『星より静かに』 君塚匠(きみづかたくみ)監督インタビュー

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*プロフィール*
1964年生まれ。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。 1988 株式会社フジテレビジョンの取材ディレクターを経て株式会社テレビマンユニオン に移籍。ドキュメンタリーを中心に数々のディレクターをして実績を残した。1988年、劇場映画『喪の仕事』の脚本・監督をするために株式会社テレビマンユニオンを退 社。フリーランスの道を選び、背水の陣で映画の実現に臨んだ。
1991年に監督・脚本 した『喪の仕事』が完成し公開。その後、『ルビーフルーツ』『激しい季節』『おしまいの日』の監督を依頼されて、2000年、黒木瞳、萩本欽一出演の『月』まで5本の劇場映画の監督と脚本を手掛けてきた。一方、TVディレクターとしても、ドキュメンタリーや情報番組、テレビドラマの監督経験多数監督。TV-CM、企業VPの監督もこなし受賞歴多数。今作『星より静かに』は最新作であり企画、プロデュース、脚本、監督、出演を果たす。
同映画は第49回湯布院映画祭にて映画祭最後を飾るクロージング上映に選出された。

*ストーリー*
55歳のときにADHD(注意欠如多動性障害)と診断された君塚匠監督は、それまでの生きづらさがADHDの特性によるものだと知った。この症状がもっと知られていってほしいという思いから映画制作を決意。
映画は君塚監督の実体験を元にしたドラマ部分と、ADHDについて君塚監督自身が様々な人と出会いながら探っていくドキュメンタリー部分とがあり、この二つが分かれるのではなく、互いにミックスしながら進む構成。
ドラマ部分ではADHDの夫・はじめ(内浦純一)と彼を支える妻・朱美(蜂丸明日香)、息子・純(三嶋健太)を見守る母(渡辺真起子)、二組の暮らしを丁寧に描いている。
(C)ステューディオスリー
★2025年6 月21日(土)より K’s cinemaほか全国順次公開

―ADHDの人が今300万人から400万人もいるそうですが、知られてきたのは、最近ですよね。
私は検査したことはありませんが、「道順を憶えるのが苦手」とか「失くしもの、忘れものが多い」とか共通点がありました。監督は55歳になってからわかったそうですが、何かきっかけがありましたか?


僕はそれが顕著に出るんです。
最初は若い時にパニック障害で通院していて、それからいろいろな精神疾患の症状が出ました。検査をしてADHDの薬を処方されたら、てきめんに良くなるんですよ。それでこれまで生きにくかったのは、ADHDだったからだなとわかったんです。

―以前はちょっと変わった人、神経質な子ども、などと言われていました。ほかと違うことで困ったり、生きづらかったりした監督の体験からADHDはこういうものですとお知らせしたいと、この映画を作ることになったんですね。

はい、そうです。

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君塚監督、施設長

―映画はインタビューなどドキュメンタリーの部分と俳優さんが演技をするドラマの部分が両方あって、それがまじりあっています。夫婦と親子、二家族分のドラマがありましたが、ドラマの俳優さんがドキュメンタリー部分に出たり入ったりして面白いと思いました。ああいう組み立ては脚本の段階からだったんですか?

ええ、最初からです。構想は1年くらい前からあって、作ろうと動き始めて6か月くらい、脚本は20回、30回と書き直して、3ヶ月くらいで書き上げました。

―キャストは脚本が書き上がってから決まったんですか?

キャスティングは、二転三転しました。最初に考えていた人たちとはがらりと変わりました。

―観ているうちにこの人は当事者なのか、俳優さんなのかわからなくなっていました。支援施設で「支援員誰々」と名前が画面に出る方は本物の方ですね。

はい。障害者の方も、支援員の方もいます。経歴もほんとです。よく全部出させてくれたと思います。普通モザイクかけたりするので。交渉がうまくいったということです。

―みなさん、顔出してお話してくださっていましたね。施設長さんから職員の方、主治医の先生・・・。

家族2組の4人(内浦純一、蜂丸明日香、三嶋健太、渡辺真起子)は俳優で、後は実際の現場の方々です。
ふつうドキュメンタリードラマというと、ドキュメンタリーとドラマ部分がはっきり分かれています。僕はそういう考えは全くなくて、ミックスさせる、混在させたかった。脚本でわからないという人もけっこういたんです。作りながら、脚本にはなかったシーンを足したり、だいぶ変えました。
たとえば最後のほうのたこ焼き食べながら、突然タケノコの話をするのは現場で足したものです。

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はじめ(内浦純一)と朱美(蜂丸明日香)

―はじめさん役の俳優(内浦純一)さんもうまくて、この方は俳優さんなのか当事者なのか?と考えました。それくらい自然でした。

プロの俳優とそうじゃない素人との差がありすぎるのは、よくないと思ったんです。そこはすごく注意深くやりました。
今おっしゃったように、どっちが役者かわからなかったというのは、それがうまくいったんだと思います。

―私の感想は、監督のねらいどおりだったんですね。20代の独身の純、40代のはじめさん、年代の違うADHDの方の両方に監督の経験が入っているわけですね。

そうですね。最初ははじめ夫婦の2人がいて、純が出る予定はなかったんです。設定もわざわざ作ったところがあるんです。純がリンゴしか食べないとか、リンゴの会社に勤めているとか。ちょっと変わったユーモラスな部分を作りました。ドキュメンタリーとドラマとのバランスが良くなるかなと考えました。

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純(三嶋健太)と母(渡辺真起子)

―帰宅した純のシャツの背中に何か書かれていました。何と書いてあったんでしょう?

あれは最初純がぶん殴られる設定だったんですが、時間がなかったので変えました。何を書いていたかと言うと、デタラメな落書きです。
*宣伝さん「監督が自分で書かれたんですよね」監督「あ、そうです」

ー監督も同じ目にあったことが?

中学生のとき、いじめの対象になったことはあります。子どもって残酷ですから。暴力が当たり前のようにあった時代で、今なら大問題になりますが、生徒同士、先生が生徒に暴力を振るうのは珍しくなかったですから。シャツに書かれたことはないです。

―学校が荒れた時代がありましたね。
街頭のインタビューでは4、5人の方が登場していました。実際は何十人にもあたられたんでしょうか?


街頭ではけっこう長時間やったんですけど、ADHDはデリケートな話なので、自分が出て間違った話をして差別になっては、と出るのを断られる方もいました。5時間粘って、顔出しを了承してもらえた方はあれだけになりました。

―きっと長い時間かかったんだろうと思っていました。カップルの方は面白かったですね(2人ともADHD。お互い認め合って仲良し)最後の方はとてもまじめに答えてくださっていました。

はい。はっきりお話して顔出しもOKしてくれて、映画としてもよかったかなと。

―撮影は全部でどのくらいかかったんでしょう?
ドラマとドキュメンタリーが混在しているので、撮影や編集はたいへんではなかったですか?


撮影はドキュメンタリー部分も含めて1週間でした。お金がないので、僕が撮影したところもあります。
編集はテレビの編集マンをお願いしました。映画は初めてですが、ドキュメンタリーを何度か一緒にやった人です。ドキュメンタリー部分にはナレーション入れたらどうか?と言われたんです。そうするとわかりやすくはなったかもしれないけど、考えてみて結局それはつけませんでした。

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お姉さま、君塚監督、森重プロデューサー

―長引くとその分お金かかりますしね。(映画の中で)家を訪ねて来ていた森重さんがプロデューサーですね。

森重さんが資金集めをしてくれて、僕も制作に入っています。森重さんの条件は、スタッフは自分で集めろ、ADHDの当事者である監督の君塚匠が出演しろというものです。
とにかくものすごく低予算だったので、メイクも衣装もいなくて全部自前でした。衣装を替えるのもハイエースの中でやって。
渡辺真起子さんは根性のある方で、どんなに低予算でも自分が納得した脚本だったら出ると。メイクだけはあとから入れました。
いろいろボランティアでやっていただきました。カメラだけは2カメで撮ったんです。僕の出ているところも2カメで。じゃないと終わらないと思った。
テレビの再現ドラマを撮るカメラマンさんに頼みました。再現ドラマを狙ったわけじゃなくて、撮影が圧倒的に速いんです。この予算でこの映画って、相当異常ですね。

―俳優さんたちは出来上がったのをご覧になってなんとおっしゃっていましたか?

湯布院映画祭にも一緒に行ったんです。できあがって喜んでもらえました。

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君塚監督、渡辺真起子さん、蜂丸明日香さん
―「クレージー」と書かれたメールが間違って監督のところに届いた件、本人に届くとは思わず仲間うちの軽口のつもりだったかもしれないですが。

信頼していた人なのでびっくりしました。2、3人相手のメールだったんですが、そんな風に思われていたのかと人間不信になりました。その件を知った会社の幹部が深く謝罪してくれて、僕の怒りも静まりました。その後も配慮してくれて。

―言葉通り受け取るので、傷つきますね。ASDやADHDの人は、自分が思ったのと違うことを言えないしできないですよね。ほかの人も同じだと思って、裏を考えたりしません。

「忌憚のない意見を」とか言われると、正直にそのまま言ってしまうし、僕は忖度(そんたく)とかできないです。相手にも自分に直接ダメだったらダメと、はっきり言ってもらいたい。

―映画の中で喧嘩する場面ありましたね。うまく自分の気持ちを伝えられなくて、ついぎりぎりまでため込んでしまったりするのでしょう(自分がそうです)。監督の体験だけでなく、ADHDの特性を少しずつ入れ込んだのですか。

ADHDの特性については、医療監修していただいています。
鍵を何度も確かめるのは、強迫神経症(強迫性障害)のようです。

―はじめさんが何種類かの薬を飲んでいました。薬剤師さんが鍵をかけた引き出しを見せてくれましたがとても厳重なんですね。

アメリカでは承認されていない薬ですが、日本では承認されていて、ああいうふうに厳重に管理されています。診断書や証明書がないと処方されません。

―薬が効くのはありがたいですが、副作用の心配はありませんか?

薬によってはすごく眠くなるものもあるんです。最初はすごくよく効いても、長く使っているうちにだんだん効かなくなるものもあります。今も道順が覚えられないという、ADHD特有の自覚はありますが、体調は悪くないです。

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―登場するお姉様、仲良しなんですね。監督のご両親は?

父は70歳で、母は91歳で亡くなりました。

―ああ、そうでしたか、いろいろご心配しながら育てられただろうなと思ってしまって。施設長さんが、「いいことと悪いこと」を挙げていましたが、いいことを目指していかなきゃいけないですね。

そうですね。四六時中いっしょに見ていられるわけではないので、施設にいる2時間、3時間だけでも有効に使って自分で努力していくってことじゃないですかね。

―服飾専門学校のシーンは、ここだけちょっとカラーが違う感じがしました。若い人たちはこんなにこだわりないよということで?

差別をする人もいるけど、差別をしない人もいるよと、対比にしたんです。僕が世の中を歩いて、探していく旅のようにしました。答えは出していません。
「差別はあるけど、仕方がない。差別するしないのは自由なんだ」と施設長さんに言ってもらえて良かった。
湯布院映画祭ではそれを「冷たい発言ですね」という人もいたんですけど。自分が「ADHDだからしょうがないでしょ」と思っているところもあったので。
この映画で僕は自分を見栄えよくしようとは思っていないです。正直に自分の気持ちを言おう、前向きにさらけだそうと思いました。

―それは成功していると思います。ADHDを知らない人にこの映画が届いて、ほんの少しでも知識を持って理解が進んでくれるといいですね。

ありがとうございます。
            
(取材・監督写真:白石映子)

君塚匠監督の著作
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*書名:「もう一度、表舞台に立つために ―ADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡―」
*出版社:中央法規出版
*仕様:A5判/タテ組/並製/1色刷 約200頁
ISBN/JAN:9784824302830
*定価:2,000円(税別)
*書籍概要:55歳でADHD(注意欠如・多動症)と診断された映画監督・君塚匠は、人間関係がうまく築けず、人と同じようにできない自分に苦しんできた。本書は、自身も出演したドキュメンタリー×ドラマ映画『星より静かに』では描かれなかった君塚監督の幼少期からの生きづらさや周囲との軋轢、映画監督、テレビディレクターとしてのキャリア、自分を理解してくれる人々との交流などを、ときにユーモアを交えて著す。
*発行予定:2025年6月27日


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