戦争で傷つくのは普通の人たち
何があっても殺し合いはいけない
サンタクロースやムーミンで知られるフィンランドは世界幸福度ランキングで2 年連続世界一となった国。充実した福祉国家のイメージがあるだろう。しかしフィンランドには知られざる歴史がある。1939年からソ連と戦った「冬戦争」が翌年に終結。その代償としてカレリア地方を含む広大な国土をソ連に占領された。国土回復を掲げ、1941年にドイツと手を組み、再びソ連との戦争を開始。これを「継続戦争」と呼ぶ。
6 月22日に公開される『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』はその継続戦争に従軍したヴァイノ・リンナが書いた古典小説「無名戦士」を原作とし、フィンランド兵士が必死に戦う、壮絶な姿を描く。従来のイメージ180度覆す、苛烈な戦闘シーンの連続にもかかわらず、フィンランドでは全国民の5人に1人が観るという空前の大ヒットとなった。
待望の日本公開を前に、トークイベントを実施。ゲストに迎えられたフリー・アナウンサーの安東弘樹はミリタリー・マニアとして知られ、安東らしい観点で作品について語った。
<公開直前イベント 開催概要>
日時:6月11日 (火)18:10~18:25
場所:神楽座 (千代田区富士見2-13-12 KADOKAWA 富士見ビル1F)
登壇ゲスト:安東弘樹 (フリー・アナウンサー)
『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』
継続戦争に参加した一機関銃中隊に配属された熟練兵ロッカ(エーロ・アホ)は家族と農業を営んでいたが、冬戦争でその土地がソ連に奪われたため、領土を取り戻し元の畑を耕したいと願っている。カリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン)は婚約者をヘルシンキに残して最前線で戦い、途中でヘルシンキに戻って式を挙げ、すぐに戦場へとんぼ返りする。ヒエタネン(アク・ヒルヴィニエミ)は戦場でも純粋な心を失わず、コスケラ(ジュシ・ヴァタネン)は最後まで中隊を指揮する。この4名の兵士を軸に進んでいく。
原題:Unknown Soldier (英語) Tuntematon Sotilas (フィンランド語)
監督・脚本:アク・ロウヒミエス
撮影:ミカ・オラスマー
出演:エーロ・アホ、ヨハンネス・ホロパイネン、ジュシ・ヴァタネン、アク・ヒルヴィニエミ、ハンネス・スオミほか
2017 年/フィンランド/フィンランド語/カラー/132 分/PG-12
配給:彩プロ
© ELOKUVAOSAKEYHTIÖSUOMI 2017
公式サイト:http://unknown-soldier.ayapro.ne.jp/
2019年6月22日(土)より新宿武蔵野館にて全国順次ロードショー
武器も歴史も知れば知るほど、平和のありがたさをより感じる
魂を揺さぶられるような映画のトークショーに呼んでいただきありがとうございます。
ミニタリーマニアと紹介していただきましたが、僕は海外で実弾を撃つことがあります。しかし、撃つたびに「これは人間に向けて撃ってはいけないな」と実感します。また、武器についての興味から第二次世界大戦前後のことをいろいろ調べていますが、武器のことも、歴史のことも知れば知るほど、平和のありがたさをより感じています。
そんなわけで第二次世界大戦について詳しいと思っていたのですが、フィンランドが建国102年のまだ新しい国で、冬の戦争、継続戦争を通して、ソ連とこれほどまでに激戦を経て、今のフィンランドがあるということを知りませんでした。
フィンランドは幸福度ランキング1位で、学生の学力は1位、2位を争っている。みんなが幸せで、素晴らしい福祉国家としてうまくいっているのはなぜなんだろう。そんなことを漠然に思っていましたが、多くの血を流した歴史があった上で今のフィンランドがあると、この作品を見てわかりました。
この作品、実は今回のトークイベントのお話をいただく前から興味を持っていました。YouTubeなどの動画投稿サイトでいろいろな戦争映画をネットサーフィンしながら見ていく中で、この作品の予告編に出会ったのです。ただ、言語が日本語でも英語でもドイツ語でもなく、フィンランド語。また、フィンランドの戦争映画は初めてだったので、いろいろと調べているときにオファ―をいただき、びっくりしました。
フィンランドが使っていた武器の見地からも切なさが伝わってくる
みなさんより先にDVDで作品を見ましたが、武器については基本的に海外のものを改良して使っていたようです。ドラム式の機関銃で、丸い弾倉に70発入っているものが出てきますが、現在は70発入っている弾倉のついた自動操縦はほぼありません。ソ連も含めて、当時はこういったものを使っていたということが作品からわかります。
(ポスタービジュアルを指して)これは機関銃の銃座。三脚架といって、この上に機関銃を載せます。機関銃は19世紀に作られていた水冷式機関銃。これは銃身が熱くなるのを水で冷やして撃つタイプですが、フィンランドではまだ使われていたのです。ソ連のT34と呼ばれる、当時の最新式戦車にこういった武器で立ち向かっていく。国土を守るため、そして取り返すためとはいえ、本当に大変だったでしょう。当時はドイツやアメリカが装備では世界一でしたが、強国に対してそういったもので戦っていたという武器の見地からも切なさが感じられました。
戦争で傷つくのは一兵卒や国にいる女性や子ども
“英雄なき戦場”と書かれているように、大きな山があるわけではありません。実際に従軍した原作者はどういった戦闘があったのか、どういった戦争だったのかを淡々とありのままに書いています。もちろん映画では一人一人の人間のドラマも描いていますが、ハリウッド映画的なものを期待するとがっかりするかもしれません。しかし、“私たちにはこういうことがあったのです”というメッセージを感じ、僕の胸に刺さりました。改めて、戦争は人類で最も愚行なことだと思いましたね。
また、現代社会や組織の縮図も描かれています。現場を知らない、後ろの方で偉そうなことを吠えている人に限って、実際には使いものにならない。そんなダメな指揮官、上司にあたると悲惨なことになる。本当に部下を思い、戦略を立てている人が犠牲になり、意識が自分の上官、上司にへつらっている人がむしろ偉くなっていくのは古今東西同じ。そういった経験は誰にでもあると思いますが、この作品は命の懸かった戦争でダメな上官にあたると、どんなに悲惨かを描いています。戦争で傷つくのはまさに、ここに出てくるような一兵卒や国にいる女性や子どもです。何があっても殺し合いはいけない。戦争はただひたすら人間が傷ついて、醜くなっていく。議席にしがみついている、どこかの議員さんにも見てもらいたいと思うほど、戦争はダメなのです。それを受け取っていただければうれしいです。
ストーリー、登場人物の相関関係の事前チェックがおススメ
フィンランドの方の名前に馴染みがない方は、ご覧になる前にパンフレット等を読んで、分かる範囲でストーリー、登場人物の相関関係を理解しておいた方がいいと思います。北欧の方は基本的に彫が深くてイケメンが多い。誰が誰だったか、分からなくなる可能性があるのです。事前にチェックしておくとすっと物語に入れるかもしれません。
こういう映画こそ、できるだけ多くの方に見ていただきたい。一見地味そうに見えますが、自分の人生に同じような思いをしたことが何かきっとあったはず。人生と照らし合わせることで、1人1人の心に何か残るでしょう。僕は本当に見てよかったなと思います。
(取材・構成・写真:堀木三紀)
この記事へのコメント