『WHOLE/ホール』公開を前に映画にかけた思いを聞く

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2019年の第14回大阪アジアン映画祭で、JAPAN CUTS Award スペシャル・メンションを受賞した『WHOLE/ホール』。
2021年10月15日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開となるのを前に、監督の川添ビイラルさん、脚本・主演の川添ウスマンさん、主演のサンディー海さんの3人に、ハーフとしての生い立ちや、この映画にかけた思いを伺いました。


『WHOLE/ホール』
監督・編集:川添 ビイラル
脚本:川添 ウスマン
出演:サンディー海、川添ウスマン、伊吹葵、菊池明明、尾崎紅、中山佳祐、松田顕生

*物語*
ハーフの大学生、春樹(サンディー 海)は親に黙って海外の大学を辞め、日本の実家に帰ってくる。「中退してどうするの」と、つれない母。生まれ故郷なのに、電車に乗っていても、よそ者を見るような視線を感じてしまう。
ある夜、春樹は鍵がなくて家に入れず、入ったラーメン屋で建設作業員のハーフの青年・誠(川添 ウスマン)と知り合う。母親と二人で暮らす団地の部屋に泊めてもらい、一見ぶっきらぼうな誠が母親に甲斐甲斐しく尽くしている姿をみる。そんな誠から、春樹は英語の手紙を訳してくれと頼まれる。国籍も知らず会ったこともない父親からの手紙だった・・・

シネマジャーナル作品紹介

公式サイト




◎インタビュー
アップリンク吉祥寺にて

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監督:川添ビイラル (ビイラル)
脚本・主演:川添ウスマン (ウスマン)
主演:サンディー海 (海)

◆日本語が上手と週に1度は言われる!
― 神戸・岡本で生まれて15歳までいましたので、家の裏山にある保久良神社が出てきてびっくりでした。小学生のころに北野町を家族と散歩して、神戸モスクにとても惹かれて、それが潜在意識にあって、イスラーム圏の言葉を学びたいと思い、大学でペルシア語とウルドゥー語を専攻しました。ビイラルさん、ウスマンさんというお名前をみて、ルーツはどこなのか、とても気になりました。

ビイラル:父はパキスタンの人なのですが、サウジアラビアのクォーターで、生まれはインドで、その後パキスタンに移って、国籍はパキスタンです。神戸モスクには、しょっちゅうお祈りに行ってました。

― サンディー海さんは、お父さんがアメリカの方とのことですが、アメリカとなるとあちこちから移民してきていますよね。 ルーツは聞いておられますか?

海:適当なことを言ったら怒られるかもしれませんが、スウェーデンやイタリアなどヨーロッパの血がいろいろ混ざっているらしいです。わかっているのは、サンディーという名字にアメリカに来て変えたそうで、もとはサンデルソンだったらしいです。

― 海さん演じる春樹は、「ハーフ?」と聞かれて「ダブル」と答えていますが、海さん自身はいっぱい混ざってダブルどころじゃないですね。昔は、混血、合いの子、1970年代くらいからハーフという言い方が定着したと聞いています。ダブルという言い方は、2013年に公開された『ハーフ』(監督:西倉めぐみ、高木ララ)という映画で知りました。最近は、ミックスとかミックスルーツという言い方にしようという傾向もあると聞いたのですが、今はどう自称することが多いのでしょうか?  

海:まだ、日本ではハーフだと思います。自分の経験では、ダブルという言葉は、親の年代が子どもに対して、「ダブルがいいよ」というのを聞くことが多いです。自分の周りでは、皆ハーフと言ってますね。

― ハーフじゃなくて、まったくの外人とみられることも、もちろんあるんですよね。

全員:ありますね。

―映画に出てきたように、いじめられたり、よそ者扱いされたりというご経験はありますか?

海:いじめられたことはないですが、よそ者はありますね。

ウスマン:僕も同じですね。

― 日本語うまいですねと言われて、日本生まれの日本育ちと答える場面がありますよね。

全員: それはもうしょっちゅう! 週に1回は絶対ある。

海:そして、実は~から始まる。名古屋生まれなんですよ。田舎もんなんですよって。

― 3人は英語ができますが、逆にハーフで英語ができないというと不思議に思われる! 映画の中で、英語で話しかけられる場面も、「ハーフあるある」と思いながら観ました。考えさせられながらも、笑って観れる素敵な映画ですね。

ビイラル:ありがとうございます。


◆外国人と結婚した母のこと
― 映画の中で、春樹とお母さんの関係はちょっと冷めた感じ、誠とお母さんの関係はよく話して近しい感じと、とても対照的に描かれていますが、 外国の方と結婚されたお母様のことや、お母様への思いについてお聞かせいただけますか。

海:母は18歳の頃に、ウェストバージニアの大学に留学したのですが、行った理由がクリント・イーストウッドに会いたかった! 何年か後に出会って連れて帰ってきたのが、ブルース・ウィリス似の父でした。母もバイリンガルです。結構仲良くて、キャラクターとしては誠の母の方が似ています。名古屋で楽しく暮らしています。

― 川添兄弟のお母様は?

ウスマン:僕らの母は鹿児島で生まれ育って、大学の時に大阪に出てきて父と出会いました。素朴で純粋で心がたくましい女性です。僕はすごく尊敬しています。

― 恐らく、パキスタンの方と結婚するというと、鹿児島のご実家で反対されたのではないかと思いますが・・・

ウスマン:まさにそうですね。反対されていろいろありましたね。

ビイラル:田舎に行って、母と結婚したいと言ったら大反対されたと言ってました。

―お二人は鹿児島にもよくいかれますか?

ウスマン:今はもう祖父母のお墓があるだけですので、行かないですね。


◆暮らしの場としての神戸の魅力も伝えたい
― 川添兄弟お二人は神戸生まれ?

ウスマン:神戸で生まれ育ちました。家は北野町でした。

― モスクに歩いていけますね。私が神戸にいたころは、うろこの家も人が住んでいて、お手伝いさんが洗濯物を干しているのを見たことがあります。ほかの異人館も普通に人が住んでました。今の北野町は、すっかり観光地になっていてびっくりします。
今回の映画、北野町など、いわゆる観光地は出してないですよね。
最初、ポートライナーから山が見えて、やっぱり神戸いいところだなぁ~と。住宅街や海の見える建築現場など、神戸の良さがとてもよく描かれてました。撮影場所も苦心して選ばれたことと思います。


ビイラル:神戸で撮ることが決まっていたので、神戸の魅力はちゃんと伝えたいと弟と考えました。神戸フィルムコミッションや知り合いの方に助けていただいて、神戸の美しさを見せつつ、二人の人物の現実的な日常も見せたいとバランスを考えました。神戸にもいろいろなところがあるので、誠は誠らしいところ、春樹は裕福な方々が住んでいるところと。

― 春樹の家はどこで撮影されたのですか?

ビイラル:あれは芦屋の六麓荘の手前あたりですね。

― 坂の下に海が見えていて、神戸の住宅街らしい懐かしい光景でした。
(注:芦屋は神戸市ではなく神戸の一番東の東灘区の隣の市。)

ビイラル:神戸ではよく観る光景ですね。

― 保久良神社を選んだのは? フィルムコミッションですか?

ビイラル:もともと知っていて、直接交渉にいきました。ここで撮りたいという思いを伝えたら、撮らせてもらえました。神戸の綺麗な町の景色が見晴らせるということと、春樹が幼馴染の仁美と子どもの頃によく行っていたという設定としても素敵な場所でしたので。日本人なら神社に行くのは普通なので、それも描きたかった。

― あそこから見える景色が、昔はもっと海が近かったのですが、埋め立てて海が遠くなったなと思いました。 海さんは、神戸とは縁があったのでしょうか?

海:ウスマンが大好きでウスマンの住んでいる町ということはあるのですが、インターナショナルスクール時代にスポーツなどの対戦で行ったことがあるくらい。ウスマンの通っていた神戸のインターナショナルスクールと対戦してました。

― 今回、撮影でいらしていかがでしたか?

海:5日間の撮影で、ハードでほとんど寝てなくて、今回も神戸の観光はできませんでした。出来上がった映画を観て、素敵な町だなと思いました。

― 2017年10月にクラウドファンディングされてますよね。撮影はいつ?

ビイラル:2018年1月。そのあと、編集に時間がかかりまして、やっと完成したのが8月か9月位。そこから映画祭への応募を始め、2019年の映画祭にかけていただきました。

― 1月の撮影はいかがでしたか?

ウスマン:寒かったですね。つねに海とハグしてました。仲良すぎて、ふざけて、怒られました。

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◆様々なハーフの思いを伝えたい
― 今の日本では外国人やハーフの方もすごく増えてきて、学校にも大勢いて、普通になってきたけれど、一方で移民難民排斥というような風潮も世界には残念ながらあります。そういう問題を前面に掲げた映画ではありませんが、心に残るインパクトのある映画でした。映画作りにかけた思いをそれぞれお聞かせください。

ビイラル:日本にはいろいろなハーフの方々、マイノリティーの方々がいるので、私たちのストーリーだけでなく、いろんな方々の思いや経験を知っていただきたいという思いが強かったので、純粋にこの映画を観ていただけるようにと思って映画を作りました。

ウスマン:兄が全部言ってしまったのですが、映画を観ていただけるなら、色々なタイプのハーフがいて、僕らが抱えている不満を観客に押し付けているわけではなくて、純粋に観ていただいて、こういうバイレイシャルなハーフがいるのだとわかっていただけると、それだけでいいかなと思って映画を作りました。

― ウスマンさんは脚本を書かれましたが、お兄さんと相談しながら?

ウスマン:僕と兄は似たような経験をしていまして、相談しながら最初僕が長編の脚本を書いて、兄に投げて相談して、中編映画のほうが観客側からすると観やすいかなと思って色々カットして短くしました。

― 海さんは、この映画にお声がかかっていかがでしたか?

海:台本をもらって、読んで、「こんな映画、観たことのない!」と思って、テンションがあがりましたね。ウスマンがさっき言ったように、複雑なカルチャーに対してこれが正解というものはないと思います。「これが正解」という映画は多いと思うのですが、二人は繊細に描いているので、「正解は一つではない」という多様性を表現できるように頑張ろうと思いました。

― 映画の中では内向きの暗い役ですよね。ほんとの自分とは違う?

海:結構、真逆のタイプ。春樹はほかの人の目線や意見に対してデリケートだけど、自分の意思はちゃんと持っているという難しい役。僕自身の中でも、昔、こう見られたけど自分は違うという経験があって、それをもっと強くして、面倒くさくして、強調して取り組みましたね。

― 日本だと、どちらかというと白人にはへつらうようなところがあって、あこがれの目で見られることもあると思います。

海:今回の映画でも、カッコいいとか、モデルやればとか言われる場面があるように、いわれた時に嫌じゃないのですが、違和感があって、それを笑いにしたり自虐ネタにしたりするディフェンスメカニズムが出来上がってます。

― 小さい時から、どう対応するのかが身についているのですね。


◆今、映画界にいるワケ
― 映画の世界に入りたいと思ったきっかけは? 

ビイラル:小学校(インターナショナルスクール)の時に、自分たちでカメラを持って動画を撮って編集する授業があって、それまで数学など勉強は全部できなかったのですが、カメラを持ったらとても自然で、私はこれがしたいと。そこからですね。あの授業があったからこそ、今私がここにあるんだと思います。

ウスマン:兄のおかげで映画業界に入ったと思います。昔から映画が好き。父が映画が好きだったので、2歳の時に『ターミネーター』を観てました。映画もですが、写真を撮るのもすごく好きです。兄が映画を作るというときに、撮る方を担当しました。CMや短編映画のアシスタントカメラマンをしていて、撮影監督を目指しています。

海:僕もビイラルと似ていて、インターナショナルスクールの中学の時に映画を作る授業があって、クリスマスがテーマだったのですが、作ったのが結構ダークな映画。親友がいじめられて自殺しそうになり、クリスマスの前に夢でサンタクロースが出てきて「助けてあげなよ」と言う物語。クラスで上映した時に、皆の顔を見ていたら、感動しているのがわかって、映画の力を感じました。そのあとに、エリスさん(注)という素晴らしい方の演技の授業があって、それをずっと中学から高校にかけて受けていて、役者になろうと思いました。

注)エリス・ブァン・マーセビィンEllis Van Maarseveen
イギリスとオランダで舞台監督、演劇・映画役者、演劇指導者としての豊富で多彩な経歴をもつ演劇トレーナー



◆一押しの映画
― 皆さん、好きな映画は? 1本にしぼるのは難しいと思いますが。

ウスマン:今年はまだ終わってないので、去年のナンバーワンを挙げると、『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』(監督:ダリウス・マーダー、2019年、アメリカ )。Amazon Prime オリジナル(2020年12月4日から配信)。音の描写が素晴らしい映画です。
(★2021年10月1日劇場公開
公式サイトhttps://www.culture-ville.jp/soundofmetal


ビイラル:いっぱいありますが、大好きな映画は、『エターナル・サンシャイン』(監督:ミシェル・ゴンドリー、2004年、アメリカ) 。素敵な映画ですので、ぜひ観てください。

海:2つあって、まず『カッコーの巣の上で』(監督:ミロス・フォアマン、1975年、アメリカ)。ジャック・ニコルソンがすごく好きで、観て衝撃でした。 メーキングを観て、すごいなと。精神病院に1か月くらい役者を入れて、キャラクターのまま過ごさせています。もうひとつが、『ナポレオン・ダイナマイト』(監督:ジャレッド・ヘス、2004年、アメリカ)、2006年DVD発売時の邦題『バス男』ですね。子どもの頃から影響されています。ふわふわしたコメディが大好きですね。



◆河瀨直美監督から学んだこと
ー ビイラルさんの卒業制作『波と共に』(2016年)には福島からの避難民とミャンマーの難民の方が出ていますよね。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021に出品の『ひびき』はコロナ禍での人と人との関係を描いていて、いつも今的なことに焦点を当てておられますね。
河瀨直美監督ともご縁がありますが、河瀨さんから学んだことは?


ビイラル:よく一緒に仕事をさせていただいてます。直美さんは独特なスタイルで撮る方。現場に行かせていただいて、すごい学びになります。こういうスタイルもあるんだと。役者のことを思う監督。自然な演技を引き出すために役者のために環境を作ってあげることを大事にされている方。そこはすごく学びました。

― 河瀨直美監督は、『朝が来る』の時にも「役積み」の手法で、奈良や東京の海の見えるマンションで、撮影前に1か月くらい本物の家族のように俳優の方たちに暮らしてもらったそうですね。

ビイラル:ほんとは海さんに撮影の前に1か月位、神戸の豪邸に住まわせてあげたいところでした。予算がないのでそれはできなかったのですが、その大切さは学びました。


◆ほかにないユニークな映画をぜひ観てほしい
― 映画作りはお金がかかりますよね。お金をかけない方法もあるとは思いますが。
コロナで映画館の興行収入も減っているし、いろいろ大変だと思います。

ビイラル:だからこそ映画を作らないといけないのかなというのは、海もウスマンも同じ気持ちだと思います。コロナで苦労されている人が大勢いると思いますので、アートは多様な声を表現するために貴重な存在。映画を作り続けることが大事だなと思います。

― 今のが観客に向けての言葉とも思えるのですが、公開に向けて、観客に一言お願いします。

ビイラル:コロナの感染拡大で映画館に足を運ぶのも難しいと思いますが、ユニークな作品になっていますので、ぜひ観ていただきたいです。ほかにはないものが、この映画にはあると思います。

海:川添兄弟は面白く、繊細に映画を作ります。ハーフやバイリンガル、バイレイシャルの描き方をぜひ観ていただきたいと思います。

ウスマン:映画自体はセンシティブ。僕らの思いを受け入れてもらうのもありがたいけれど、面白い場面もありますので、複雑に深く考えずにエンジョイしていただければと思います。

*☆*☆*☆*☆*☆*

このあと、写真を撮らせていただいたのですが、インタビュー中以上に、じゃれあうウスマンさんと海さんでした。ちなみに、3人の間では英語で話すほうが楽だそう。今また、3人でのプロジェクトが進行中とのこと。次回作も楽しみです。 
景山咲子


■プロフィール


【監督】川添ビイラル Bilal Kawazoe

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大阪ビジュアルアーツ専門学校放送映画学科での卒業制作『波と共に』('16)が、なら国際映画祭NARA-waveと第38回ぴあフィルムフェスティバルに入選し、第69回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーに選出される。中編第2作目『WHOLE』('19)は、第14回大阪アジアン映画祭インディー・フォーラム部門にてJAPAN CUTS賞 スペシャル・メンションを受賞し、北米最大の日本映画祭であるニューヨークのJAPAN CUTS 2019へ正式出品される。現在はフリーランスとして河瀨直美監督や世界的に活躍する監督の元で映画制作に携わる。


【中村春樹役】サンディー海 Kai Sandy

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日本生まれ日本育ちの俳優。シアトルのコーニッシュ大学で演劇を学び、東京に戻ってくる。東京に帰国直後、大根仁監の『奥田民生になりたいボーイ』で映画俳優としてのキャリアをスタート。マッケンジー・シェパード監督の短編映画『Butterfly』('19)では主演を務め、NHK大河ドラマ「いだてん」('19)にはユダヤ人通訳・ヤーコプ役で出演した。2020年には、出演『花と雨』(監督:土屋貴史、主演:笠松将)が公開された。



【脚本・森誠役】川添 ウスマン Usman Kawazoe

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コンテンツクリエイター・俳優。日本人の母とインド人の父を持つミックス。神戸で生まれ、日本のインターナショナルスクールで育った。本作のプロデューサー・脚本・主演を務めた後、進路を変える決意をし、2019年にプロのフォトグラファー・カメラマンとしてデビュー。ハリウッド映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の現場等に参加しつつ、自らプロジェクトをプロデュースし、撮影をしている。


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