描いたのは、人生を振り返ったときにきっと思い出す濃密なひと夏の成長
GYAOとアミューズがこれからの時代を担う新たな才能の発掘を目指して共同開催したプロジェクト「NEW CINEMA PROJECT」。文晟豪(ムン・ソンホ)監督が脚本家・蛭田直美と一緒に応募し、約400本の中から見事グランプリに選ばれた。その企画が映画『五億円のじんせい』として、7月20日(土)に公開される。
主人公は幼い頃、善意の募金(五億円)によって心臓移植手術を受けた高校生の高月望来(望月歩)。善意の期待に応えて生きる人生が負担になり、SNSで自殺を宣言したところ、見知らぬアカウントから「死ぬなら五億円返してから死ね」というメッセージが届く。望来は家を飛び出すのだが、そこでさまざまな人と出会い、事件に巻き込まれながらも成長する姿を描く。
公開を前に文晟豪監督と本作が初主演となる望月歩に応募のきっかけや現場でのエピソード、見どころなどを聞いた。
<プロフィール>
文晟豪監督
広島県出身。高校を卒業後、韓国へ留学。弘益大学校視覚デザイン学科で映像を学ぶ。その後、日本へ戻り、コマーシャルやイベント映像などの映像制作に従事する傍ら、自主制作短編映画にも取り組む。2013年「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」にて製作実地研修作家に選出され、『ミチずレ』を監督。
望月歩
2000年9月28日生まれ。14年のWOWOWドラマ「埋もれる」で本格デビューし、15年の映画「ソロモンの偽証」で、1万人が参加した大規模オーディションの結果、転落死する中学生・柏木卓也役に抜てきされ、その怪演で一躍注目を浴びる。その後、NHK「461個のありがとう 愛情弁当が育んだ父と子の絆」(’15)、舞台「真田十勇士」(’16)、TBS「母になる」(’17)、「アンナチュラル」(’18)など話題作に次々と出演。「3年A組ー今から皆さんは、人質ですー」での瀬尾役では多くの視聴者の記憶に残る圧倒的な存在感を示した。映画「五億円のじんせい」が初主演映画である。
―本作はNEW CINEMA PROJECTで第一回グランプリに選ばれたことで映画化されました。応募のきっかけについてお聞かせください。
監督:企画の応募が原稿用紙1枚でも大丈夫だったので、気軽にできるなと思い、脚本家の蛭田さんを誘って考えました。
心臓移植を受けた人はその後、どうしているのだろう。情報が表に出ることがないけれど、みんな元気にやっているのだろか。窮屈に生きていたりしないだろうか。こんな風に話が発展していき、面白くなりそうだなと思ったのです。最初は男の子にするか、女の子にするかはフラットな状態でしたが、応募する頃には男の子と決めていました。
―『五億円のじんせい』というタイトルはインパクトがありますね。
監督:仮でつけていたタイトルがそのままタイトルになるとは思っていませんでした。
―最初からひらがなで「じんせい」だったのでしょうか。
監督:応募するときは漢字で「人生」と書いていたのですが、脚本をブラッシュアップしていく中でひらがなに変わりました。主人公の望来(みらい)くんの高校生らしい危うさ、浅はかさも形にできるし、漢字より軽く、重くなり過ぎない気がしたのです。
―主人公の望来を演じたのは望月歩さんです。彼をキャスティングした決め手を教えてください。
監督:オーディションのとき、ドンという感じで、とにかくすごくよかったのです。“決めた”というより“決めさせられた”感じですね(笑)。
―望月歩さんにとっては初主演作品です。主演が決まったときのお気持ちをお聞かせください。
望月:決まったときは「おっし! 決まった!」と喜びが大きくて、主演のプレッシャーは感じませんでした。決まってから「君次第でどうにでもなるんだよ~」と親やマネージャーさんに何度も言われて、ようやく「ああ! 主演なんだ」という意識やプレッシャーを感じ始めました。そのお蔭で準備をちゃんとできた気がします。
―プレッシャーは辛くなかったのでしょうか。
望月:辛いというよりも、いつも以上にちゃんとやらなきゃという感じでしたね。
―監督の印象はいかがでしたか。
望月:オーディションで初めてお目にかかったのですが、喋る前からニヤニヤしているように見えて、最初は監督と分かりませんでした。
監督:にやにやしていたのは、望月さんのときだけです。資料を見たら、プロフィールに出演作品として『ソロモンの偽証』が載っていました。柏木役だとわかってびっくりしました。「めっちゃでかくなったね〜」とまさに親戚のおじさん状態。そのリアクションが表情に現れていたのだと思います。
―望来の役作りについて、監督と事前にどんな話をしましたか。
望月:監督とはいろいろなことを話しました。プライベートなことの方が多かったのですが、それでもこのシーンはこういう考えで、こういうことを思っていてほしいなど、いろいろなことをうかがい、監督の考え方が僕の中に入ってきた気がします。
こういう役作りは初めてでした。クランクイン前の作っていく段階でこれができたのはありがたかったです。
―役者さんとプライベートについても話をして役を作っていくのは、監督のいつものやり方なのでしょうか。
監督:基本的に役者さんとコミュニケーションを取る場合は、“役のこと”よりも“お互いのパーソナルなところ”から入っていきます。ただ、今回は望月さんがまだ高校生ということもあって、主演の負担を取り除いてあげなきゃと考えていました。
ところが、彼はプレッシャーを感じていることを表に出さないのです。自分が高校生の頃と比べて立派だなぁと感心していました。僕は高校生の頃、いったい何をやっていたのだろうと思ってしまいましたね。もちろん、それで失っているものもあるのでしょうけれど、素晴らしい取り組み方をしてくれた望月さんに感謝しています。
―望来は闇バイトも含めて、さまざまなアルバイトを経験します。建設現場でセメント袋を運ぶのは本当に大変そうでした。実際に体験した感想をお聞かせください。
望月:地面の砂がぬかるんでいたので、最初は本当によたっとなってしまいました。周りの人は普通に運んでいたので、すごいなと思いました。
監督:自分はあそこでクスクスしていました(笑)。
望月:本当に大変でした。それなのに、監督はうんともすんとも言わないんです。
監督:少し経ってから「貸してみろ。えっ、これ、すごい重いね」って感じでしたね
―監督はセメント袋を載せて運ぶ大変さをご存知なかったのですね。望月さん、最後は慣れましたか。
望月:セメント袋1つは運べましたが、さすがに3つは難しかったです。勢いをつけてがあーっと行くしかなかったですね。
でも、引越し屋さんの仕事は楽しかったです。担ぐ荷物も段ボール箱に中身が少し入っているくらいでした。
―肩をがっと入れて荷物を担ぐところ、様になっていましたね。
望月:ありがとうございます。そんなに肩を入れるんだって思いました。
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
―工場でパートの仕事もしていました。
監督:あそこは具体的に決まっていなかったのですが、いろいろな仕事を点描でやるというのは絶対に必要でした。そこで、それまでの仕事と差別化できるものをしてもらいました。
―パートのおばちゃんに可愛がられていましたね。望来はアダルトなバイトを斡旋してくれた丹波から「優しいヤツと優しくないヤツがいるんじゃない。優しくしてやりたくなるヤツとそうじゃないヤツがいる。優しくされて生き残るタイプだよ。おめでとう」と言われていましたが、このセリフを思い出しました。
監督:生きているうちにもらえる、暴力的なまでに素晴らしい言葉は蛭田さんの真骨頂ですね。
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
―工場パートでお昼休憩のとき、おばちゃん達のお弁当のおかずのお裾分け攻撃がすさまじかったですね。まさに優しくしてやりたくなるヤツって感じでした。
監督:すごいですよね、みなさん。直箸ですからね。
―アドリブだったのでしょうか。
監督:お弁当のおかずを分けてあげてくださいと言ったら、どんどん載せていました。
望月:おかずの量がものすごくなりましたよね
監督:いちばん安く買えるのり弁におかずが載っていく。それは愛情が載っていくこと。つい、したくなったんでしょうね。
―おばちゃん達が本気で望来くんにおかずをあげたくなっているのが、スクリーンから伝わってきました。
監督:「おかずを分けてあげてください」と言われて載せたというより、望月さんの雰囲気がそうさせたような気がします。彼女達、ちょっと悪ノリしているくらいでしたよね。
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
―確かに、望月さんご本人も優しくしたくなるタイプですね。インタビューしている今、それを感じます。望月さん自身はそういうことを感じたことありますか。
望月:同世代の友だちもご飯を奢ってくれる。それに近い部分があるのかなと思います。
―監督はオーディションのとき、望月さんが望来くん体質であることを察していましたか。
監督:そうかもしれません。きっと、その雰囲気がオーディションでもこぼれていたのでしょうね。現場でも構いたくなりました。
―ところで、作品のテーマはセンシティブなものを含んでいますね。
監督:オリジナルの企画なので、その懸念は最初からありました。NEW CINEMA PROJECTの二次審査でも、「心臓移植の当事者の方たちをどう考えていますか」と聞かれました。
しかし、心臓移植をしなくてはいけない人たちに対して「募金をやめよう」という話に持っていきたいわけではありません。心臓移植を受けた男の子が、その後の人生で窮屈な思いをしてはいないかということを描きたい。ですから、できるだけ失礼のないようにしなくてはと思っていました。
それでも当事者の中にはネガティブなことを感じる人がいるかもしれません。この件は「これだけ考えたら失礼がない」ということはなく、今後の自分の発言や生き方を通して、ずっと伝えていかなければと思ってやっているつもりです。また、この思いは映画のスタッフ全員で共有しています。
―望月さんはいかがですか。
望月:脚本を読んだとき、悪い方向に書いている作品ではないことは十分理解できました。僕の役がその立場だったので、僕がちゃんとやればそこまで悪いことにはならないだろうと思って、病気のことも募金のこともすごくいろいろ調べて、そこは丁寧に演じようと意識していました。
監督:望月さんは心臓移植を受けた子や受けるかもしれない子たちに希望を与えてくれることを体現してくれたと自信を持っています。望月さんは最大限のことをやってくれました。
ただ、望月さんががんばり、自分がテーマの扱いに配慮をしたので大丈夫とは思っていません。僕は立場が違う。それはずっと考えてやっていかないといけないと思っています。
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
―望月さんは今後、どんな役をやってみたいですか。
望月:先生をやりたいです。ドラマ「3年A組 ―今から皆さんは、人質です―」をやってから先生に憧れを抱くようになりました。“1対多”の向こう側(先生側)に立ってみたいと今すごく強く感じています。とても先のことになるとは思いますが、いつかはやってみたいです。
監督:Let's think(笑)
―監督は今後、どんな作品を撮りたいと考えていますか。
監督:監督は作品を通して社会と触れ合うしかないので、触れ合う回数を増やさないと不適合者のまま終わってしまいます。オリジナル、原作ものにこだわることなく作品を通して世の中に貢献できるもの、いろんな立場の人をポジティブにできるものを作っていけたらと思っています。
―これから作品をご覧になる方に、ここをぜひ見てほしいという見どころを教えてください。
監督:望月さんを見てほしい。望月さんは出ずっぱりなので、外して見ることはできないのですけれどね(笑)。
望来くんは移植手術など、これまでいろんなことがあったのですが、人生を振り返ったときにかなりの割合で、この映画で描かれている「死ぬために旅に出た夏」を思い出すのではないかと思います。その濃密な瞬間である望来くんの成長を見てもらえたらと思います。
―望来ちゃんと呼んでいたおかあさんがちゃん付けで呼ばなくなりますよね。
監督:僕もそれを気にしていました。立派になった望来が最終的にほしかったので、自分は望来ちゃんと言わず、ずっと望来くんと言っていたつもりです。
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
―おかあさんの成長でもありますね。
監督:はい、止まっていた2人が動き出す映画です。
望月:監督がいったことの付け加えになってしまいますが、何をもって成長したのかを見てほしい。この人と会って、こういう経験をしたから、こういう言葉を受けたから、こういう成長をした。望来の感情を追いかけながら見ていただけたらうれしいです。
(取材:堀木三紀、白石映子 文:堀木三紀 写真:白石映子)
『五億円のじんせい』
監督:文晟豪(ムン・ソンホ)
脚本:蛭田直美
出演:望月歩(「ソロモンの偽証」「3年A組-今から皆さんは、人質です-」)
山田杏奈 森岡龍 松尾諭 芦那すみれ 吉岡睦雄 兵頭功海 小林ひかり
水澤紳吾 諏訪太朗 江本純子 坂口涼太郎 / 平田満 西田尚美
主題歌:「みらい」ZAO
撮影:田島茂
照明:山田和弥
録音:齋藤泰陽
音楽:谷口尚久
配給:NEW CINEMA PROJECT
助成: 文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
2019年/日本/112分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
©2019 『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
公式サイト:https://gyao.yahoo.co.jp/special/5oku/
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