『痛くない死に方』高橋伴明監督インタビュー

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高橋伴明監督プロフィール
1949年生まれ。奈良県出身。1972年「婦女暴行脱走犯」で監督デビュー。以後、若松プロダクションに参加。60本以上のピンク映画を監督。
1982年「TATTOO〈刺青〉あり」(主演:宇崎竜童)でヨコハマ映画祭で監督賞を受賞。以来、脚本・演出・プロデュースと幅広く活躍。
1994年「愛の新世界」(主演:鈴木砂羽)で大坂映画祭監督賞受賞し、ロッテルダム映画祭で上映された。主な監督作品、2001年「光の雨」(主演:萩原聖人)、2005年「火火」(主演:田中裕子)、2008年「丘を越えて」(主演:西田敏行)、「禅ZEN」(主演:中村勘太郎)、「BOX袴田事件 命とは」(主演:萩原聖人)、2015年「赤い玉、」(主演:奥田瑛二)など

『痛くない死に方』
監督・脚本:高橋伴明
原作・医療監修:長尾和宏
出演:柄本佑、坂井真紀、余貴美子、大谷直子、宇崎竜童、奥田瑛二

在宅医療に従事する河田医師は、末期の肺がん患者の大貫を担当する。父親を在宅で介護し安らかな看取りを願った娘の智美は、期待と逆に苦痛の中で父が亡くなったことで自分を責めていた。悔恨に苛まれる河田は先輩の長野に相談し、長野の治療現場を見学させてもらった。自分との違いを痛感して長野の元で学んでいく。
2年後、河田は大貫と同じ末期がん患者の本多彰を担当することになる。

作品紹介はこちら
(C)「痛くない死に方」製作委員会
https://itakunaishinikata.com/
★2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか関西地方ロードショー

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―監督は「65歳くらいから死について考えるようになった」とおっしゃっていましたが、親しい方を亡くされたとか何かきっかけがあったのでしょうか?

いや、そんなことはなくて。親父が50前に亡くなっているんですよ。そういう早死にの家系かなと思っていた。それが60まで生きたときに、これはおまけの人生だな、と思っていたんですね。あえて具体的なきっかけといえば、それから3年くらい経ったときに、時々ふっとめまいが、一瞬意識が落ちたような気がすることがありました。それで一応病院に行ったら、5回くらい軽い脳梗塞をやっていると。親父もそっちの関係だったので、まあ、そろそろ来るのかな?って。

―50年、60年も使っているとどこか身体にきますよ。

ろくな生活習慣じゃなかったことをよく自覚していますからね。

―不規則とか、タバコとお酒とか。両方ですか? あの宇崎竜童さん演じる末期がん患者・本多彰さんと同じですね。

そうですね。

―この映画の中で、前半後半でガラッと変わる柄本佑さんがとても良かったです。そして後半に登場するこの本多さん役の宇崎竜童さんが(私の)助演男優賞です!舞台挨拶では宇崎さんが「これはほとんど監督です」とおっしゃっていました。高橋監督、そのコメントの感想は?

この時点で考えられる「自分の理想の死に方はなんだろう」って考えて脚本を書いたので、当然自分の部分が投影されるのはしかたがないというか、当たり前というか。
「伴明さんだね」と言われても、それはね「そのとおりでございます」と言うしかない。
自分自身もやっぱり全共闘運動でパクられ、学校にも行けなくなり、ある種の手に職をつけるというか、職人の道を選んだ。もっと具体的にいうと、鮨職人になりたくて鮨屋に奉公に行ったんですけど、その鮨屋が別に経営していた“おでんもあり、焼き鳥もあり”みたいな店に回されちゃった。これはもう違うなと思って。で、映画の職人になってやれ、それしかないな、と思ったんです。
助監督で初めて作品に入ったときは、“奴隷”だという感じがあった。奴隷をやった以上、“監督”というものになってやろうと。

―それは20代半ばくらいですか?

いや、半ばまでいってないです。

―あ、大学中退とありますね。

中退じゃないです。除籍、抹籍です。私は。

―それでピンク映画のほうに行かれたんですね。ピンク映画そのものは未見ですが、『ピンクリボン』(05)というドキュメンタリーを見せていただきました。高橋監督も何度もインタビューされていました。

ああ、なんかあったなぁ。それ、観ていないな。撮られたのは覚えているけど。

―監督やプロデューサー、俳優や興行の方々のいろいろなエピソードがありましたよ。
では、『痛くない死に方』のお話を。
原作は長尾和宏先生の本ですが、たくさんありますね。脚本のために何冊も読まれたのですか?


プロデューサーから渡されたのが「痛い在宅医」という本だったんですよ。それが結果として前半になったわけです。これじゃお話は作れるけれども、映画としては辛い映画になる。映画としてダメだという意味の「辛い」です。でも、自分が考える「理想の死」みたいなことを付け加えてやれば辛くない映画になるのかなと思った。もうバーッと書いちゃっていたので、長尾さんのいろんな本を並行して読んで、ここつけ足そうとか、台詞を変えようとか、そういうふうにしましたね。
「死」を意識してからは、「死」に関連する本をけっこう読みました。在宅医であるとか、尊厳死協会があるとか、そういう基礎知識はあったので、早めにシナリオに起こせたんです。

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―その「痛い在宅医」を急いで読みました。これで映画が終わったら辛いです。よく回収してくださったというか、映画としていいところに着地させてくださってホッとしました。
この柄本さん演じる河田先生の転換点になるのが長尾先生をモデルにした先輩の長野先生です。目標になる人がいれば、いいお医者さんが育つんですね。


そうです。それは実に思います。まさにその現役の、特に大病院系の医師を目指している若い医療従事者たちに観てもらいたいですね。

―後半は宇崎さん(本多彰役)の魅力が炸裂していました。あの印象的な川柳は監督作だと知って感心したんですが、普段から作っていらっしゃるんですか?

いや、全然。川柳は映画のために。ただ、大学の先輩たちと年に2回ぐらい温泉に行って酒を飲む会をやってるんですよ。そのときに、ただ飲んでいても脳がないから、誰かが「俳句でも作ろうか」って言い出して。だからそういうときには俳句を作りますけれども。

―それは書きとめてありますか?

誰がこういう句を作ったというのは書いて残してあります。そういうのはありますけど、川柳も俳句も難しすぎて。だから「もどき」なんです。

―脚本を書きながら、あの「もどき」も作られた。あれはポイントになりますよね。

確かに。心情を五七五で出せるし、また言いたいことも説明台詞にならずに表現できるし、この思いつきはいいなと思ったんですけど、川柳を考えるとシナリオを書く手が止まっちゃうんですよ。そういう意味では結局自分の首をしめてるなと思いました(笑)。

―脚本はできあがるまでに時間がかかりましたか?

いやいや、だいたいは早いですよ。あれは1週間ですね。

―え、1週間なんですか? 止まっても1週間!

今回ね、全然力が入ってない。「こうあらねばならない」とかが潜在的にはあるのかもしれないんだけど、そういう意識が全然なかった。肩に力が入ってなかった。
だから、がむしゃらにシナリオを書く速さもあるんですけど、そういうものの一切ないところで書いたんで、川柳で時間は止まったけども、気が付けば1週間であげてましたね。

―2019年の夏に撮られたんですね。シナリオが1週間で映画は…

10日間。

―すっごく速いですね!

速いですね(笑)。

―いつもそんなに速いんでしょうか?

速いです。速いけど、予算とかいろんな問題で、助監督の毛利(長尾和宏先生を追ったドキュメンタリー『けったいな町医者』の監督)がお金を管理してるほうから言われて、「監督、10日しかありません」って。

―病院やら本多さんのお家やら撮るところも多かったのに、すごく無駄なく撮れたっていうことですね。監督はあんまりたくさんテイク撮らないほうなんですか?

撮りません。

―本番一発!?

そんなことはない(笑)。ないですけど、テイクを重ねるからって時間がかかるわけじゃないんですよ。そのテイクに入ったら10回20回やろうが、そんなに時間がかかるもんじゃない、経験上。結局は、そのスタッフがひとつになれば、早くなるんですよ。スタッフが同じ方向を向いて走れれば早くなります。

―それはそうですね。ムカデ競争みたいにみんながひとつになって走る。

そういうことだと思います。後は割り切りの問題ですよね。

―じゃあ監督は決断も速いんですね。

速いですよ。すべてが速いです。だから買い物なんか誰かと一緒に行くとほんとイラつきますね。人が30分考えるところ、30秒で決めます。これ買う!って。

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―キャストのみなさんたち、これまで一緒のお仕事をした方が多かったようですが、キャストを決めるのも速かったですか?

パパパーっと決まりましたね、ただ大谷直子(本多さんの奥さん役)だけ時間がかかりました。なんでそんなに時間がかかったかというと、最終的に会ってみてわかったのが「この役は自分でいいのか」っていうことと「自分にできるのかしら」っていうことだった。

―大谷さんが迷っていたということでしょうか?

そう。いやだっていうんじゃなくてね。でも「できると思うから頼んでるんだろう」って。今回初めてなんですよ、仕事すんのが。若い頃から飲み友達で、ここまで仕事しないできちゃったんですけどね。大谷は病気もしましたし。
「俺もこんな年になったし、かかえているものもあるし、二人ともいつまでかわからない。これやっとかないと、死ぬまでもうないかもね」って言ったら「そりゃそうだねぇ」なんて言って。

―すごく粋でいい奥さんでしたよ。

それは良かったです。

―竜童さんが監督でしたら、大谷直子さんは(監督の奥様の)惠子さん?

そんなことない、そんなことはない(笑)。

―ないですか(笑)。「理想の死に方」を考えて竜童さんが演じて、大谷さんは「理想の奥さん」でいいでしょうか?

理想の奥さんの部分もけっこうありますね。

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―本多家も日本家屋で素敵でした。個人のお宅ですか?

良かったですね。個人の家です。

―おまけに木遣り歌で送り出してもらえるという。

木遣り歌が映画でやりたかったんです。どうしてもいつかやりたかった。
今回この話の流れだと、木遣り使えるな!と思ったんですよ。それで必然的に宇崎の職業は大工になったんですよ。

―木遣りが先なんですか!竜童さんの法被姿も木遣りのみなさんもすごくカッコよかったです。でも木遣りの言葉が何と言ってるのかわからない…。日本語なのに難しくて。

あ、そうですね。独特ので。あれはそんなに意味がわからなくてもいい、と思います。民謡だってわかんないのいっぱいあるじゃないですか。

―そうですねぇ、はい。木遣り歌を入れました。大谷直子さんをキャスティングしました。あとまだどうしても、と入れたものがありますか?

どうしても、というほどではなかったんですけど、これだけは言っておきたいと思ってたのが、宇崎君に喋らせた「マスをかいていると、看守に小さい覗き窓から覗かれちゃって」という台詞。僕自身、学生運動の時にそういう目に遭ったことがあるんで。それを(看守が)次の日言うんですよ。「お前…」って。

―今まで入れたことがなかったそれを今回入れられたわけですね。
初めに戻りますが、監督が長尾和宏先生と初めて会われたときの印象はどうでしたか?


初対面がですね、築地の本願寺で講演があるから、終わった後に会いましょう、ということで、それを聞きに行ったんです。そしたら、講演の途中で歌を歌い出した。

―「舟歌」でしたか(笑)?

あのときは「舟歌」じゃなかったと思う。びっくりしましたね、なんじゃこの先生!?と思って。ほんとにあのドキュメンタリーの『けったいな町医者』ですよ。あと居酒屋みたいなところへ行ったんです。喋る喋る、途切れない。
まあ僕は今日取材なので喋ってますけど、きわめて寡黙というか喋らないんです。だから真逆の人だなと思いました。そういう印象でした。最初は。
その後往診について行って、患者さんとの接し方がこれまで自分が経験してきたり、映像で観てきたりした関係性と全然違うものを感じて、すごく新鮮だった。そのときこういう人だとわかりました。わかったというより、もう目の前でそれが行われているわけだから。良い意味であの距離感はすごい。
佑と一緒に行ったので、あの後半の役作りに相当参考になったと思いますね。

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―ああいう目標になる先輩がいて、育ててほしいと思いました。すぐ変わるのは無理でもだんだんと。

本当に長野先生のあれは往診なのか?診療なのか?ちょっと考えられない。常にこう触ったりね、それでよく喋ってるんですよ。他愛もないことを。その中に(気づくことが)あるんですね。

―監督はどなたか看取った経験はありますか?

長時間に渡って看取ったというのはないです。親父は早く逝きましたし、お袋は名古屋で入院したもんですから、弟が看てくれてときどき行くという関係で最後は看取れませんでした。

―看取ったことのある人にも、ない人にも響く映画だと思いました。たくさんの方に届いてほしいんですが、監督からこれから観るお客様にひとこといただいていいですか?

「死」をテーマにしていますけれども、それはイコール「どう生きるか」ということ。僕はこれ「ハッピーエンド」の映画だと自分では思っているんですよ。
だから「これ、きっと暗くて辛い映画なんだろな」と思わないで観てほしいですね。

―今日はありがとうございました。


=取材を終えて=
ベテランの高橋伴明監督に初めてお目にかかりました。
何事も早い、即断即決の監督の現場はさぞスピーディで、さくさくと進むのでしょう。この映画で遅まきながら宇崎竜童ファンになった私、気づけばほかの俳優さんの話題を伺わずじまい。すみません。でも監督の選んだ俳優さんはみんなこのストーリーの中に生きて、映画を支えています。
監督がひねった“川柳もどき”、たくさん散りばめられた‟長尾語録”も聞き逃しのないように。先に公開されている長尾医師のドキュメンタリー『けったいな町医者』をご覧になってからこちらを観ると、より医療や終活のなんたるか、がしみ込んできます。
「普段は寡黙でこんなに喋らないんです」という監督に30分以上お話を伺いました。貴重な時間でした。「これが最後」などとおっしゃらず、また新作でお目にかかりたいものです。

(取材・監督写真:白石映子)

●『けったいな医者』毛利安孝監督インタビューはこちら

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