『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』フランソワ・ジラール監督インタビュー

『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』はロンドン、ワルシャワ、ニューヨークを巡る、極上の音楽ミステリーです。アカデミー賞®ノミネート俳優ティム・ロスとクライヴ・オーウェンが主人公のマーティンとドヴィドルを演じています。
メガホンをとったフランソワ・ジラール監督にお話をうかがいました。
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<プロフィール>
フランソワ・ジラール François Girard
カナダ・ケベック州出身。1984年にゾーン・プロダクションを設立し、数々の短編映画やダンスを主題としたミュージックビデオを手掛ける。『Cargo(90‘)』で長編映画デビュー。98年の『レッド・バイオリン』ではジェニー賞8部門を制し、東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞を受賞。2007年には、日本・カナダ・イタリアの合作映画『シルク/SILK』を監督。また、日本では東京ディズニーリゾートに誕生したシルク・ドゥ・ソレイユの常設劇場の演出も担当。作家・井上靖の小説「猟銃」を女優・中谷美紀を迎えて舞台化。その他映画作品では『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』等がある。

<story>
第二次世界大戦が勃発したヨーロッパ。ロンドンに住む9歳のマーティンの家にポーランド系ユダヤ人で類まれなヴァイオリンの才能を持つ同い年のドヴィドルが引っ越してきた。宗教の壁を乗り越え、ふたりは兄弟のように仲睦まじく育つ。しかし、21歳を迎えて開催された華々しいデビューコンサートの当日、ドヴィドルは行方不明になった。
35年後、ある手掛かりをきっかけに、マーティンはドヴィドルを探す旅に出る。彼はなぜ失踪し、何処に行ったのか? その旅路の先には思いがけない真実が待っていた。

――本作の監督をお引き受けになったのは、プロデューサーのロバート・ラントスからのオファーだったとのことですが、ご自身のどんな部分に期待してのオファーだったと思いますか。

音楽やヴァイオリン、時代物ということで私のところにオファーが来たのだと思います。自分のキャリアを考えて、最初はお断りしました。ロバートからは「なぜ?」と聞かれましたが、「オファーしてもらった理由がそのままお断りする理由です」と答えました。
今、当時を振り返ってみると、表層的な部分しか見えていなかったと思います。脚本や原作を読み、ヴァイオリンや音楽の物語ということを遥かに超え、この作品は過去のある悲劇を描いた物語で、しかも私たちがその悲劇を忘れつつあることに気がついたのです。この悲劇を多くの人に伝え、記憶に留めてもらうことに自分も貢献したいと思い、オファーを受けました。

――原作者ノーマン レブレヒトから何か要望はありましたか。

ノーマンから特に要望はなく、むしろこちらから彼に聞きたいことがたくさんありました。彼は音楽業界では有名な音楽評論家です。この作品の音楽面に関して、最初にディスカッションしたのは実はノーマンでした。ユダヤ文化についての一般的な知識は持ち合わせていましたが、それだけでは足りません。音楽面を中心にいろいろ教えていただきました。
ほかにもプロデューサーのロバートにはブタペストのシナゴーグ(ユダヤ教の公的な祈禱・礼拝の場所)に連れていってもらい、キッパ (ユダヤ人の帽子)をつけてお祈りの時間を過ごしました。他にもユダヤの文化や音楽の専門家、歌でお祈りを主導する主唱者の方々にいろんなことを教えていただきました。よく知らないことを手掛けることで様々なことを学べるのも映画作りの醍醐味です。
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――作品の核となる「名前たちの歌」という曲がとても印象に残りました。今でも頭の中をリフレインすることがあります

あの曲はハワード・ショアが生み出してくれました。彼は主人公たちと同世代。50年代初期に自分のシナゴーグで聴いた曲が同じような感じだったそうで、そのときの衝撃を今回のオリジナル曲に落としてくださっている。そのために何度もミーティングを行い、主唱者や専門家に話を聞き、自分の領域も含めてさまざまな分野を掘り下げていった努力がすごかったですね。そうやって長い時間を掛けてヴォーカルバージョンとヴァイオリンバージョンを作り上げ、それから他の楽曲もできていきました。

――ホロコーストの跡地トレブリンカで初めて撮影を許可された映画作品とのことですが、トレブリンカで撮影できたことの意義をどうお考えになりますか。

私の作品はいつも脚本を何度か通しで読んで、“こうして撮りたい”、“これが必要だ”ということをみんなで確認していきます。しかし、このシーンに関しては、どう撮ったらいいのかわからなくて、後回しにしていました。とはいえ、いつまでも何もしないでいるわけにはいきません。まずは美術担当のフランソワ・セグワンと一緒にトレブリンカに行ってみました。
すると、このシーンはグリーンバックを使ってフェイクで撮るわけにはいかないことがすぐにわかりました。「役者をここに連れてこなくては」と思い、それをプロデューサーたちに伝えると納得してくれました。
ところが、トレブリンカの管理団体から撮影を断られてしまいました。その気持ちもわかります。聖なる場所ですから、何か間違った形で映し出されることがあるかもしれないという躊躇があったのでしょう。信用してもらうために、“自分のためではなく、そこで亡くなった方、被害者の記憶のため撮りたい”という思いを長い手紙にしたためたところ、許可が下りました。自分の映画作りのキャリアの中で最もエモーショナルで心動かされた日となりました。
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――監督がこの作品を通じて伝えたかったことはどんなことでしょうか。

演劇であろうが映画であろうが、自分の作品の成功は必ずしも金銭的なことではありません。今はたくさんの作品が作られています。その中で人の記憶に残っていく作品になってほしい。これは言い換えれば、誰かの心にメッセージを刻んでいくということでもあります。
この作品ではホロコーストで行われた悲劇を記憶に留め、亡くなった方へ追悼の気持ちを伝えたい。第二次世界大戦を生き残った方がどんどん亡くなっていき、近い将来、誰もいなくなってしまいます。それとともに戦争の記憶も薄れていく。これはヨーロッパだけではなく日本も同じだと思います。その中で映画の作り手としてだけではなく、人間として “人間は恐ろしいことをしてしまうことがある”と覚えておかなくてはいけません。そうでなければ、きっとまた過ちを繰り返してしまいます。日本の方にもそのことを覚えておいていただければと思います。

(取材・文:ほりきみき)


<取材を終えて>
キノフィルムズの方から声を掛けていただき、フランソワ・ジラール監督にzoomでインタビューいたしました。20分間の持ち時間で何を質問するか。映画の作品構成、キャスティング、監督の作品への思いといくつかの質問を用意し、1問目の答えをうかがった上で判断することに。監督はこちらの質問に丁寧に答えてくださる方だったので、質問は最小限に絞り、監督の思いを中心にお話をうかがいました。キャスティングについても聞きたかったのですが、この点はきっと他の媒体が聞いてくれているはず!とばっさり諦めました。しかし、この作品の核にあることについてはしっかりと話がうかがえたのではないかと思っています。

『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』
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出演:ティム・ロス、クライヴ・オーウェン、ルーク・ドイル、ミシャ・ハンドリー、キャサリン・マコーマック
監督:フランソワ・ジラール
脚本:ジェフリー・ケイン
製作総指揮:ロバート・ラントス
音楽:ハワード・ショア
ヴァイオリン演奏:レイ・チェ
2019 年|イギリス・カナダ・ハンガリー・ドイツ|英語・ポーランド語・ヘブライ語・イタリア語|113 分|映倫区分:G(一般)
配給:キノフィルムズ
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft
12 月 3 日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開
公式サイト:https://www.songofnames.jp/

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