに暮らすためのヒントを提示する。
*不揃いでもいい。失敗してもいい。みんな、ここにいていいんだ。
明石農園には、パティシエやカメラマンなど、さまざまな経歴を持つ人たちが研修生としてやってきて、農家として独立する人も出てきた。ノウフク(農業福祉連携)にも取り組み、障がいを持つ人たちも得意分野を生かし、それぞれのペースで働いている。「都会の子に土に触れてほしい」と、農業体験イベントも開催する。
20代でも60代でも、障がいがあってもなくても、虫も植物も、土の上ではみんな同じいのち。土がつなぐ「いのちの営み」に、なぜ引き寄せられるのか。競争社会から共生社会へとシフトする、新しい幸せの物差しが「農」にある。
(c)mio kakiuchi
シネマジャーナルHP 作品紹介
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/468975158.html
原村政樹監督 フィルモグラフィ
「海女のリャンさん」「いのち耕す人々」「里山っ子たち:三部作」「天に栄える村」「無音の叫び声」「いのちの岐路に立つ ~ 核を抱きしめたニッポン国」「武蔵野 ~ 江戸の循環農業が息づく」
参考資料
『お百姓さんになりたい』公式HP
シネマジャーナル 『無音の叫び声』原村政樹監督 記者会見
原村政樹監督インタビュー
取材 宮崎暁美
☆ 明石農場とそこで働く人々
ー『海女のリャンさん』(2004年)でインタビューさせていただいて以来、作品が作られるたびに関心をもち、紹介させていただいてきました。幅広い分野の作品を撮ってきていますが、最近は農業、農村をめぐる人々をテーマにしたものが多いですね。都会にいて農業に興味を持っている人、けっこういるなというイメージがあるんですが、明石農場に来ている研修生というのは、やはりそういう人が多いんですか?
原村監督 今、7,8人いますが、泊まり(宿泊)というわけではなく、通ってこられる範囲から来ている人たちです。農業の養成所のようになっています。
ー 明石さんは、それまで農業にかかわりのない仕事をしていたけど、28歳の時に農業を始めたとのことですが、農業研修所に行ったり、いろいろな形で農業を教わって自立してきたということも背景にありますか? 自分が試行錯誤して得たノウハウを伝えたいという思いもあるのでしょうね。
監督 明石さんは教育に興味があるんです。明石さん自身、自立して農業をやっていく基盤ができた。次は農業をやっていく人を育てたいと思って、自分と同じように農業をやりたい人を募って始め、人数が増えたということが、畑を増やすという方向にもつながった。研修生だけでなく、障害者も受け入れたり、企業の中でのファームセラピーのような農業体験もして、人を癒すというようなこともやっています。明石農場がある埼玉県三芳町あたりも農業をやる人たちが高齢化しているので、ゆくゆくはあの地域の農業を担っていく人も増やしたいという思いもあるでしょう。農業研修を終えて、すでに農家として自立している人も10人くらいはいるようです。研修生たちは給料制ではなく、明石農園で収穫した野菜をもらって帰るという生活ですが、ゆくゆくは法人化も考えているようです。
彼は事業家だし、いろいろなことをやりたい人だから、それがまわっていけるように、まかせられる人作りをしているんだと思います。何ヶ所もの畑、60種くらいの農作物を植え、出荷までのことをする。週2回出荷するためには、それをまわしていくための計画を立てたり、マネジメントも必要。統括者がいる。明石さんが、今までは農作業のほうにたいぶ関わっていたけど、次の段階としては法人化して、まかせられる人をスタッフとしてやっていきたいと考えて状態ですかね。
ー 農業後継者がなかなか現れないということもある中、明石さんのところでは農業をやりたい人を取り込んでいる。とても良い流れですよね。研修生たちもどこかで修行したいと思っているわけですから。
監督 基本的に、いきなり農家にはなれないわけですから、どこかで修行するということになる。研修生を受け入れる場所が必要ですよね。埼玉県は新規就農率高いんですよ。毎年300人くらいいるんです。全国的にも高いです。新規就農に対する支援も古くからやっていますし援助もあります
(c)mio kakiuchi
☆ 百姓とは
ー 「お百姓さんになりたい」というタイトルも、農業をめざす人たちの思いをタイトルにしたのですか?
監督 このタイトルはけっこう早く決まりました。撮影を始めた時は「自然農法」とか「自然栽培」というような仮題で始めたのですが、2,3ヶ月くらいした時、この映画は「お百姓さんになりたい」だなと頭に浮かびました。なぜかというとあそこで働いている研修生たちの姿を見て思いました。でも明石農園はそういう要素だけでなく、イベントをやったり、福祉というか、障害者と向き合ってやっているということもあるから、必ずしも、この「お百姓さんになりたい」というタイトルが、この映画の全てはあらわしてはいません。
でも明石さんがやっていることは、単に作物を育てる農家というだけでなく、ここでは明石さんという哲学を持った経営者がいるわけです。彼がやっている、あるいはやろうとしていることを描くとすれと「お百姓さんになりたい」だけじゃ収まらない。
「百姓」というのは、百の姓(かばね)と書くわけですから、真壁仁(山形県出身の詩人、哲学者)に言わせると、百の仕事ができるというわけです。なんでもできる。家も建てられる。水道工事もできる。庭鳥小屋も作れる。そういうことができるのがお百姓さんなんですよ。そういうことで言えば、明石さんがやっていることも。何も作物だけを作るのがお百姓さんではない。そしてなにも農業やりたい人だけのために作ったのではない。
ー 農業を通じた仲間だったり、いろいろな人と知り合ったり、イベントがあったりという中で生きているということですね。
監督 明石さんが全てではないけれど、そういう最大公約数の中で、明石農園を描くとすると、あれだけバラエティに富んだものにならざるを得ない。
☆ 都市農業と個人農家 大規模農業と小規模農業
ー 農業関係の映画は他にもいっぱいありますが、やっぱりその人の生き様だったり、地域との関係だったり、村おこしだったり、原村監督の映画の中でも描かれてきましたが、今まで埼玉県を舞台にしたものは観ていない気がします。
監督 埼玉というか、武蔵野の個人農家というか、都市農業が、国連や世界から注目されています。2050年には食料危機が来ると言われている中で、大規模農業では立ち行かなくなる。武蔵野みたいな農法というのが注目されているわけですよ。そういうのが東京の近くであったの! 奇跡じゃないかと思うけど、日本では誰も注目していない。映像メディアもそうだし、大手新聞なども興味を示さない。農業専門誌や農業ジャーナリストなど農業に興味がある一部の人たちだけが注目している。
ー 今まで福島とか山形などで農業に関わる映画を撮っていたけど、このところ2本くらい地元の埼玉県で撮っていますね。
監督 私も今まで、山形とか福島とか、遠くに目を向けていたけど、あれ! 自分の住んでいる身近に、こんなすごい農家、農法があったと思ったんです。これまで都市農業とか、郊外農業は注目されてこなかったけど、今、注目されているのです。今まで遠くばかり見ていたけど、近くにこんな農業があったって気がついた。都市が近いから将来性もある。
明石農場でやりたかったのは3つテーマがあった。ひとつは肥料をやらないで作物をどうやって育てるかに興味があった。化学肥料をやり続けると土地が疲弊して、やがて土がカチカチになってしまって使えなくなる。明石さんの所は肥料を使わない自然農法。
この10年くらいだと思いますが、土壌、微生物学の世界で、根の回り、根茎の世界が注目されていて、実は根が豊かにはる様な土の良さ、化学肥料でダメージを受けていないところは、無数の多彩な微生物が根の回りに集まるんです。それが植物とコミュニケーションをとって、植物からの栄養をもらうけど、植物のほうにも栄養を出してあげているわけです。微生物がいるということが、植物の生長に大きな役目をしているわけです。
森とか林は肥料をやらないのに木は育っている。それと同じような生態系を畑に利用できないかということ。自然栽培は植物が育ちやすい環境を作っている。いかに土作りをするかっていうことなんです。雑草でも緑肥でも、土の中に戻すことで肥料になってゆくわけで、肥料をやらないというわけではない。でも肥料とは何かということになると、落葉堆肥が肥料かというとそうではなくて、土の物流性をよくしているだけだから、そんなには栄養分があるわけではない。
そういう意味では堆肥は肥料かというとちょっと違う。生態系の中で微生物が植物を育て植物も枯れてゆく。植物を食べた動物も死んでゆく。そして土に帰ってゆく。それが腐植土になり、ミミズなどの餌になるし、微生物に寄ってくる。だから循環して植物(作物)が育ってゆく。明石さんのところの農業は、自然のサイクルを利用した農業とも言える。
外から得た堆肥(動物の排泄物とわら、もみがらなどを混ぜたもの)が安全かどうかは自分ではわからない。ひょっとしたら、抗生物まみれ、ホルモン剤まみれのとうもろこしを食べているかもしれないので、畜産農家が出した堆肥の安全性はわからないから、安全と言われても信用できない。
『武蔵野』に出てきた農家のように、地域の落ち葉を利用するという農業なら別だけど。明石さんのところも外からの堆肥を使わず、自分の畑から出た植物(雑草や作物の不使用分)などを使っている。無肥料ではなく、循環を利用しているということを言いたかった。
☆ 自然の摂理を生かした農業の実現
ー まさに、こんな風にやっているのだと目からウロコで知らないことがいっぱいありました。
監督 種を蒔いたり苗を植えてから、作物ができるまでにどういうことがあるのかということを描きたかった。まさに子育てと同じだということ。本当は、今回の映画の中では紹介できないくらいトラブルもあったんです。我々が食べているものを手塩にかけて育てているのだということを言いたかった。
どんなにベテランの農家でも、優秀な農家でも、毎年失敗したり、いろいろなことが起きるわけです。明石さんの場合は自立しているといっても、まだ農家としては未熟です。たからそういういろいろな出来事が見えるのではないかというのも、ここを撮ろうと思った理由のひとつです。明石さんは、作物を育てる時に、実験をしているといっていた。条件を変えて、どういうやり方がいいか実験をしながら、自分でどういう方法がいいか検討して、編み出しているといっていて、それいいなと思ったんです。
農家の人はただ種を蒔いて作物を育てているだけではないのです。自然というのは複雑だから、人間の思い通りにはならない。どうやって自然と向かい合いながらやっていくかですよね。もうひとつは、彼は世の中のみんなが生き生きとできる社会を作りたいと言っていたこと。それが一番僕の心に響きました。
彼のところは自然栽培だし、固定種の種を使っているから、F1のように品質良いもの、同じ大きさや形のものが大量にできてはこなくて、ばらつきのある作物ができてくるわけです。ばらつきがあっていいんだ。それでもみんな同じだという考え方ですね。その価値観って、すごく大切で、そこもひとつのテーマでもありました。
我々が生きてゆく中で、直結した考え方だと思うのです。今、人間は持っている技術でコントロールしてやっているわけですよ。近代農業では化学肥料をどんどんまいて、たくさん作って、品質も良くして、だけどそのかわり農薬を使っているわけですよ。でも、それで土が疲弊していって困っているというのが、世界の状況になっているわけですよ。人間が自然でもなんでも支配できるという考え方、それはもうだめだということを言いたいわけです。むしろ自然界というのがものすごく複雑で、いろいろなものが有機的につながっていて、人間の知恵だけでは制御できない。自然を主役にして、それに寄り添いながら、やってゆく。自然の摂理に謙虚になって生きていかないといけないんじゃないか。ゲノム編集(遺伝子を改変する技術)による作物が増えているが、人間が自然の摂理に逆らっていくのは間違いじゃないか。自然がどういう風に動植物を生かしてくれているのか、そこに立ちかえらないといけないとい風に僕は思っている。
つまり土なんですよ。土が持っている豊かな世界を壊さないように大切にしながら、やっていく農業が大切。人類は崖っぷちにいるという時代なんです。明石さんがやっているのは、世界が農業の原点に立ちかえらなくてはことのひとつの事例だと思う。
☆農薬と化学肥料 固定種とF1
ー 野菜の形が整っている、揃っているのがいいという考え方がほとんどで、不揃いでいいんだという考え方というのは、やはり浸透しないですかね。
監督 それは教育や食育の問題。そういうのがないし自然と切り離されても生きていけるから、そういう感覚が抜けている。形がいいとか揃っているということより安全性が大事という考え方が必要。そういうことに敏感な人や学者は、スーパーで売られている野菜について危ないという人もいるけど、そんなに過敏にならなくてもいいような気がする。
ー 実際問題、あれもこれも危険と言っていたら、食べられるものがなくなっちゃって生活していけないですよね。
監督 とは言いつつ、自閉症とか発達障害とか、農薬の影響もあるのではないかといわれてもいます。日本は農薬の許容量を増やしていることは確かです。規制をあまくしている。世界が規制を強めているのに、日本は逆。日本は世界一の農薬使用国ですよ。中国の人が日本の野菜は安全なんて言っているけど、日本の野菜は安全じゃないという人もいる。世界の農薬の使用量を調べたらそういうことがわかる。農薬による弊害は広がっているんじゃないかな。脳の機能を狂わせてしまうのではないかと、欧米では規制したのに、日本では増やしている。これがわからない。モンサントのランドアップという除草剤も発癌性が疑われて、世界的にどんどん規制されてきているのに、日本は400倍の基準緩和。これはありえないでしょう。おかしいよね。
アメリカでも日本でも農薬業界と政界との癒着が取りざたされているけど、この規制と機を逸するように「種子法」が廃止された。あれは都道府県が守ってきた主要作物(小麦、大豆など)の治験を海外にゆだねるという形になる。この二つが同時におきたことで、後はどうみても全ての植物を枯らすランドアップレディという小麦とか大豆とか米の遺伝子組み換えの種があるわけですよ。それを売り込もうという戦略が影に隠れているとしか思えない。日本やアメリカの企業家たちの思惑が見え隠れしている。規制緩和してよくなるというけど、彼らは金儲けしたいだけ。とんでもないよね。どこまでグローバル化で日本の財産を大企業に売り渡したいのかなと思う。
ー 明石さんの所は自分の所で種を採取しているけど、一般の農家は買ったF1の種で植えているんですよね。
監督 今はほとんどそうです。なかなか自家採取しているところは少ないんじゃない。なぜかというと、固定種は量も少ないしばらつきがある。世話も大変。F1というのは品質も良く味も良いし、そろったものが大量にできるわけです。そりゃあ農家にとってみればメリットがある。その代わり化学肥料を使わなければいけない。化学肥料を使うと栄養過多になるから病害虫もつきやすい。だから農薬も使うことになる。農薬と化学肥料がセットになっているのがF1。だから僕はF1までは否定できないし、それをやっちゃいけないとは言えないけど、じゃあ元をただせば日本で売っているF1は、どこで生産されているかというとインドとかです。元をただせばモンサントなど大企業。結局、そういうこと。ある意味、日本の農業は多国籍企業に牛耳られていえるでしょう。
*固定種は親から子、子から孫へと代々同じ形質が受け継がれている種で、味や形などの形質 が 固定されたものが育つ。昔から続く在来種や伝来種は固定種。F1(Filial 1 hybrid)は、直訳すると「1世代交配」。一代雑種やハイブリッド種とも呼ばれる。異なる種を交配させると、次に生まれた種は一定の形質を持つ。異なる特性の種を掛け合わすことができ、生産量アップや食味の改善が進めやすいので多くの農家が利用している。
☆ 永続可能な土作り
ー 農薬使用についてはどうでしょう。
監督 明石さんの所は農薬を使っていないけど、まわりの農家は使っています。自分はやらないけど、他の人が使うことに関して批判はしない。自分は正しくて、農薬を使っている人たちは正しくないという形はとっていない。自分の主張を押し付けてはいない。農薬は使わないにこしたことはないけど、使わなければ成り立たない農家もあるわけで、自分のところでやれる方法で農家を成り立たせていくことが大事。農業は、家族農業と工業的農業(大量生産)に分けられるかもしれないけど、あまり畑に手間をかけずにやりたい人もいる。自然農法(栽培)は手間がかかるので、折り合いをつけて農業を続けている。でも地球の未来のために自然農法は大事。
農薬、化学肥料などを使っていくと、土壌は疲弊していき、最後は植物が育たないような土になってしまう。そうならないように研究している人はいます。そういう人たちが作った土は、土に入ったら足がずぶずぶっと中に入っていって驚きました。「どうやってこういう土を作ったのですか?」と聞いたら、20年も30年も、何もやらなかった土だというのです。だから自然栽培ってすごいなと思いました。今まで農薬の被害とか、安全、安心という視点で土作りを見てきたけど、土作りというのが人類が生存するためのベースなんだと思った。
文明はいつも土を疲弊させてきた。土をだめにすることで滅びてきた。団粒構造ってあるでしょう。一番良い土は排水がよくできて保水ができる。この二つの矛盾することが同時にできる土がいい。そのために落ち葉堆肥とか有機物が大切。そういうものがたまって土をつくりあげてゆく。非常に巧妙にできた自然の摂理なんですよ。
現代農業っていうのは、そのことに目をつむるわけではないけど、それを無視しているというか、そういうことを考えずに植物にとって必要な窒素などの栄養素を化学的に作ったものを野菜にあげているわけですよ。化学肥料ばかりあげていると土が硬くなっていくわけです。やってもいいんだけど、やるんだったら同時に有機物というか堆肥なんかも施さないと。だから野菜農家は一般的に堆肥も入れていますよ。化学肥料だけやっているようなところは工業農業です。数年で土がだめになるということはないから、今の儲けだけでなく将来的なことも考えていかないといけないんです。今さえよければいいという考えではなく、永続的にするにはどうしたらいいかということを考えてやらなくてはということなんです。
ー 明石さんのところは有機栽培から自然栽培に切り替えていったわけですが、この自然栽培方針は、そういうことを考えた上でのことなんですね。
監督 世界がどうのとか、地球がどうのとか、そこまで考えているかはわかりませんが、食の安全を考えて自然栽培がいいんじゃないかというのはあるでしょう。永続的な農業は地球存続のためのテーマなんだろうということを最近ひしひしと感じています。今まではそこまで考えてなかったけどわかってきました。日本は現代農業が否定してきた、家族農業というか小規模農家、それを会社組織にしたり、大きなものにしていこうとしているけど、世界は現代農業というか大規模農業など農業の近代化などは、行き過ぎて危ないところまできてしまったから、もう一回もどろうよというのが、世界の良識ある人々の考え方。
トランプ大統領は「CO2削減なんて必要ない」なんて言っているけど、そういう連中もいるわけです。地球なんてどうなってもいい。アメリカがよければいいというわけです。悲しいかな、そういう人たちが力を持っている。
明石さんという農家は、小さなコミュニティですが、でも彼らが持っている価値は非常に大きなテーマです。そういうことを伝えていきたいし、これからも関わっていきたいと思っています。
地球規模とか世界規模とか考えなければいけないなと考え出したのは、ほんとに最近です。いろいろな人と出会いがあったり、情報を得たりしているうちに認識してきました。土作りの大切さは、これまでも思ってきたけど、身の回りとか狭い世界でしか考えていなかった。この映画を撮っているうちに、それが単に身の回りのことではなく、地球規模とか世界規模に影響しているということに気づかされた。
ー 私たちも家庭菜園で堆肥をやったりしてきたけど、知らないままやってきたけど、それが理にかなったことなんだと、この映画で気づかされました。
監督 ベランダでトマトとか作っている人をベランノウとか言うんですが、みんなそういうのをやればいいと思うよ。そういうことが広まっていくのはいいことですよ。子供の頃授業で、生命の循環とか学んできたけど、それ自体は単純なことだけど、ひとつひとつは複雑に絡み合って生命は生き続けてきたんです。自然の摂理を取り入れながら、折り合いをつけながらやっていくことの大切さ、自然に敬意をはらいながらやっていくこと。この大切さを伝えていきたい。
取材を終えて
原村さんに初めてインタビューしたのは『海女のリャンさん』の時。それから15年近くたちますが、10作余りの作品を作ってきました。最近は、農業に関わる作品が多いけど、原村監督は映画で語る静かなるアクティビストというイメージでした。でも今回の監督インタビューは違いました。暑い中、都内まで出てきていただきましたが、1時間半にも渡って熱く語っていました。まとめるのに時間がかかってしまいましたが、いかがでしたか。これからも全国で上映されていきますので、ぜひ観に来てみてください。監督の熱い思いが感じられると思います。
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