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『私たちの生涯最高の瞬間』(2008)、『リトル・フォレスト 春夏秋冬』(2019)などのイム・スルレ監督が2001年に発表した長編監督2作目の『ワイキキ・ブラザース』(2001年)が、 JAIHOプレミア作品(日本初公開*映画祭を除く)として3/14(月)に配信されることになりました。
【配信期間:2022年3月14日~4月12日】
JAIHOとは

『ワイキキ・ブラザース』 作品紹介  
原題 와이키키 브라더스
公式HP

監督・脚本:イム・スルレ
撮影:チェ・ジヨル
音楽:チェ・スンシク、キム・ミヌ
出演:イ・オル、パク・ウォンサン、ファン・ジョンミン、リュ・スンボム、パク・ヘイル
製作2001年 韓国

高校時代に7人で結成したバンド「ワイキキ・ブラザース」。学校を卒業してもバンドを続けるミュージシャンたちだが、なかなか芽が出ず、一人抜け、二人抜け、ついには4人になってしまった。そんな彼らの生き様を韓国で大ヒットした名曲と共に描く哀愁に満ちた物語。現在、韓国映画界の様々な分野で活躍する名優やバイプレイヤーが数多く出演している。第38回百想芸術大賞で作品賞を受賞した他、第22回青龍映画賞では助演女優賞(オ・ジヘ)、技術賞など数多くの賞を受賞。日本では第2回東京フィルメックス2001のコンペティション部門で上映された。韓国公開版で日本独占初配信される。

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「ワイキキ・ブラザース」は高校を卒業して4人で音楽活動を続けていた。ソンウ(イ・オル)はリーダーとして仕事を続けていたが、来る仕事といえば場末のクラブのダンスホールやイベントの伴奏ばかり。不景気のあおりを受け生演奏の仕事は激減、なかなか成功することができず各地を転々としていた。さらにひとり去り3人になってしまった。そして、バンドは故郷水安堡(スアンボ)にあるワイキキ・ホテルのナイトクラブで仕事をすることになった。10年ぶりに故郷に戻ったソンウは、高校時代、共にバンドをしていた仲間や恩師、初恋の女性イニと再会するが、彼らは皆、音楽をあきらめ生きていた。
主演のソンウを演じるイ・オルをはじめ、パク・ウォンサン、ファン・ジョンミン、リュ・スンボム、パク・ヘイルなど、今や韓国映画界で活躍する俳優たちが多数出演。
夢をもちバンド活動をしていた高校生時代。10数年たち、音楽は続けているものの夢破れ、生活を続けるのもやっとの中年になった自分たち。アイロニーに満ちた作品だが、最後は少し希望が持てる状況に変わっていくのかもしれないというところで終わる。

イム・スルレ監督プロフィール 任順禮 임순례 
1960年インチョン(仁川)生まれ
1987年ハニャン(漢陽)大学校 大学院演劇映画科終了
1992年フランス パリ第8大学 映画視聴覚専攻
1994年『雨中散策』短編 監督・脚本・制作      
1996年『三人の友達』長編 監督デビュー作
2001年『ワイキキ・ブラザース』監督・脚本
2001年『美しい生存-女性映画関係者が話す映画』監督
2003年『もし、あなたなら ~6つの視線』中、「彼女の重さ」の監督・脚本
2007年『私たちの生涯最高の瞬間』監督・脚色
2009年『飛べ、ペンギン』監督・脚本
2010年『牛と一緒に7泊8日』監督・脚本
2012年『南へ走れ』監督
2014年『提報者 ~ES細胞捏造事件~』監督
2018年『リトル・フォレスト 春夏秋冬』監督
2021年『交渉』監督

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イム・スルレ監督オンラインインタビュー 
2022年2月28日 取材・まとめ:宮崎 暁美 文字起こし:景山咲子

編集部:これまでシネマジャーナルではイム・スルレ監督の作品は、本誌で『美しい生存-女性映画関係者が話す映画』『ワイキキ・ブラザース』『もし,あなたなら ~6つの視線』『私たちの生涯最高の瞬間』『牛と一緒に7泊8日』『リトル・フォレスト 春夏秋冬』などを紹介させていただきました。また、2010年2月に中野のポレポレ東中野で開催された「真!韓国映画祭」の時、『飛べ、ペンギン』でイム・スルレ監督にインタビューさせていただきましたが、今回、『ワイキキ・ブラザース』がネット配信されるにあたって、またインタビューする機会をいただきました。よろしくお願いします。

*参照 シネマジャーナルHP 特別記事
真!韓国映画祭『飛べ、ペンギン』イム・スルレ監督インタビュー

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●21年前の作品が日本でネット配信されるにあたって

― この21年前の作品(2001年)がネット配信されることになりましたが、自分の初期の頃の作品を日本の映画ファンに観てもらうことについての感想、メッセージを。

イム・スルレ監督:20年ちょっと経って、また日本で紹介されることになりました。コロナ禍の難しい厳しい時期にネット配信いただけることになってほんとうに感謝しています。最近、以前に比べると日本と韓国の関係が、政治家によってあまりよくない状態に置かれていますが、両国がお互いに交流できるのは、まず最初に映画を通してお互いのことを理解することから親善関係が始まると思います。
今回は日本の観客の皆さんに韓国の平凡な人たちの生きる姿を見ていただいて、韓国という国、そして韓国の人に対して理解を深めていただければと思います。

― 監督も見直されたと思うけれど、見直してみた感想は?

監督:去年11月に公開20周年記念として韓国で上映の機会があって、ファンの方たちや出演した中ではパク・ヘイルさん、パク・ウォンサンさんも劇場に来てくれました。私も久しぶりに映画館で観ました。20~30代の若い人たちは『ワイキキ・ブラザース』を知らない人たち。今とは生活の様式も違いますし、昔の映画なのでダサいとか、理解できないと言われたらどうしようと思っていましたが、皆さんとても気に入ってくださって、時代を超えて通じる感性があると知って、とてもいい時間を過ごすことができました。

●作品を作ったいきさつ


― 『ワイキキ・ブラザース』というタイトルから受ける軽やかなイミージと違って、厳しい現実が切なく迫る映画でした。青春の夢や輝きと、年齢を経ての現実。そういう葛藤が、時代背景、地方の小都市の光景、学生時代の仲間との関係など、うまく表現されていると思いました。この作品を作ったいきさつなどを聞かせてください。また、カラオケに押されて、生バンドでは生計が立てられなくなった時代ということが、映画の中で語られていましたが、この時代の社会背景をあらためて教えてください。

監督:韓国では飲み屋などで生の演奏をして生計を立てていた人たちがカラオケが出てきて仕事がなくなってきた時期でした。韓国社会で古いものがなくなって、新しいものにどんどん入れ替わる時代でした。『ワイキキ・ブラザース』を撮った経緯は、友人の監督の経験談に基づいているのですが、自分で撮るより私が撮った方がいいのが撮れるだろうと提案してくれました。実際に飲み屋でバンドをやっている人たちにインタビューをして内容を練っていきました。バンドマスターの人たちの仕事が終わるのが朝方。それからお酒を飲みながら話を聞いていました。という次第で、その時期は毎晩ナイトクラブに出勤していました(笑)。

― 田舎町の光景から現代が1980年代~90年代という感じがしたのですが、携帯電話が出てきてびっくりしました。この時代背景は携帯電話が出てきたところからみて、撮影された2001年頃なのですか?

監督:韓国で携帯電話が出始めたのは、90年代前半から半ばと記憶しています。映画の中の高校時代は80年代。成人してからの現代は2001年頃です。

●出演者のこと

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― ファン・ジョンミンやパク・ヘイル、パク・ウォンサンなど、今、映画やTVドラマなどで活躍している方たちが何人か出ていますが、まだ駆け出しだった頃の俳優さんたちを観ることができてうれしかったです。この時のキャスティングとか、俳優さんたちとの当時の思い出は? ファン・ジョンミンはこの時も振られ役だったのかと思わず笑いました。

監督:そうですね。この映画に出演した時には、皆、初めて映画に出るとか新人で、あまり知られていませんでした。パク・ウォンサン、ファン・ジョンミン、リュ・スンボム、パク・ヘイル 皆そうでした。パク・ヘイルさんは映画初出演。演劇の舞台を見て、周りの人たちに推薦してもらって決めました。ファン・ジョンミンさんはオーディションを受けてもらって決めました。パク・ウォンサンさんは私の前作『三人の友達』に端役で出ていただいていた縁がありました。リュ・スンボムさんは、お兄さんのリュ・スンワンさんが監督をしていて、監督作『ダイ・バッド ~死ぬか,もしくは悪(ワル)になるか~』に出ているのを見て決めました。皆さん無名の新人だったのですが、冗談で、今、このキャストを選んだら、出演料だけで数十億ウォンの費用になりますねとよく言ってます。

― バンドのメンバー、皆さん演奏、歌など上手でしたが、もともとそういう素質を持った人を選んだのですか? あるいは練習によってあそこまでうまくなったのですか?

監督:日本の俳優さんたちの事情はわからないのですが、韓国の俳優さんたちは、基本的に歌が上手いので、練習すれば大丈夫と思って、ほとんど本人に歌ってもらいました。ただ唯一、一番たくさん歌ってもらわないといけない主人公を演じたイ・オルさんだけは音痴だったんですよ。本人も音痴と言っていたのですが(笑)。練習すれば大丈夫と思ったら、音痴に加えてリズム音痴で、ギターを弾きながら歌わないといけないので無理でアフレコにしました。

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●新作について

― 最近の映画製作状況は? 

監督:新作は『交渉』という作品を撮り終えているのですが、コロナ禍で劇場公開が難しくて、公開できるのを待っているところです。今、コロナで劇場公開が難しいので、ネット配信のシリーズ物を撮っている監督も多いです。私も仕方なくシリーズ物を作ることになりそうです。

― 時間がきてしまって残念です。またお会いしましょう。


他にもいろいろ聞きたいことがあったのですが、時間切れになってしまいました。下記のようなことを聞けたらと思っていました。

●ソンウの高校時代の音楽の先生の話。
朝鮮戦争時、北から逃げてくる時に母親と離れ離れになったと話していましたが、先生はそのことをあまり人に話したことがないようでした。長い年月が経ち、離散家族については話題にしにくくなったのでしょうか。

●イム・スルレ監督の作品は、社会情勢や人権などの問題を取り入れ、ヒューマンな作品が多いですが、アカデミー賞を受賞したポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』では貧富の差というのが伏線に描かれていましたし、韓国では光州事件など、社会派的なものを伏線に入れたりテーマにしながらエンターティメント作品に仕上げ、見ごたえのある作品が結構ありますが、日本映画はなかなかそういう商業作品が少なくて残念に思っています。韓国ではそういう作品に対して制約とか忖度とかそういうのはあまりないのでしょうか。あるいは観客の力、好みが効いているのだと思いますか?

●日本では映画界もコロナで大打撃を受け、ミニシアターの草分けである岩波ホールが7月に閉館するなど大きな影響が出ていますが、韓国ではどうですか? また、コロナの影響を受け配信が盛んになってきましたが、韓国でもそうですか? そのことで大きなスクリーンで観るのが前提の映画の作り方が変わってきそうですか?


取材を終えて

私は2001年の東京フィルメックスでこの作品を観ていますが、もう21年も前のことで、その時はここに出演している俳優さんたちの名前は知りませんでした。今、観る人は、現在、活躍している人たちの若い頃の姿を見ることができ、それはまた、お得な映画の楽しみ方になるかと思います。それにしても、今や韓国映画界で活躍している人たちが、こんなにも出演していたんだと、見直してみてびっくりしました。
イム・スルレ監督が日本に来た時には、だいたい監督の映画を観に行っているので、何回かお会いしたことがあるのですが、インタビューは2回目です。オンラインでのインタビューというのは初めての経験でしたが、このコロナ禍、新たな取材の方法として浸透するのでしょうか。私はやはり、直接お会いして話ができたらと思いました。早くコロナの影響がなくなり、直接お会いできたらと思います。
新作の『交渉』は、中東地域で拉致された韓国人人質を救うため、命を賭けて孤軍奮闘する外交官と国家情報院要員を描いた作品とのこと。ファン・ジョンミンが韓国外交官、ヒョンビンが国家情報院要員を演じているので、きっと日本でも公開されることでしょう。楽しみにしています。それにしても、今や大物スターをキャスティングして、しかも社会的な事件を元に映画を撮るというスタンスは変わらないという心意気はやはりイム・スルレ監督ならではのもの。あっぱれ。

参照
イム・スルレ監督作品、シネマジャーナル本誌掲載号
『美しい生存-女性映画関係者が話す映画』(2001)54号
『ワイキキ・ブラザース』(2001)54号、55号
『もし、あなたなら ~6つの視線』(2003)
『私たちの生涯最高の瞬間』(2007)
『牛と一緒に7泊8日』(2010)
『リトル・フォレスト 春夏秋冬』(2018)