『おろかもの』芳賀俊監督、笠松七海さん、村田唯さんインタビュー

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*プロフィール*
芳賀俊(はが・たかし)監督
1988 年生まれ、宮城県出身。日本大学芸術学部 映画学科 撮影コース卒業後『舞妓はレディ』(14)で撮影助手デビュー。以降、映画・CM 等で撮影助手として活動。近年の参加作品は『モリのいる場所』(18)、『少女』(16)等。撮影を務めた作品に田辺・弁慶映画祭で 4 冠受賞した『空(カラ)の味』(16)、『ボーダー』(11)がある。本作『おろかもの』が初監督作品。

笠松七海(かさまつ・ななみ)
主人公の友人を繊細に演じた『空(カラ)の味』(16)で注目を集める。 主演を務めた『かべづたいのこ』(15)での演技により、福岡インディペンデント映画祭2016俳優賞を受賞。同じく主演を務めた『はじめてのうみ』(17)はテアトル新宿等で劇場公開された。本作『おろかもの』で第13回田辺・弁慶映画祭俳優賞、 横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル 2019 俳優賞を受賞。 他の出演作に『サイモン&タダタカシ』(17)、『次は何に生まれましょうか』(19)、 主演を務めた『アルム』(20)等がある。

村田唯(むらた・ゆい) 1988年生まれ、北海道出身。日本大学芸術学部映画学科卒。俳優・監督として活動している。自らが初監督・脚本・主演を務めた映画『密かな吐息』(16)はゆうばり国際ファンタスティック映画祭や田辺・弁慶映画祭など数々の映画祭に入選、 後に劇場公開された。また、監督作『デゾレ』(17)では MOOSIC LAB 2017 にて三冠を受賞。監督・脚本・出演等を務めたフェイクドキュメンタリー 『よーびとおいしい台湾失恋旅。』(20)が LINE VISIONで配信される等、監督としての活動の幅を広げている。俳優としての出演作に『退屈な日々にさようならを』(16)、 『サヨナラ家族』(19)等がある。本作『おろかもの』で第 13回田辺・弁慶映画祭俳優賞、Seisho Cinema Fes 3rdコンペティション中長編部門ベストアクトレス賞を受賞。

監督:芳賀俊・鈴木祥
脚本:沼田真隆
撮影:芳賀俊
出演:笠松七海、村田唯、イワゴウサトシ、猫目はち、葉媚、広木健太、林田沙希絵、南久松真奈
作品紹介はこちら
©2019「おろかもの」制作チーム
★2020年11月20日(金)、12月4日(金)〜10日(木) テアトル新宿にて計8日間
12月18日(金)〜21日(月) シネ・リーブル梅田にて計4日間レイトショー公開

若手映画監督の登竜門、田辺・弁慶映画祭でグランプリを含む史上最多5冠受賞。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019では「観客賞」と、昨年の映画祭シーズンの台風の目となった『おろかもの』の公開が決まりました。上映劇場となるテアトル新宿で、芳賀俊監督と主演の笠松七海さん、村田唯さんにお話を伺いました。
*文中でストーリーに触れています。ネタバレさけたい方は鑑賞後にどうぞ。

―ご自分の役をご紹介ください
笠松 私 笠松七海が演じたのが主人公の高城洋子という高校生の女の子で、結婚間近のすごく仲良く大好きだったお兄ちゃんが、実は裏で自分の知らないところで浮気していて、そこにショックを受けてから始まる物語です。
村田 私は深津美沙という女性を演じたんですけど、ずっと浮気とか不倫とか、そういう恋愛をして生きてきた女性です。今回この映画で生きている時間はどんなことが起きるのか、彼女なりの挑戦や成長をしているときなのかな。

―ちょうど結婚しようかどうしようか迷う微妙な年頃でもありましたね。妹の洋子はまっすぐに考える女子高生ですが、美沙は浮気相手にも関わらず、つい味方したくなるような魅力のある女性でした。監督がお二人をキャスティングしたポイントは?

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監督 実はこの作品は脚本の段階で、誰が誰を演じるかあて書きしていました。なぜそうなったかというと、まず笠松七海が普段よく人を見ているんです。何かを見ているときの七海の顔だけで映画が絶対撮れると思っていました。
そして元々最高だと思っていた村田唯という女優がいて、彼女たち主演で映画を作れないか?と脚本家の沼田くんと1 年くらい話していました。沼田くんが「七海が何かを見た瞬間からこの物語を始める」と言って、何を見てるか考えてこういった物語が生まれました。

―じゃあ、「人ありき」だったんですね。前々からのお知り合いですか?
監督 村田さんとは大学の同期です。村田さんが監督した作品とか出ている作品とかをスタッフとして手伝ったりしていました。また、別の監督の作品で僕がカメラマンをやっている時に七海さんが出演していて、なんて素晴らしいんだろ、もっと撮りたいなって思っていたらあっという間にクランクアップしてしまったんです。
―それはいつのことですか?
監督 2015年くらいですね。
―それからずっと思い続けて?
監督 ずっと、そうですね(笑)。
―役者みょうりにつきますね。
笠松 そうですね。嬉しいです。でもその現場にいるときから、「絶対映画作ろうな」って言ってくださってて。芳賀さんはいつでもプラスのことを言って、ずっと褒めてくださるんですよ。だからそのときも「あ、はいはい」って感じで流してたんです。(笑)それが実現するとは。

―村田さんは監督もなさって、物語を作っていく立場もわかっていらっしゃるわけですが、この物語について女性としてどう思われましたか?私の周りではお兄ちゃんモテすぎで男に都合がいいとか、監督のモテたいという願望か、などという感想がでました(笑)。
村田 監督は今までに一緒に映画を作ってきている仲間というか、すごいいい関係でやってきました。この現場に立つまでに、脚本の第一稿が上がったところからずっと脚本を読んでいろんな話をしながら、私もいい意味で少しずつ変化しました。最初はやっぱり女性的な気持ちが強くて、見たものしか受け取れない時期はあったんですけど。実際演じているうちに、イワゴウさんが演じた健治もちゃんと一人の愛される魅力のある人間として描かれていたので、最終的には男性に都合がいいとかは思わなかったんです。
現場では美沙としてイワゴウさんに会っていたので、自分が観ていないバーでのシーンを試写で観た時に、彼に人間味を感じました。男として、お兄ちゃんとして、の辛さが表情で見えて、それぞれの人生や感情が描かれていると思いました。

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―では、七海さん、妹の立場としてはいかがですか? 自分だったら別の行動をとる、とか思いませんでしたか?
笠松 そういうのは全く思わなくて。脚本を読んで「そういうお兄ちゃんのいる子なんだな」だけだったので、そこからこういう風にすればいいのに、とかは特に思わず。
―設定をそのまんま受け入れていく、ということなんですね。
笠松 あまり違和感もなく。イワゴウさんが兄役というのを知っていたのもあって、イメージができたというか、物語に対して何の気持ちの滞りもなく、と言う感じです。

―監督としては、素直に受け取ってくれる俳優さんですごく演出しやすいですね。現場によっては異を唱える方もいたりしませんか?
監督 ああ、脚本になにか問題があるとか、登場人物の心理の流れに不自然なことがあるとそういうこともあります。この映画に関しては、脚本の段階でしっかりと描かれていたので、そういうことはありませんでした。僕は読んだとき、こんなに面白い脚本はないと思いました。

―面白かったですね。どのキャラも立っていて、これまでにない初めての設定でした。この設定が生まれるきっかけがあったんでしょうか?
監督 さっきの「願望か?」という話でいえば、その願望から遠く外れたところにあるんです。なんでかというと、この映画の構造上、イワゴウさん演じる健治というキャラクターは悪役なんですね。この映画は女性たちの視点・・・洋子の視点、美沙の視点で描かれています。悪役は登場人物たちに葛藤を与える存在です。いわゆる感情のうねりを作る存在。僕の親しい人の関係者にもそういう存在がいて、家庭内をひっかきまわされた経験があるんです。けっこう大変だったんですが、そういう人ってなんでか憎めないんですよ。映画では事故に遭いますが、その人は病気になって、でもすぐ治って(笑)。
この作品でも、健治が罰を受けていない。例えばあの結婚式で、美沙がぶちこわして終わりにさせるということもできたかもしれないんですけど、それをやったら美沙がもっと不幸になる。だからああいうエンディングになりました。
彼女たちの視点で描いているので、観客にとって健治は好感度の高い役ではないんです。だから僕は羨ましくない(笑)。
だからこそ、イワゴウさんにお願いしました。彼の笑顔は見ている人が憎めなくなっちゃうので。あの役をほんとに憎たらしい感じにしてしまうと、男性を悪として決めつけてしまうことになります。この世に悪人って…いますけど、完全悪っていないんじゃないか。簡単にジャッジしてしまうと、この映画は根底から崩壊するので、ああいう風にしました。

―サスペンスにもできる設定ですもんね。
監督 危ない綱渡りもしている作品です(笑)。沼田君と僕の近くに、似たような「人たらし」の存在がいたので、そういう人が周りにどのような影響を与えるかというところを描きたかった。そういう人って実際あんまり得ではないんです。実はすごくさびしかったりする。

―さびしいから拒まないで受け入れてしまうんですね。悪気がないので憎めない。小梅(シャオメイ)ちゃんというキャラが面白かったです。物語のスパイスになっていて。
監督 健治を中心にして人間関係でがんじがらめになっているような存在がいっぱいいる中で、その人間関係の完全に外側にいるキャラクターを配置しました。緊張感の中の気泡のような存在にしたかったので、洋子側には小梅、健治側には同僚の倉木。
―風穴が開きますね。小梅ちゃんは台湾の子という設定なので、とんでもない台詞を言っても変じゃないんですね。脚本うまいなぁ。Twitterでオフショットを見ましたが、みなさん若くて仲良しですね。
笠松 撮影当時は20歳で、もうすぐ23歳です。
―まだまだ高校生役できますよ。
笠松 (笑)

―村田さんは、監督でもこれから発展していきそうですね。俳優さんで稼いで、監督で使う。(笑)
村田 両方やっていきたいですね。

―笠松さんは、これからもずっと俳優さんでいきますか?
笠松 死ぬまで、みたいなことは考えていないんです。お芝居することが好きなので、俳優業は生業としていけたらいいなぁとは思うんですが、やってみたい職業もたくさんあるので。
村田 今 副業とかいろんな仕事をすることで、それが一つの表現になるというか、いろんな生き方ができるというか。
笠松 単純にそうなんですよ。いろんなことをやってみたい。
―みんな実になりますものね。フィールドも拡がるし、何をやっても無駄にしない力があると思います。
村田・笠松 そうだといいんですけど。

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芳賀俊監督

―監督がお二人ですが、分担されたのですか?それとも何でも一緒に?
監督 何でもやったような感じですね。僕が撮影も担当していて、映像面に関しては編集も考えて撮影しました。僕と鈴木君って学生時代から続いているんですけど、良いディベートができる関係なんです。一つのアイディアがどんどん発展していくので、あらゆる材料を話し合って切磋琢磨してきた感じですね。

―日芸の撮影コースが芳賀監督で、鈴木監督は監督コースですね。学生時代から一緒に今までお仕事を続けてきたんですね。お互い「ターミネーターが好き」、というのはいつどこでわかったんですか?
監督 映画の話をしていたら妙に合うなぁと、彼の家に行ったらターミネーターのパンフレットやオモチャが置いてあって(笑)。
―好きなものが一緒って強いですね。
監督 ほぼほぼ食い違わない。今回トリオ体制で、脚本家の沼田くんも日芸撮影コースです。沼田君と映画の話をしていて、意見の合わない映画は3年に1本くらいしかない。同じところで泣いたりして。(笑)生まれた親は違いますけど、同じようなDNAの3人が揃ってキングギドラみたいに(笑)。
―三つの頭で身体は一つ(笑)。
監督 やりやすかったですね。学校の親しい後輩の子たちにもスタッフとして参加してもらって。
今までいろんな現場に行って学んだことが山ほどあります。それぞれがいろんな現場から学んだ感性とか、技術とか、自分たちが身につけたもの、持っているものをこの作品に全部出そうと思いました。
―これはトリオの初長編で、これまで吸収したものややりたいと思ったものを入れ込めた、と。おめでとうございます!
監督 ありがとうございます(笑)!

―撮影期間と仕上がるまでにどのくらいかかりましたか?
監督 撮影期間は10日前後くらい。編集は2週間ぐらい。早かったですね。その後はみんな現場に行っているんでちょっと間があきました。映画祭がだいたい1月ころから始まるので、それに間に合うように。
―映画祭で発表したのと今回のは同じものですか?
監督 同じです。ただ劇場用に色のグレーディングと音響を変えました。
―映画祭で公開して観客に観てもらったときはどうでしたか?
監督 すごい嬉しかったですね。自分たちが狙ったところで笑い声が起きたり、終わった後「このシーンのここが良かった」と声をかけてもらって。自主映画って作っているときは「自分たちの作った映画は絶対面白い」って自信はあったんですけど、「誰からも受け入れられないかもしれない」という不安もある。それが観客のみなさんに受け入れてもらえると、ほんとに涙が出るくらい嬉しい。

―監督の演出はいかがでしたか?
村田 「芳賀ちゃん」と呼んでいます。いると「包まれる」。包んでくれている気持ちになります。今回撮影と監督をやっているので、芳賀ちゃんがカメラもっていてその前でやれば大丈夫だと、完全に安心しています。ここは台詞も音も使わないとわかっているシーンがあると、芳賀ちゃんがカメラ持ちながら自分の感情が声に出ちゃっているんですよ。「ああ最高だ!」って撮っている(笑)。役の感情もありながら、その声もうっすら聞こえていて、なんか不思議なグルーヴがありました。(笑)
笠松 「カット!」じゃなくて「最高!」って。(笑)
監督 教会の走っているところだ(笑)。
―ヒールで走っているところですか?あれは大変だったでしょう。何テイクもしましたか?
監督 3テイクほど。
村田 車がやってきてそれに合わせて二人で走るんです。
笠松 道のところはめっちゃきつかったですね。
村田 楽しかった。

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笠松七海さん

―七海さん、監督の演出については?
笠松 鈴木さんは「一回お芝居見てみよう」と言って通しでやって、その後に「こういう雰囲気で」っていうのを先に言ってくださるタイプの演出だったんです。芳賀さんはカメラが回っているときに、そのカメラを通して芳賀さんの気持ちが伝わってくる。こういう風に撮りたいって今思っているんだな、というのを感じるタイプの演出でした。
―撮影と監督と兼任しているからかしら?
笠松 それもあると思うし、芳賀さんが私に向けている熱量が強すぎて、それがカメラを通して伝わってくるのと、たぶん私と芳賀さんの圧倒的な信頼関係があるからだと思います。この間別の作品で芳賀さんが撮影部さんだったときがあったんですけど、そのときは全然カットがかからないシーンで、ずっと続けるんです。最初は「あれ、まだかからないな」と思っていたんですけど、その後芳賀さんの熱量がどんどん上がってくるのがすごく伝わってきて、それに応えたいと思って私も頑張ったことがあって。現場で芳賀さんの演出といえばそういうことが多かったですね。
―それは受ける人の感度がいいんですね。誰でもは受けられないですよ。
笠松 えー、どうだろ。芳賀さんじゃなかったら…相性もあると思います。
―ほんとにいい相性なんですね。いくら放出しても受け皿がないと。監督、俳優さんに恵まれましたね。
監督 死ぬまで撮っていたいですね。
―死ぬまでだって、どうします?
笠松 頑張りまーす!
―そう言ってもらえるのって幸せですね。
笠松 めちゃくちゃ幸せなことだと思います。このチーム「おろかもの」の方たちってみんな愛が深くて、かつ愛を伝えてくださるので、それに慣れてきちゃうところがあってなんか良くないなと思います。
―よその現場に行ったら何か足りないってことですか?
笠松 すごい孤独に感じて寂しくなります。私はフリーランスなので、事務所に所属してそこのチームがあることもないし、どこまで行っても一人なので、そういうときにここの現場とほかを比べるのはおかしいけど、なんとなく寂しさを感じることがあります。
―ちゃんとした繋がりができたってことなんですね。一生分(笑)。細くても長―い繋がりができたんだと思う。
笠松 嬉しいです。
―それは出た甲斐がありました。監督、待った甲斐がありましたね。
監督 はい。

―よく聞かれる質問だと思うんですけど、自分が出たシーンの中で、ここが好き、見てほしいシーンはどこですか?
笠松 私は「美沙さんのお家から朝帰りしてきて、お兄ちゃんに怒られるシーン」はすっごい楽しくって(笑)、何回でもやりたいと思ったのと、あと南久松さん演じる先生との「三者面談のシーン」も楽しかったです。台詞が全然入ってないみたいなふりして、南久松さんに「もう一回やりません?」なんて言って(笑)、何回もやっていただいて。

―そのシーンどうでしたか?美沙さんは映画の中での演劇でしたが。
村田 美沙として、楽しいシチュエーションだったし、南久松さんが面白い先生で、楽しかったです。洋子ちゃんと美沙が学校の前を歩いているシーンがあるんですけど、一緒に歩いていてすごい幸せに感じたシーンです。しかも天気がほんとに良くて、
笠松 校庭歩いているシーンですよね。
村田 そう。小梅も木の陰に隠れていて。あのときはスタッフ全員「いいもの撮れた!」みたいな気分が蔓延していて幸せでした。
お気に入りのシーンって難しいですね。最初から最後まで人間たちを見つめていて。私は現場にいるときはひたすら「私だったらどうするだろう?」「美沙だったらどうするだろう」とずっと考えていました。そのうえで洋子ちゃんやみんながいてくれて、みんなちゃんと価値観だったり、受け取り方や意思があったので、ここをっていうのは難しい。全部観てほしい。全部好き(笑)。
―逆に難しかったシーンは?
笠松 物理的に、美沙さんの手を取って教会から出て、道を走って行くシーン。道がめちゃくちゃ狭いんですよ。(会議室の)この机の幅くらいしかなくて、カメラと並走しているんです。私はほんとは後ろ向きたくないんですよ、怖いから。電信柱とか標識とかあって人一人通るのがぎりぎりの道を走ってたんです。振りむきたい、と思っても振り向くのが大変でした。私もヒールで履きなれない靴だったので、ズルズル靴擦れして、あれは大変でした。難しかった。

―物理的、身体的ですね。村田さんは?
村田 私は精神的には後半に洋子ちゃんが美沙の家に来てくれたシーン。美沙も苦しいときだし、洋子ちゃんもけっこうしんどいシーンなんです。あのシーンを撮るときには、ほんと辛かったです。役と人間がなんかぐちゃぐちゃになっちゃって、この後どう折り合いをつけたらいいんだろう。悲しかったですね、とにかく。
美沙としても悲しいし、七海ちゃんと洋子ちゃんが一緒の人間になっているから、二人傷つけたみたいな気分になっちゃって。私と美沙と、七海ちゃんと洋子ちゃんで人格が4つあって、どうしたらいいんだろうって。
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村田唯さん

―走っているうちに美沙は吹っ切れたんでしょうか?
監督 吹っ切れてないですね。友達が近くにいたから、そこでもっと傷つくという選択をしないで済みましたけど、走り終わった後に教会の鐘が鳴って、美沙が振り返るところにある種の念がこもっている。結局これは解決しないんです。
現実世界でも自分のことを苦しめた男性をやっつけて、「やった!終わった!」っていうのはなくて、傷ついた痛みって抱えて生きていくしかない。でも隣にその痛みを理解してくれて、自分のことを思ってくれる友達が一人でもいれば、それだけで救われるんじゃないかっていうことで、ああいうグレーゾーンに。完全なるハッピーエンドというのは、この人間関係の中ではできない。それでも人生は続いていく、ということで二人を見送るようなエンディングにしました。
―あの二人の行く末は観た方たちの想像にお任せするということですね。
監督 僕自身もわからないので、あの角を曲がった後に何があるかは。

―監督にはさきほど『ターミネーター』の話を伺いましたが、その後にもこれ!というナンバーワン映画は増えていますか?
監督 増えています。
―その中から1本選んでというのは難しいでしょうね。映画の道に進むきっかけになった作品はなんでしょうか?
監督 中学2年生のときに映画館でやっていた『ロード・トゥ・パーデイション』(2002/サム・メンデス監督)という映画を何度も通って観たんですが、カメラマンのコンラッド・L・ホールが気になって・・・
―映画そのものより、カメラマン?
監督 映画も素晴らしいんですけど。何で素晴らしいのかいろんな要素があるんですけど、役者や演出や脚本がよくて。このカメラはちょっと特別だなと思って、『明日に向かって撃て』とかいろんな映画を観ました。
―カメラに目が行って…それが撮影コースに進ませたんでしょうか?
監督 そうですね。

村田 イ・チャンドンの『シークレット・サンシャイン』(2007/チョン・ドヨン主演)が好きです。衝撃を受けたワンシーンがあります。主人公がなんとかして信じることで自分を救えたのに、たった一言でやっと正常に生きられるかもしれないという信念が崩されたシーンです。私は自分が信じていたものが崩れるかも、という感覚が強い人間で、よく人を疑ってしまうんです。でももちろん人を信じたいし、信じている人もいるんですけど。だからこう映画をやっているということもあって。
―そのひとことって覚えていますか?
村田 確実ではないですけど、覚えています。シチュエーションは、主人公は自分の息子が殺されて、犯人に会いに行きます。自分の宗教で学んだことで「私は神を通じてあなたを許しました」と言うと、その犯人に「知ってます。僕も神から許されました」って言われて、その女性はそこからまた精神崩壊しちゃうんです。そのシーンがものすごくて忘れられないです。
日本のだと、濱口竜介監督の作品が好きです。コアなところだと『永遠に君を愛す』(2009)。河井青葉さんが出ていて、それもある種残酷というか、人間の愛と、それが変わりゆく描き方が「永遠ってなんだろう」と考えさせられた映画です。

笠松 『アダムス・ファミリー』(1991/バリー・ソネンフェルド監督)が好きです(笑)。実写版。公開当時は「おかしな家族、普通じゃない」ってことが宣伝文句だったかもしれないけど、映画を観ると「普通じゃない」ってことが押しつけがましくなくて…いろいろ理由はつけられるけど、そういうことじゃなくて単純に好き!
日本映画だと黒木華さんの『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016/岩井俊二監督)。
監督 今好きだった映画を思い出しました。大好きな映画監督がリドリー・スコットで、『テルマ&ルイーズ』(1991)が大好きです。
笠松・村田 えー、大好き!私も~!
監督 あと『フェイシズ』(1968/ジョン・カサヴェテス監督)も!

=取材を終えて=
・・・と映画談義がつきないまま時間となりました。共同監督の鈴木祥監督は本業のため、欠席。脚本の沼田さんと芳賀監督3人の映画の好みや考えがよく似ていて、キングギドラみたいというたとえが面白かったです。かけがえのない仲間がいることは心強くて楽しくて、人生が豊かになりますよね。3人の映画談義はさぞ盛り上がることでしょう。横で聞いてみたいです(あまりの熱と知識に外野でも脱落しそうですが)。
女優さんへのリスペクトも愛の告白を聞いているようで、あふれるほど愛のある監督でした。「モテたい願望?」などと失礼な感想を申し上げてごめんなさい。笠松七海さんも村田唯さんもとても雰囲気のある女優さんで、これからほかの作品を観るのが楽しみです。
(取材・写真 白石映子)

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