『あのこは貴族』岨手由貴子監督インタビュー

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岨手由貴子(そでゆきこ)監督プロフィール
1983年生まれ、長野県出身。
大学在学中、篠原哲雄監督指導の元で製作した短編『コスプレイヤー』が第8 回水戸短編映像祭、 ぴあフィルムフェスティバル2005に入選。 2008 年、初の長編『マイム マイム』がぴあフィルムフェスティバル2008で準グランプリ、エンタテインメント賞を受賞。 2009年には文化庁若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)に選出され、山中崇、綾野剛らを迎え、初の35mm フィルム作品『アンダーウェア・アフェア』を製作。菊池亜希子・中島歩を主演に迎えた『グッド・ストライプス』(15)で長編デビュー、新藤兼人賞金賞を受賞。本作が長編2本目となる。

『あのこは貴族』ストーリー
同じ空の下、私たちは違う階層(セカイ)を生きている。
東京に生まれ、何不自由なく育った箱入り娘の華子。「結婚=幸せ」と疑うこともなかった。ところが20代後半になって結婚を考えていた恋人に去られ、あらゆる伝手をたどって結婚相手探しに奔走する。幾度か失敗した後、弁護士の幸一郎と出会う。ハンサムで人あたりも良く、しかも政治家も輩出している良家の出だった。
一方、富山で生まれ育ち、猛勉強して東京の名門私立大学に進学した美紀。学費が続かず、夜の街でバイトを始めるが両立できずに中退した。現在の仕事にやりがいも見いだせず、なぜ東京にいるのかもわからなくなっている。幸一郎の同期生だったことから、同じ東京に住みながら別世界にいる華子と出会うことになった。

作品紹介はこちらです。
(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会
https://anokohakizoku-movie.com/
★2021年2月26日(金)全国公開

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―監督は原作者の山内マリコさんのファンだと伺いました。特にどこにひかれましたか?

山内マリコさんとは地方出身という共通点があるんですけれども、世代的にもそんなに遠くなくて、山内さんが描かれる地方出身の女性像というものが、私は自分のことのようにわかるんですね。今までの作品もすごく共感しながら読ませていただいていました。
「あのこは貴族」に関しては、東京のお金持ちの人たちというところも描かれています。自分が上京して大学にいたときに、劇中の美紀ほどではないんですが、自分が想像しえないすごいお金持ちがいるんだな、と思った瞬間がいくつかありました。そこの合点がいったというか、あ、こういうことになっているんだと、すごく興味深く、新しい情報を教えてもらったような気持ちでした。その共感できる部分と、描くべき新しい真実みたいな部分が両方ハイブリットになっている本だったので、ぜひ描きたいと思いました。

―脚本はどのくらい時間がかかりましたか?またご苦労なさったところは?

毎日みっちりやっていたわけではないですけど、2年くらいかかりました。撮影直前まで書いていましたし、今考えると、脚本は7割くらいしかできていなくて、撮影に入ってから差し込んだシーンもすごくありました。
お金持ちの華子と、幸一郎の描写がすごくハードルが高かったです。二人ともその生まれの人ならではの性格なんだと思うんですけれども、自分の本音を口に出したり、行動に出したりしないので、それをドラマにしていくのがすごく難しくて、特に幸一郎に関しては、ああいう男性に会ったことがないので、全く雲を掴むような話でした。ああいうお金持ちの男性の方を何人か取材させていただきましたが、みなさんすごく紳士的だし、「何でも聞いてください」みたいな感じなんですけど、壁がありました。人に話すべきことと、話してはいけないことを「マナー」として身に着けていらっしゃる方たちなので。「それを知りたいのに」みたいな感じで(笑)取材もなかなか難しかった、という印象です。

―私も身近にああいう方々がいないので、興味深く観ました。華子さんと美紀さんの違い、目で見えるものと見えないもの、そのコントラストなど留意されましたか?

演出としては乗り物――片方はタクシー、片方は自転車でとか、そういった部分でわりとわかりやすく描写するように心がけていたんです。でも、演じられた門脇さん、石橋静河さんが、育ちが良い方というか、いろいろな作法とか、ちゃんとされている印象だったんです。なので、ご本人からにじみ出るものもすごくあったような気がします。
水原さんは世界的なセレブリティのイメージがありますけど、ご本人は「私、美紀みたいな感じだからー」って、ほんとにちょっとしたしぐさにも親しみやすさがにじみ出ていました。庶民的で親しみやすい方なんです。ご本人たちの魅力が役に生きたな、というのはすごくあります。

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―門脇さんと水原さんが役とはなんとなく逆のイメージがありました。初めてお嬢様な麦さんを見たような気がしました。キャスティングするときに何をポイントにお二人を選ばれましたか?

まず華子のほうは、脚本ですごく苦労していた段階でオファーをさせていただいたんです。その時点で華子は美紀に比べて魅力的に描くのが難しいと感じていたんですね。自分の感情をあまり表現しないし、受け身でなんとなくイライラしちゃうというか、ちょっとゆっくりした感じのキャラクターだったりするので。これはもう面白い芝居をする役者さんじゃないと難しいな、というのがあって。やっぱり門脇さんはそれでいうと、すごく信頼できる役者さんですし、結構個性的な役柄をやられていますけど、バレリーナの衣裳を着てCMに出演されていた印象あったので、個人的にはそんなにお嬢様という役に違和感はなかったです。やっぱり門脇さんにやっていただいたことで、ある種の暗さというか重みだったり、また可愛らしさが出ました。淡々としたキャラクターだったはずの華子が、ちゃんとした機微のあるキャラクターになっていて、お願いして良かったなぁと思っています。
美紀のほうはなかなかキャスティングが決まらなくて、どうしたもんかみたいな感じだったときに、キャスティング担当の方が、「設定されていた年齢より少しお若いんですけど、水原さんはどうですか?」と提案してくださったんです。「あ、水原さん?」年齢的には候補の中に全く入っていなかったので、私も一瞬驚いたんですけども、SNSでも自分の意見をはっきりおっしゃっているような、すごく芯のある方だし、いわゆる箱入り的なお嬢様だったり、人に何かしてもらってぬくぬくと生きている人じゃないというのが、印象としてありました。だから面白いんじゃないかな、と思ってお願いしました。

―華子と美紀、それぞれの友達の逸子と平田がキーパーソンになっていました。二人が新しい道に踏み出す時にすでに前にいて一緒に歩んでくれる大切な友達でした。石橋静河さん、山下リオさんお二人を選ばれたのは?

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逸子を演じられた石橋静河さんは、もともとダンスをやられていたという情報だけ知っていてーーもちろんすごく好きな女優さんだったんですけど、バイオリンがあるのでーー実際バイオリンをやっている人じゃない場合、ダンスの感覚で身体の覚えがいい人なのはすごくありがたいなと。あと、逸子ってすごくいいことを言っているのに、ともすれば気が強い女みたいにネガティヴな捉え方をされるかもしれないキャラクターなので、すごくまっすぐな人っていう方向に振れないかなと思って。逸子同様まっすぐな石橋さんが持っている魅力がぴったりだなと思ってお願いしました。
平田里英役の山下リオさんは、10代のときに美少女というイメージがあったんですけど、ここ数年の出演作を観ているとなんか悲哀を表現できる貫禄のあるお芝居をされている印象だったんです。平田さんは絶対に悲哀がないとダメだなというのがあって、山下さんがいいんじゃないかなと思いました。

―そして華子と美紀の二人を繋ぐ、真ん中にいるのが幸一郎です。高良健吾さんに決めたポイントと監督の印象を。

幸一郎という役は原作ではもう少し人間味がないというか、感情移入しづらいキャラクターだったと思うんです。それだと映画ではなかなか2時間持たないので、少し感情移入できるとか、幸一郎の内面に迫れるようにしたいなというのがありました。
高良さんはもちろんビジュアル的にもあの役柄にぴったりですし、ご本人からにじみ出る誠実さが幸一郎というキャラクターが嫌われずに観ていただけると思いました。
試写を観たキャスティングの方が「華子と再会したときの芝居が、並みの役者さんだったらいやらしくなってしまう。高良さんだから、純粋に会えて嬉しいという芝居になったんじゃないか」とおっしゃって、なるほどなぁと思いました。高良さん自身がまっすぐで素直な方だから、対華子と美紀それぞれの関係も作りやすくて。違う方が幸一郎をやっていたら全く違う映画になったでしょう。

―東京国際映画祭の上映時のご挨拶で「俳優さんが演じることでキャラクターが生き生きした」とおっしゃっていました。具体的にどういうところでしょうか?

華子と幸一郎を掴むのに苦戦している中で、二人がレストランで出会うシーンを撮ったんですが、そこで門脇さんがすごく可愛い笑顔になったんです。次に幸一郎を撮ります、というときに高良さんが来て「華子可愛いな!って思っちゃってるんですけど、これでいいんですかね?」って言われたんです(笑)。脚本の裏設定では、わりと淡々とこなしているという感じだったんですが、高良さんがそう思っているならその方がいいなと思って、「じゃ、可愛いと思っちゃう幸一郎でいきましょう」と。
幸一郎と華子の初めてのシーンでしたから、そこからちょっとずつ脚本の幸一郎とは変わっていき、脚本よりも高良さんの演じた幸一郎のほうがエモーショナルになっています。演奏会の前のシーンも脚本上では笑顔ではなかったんですが、カメラテストでもう笑顔になっちゃってて、二人双方から「会えてすごく嬉しいんですけど、このまま嬉しいでいいんですよね」と言われて(笑)、「じゃあ嬉しいでやりましょう」。そういう風に少しずつ変わっていった感じですね。

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―幸一郎が出るたび雨が降っていたような気がしますが、監督がここぞ、と意識したものですか?

雨のシーンは基本的に「雨降らし」(機材を使って人工的に雨を降らせる)です。"雨男"というのは原作にはない設定ですが、幸一郎のパブリックなときとオフのときをどうしても分けたくて。雨のときにはたくさんの人がいる空間でも二人だけが"繭"のような空間にいて、幸一郎の気持ちがほぐれるようなイメージです。それに「雨男で、ちょっとツイてないんだよ」と、ちょっとトホホ感を出したかったんです(笑)。

―再会したときはそれまでと違ったピーカンの青空で、二人はすっかり変わったんだと思いました。

「厄が落ちた」みたいな(笑)。

―監督は『グッド・ストライプス』のほかに、短編をいくつも作られてきましたが、映画を作るうえで大事にしていることはなんでしょう?

大事にしているもの・・・。自分では何かを知りたくて映画を作っている感じはあります。抽象的な言い方になってしまうんですけど。たとえば『あのこは貴族』だったら、撮影前には「こういう話で、こういうテーマで、東京で生きる女の子はこうである」想定があって、実際撮影して、いろんな人と関わって仕上げていき、観た人から感想を聞くという一連のプロセスを経たことで、脚本を書き始める前に考えていたことの解像度が上がっていたり、世界が拡がっていたりします。
それは物語やキャラクターをとことん掘り下げて向き合わないとできない作業であり、スタッフや役者さんと一緒でないとできない作業でもあります。こころがけていることからピントがずれているかもしれませんが、そういうことが映画を作る喜びです。

―現場で監督がこだわること、譲れないことはありますか?

私はわりと着ている服やアイテムからその人となりや性格を想像します。今回は美紀と幸一郎が参加したシャンパンパーティで、逸子と出会う場面で使ったペンを替えてもらいました。スタッフにしてみたらこれでいいじゃんと思うでしょうが「でも、これじゃないんです」と別のものを買いにいってもらいました。海の見える公園のシーンで、華子と逸子が食べているサンドイッチも「ちょっと違う」と。スタッフにしてみたら最悪な監督で。

―それはカメラ映りとか、食べやすさとか、ですか?

そういう理屈というよりは、「この二人がこういうところで食べるものは、家で作ったようなサンドイッチじゃないんです」ということで。けっこうみんなポカンとしていましたが、キャラクターを造形する上でとても大事なことなんです。

―監督が映画の道を志すきっかけになった作品はありますか?

エドワード・ヤン監督が一番好きな監督なんです。『牯嶺街少年殺人事件』(1991年)を観てーーそれで映画学校に入ったとかではないんですがーー映画を作る姿勢を考えさせられました。少年と同級生の女の子という狭い世界だけを描いているけれど、奥に台湾の歴史や当時の情勢が描かれています。限られた人間関係を描いているように見えて、大きいことを描けるんだなと思いました。

―女性監督がまだまだ少ない現状ですが、監督はお母さんでもあります。女性監督として「こうだったらいいのに」と思われることは?

今回は普段暮らしている金沢から4ヶ月間東京に単身赴任して、子どもと離れて映画を撮りました。映画界というよりも、男性がもっと簡単に育休をとれたり、残業せずに帰宅できたりする世の中にならないと、女性はほんとに働きづらいと思います。
映画界でいうと、今回打ち上げの時に若い女性スタッフから「監督、私たちってどうやったら働きながら子供産んだりできるんでしょうか」と聞かれました。やはりある年齢までくると仕事を辞めていったり、プライベートを諦めたりするのが現状だと思います。いろいろ難しいですが、撮影日数をもっとふやせたらとか、こうしたらああしたらということはたくさんあります。その中で私個人としてできることは、子どもを育てながら映画を撮れている、というサンプルでいることです。だから、これからも撮り続けられたらいいなと思います。

―ありがとうございました。

=取材を終えて=
2020年春に『ミセス・ノイズィ』の天野監督の取材をしました。女性監督としてのあれこれを伺っているときに、ママ友の岨手監督のお話も伺いました。『あのこは貴族』が岨手監督の作品と知って、ぜひ取材をと希望。リモート取材初体験でドキドキでした。
岨手監督はとても落ち着いた方で、言葉を選びながら回答してくださいました。キャストを選んだ決め手や、撮影しながら変わっていったところ、監督のこだわりなど、短い中でいろいろ伺うことができました。個性的な家族を演じたキャストたちについては時間が足りず。
この映画で岨手監督は脚本も担って、魅力的なキャストたちの演技を楽しむだけでなく、日本という国の構造と自分もどこかの階層でそれと意識せずに生きていることに気づく作品に仕上げています。別の世界にいる人たちが排除しあうのではなく、互いを知っていくストーリーも腑に落ちます。岨手監督や後に続く女性スタッフたちが、仕事もプライベートも両立できるよう、世の中が変わっていくことを願いつつ、応援していきたいと思います。

(取材・まとめ 白石映子)

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