『ブラック・クランズマン』映画評論家・町山智浩氏徹底解説イベント詳細レポート

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人種差別問題が過熱するアメリカを背景に、KKKへの潜入捜査をコミカルかつ軽快なタッチで描いた『ブラック・クランズマン』のジャパンプレミアが2月21日(木)に東京・シネクイントで行われ、映画評論家の町山智浩氏が登壇した。
本作は1979年、街で唯一採用された黒人刑事が白人至上主義の過激派団体<KKK>に入団し、悪事を暴くという大胆不敵なノンフィクション小説を名匠スパイク・リー監督が映画化。主人公の黒人刑事ロン・ストールワースジョン・デヴィッド・ワシントンが、相棒の白人刑事フリップ・ジマーマンをアダム・ドライバーが演じている。第71回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。第91回アカデミー賞では作品、監督など6部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した。


<イベント概要>
【日 時】 2月21日(木)21:20~21:50(30分)
【場 所】 渋谷シネクイント
                     〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町20-11 渋谷三葉ビル7階
【登壇者】 町山智浩氏


『ブラック・クランズマン』(原題:BlacKkKlansman)
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<STORY>
1970 年代半ば、アメリカ・コロラド州コロラドスプリングスの警察署でロン・ストールワースは初の黒人刑事として採用される。署内の白人刑事から冷遇されるも捜 査に燃えるロンは、新聞広告に掲載されていた過激な白人至上主義団体 KKK(クー・クラックス・クラン)のメンバー募集に電話をかけてしまう。自ら黒人でありながら電話 で徹底的に黒人差別発言を繰り返し、入会の面接まで進んでしまう。問題は黒人のロンは KKK と対面することができないことだ。そこで同僚の白人刑事フリップ・ジマーマン に白羽の矢が立つ。電話はロン、KKKとの直接対面はフリップが担当し、二人で1人の人物を演じることに。任務は過激派団体KKKの内部調査と行動を見張ること。果たして、型破りな刑事コンビは大胆不敵な潜入捜査を成し遂げることができるのかー!?

監督・脚本:スパイク・リー
製作:スパイク・リー、ジェイソン・ブラム、ジョーダン・ピール
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、アダム・ドライバー、ローラ・ハリアー、トファー・グレイス、アレック・ボールドウィンほか 
配給:パルコ
2018 年/アメリカ/カラー/デジタル/英語/135分
©2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://bkm-movie.jp/

★2019年3 月 22 日(金)TOHO シネマズ シャンテほか全国公開


1978年の実話をブラックパワーブームが
最高潮に達した1972年に設定変更

本作の上映が終わると、映画評論家・町山智浩はアフロのカツラと帽子をかぶって登場した。町山は、「僕が子どもの頃は日本でもアフロが流行っていましたね。この作品は1972年が舞台。世界中であらゆる人種の人がアフロヘアーにしていたブラックパワーの時代の映画です」と語り始める。
まず、作品の冒頭に、アレック・ボールドウィンが白人至上主義者の学者ボーリガード役で登場し、「アメリカはかつてグレートだったのに」と嘆いたシーンについて、アレック・ボールドウィンはアメリカで放映されているお笑いバラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」で毎週のようにドナルド・トランプの真似をしていると説明。そして、トランプが「もう一度アメリカをグレートにする(=アメリカをかつてのような白人至上の国に戻す)」と言っているのを茶化していると指摘した。
続いて、主人公が彼女である女子大生パトリスと歩きながら、ブラックスプロイテーション映画について話題にしていることを取り上げた。このブラックスプロイテーション映画とは何か。町山はまず、そのきっかけとなったブラックパワーの隆盛に話を遡ってこのように説明した。
「この映画は実話ですが、パトリスは実在しないキャラクター。ただ、モデルはおり、それが黒人への意味のない暴力に対する自警団組織だったブラックパンサーの女性指導者のアンジェラ・デイビスです。それまで、アフリカ系の女性は髪が膨らむのが恥ずかしく思い、いろいろな方法で隠していました。ところが、アンジェラ・デイビスがアフロヘアーはかっこよく、これこそが自分たちの美しさであり、黒人は肌やくちびるを誇りに思うべきと提唱したのです。そこから、『ブラック・イズ・ビューティフル!』という言葉が生まれ、大流行語になりました。その結果、黒人のファッションセンスをカッコいいと白人が真似をするようになったのです。それと同時にソウルミュージックの大ヒット。世界的なブラックパワーブームが1972年くらいに最高潮に達しました。スパイク・リー監督はブラックパワーが盛り上がっていたときに移しちゃえということで、この作品でかなり遊んでいて、実際には1978年に起こった事件ですが、作品では1972年に設定変更し、ファッションなどもそれに合わせてあります」

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ブラックスプロイテーション映画は
白人たちがお金儲けのために作った黒人ヒーローの映画

そして、ブラックスプロイテーション映画については次のように語った。
「ブラックパワーブームによって、“黒人はかっこよく、最高なんだ”という価値観の大逆転が起こりました。それに合わせて、かっこいい黒人のヒーローが悪い白人をやっつけるというだけのアクション映画が次々と作られるようになったのです。その1作目がゴードン・パークスの『黒いジャガー』。黒人の映画監督が作った、黒人の映画ですが、黒人を主役にすると白人も黒人も見に来るからと、白人たちがお金儲けのために黒人の映画を作り始めます。それをブラックスプロイテーション映画と呼ぶようになったのです。エクスプロイテーションとは搾取とか金を騙し取るという意味。ただ、『黒いジャガー』は黒人が作っているので、実際にはブラックスプロイテーション映画ではありません。
作品の中で、ロンとパトリスは『黒いジャガー』と『スーパーフライ』どっちが格好いいかと話しているけれど、『黒いジャガー』の主人公シャフトは私立探偵で、『スーパーフライ』の主人公プリーストは麻薬の売人。どちらもニューヨークで撮られていて、その二つが当時の黒人映画のヒーロー。『スーパーフライ』はゴードン・パークスの息子が撮ったものです。
さらに2人は『コフィー』とタマラ・ドブソンが演じる女性特命麻薬調査員クレオパトラ・ジョーンズを主人公にしたシリーズと比較します。『コフィー』で主人公を演じるのは黒人の巨乳女優パム・グリア。すごくセクシーな女優で、白人、黒人を超えて、ものすごい人気だった。クエンティン・タランティーノやスパイク・リーもパム・グリアが大好きでした。ジョンレノンはパム・グリアをナンパして振られています。
しかし、ブラックスプロイテーション映画は消えていきました。その最大の理由が『燃えよドラゴン』のヒット。クレオパトラ・ジョーンズも空手が得意。黒人の黒帯ヒーローが出る『黒帯ドラゴン』が作られるなど、空手ブームが黒人映画を消していったのです。その後に夫婦映画ブームがドカンとくる。アフリカ系の人やアフリカ系のアクション映画を見ていた観客層がごっそり夫婦映画に持っていかれ、ブラックスプロイテーション映画は消えてしまいます」

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頭のいい黒人が頭の悪い白人をやっつける

ロンとパトリスがブラックスプロイテーション映画について話すとき、それぞれの映画がワイプで入ることについて、町山は「この作品は、はっきりコメディとして演出しているかと思うと、ドキュメンタリーになっています。それぞれのシーンごとに全然違うタッチ。そういう自由自在な編集をして、かなり遊んでいます。特に後半はそれまでのドラマと関係なく、現実にアメリカで起こっていることをぶつけるなど、ルールなしの映画だと思います」とスパイク・リー監督の自由自在な脚色を解説した。
さらに、「白人があまりにもバカに描かれていると思いませんか」と、この映画での白人の描かれ方について言及する。頭のいい黒人が頭の悪い白人をやっつけるのがブラックスプロイテーション映画のスタイルであり、それまでのハリウッド映画で黒人がバカとして描かれていたことに対する反動だと指摘。この作品も“黒人は頭がいいから、彼らを騙した”という話にしていると町山はいう。

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ずるくて間抜けなジムクロウという黒人キャラクターが
黒人のステレオタイプを作り上げた

キング牧師が人権を勝ち取った1965年くらいまでのアメリカ映画では、シドニー・ポワチエが演じた役は例外として、黒人は頭が悪く、臆病で、ずるい存在として描かれていた。いちばん典型的な例が、この作品でも取り上げられた『風と共に去りぬ』の女中である。この描かれ方について町山は次のように説明する。
「メラニーが妊娠したとき、知ったかぶりをして『お産婆さんをやったことあります』といったから、スカーレットオハラは安心して彼女と一緒に子どもを取り上げようとしたのに、土壇場になって『実は何にもやったことありません』と言って、超役立たずのバカで無責任の人として描かれているんです。ただ、もう一人乳母の人が非常に頼りになる黒人のおばさんとして描かれていて、バランスを取っているとは言われていますけれどね」
なぜ、黒人はそんな風に描かれるのか。町山は「南北戦争以前に白人の芸人が顔を黒く塗って、ずるくて間抜けなジムクロウという黒人キャラクターを演じて人気になり、黒人のステレオタイプを作り上げてしまったことが一因となっているんですよ。その結果、南北戦争が終わって黒人が解放された後も、白人が勝手に作り上げた“黒人はバカ”というイメージを理由に、南部では黒人に選挙権を与えなかった。その法律はジムクロウ法と呼ばれています。例えば、祖父が投票していない人は投票できない、黒人は投票前に窓口でアメリカの歴史や法律に関するテストを受けなくてはいけないといったことが決められていました。『グローリー 明日への行進』にそのテストを受けているシーンがありますが、間違えるまで続けるから黒人は絶対に合格できない」と説明する。1965年に黒人も投票できる投票権法ができ、黒人の権利が声高に叫ばれるようになった。ブラックスプロイテーション映画で、「黒人は白人より頭がいい」と訴える必要があったのは、黒人は頭が悪いと言われることによって選挙権を奪われたから。喧嘩が強いことより頭が良いことが大切な理由はそこにある。「これはアニメにも影響を与えており、その代表例がバックスバーニー。うさぎを狩ろうとする白人をうさぎが騙していく。バックスバーニーは黒人のことです」と日本では知られていないので理解されにくい事情まで話した。

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イギリス系とスコットランド系
入植時期の違いが差別意識を増長させた

さらに、人種差別においてリーダーシップを執ったのはスコットランド系の人たちと町山は指摘する。それはなぜか。町山はこう説明する。「南部の土地のほとんどが、最初に入植したイギリス系の人たちによって支配されていて、あとから入ってきたスコットランド系の人たちは土地が持てず、小作人になるしかなかったのです。彼らの仕事は黒人の奴隷を虐待すること。だから、スコットランド系の人たちは映画において南部の奴隷農場が描かれたときに、監視人、拷問者として描かれることが多い。しかも、彼ら自身が差別意識を持っていなくても、その上にいる地主が階級社会を作って、その中間にスコットランド系の人たちを置き、貧乏の鬱憤を黒人たちにぶつける構造を作りました」

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KKKの敵は黒人から非プロテスタントに移行

ロンが潜入捜査をしたKKK(Ku Klux Klanクー・クラックス・クランの略称)についても町山は詳しい解説を繰り広げた。まず、その結成の歴史についてはこのように説明している。
「南北戦争が終わった後、黒人はいったん、投票権を獲得し、実際に選挙で黒人の議員も生まれました。南部は少数の白人農場主たちが大量の黒人労働者を使っていたので、人口比では白人が負ける。「南部を乗っ取られてしまう」と危機感を持った白人がKKKを結成。黒人に「殺すぞ」といって脅かしたり、吊り下げたりして「見よ、これが投票に行こうとした奴らだ」といって、投票を妨害しました。その後、南部を監視していた北軍が撤退して、リンカーンが殺された後、副大統領が大統領になりますが、彼は南部監視をしなかったので、南部の白人が政治的実権を取り戻します。そして、黒人の投票を妨害する法律を次々と各州で作ったのです。それらは総称してジムクロウ法と呼ばれ、その結果、KKKは必要なくなって消滅しました。
その後、D・W・グリフィス監督の『國民の創生』(1915年)が大ブームになって、KKKが白人のために黒人の投票を妨害したと称える内容に感化された人たちがKKKを結成します。ただし、彼らの敵はユダヤ人。1900~1920年ころ、アメリカに新移民と言われる人たちが大量に入ってきました。彼らはユダヤ系、ロシア系、ポーランド系、チェコ系、イタリア系、アイルランド系、ギリシア系。共通点は1つ。プロテスタントでない。彼らはカトリック、ギリシア正教、ロシア正教、ユダヤ教。非プロテスタントの人口増加に対する恐怖がKKKに結びついたのです。そのときのKKKは政治的に正式な政党として各州のかなりの議会で議席を獲得し、非常に大きな反移民グループとして政治的権力を振るうようになりました」

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スパイク・リー監督はKKKに支持された大統領を危惧

そして潜入捜査について、「何も事件を起こしていない段階で、警察が潜入捜査をすることはなかったでしょう」という。ロンがKKKに入ったことはあったが、潜入捜査に関しては何の証拠もない。最後の爆弾事件も原作には書かれていない。町山は「事実ははっきり言って半分くらい」と言い切る。その上で「黒人の主人公ロンがKKKの最高幹部であるデビット・デュークを警備したのは事実。作品の中で一緒に写真を撮っていますが、実際にあるようです。また、意外なことにロンが掛けた電話にデビット・デュークが直接、出たのも事実。でも、ラストに電話をして、『本当は俺、黒人だよ』と言ったのは事実ではありません」という。どこまでが事実で、どこからが事実でないのか。「スパイク・リーは面白くなるように話を作っています」と町山は言い、アカデミー賞脚色賞にノミネートされた理由を自由奔放で勝手気ままな脚本と推測する。(※トークイベントはアカデミー賞の発表前に実施)デビット・デューク自身も映画はでっち上げと反論している。ただ、KKKの最高指導者であったデビット・デュークがトランプを全面的に支持し、「トランプ大統領こそ我々の理想を実現する政治家だ」と言った。町山は「KKKに支持された人が今のアメリカの大統領なんですよ。それがいちばん恐ろしい。よく考えるとアメリカは大変な事態になっている」と現在のアメリカを憂う。そして、スパイク・リー監督が今、この映画を作らなくてはいけないアメリカの状況をこのように説明した。
「ドナルド・トランプ自身が黒人を差別しているかどうかということよりも、政治的権力を得るために、黒人を差別している人たちの票を得ようとしたことが問題です。2017年8月、南部の将軍の銅像を撤去すると言っている市に対して、それをさせないぞとアメリカ中の白人至上主義者が集まりました。ヴァージニア州シャーロッツヴィルで開かれたユナイト・ザ・ライト・ラリーです。それを地元の人たちは白人も黒人も関係なく、そんな奴らは来るんじゃねえということでデモをやりました。そのデモにネオナチの人の車が突っ込み、反対運動をしていた女性を轢き殺すという事件があり、映画の最後で描かれていました。トランプがそれに対して、『デモしている方も悪い』といい、作品の中にそのスピーチビデオが出てきましたね。何が何でも白人至上主義者を糾弾しないというトランプのやり方をスパイク・リー監督はこの映画の中で叩いています」

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プリンスの歌が流れたのは何を意味するのか

最後にプリンスの『泣かないでメアリー(Mary Don’t You Weep)』が流れるが、この曲は旧約聖書の出エジプト記が背景になっている。かつてエジプトでは多くのイスラエル人が重労働を課せられていた。そこにモーゼと呼ばれる人物が現れ、リーダーとなってイスラエル人を率いて、エジプトから脱出する。その際、モーゼは紅海を2つに割る奇跡を起こし、イスラエル人が海の向こうに渡り終えると海は元に戻り、追いかけてきたファラオの軍勢は海水に流されてしまった。『泣かないでメアリー(Mary Don’t You Weep)』は聖書と同じように正義がなされると、苦難に苦しんできた黒人たちを慰める歌で、アレサ・フランクリンがずっと歌ってきた。この曲を最後に流したことに対して町山は「途中は利口な黒人とバカな白人という感じで、マンガみたいに楽しく見せていましたが、現実を突きつけてくる。その上で最後にまた救いを与える。泣いたり笑ったり怒ったり。感情の起伏の激しいスパイク・リー監督らしい映画だなと思いました」と話した。
さらに、この作品がアカデミー賞で6部門にノミネートされたことを受け、「これまでスパイク・リーは、『マルコムX』など、たくさんのヒット作があったにもかかわらず、アカデミー賞にずっと無視されてきました。ハリウッドがスパイク・リーを受け入れなかったのです。しかし、やっとこの映画で追いついた気がします。今回、アカデミー賞作品賞に8作品入っていますが、そのうち3作品がアフリカ系アメリカ人の映画。時代は大きく変わったと思います。今までだったら1本、アカデミー賞作品賞に入っただけでも大変だと言われていたのが、今はダイバーシティで多様性のあるアカデミー賞作品賞になっているので、この映画がいくつ取るかが非常に楽しみです。僕はスパイク・リーにあげたいですね」と締めくくった。

(取材・構成:堀木三紀)

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