【現職の首相を題材に、日本の危機的状況を解明する政治バラエティ映画『パンケーキを毒見する』】問題の根幹はコロナではなく、政治にあるのかもしれないと内山雄人監督が語る

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現職の首相にスポットを当て、コロナ禍で閉塞感が漂う日本を描いた映画『パンケーキを毒見する』が7月30日から公開される。菅首相のパンケーキ好きにかけたタイトルが示すとおり、笑いの要素をふんだんに盛り込んだ政治バラエティだ。現役の政治家や元官僚、ジャーナリスト、そして各界の専門家がそれぞれの立場から日本の現状と危うい将来を語り、国会ウォッチャーの大学教授は過去の菅首相の答弁を徹底検証し、アニメーションで風刺する。菅首相本人へのインタビューがかなわなかった分、あの手この手でさまざまな角度からデータも駆使して菅政権の本質に迫り、笑って見ている観客はいつしか日本が置かれた危機的な状況のいくつかに気付かされる。内山雄人監督に作品に込めた思いを聞いた。

菅義偉とはどんな人物なのか?

日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)、内閣総理大臣(第99代)、自由民主党総裁(第26代)。秋田のイチゴ農家に生まれ、高校卒業後上京。板橋区の段ボール製造工場に勤務、2年後に法政大学へ入学。大学卒業後73年、建電設備株式会社(現・株式会社ケーネス)に入社。75年、政治家を志して衆議院議員小此木彦三郎の秘書となる。87年、横浜市会議員選挙に出馬し初当選。その後、横浜市に大きな影響力を持っていた小此木の代役として秘書時代に培った人脈を活かして辣腕を振るい「影の横浜市長」と呼ばれた。横浜市会議員(2期)、総務副大臣(第3次小泉改造内閣)、総務大臣(第7代)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、郵政民営化担当大臣(第3代)、自由民主党幹事長代行(第2代)、内閣官房長官(第79代・第80代・第81代)、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣などを歴任した。2019年(平成31年)4月1日に、官房長官として新元号令和を発表したことから、「令和おじさん」の愛称がある。(作品公式サイトより転載)


<内山雄人監督プロフィール>
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1966年8月24日生まれ。早稲田大卒業後、90年テレビマンユニオンに参加。93年「世界ふしぎ発見!」でディレクターデビュー。情報エンターテインメントやドラマ、ドキュメンタリー等、特番やレギュラー立ち上げの担当が多く、総合演出を多数行う。インタビュー取材、イベント、舞台演出、コンセプトワークも得意とする。主な作品に、2001年12月〜日本テレビ「歴史ドラマ・時空警察」Part1〜5監督&総合演出、2006年〜09年日本テレビ「未来創造堂」総合演出、2010〜15年日本テレビ「心ゆさぶれ!先輩Rock You」総合演出、2015〜20年NHKプレミアム アナザーストーリーズ「あさま山荘事件」、「よど号ハイジャック事件」、「マリリン・モンロー」、「ドリフターズの秘密」などがある。

――本作の監督オファーを受けたときのお気持ちからお聞かせください。

2020年11月後半くらいにプロデューサーの河村さんから電話をいただきました。現役の首相を取り上げたドキュメンタリー映画を作ると聞き、正直、ためらいましたね。一方でこれはチャンスだと思いました。私たちのような制作会社の人間は報道ではありませんから、現役の政治家を素材にすることはほぼありません。しかし、ここ数年、政治に対する忸怩たる思いがありましたから、映画という自由な立ち位置で撮れるのなら、やる価値があるのではないかと考えたのです。
しかし、公開時期がオリンピックや総裁選の直前と決まっていて、制作期間が半年くらいしかありません。こんな短い時間で撮るのは無茶な話です。即決はしませんでした。
先日、マスコミ向け試写会に登壇したら、河村さんが「6~7人の映画監督の方に断られた」とおっしゃっていました。菅さんに取材申請しても断られるでしょうから、撮れるものがはっきりしていない。それなのに半年で映画に仕上げなければならないと聞けば、誰だって尻込みするでしょう。ただ、僕は映画ではなくテレビの人間だったので、半年しかないのなら半年でできることは何だろうと考える。発想が逆なんです。とはいえドキュメンタリーで準備期間が半年というのは異例の短さ。ギリギリまで編集して、例えば4回目の緊急事態宣言が2021年6月20日まで延長されたことも作品に取り込んでいます。

――企画の段階ではどのような内容にすることになっていたのでしょうか。

河村さんからは「菅という人間の正体を暴いてくれ」としか言われませんでした。正体を暴くと言っても何をもって正体を暴くことになるのかわからない。細かな指示はなかったので、どういうものなら映像になるかを自分なりに考えました。
インタビューで構成するのは誰でも考えつきますが、インタビューだけでは飽きてしまって画がもちません。しかも本編に出てきていますが、インタビューをお願いしてもことごとく断られました。想定していたことがばんばん壊れていき、映像になるものは何かを撮りながら考え、撮り終わってもまだ足りなくて、いつまで経っても終わりが見えませんでした。

――法政大学の上西充子先生が首相の不誠実な国会答弁について解説されていましたが、それを聞くと政治に疎い人でも国会中継を楽しく見られますね。

上西先生は以前から国会パブリックビューイングをされていて、国会がおもしろいということを教えて頂きました。今回はとにかくエンターテインメントに仕上げたいと思っていましたから、上西先生にいくつか場面候補を挙げてもらってすべての映像を解説していただき、その中でどれがいちばん面白いか、どうやって伝えたらさらに笑えるかをものすごく考えて、作品に取り上げました。そのままではヤジは聞こえにくいので、聞こえるように編集で音を持ち上げています。僕らは映像のプロですから。
この作品をご覧になる方にとって、国会が実は面白いというのはある種の発見だと思います。こんなにもちゃんと答えていないんだっていうことを、僕も改めて知りました。国会中継を楽しく解説する番組を定期的に作って、いじり倒したくなりますね。

――日本の変なところを風刺するブラックなアニメーションが合間に挟み込まれていました。あのアイデアも監督が考えられたのでしょうか。

今、この世の中に起きている不条理みたいなことがまるでコントのように思え、それをとにかく笑える形に表現しようとアニメーションにしました。社会はこれくらい歪んでいるんだといじりたかったのです。僕のほかに作家の方に1人入っていただき、案を出し合いました。
教室の花瓶を割ってしまった小学生が「記憶にございません」と言う話がありますが、僕があんな風に大人を困らせたいタイプの子どもでした。「今の学校ではこういうことは起きていないのか。君たちもこうやって大人を困らせてみろ」というくらいの気持ちでアニメーションにしています。
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――私はデジタル庁の話や羊の話がおもしろかったです。

デジタル蝶は、デジタルやサイバーなんてモノに最も不向きな政府と官僚が、作り出す「ヤバいもの」を子供でもわかるバカバカしさで表現したかった物語です。
羊はモグモグしている口を繰り返してますが、「黙々と…(生きる)」みたいな意味を込めて。
無垢で愚かで騙されようが倒れようが黙って生きる…何のメタファーか、誰でもわかるはずです。

――そのアニメーションを担当されたのは「べんぴねこ」さんですね。

政治的なものをこのタイミングで、短期間に作ってもらう。しかも依頼内容がその人の意に沿うかどうかわからない。よく知っている人でないと依頼するのは難しいと思ってべんぴねこさんに頼みました。彼は以前、テレビマンユニオンにいて、一緒に仕事をしたことがあるのです。
まず1つ、菅さんが五輪とGOTOを砂浜で引きずっているアニメを仕上げてきました。それを見て、「こういうシュールな世界を描けるんだ」と安心して任せられましたね。細かい修正のキャッチボールはありましたが、書いた本を渡すとカット割りも全部、イメージ通り完璧に作ってくれました。しかも、ものすごく出来がいいんですよ。もともとあがってきたものは自分で声を変えて入れてくれてありました。プロの人が吹き替えてアテレコしましたが、それでも彼の声をそのまま使いたい所は、残した程 彼はウマいんです。

――アニメーションをもっと見たくなりました。

こういう皮肉や風刺ならいくらでも作れます。これをやり出したら楽しくて、こればっかり考える思考になってしまいました。仕事にできるなら、毎週のように作りたいです。

――作品の後半に車窓から見える都会の夜景をバックにいろいろな統計データを表示しつつ、ivoteの学生さんが意見を述べる映像が映し出されましたが、学生さんの映し出し方が縦長でスタイリッシュな印象を受けました。

あそこは試行錯誤したところなんです。統計データを出したいけれど、若い人たちの言葉も入れたい。テレビはそういうときにちいさいワイプを使って、コメントとして入れるじゃないですか。でもそれはテレビみたいで嫌だったんです。
かといって、全員の顔を撮り切り画面にする気もありませんでした。あそこでいちばん伝えたいのはあくまでも統計データです。それでも学生の言葉がすーっと頭に入って “学生たちはこう思っているんだな”、“俺たち大人が夢を与えていないんだな”ということにも気がついてもらえるとうれしいですね。

――あれだけたくさんの統計データをよく見つけてきましたね。

日本が優れているという統計データはたくさんあるけれど、劣っている統計データもあります。それをみんなが見ないふりをしてきただけ。日本がどれだけ危機的な状況にあるのかを経済産業省出身の古賀茂明さんが本に書いていたので、それをヒントにして、リサーチの人や助監督総出で探しました。集まった統計データをどういう順番でどういう風に見せていくか。これがなかなか難しかったです。

――統計データを見ていていちばん驚いたのは、日本が貧困だということでした。

残念ながら、これは事実です。数字にすると貧困層は6人に1人。驚くことに貧困で困っている人が日本にはたくさんいるのです。残念ながら編集の段階で全部落ちてしまいましたが、今回、炊き出しやこども食堂も取材しました。炊き出しをやっていたNPOの人によると、炊き出しに来るのは昔からいる浮浪者だけでなく、自分たちは浮浪者ではないという若い世代が増えていました。彼らは非正規雇用で不安定な職場に長く勤めていた中、コロナで仕事がなくなり、当初はネットカフェで過ごしていたが現金もなくなり、とうとう食べるものにも困って炊き出しにきたのです。子ども食堂はコロナで子どもたちが集まれなくなっていて、ボランティアの方々が自宅に食事を届けていました。

――見えないところでじわじわと貧困が忍び寄ってきているのですね。

コロナで飲食店の人が大変なことは報道されていますが、もっと生活に困っている人がいる。この10年くらい、際どい生活をしている非正規雇用の人たちが潜在的にものすごく増えていて、最終的にコロナで堰を切ったようになったのです。
NPOの方がいうのは、「コロナが貧困の始まりじゃない。非正規雇用の常態化した頃から潜在的に貧困は始まっていた。コロナは顕在化するきっかけに過ぎない」
大手企業優先の政治の政策が原因の根本にあると思いますが。
そういったことも作品に取り込みたかったのですが、画として使えるものが撮れなかったので、残念ながら入れていません。それで“せめて統計データだけでも載せて、日本の貧困状況を伝えなくては”と思ったのです。

――ナレーションを古舘寛治さんがされています。独特な間合いがいいですね。

古舘さんはTwitterでご自身の主張を発信されています。政治の色がついた作品ですが、もしかしたら意気に感じて引き受けてくれるのではないかと思ってお願いしたところ、快諾していただきました。
正直、ここまで味のあるナレーションになるとは思っていませんでした。僕は早口なのでものすごくたっぷり間尺を取って余裕あるつもりでしたが、古舘さんの独特の間合いでナレーションを撮るとけっこうきちきちになるので、焦りました。でも撮りながらものすごく話に深みと立体感がでたようで楽しかったです。
収録が終わったときに「僕でよかったんですか?」とおっしゃっていましたが、古舘さんにお願いして本当によかった。「俺が矢面に立ってしまうんじゃないの?」と古舘さんも笑っていました(笑)。

――ラストのナレーションが心に響きました。あのときの映像は朝でしょうか、それとも夕方でしょうか。

あれは希望のある朝と受け止めるか、不安に陥っていく夕方と受け止めるか、それはどちらでも構いません。ご覧になる方次第です。

――これから作品をご覧になる方にひとこと、お願いいたします。

政治ドキュメンタリーは敷居がすごく高くなりますから、政治バラエティとして作りました。「ちょっと見てみようか」という軽い気持ちでご覧いただくとすごく笑えるし、楽しめると思います。そうしているうちに「これ、ちょっとヤバいぞ」と日本の現状が分かってきて、最後はこれからの日本について、このままでいいのかと考えるきっかけになるのではないかと思います。
今、コロナの影響で辛い思いをしている方が大勢います。しかし、その根幹はコロナではなく、本当は政治に問題があるのだと、そう気づいてもらえるといいいですね。

(取材・文:ほりきみき)


『パンケーキを毒見する』の作品紹介はこちらです。
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/482626111.html

「ゆきえの集まれシネフィル」での作品紹介はこちらです。
https://cinemajournal1.seesaa.net/article/482528274.html

『パンケーキを毒見する』
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企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸 
監督:内山雄人 
音楽:三浦良明 大山純(ストレイテナー) 
アニメーション:べんぴねこ 
ナレーター:古館寛治
2021年/日本映画/104分/カラー/ビスタ/ステレオ 
©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
制作:テレビマンユニオン 
配給:スターサンズ 
配給協力:KADOKAWA  
公式サイト:https://www.pancake-movie.com/
7/30(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

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