映画『轢き逃げ -最高の最悪な日-』は俳優・水谷豊の監督2作目。結婚式を目前に控えた青年が起こした轢き逃げ事件をきっかけに、他人には見せることのない“人間の心の奥底にあるもの”を描いた。水谷豊監督のオリジナル脚本である。
轢き逃げ事件を起こす宗方秀一を演じた中山麻聖さんと秀一の学生時代からの親友・森田輝を演じた石田法嗣さんに、出演のきっかけや撮影現場でのエピソードなどについて聞いた。
<プロフィール>
中山麻聖(なかやま ませい)
1988年12月25日、東京都出身。04年に映画『機関車先生』でデビュー。12年に主演映画『アノソラノアオ』が公開され、14年には「牙狼
開予定。
石田法嗣(いしだほうし)
1990年4月2日、東京都出身。子役としてデビュー。映画『カナリア』(05/毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞受賞)に出演し、SPドラマ「火垂るの墓-ほたるのはか-」(NTV/05)で主演を務める。その後、2回の海外留学で視野を広げ、2019年は今作以外に『空母いぶき』『スウィート・ビター・キャンディ』など4作品の公開が決まっている。
『轢き逃げ -最高の最悪な日-』
宗方秀一(中山麻聖)は助手席に親友・森田輝(石田法嗣)を乗せ、ホテルに向かっていた。大手ゼネコン副社長の娘・白河早苗(小林涼子)との結婚式を控え、司会を務める輝とともに、その打合せがあるのだ。待ち合わせ時間に遅れていたため、渋滞を避けようと横道に入り、そこで若い女性をはねてしまう。いったんは警察に届けることを考えた秀一だったが、将来を捨てることができず、そのまま逃げた。
悲しみにくれる被害者の両親、時山光央(水谷 豊)と千鶴子(檀 ふみ)。その事件を担当するベテラン刑事・柳公三郎(岸部一徳)と新米刑事・前田俊(毎熊克哉)。平穏な日常から否応なく事件に巻き込まれ、それぞれの人生が複雑に絡み合い、抱える心情が浮き彫りになっていく。彼らの心の奥底に何があったのか?何が生まれたのか?その悲劇の先に、彼らは何を見つけられるのか?
監督・脚本:水谷 豊
撮影監督:会田正裕
音楽:佐藤 準
出演:中山麻聖、石田法嗣、小林涼子、毎熊克哉、水谷 豊、檀 ふみ、岸部一徳
配給:東映
(C)2019映画「轢き逃げ」製作委員会
公式サイト:http://www.hikinige-movie.com/
★2019年5月10日(金)全国公開
―公開を控えた今のお気持ちをお聞かせください。
中山麻聖(以下、中山):すごくうれしいですね。1年経って、やっとみなさんに見ていただける。それと同時にいよいよその日が来たという緊張感が高まって、心が揺れています。
石田法嗣(以下、石田):オーディションから考えると1年3カ月くらい。とうとうこの日がやってきたと思うと僕も緊張しています。
―オーディションではどんなことをしたのでしょうか。
中山:本編から輝と秀一のシーンを抜粋した2ページくらいの台本を事前にいただき、両方のセリフを覚えてきてくださいと言われました。
どういう風に芝居をするか、自分でいろいろ考えて、オーディションに臨んだところ、秀一をするよう言われました。
石田:僕も同じですね。輝をやった後に、僕は秀一もやってみてと言われたのを覚えています。別の組だったので、麻聖とは顔を合わせていません。
―終わったときの手応えはいかがでしたか。
中山:オーディションのときはいつもそうですが、手応えはないというか、わからないというのが正直なところです。
2018年の1月にオーディションが行われ、2月に結果をいただき、クランクインまで2カ月くらいありました。
石田:手応えというよりも、「あそこはもうちょっとはっきり言った方がよかったかな」などいろいろ考えてしまいました。僕も1カ月くらい経ったところで合格の連絡をいただきました。
―役作りに関して、水谷豊監督から何か事前にお話はありましたか。
中山:本読みが何度かあり、なるべく自分の価値観に固執せずに、普通にフラットでいてほしいと言われました。
石田:全体で本読みをした後に、僕らだけの本読みが2回ありました。最初の本読みのとき、自分が考えていた輝はちょっと違っていて、殻を破るというか、もうちょっと視野を広げるような感じと言われたのです。しかし、それがなかなかわからなくて…。3回目の本読みでやっと「光が見えてきた」といわれたときには、うれしくて泣きそうになりました。
―撮影初日はいかがでしたか。
石田:クランクインは遊園地のシーンでした。秀一と輝がすごく元気に楽しんでいるのですが、(中山さんの方を向いて)そのときはまだ、今のようにコミュニケーションが取れていなかったんだよね?
中山:そうだった?
石田:まだ壁があったじゃない。
中山:俺はなかったよ。俺はその壁を壊そう、壊そうとしていたよ。
石田:クランクインの前日にやっと連絡を入れたんだっけ?
―事前に連絡を取り合うことはなかったのですか。
中山: 2人の関係性を事前に築いておこうと思って、「好きなときに連絡して」と僕の連絡先を伝えたのに、クランクインの前日か前々日くらいまで連絡がなくて。法嗣くんの連絡先が分からなかったので、こちらからは連絡できなかったのです。
石田:麻聖はぐいぐい来る人でしたね。でも、どういうきっかけでメールを送ればいいのかわからなくて、何となく連絡できなかったのです。最初に聞いたのはスケジュールだっけ?
中山:そんなたわいもないところから連絡をし合うようになりました。でも、それ以降は、ご飯を食べに行くなど、一緒にいる時間を作っていました。お互いに近い存在になったほうがいいと思ったのです。
―お互いの最初の印象はいかがでしたか。
中山:今でも覚えていますが、エレベーターのドアが開いた瞬間に法嗣くんがいて、見た瞬間に「あっ輝だ」と思いましたね。
―石田さんがすでに輝になりきっていたのでしょうか。
中山:自分が「輝ってこういう人だろうな」と思っていた人物そのものがそこにいた感じでした。自分と同じ緊張感や似ているもの、同じものを持っている。気持ちを共有できる人がそこにいたので安心しましたね。
―現場以外でも、秀一と輝として付き合っていたのでしょうか。
中山:そういうことは意識していなかったですね。秀一だから連絡を取ろうというようなことはありませんでした。
石田:僕もまったく考えていなかったですね。“中山麻聖”と話していました。
中山:ただ、僕は自分と秀一の境目が正直、分からなくなっていました。劇中でも輝と秀一がメールのやりとりをしますが、ホテルで「明日、何時に出る?」「8時」「OK」というやりとりをしていると、劇中のできごととシンクロする部分があって、混乱するというか、これって秀一じゃないよな?と考えている自分がいるのが不思議な感じでした。
―それだけ役に入り込んでいたのでしょうか。
中山:今、考えてみるとそうなのかなと思います。
石田:僕は役になり切れず、苦しんでいた記憶もあります。セリフが多かったこともありますが、本読みの時に指摘されたところが多く、監督が思っている人物像に近づくにはどうしたらいいかを考えて、ホテルではずっと本を読んでいました。鏡の前で表情を作ったりもしていましたね。気持ちが辛くなったら麻聖に電話して、気持ちを立て直していました。
―輝は難しい役ですよね。
石田:輝は時間の経過に応じて考え方や感情が大きく変わっていくので、僕にとってハードルが高い役でした。現場に入ってからも「監督はどのような輝がほしいのか?」を考えて、考えて、考えて。それでも自信をもって「これが輝」といえるものがなく、とにかく挑むしかない。いつもヒヤヒヤしていました。だから精神的に麻聖のことを頼っていたのです。
中山:それはお互い様だよ。
―演じる上で特に苦労したシーンはありましたか。
石田:どのシーンも大変でしたが、ファーストシーンの麻聖と車に乗っているところ、取り調べの最後のシーン、水谷さんとのアクション。これらは特に大変でした。
―石田さんは水谷監督とのアクションシーンがありました。そのときのことで何か印象に残っていることがありますか。
石田:前日にアクション監督を交えて、ある程度の段取りをして、こういうときはちゃんと受けてくださいといった注意事項を説明されました。きっちりとした形は決めていなかったので、ほとんど当日、現場でやりました。ただ、かなりカット割りをしていたので1つ1つは短く、危なかったら止めるといった調整ができました。
―輝が窓ガラスを打ち破るシーンはハラハラしました。
石田:走っていって、転んで突っ込むところまではスタントさんですが、ガラスを打ち破るのは僕。アクション監督から「ぽんとやるから、気をつけてね」と言われ、本当にぽんと押されました。後ろから押されるので、気を付けようもなかったのですけれどね(笑)。
ガラスは割れると危ないので、代わりに飴細工を窓に張ってやりました。しかし、枚数が少なかったのでNGが出せない。しかも、細かく砕けた飴の破片も体に刺さるので、けっこう危ないと思いました。
―相手が水谷監督ということでより緊張されたのではありませんか。
石田:監督にケガをさせるわけにはいかない。僕が監督にかなり当たっていくので、間違えると大ケガに繋がります。怖かったですね。すごく気を使いながらやりました。それでもアクシデントが起こり、滑って転んで、ものすごい勢いで監督にぶつかってしまったのです。それにもかかわらず、監督は最後までしっかり撮っていたので、すごいと思いました。
―水谷豊さんは監督としてはどのような方だったのでしょうか。
中山:すごく綿密で繊細に演出をつける方です。
まず、最初に監督が演じ、それからテストをして、それでもずれているところは隣りまで来て、肩に手を置いて、優しく、気持ちの部分で変化をつけて演出してくれました。
石田:監督が演じてくれるのが、僕にはとてもありがたかったです。情報や言われることが多く、自分の中の処理が追い付かなくなってしまったのですが、監督が「ここでこういう風にこうやって動けばいいんだよ」と具体的に演出してくれました。
―水谷監督の意外な一面を感じたことがあったらお聞かせください。
中山:僕には「水谷豊はこういう人」というフィルターがなかったので、今、目の前にいる方を素直にそのまま受け取っていました。現場にいてすごく楽しかったですね。
石田:この作品の前に『相棒-劇場版IV-』でご一緒させていただいたのですが、初めてお目にかかったのは小倉のホテルの前でした。僕は撮影だったのですが、水谷さんはオフで、ちょうどロビーに帰ってきたのです。挨拶に行ったら、「よろしくぅ」とユニークな感じで握手してくれたので、興奮してしまいました。
そのときに水谷さんがはいていたジーンズがNudie Jeansで、僕と同じだったのです。僕はNudieが好きで、水谷さんがはいていると思ったらうれしくなってしまい、別の機会に「いいNudieはいていますね」とお話ししたのです。初めはうまく伝わらなくて、水谷さんが「Nudieってなんだ?」と困っている顔をされたので、「これ、これ、これ」と自分がはいているジーンズを指で示したら、「おお!J(その時の役名)」と握手してくれました。
この作品ではジャケットにパンツといった動きやすい格好で監督していましたが、撮影が終わってハグしてもらったときは確かヌーディーをはいていたと思います。
中山:俺はいつも素敵なハットをかぶっているなあと思っていたよ。
石田:そうそう帽子をかぶっていたよね。
中山:パンフレットにも載っていますが、いくつか持っていらして、洋服に合わせて被っていましたが、すごく素敵でした。
―今回の撮影を通じて、ご自身が俳優として成長したと感じる部分がありましたか。
中山:撮影の間、本当に濃縮した時間を過ごさせていただき、僕自身この作品への想いがとても強いです。
ただ、まだ自分自身を客観視できていない部分があります。監督はいいところはいい、悪いところはダメとはっきり言ってくださる方なので、成長できたかどうか伺えば、きっと正直に言ってくださるはず。舞台挨拶などで監督にお目にかかったら、僕が成長できたかどうかを監督に聞いてみたい。できれば成長したと言われたいですね。
石田:僕は今回の作品で俳優としての階段をかなり登れたと思っています。
取り調べのシーンは難しすぎて、監督が求めるレベルになかなか届きませんでした。しかし、監督は「こういう風にやった方がいい」、「明日までにこういう風に考えてきて」とはっきりと言ってくれたので、その言葉をホテルに帰ってじっくり考えて、翌日、現場に行く。これを繰り返しているうちに、監督が思っていることに近づけたかなと思います。すごいものを得た気がします。
―取り調べのシーンは相手役が岸部一徳さんです。緊張したのではありませんか。
石田:なかなかできなくて、時間がかかってしまったのです。それでも一徳さんはとても優しくて、「大丈夫。ここは難しいよ。気にしなくていいんだよ」と言ってくださいました。うれしくて思わず、一徳さん!と叫びたくなりましたね。
一徳さんのタイミングに合わせてエレベーターに乗って、2人きりになった瞬間に「ありがとうございます!」とお伝えしました。自分にとって本当にいい経験でした。
―今後、演じてみたい役はありますか。
中山:今回は事件を起こして、闇を抱えるというか、後悔や不安を抱えて生きる人間でしたが、人を殺めたり、罪を犯したりしても闇として受け取らない人物に挑戦してみたい気持ちはあります。それこそ、こうして話しながら、息をするように人を殺めてしまう、心の何かが壊れてしまっている役をやってみたいですね。
石田:漫才がしたいです。笑わせるのは難しいことだと思いますが、それに挑戦してみたい。麻聖と2人で凸凹コンビ。いけそうな気がします。
中山:法嗣は前から言っているのです。最初は「何を言っているのだろう」と思っていましたけれどね。信頼関係は築けているので、あとはどう笑わせるかだけです。
石田:麻聖はボケだよね。俺、ツッコミ。
中山:(驚いて)ええっ! そうなの!!
―これから作品をご覧になる方にひとことお願いいたします。
中山:今回の映画には、被害者と加害者、追う者と追われる者などいろいろな人が出てきますが、7人の登場人物それぞれのどの人の視点で見るかで、受ける印象が大きく変わってくる作品だと思います。轢き逃げという事件は誰にでも起こりうる。そういった意味で、秀一の視点、時山の視点などいろいろな視点で何度も見ていただけたらと思います。
石田:麻聖に言われてしまいましたが、加害者と被害者、それぞれの視点で物語が変わる。そこをぜひ、ご覧ください。
人は選択して生きている。間違った選択をしてしまうとどん底に落ちてしまう。そこも見てほしいです。
(取材・撮影:堀木三紀)
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