映画『人生ドライブ』城戸涼子監督インタビュー

熊本県宇土市で暮らす岸英治さんと信子さん夫婦には7男3女、10人の子どもがいます。熊本県民テレビは岸さん一家の生活を2000年頃から20年以上にわたり寄り添うように取材してきました。そのアーカイブを映画として再編集したのが映画『人生ドライブ』です。そこには10人の子どもたちへの愛情や暮らしの工夫だけでなく、夫婦の絆も映し出されています。
公開を前に城戸涼子監督にお話をうかがいました。

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――本作は熊本県民テレビの21年に及ぶ密着取材から生まれたものです。岸さん一家を取材することになったきっかけからお聞かせください。

私の入社前のことで、初代の担当ディレクターだった西原縁子さんから聞いた話になりますが、「9人の子どもを持つお母さんが家族をテーマにエッセイを書いたところ、雑誌『ESSE』で大賞を受賞した」という地元の新聞の記事を読んだ西原さんがローカルで放送している情報番組で紹介するために会いに行ったのがきっかけです。2000年頃のことでした。西原さんは信子さんとお会いして、愛情あふれる女性であることに魅了されたそうです。
その後も夏休みやクリスマス、お正月と継続して岸さん一家を取材しているうちに信子さんの妊娠がわかり、10人目の不動くんが誕生する2001年11月まで取材を続けました。
その後、西原さんは退社されましたが、ディレクターを交代しながら取材を続け、今に至っています。

――監督は何代目のディレクターなのでしょうか。

2006年に担当したときは3代目でした。2代目のディレクターが産休・育休に入ることになったのです。私も2年担当した後、職場の異動で他のディレクターに委ねました。そこから先は担当ディレクターが何人いるのか、ちゃんと把握できていませんが、延べ10人は超えています。
担当ディレクターが別の取材でいけないときは、社内で番組制作をしている別のスタッフが代わりに岸さんのところに行くなど、助け合いながらやってきました。一時期は番組制作を担当しているフロアの中で岸さんの家に行ったことがないスタッフは誰もいないようなこともありましたね。
そうやって誰かが取材に行くような形で繋いで、2019年にもう一度、私に担当が回ってきました。

――21年間に担当ディレクターがタスキを渡すように代わっていかれたとのこと。取材テーマも引き継がれてきたのでしょうか。

大家族の岸さん一家の担当だと言われたくらいで、企画のテーマを聞いた記憶は私は特になく、私も次の担当者に伝えた覚えもありません。よく言えば担当ディレクターに取材のテーマは委ねられていました。
2回目の担当が回ってきて、15、6年ぶりに岸さんの家に行ってみると、お子さんたちの多くは独立しており、岸さん一家は大家族ではなくなっていました。取材のきっかけは大家族でしたが、そこにこだわる必要はない。子どもが10人で世間一般よりも多いけれど、ベタベタな愛情を注ぐという形を取らなくても、子どもたちが毎日楽しそうに過ごしていたのは、自分が愛されていて、この家は安心できる場所だと確信できていたから。岸さん一家の根っこは英治さんと信子さんのパートナーシップにある。時間をおいてもう一度、担当になり、やっと答え合わせができた気がします。

――初めて任されたときのことは覚えていらっしゃいますか。

担当を伝えられたときはまだ若かったので、“先輩たちが脈々と受け継いできたものを引き継ぐ”ということで必死でしたね。なんと言っても、まずは10人の子どもの名前を覚えないといけない。岸さん一家担当の最初の試練です。長く通っているカメラマンに「あの子は誰で」と教えてもらいながら取材をしていました。
子どもたちは取材に来ているからといって、普段と違う動きをするわけではありません。不動くんが4歳くらいで、他の子はほぼ年子の小学生。いちばん暴れたいお年頃です。「遊ぼうよ」と言われて、後ろからガンガン蹴られることも。7割遊んで3割撮影みたいな感じでした。

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――取材を嫌がるお子さんもいらしたのではありませんか。

時期によってはあったようです。信子さんに聞いたことがあるのですが、「“また来ている”と思っていた子どもたちもいたけれど、“取材に来てほしくない”とか“取材を受けるのは止めて”と言われたことは一度もなかった」と言われました。ただ、私が最初に担当したとき、上のお子さん3人はすでに家を出ていましたし、平日の昼間に取材に行っても高校生や中学生のお子さんはいなかったのです。
とはいえ、私も最初は2年しか担当していないので、その後の状況を細かくは知りません。今もこうして取材が続いているということはお子さんの一人一人に波はあったと思いますが、受け入れてくれている証ではないかと受け取っています。

――本作は熊本県民テレビ開局 40 周年を記念し、アーカイブを再編集して映画として公開されます。なぜ映画化したのでしょうか。

テレビでは時間制約があり、短い時間で何かを伝えるためには、こちら側から説明しなければいけないことが多い。例えば、先ほどから何度も“大家族”という言葉を使っていましたが、岸さん一家には“7男3女の大家族”という枠組み以外にも、子どもと親、英治さんと信子さんという1対1の関係性がある。もっといろんなことが描けるのに、大家族という枠組みにはめてしまうことでこぼれてしまっていることがたくさんあるかもしれない。映画なら時間の制約がなく、余計な説明を加えていない映像を見ていただいて、自由に感じてもらえるのではないだろうかと考えたのです。
もともとテレビ局発のドキュメンタリー映画に関心があり、他局が制作した映画も何本も観ていたので、「一つの家族の歴史をこんなに丹念に追った映像が残っているのに、一度の地上波放送でお蔵入りさせるのはもったいない」と思っていました。

――実は本作を観た後に、NNNドキュメント21「人生は…ジグソーパズル」も拝見しました。映画と同じように不動さんが生まれる前から、現在までを写し出していましたが、夫婦や子どもたちの名前や年齢がテロップで入っていて、映画とはかなり違う印象を受けました。映画ではそういったわかりやすさを排除していますね。

登場する人物の名前と年齢の説明や字幕表記は突き詰めると絶対に必要なことではありません。観る人はそこにある映像から自分なりに繋いでいこうとする。言わなくてもいい説明は外した方が映像に集中してもらえます。こちらから情報を出し過ぎることでその能動的なものを奪いたくなかったのです。

――映画では構成・編集を佐藤幸一さんがなさっていますね。

弊社は映画を作るのが初めてだったので、映画化のノウハウを持っていませんでした。佐藤さんは2002年に岸さん一家のNNNドキュメントを放送した時にも編集に入って頂いた方でした。さらにドキュメンタリーの編集を何十年もなさっている上、映画の編集経験もあります。岸さん一家のことを元々知っていることに加え、普段、ニュースの編集ばかりやっている私たちにはない視点を持っていらっしゃるだろうということでお願いしました。

――佐藤さんの編集から学んだことはありましたか

“ナレーションではなくて映像で語る”ということですね。テレビでは時間が足りないとナレーションを入れてしまいますが、映画は時間の制約がないので、映像で分かるところはナレーションを入れずに映像だけで編集し、伝えていく。佐藤さんはそこを大事にしながら映像を選んでいました。これはテレビ放送ではなかなかできないと感じます。

――映画を経験して、テレビ番組作りに変化はありましたか。

私は普段、ニュースの現場で仕事をしています。この仕事は“わかりやすく、正確に”が大事。それでも“説明を加えた方がわかりやすいけれども、ここはあえてこちらからは説明を加えずに、画面に映っている人の表情に集中してもらった方がいいんじゃないか”などとより考えるようになりました。何でもかんでも説明していたころに比べると、何かちょっと作る幅は広がったのではないかという実感はありますね。

――映画化によって岸さん一家の取材は完了なのでしょうか。

映画にしたからといって岸さん一家の取材は終わっていません。映画用の撮影は2021年11月に終わりましたが、今年の1月に成人式を迎えた不動さんを取材して熊本のローカルで放送しました。
私は普段、ニュースの編集長として社内で仕事をしていますが、岸さん一家の取材のときだけ、シフトをやり繰りして外に出させてもらっています。カメラマンも一緒のときもありますし、私一人のときもあります。

――監督ご自身がカメラを回すときもあるのですね。

結構、撮っていますよ。がたがた震えていたり、画質がよろしくないのはデジカメで撮っている映像で、カメラマンが撮った映像ではないことが多いです(笑)。でも、映像の中にデジカメで撮ったからこそのいい距離感が生まれることもあります。

――岸さん一家を取材したことで監督ご自身の中で何か価値観が変わったことなどありましたか。

劇的な変化があったわけではありませんが、英治さんと信子を見ていて、“近しい人にこそ丁寧にあれ”ということを心に留めておくようになりました。“言わなくてもわかるでしょ”という距離感の人にこそ、「ありがとう」と伝える英治さんと信子さんのことを見習いたいと思っています。
私には子どもがいませんが、歴代のディレクターが、「自分が子どもを育てるときに、岸さんの子育てが参考になった」と言っているのを聴いたことがあります。

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――公開を前に今のお気持ちをお聞かせください。

岸さんの取材がここまで長く続けられたのは、会社としてちゃんとディレクターを引き継いできたからだと思っています。通常、継続取材はどこの放送局でもやっていますが、大抵は担当ディレクターが1人で取材を重ねるので、そのディレクターがいなくなると取材が引き継げずに途切れてしまいます。うちでも岸さん一家の取材以外はそれが理由で途切れてしまった企画があります。
21年の間には熊本地震やコロナがあり、岸さん一家の個人的なことで言えば、家が火事になったこともありました。そんなときも翌日に「行ってもいいですか」と言って撮影させてもらえる。これは先輩たちが築いてきた関係性があるからこそ。これからも引き継いでいかなくてはと思います。
(取材・文:ほりきみき)


<監督プロフィール>
城戸涼子
1979年生まれ、福岡県出身。2002年4月、熊本県民テレビに入社し報道記者としてキャリアをスタート。2005年に制作に配属が変わり、企画・撮影・編集を初めて1人で担う中で映像の奥深さを知る(まだまだ勉強中)。2006年、汚染された血液製剤でC型肝炎に感染した患者たちが国を相手に起こした「薬害肝炎訴訟」の原告を追い、ドキュメンタリー番組を初制作。「ひとの人生にふれること」に魅力を抱き、その後は災害や過疎問題のほか福祉や政治、鉄道など様々なジャンルで20本以上のドキュメンタリー番組制作に携わる。岸さん家族の取材は2006年から2年間担当したが職場異動に伴い一旦外れ、2019年に再担当。現在はローカル情報番組「てれビタevery.」のニュース編集長として日々起こる熊本の出来事と向き合う傍ら、小さなデジカメを持って岸さんの取材へ足を運ぶ日々を送っている。今回の映画が初監督作品。

『人生ドライブ』

作品紹介はこちらから
白石映子、景山咲子、宮崎暁美の3人が担当しています。

監督:城戸涼子
プロデューサー:古庄 剛  
構成・編集:佐藤幸一  
撮影・編集:緒方信昭
製作著作:KKT熊本県民テレビ
2022年/93分/DCP/16:9/日本
令和4年文部科学省選定作品
配給:太秦
(C)2022 KKT熊本県民テレビ
5月21日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
4月29日(金・祝)〜[熊本] Denkikanにて先行上映中
公式サイト:https://jinsei-drive.com/


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