被写体との運命的な出会い、そして捉えた決定的瞬間。
ドキュメンタリー『鉛筆と銃 長倉洋海の眸(め)』は、長倉洋海自身が語る彼の辿ってきた人生。
『鉛筆と銃 長倉洋海の眸(め)』
出演:長倉洋海
ナレーション:山根基世
監督・撮影:河邑厚徳
公式サイト:https://enpitsutojyuu.com/
★2023年9月12日(火)〜9月24日(日)東京都写真美術館ホールほかにて公開
<トークイベント ゲスト一覧>
9/13(水)18:50〜の回 稲垣えみ子(元新聞記者)
9/14(木)18:50〜の回 大竹英洋(写真家)
9/15(金)18:50〜の回 南研子(熱帯森林保護団体)
9/16(土)15:30〜の回 梯久美子(ノンフィクション作家)
9/18(月・祝)15:30〜の回 柳田邦男(ノンフィクション作家)
9/20(水)18:50〜の回 角幡唯介(探検家・作家)
9/21(木)18:50〜の回 山根基世(アナウンサー)
9/22(金)18:50〜の回 石川梵(写真家・映画監督)
9/23(土・祝)18:00〜の回 飯沢耕太郎(写真評論家)
『笑う 101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』(2017)
『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14 部』(2022) に続き、河邑厚徳監督に3度目のインタビューの機会をいただきました。
【取材】撮影:宮崎暁美(M)、まとめ:景山咲子(K)
◎河邑厚徳監督インタビュー
◆写真家・長倉洋海の軌跡を描いたハードボイルドドキュメンタリー
K: 長倉洋海さんの写真家としての積極的な人生と、カリスマ性のあるマスードの激動の人生の両方をたっぷり知ることのできる映画でした。
NHK シルクロード特集のディレクターをされていた時には、ソ連との戦争中でアフガニスタンに入れなかったそうですが、初めてアフガニスタンに行かれたのは、2017年にNHK ETV特集「アフガニスタン・山の学校 マスードと長倉洋海の夢」を製作されたときでしょうか?
監督:NHK ETV特集を製作した時には結局アフガニスタンに行けませんでした。現場に行かずに作ったので、充分でない不満の残るものでした。記録映像や長倉さんの写真などを使って特集としてなんとか成立はしたのかもしれないけれど、別の形でちゃんとしたものを作りたいと思っていました。ETV特集とはまったく違うものにしたいと思いました。
K:その後、この映画の制作を決め、アフガニスタンに行って撮影されたのが、2018年でしょうか?
監督:2018年5月に行き、1週間撮影し、その後、もう一度行きたい思いがありました。2018年の訪問時も治安は決して良くありませんでしたが、2019年には中村哲さんが殺されました。再訪したいと思っていたのですが、政府に対する様々な反乱分子がいて、落ち着かなくて結局行けませんでした。
K: 北部パンシール渓谷の山の学校は、男女共学で、学んだ女性たちが先生になって戻ってきているなど、アフガニスタンでは珍しい学校ですが、タリバンの復権で前途多難ですね。
監督:カーブルにも男女共学の学校はないし、パンシールは、女性たちも社会貢献していて、特別です。それを長倉さんが見事にフォローされていて素晴らしいですね。
タリバンもそういう学校を潰したことを国際的に知られると問題になるので、あからさまには出来ないという状況がありますが、そういったことは報道系のドキュメタリーが描けばいいテーマです。この映画については目線が違います。男性であれ女性であれ、一人孤独に生きている人間を描いたものを目指しました。この映画は、長倉さんの独白で構成しています。(比較的感情的なものや気持ちでなくて事実を、乾いた文法で語っていく)ハードボイルドで、一人称です。組織に寄らず、個人の力で困難を乗り越えて生きていく姿を長倉さんに託して描いています。ですので、ETV特集の「アフガニスタン・山の学校」とは全く違うスタンスです。
M:私は長倉さんと同じ1952年の生まれで、長倉さんと同じくベトナム戦争の報道写真に興味があって、やはり報道写真を目指していました。だから長倉さんのちょっと遅れたという心境がすごくわかります。女性でも南條直子さんや大石芳野さん、古居みずえさんなど、戦場や紛争地の写真を撮っている写真家がいます。私もそういう場に行って写真を撮りたいと思ったけど、とうとう日本を飛び出すことはできませんでした。だから、自分が出来なかったことへの挫折感があるまま、ずっときています。
監督:ベトナム戦争が、1975年に終わって、長倉さん曰く、「報道写真家としては時期が遅れたことから、どうやって自分を探して行くか・・・」。 それが今回のドキュメンタリーの肝です。最初は決定的瞬間を撮りたいと思っていた長倉さんが、表現者として成長する物語です。
今の若い人が思い通りにならないのは社会の責任ではない。長倉さんは、のんきで楽観的な一方、たくましさもある。そういう人が生き残る。
◆静止画から伝わる物語
M:彼の撮った写真に惹かれるのは、そこに写った人々の表情です。その表情を通して戦争の真実や残酷さが表現されていると思います。
監督:世界中、彼の行ったところの人たちの表情がいい。
本作は、スチールを中心に構成しました。長倉さんのやってきたことの普遍性に惹かれて、形にしたいと思いました。
アフガニスタンについては、状況がどんどん変わります。2021年8月 タリバンが復権しましたが、映画にする時に、どの時点で作るのか? ニュース報道は圧倒的に、今現在のことを伝えるけれど、本作は、もっと長いスパンで、過去と未来を含めての映像ドキュメンタリーです。今起きていることは、ほかのメディアに任せればいい。
K: 静止画である長倉さんの撮った写真が、とても生き生きと生かされていました。
監督:長倉さんの写真からクリエイトする世界が素晴らしいと思います。「映像の世紀」というと、動画がメインですが、動いていないものにも力があります。いい写真からは想像力をかきたてられて、観る者の中で世界が生まれます。数枚の写真を使って時間の流れを見せることもできます。臨場感もあります。長倉さんの写真を取捨選択して構成すると生き生きとした物語ができます。
M:かつて写真展でマスードの読書する横顔のアップの写真を見て感動しました。生きている姿が伝わってくる写真をたくさん撮っていらして、止まっている写真なのに、人生が見えてくるように感じられました。
笹本恒子さんや石川文洋さんなど写真家のドキュメンタリーがありますが、写真と動画をコラボすることによって、さらに魅力が伝わってくることを感じます。
監督:写真は写真、ムービーはムービーでなく、映像という大きな枠でみると、これまで固定観念で考えていたのとは違うものが見えてきます。
写真は時を閉じ込めることができると思います。過去の写真であっても、現在にも通じるメッセージがある。人間は変わるわけじゃない。戦争は、ベトナムであろうと日本であろうとウクライナであろうと、人間のやっていることは同じだと思います。
◆日常から見える長倉洋海の生き方
M:釧路での暮らしの場面が入っていたのがとてもよかったです。これまでの彼の生き方と照らし合わせて、面白かったです。
監督:釧路での暮らしを映し出したのは、世界の一線のカメラマンが普通の生活をしているという、男の一人暮らしの生活感を出しました。ストレッチしたり、食事をしたりという日常とドラマのコンビネーションです。
(同じく9月12日〜24日まで東京都写真美術館ホールで上映される)前作の『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14 部』の亡くなられた丸木夫妻と、生きている長倉さんでは、撮り方も違います。
K:最後に観る方に向けて一言お願いします。
監督: 私自身、もともと写真が好きでした。父が国鉄の職員で、最初、小倉に赴任して、20代の時に長崎の原爆の跡の写真も撮っています。小さいときから父が一眼レフで撮っているのを見ていました。
今回、「監督・撮影」としています。前はスタッフロールの撮影のところに名前を入れていたのですが、動画の撮影も自身で担当していることへのこだわりです。
映画をご覧になる方には、静止画、動画の両面から「映像の時代」の意味を広く見ていただければと思います。
河邑 厚徳(かわむら あつのり)
映画監督。元NHKディレクター
1971年にNHK入局以来、40年以上、ETV特集・NHKスペシャルを中心に現代史、芸術、科学、宗教、環境などを切り口にドキュメンタリーを制作。現代の課題に独創的な方法論で斬り込み、テレビならではの画期的な問題提起をするスタイルが特徴。これまで制作してきた番組は、国内外の賞で入賞するなど、その独自の手法は評価を得ている。定年後はフリーで映像制作を続ける。
<映画>
「天のしずく 辰巳芳子 “いのちのスープ”」(2012)
「3D大津波 3.11未来への記憶」(2015)
「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」(2017)
「天地悠々 兜太・俳句の一本道」(2019)
「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14部」(2022)
「鉛筆と銃 長倉洋海の眸」(2023)
<放送番組>
特集ドキュメンタリー「がん宣告」「私の太平洋戦争~昭和万葉集より~」、NHK特集「シルクロード」、NHKスペシャル「アインシュタイン・ロマン」「チベット死者の書」「長崎の子・映像の記憶」、BSスペシャル「エンデの遺言~根源からお金を問う~」、ETV特集「一枚のハガキ・新藤兼人」「霊魂を撮る眼・江成常夫」、日曜美術館「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」など多数。
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