*プロフィール*
1978年12月3日生まれ。神戸市出身。東京在住。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画やドラマの現場で10年間演出部として働く。独立映画製作の道を選び、自身で脚本・プロデュースした初監督長編映画『かぞくへ』(2016)は、第29回東京国際映画祭に公式出品されたほか国内外で上映、好評を博す。2018年に全国公開され、2019年、第33回高崎映画祭にて新進監督グランプリを受賞。同年、独立映画製作団体『映画工房春組』を立ち上げる。
2019年『由宇子の天秤』を映画化するため、再び自身でプロデューサーとなり、映画監督の片渕須直と松島哲也からの支援を受けながら制作資金、スタッフ、キャストを集め同年12月に撮影。
2020年に完成し、多数の映画祭に選出。
第71回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門正式出品
第25回釜山国際映画祭、コンペティション部門 ニューカレンツアワード受賞。
第4回平遥国際映画祭 審査員賞と観客賞の2冠を達成。
第20回ラス・パルマス国際映画祭 最優秀女優賞&CIMA審査員賞W受賞。
第21回東京フィルメックス コンペティション部門 学生審査員賞を受賞。
第23回台北映画祭インターナショナル・ニュータレント・コンペティション部門正式出品
第24回上海国際映画祭 パノラマ部門正式出品
『由宇子の天秤』
3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子(瀧内公美)は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父(光石研)から思いもよらぬ〝衝撃の事実〞を聞かされる。
大切なものを守りたい、しかし それは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる―。果たして「正しさ」とは何なのか? 常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる…
監督・脚本・編集:春本雄二郎
プロデューサー:片春本雄二郎、松島哲也、片渕須直
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子、光石研
©️2020 映画工房春組 合同会社
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作品紹介はこちらです。
★2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー
―前の『かぞくへ』の取材(2018年1月末)のとき、「次の作品の脚本はできています」とおっしゃっていました。それがこの作品ですか? しばらくタイトルが違っていましたね。
はい、『嘘に灯して』という。
―それが『由宇子の天秤』になったのは?
元々が『由宇子の天秤』で、フィルメックスの新人監督賞に出そうとしたときに『嘘に灯して』に変えたんです。編集し終わって、繋いだものを見た時にプロデューサーチームで「これ、『嘘に灯して』じゃないね。『由宇子の天秤』の方がいいんじゃないの」って話になったんですよ。
登場人物たちがいろんなものを天秤にかけています。全員が嘘もついているんですけど。
―天秤のこっちとこっちに載せるものは人によって違いますね。
何を載せるかはその人次第。状況次第。
―「由宇子」の字が珍しいです。普通ゆたかな「裕子」や優しい「優子」だったりします。
この字にしたのも意味がありますか?(すみません、細かくて)
これはよく聞かれるんですけど、いつもノーコメントにさせてもらっています(笑)。
―えー、奥様の名前とか?
いや違います、違います(笑)。これは、そんな深い意味はないんですけど。
名前考える時って、ぱっと目で見た時に、印象に残りやすい名前。主人公なんかは特に耳馴染みのいい名前にしたい。キラキラネームとかにはしたくないんです。
「ゆうこ」っていうのはどこにでもいる名前で、なんでこの漢字にしたかっていうのはあるんですけど、それ言っちゃうと面白くなくなっちゃうので、謎のままにしておいた方が(笑)。
―謎多いですねぇ(笑)。観終わってなんて謎が多いんだ、宿題がいっぱいだ、と思いました(笑)。
帰宅してからこのプレス資料を読みました。詳しく書いてあるので、思い出すのにとても助かりました。
(作るのが)大変でした。
―赤字でNGの注意書きがあって、これ以外で何を聞こうかと思いながら来ました。ラストまで謎が多いので続編ができるとか、ないですか?
続編はないです。今回はその謎すらもテーマになっているんです。
―観客にたくさん渡したかったんでしょうか?
ということもありますし、「真実は確定的なものがない」ということをこの映画で強く言いたかったんです。
―『かぞくへ』はシンプルなお話でしたが、この映画には4,5家族が出てきます。メインは由宇子ですけれども、ほかの家族のいろんなエピソードがあります。最初からこんな風に組み立てを考えられていたんですか?
(人とエピソードは)同時進行なんです。最初は必要最低限いなくてはいけない人がいて、「稿」が進んでいくにつれて相関関係と補完しあっていくんです。だから最初っからあの人たちが全部出ていたわけじゃなく、必然性と共に増えていった。
どういうエピソードが起こっていけば何が表現されるのか、ということをテーマから逆算して配置していくということです。
由宇子の家族と哲也の家族がメインの軸になっています。ここだけに注力してドラマにすれば楽なんですけど、それは面白くないなと思ったんですね、簡単だから。でもそうじゃなくて、もっと我々の実生活っていうのはすべてが地続きになっていて、違う社会で体験したことが別の社会に対して影響を及ぼすということはあると思うんですよ。それも描きたいと思ったんです。
だからドキュメンタリー部分で体験したことが、自分のプライベートだったり、塾だったりそっち側の社会で影響を与えられ、こっちの社会で体験したことが一方のドキュメンタリストとしての社会に影響を及ぼす。「正・反・合」(※)、これが玉突き事故のように起こっていかなくちゃならなかったので、これらのエピソードを編み物のように計算していかなくちゃならなかった。それがえらい大変だった。
―登場人物多いですし。脚本に何年もかかったということですね。
思いついたのは…1稿目は2014年9月くらいにできたんです。『かぞくへ』を完成させて…。
3稿目がまあまあ面白くて、撮れるくらいにはなっていましたが、まだまだ甘い部分があってもっともっと手をいれてという状態でした。ただ実質的な執筆期間は1年半くらいです。
―プロデューサーさんが入られて映画化へ動いたのは?
それは2019年ですね。11月中旬にクランクインして12月の頭で撮り終えました。
―コロナ前ですか。撮影が間に合ってよかったですね。
ダイヤモンド・プリンセス号の前です。ぎりぎりでした。
―プロデューサーさんが2人入ってくださって有難かったですね。日芸の先輩にあたるんですね。
はい、松島哲也は映画監督であり、僕の恩師で、学生時代シナリオを教えてくれていた先生なんです。僕のシナリオの基礎は松島先生によって養われたものです。初めての授業の時に3年生の1年間でペラ200枚のシナリオを2本書き上げたんです。僕にとって、シナリオを書ききるということをそこでしっかり体験したということは大きいです。
『かぞくへ』東京国際で上映が決まりました、というのをやっと「錦を飾る」みたいに日芸に挨拶に行きました。そのときに松島先生がいらっしゃって「教え子が結果を出した」とすごい喜んでくださった。松島先生は片渕監督と日芸の同期なので、『かぞくへ』の公開のときに「春本を応援してやってくれないか」と言ってくださって、舞台挨拶に来ていただいたんです。そこで、片渕監督とご縁ができました。
お2人が「2本目を作るときに協力するよ」と言ってくださって「よろしくお願いします」と。
―いい繋がりができて。キャストもいっぺんに増えましたね。
役者がそろった!という感じがします。
前回はお金も全くないし、経験値もないしで、出てくださる方はどなたでもという感じだったんです。次はこだわろう、とキャスティングの藤村さんと一緒に自分たちが確かだと思える人を選びました。それでワークショップだったり、オーディションだったり、藤村さんの勧めてくれる事務所の方だったりをキャスティングしていきました。
―最初に逢ったときと撮影に入ってからで印象が違った、という方はいましたか?
それはないですね。ワークショップで見ていますし、撮影が始まってから見た方々もほかのいろんな作品で観ていますから。
―思惑通り、期待通りだったんですね。
はい、そういう人を選んでいます。
―緻密に計算された脚本ですから、アドリブなどはないんでしょうか?
うーん。基本は脚本で、忠実にみんなやってくださったのであまりなかったと思います。あ、こちらから足してほしいとお願いしたところがありました。
たとえば萌(めい)とお父さんと由宇子が3人で和気あいあいと食事をするシーン、萌が「スープ作る」、「え、お前が」というあたりはエチュードっぽくやってもらいました。あそこまで順撮りでいってたので、もう関係性が出てくるだろうと。
―それに梅田さん(お父さん)ですし。
そうそう、梅田さんですし。それに河合優実さん、彼女が素晴らしいんですよ。表現力が素晴らしいので、この映画は彼女がいたから成立したんじゃないかと思うくらいです。
―彼女のエピソードも謎半分ですね。(以下ネタバレなので省略)
それは観客のみなさんがどちらか考えていただけばいいことであって、それをことさらに説明したところでどうなんだ?っていう。
―で、ちょっとモヤモヤっとして出るという(笑)。モヤモヤがいっぱい。
それを僕が示したところで、面白くもなんともない。「あ、そうなんだ」で終わっちゃうと思うんですね。
―試写会などで、意外だったり印象的だったりした反響はありましたか?
なかったですね。どう受け取っていただいても。映画ってそういうもの、いろんな解釈が生まれるものだと思うし、その違いをみんなに知ってもらいたい。だれがどうしたのかというのは、受け取った人の主観でジャッジするしかないわけです。
だから物語の中の誰が悪いとか犯人捜しをするのが重要なのではなくて、人によって違う見方がなぜ起きるのかということ、どうすればこういう映画の中の不幸な事態が起きないですむのか、というところまで思いを馳せてもらえたら、僕としてはいいなと思います。
―正しいことの基盤になるもの、信仰のある人には聖書なり、その神の教義なりがあります。監督にとっての拠り所はなんでしょうか?
「自分」ですね。自分が経験したものが基準ですよね。それは映画の批評と一緒だと思うんです。自分が経験したものの中から「こういうことが世のためになるであろう」「こういうことは世のためにならないであろう」っていう。
―「世のため」が入るんですね。
はい。自分のため、じゃないですね。世の中のためですよね。多くの人って「自分のため」で判断しちゃうんです。これについて紐解いている言葉で「適応的知性」っていうのがあります。
―テキ、適応的知性…なんでしょうね?心理学?社会学?
どっちかな。要は「知性」の問題なんです。「知性」が成長しない人。10%くらいは自分が気持ち良いか、良くないかでジャッジするんです。
―快・不快ですか?
そうです。快・不快で物事を判断するんです。
―赤ちゃんと一緒ですね。
赤ちゃんと一緒です。やりたいことはする。やりたくないことはいやだ。50~70%は社会規範によって判断する。集団の。
―みんながやっているから、今までこうだったから。
はい。自分の考えじゃないんです。で、10~30%が社会規範はわかりつつも、これは絶対じゃないはずだ。盲信するのは危険だと言って、自分のルールを見つけ出そうとするんです。
―自分ルール、それは監督が言われたように経験則でしょうか?
そうですね。経験則からくる分析と予測においた自己判断です。
―じゃ監督はこの10~30%に入っている?
僕は次の段階だと思っている(笑)。
―もうちょっと進んでいるはず?
はい。残り1%が世の中、全宇宙で判断する。
―全宇宙…これは学者さんが提唱しているんですか?本ですか?
読んだ本にあったんですけど、題名は覚えていないです。「適応的知性」で探してみて。
―初めて聞いた言葉です。探してみます。
”何を基準にジャッジするのか”は自分自身を超えて「これは世の中のためになり、世の中を豊かにするであろう」という。
―映画制作もそうなんですね。作品が「世のため人のためになっているかどうか」。
結果的に。自分のやりたいこともありつつ、ですけど(笑)。
そこまでいかないと自分のためだけに作っても、なんか狭いなっていうか、表現者として閉じてるなって思う。
―ああ、作っている自分たちだけ楽しんでるみたいな作品。それを1800円なり払って観るの?って思うときがあります。
気持ちいいだけでしょ、って。それって知性の幼さと結びついている気がするんです。だから表現者として僕らはもっともっと人間として成熟していきたいね、という話をいつも俳優とワークショップで言ってるんですよ。
―春本監督のことですから、もう次の作品の脚本はできてるんですね(笑)。
できてます。またいつものとおり(笑)。
―また3年たったら観られるんですか?3年は長い。
3年は待ちたくないなと。2年ですかね。
―今回はコロナのことがあったから延びましたね。
来年撮れるかどうかわからないじゃないですか、この状況で。
撮りたいと思って動いてはいるんですけど。3作目は”アジアンプロジェクトマーケット”に出しているんです。企画書とトリートメント(プロット)を提出しています。
―出資者が出てきてくれるかもしれない。これより大きなバジェットになりますか?
そうしないとみんなが不幸なので。これが1千5百万なので、次は3千万くらいと。
―『由子の天秤』が成功して、次へピョン!とステップアップしたいですね。
公開するまで油断できないです。この状況なので。
―この3年間の経験は大きかったんじゃないですか?これまで違う3年間でしたよね。
大きかったですね。濃い3年間でした。今までと全然違いました。表現者として何を作るのかということをすごく考えました。
―ありがとうございました。
=取材を終えて=
春本監督の取材は最初の作品『かぞくへ』から2度目です。2018年1月末の寒い日で、印象的なお髭が「南極探検隊」みたいで思わず質問してしまったのでした。今は前より短めに整えてすっかり馴染んでいます。一度取材した方はその後もずっと気になるので、新作を心待ちにしていました。
ポスターの中央でカメラを構えて立つ瀧内公美さんが、剣と天秤を持つ正義の女神のようです。映画の中でも凛としてカッコ良く、正義と信じる道を進んでいきますが、プライベートと仕事の間、理性と感情の間、何が正しいのかと揺れ動きます。
いろいろ謎があるストーリーですが、映画はどんな風に捉えてくれてもいいと春本監督。登場人物を様々な方向から考えてみると、また別の物語が見えてきそうです。
人はそれぞれに秘密や嘘を抱えていますが、モノひとつとっても見る方向によって、違うものに見えます。人ならばなお複雑です。多面的だとわかっていても、主観で判断してしまいますし、それを疑ってみることも必要だということですね。
時間が限られているので、キャストについては他の媒体で出るはずと、ここではほとんど伺いませんでした。偏りましてすみません。
監督のお話に出てきた「適応的知性」を検索してみましたが、ぴったり合う本をまだ見つけられません。気になるなぁ。
(まとめ・撮影 白石映子)
☆ 俳優・監督をめざす人の学校 春組チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCUKocE03IaY9DbkmxsWnlNw
「若手国際映画監督たちが21時からゆるっと雑談」では春本雄二郎監督、藤元明緒監督、まつむらしんご監督がいろいろなテーマで毎週土曜日夜9時からトークを繰り広げます。Youtube,facebookが観られる方どうぞ。
☆『かぞくへ』インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2018/kazokue/index.html
※「正、反、合」:《ドイツ語These-Antithese-Syntheseの訳語》ヘーゲルの弁証法における概念の発展の三段階。定立・反定立・総合。
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