TBSドキュメンタリー映画祭 先行特別上映会&トークイベント [香港、沖縄、今と未来へ/香港2019×生きろ 島田叡]

日下部正樹監督×佐古忠彦監督「TBSドキュメンタリー映画祭」
先行特別上映会&トークイベント


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倉田徹・立教大学教授、日下部正樹監督、佐古忠彦監督、伯川星矢さん


2021年3月18日(木)より21日(日)まで「TBSドキュメンタリー映画祭」がユーロライブで開催されています。それに先立ち、3月15日(月)東京・渋谷LOFT9 Shibuyaで、民主主義が揺らぐいま注目される「香港、沖縄、今と未来へ」として『香港2019—あの時、何があったのか―』と『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』」というテーマで先行上映とトークショーが行われ、日下部正樹監督、佐古忠彦監督、トークゲストが登壇し、映画の見どころについて話しました。

■トークゲスト
 日下部正樹監督(『香港2019—あの時、何があったのか―』/「報道特集」キャスター)
 佐古忠彦(『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』監督)
■ゲストスピーカー:倉田徹(立教大学教授)、フリーライター 伯川星矢(香港出身) 
■司会:皆川玲奈(TBSアナウンサー)

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・シネマジャーナルHP TBSドキュメンタリー映画祭情報
・TBSドキュメンタリー映画祭 公式HP
・『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』公式HP
 2021年3月20日 ユーロスペースほか全国順次公開
 2021年3月6日 沖縄桜坂劇場にて先行公開

当日はまず『香港2019—あの時、何があったのか―』 特別編集版上映後(10分程度)、日下部正樹監督、香港問題に詳しいゲスト倉田徹・立教大学教授、フリーライター伯川星矢さん(香港生まれ香港育ち)によるトークイベント。
後半は『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』2部作で戦後沖縄史に切り込み、最新作『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』が話題の佐古忠彦監督と、日下部正樹監督によるトークが行われた。司会は皆川玲奈さん(TBSアナウンサー)。

トーク前半

2014年に起きた民主化要求デモ「雨傘運動」、2019年の逃亡犯条例修正に端を発するデモ、2020年「香港国家安全維持法」が施行され民主化活動家とされた人々に実刑判決が下され、1997年の英国から中国への香港返還の時に約束されていた1国2制度が反故にされ、高度な自治が脅かされる香港で何が起きているのか…。

日下部監督はオレンジ色のジャンパーで登場し、「このジャンパーは、今、拘束されているジミー・ライ(黎智英)さんにもらったものです。ジミー・ライさんが1995年にアップルデイリー(蘋果日報)を創刊した時、私はちょうど香港支局にいて、ジミーさんにインタビューに行き、それいいですね。余っていたら売ってくださいと頼んだら、もう余っているのはないよ。私が着ているのをあげるよと言われ、ジミーさんが着ているのをいただいたものです。ジミーさんが収監されている今、とても意味をもつようになってしまい悲しい思いです」と意外な縁を最初に語った。
 
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日下部正樹監督:映画は、2019年報道特集でオンエアしたものをまとめたもので、ディレクターの努力のたわものです。日々の香港ニュースは衝突シーンとか、そういうのが主体ですが、その裏にはもっといろいろな事情やいきさつがあって、本編ではさらに深く紹介しています。
なぜこういう長い映画を作ろうと思ったかというと、日々の香港ニュースという形だと衝突シーンとかが主体になってしまい、それだけ観ていたら若者たちは暴徒としかみえないけど、長い映像になれば歌が生まれたりとかいろいろなシーンがあり、深く掘り下げています。理工大学の占拠のシーンなどは警察と真正面から対峙するというようなシーンもありました。結果的には警察にかなうわけがない。でも、そのすぐ後の2019年11月の区議会選挙では、これまでの香港では考えられないような70%の投票率で、民主化を掲げる人たちが80%を占め圧勝するわけです。これまでの香港では考えられないような数字です。これでいくらなんでも香港政府も中国共産党も耳傾けるだろうなと思ったのが2019年だったわけです。
これでいい方向に向かうのではないかなと思ったのですが、まずコロナで抗議活動が抑え込まれます。そして2020年6月に国家安全維持法の導入があり、ジミー・ライさんや周庭さんなどが逮捕されてしまった。これまで香港には高度な自治が認められていたのに、今年に入って全国人民代表者会議で香港の選挙制度が変えられてしまい、愛国人が香港を治めるという言い方で、香港の高度な自治が変わってしまった。香港にあった自由の質が変わってしまった。価値観が変わっていくのを感じていると危機感を語った。私の駐在時代、人生で一番楽しかった。自由というよりは、あそこは国家というのを意識しないで済む土地だった。昔のカイタック空港(啓徳空港)は、あんな狭い空港で分刻みで飛行機の発着があり、活気に満ちた街だった。
タイやミャンマーのデモ活動を見ると香港の若者たちの行動の影響を強く感じる。2014年の行動は「雨傘運動」と呼ばれているが、2019年の行動には名前がない。2019年からの抗議活動はまだ終わっていないのでまだ名前がついていない。今はまだ光が見えないけど、これからも香港を見ていきたい。『香港2019—あの時、何があったのか―』では香港の若者の姿を描いた。これに続く作品を作る時は、また違う世代を主役に描くかもしれないと、日下部監督は次回作への思いを語った。


倉田教授:これはわずか2年前の出来事です。香港研究を20年以上続けてきたけど、この2年で予想もしないような大きな抗議活動が起こりました。そしてコロナ禍、国家安全維持法の施行と、若い人達の命がけの姿を大きな画面で観せていただきました。
これまで香港の区議会選挙というのは生活問題を扱うことがほとんどで、投票率も40%程度。地元の有力者を選びましょうというような形の選挙でした。でも2019年11月の選挙はこれまでとはまったく違う形の選挙になりました。あの時の区議会の選挙は単純に一種のデモなんですよね。民意をを数字でわかる形で出そうと。投票した人が300万人を越え、その中で民主派が200万人を越え、投票所に長い行列を作って投票をするという香港の人々を見て、これこ民主主義を求め、人々が立ち上がった選挙だと思い、これこそ民主化運動だと思いました。と香港にとっての2019年の意味を語った。しかし、2020年6月の国家安全維持法の施行により、政権に歯向かうことや、外国との連携が恣意的に禁止され、抗議活動ができなくなってしまい、さらに先日の全国人民代表者会議では香港の選挙制度を変える決定が推し進められ、国家の安全という言い方で中国政府のお墨付きの人しか選挙に出られないしくみを作ってしまった。中国政府はもともとそういうことを狙っていたかもしれないけど、香港返還以来30年ははっきりとは出してきてなかったから、香港はその中で夢を見てきていたのにそれが全部打ち消され、香港にとって不幸な時代になってきてしまった。逃亡犯条例、国案法、選挙制度の変更と中国という巨大な権力が、今後どうなっていくのか想像もつかない。それを知るためにも香港を注視する必要があると語っていた。

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伯川星矢さん:この特別編のデモの現場の映像を観て、もう2年たったんだという思いと、今の現状を考えるとありえないことが日常になってしまっているという思いがおこりました。本来であれば、自由の都市香港の人たちが街に出てきてデモをしている。そうして今は街に出られなくなってしまった。どうしてこうなってしまったんだろうと、香港人の一人として改めてそう思わざるを得なかった。
2019年の区議会選挙では、私も香港人の一人として投票しに行きました。これまで地元の親中派の人たちに有利だったんですが、2019年の選挙では若い人たちが多く当選し、これまでの選挙を覆しました。そこに希望を感じた瞬間でもありました。その時、警察に封鎖された香港理工大学に新人議員たちが入ろうとしたが入れなかった。しかし若い人たちが香港の民意に答えようと香港全体の議題について考え、動いたのは新しい動きだったと、2019年の区議会選挙のあとの香港について語った。
去年12月に香港に入ったけど静かでした。政治的な影響というより、コロナの影響で店舗がなくなってしまっていた。実家の近くに警察の寮があるけど、そこの塀が高くなっていて、監視カメラも多くなり、電気もこうこうとつけるようになっていました。市民が襲ってくるのを恐れているのかと思いました。
自由を売りにしていた香港が、不自由な場所となって自ら光を消すような場所になってしまうのかと思った。中国のようであって中国でない、国のようであって国ではない。そんな香港の立場がどうなっていくのか。経済都市である香港の価値が下がってしまえば、中国にとってもマイナスだし、香港人としてのアイデンティティも揺れている。
“今日の香港、明日の台湾”といわれているが、香港人は香港の姿を世界に知ってもらうことで、中国式統治はこういう形なんだと示しているのかもしれない。台湾に1国2制度を導入したらこうなると、自分たちの姿を通して暗示しているとも思う。今、希望は見えない。どうなっていくかわからない。でも香港人は賢く生きていけるかも。海外にいる香港人も、各々の活動を通して違う風景をもたらすこともあるかと期待していると語った。

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後半

3月6日(土)沖縄・桜坂劇場の先行公開で、大ヒットスタートだった佐古忠彦監督の最新作『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』の予告編が上映され、佐古忠彦監督と、引き続き日下部監督が登壇し、後半のトークイベントが始まった。
*沖縄の戦後史に取り組んだ『米軍(アメリカ)が最も恐れた男その名は、カメジロー』『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』の2部作を作った佐古忠彦監督の最新作が『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』

「住民側から戦争を描いた作品は数多くあるが、『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』は権力側の人間から見た戦争を描いている。

日下部監督の賛否両論あるけどという問いかけからトークは始まった。

佐古忠彦監督:内地、本土から行政官として戦前、戦中最後の沖縄県知事として権力側の人間として批判される立場ではあるけど、権力側にいた人間も個人としての姿、人間の姿があるはず。どういう立場でもって何をなした人なのか。昔話かもしれないけど、今日的なテーマも含まれている。
そして現代にも通じる“リーダー論“というテーマもあるんだろうなと思います。官僚はいかにあるべきかという視点もあります。
主人公の島田叡は写真数点が残るのみで、本作で使用されている映像資料は全てアメリカが撮影した資料(1フィート運動によって集められた)。数点の写真しか残されていない中で、どう島田叡という人物を描き出すか。それが自分の挑戦だと思った。沖縄戦の経過は陸軍や海軍の電文などによって戦況がわかるように描いている。今回牛島司令官が島田知事にあてた手紙の写しなども出てきます。そういうところに歴史の謎を解く鍵が含まれています。歴史の評価というのも描いています。住民にとっての戦争も描いていますが、官僚から描いたというのは珍しいと思います。摩文仁の丘の慰霊の塔に、この島田叡さんの名前も彫られています。あの戦争直後の日本軍や日本政府に対する沖縄の人達の感情からすると、ここに厳しい目を向けられるべき本土の人間なのに(内務省から指令を受けて沖縄を統治する県知事として沖縄に来た)、ここに名前が残されているということにどんな意味があるかに着目。島田叡という人は軍の権力の前で抗っていたということだと思います。
沖縄の人たちは戦場になり右往左往させられたわけだし、生きるということ。命と向きあった人たちの物語ともなっています。迷い苦しみ、なんのために生きるのか。現代にも通じる命の大切さを伝えたい。22人の方の証言を入れているのですが、その中の一人が少年兵として沖縄戦を戦った元沖縄県知事の大田昌秀さんです。軍と県の関係で悩んだ島田さんですが、大田さんも時を越えて、その問題に苦しんだと思います。
沖縄戦というのは、問い返すべきものがたくさんある。命に向き合った人々の話は、必ずや皆さんの心の中に何かを残してくれると思います。多くの人にご覧いただきたいと思っていますと佐古監督が本作にかける思いを語り、会場は大きな拍手に包まれた。

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日下部監督:沖縄と香港、台湾、朝鮮は境遇が似ている。同じ国の中にいるけど、自分たちとは違うという意味で近いところがあると思う。またそういう意味で戦前戦中に体制の側にいた人については厳しいまなざしを持たないといけないけど、体制側の人間と決めつけてしまうと見えなくなってしまこともある。行政官の中には、内地でがんじがらめだったので、台湾や満州などでは自分の行政官としての理想を追っていた人も数少ないけどいた。こういう人もいると紹介すると、日本は植民地でいいこともしたじゃないかと言う人に利用されるのは怖いけど、でもそういう事実も提示していかないとと思います。
沖縄の人たちに対して私たちはどれだけの重荷を負わせてしまっているか。沖縄の地上戦というけど、あれも軍の判断ミスですよ。軍はフィリピンの次は台湾だと、軍の資材を沖縄から台湾に移してしまって、それで沖縄の悲惨な地上戦になってしまったわけですから。そして多くの沖縄の人たちが犠牲になったその責任は誰も取っていない。歴史を知るには様々な視点から見ることが大切と示してくれるような作品と語った。

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 TBSドキュメンタリー映画祭は、3月18日から4日間、渋谷のユーロライブで行われ、『香港2019—あの時、何があったのか―』は21日に、『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』は18日に上映されます。また20日からユーロスペースで公開されています。

・シネマジャーナルHP 特別記事
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