『あなたはまだ帰ってこない』エマニュエル・フィンケル監督インタビュー

戦争は戦う人だけでなく、その裏に待っている女性がいる
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フランスが世界に誇る小説家マルグリット・デュラスの自伝的小説「苦悩」(河出書房新社刊)が映画化された。映画『あなたはまだ帰ってこない』である。本作は、第2次世界大戦下のフランスを舞台に、レジスタンス運動家であった夫ロベール・アンテルムの帰還を待ち続けるマルグリット・デュラスの苦悩の日々を描く。
パリのアパルトマンの一室で、自らの愛の行き場を失い、葛藤の中で夫を待ち続ける主人公デュラスを演じるのは、『海の上のピアニスト』『ザ・ダンサー』などのメラニー・ティエリー。ゲシュタポの手先でデュラスに近寄るラビエにはフランス映画界を代表する名優ブノワ・マジメル、そしてレジスタンス運動のメンバーでデュラスを支えるディオニスをフランスの敏腕音楽プロデューサーでソロミュージシャンや俳優としても才能を発揮するバンジャマン・ビオレが演じる。監督はゴダールやキェシロフスキの助監督などを務め、その才能に高い評価があるエマニュエル・フィンケル。
デュラス自身が「私の生涯でもっとも重要なものの一つである」と語っているほど、作者自身が深い愛着を抱いていた原作をベースに、デュラスの愛と苦しみを繊細に映し出したエマニュエル・フィンケル監督に作品への思いを聞いた。

<エマニュエル・フィンケル監督プロフィール>
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1961年パリ近郊のブローニュ=ビヤンクール生まれ。ベルトラン・タヴェルニエやクシシュトフ・キェシロフスキ、ジャン=リュック・ゴダールらの助監督を経て95年に監督デビュー。長編第一作「VOYAGES」はカンヌ国際映画祭<監督週間>に出品されユース賞を受賞したほか、セザール賞2部門など数多くの映画賞を受賞した。TVドキュメンタリー「EN MARGE DES JOURS」(07)ではビアリッツ国際テレビ映像フェスティバルのゴールデンFIPA賞(脚本賞)を受賞、「NULLE PART TERRE PROMISE」(08)では2度目のジャン・ヴィゴ賞に輝いた。2016年2月にフランスで公開された『正しい人間』(15)には、本作でデュラスを演じたメラニー・ティエリーとニコラ・デュヴォシェルが主演。商業的にも批評的にも成功し、アングレーム・フランス語映画祭の最優秀監督賞と主演男優賞を受賞した。2017年に世界で初めて開催されたオンライン映画祭、第7回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルで上映された。

『あなたはまだ帰ってこない』
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<story>
1944年、ナチス占領下のフランス。若く優秀な作家マルグリット(メラニー・ティエリー)は、夫のロベール・アンテルム(エマニュエル・ブルデュー)とともにレジスタンス運動のメンバーとして活動していた。ある日、夫がゲシュタポに逮捕される。マルグリットは夫を取り戻すためにゲシュタポの手先のラビエ(ブノワ・マジメル)の力を借り、恐ろしい危険に身を投じることを決意する。愛する夫の長く耐えがたい不在はパリの解放後も続き、心も体もぼろぼろになりながら夫の帰りを待つマルグリットだったが…。 

監督:エマニュエル・フィンケル
出演:メラニー・ティエリー、ブノワ・マジメル、バンジャマン・ビオレ
原作:マルグリット・デュラス「苦悩」
原題:La Douleur 英題:メモワール・オブ・ペイン
2017年/フランス・ベルギー・スイス/フランス語
配給:ハーク

★2019年2月22日(金)よりBunkamuraル・シネマにて全国順次公開


—マルグリット・デュラスの「苦悩」を映画化しようと思ったのはなぜですか。

25歳頃にこの小説を読んで以来、ずっと映画化したいと思っていたのです。実は、1942年に父の両親と弟がドイツ軍に捕まり、収容所に連れていかれました。父はずっと彼らの帰りを待っていたのです。それがマルグリット・デュラスと重なるところがあると感じました。

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—お父さまの体験やエピソードをこの映画に盛り込んでいますか。

収容所から戻ってきて、治療を受けている人たちにロベールの消息を聞くシーンがあります。そこに写真を手にした若い男性が入ってきて「この家族を見ませんでしたか?」と聞くのですが、あの男性は私の息子で、持っている写真は私の父方の祖父母です。パリ解放の後、父も同じように自分の家族を探していたそうです。

—デュラス役にメラニー・ティエリー、ラビエ役にブノワ・マジメルをキャスティングした決め手を教えてください。

この作品のためにフランスの有名な女優15人くらいをカメラテストしたのですが、メラニーから参加したいと申し出がありました。メラニーには2016年2月にフランスで公開された『正しい人間』に小さな役で出てもらい、素晴らしい女優だと思っていました。ただ、身体的に合わないのではないかと思っていたのです。しかし、カメラテストをしたところ、デュラスにぴったり。彼女だと思いました。
ブノワ・マジメルとは一緒に仕事をしたいと長い間、思っていました。しかも、彼は年齢を重ね、ちょっと恰幅がいい身体になってきて、それがまさに戦争の時に、敵に協力して、いい生活をしていた人たちの身体にぴったり合っていたのです。一方で顔はすごくティーンエイジャー的な脆い、線が細い人間味のある顔もしています。その両方を合わせている彼が魅力的で、ラビエにとても合うと思いました。

—メラニーが身体的に合わないというのは、デュラスの身体的特徴と似ていないということですか。

デュラスもメラニーも小さく、細めな人だったので身体的には似ていたのですが、顔の形が全然似ていなかったのです。ただこの映画では、似ている人物としてデュラスを描くということを意図しているわけではなく、戦争の裏には待っている女性がいるということを描きたかった。これはどの女性にもあてはまることですが、あまり語られていません。

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—この小説を映像化するにあたり、難しかったのはどんなところですか。

死の収容所から戻り、痩せ細って死にそうだったロベールがデュラスの看病を受けて元気を取り戻す。原作ではこの部分も描かれていますが、映画では割愛しました。嘘をつかず、胡麻化さずに映像にすることができなかったのです。
また、映画化するのに、マルグリット・デュラスの書くリズム、その作風を大切にしました。

—監督はデュラスをどんな女性としてとらえ、描きましたか。

この小説を映画化する際、まず考えたのは、デュラスがバランスを崩してしまっているのをしっかり描くということ。彼女はとても知的な人です。自分の気持ちと理性に矛盾があることをはっきり感じています。彼女が作品の中で「私は自伝的なものを書いている。それとともにたくさん創造の産物を描いている」と言っているように、現実の部分と小説としての作り上げられている部分の両方があるのです。ただ、この作品ではわざと、どちらが現実で、どちらが作り上げられたものなのか、わからなくなるようにしていますけれどね。それは彼女自身の葛藤でもあり、だからこそ、作品に彼女が2人現れて、1人は起こることをそのまま受け止めて生き、もう1人はそれを客観的に見ています。

—マルグリットのモノローグでストーリーが展開していくため、メラニー・ティエリーは演じているときにはあまりセリフがありません。表情だけで感情を引き出すために、監督からメラニー・ティエリーにどのような演出をしましたか。

普通は女優がセリフを言って、監督が聞きます。しかし、この作品では私がメラニーに語りかけ、それを聞いたメラニーが反応する。だから、感情が自然なのです。メラニーが私の言葉を咀嚼して、自分の内面を表現するので、ちょっと時間差はありましたけれどね。
大切なことは、女優が役になりきることです。役を解釈して演じるのではありません。

—正面からではなく、フレームからはみ出るくらいにアップで横や後ろから撮る。鏡やガラスに映った姿で人物を映す。この演出の意図をお聞かせください。

観客がデュラスの頭の中に入っていくような映画にしたい。それによって、彼女の主観が伝わってくるようにする。それがこういう手法を使った理由の1つです。
また、私たちの周りには鏡やガラスなど多種な素材があり、その中を自分の考えや精神が漂っているというか、それを見ながら生活をしています。そういったことに取り巻かれているという実態も映画の中で見せたいと思いました。

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—パリが解放されて、外では人々が歓喜にあふれているとき、マルグリットは1人部屋に籠ってラジオを聞いていました。そのときに聞こえてきたのが、日本の紹介です。なぜ、そこで日本を紹介する話を流したのですか。

過去のラジオ放送をたくさん聞いて、見つけました。長崎と広島に原爆が落とされる前の日本のことを語っています。この映画のラスト近くで、デュラス自身も言っていますが、あの頃はまだ、ユダヤ人があのようにひどい状態で虐殺されたことは知られていませんでした。同じように、長崎と広島で野蛮な行為が行われたのを知らないまま、日本を語る。世界で起こったおぞましいことをまだ知らなかったということをかけているのです。
また、デュラスが初めて書いたシナリオ「ヒロシマ、モナムール」に敬意を表しています。この作品は恥の気持ちを描いていて、「苦悩」にとても近い。通じるものがあると思いました。

—監督は、クシシュトフ・キェシロフスキやジャン=リュック・ゴダールといった独特な映画作りされる監督の助監督をされていました。それぞれの監督から影響を受け、学んだことはどんなことでしたか。

この二人はとても偉大な映画監督で、非常に力強い。特にゴダールは独特な撮影哲学を持っています。光や照明、動きの見方など、ものすごくいろいろなことを学びました。もちろん直接、教えてもらったのではなく、20年近く彼の助監督として一緒に仕事をしながら、彼のやり方を見て学んだのですけど。もちろん、ほかの多くの監督からもいろいろと学ぶところはありましたが、いちばん学んだのは、やはりゴダールですね。

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—日本の映画で好きな作品、好きな監督はいますか。

私は溝口健二監督や小津安二郎監督、黒澤明監督の作品をしっかり見て育った世代です。若いころは小津監督の最後の5作品は完全に暗記していました。アメリカで言えば、黒澤がジョン・フォードで、小津がジョン・カサヴェテスにあたるでしょう。彼らの作品が私たちを育て、作り上げたと思います。残念ながら、今の日本の監督はあまり知らず、見ていません。

—映画化してみたい小説はありますか。

ドストエフスキーの「二重人格」は面白いのですね。そのまま映画化するのではなく、「二重人格」をもとにして、いつか別の作品を作りたいと思っています。
(文・構成:堀木三紀)

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