北朝鮮の金日成は東欧の社会主義同盟国に「戦争を続けられるように孤児を引き受けてほしい」と要請。戦争孤児たちは1951年にロシア、ハンガリー、ルーマニア、チェコに散らばり、そのうちの1500人がポーランドに送られました。
韓国でも知られていない、この事実に光を当てたのは、ホン・サンス監督作への出演など、俳優としても注目を集めるチュ・サンミ監督。戦争孤児についての劇映画を撮ることにしたチュ・サンミ監督がオーディションで知り合った脱北者の少女とポーランドに取材旅行に出掛けた様子をドキュメンタリー作品として公開することにしたのが本作です。なぜ劇映画を作ろうとしたのか。韓国の人はこの作品を見て、どう思ったのか。公開を前にチュ・サンミ監督にお話をうかがいました。
©2016. The Children Gone To Poland.
――本作は監督がご友人から北朝鮮の戦争孤児について聞いたことをきっかけに映画を作ることにされ、その取材のためにポーランドへ行ったときのことをまとめたドキュメンタリー作品ですが、なぜ北朝鮮の戦争孤児のことを映画にしようと思ったのでしょうか。
北朝鮮の戦争孤児のことは出版社の知人から聞いて知り、資料をもらったのですが、初めての出産を経験したこともあって、母親としての視点で戦争孤児に感情移入したのです。
ちょうどそのころ、子どもへの愛情があふれすぎてかえって不安になり、産後うつ状態でもありました。その状況を何とか克服したい。女優業を休んでいたときに大学院で演出を学び、監督を目指していたので、“北朝鮮の戦争孤児たちの長編映画を撮ることでうつを克服できないか”と考えたのです。それが『切り株たち(仮題)』です。
シナリオを書き始め、キャスティングのためのオーディションを行っているうちに“ポーランドの先生たちは違う民族でありながら、なぜ子どもたちを親のように面倒をみたのか”、“そこにはどんな関係が生まれたのか”をもっと知りたくなって、ポーランドに行きました。
――「切り株たち」とは面白いタイトルですね。
当時、ポーランドの学校では野外でも授業を行っていて、子どもたちは切り株に座っていたそうなんです。そこで、子どもたちが自分の座る切り株に色を塗ったり、名前を書いたりして飾っていく様子を思い浮かべ、タイトルにしました。
――『切り株たち』はどのような物語なのでしょうか。
主人公はジュンソクという男の子で、韓国出身という設定にしました。実は北朝鮮の孤児だけではなく、韓国の孤児も東欧に送られていました。戦況によっては38度線を越えて北朝鮮の影響下にあったためです。ポーランドでお母さん代わりになってくれた人はユダヤ人で、アウシュビッツのホロコーストで我が子を亡くしており、息子のようにジュンソクを育てるというのがメインストーリーになっています。そこにジュンソクと北朝鮮出身のギドクという女の子とのラブストーリーも入ってきます。
実話を元にした映画はたくさんありますが、今回の場合は60%が実話、40%がフィクションといった感じ。ポーランドの先生たちの中に実際にユダヤ人がいたかどうかは確認できていません。
――『切り株たち』の完成前に取材旅行をドキュメンタリー作品として公開したのはなぜでしょうか。
北朝鮮の戦争孤児を描いた映画を作ることを周りの人に話したところ、戦争孤児について知らない人が多く、「同じ民族として知っておくべきことなので、まずはこのことを知らせた方がいい」と言われました。しかも『切り株たち』はポーランドオールロケーションになるので、予算規模もかなり大きくなる。あるエンターテインメント会社の関係者が、「もう少し知名度を上げてから作り始めたほうがいい」とアドバイスをしてくれました。それだけたくさんの課題を含んだ作品なのです。ステップ・バイ・ステップの形を取って、ドキュメンタリー作品を作ってから『切り株たち』を作ることにしました。
©2016. The Children Gone To Poland.
――『切り株たち』のオーディションで知り合ったイ・ソンさんをポーランド取材に同行させました。なぜ主人公のジュンソクを演じる俳優さんではなく、イ・ソンさんだったのでしょうか。
ジュンソクは韓国人の子役をキャスティングする予定ですが、まだ決まっていなかったのです。
次に重要な役はジュンソクと恋に落ちるギドクという女の子ですが、この子も私がイメージしていたような子がオーディションにおらず、キャスティングができていませんでした。
ギドクといちばん仲の良かったオクソンを演じるイ・ソンは作品としては3番手ですが、オーディションで選ばれた子の中ではいちばん重要な役だったのです。ポーランドにあるギドクのお墓参りを『切り株たち』の中心に考えていたので、その意味でもイ・ソンが相応しいと思いました。
――この作品の中でイ・ソンさんは「韓国は資本主義で貧しい国だからジャガイモを2つ持っていって韓国の子にあげたいと思っていたのに、韓国の人はみんなお腹いっぱい食べて幸せに暮らしていて、食べ残しても人にはあげないで捨てる。損することは絶対にやらない」と言っていました。この話を聞いて、監督はどう思われましたか。
イ・ソンの「食べ物が2つあったら1つは南の子にあげましょう」という話は北朝鮮の教科書に載っています。これは“韓国の子に優しくしましょう”ということではなく、韓国は貧しい国で北朝鮮の方が豊かだと思い込ませるためなのです。それをイ・ソンは純粋に受け止めたようです。
イ・ソンだけでなく、他の脱北者の方からもオーディションのときにたくさん話を聞きました。社会主義の国で生きてきた子どもが資本主義の国に来て、今までと異なる体制に適応する中で経験する混乱はある程度、共通しています。“自分で稼いで、自分で食べる”という個人主義的な考え方は北朝鮮のような共同体から来ると冷たく感じられるようで、イ・ソン以外の子どもたちもショックだったと話してくれました。
いずれにしてもイ・ソンたちが指摘している“韓国人の不遜な態度”は韓国というよりも資本主義社会の全体の問題であると思います。
――戦争孤児たちはポーランドだけではなく、ロシア、ハンガリー、ルーマニア、チェコに散らばったそうですが、その子たちがどんな状況だったのかについてもご存じでしょうか。
ほとんどの国でポーランドと同じように1959年頃、北朝鮮に戻されていると聞いています。ただ東ドイツだけは少し違っていて、エリート教育として大学まで行かせたということもあったようです。
ドイツの子に関しては研究論文を書いた人がいて、話を聞きました。チェコ、ハンガリーなどは韓国から留学した人たちが戦争孤児たちの研究論文を書いていて、それらも参考にしました。
――本作はすでに韓国で公開されています。韓国のみなさんの反響はいかがでしたか。
朝鮮戦争から70年近くが経ち、韓国では南北の統一について無感覚になっている人が多く、特に若い世代は統一について関心がありません。この作品にも出てきていますが、資本主義、個人主義が発展して、統一のためにわざわざ税金を払うのは嫌だと否定的な意見も増えています。
ですから、“この映画を見て、なぜ統一して、一つの民族が一緒にならないといけないのかということを考えるようになった”という感想がいくつもあったのがうれしかったです。
他にも、“ポーランドの先生たちが自分たちとは違う民族でありながら子どもを我が子のように愛していたのを知り、同じ民族でありながら恥ずかしい”、“人類愛的立場で人間はみんな一つの民族と考えるきっかけになった”といった感想もありました。
――日本の観客に向けてひとことお願いします。
母性は世界共通です。ウクライナで起きていることを母親のような気持ちで見ると、自分たちとは関係ないことではないと思います。
日本も過去に東アジアの人たちと傷つけ合うことをしており、朝鮮半島の南北の分断はその延長線上にあります。北朝鮮の戦争孤児の話を日本人には関係ないと思わず、自分たちのことだと考えて見てもらえるとありがたいです。
(取材・文:ほりきみき)
シネマジャーナルのスタッフによる作品紹介はこちらです。http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/488810168.html
<監督プロフィール>
チュ・サンミ監督
1972年ソウル生まれ。父は俳優のチュ・ソンウン。
1994年、俳優としてデビュー。1996年、百想芸術大賞の新人演技賞(演劇部門)受賞。ハン・ソッキュ、チョン・ドヨンと共演した『接続 ザ・コンタクト』(1997)や、ホン・サンス監督の『気まぐれな唇』(2002)、イ・ビョンホン、チェ・ジウと共演した『誰にでも秘密がある』(2004)などの映画で注目を集める。KBS演技大賞優秀演技賞を受賞した『黄色いハンカチ』(2003)をはじめ数々のドラマにも出演したが、『シティホール』(2009)以後、出産・育児のため演技を休止。ドラマ『トレーサー』(2022)で13年ぶりにドラマに復帰した。
演技を休止している間、中央大学大学院映画制作科に進み、映画演出課程を修了(2013)。短編映画『扮装室』(2010)、『影響の下の女』(2013)などの演出を経て、ドキュメンタリー映画『ポーランドへ行った子どもたち』(2018)の監督を務める。
『ポーランドへ行った子どもたち』は2018年の釜山国際映画祭で上映後、韓国で劇場公開され、観客数5万人を超えるヒットとなった。2018年、金大中ノーベル平和映画賞、2019年、春川映画祭審査委員特別賞、ソウル国際サラン(愛)映画祭基督映画人賞受賞。日本では2020年の大阪アジアン映画祭、2021年の座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映された。
Boaz Film代表、DMZ国際ドキュメンタリー映画祭理事など。2021年の釜山国際映画祭では「今年の俳優賞」審査委員を務めた。
『ポーランドへ行った子どもたち』
©2016. The Children Gone To Poland.
監督:チュ・サンミ
出演:チュ・サンミ、イ・ソン
ヨランタ・クリソヴァタ、ヨゼフ・ボロヴィエツ、ブロニスワフ・コモロフスキ(ポーランド元大統領)、イ・へソン(ヴロツワフ大学韓国語科教授)、チョン・フンボ(ソウル大学言論情報学科 教授)
プロデューサー:チェ・スウン
音楽:キム・ミョンジョン
配給:太秦
©2016. The Children Gone To Poland.
2022年6月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
公式サイト:http://www.cgp2016.com/
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