『WHOLE/ホール』公開を前に映画にかけた思いを聞く

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2019年の第14回大阪アジアン映画祭で、JAPAN CUTS Award スペシャル・メンションを受賞した『WHOLE/ホール』。
2021年10月15日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開となるのを前に、監督の川添ビイラルさん、脚本・主演の川添ウスマンさん、主演のサンディー海さんの3人に、ハーフとしての生い立ちや、この映画にかけた思いを伺いました。


『WHOLE/ホール』
監督・編集:川添 ビイラル
脚本:川添 ウスマン
出演:サンディー海、川添ウスマン、伊吹葵、菊池明明、尾崎紅、中山佳祐、松田顕生

*物語*
ハーフの大学生、春樹(サンディー 海)は親に黙って海外の大学を辞め、日本の実家に帰ってくる。「中退してどうするの」と、つれない母。生まれ故郷なのに、電車に乗っていても、よそ者を見るような視線を感じてしまう。
ある夜、春樹は鍵がなくて家に入れず、入ったラーメン屋で建設作業員のハーフの青年・誠(川添 ウスマン)と知り合う。母親と二人で暮らす団地の部屋に泊めてもらい、一見ぶっきらぼうな誠が母親に甲斐甲斐しく尽くしている姿をみる。そんな誠から、春樹は英語の手紙を訳してくれと頼まれる。国籍も知らず会ったこともない父親からの手紙だった・・・

シネマジャーナル作品紹介

公式サイト




◎インタビュー
アップリンク吉祥寺にて

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監督:川添ビイラル (ビイラル)
脚本・主演:川添ウスマン (ウスマン)
主演:サンディー海 (海)

◆日本語が上手と週に1度は言われる!
― 神戸・岡本で生まれて15歳までいましたので、家の裏山にある保久良神社が出てきてびっくりでした。小学生のころに北野町を家族と散歩して、神戸モスクにとても惹かれて、それが潜在意識にあって、イスラーム圏の言葉を学びたいと思い、大学でペルシア語とウルドゥー語を専攻しました。ビイラルさん、ウスマンさんというお名前をみて、ルーツはどこなのか、とても気になりました。

ビイラル:父はパキスタンの人なのですが、サウジアラビアのクォーターで、生まれはインドで、その後パキスタンに移って、国籍はパキスタンです。神戸モスクには、しょっちゅうお祈りに行ってました。

― サンディー海さんは、お父さんがアメリカの方とのことですが、アメリカとなるとあちこちから移民してきていますよね。 ルーツは聞いておられますか?

海:適当なことを言ったら怒られるかもしれませんが、スウェーデンやイタリアなどヨーロッパの血がいろいろ混ざっているらしいです。わかっているのは、サンディーという名字にアメリカに来て変えたそうで、もとはサンデルソンだったらしいです。

― 海さん演じる春樹は、「ハーフ?」と聞かれて「ダブル」と答えていますが、海さん自身はいっぱい混ざってダブルどころじゃないですね。昔は、混血、合いの子、1970年代くらいからハーフという言い方が定着したと聞いています。ダブルという言い方は、2013年に公開された『ハーフ』(監督:西倉めぐみ、高木ララ)という映画で知りました。最近は、ミックスとかミックスルーツという言い方にしようという傾向もあると聞いたのですが、今はどう自称することが多いのでしょうか?  

海:まだ、日本ではハーフだと思います。自分の経験では、ダブルという言葉は、親の年代が子どもに対して、「ダブルがいいよ」というのを聞くことが多いです。自分の周りでは、皆ハーフと言ってますね。

― ハーフじゃなくて、まったくの外人とみられることも、もちろんあるんですよね。

全員:ありますね。

―映画に出てきたように、いじめられたり、よそ者扱いされたりというご経験はありますか?

海:いじめられたことはないですが、よそ者はありますね。

ウスマン:僕も同じですね。

― 日本語うまいですねと言われて、日本生まれの日本育ちと答える場面がありますよね。

全員: それはもうしょっちゅう! 週に1回は絶対ある。

海:そして、実は~から始まる。名古屋生まれなんですよ。田舎もんなんですよって。

― 3人は英語ができますが、逆にハーフで英語ができないというと不思議に思われる! 映画の中で、英語で話しかけられる場面も、「ハーフあるある」と思いながら観ました。考えさせられながらも、笑って観れる素敵な映画ですね。

ビイラル:ありがとうございます。


◆外国人と結婚した母のこと
― 映画の中で、春樹とお母さんの関係はちょっと冷めた感じ、誠とお母さんの関係はよく話して近しい感じと、とても対照的に描かれていますが、 外国の方と結婚されたお母様のことや、お母様への思いについてお聞かせいただけますか。

海:母は18歳の頃に、ウェストバージニアの大学に留学したのですが、行った理由がクリント・イーストウッドに会いたかった! 何年か後に出会って連れて帰ってきたのが、ブルース・ウィリス似の父でした。母もバイリンガルです。結構仲良くて、キャラクターとしては誠の母の方が似ています。名古屋で楽しく暮らしています。

― 川添兄弟のお母様は?

ウスマン:僕らの母は鹿児島で生まれ育って、大学の時に大阪に出てきて父と出会いました。素朴で純粋で心がたくましい女性です。僕はすごく尊敬しています。

― 恐らく、パキスタンの方と結婚するというと、鹿児島のご実家で反対されたのではないかと思いますが・・・

ウスマン:まさにそうですね。反対されていろいろありましたね。

ビイラル:田舎に行って、母と結婚したいと言ったら大反対されたと言ってました。

―お二人は鹿児島にもよくいかれますか?

ウスマン:今はもう祖父母のお墓があるだけですので、行かないですね。


◆暮らしの場としての神戸の魅力も伝えたい
― 川添兄弟お二人は神戸生まれ?

ウスマン:神戸で生まれ育ちました。家は北野町でした。

― モスクに歩いていけますね。私が神戸にいたころは、うろこの家も人が住んでいて、お手伝いさんが洗濯物を干しているのを見たことがあります。ほかの異人館も普通に人が住んでました。今の北野町は、すっかり観光地になっていてびっくりします。
今回の映画、北野町など、いわゆる観光地は出してないですよね。
最初、ポートライナーから山が見えて、やっぱり神戸いいところだなぁ~と。住宅街や海の見える建築現場など、神戸の良さがとてもよく描かれてました。撮影場所も苦心して選ばれたことと思います。


ビイラル:神戸で撮ることが決まっていたので、神戸の魅力はちゃんと伝えたいと弟と考えました。神戸フィルムコミッションや知り合いの方に助けていただいて、神戸の美しさを見せつつ、二人の人物の現実的な日常も見せたいとバランスを考えました。神戸にもいろいろなところがあるので、誠は誠らしいところ、春樹は裕福な方々が住んでいるところと。

― 春樹の家はどこで撮影されたのですか?

ビイラル:あれは芦屋の六麓荘の手前あたりですね。

― 坂の下に海が見えていて、神戸の住宅街らしい懐かしい光景でした。
(注:芦屋は神戸市ではなく神戸の一番東の東灘区の隣の市。)

ビイラル:神戸ではよく観る光景ですね。

― 保久良神社を選んだのは? フィルムコミッションですか?

ビイラル:もともと知っていて、直接交渉にいきました。ここで撮りたいという思いを伝えたら、撮らせてもらえました。神戸の綺麗な町の景色が見晴らせるということと、春樹が幼馴染の仁美と子どもの頃によく行っていたという設定としても素敵な場所でしたので。日本人なら神社に行くのは普通なので、それも描きたかった。

― あそこから見える景色が、昔はもっと海が近かったのですが、埋め立てて海が遠くなったなと思いました。 海さんは、神戸とは縁があったのでしょうか?

海:ウスマンが大好きでウスマンの住んでいる町ということはあるのですが、インターナショナルスクール時代にスポーツなどの対戦で行ったことがあるくらい。ウスマンの通っていた神戸のインターナショナルスクールと対戦してました。

― 今回、撮影でいらしていかがでしたか?

海:5日間の撮影で、ハードでほとんど寝てなくて、今回も神戸の観光はできませんでした。出来上がった映画を観て、素敵な町だなと思いました。

― 2017年10月にクラウドファンディングされてますよね。撮影はいつ?

ビイラル:2018年1月。そのあと、編集に時間がかかりまして、やっと完成したのが8月か9月位。そこから映画祭への応募を始め、2019年の映画祭にかけていただきました。

― 1月の撮影はいかがでしたか?

ウスマン:寒かったですね。つねに海とハグしてました。仲良すぎて、ふざけて、怒られました。

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◆様々なハーフの思いを伝えたい
― 今の日本では外国人やハーフの方もすごく増えてきて、学校にも大勢いて、普通になってきたけれど、一方で移民難民排斥というような風潮も世界には残念ながらあります。そういう問題を前面に掲げた映画ではありませんが、心に残るインパクトのある映画でした。映画作りにかけた思いをそれぞれお聞かせください。

ビイラル:日本にはいろいろなハーフの方々、マイノリティーの方々がいるので、私たちのストーリーだけでなく、いろんな方々の思いや経験を知っていただきたいという思いが強かったので、純粋にこの映画を観ていただけるようにと思って映画を作りました。

ウスマン:兄が全部言ってしまったのですが、映画を観ていただけるなら、色々なタイプのハーフがいて、僕らが抱えている不満を観客に押し付けているわけではなくて、純粋に観ていただいて、こういうバイレイシャルなハーフがいるのだとわかっていただけると、それだけでいいかなと思って映画を作りました。

― ウスマンさんは脚本を書かれましたが、お兄さんと相談しながら?

ウスマン:僕と兄は似たような経験をしていまして、相談しながら最初僕が長編の脚本を書いて、兄に投げて相談して、中編映画のほうが観客側からすると観やすいかなと思って色々カットして短くしました。

― 海さんは、この映画にお声がかかっていかがでしたか?

海:台本をもらって、読んで、「こんな映画、観たことのない!」と思って、テンションがあがりましたね。ウスマンがさっき言ったように、複雑なカルチャーに対してこれが正解というものはないと思います。「これが正解」という映画は多いと思うのですが、二人は繊細に描いているので、「正解は一つではない」という多様性を表現できるように頑張ろうと思いました。

― 映画の中では内向きの暗い役ですよね。ほんとの自分とは違う?

海:結構、真逆のタイプ。春樹はほかの人の目線や意見に対してデリケートだけど、自分の意思はちゃんと持っているという難しい役。僕自身の中でも、昔、こう見られたけど自分は違うという経験があって、それをもっと強くして、面倒くさくして、強調して取り組みましたね。

― 日本だと、どちらかというと白人にはへつらうようなところがあって、あこがれの目で見られることもあると思います。

海:今回の映画でも、カッコいいとか、モデルやればとか言われる場面があるように、いわれた時に嫌じゃないのですが、違和感があって、それを笑いにしたり自虐ネタにしたりするディフェンスメカニズムが出来上がってます。

― 小さい時から、どう対応するのかが身についているのですね。


◆今、映画界にいるワケ
― 映画の世界に入りたいと思ったきっかけは? 

ビイラル:小学校(インターナショナルスクール)の時に、自分たちでカメラを持って動画を撮って編集する授業があって、それまで数学など勉強は全部できなかったのですが、カメラを持ったらとても自然で、私はこれがしたいと。そこからですね。あの授業があったからこそ、今私がここにあるんだと思います。

ウスマン:兄のおかげで映画業界に入ったと思います。昔から映画が好き。父が映画が好きだったので、2歳の時に『ターミネーター』を観てました。映画もですが、写真を撮るのもすごく好きです。兄が映画を作るというときに、撮る方を担当しました。CMや短編映画のアシスタントカメラマンをしていて、撮影監督を目指しています。

海:僕もビイラルと似ていて、インターナショナルスクールの中学の時に映画を作る授業があって、クリスマスがテーマだったのですが、作ったのが結構ダークな映画。親友がいじめられて自殺しそうになり、クリスマスの前に夢でサンタクロースが出てきて「助けてあげなよ」と言う物語。クラスで上映した時に、皆の顔を見ていたら、感動しているのがわかって、映画の力を感じました。そのあとに、エリスさん(注)という素晴らしい方の演技の授業があって、それをずっと中学から高校にかけて受けていて、役者になろうと思いました。

注)エリス・ブァン・マーセビィンEllis Van Maarseveen
イギリスとオランダで舞台監督、演劇・映画役者、演劇指導者としての豊富で多彩な経歴をもつ演劇トレーナー



◆一押しの映画
― 皆さん、好きな映画は? 1本にしぼるのは難しいと思いますが。

ウスマン:今年はまだ終わってないので、去年のナンバーワンを挙げると、『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』(監督:ダリウス・マーダー、2019年、アメリカ )。Amazon Prime オリジナル(2020年12月4日から配信)。音の描写が素晴らしい映画です。
(★2021年10月1日劇場公開
公式サイトhttps://www.culture-ville.jp/soundofmetal


ビイラル:いっぱいありますが、大好きな映画は、『エターナル・サンシャイン』(監督:ミシェル・ゴンドリー、2004年、アメリカ) 。素敵な映画ですので、ぜひ観てください。

海:2つあって、まず『カッコーの巣の上で』(監督:ミロス・フォアマン、1975年、アメリカ)。ジャック・ニコルソンがすごく好きで、観て衝撃でした。 メーキングを観て、すごいなと。精神病院に1か月くらい役者を入れて、キャラクターのまま過ごさせています。もうひとつが、『ナポレオン・ダイナマイト』(監督:ジャレッド・ヘス、2004年、アメリカ)、2006年DVD発売時の邦題『バス男』ですね。子どもの頃から影響されています。ふわふわしたコメディが大好きですね。



◆河瀨直美監督から学んだこと
ー ビイラルさんの卒業制作『波と共に』(2016年)には福島からの避難民とミャンマーの難民の方が出ていますよね。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021に出品の『ひびき』はコロナ禍での人と人との関係を描いていて、いつも今的なことに焦点を当てておられますね。
河瀨直美監督ともご縁がありますが、河瀨さんから学んだことは?


ビイラル:よく一緒に仕事をさせていただいてます。直美さんは独特なスタイルで撮る方。現場に行かせていただいて、すごい学びになります。こういうスタイルもあるんだと。役者のことを思う監督。自然な演技を引き出すために役者のために環境を作ってあげることを大事にされている方。そこはすごく学びました。

― 河瀨直美監督は、『朝が来る』の時にも「役積み」の手法で、奈良や東京の海の見えるマンションで、撮影前に1か月くらい本物の家族のように俳優の方たちに暮らしてもらったそうですね。

ビイラル:ほんとは海さんに撮影の前に1か月位、神戸の豪邸に住まわせてあげたいところでした。予算がないのでそれはできなかったのですが、その大切さは学びました。


◆ほかにないユニークな映画をぜひ観てほしい
― 映画作りはお金がかかりますよね。お金をかけない方法もあるとは思いますが。
コロナで映画館の興行収入も減っているし、いろいろ大変だと思います。

ビイラル:だからこそ映画を作らないといけないのかなというのは、海もウスマンも同じ気持ちだと思います。コロナで苦労されている人が大勢いると思いますので、アートは多様な声を表現するために貴重な存在。映画を作り続けることが大事だなと思います。

― 今のが観客に向けての言葉とも思えるのですが、公開に向けて、観客に一言お願いします。

ビイラル:コロナの感染拡大で映画館に足を運ぶのも難しいと思いますが、ユニークな作品になっていますので、ぜひ観ていただきたいです。ほかにはないものが、この映画にはあると思います。

海:川添兄弟は面白く、繊細に映画を作ります。ハーフやバイリンガル、バイレイシャルの描き方をぜひ観ていただきたいと思います。

ウスマン:映画自体はセンシティブ。僕らの思いを受け入れてもらうのもありがたいけれど、面白い場面もありますので、複雑に深く考えずにエンジョイしていただければと思います。

*☆*☆*☆*☆*☆*

このあと、写真を撮らせていただいたのですが、インタビュー中以上に、じゃれあうウスマンさんと海さんでした。ちなみに、3人の間では英語で話すほうが楽だそう。今また、3人でのプロジェクトが進行中とのこと。次回作も楽しみです。 
景山咲子


■プロフィール


【監督】川添ビイラル Bilal Kawazoe

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大阪ビジュアルアーツ専門学校放送映画学科での卒業制作『波と共に』('16)が、なら国際映画祭NARA-waveと第38回ぴあフィルムフェスティバルに入選し、第69回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーに選出される。中編第2作目『WHOLE』('19)は、第14回大阪アジアン映画祭インディー・フォーラム部門にてJAPAN CUTS賞 スペシャル・メンションを受賞し、北米最大の日本映画祭であるニューヨークのJAPAN CUTS 2019へ正式出品される。現在はフリーランスとして河瀨直美監督や世界的に活躍する監督の元で映画制作に携わる。


【中村春樹役】サンディー海 Kai Sandy

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日本生まれ日本育ちの俳優。シアトルのコーニッシュ大学で演劇を学び、東京に戻ってくる。東京に帰国直後、大根仁監の『奥田民生になりたいボーイ』で映画俳優としてのキャリアをスタート。マッケンジー・シェパード監督の短編映画『Butterfly』('19)では主演を務め、NHK大河ドラマ「いだてん」('19)にはユダヤ人通訳・ヤーコプ役で出演した。2020年には、出演『花と雨』(監督:土屋貴史、主演:笠松将)が公開された。



【脚本・森誠役】川添 ウスマン Usman Kawazoe

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コンテンツクリエイター・俳優。日本人の母とインド人の父を持つミックス。神戸で生まれ、日本のインターナショナルスクールで育った。本作のプロデューサー・脚本・主演を務めた後、進路を変える決意をし、2019年にプロのフォトグラファー・カメラマンとしてデビュー。ハリウッド映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の現場等に参加しつつ、自らプロジェクトをプロデュースし、撮影をしている。


『人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路』 イヴァナ・ウォンさん 質問に対する回答

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10月1日(金)よりシネマカリテほか全国順次公開 劇場情報 

『人生の運転手ドライバー ~明るい未来に進む路~』
原題:『阿索的故事』/英題:『The Calling Of A Bus Driver』


監督:葉念琛(パトリック・コン)
出演
ソック役 王菀之(イヴァナ・ウォン)
レイ・ザンマン役 姜皓文(フィリップ・キョン)
チャン・ジーコウ役 梁漢文(エドモンド・リョン)
ケイケイ役 蔡潔(ジャッキー・ツァイ)
ソックの父親役 夏韶聲(ダニー・サマー)

2020年/香港/105分/DCP/広東語・北京語/
日本語字幕:最上麻衣子 映倫
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社

失恋・失業・失意の「三失」に陥ったソックの人生再起物語。香港のシンガー・ソングライターであるイヴァナ・ウォンが主人公ソックを演じる。
恋人のジーコウと共にチリソース店「陳三益」を切り盛りしているソックだが、ふたりの前にケイケイという女性が現れ、ソックとジーコウはすれ違い始める。ジーコウとケイケイの浮気現場に遭遇し、ソックはジーコウの元を離れる。恋人に裏切られ仕事も失ったソックが、失意の中、心機一転。幼いころからの夢であったバス運転手になり、人生を挽回していく姿を描いた香港発の人情コメディ。
主人公ソックを演じるシンガー・ソングライターのイヴァナ・ウォンは女優としても活躍している。今回、役作りのためにバス運転の免許を取得しバスの運転にも挑戦。気弱で浮気者の恋人ジーコウを演じるのは1990年代から歌手として活躍するエドモンド・リョン。ソックの運命を狂わせる悪女ケイケイを演じるのはジャッキー・ツァイ。またソックの父親役を演じたのは香港ロック界を牽引してきたダニー・サマー。監督・脚本はパトリック・コン。

『人生の運転手ドライバー ~明るい未来に進む路~』
シネマジャーナルHP 作品紹介
公式HP

王菀之(イヴァナ・ウォン Ivana WONG)プロフィール 公式HPより
蒋九索(ソック)役
1979年6月18日香港生まれ。6歳からピアノを学び始めるなど音楽の才能をのばす。カナダ・バンクーバーの大学在学中に参加した「CASH流行曲創作大賽」にてグランプリを受賞。2005年にシンガーソングライターとしてデビュー、その年の様々な音楽賞で最優秀新人賞を受賞する。2007年から俳優業を始め、2013年TVドラマ「老表、你好嘢!」に出演、2014年には『金鶏SSS(原題)』『Delete愛人(原題)』他計4本の映画に出演し、「第34回香港電影金像奨」にて最優秀新人賞、最優秀助演女優賞をW受賞する。コメディ映画だけでなく、アン・ホイ監督『明日幾時有(原題)』(17年)のドラマ作品や、『ソウルフル・ワールド』(20年)の22号役を吹き替えるなど幅広く活躍している。

イヴァナ・ウォンさん、質問への回答

今回、オンラインインタビューはかなわなかったのですが、質問事項をメールでお願いし回答していただいたものを掲載します。宣伝担当の方からは「イヴァナさん、映画の彼女そのものといった感じで、とてもポジティヴで素敵な方でした」ともメールをいただきました。また、トップ写真はイヴァナさんが普段の活動で使われている写真だそうです。

質問 役作りのためバス運転の免許証を取得したそうですが、バスを運転してみていかがでしたか? 実際に路上で運転はしましたか? 路上運転した場合は感想を。どんな場所で運転しましたか?

イヴァナさん 実際の路上を運転することはできなかったんです。というのは、香港でバスの運転手になるためには、まず免許を取得して、その後、バス会社によって雇用してもらう必要があります。従業員になってから、そのバス会社が従業員に対して、40時間かけて実際の運転の訓練をしなければならないんです。それに合格すれば、会社が保険をかけて、初めてお客様を乗せて運転することができるわけです。今回、私の場合は、免許を取って運転席に座ることはできるのですが、職員になったわけではないので、バス会社が指定するバス停や場所だけしか運転することができないんです。実際、私はそういうところで運転をしたんですね。ただ、撮影は実際のバスターミナルで行われました。これは許可を受けた上で、普通にたくさんの人が出入りしている場所で、時間・エリアが指定され、その区域で運転する感じです。

質問 エドモンド・リョンやダニー・サマーなど、音楽界の大先輩たちとの共演はいかがでしたか? 

イヴァナさん そうですね、今でも覚えているんですが、お父さん役をダニーさんが演じてくれて、香港で人気のCDショップで撮影をしたんですが、彼は私にとっても音楽の大先輩ですので、彼と一緒にショップにあるレコードについていろいろな話ができました。とても親しみのある方なんですよね。
ちなみに、映画に出てくるあのショップは、特にインディーズのアーティストにとっては聖地のような場所なんです。輸入アルバムを多く扱っていますし、ショップ自体が香港の様々なアーティストと契約をしていて、公演を主催したりもしているんです。

質問
 歌手と俳優、自分の中で共通点と違うところ、それぞれに影響するようなことはありますか?


イヴァナさん 音楽と俳優活動は異なるように見えるのですが、実は、どの職業も、結局、私たち人間の人生と切っても切れない関係があると思っています。そうすると、自然と私たちの見ること、聞くこと、振る舞いは、すべて私たち自身の心を通して、表現として現れますよね。例えば、私がコンサートで歌う時には、ただ歌うわけではなくて、頭の中で色々な映像や物語が見えるんです。逆に、映画に出ているときには、セリフ、感情を表現するときに、私の頭の中には音楽が聞こえているんですよね。だから、私が言いたいことは、こうしたことは全部、私たちの心を通して現れているということです。たとえ国籍が違っても、言葉が違っても、人間同士の喜怒哀楽といったものは、全部、実は心を通してつながっているものなんですよね。だから、歌手と俳優とで違うところというものはなく、全部、共通し影響し合っていると思います。

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公式HPより

脚本・監督:葉念琛(パトリック・コンPatrick KONG)
1975年3月19日香港生まれ。脚本家として映画業界に入る。脚本家としてクレジットされている作品にエリック・コット監督『初恋』(98年)、パン・ホーチョン監督『大丈夫』(03年)などがある。2004年脚本を手掛けた『甜絲絲(原題)』を自ら監督し、映画監督デビューを果たす。その後も現代の香港に生きる若い男女の恋物語を描く作品を多数撮りあげ、若者の共感を得る。多種多様な恋模様を描くが、特に「三角関係」を得意とし、今回の『人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~』でもその見事な手腕を発揮している。日本での公開作品はないが、「恋愛4部作」と言われる『独家試愛(原題)』(06年)、『十分愛(原題)』(07年)、『我的最愛(原題)』(08年)、『記念日(原題)』(15年)がある。

監督からのメッセージ
『人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~』が描くのは、「人生には曲がり角がある」ということ。ソックは失業、失恋、失意の「三失」に見舞われるが、楽観的な性格で自暴自棄になることもなく、人生の崖っぷちで活路を見いだすのだ。「行いては到る水の窮まるところ 坐しては看る雲の起きる時」という詩が言うように、人生の窮地に立たされた時、諦めないためには、逆境を受け流し、再出発する勇気を持つこと! 人は一生苦しむことはない。苦しいのは一時だけである。一時の苦しみの中で心を落ち着かせ、パワーアップできれば、すべての苦難は神が与えた試練だと割り切れる。しっかり休養し、心軽く、体についたホコリを払って、気持ちを奮い立たせて、明るい未来に進もう。劇中のソックのように、僕らも楽観的に、明るく、ガッツを持って生きたい。

梁漢文(エドモンド・リョン Edmond LEUNG)
陳志高(チャン・ジーコウ)役
1971年11月5日香港生まれ。小さい頃からサッカーに熱中し、16歳から3年間香港サッカー代表(青年チーム)の選手に選ばれる。その一方1988年から本格的に歌を学び、1989年に「第8回新秀歌唱大賽」に出場し歌手として芸能界入りを果たす。1991年にデビューアルバムを発売、その後数多くのヒット曲を送り出し人気を博す。1996年ウィルソン・イップ監督『旺角風雲(原題)』に主演し映画デビュー。その後は歌手活動を主軸に、俳優活動は『ボクらはいつも恋してる! 金枝玉葉2』などにゲスト出演をしている。本作はデレク・クォック、ヘンリー・ウォンが監督したバドミントンアクションコメディ『全力スマッシュ』(15年)以来の映画出演となる。

夏韶聲(ダニー・サマー Danny Summer)
ソックの父役
1952年12月8日香港生まれ。「香港ロックの父」と称される歌手である。勉強が嫌で中学の頃から様々な仕事につく。1974年ホテルでバンド活動をしていた時テレビ局のプロデューサーの目に留まり、ミュージシャンとして芸能界デビューを果たす。ハスキーボイスが特徴で、多くのヒット曲を生み出す。役者としては、消防学校の教官を演じたTVドラマ「烈火雄心」のほか映画『SPL 狼よ静かに死ね』(05年)などに出演している。


最近音楽をほとんど聴いていないのですが、中華圏の音楽CDを500枚くらい持っています。1990年頃から2010年くらいまで、香港や台湾、中国、マレーシアなどで買ったりしていました。でも日本でもHMVやタワーレコード、あるいは池袋や大久保あたりの中国人がやっている店でも100枚以上買ったと思います。中華圏の映画にハマったら俳優さんたちが歌手でもあったということもありますが、一番の理由は中島みゆきの歌をたくさんの中華圏の歌手がカバーしていたことでした。彼女の歌が好きで1975年のデビュー時から歌を聴いていた私にとって、中華圏のたくさんの歌手が彼女の歌をカバーしているのを知ったのは大発見でした。100曲以上カバーされています。一時期、中島みゆきの歌をカバーしている人のCDを買い集め、それだけで100枚以上はあるかもしれません。夏韶聲(ダニー・サマー)のCDも持っています。中島みゆきの8分に及ぶ名曲「歌姫」(1982年)をカバーした「請給他再醉」(1985年)という曲を歌っていたので、この曲が入っている夏韶聲のCDを買いました。そのほかにも1,2枚購入しました。なので夏韶聲がロック歌手というイメージはありませんでした。でも、この作品に出てきた彼はやっぱりロッカーでした。梁漢文(エドモンド・リョン)のCDも1枚くらい持っていると思いますが、残念ながら、その後デビューした王菀之(イヴァナ・ウォン)のCDは持っていません。今、日本のCDショップでは、中華圏の歌手のCDはほとんどないので、また香港に行くチャンスがあったら彼女のCDも買ってみたいと思います。
一国2制度の約束が反故にされ、香港の社会状況が不安定になっている今、香港の街と人はどのように変わっていくのか心配ではありますが、活気のある香港の姿をまた見に行きたい。


まとめ:編集部 宮崎暁美



『チョコリエッタ』2021リバイバル 風間志織監督インタビュー

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*プロフィール*
高校2年の時に制作した8mm『0×0(ゼロカケルコトノゼロ)』が、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)84に入選。第一回PFFスカラシップを獲得し製作された『イみてーしょん、インテリあ』(85)は、トリノ国際映画祭に招待されるなど10代から脚光を浴び、「天才少女の出現!」と騒がれた。
22才で撮った『メロデ』(88)は、8mmながらユーロスペースでロングラン上映され、つづく『冬の河童』(95)では ロッテルダム国際映画祭タイガーアワード(グランプリ)を受賞。『火星のカノン』(01)では第14回東京国際映画祭にて日本人初のアジア映画賞を受賞。『せかいのおわり』(04)と共に、2作連続でベルリン国際映画祭フォーラム部門にノミネートされるなど、国内外でも高い評価を得てきた。

初の原作ものとなった『チョコリエッタ』(14)では、森川葵、菅田将暉を起用し、設定を原発事故から10年後の2021年に翻案し映画化。未来に希望が見えない21世紀を生きる少年少女たちを寄り添うように描いた
設定の年である本年、リバイバル上映が決定!撮影当時10代だった森川、菅田をはじめ、岡山天音、三浦透子など、今の日本映画界を牽引する若手俳優たちが集結した本作。日本がより混迷を深める今、ふたたび上映。『火星のカノン』『せかいのおわり』も一挙上映!

作品紹介はこちら
★2021年9月24日(金)よりアップリンク吉祥寺にて上映決定!
名古屋シネマテーク、アップリンク京都他、全国順次ロードショー


―特集が決まってこの3本は観直されましたか?

実を言うと『チョコリエッタ』だけは観ていないんです。後の2本は最近デジタルにしているので、もう何回か観ています。『チョコリエッタ』は5,6年観ていません。

―公開したころですね。宣伝の熊谷さんが原作を映画化したくて頑張った映画だと聞きました。私も公開当時試写で見せていただいたきりで、今回観直しました。監督の今までの作品の中で一番長い作品ですね。

そうです。長くしようと意図して長くしたわけではないんです。芝居の間(ま)を大切にしたら、長くなった、ということかな。これに関して言えば。

―台詞が日常会話とは違いますね。チョコリエッタは一風変った子なので、なんというか”チョコリエッタ語”ですし、正岡正宗先輩も変わっています。

口語じゃない感じのね。台詞自体、特に正宗先輩のほうは原作のテイストのまま出しているんです。言葉が小説の文体のような。それを意識して、彼(菅田将暉)にもそういう役でということでやってもらっています。

―『火星のカノン』(2001)はベルリン映画祭にも行っていますね。華々しいというか、花道を通ってこられた監督という印象です。

でも本コンペじゃないほうのコンペで小さい方。一番華々しいのは本コンペ。覚えているのは『千と千尋の神隠し』が同じ年(2002年)に出ていて、グランプリ(金熊賞)を受賞して「すげー!」って。そのころアニメって取らなかったの。「アニメがとったんだ!」ってびっくりしましたね。そういう時代でした。

―前の作品を観直されて、いかがでしたか?作ったときの気持ちを思い出されましたか?

作ったときの気持ちはもう忘れてました。20年も経つとね。

―20年ですね。早いですねえ。

観直したときには、「あ、全然古臭くなってない」という印象を持ちました。なんかイケるんじゃないの、今でも全然イケるなっていうか。世の中は進化しないのかと逆に思ったり。

―世の中変わっても人が進化してないのかも。『火星のカノン』も『せかいのおわり』(2004)も、人が人を好きになる、ならないとかそういうのが中心ですよね。

そうです、そうです。

―俳優さんも2本に共通している方がいらして、渋川清彦さん、小日向文世さん若い!

若いですよ。小日向さんまだ40代だった。

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『火星のカノン』小日向文世、久野真紀子(現・クノ真季子)

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『せかいのおわり』渋川清彦、中村麻美

―このキャストたちは監督のご希望でしたか?

最終的には監督が決めますが、いろいろ。この人どうですか、と候補があって、その中から。
小日向さんの場合は脚本を書いた『非・バランス』(2001/冨樫森監督)に主演していたのを観て、この人はいいなぁと思ったんです。で、名前を出したのは私だったかもしれない。

―もうベテランで、なくてはならない方ですね。こういう風に以前一緒に仕事をした方を、今ご覧になっていかがですか。

よくドラマとか観て、「ああ、頑張ってるなぁ」とかいろいろ感じます。何かあればまた一緒にやりたいですね。

―LGBTは、最近は映画やドラマに普通に出てきますけれども、20年くらい前だとまだ少なくて、新しかったんじゃないでしょうか。

新しかったかはわかんないですけど、特殊なものとして描くのはやめよう、と。企画や脚本部分でね。普通にそういう人たちがいる、そういうことに重きを置いてやろうよ、としました。

―監督は他の作品の脚本も書かれていますが、この3本では?

一人だけ共通していて及川章太郎という人が全部に関わっています。私がタッチしたのは『チョコリエッタ』です。原作者(大島真寿美)が友人なので、映像化するときの第1稿は自分でやるのが「筋」じゃないかと思ったんです。それでまず自分で書いてみました。そして撮影が決まってから及川くんに「よろしくお願いします」って言ったんです(笑)。

―20年前ってパソコン使われていましたか?

ありましたよ。ADSLでした。私ね、そういうの結構好きで、通信とか自分で繋げてウハウハ言ってました。

―理系女子ですね。

全然違うけど(笑)。『せかいのおわり』のときにはもうメールでやりとりしていました。

―この20年の発達ってすごいですよね。ネットもそうですが、映画の機器、機材が変わっています

全く違いますね。『火星のカノン』はフィルムですが、『せかいのおわり』は違います。

―監督のこの3本の映画、製作期間は長かったですか?

映画化が決まるまでは長いですよ。でも撮影期間はそんなに長くないです。私の映画は基本だいたい3週間くらいかな。

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『チョコリエッタ』菅田将暉、森川葵

―監督はいつお母さんになられたんでしょう?『チョコリエッタ』にお子さんが出ていると知ったんですが。

子どもは『せかいのおわりに』のころはおなかにいて、ダビング終わるころにはおなか蹴られていたという記憶があります。男の子です。『チョコリエッタ』では台詞はなくて、たくさん子どもが出てきた中の一人です。あの頃は小学3年でした。今は高校2年生です。
撮影中はロケに使ったチョコリエッタの家に私と息子と友達と3人で住んで、犬小屋の絵を描いたのは息子なんです。女の子の気持ちになって描いたと言ってました(笑)。

―前に取材した女性監督さんから、妊娠したら仕事が来なくなったと聞きました。

ほんとに何にも来ないですよ。これは自分たちで動いたんで自主映画みたいなものですし。

―日本の映画界は女性が子どもを持つと仕事が来なくなる??

いやー、わかんないですけど。連絡が来なくなるって感じはありますね。

―同じ条件なら子どものいない人に、ってことなんでしょうか。

小さい子がいたら、出かけられなくなりますしね。
まあ、デスクワークならいいんですけど、現場に出るっていうと一つのリスクととられてしまうんじゃないでしょうか。世の中が、特に日本社会がそうなっているんじゃないかな。

―映画界も男性社会?

映画界はそんなに男女の差っていうのはないかと思うんですけど、子どもに関してはあるかもしれない。小さな子って誰かが預かったりしなきゃいけないでしょ。24時間見ていなくちゃいけないとか、そういうシステムは全く整っていない。
子どもが小さいときに夢のように思い描いたのが、「ロケバスを保育園バスにしちゃう」ってこと。
小さい子どものいる女性スタッフが自分の子を連れてきて、そこで見てもらえる。大きいバスで、楽しいでしょ。

―ああ、それはすごくいいですね!「保育バス」と書いておこう(笑)。

いいでしょ?!こういうのいいなと思っていたんですけどね。何も実行に移していない。

―女性プロデューサーがいてくれないと。

そうですねえ。昔ね、「女正月の会」だったか、映画の女性スタッフ、女性監督が小正月に集まる会があったんですよ。今ないみたいですけど、何回か出たことがあって。「こんなバスがあったらいいね」、「いいねぇ」と飲みながら話したことがありました。

―『チョコリエッタ』後、何かで”れいわ新選組”のボランティアをしていると見ました。

それはね、ポスター貼りを2回しただけなんですよ。ずっとやっていたわけじゃないんです。

―あら、そうなんですか。原一男監督がドキュメンタリーを撮られたりしていたので、そのお手伝いとか映像関係かと思っていました。

原監督の映画のもっと前に「ポスター貼り」しただけです。

―それも書いておきます(笑)。
連絡が来ない間、脚本書いたりされなかったんですか?お母さんと主婦業ですか?


お母さんみたいなことはしてました。そんなに真剣じゃないんですけど。
映像作品としては、去年BITOさんのミュージックビデオを撮りました。
「マカロニ」https://www.youtube.com/watch?v=1FY6UG5SpQo

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―これからのご希望や計画は?

あともう1本くらい映画を撮りたいなという意欲はあります。
もう撮らなくていいかな、という気がしてたんです。私が撮ることもないだろう、という。その期間が長かったかなぁ。
去年11月に京都の小さいギャラリ―で(映像の)個展をやってもらったんです。8ミリからビデオ作品。『火星のカノン』とかは元の16ミリがあったので。『チョコリエッタ』は京都みなみ会館で1週間くらい上映していただけました。
自分で観たら、結構面白いな、と思ったんです。結構才能があるのかな、私って(笑)。あらためてそう思ったんで、じゃもうちょっと頑張ろうかなって。自分で自分を認めたという、よくわかんないことで(笑)。

―そうですよ、もったいない。監督はスタートがすごく早くて(高校生でPFFに入選)才能と運に恵まれたのに、早すぎて息切れされたのかと勝手に思っていました。すみません。後はチャンスの神様の後ろ髪を捕まえてください(笑)。応援します。

はい、よろしくお願いします(笑)。

―しばらく空白ができちゃいましたが、監督が映画を作るときに大事にしていることがありましたら。

「登場人物がちゃんと生きる」っていうこと。「ちゃんと生きて、そこに存在する」っていうことが一番重要ではないかと思います。

―そのためにはどういうところに注力すればいいですか?

リハーサル!リハーサルをたくさんやります。みんながみんな同じにはならないからズレができるじゃないですか。みんなが同じ時に同じ場所で生きているように、それにはやっぱりリハーサルかな。

―俳優さんがそこに到達するまでそれぞれ(かかる時間が)違うのに監督は付き合うわけですか?宿題にして見せてもらうとか?

付き合いますよ。宿題にして見るのもあるかもしれない。臨機応変に。
今ビデオだから何回でも回せるし、デジタルになったのは大きいです。
とにかく、たくさんリハーサルして一緒に頑張ろう!って。

―それは俳優さん安心ですね。

あんまり何度もやるとわけわかんなくなったりしますから。でもそれも重要だったりする。
映画全体でいうと、映画ってたくさんの人で作りあげるものだから、いい指揮者でいたいと思いますね。いいオーケストラを奏でたい。
映画は演出だけではなく、映像や音、美術とかいろんな方が関わっている中で、いい音色を響かせるように日々努力します。日々じゃないか(笑)、努力はしたいですね。

―指揮者としては全部に耳を澄ませてないといけないですね。

譜(脚本)によっては、突出してないといけないことも、その反対のこともありますし。

―監督は映画学科に進まれたわけではないですよね。監督術はどこで身につけられたんでしょう?

経験かな。身についているかどうかは?目指している、気をつけています。自主映画で何本か助監督やスタッフをやって現場を知りました。自分の映画を追求するということに関しては、勉強はしたかな。できたかなと思います。良くも悪くも両方、いいこともあれば悪いこともあった。

―ほかに監督としてスキルを足すとか、レベルアップするために何をしたらいいでしょうか?これから監督をしたい、という方も多いと思うので。

アドバイスするとしたら「自分にウソをつかない」。自分に正直に撮りたいものを追求したらいいと思うな。と思うけど、そうすると私みたいになっちゃうね(笑)。それは良くないかもしれない、難しいですね(笑)。

―食べていかなきゃなりませんから。

そうしたらやっぱり自分の撮りたいものより、お金になるものに行くのもまた一つの道でしょう。
ただ、自分が撮りたいものを忘れちゃいけない、その中でもね。

―何本か仕事して稼いで貯まったら自分の撮りたいものを撮る。そのチャンスがほしいですね。

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―(チラシを見ながら)菅田将暉くんすっかりスターですね。

うん、びっくりするほど売れましたね。ここまで売れるとは。

―監督見る目があります。岡山天音くん、三浦透子さんもいます。

それね、昔からあるって言われてる(笑)。

―ほかの子と違う、光るものがありましたか?

うーん、森川葵は確実に違っていましたね。当時持っていたオーラがね。これからもっと彼女の良さが出てくると思います。
菅田くんは礼儀正しい青年でしたよ。一見わかんないかもしれないけど。
演技で選んでいるんです。森川さんもオーディションで何人か会った中で決めています。
会えばみんな普通にいい子です。どんな子もいい子。

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―選ばれる子と選ばれない子の差って何でしょうか?ピピッと来るとか?

それは選ぶ人それぞれ違う。写真しか見ないで決めることもあるし、それはケースバイケースです。今回は合わなかったけど、ほかの時に、ということはしょっちゅうあります。

―その人は監督の引き出しに入るんですね、きっと。

そうですね。5年くらい前に会った子にBITOさんのミュージックビデオに出てもらいました。小さい映画関係の専門学校で3日間「風間志織講師」で何回かやったんです。それに来てくれていたすごい面白い子で、FBで繋がったので「MV撮るんだけど出ない?」って聞いてみたら、出てくれました。そういう引き出しはあります。

―その引き出しの中に、これから監督が撮りたい映画の輪郭や形は入っていませんか?

なんかモヤモヤとありますけども。こういうインタビューを何回か受けて、はっきりわかったのは「闘わないといけないんだな」ということ。これからは、はっきりと戦闘モードにならないといけない時代なんだと思います。どういう風に闘うか考えないと難しい。

―おぉ、一歩進んだ!って感じがします。

しますか?自分ではよくわからないけど(笑)。

―待ってて来ないなら出て行って、いるってアピールしないと。

そうですね。ほんと。

―監督の数の何倍も俳優さんいますよね。僕が、私がここにいるって言いたい、芽を出したいはずです。それをぜひ見る目のある監督が見つけてあげて、監督もいい作品と一緒に出る。

私はいつも「こんなんですけど、いいですか?」って役者さんに最初に聞きます(笑)。
「心配でしょ?」ってこっちから聞いちゃう(笑)。「私も心配なんですよ。よろしくお願いします」って。

―なんて腰の低い監督!(笑)

そういうの面白くないですか? 相手がほんとに心配な顔すんのが、また楽しくて(笑)。
いたずらするように映画撮りたいしね。どっちかというと。

―いっしょに遊ぼって感じですか?

そうそうそう。

―それが形になって、お客様が観て楽しんでくれると嬉しいですよね。

ほんとにそうなんです。

―では、お客様へメッセージをどうぞ。

メッセージはですね、「自由に観てほしい」。自由って何だろうっていうと、自分で考えるしかないんだけど、考えてくださいとしか言いようがないんですけど。
映画を観ることって自由なんだよ、と言いたいですね。

―今日はありがとうございました。

**風間志織監督の小ネタ**

― 最近観て面白かった映画はなんですか?

『スーサイド・スクワッド』。
女性が頑張る映画を撮るのは必然じゃないかと、この時代それをやらないでどうするのかなって気持ちが実はしています。私がやるべきことはそれなんだろうな、と思いますよ。普通に頑張ってもつまんないので、どう遊べるか。それで遊びたいですね。

―やっぱり劇映画がお好きですか?ドキュメンタリーをやろうとは?

あ、劇映画が好きです!ドキュメンタリーやるほど根性がない。根性要るからドキュメンタリーって。1年間くらい一緒に暮らさないといけないんじゃない。そのくらいやらないと無理だと思う。ちょこちょこっとやるようなのはイヤなの。

―好きな映画はなんですか?

今は言っちゃいけない言葉になった『気ちがいピエロ』です。もう100回くらい観ました。
日本の映画では、園子温監督の『ヒミズ』。10年くらいのスパンではそれかな。
最近はあまり量(数?)観ていないんです。

―「これを映画化したいなぁ」という本には出逢っていませんか?

この前あったんですけど、もう映画化されていました。「君は永遠にそいつらより若い」(津村記久子著)です。
*吉野竜平監督/9月17日より公開中

―この人と映画を撮りたい、と思う俳優さんは?

絶対にいつか、という方は風吹ジュンさんです。あと小泉今日子さん。


=取材を終えて=
シネマジャーナルでは2002年夏の本誌56号に『火星のカノン』でベルリン映画祭から戻られた風間志織監督の記事を掲載しています。
風間監督はとても気さくでどんな質問にも答えてくださいました。そうそう、犬小屋はなくなってしまうのですが、絵を描いた息子さん、とても気に入っていて、大泣きしたそうです。映画の中にはちゃんと残っていて良かった。
次は女性が頑張る、それでいてがちがちじゃない楽しい作品を作ってくださるような気がします。そのときにはまた取材でお目にかかりたいものです。(取材・監督写真 白石映子)

『由宇子の天秤』春本雄二郎監督インタビュー

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〔プロフィール〕
1978年12月3日生まれ。神戸市出身。東京在住。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画やドラマの現場で10年間演出部として働く。独立映画製作の道を選び、自身で脚本・プロデュースした初監督長編映画『かぞくへ』(2016)は、第29回東京国際映画祭に公式出品されたほか国内外で上映、好評を博す。2018年に全国公開され、2019年、第33回高崎映画祭にて新進監督グランプリを受賞。同年、独立映画製作団体『映画工房春組』を立ち上げる。
2019年『由宇子の天秤』を映画化するため、再び自身でプロデューサーとなり、映画監督の片渕須直と松島哲也からの支援を受けながら制作資金、スタッフ、キャストを集め同年12月に撮影。
2020年に完成し、多数の映画祭に選出。
第71回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門正式出品
第25回釜山国際映画祭、コンペティション部門 ニューカレンツアワード受賞。
第4回平遥国際映画祭 審査員賞と観客賞の2冠を達成。
第20回ラス・パルマス国際映画祭 最優秀女優賞&CIMA審査員賞W受賞。
第21回東京フィルメックス コンペティション部門 学生審査員賞を受賞。
第23回台北映画祭インターナショナル・ニュータレント・コンペティション部門正式出品
第24回上海国際映画祭 パノラマ部門正式出品

『由宇子の天秤』
3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子(瀧内公美)は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父(光石研)から思いもよらぬ〝衝撃の事実〞を聞かされる。
大切なものを守りたい、しかし それは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる―。果たして「正しさ」とは何なのか? 常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる…

監督・脚本・編集:春本雄二郎
プロデューサー:片春本雄二郎、松島哲也、片渕須直
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子、光石研
©️2020 映画工房春組 合同会社
https://bitters.co.jp/tenbin/
https://twitter.com/yuko_tenbin
https://www.facebook.com/yuko.tenbin.film/
作品紹介はこちらです。
★2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー

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―前の『かぞくへ』の取材(2018年1月末)のとき、「次の作品の脚本はできています」とおっしゃっていました。それがこの作品ですか? しばらくタイトルが違っていましたね。

はい、『嘘に灯して』という。

―それが『由宇子の天秤』になったのは?

元々が『由宇子の天秤』で、フィルメックスの新人監督賞に出そうとしたときに『嘘に灯して』に変えたんです。編集し終わって、繋いだものを見た時にプロデューサーチームで「これ、『嘘に灯して』じゃないね。『由宇子の天秤』の方がいいんじゃないの」って話になったんですよ。
登場人物たちがいろんなものを天秤にかけています。全員が嘘もついているんですけど。

―天秤のこっちとこっちに載せるものは人によって違いますね。

何を載せるかはその人次第。状況次第。

―「由宇子」の字が珍しいです。普通ゆたかな「裕子」や優しい「優子」だったりします。
この字にしたのも意味がありますか?(すみません、細かくて)

これはよく聞かれるんですけど、いつもノーコメントにさせてもらっています(笑)。

―えー、奥様の名前とか?

いや違います、違います(笑)。これは、そんな深い意味はないんですけど。
名前考える時って、ぱっと目で見た時に、印象に残りやすい名前。主人公なんかは特に耳馴染みのいい名前にしたい。キラキラネームとかにはしたくないんです。
「ゆうこ」っていうのはどこにでもいる名前で、なんでこの漢字にしたかっていうのはあるんですけど、それ言っちゃうと面白くなくなっちゃうので、謎のままにしておいた方が(笑)。

―謎多いですねぇ(笑)。観終わってなんて謎が多いんだ、宿題がいっぱいだ、と思いました(笑)。
帰宅してからこのプレス資料を読みました。詳しく書いてあるので、思い出すのにとても助かりました。


(作るのが)大変でした。

―赤字でNGの注意書きがあって、これ以外で何を聞こうかと思いながら来ました。ラストまで謎が多いので続編ができるとか、ないですか?

続編はないです。今回はその謎すらもテーマになっているんです。

―観客にたくさん渡したかったんでしょうか?

ということもありますし、「真実は確定的なものがない」ということをこの映画で強く言いたかったんです。

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―『かぞくへ』はシンプルなお話でしたが、この映画には4,5家族が出てきます。メインは由宇子ですけれども、ほかの家族のいろんなエピソードがあります。最初からこんな風に組み立てを考えられていたんですか?

(人とエピソードは)同時進行なんです。最初は必要最低限いなくてはいけない人がいて、「稿」が進んでいくにつれて相関関係と補完しあっていくんです。だから最初っからあの人たちが全部出ていたわけじゃなく、必然性と共に増えていった。
どういうエピソードが起こっていけば何が表現されるのか、ということをテーマから逆算して配置していくということです。
由宇子の家族と哲也の家族がメインの軸になっています。ここだけに注力してドラマにすれば楽なんですけど、それは面白くないなと思ったんですね、簡単だから。でもそうじゃなくて、もっと我々の実生活っていうのはすべてが地続きになっていて、違う社会で体験したことが別の社会に対して影響を及ぼすということはあると思うんですよ。それも描きたいと思ったんです。
だからドキュメンタリー部分で体験したことが、自分のプライベートだったり、塾だったりそっち側の社会で影響を与えられ、こっちの社会で体験したことが一方のドキュメンタリストとしての社会に影響を及ぼす。「正・反・合」(※)、これが玉突き事故のように起こっていかなくちゃならなかったので、これらのエピソードを編み物のように計算していかなくちゃならなかった。それがえらい大変だった。

―登場人物多いですし。脚本に何年もかかったということですね。

思いついたのは…1稿目は2014年9月くらいにできたんです。『かぞくへ』を完成させて…。
3稿目がまあまあ面白くて、撮れるくらいにはなっていましたが、まだまだ甘い部分があってもっともっと手をいれてという状態でした。ただ実質的な執筆期間は1年半くらいです。

―プロデューサーさんが入られて映画化へ動いたのは?

それは2019年ですね。11月中旬にクランクインして12月の頭で撮り終えました。

―コロナ前ですか。撮影が間に合ってよかったですね。

ダイヤモンド・プリンセス号の前です。ぎりぎりでした。

―プロデューサーさんが2人入ってくださって有難かったですね。日芸の先輩にあたるんですね。

はい、松島哲也は映画監督であり、僕の恩師で、学生時代シナリオを教えてくれていた先生なんです。僕のシナリオの基礎は松島先生によって養われたものです。初めての授業の時に3年生の1年間でペラ200枚のシナリオを2本書き上げたんです。僕にとって、シナリオを書ききるということをそこでしっかり体験したということは大きいです。
『かぞくへ』東京国際で上映が決まりました、というのをやっと「錦を飾る」みたいに日芸に挨拶に行きました。そのときに松島先生がいらっしゃって「教え子が結果を出した」とすごい喜んでくださった。松島先生は片渕監督と日芸の同期なので、『かぞくへ』の公開のときに「春本を応援してやってくれないか」と言ってくださって、舞台挨拶に来ていただいたんです。そこで、片渕監督とご縁ができました。
お2人が「2本目を作るときに協力するよ」と言ってくださって「よろしくお願いします」と。

―いい繋がりができて。キャストもいっぺんに増えましたね。
役者がそろった!という感じがします。


前回はお金も全くないし、経験値もないしで、出てくださる方はどなたでもという感じだったんです。次はこだわろう、とキャスティングの藤村さんと一緒に自分たちが確かだと思える人を選びました。それでワークショップだったり、オーディションだったり、藤村さんの勧めてくれる事務所の方だったりをキャスティングしていきました。

―最初に逢ったときと撮影に入ってからで印象が違った、という方はいましたか?

それはないですね。ワークショップで見ていますし、撮影が始まってから見た方々もほかのいろんな作品で観ていますから。

―思惑通り、期待通りだったんですね。

はい、そういう人を選んでいます。

―緻密に計算された脚本ですから、アドリブなどはないんでしょうか?

うーん。基本は脚本で、忠実にみんなやってくださったのであまりなかったと思います。あ、こちらから足してほしいとお願いしたところがありました。
たとえば萌(めい)とお父さんと由宇子が3人で和気あいあいと食事をするシーン、萌が「スープ作る」、「え、お前が」というあたりはエチュードっぽくやってもらいました。あそこまで順撮りでいってたので、もう関係性が出てくるだろうと。

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―それに梅田さん(お父さん)ですし。

そうそう、梅田さんですし。それに河合優実さん、彼女が素晴らしいんですよ。表現力が素晴らしいので、この映画は彼女がいたから成立したんじゃないかと思うくらいです。

―彼女のエピソードも謎半分ですね。(以下ネタバレなので省略)

それは観客のみなさんがどちらか考えていただけばいいことであって、それをことさらに説明したところでどうなんだ?っていう。

―で、ちょっとモヤモヤっとして出るという(笑)。モヤモヤがいっぱい。

それを僕が示したところで、面白くもなんともない。「あ、そうなんだ」で終わっちゃうと思うんですね。

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―試写会などで、意外だったり印象的だったりした反響はありましたか?

なかったですね。どう受け取っていただいても。映画ってそういうもの、いろんな解釈が生まれるものだと思うし、その違いをみんなに知ってもらいたい。だれがどうしたのかというのは、受け取った人の主観でジャッジするしかないわけです。
だから物語の中の誰が悪いとか犯人捜しをするのが重要なのではなくて、人によって違う見方がなぜ起きるのかということ、どうすればこういう映画の中の不幸な事態が起きないですむのか、というところまで思いを馳せてもらえたら、僕としてはいいなと思います。

―正しいことの基盤になるもの、信仰のある人には聖書なり、その神の教義なりがあります。監督にとっての拠り所はなんでしょうか?

「自分」ですね。自分が経験したものが基準ですよね。それは映画の批評と一緒だと思うんです。自分が経験したものの中から「こういうことが世のためになるであろう」「こういうことは世のためにならないであろう」っていう。

―「世のため」が入るんですね。

はい。自分のため、じゃないですね。世の中のためですよね。多くの人って「自分のため」で判断しちゃうんです。これについて紐解いている言葉で「適応的知性」っていうのがあります。

―テキ、適応的知性…なんでしょうね?心理学?社会学?

どっちかな。要は「知性」の問題なんです。「知性」が成長しない人。10%くらいは自分が気持ち良いか、良くないかでジャッジするんです。

―快・不快ですか?

そうです。快・不快で物事を判断するんです。

―赤ちゃんと一緒ですね。

赤ちゃんと一緒です。やりたいことはする。やりたくないことはいやだ。50~70%は社会規範によって判断する。集団の。

―みんながやっているから、今までこうだったから。

はい。自分の考えじゃないんです。で、10~30%が社会規範はわかりつつも、これは絶対じゃないはずだ。盲信するのは危険だと言って、自分のルールを見つけ出そうとするんです。

―自分ルール、それは監督が言われたように経験則でしょうか? 

そうですね。経験則からくる分析と予測においた自己判断です。

―じゃ監督はこの10~30%に入っている?

僕は次の段階だと思っている(笑)。

―もうちょっと進んでいるはず?

はい。残り1%が世の中、全宇宙で判断する。

―全宇宙…これは学者さんが提唱しているんですか?本ですか?

読んだ本にあったんですけど、題名は覚えていないです。「適応的知性」で探してみて。

―初めて聞いた言葉です。探してみます。

”何を基準にジャッジするのか”は自分自身を超えて「これは世の中のためになり、世の中を豊かにするであろう」という。

―映画制作もそうなんですね。作品が「世のため人のためになっているかどうか」。

結果的に。自分のやりたいこともありつつ、ですけど(笑)。
そこまでいかないと自分のためだけに作っても、なんか狭いなっていうか、表現者として閉じてるなって思う。

―ああ、作っている自分たちだけ楽しんでるみたいな作品。それを1800円なり払って観るの?って思うときがあります。

気持ちいいだけでしょ、って。それって知性の幼さと結びついている気がするんです。だから表現者として僕らはもっともっと人間として成熟していきたいね、という話をいつも俳優とワークショップで言ってるんですよ。

―春本監督のことですから、もう次の作品の脚本はできてるんですね(笑)。

できてます。またいつものとおり(笑)。

―また3年たったら観られるんですか?3年は長い。

3年は待ちたくないなと。2年ですかね。

―今回はコロナのことがあったから延びましたね。

来年撮れるかどうかわからないじゃないですか、この状況で。
撮りたいと思って動いてはいるんですけど。3作目は”アジアンプロジェクトマーケット”に出しているんです。企画書とトリートメント(プロット)を提出しています。

―出資者が出てきてくれるかもしれない。これより大きなバジェットになりますか?

そうしないとみんなが不幸なので。これが1千5百万なので、次は3千万くらいと。

―『由子の天秤』が成功して、次へピョン!とステップアップしたいですね。

公開するまで油断できないです。この状況なので。

―この3年間の経験は大きかったんじゃないですか?これまで違う3年間でしたよね。

大きかったですね。濃い3年間でした。今までと全然違いました。表現者として何を作るのかということをすごく考えました。

―ありがとうございました。

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=取材を終えて=
春本監督の取材は最初の作品『かぞくへ』から2度目です。2018年1月末の寒い日で、印象的なお髭が「南極探検隊」みたいで思わず質問してしまったのでした。今は前より短めに整えてすっかり馴染んでいます。一度取材した方はその後もずっと気になるので、新作を心待ちにしていました。
ポスターの中央でカメラを構えて立つ瀧内公美さんが、剣と天秤を持つ正義の女神のようです。映画の中でも凛としてカッコ良く、正義と信じる道を進んでいきますが、プライベートと仕事の間、理性と感情の間、何が正しいのかと揺れ動きます。
いろいろ謎があるストーリーですが、映画はどんな風に捉えてくれてもいいと春本監督。登場人物を様々な方向から考えてみると、また別の物語が見えてきそうです。
人はそれぞれに秘密や嘘を抱えていますが、モノひとつとっても見る方向によって、違うものに見えます。人ならばなお複雑です。多面的だとわかっていても、主観で判断してしまいますし、それを疑ってみることも必要だということですね。
時間が限られているので、キャストについては他の媒体で出るはずと、ここではほとんど伺いませんでした。偏りましてすみません。
監督のお話に出てきた「適応的知性」を検索してみましたが、ぴったり合う本をまだ見つけられません。気になるなぁ。
(まとめ・撮影 白石映子)

☆ 俳優・監督をめざす人の学校 春組チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCUKocE03IaY9DbkmxsWnlNw
「若手国際映画監督たちが21時からゆるっと雑談」では春本雄二郎監督、藤元明緒監督、まつむらしんご監督がいろいろなテーマで毎週土曜日夜9時からトークを繰り広げます。Youtube,facebookが観られる方どうぞ。

☆『かぞくへ』インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2018/kazokue/index.html

※「正、反、合」:《ドイツ語These-Antithese-Syntheseの訳語》ヘーゲルの弁証法における概念の発展の三段階。定立・反定立・総合。

戦時下の捕虜脱走事件が現代に問いかける『カウラは忘れない』満田康弘監督インタビュー

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『クワイ河に虹をかけた男』で旧日本軍の贖罪と和解に生涯をささげた永瀬隆氏を20年にわたって取材し続けた満田康弘監督のドキュメンタリー映画第2弾『カウラは忘れない』が8月7日からポレポレ東中野などで順次公開が始まる。近代史上最大の捕虜脱走事件といわれるカウラ事件はなぜ起きたのか。捕虜の汚名に抗いつつ生きたいと願った捕虜たちは、やがて自らの将来に絶望し、死ぬための集団脱走を企てた。コロナ禍で閉塞感が漂う現代を生きる私たちに、カウラ事件が問いかけるものを満田監督に聞いた。

※カウラ事件……太平洋戦争下の1944年8月5日、オーストラリア南東部の田舎町、カウラ第十二捕虜収容所で起きた、日本人捕虜1104人による史上最多の集団脱走事件。日本人捕虜234人、オーストラリアの監視兵ら4人が死亡した。

<プロフィール>
満田康弘監督
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1961年10月5日香川県生まれ。京都大学を卒業後、1984年、岡山・香川両県を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送入社。主に報道・制作部門でニュース取材や番組制作に携わる。ANN系列のドキュメンタリー番組「テレメンタリー」で数多くの番組を制作、プロデュース。2003年、ウナギにまつわる様々な謎を追った「うなぎのしっぽ、捕まえた!?」で日本民間放送連盟賞優秀賞など、ドキュメンタリー番組で受賞多数。
元陸軍通訳・永瀬隆氏による泰緬鉄道の個人的な戦後処理を取材したテレメンタリーのシリーズは全5作品。2016年、約20年間の永瀬氏の素材をまとめたドキュメンタリー映画『クワイ河に虹をかけた男』を制作・公開。同作品は第22回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、第3回浦安ドキュメンタリー映画大賞、第90回キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門第5位、第34回日本映画復興奨励賞を受賞。同名の著書も2011年に出版。永瀬氏の死後は「クワイ河平和基金」の理事も引き継ぐ。カウラ事件をテーマにしたテレメンタリーは「ベースボール・イン・カウラ」(2011年)「ダブル・プリズナー」(2011年)「死への大脱走の果てに」(2014年)の3本を制作。
今回の映画化は「カウラのことを伝え続けてくれ」という永瀬氏の「遺言」への回答であり、捕虜問題をテーマにしたいわばコインの裏表として『クワイ河に虹をかけた男』と一対をなす。



―― 満田監督がカウラ事件を知ったきっかけと製作に至る経緯を教えてください。

本作は私のドキュメンタリーの2作目で、カウラ事件のことは前作の『クワイ河に虹をかけた男』の主人公だった永瀬隆さんに教えてもらいました。永瀬さんは太平洋戦争下で旧日本軍が捕虜を使ってタイ・ミャンマー間で建設した泰緬鉄道の工事に通訳としてかかわった人で、戦争が終わってから一人で贖罪のためにタイを何度も訪れていました。鉄道建設では捕虜に対する日本軍の仕打ちは苛烈でした。カウラに置かれた収容所では捕虜の扱いは酷くはなかったのですが、捕虜になったことを恥じ、自分たちには未来はないと絶望した日本兵たちが自殺的な脱走事件を起こしてしまった。二つの事件はいずれも捕虜が追い込まれてしまったという共通点があり、コインの裏表と言えます。私は永瀬さんから「カウラ事件のことも伝えてほしい」と何度も頼まれていました。カウラ事件のことは文献を読んだりはしていましたが、クワイ河と同時並行で取材はできず、そうこうしているうちに永瀬さんの体調が悪化してきました。カウラ事件の取材を進めようと強く思い始めたころ、カウラ事件の生き残りの一人である立花誠一郎さんと岡山市内の女子高校の放送部員との交流の話を知り、これをきっかけに取材を本格化させました。永瀬さんが亡くなられた2011年の2年前、2009年のことでした。

―― 満田監督はカウラ事件に絡んで2011年に2本、2014年に1本のドキュメンタリー番組を作っています。その3本を再編集して映画化したということでしょうか。

3本を放送したあとの2018年に岡山・香川エリアのローカル放送でもう1本、放送しました。2017年に立花さんが亡くなり、遺品の中に、カウラから日本に引き揚げるときに持ち帰った立花さんの手作りの木製のトランクがありました。番組タイトルは『立花さんのトランク』です。
映画は昨年公開の予定でしたが、新型コロナの影響で延期になり、時間ができたので全体をさらに見直すことができて、そのおかげで作品の印象が変わったなと思います。
2~3年前から世の中でいろいろなことが起きてきました。新型コロナの対策のあり方や、オリンピックの開催の是非をめぐって議論が起きています。カウラ事件の集団脱走は、捕虜たちの投票で決めたとされています。流されやすく、同調圧力に弱い。そういう空気が、当時カウラで捕虜になっていた日本兵の間にあったのではないか。自分の本心を隠して行動せざるを得なかった。それがカウラ事件の核心であり、そうした日本人の気質は70年以上を経過した現在も変わらないのではないでしょうか。私がこの映画で描きたかったテーマに、現実のほうがどんどん重なってきた。そういう思いがあります。

―― カウラで2014年に開かれた70周年の記念行事で、当時の日本兵の捕虜だった人が参列していました。現地の方から参列する気持ちを聞かれたのに対し、その方が「答えられない」と言葉に詰まったシーンが印象に残りました。

自分が生き残ったことに引け目を感じていて、日本兵の生存者の方々はそのことをずっと引きずったままカウラの式典に参列している。70年以上前に捕虜たちを覆っていた黒い空気は雲散霧消したのではなく、やはり現在もまだ残っている。そう思わずにはいられません。戦時のオーストラリアで日本は明確に敵国でしたが、戦争が終わった後、カウラの人々は集団脱走を日本人が引き起こした特異な出来事と片付けずに、立派な日本庭園を造ったり、桜の木を植えたり、日本との交流を進めたりして日本文化を理解しようとし、不幸な出来事を相対化する試みを続けてきました。「日本とは今は友達だ」とカウラの元軍人は語っていました。「生きて虜囚の辱めを受けず…」という「戦陣訓」に背いて捕虜になったことへの負い目はあるとしても、日本側の生存者が現在に至るまで事件を引きずるのはなぜなのか。私の心にずっと引っ掛かっています。半面、仮に当時の捕虜の中に自分がいたら、死ぬための集団脱走に与したかもしれないとも思います。

―― 監督は放送局の社員としての仕事をこなしながらドキュメンタリー映画の製作を手掛けています。両立には苦労されたのではありませんか。

瀬戸内海放送が属するテレビ朝日系列は『テレメンタリー』というドキュメンタリー番組の恒常的な放送枠があって、系列局が制作した番組を放送しています。系列局は企画書を提出して審査を通れば制作費予算が付く。そのおかげで、『クワイ河に虹をかけた男』ではタイにも取材に行けました。
会社ではニュース番組の編集長・デスクという役割がありますから毎日忙しいですね。だから「朝活」と称して朝6時ごろに出勤して映画の編集作業をしていました。職場で冗談まじりに「監督!」と呼ばれることもありますが(笑)、映画作りにかけている労力は会社員としての仕事の10%もないんじゃないかな。

―― これから作品をご覧になる方にひと言お願いします。

カウラ事件はけっして遠い過去の出来事ではなくて、現代の我々日本人にいろいろな問いかけをしてくれる事件です。自分が主体的に生き生きと暮らし、社会にかかわっていく。同調圧力に覆われるのではなく、少しでも寛容で住みやすい世の中に変わっていく。そのことを考えるきっかけにこの映画がなれば、とてもうれしいですね。

(取材・文:ほりきみき)


『カウラは忘れない』の作品紹介はこちらです。
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/482729403.html

『カウラは忘れない』
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監督:満田康弘
撮影:山田寛
音楽:須江麻友  
MA:木村信博  
E E D:吉永順平
CG:斎藤末度加 南真咲 渡辺恵子 小林道子
通訳:スチュアート・ウォルトン 清水健
協力:国立療養所邑久光明園 山陽学園 
Theater company RINKOGUN 燐光群 坂手洋二 山田真美 田村恵子 
カウラ事件70周年記念行事実行委員会
資料提供:オーストラリア戦争記念館 国立駿河療養所 
後援:オーストラリア大使館
製作:瀬戸内海放送
配給:太秦 
©瀬戸内海放送
【2021/日本/DCP/カラー/96分】  
8月7日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開
公式サイト:https://www.ksb.co.jp/cowra/