『いざなぎ暮れた。』武田梨奈さんインタビュー

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*武田梨奈さんプロフィール*
1991年6月15日生まれ、神奈川県出身。2009年、映画『ハイキック・ガール!』のオーディションで主演に抜擢。映画『祖谷物語-おくのひと-』『海すずめ』、ドラマ「ワカコ酒」他多数で主演を演じる。近年は日米印合作の主演映画『Shambhala-シャンバラ-』の公開が控える他、企画から携わった映画『ジャパニーズ スタイル Japanese Style』の製作が決定。空手歴18年。琉球少林流空手道月心会黒帯。

『いざなぎ暮れた。』作品紹介はこちらです。
(C)2018 「いざなぎ暮れた。」製作委員会
公式:https://izanagi-kureta.com/
★2020年3月20日(金)よりテアトル新宿にて公開

―これまでいろいろな武田梨奈さんを観てきましたが、このノリコが一番女の子らしくて可愛い!
女の子の可愛らしさがいっぱい出ていました。


あ、ほんとですか。嬉しい~!

―毎熊克哉さんとのカップルも似合っていましたし、2人のやりとりがとても自然でした。
梨奈さんからノリコがどんな女の子なのか紹介していただけますか?


ノリコはキャバ嬢なので、ぱっと見派手ではあるんですけど、ほんとにノボルくんのことが好き。「お腹すいたからなんか食べさせてよ」って言ってもノボルくんに「後でな」となだめられたら素直に「はい」と言っちゃうような子です。ぐいぐいと発言をしているようで、実はすごくノボルくんに丸め込まれてしまうピュアな子。私だったらご飯食べさせてもらえなかったら、別行動でどっかに行っちゃいます(笑)。

―ノボルは切羽詰まっているのですぐ怒りますね。毎熊さんがあんなに喋っているのを初めて観ました。

私もこれまで拝見してきて口数が少ないイメージがありました。

―ノボルの台詞はほとんど嘘と言い訳で(笑)、ノリコの文句の言い方が可愛くて、これは男性ファンが喜ぶなぁと思いました。

ノリコも怒るんですけど、ノボルくんに言われると結局「しかたない」となっちゃうんです。気が強いようで、すごく繊細な子なんだと思います。

―梨奈さんは、これまでしっかりした強い女の子の役が多かったですね。でもこういう好きな相手にはとっても弱いタイプの女の子もできる、役の幅がどんどん拡がっているのが見えて嬉しくなりました。気分は遠い親戚のおばちゃんです(笑)。

ありがとうございます!

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―最初は15分の短編のはずが84分になったとききました。それも3日間で撮り終えて。

はい。正直、台本を観たときに15分の分量じゃなかったので、短編でおさまるのかなと思ったんです(笑)。
でも、たくさん撮ったおかげで長編になって劇場公開も決まりましたし、映画祭にも出せたので良かったです。

―あ、海外の映画祭での受賞おめでとうございます!

ありがとうございます!

―映画の中にちょっとだけアクションが入りました。相手のネルソンズの青木さんはレスリングをしていた方ですね。もっとやろうということにはならなかったんですか?

最初は、がっつりアクションシーンがあったんです。「ノリコが後ろ回し蹴りをして、その後“旋風脚”をして」と書いてあったんですが、ノボルとノリコの物語が進んでいくのに、キャバ嬢のノリコが急に格闘家の女の子になったら、現実味がなくなると思ったんです。だったら「ノボルくんをバカにされたノリコが感情的になって、ビンタしたりしたいです」とご相談しました。

―梨奈さんすごく成長していたんですねぇ。17才で映画界に入って、初めは自分のアクションシーンがあればあるほど嬉しかったでしょう。それが、映画全体とか相手役や流れを考えるところにきたんですね。

ありがとうございます。大人になりました(笑)。前だったら「蹴り3発くらいやってください」って言われたら「はい!」って一生懸命考えていましたね。

―寒いときなのに海に入るシーンがありましたね。

そうなんですよ、冬(撮影は2月)に。しかも「一発本番」だったので失敗できない。

―でも「もう一回お願いします」はない。あったらあんまりですもん。

はい。OKで良かったです(笑)。

―そのほかに難しかったシーンはありましたか?

オープニングの車の中のシーンは長回しで撮っているんです。普通だったらカメラマンさんたちが隠れているんですが、今回はカメラとマイクが置きっぱなしで、毎熊さんと「用意、スタート」も「カット」も自分たちのタイミングでやっていました。

―車は実際に走っているんですよね。

そうです。前と後ろにスタッフの車がいました。毎熊さんは運転もしながらでたいへんだったと思います。長回しだったので、間違えるともう一回。その緊張感はありましたけど、ずっと二人っきりだったので、それはそれで、自然体でできたかなと思います。

―アフレコじゃなく、生で?

今回、一度もアフレコしていません。毎熊さん、全部台本どおりと言っていたそうですけど、実はけっこうアドリブもあったんですよ。

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―ノリコの衣装が1着だったのがちょっと寂しい。でも派手可愛かったですね。髪も金髪で、梨奈さんのこだわりがあったと聞きました。

普段はあんな感じの服を着ることはないです。派手可愛い(笑)。髪は、台本に根もと黒くなって「プリンになってるじゃん」という台詞があったんですが、実際にキャバクラで働いていた方から、働く人たちはプロ意識、美意識が高くて髪や爪の手入れのために頻繁にサロンに通っていると伺いました。それをカツラで表現するのはなんだかイヤだったんです。リアルに見せたくて、微妙なプリンに染めてきました。

―じゃあ撮影が終わったらまたすぐ黒髪に戻したんですか?

別の撮影がありましたので。

―ノボルが「結婚」を口にしてノリコが立ち止まってしまう場面がありました。梨奈さんはどんなプロポーズがいいですか?こうしてほしいとか、理想のプロポーズってありますか?

理想のプロポーズ…。一番嬉しいなって思うのはやっぱり「おばあちゃんに会わせてくれる」とか、「自分の生まれ育った場所に連れていってくれる」。「理想のデート」を聞かれたときに最近よく答えるのは「お墓参り」です。

―え、相手の(ご先祖様)?自分の(ご先祖様)?

自分のもですけど、相手の。デートで連れて行かれた場所が「お墓参り」。「何でここに来たの?」って聞いたときに、「天国にいるおばあちゃんに紹介しておきたかったから」と言われたら嬉しい。そういうのが理想ですと答えてきたんですが、この映画(のシーン)が結構近くて、素敵だなと思いました。

―いくら二人のことと言っても相手のおうちと繋がるわけですから。

はい。軽い気持ちじゃないんだということで。

―これは書いておいて誰かに参考にしてもらいたいですね。

ぜひ!(笑)

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―少し前に『三十路女はロマンチックな夢を見るか?』(2018公開)を観直しました。梨奈さんは30才になるということにこだわったヒロイン那奈でしたが、今、リアルにアラサーですね。

はい、今年が20代最後の年になりました。

―つい10年刻みで考えてしまいますが、どの年代よりも「アラサーになって30代に入るのは大きい」とよく聞きます。大きいですか?

大きいです。去年おととしくらいまで、26,27才のときは三十路に向かってくるにつれて焦りを感じていたんですけど、今は全く感じていなくてむしろすごく楽しみな気持ちが大きいです。というのも、大晦日からずっと自主製作をやらせていただいたり、自分たちで企画したことができるようになったりしました。映画に関しても、お願いされたことだけじゃなく、それ以上のことを自分から発信できるようになってきました。
今までは自信のない武田梨奈で、自信がないけれども夢中でやってきました。今は「自分の中での自信」はすごく持っています。発信できるようになったことが、ちょっとずつ自信につながってきたと思います。それが大人になったっていうことかな。

―年を取って良いこともあります。

やっぱり年を重ねていくと説得力もできますし、そういった意味で「だからこそしっかりしなくちゃ」という気持ちは常にあります。今までと違って一つ一つの発言に責任を持って発信することを大事にしたいです。
あっ、一番大きいのはですね、10代からの自分のポリシーは「考えるな、感じろ(byブルース・リー)」だったんですけど、今は考えた上での「考えるな」だと思っています。そういったいろんな言葉の捉え方が変わってきました。

―考える前に知らなくちゃいけない、知識が必要ですよね。

そうなんです!いろいろ知った上で考える。何も見ていない、知らないのに「考えるな、感じろ」ではダメなんです。

―知識を入れるための受け皿も要りますしね。梨奈さんのこれからがまた楽しみです。

ありがとうございます。

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―ずっと梨奈さんのインスタやツイッターなどを拝見しています。映画もたくさん観ていらっしゃいますね。お仕事もいろんな方面にご活躍で、海外作品に出演されたり、映画制作を始められたり。『ジャパニーズ スタイルJapanese Style』のこともすっごく伺いたいんですけど、また次の機会に。

ありがとうございます。ぜひお願いします。

―では最後にこの映画の「推し」をひとこと。

はい。東京から来た若者二人が自然や伝統のある神秘的な街で暴れます。まったく馴染めていないのに、観終わった後になぜかこの街に似合う二人に変わっています。人間ってちょっとした心境の変化でそうなれるんだな、って思える映画になっています。特に若い世代の方、都会で行き詰っている方、ぜひ観ていただけたらと思います。

―ありがとうございました。
(まとめ:白石映子)

★毎熊克哉さんインタビューはこちらです。 

『いざなぎ暮れた。』毎熊克哉さんインタビュー 

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毎熊克哉さんプロフィール
1987年3月28日生まれ、広島県出身。小路紘史監督作『ケンとカズ』に主演し、第71回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017 新人男優賞、第31回高崎映画祭 最優秀新進男優賞を受賞。その後、吉永小百合主演映画『北の桜守』や『万引き家族』などに出演。

『いざなぎ暮れた。』作品紹介はこちらです。 
(C)2018 「いざなぎ暮れた。」製作委員会
★2020年3月20日(金)よりテアトル新宿にて公開


―以前『ケンとカズ』(2016)の試写の後、カトウシンスケさんと並んで送り出して下さってびっくりしたことがありました。映画もとても印象深くて、それ以来ずっと出演作を観ています。

ありがとうございます。

―『ケンとカズ』はやっぱり大きかったですね。節目になりましたね。

そうですね。それまでは映画に出たとしても、そんなに印象に残るような役というのはまず皆無な状態でしたから。あれは映画学校の友達(小路紘史監督)と撮った映画なので、転機になって良かったです。

―その後の快進撃たるや!フィルモグラフィーには、映画だけで2017年3本、2018年は13本、テレビや舞台もありますね。こんな風に変わってきていかがですか?

仕事で任せてもらえる役割は、大きくなればなるほど大変だなぁと思うんですが、自分の身の回りの友達とかはそんなに変わっていなくて。そういう意味では変わってないです。

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―道を歩いていて「きゃ~!」とか言われませんか?

それが言われないんですよ。全く。

―今佐藤健さんとテレビに出ていらして(TBS「恋はつづくよどこまでも」)。これからですよ、「きゃ~!」は。

テレビは見ている人多いですね。でもあんまり言われたくないんですよ(笑)。

―大きくて目立つから気づかれそうですが。

テレビに出ている人が横を歩いていたとしても、気づかれないですよ。普通に歩いているんですけど。

―役柄と素が違うからでしょうか。こう見ていても、役のノボルと今の雰囲気は全然違います。
この映画は島根で先行上映されましたね。あちらでの評判は?


上映後に舞台挨拶がありました。地元の人たちや親戚の人たちが来たような感じでした。東京の映画館でやったときとは全然違う、ローカルな感じでした。おじちゃんやおばちゃんが「頑張って~!」「応援しとるよ~!」みたいな(笑)。僕は広島出身なんですが、地元のような温かさでした。

―忘れないうちにお聞きしたいんですが、電話でノボルにいろいろ指示していたのは誰でしょう?

あれは…(マネージャーさんへ)言っていいんですか?(マネージャーさん:公言しないほうがいいというか、観る前に先入観を持たないほうがいいです)言ったらすぐに笑いが起きちゃうかな…? 観ていただいて誰の声か当てていただけたら嬉しいです。

―では誰なのかお楽しみということにします。東京の後の公開は決まりましたか?

まだなんです。でもこの映画は「持っている」というか、全然想像もしなかった発展をしているので、あわよくばもうちょっと上映館が増えたらいいなと思っています。

―ウィルスが恨めしいですね。この時期に。

今日(3月5日)もほんとはテアトル新宿で、一般のお客様もいる盛大なイベントがある予定だったんですが中止になりました。公開は20日ですが、収束することを祈っています。

―微力ですが、応援させていただきます。
ノボルは新宿の元ナンバーワンホストで、今はピンチだけど経営者ですね。これまではその手前の人、まだ登れてない人の役が多かった気がします。


全部が初めてといえば初めての役ですけど、ノボルはビジュアルがインパクトあります(笑)。でも裏社会の人間ではないんです。誰もが思うことですけど「男として成り上がりたい」、けれども何かが足を引っ張っているんです。

―ノボルには何が足りないと思いますか?

目先のことしか見えていない。彼もほんとの意味で成り上がりたいのに、目先のことしか見えていないから、いろんなことがうまくいかなくなる。もっと豊かな成り上がり方があるはずなのに、ここでトップになったとか、わかりやすいことでしか評価できていない。だからちょっと寂しい男です。

―まあ、新宿でお店も持っただけでもちょっとエライかなと。

エライんですけどね、もうちょっとこう幅広く考えれば、男としてはもっと上はあるんじゃないかと思います。

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―毎熊さん自身のこれからは?

「新宿のホストクラブでナンバーワンになった!」と言うことって、「映画祭で主演俳優賞とった!」っていうのと似ている気がするんです。例えばですけど。もっと先があるだろうと思う。豊かに純粋にとは思います。

―以前からダンスをしてらっしゃいますよね。どの作品にもそんな場面はないですが、毎熊さんのダンスは観られないのでしょうか。

踊っているシーンはないですが、”ダンスから学んだことは役に生きている”と思いますね。踊りの先生たちに「エロい踊りをしなさい」つまり、色気を大事にしなさいと言われました。指をさす、目線を向ける、というシンプルな踊りの中身を埋めなさいって。それは役者としても同じことですし、色気とは何ぞや、っていつも思っています。ですので、どんな役にも色気をもつことは意識していますね。いろんな種類があると思うんですけど。

―この人を見ていたい、と思うときがありますね。

見ていたい=目に留まる。ガチャガチャしてなくても座っているだけで、そこに“存在している”人っているじゃないですか。それってやっぱり究極だなと思って。そういうものは目指したいです。

―俳優さんには「目がひきつけられる吸引力」必須ですね。

はい、僕もそう思います。

―先日遡ってちょっと前の映画『夜明けまで離さない』(2018)を観たら、高倉健さんみたいに全然喋らないヒットマンの役でした。ノボルはこの対極で、ずっと喋っていますね。これまでで一番台詞が多かったんじゃないでしょうか?

ああ、喋っていましたね。自分の中で一番多かったのは、去年寅さんのお父さん役(2019年NHK「少年寅次郎」)を演じさせていただき、結構喋りました。喋れば喋るほどしょうもなさが出る、という感じの(笑)。このノボルも喋っていることが全部薄っぺらい(笑)。

―とにかくノリコへ言いわけして、嘘が重なっていくんですけど、やりとりが自然で面白かったです。脚本どおりですか?

脚本どおりなんですけど、スタッフもかなり少なくて、冒頭とラストの車の中でのシーンはカメラだけ設置して、「用意、はい」って急に台詞が始まってずっと二人だけでした。その感じが自然に出てるんじゃないかな。

―テイク少なく、どんどん撮っていった?

少ないです。武田梨奈さんとの共演だからこそ、一発本番シーンもうまくいったんだと思います。息が合ってとても助けられました。

―武田さんとはこれが初共演ですか?

えっと2回目です。前はテレビの「ヘヤチョウ」(2017/EXテレビ)、武田さんはがっつり刑事役で、僕は犯人と間違えられる役でした(笑)。それで初めてお会いしました。台詞のやり取りは全くなかったですけど。  
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―この映画のタイトル、前は違いましたね?

何回も変わっているんです。車も変わって、今はダッジですけど。その車の名前が入っていたり。(マネージャーさん:3回くらい変わっています)『いざなぎサンセット』『渚のダッジ』とか(笑)。『いざなぎ暮れた。』がベストなタイトルだと素直に思います。

―もともとはショートバージョンを撮る予定だったそうですが。

ショートバージョンを撮ったつもりが長かった、というノリなんですよ(笑)。15分の作品を3日で撮るならけっこう贅沢に撮れるんです。そこに全てをパンパンに入れて、ぎりぎりまで撮って84分。劇場にかけられる長さになりました。

―海に入るシーンがありましたね。すごく寒そうでしたが、いつの撮影でしたか?

去年の2月です。無茶苦茶寒いんです。とにかく寒かったです。神事は12月3日だったので、地元美保関の方々のご協力で、撮影のときに再現していただけたんです。時間が少ないのに、天候が不安定で大変でした。普通は雨のシーンの次に晴れていたら、繋がりがおかしいじゃないですか。でもこの町では変じゃないんです。逆にそういう(神様に近い)場所なので、それはいいかって(笑)。

―まあ、お疲れ様です。神事に会うと霊験あらたかで無病息災だそうですから、再現でもこれからも大丈夫かも。

そうですね(笑)。

―ノボルは車マニアでしたけれど、毎熊さんは?

僕は車まったくわからないです。

―私もわからなくて、ダッジ・チャレンジャーを検索しました。あの説明を覚えるのは大変じゃなかったですか?

あれもいろいろ変わったんです。やる直前に「車変わったの聞いてます?」「いえ聞いてません」って(笑)。
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―なんでもできそうな毎熊さんですが、これは苦手ということはありますか?

モノ、道具を使った球技ですかね。ゴルフ、野球、テニス…とか。

―チームプレーはOKですか?

あんまり向いてないと思います。「あ、どうぞどうぞ」って感じになっちゃうんで(笑)。サッカーも「俺が俺が」の集まりで、そうじゃないとたぶん勝てないんだと思いますが。
格闘技とかは1:1だからまだいいんですけど。

―喧嘩も?

喧嘩はしないです(笑)。役では喧嘩をするとか殴るとかありますが

―そういう役も、これから自分で手を出さなくていい、命令するほうにだんだん変わっていきそうです。
ダンスのシーンがある映画、ミュージカルもですが、特に時代劇に出てくださるのを楽しみにしています。似合いますよ、きっと。


ありがとうございます。一つ一つ様々な役にチャレンジしたいです。

―ぜひ。今日はありがとうございました。
(まとめ・写真 白石映子)

★武田梨奈さんインタビューはこちらです。

『カゾクデッサン』今井文寛監督インタビュー

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*今井文寛監督プロフィール*
大学卒業後、CM撮影スタジオに入社。スタジオマンとして働く。スタジオ退社後、フリーランスの照明部として活動。その傍ら、緒形拳主演『ミラーを拭く男』(03/梶田征則)などの映画に助監督として参加。
2008年、日本映画学校22期俳優科・卒業ドラマ作品『解放区』冨樫森監督作に照明技師として参加。
2010年に脚本監督した短編映画『ナポリタン、海』がショートショートフィルムフェスティバル&アジア2011、ジャパン部門に入選。
2014年公開の堀口正樹脚本監督作『ショートホープ』に照明技師として参加。
自己資金でこの作品の製作に乗り出し、共感する多くの方の協力を得て完成させる。

『カゾクデッサン』作品紹介はこちら
(C)「カゾクデッサン」製作委員会
★2020年3月21日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開

―この初の長編作品は“自主製作”ですね。製作費集めから始めたのですか?

脚本が書きあがったころ協力してくれる人が集まっていたのと、ちょうど貯金もそれなりに貯まっていたので。貯金です。

―貯金!ちょっとやそっとじゃないですし、作っているうちにだんだん足りなくなったりしませんか?

みなさんに正式なギャランティーや機材費などをお支払いしていたらとても足りません。みなさんが技術や機材や人材、時間を無料で提供してくれましたので、なんとか形になりました。

―良い方が周りにいらしたんですね。

そうですね。ほんとに仲間あっての映画です。

―いい人が集まるのは、本人がいい人だからだと思います。

いやー、だといいですけど。かなり無理させてしまいました。だけど、みんな映画が好きで「良い映画にしよう」という目標は一緒でした。

―「借り」は作ったら、時間かかっても忘れずにお返しすればいいんですよ。

そういうことですね。昔は借りを作るのが怖かったんですけど、今は「出世払い」ということで、いろいろお力を借りています。いずれお返したいと思っています。そんなこともあり、撮影中はみんなにとって楽しい時間にするということを意識していました。

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―最初に作る映画のテーマは「家族」と決めていらしたんですか?

そういうわけではないです。企画はいろいろありまして、以前はもっとお金のかかる映画を書いていたんですけど、自分でやるしかなくなり、それは不可能でした。それで自分の資金内で作れる映画の脚本を書こうというところから始まりました。
そのときに最初にあったのは「自分の好きな人を書きたい」ということでした。僕がスタジオや照明部で働いているときに、仕事を教えてくれた先輩たち…職人気質な人が多く、乱暴で、酒が好きで、言葉も荒い。けど、面倒見が良くてよく教えてくれて、失敗しても笑って許してくれるみたいな。

―剛太くんに似ています。

まさにそうなんですよ。そんな方々に教えてもらって僕も仕事を覚えてきたんですけれども、年を経まして先輩方も年を取り、お酒のせいで身体を壊される方も出てきたんです。そんなときに、僕はそんな先輩たちの良いところを引き継げているのか、それをまた後輩たちにうまく繋いでいけてるのか、ということに自信が持てなかったんです。
僕がお世話になった、僕がカッコいいと思う人たち、一般の人からみたらあんまり経済的に成功していない負け組と言われるのかもしれないけれど、僕にとってはカッコいい人たち。その姿をスクリーンに描きたいと思ったところから始まっています。

子どものころ親にすごく怒られて、「自分はこの両親のほんとの子どもじゃないんじゃないか」と思ったりしたことありませんか?僕はあって、脚本を書いているうちにそんな妄想的なことから話が組み上がっていきました。
意識のない母親、そういう人から、周りの話が動いていく。これは尊敬するエドワード・ヤン監督の、大好きな映画『ヤンヤン 夏の思い出』の影響が大きいと思います。

―出てくる男性は喧嘩したり、子どもっぽかったりするのに、女性は包容力があり、母性を感じました。監督はお母さんっ子かなぁと思いました。

あ、ばれましたね(笑)。父はあまり喋らない人だったので、やっぱり母親との交流のほうが多かったです。僕自身がこういう不安定な生き方をしているからか、周りの友人や仕事仲間たちが結婚していったりすると、じゃあ自分はみんなみたいに家庭を持てるんだろうか?正直その自信がなかったんです。

―そのへん剛太くんですね。

はい。だと思います。

―で、ご結婚は? あ、おばちゃんはすぐこれで(笑)、すみません。

まだです。諦めてはいないんですけど(笑)。

―きっと赤い糸の人が待っているんですよ。

はい、まだ期待しています(笑)。

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―映画に戻りますね。完成までにどれくらいかかりましたか?

企画を書き始めてからでしたら、4年くらいかかっています。

―4年ですか。お疲れ様です。そして公開おめでとうございます。

ありがとうございます。

―最初の作品にこれまで蓄積したものをつぎ込む方が多いと思いますが、監督は全部入れこめましたか?

いやー、全然入れこめてないです。単なる映画好きの映画バカなので、まだまだやりたい。企画はたくさんあります。

―この作品については。

俳優や技術の方々、いろんな人の力を貸していただき、ほんとに思った以上の作品になったと思っています。

―撮影期間はどのくらいでしょう? お天気は大丈夫でしたか?

11日間です。雨はですね、僕は晴れ男なんです。通り雨が1回あっただけです。

―病院の屋上の青空が印象的でした。ロケーションも良かったですね。

あそこはラッキーでしたね。ラストのほうですから、カラッと晴れて映画の神様によくしていただきましたね。制作担当が非常に優秀な方でほんとに素敵なロケ場所を見つけてくれました。バーやマンションも好評でした。リノベーションされたマンションでお洒落なんです。

―部屋の中にも窓があって。

美里が寝ているときに剛太が出ていって、窓の向こうの剛太へカメラが追う。窓の向こうに見える剛太から実は目を覚ましていた美里の顔へと、ワンカットでいけました。

―その窓の使い方もですが、ガラスや鏡に映像が映りこんでいるシーンが何度もあって目に止まりました。

はい。鏡をそこに持ってきて。ロケ場所もそういうところを選んでいます。というのは、撮影の中澤正行さんが映りが大好きで、そういうところで映画空間を作っていくんです。

―病院の廊下も長回しでカメラが人についていきますね。あそこも監督がやってみたかったこだわりでしょうか。

撮影の中澤さんも僕も長回しが好きで、どこまで行けるのかとチャレンジしてみました。ロケ場所に行って歩いてみて、「これ行けるんじゃないか」「人の動きをつければ」と。夜の人の少ないときだったので、けっこう順調に2テイクでできました。

―鏡の映像をずらしている場面もありましたね。

あれは中澤さんと編集をやっているときに、思いつきまして「面白いな」と入れました。編集しながらもアイディアが出てくるところが映画の面白いところです。

―映画はキャスティングが半分と聞いたことがありますが、編集もすごく大きいですよね。

特に監督の仕事はそういってもおかしくないですね。編集って映画を磨くことだと思います。磨くとどんどん良くなってていく。

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―キャスティングは、どのように決まっていきましたか?良い俳優さんが集まりましたね。

この映画の企画を持って訪ね歩いているときに、『お盆の弟』『百円の恋』のプロデューサーの狩野善則さんが脚本を気に入って協力してくださいました。そのつながりでまず水橋研二さんにお会いして、まさに主役の剛太だと思い、すぐに出演をお願いしました。水橋さんが出るということで、瀧内公美さんやほかの方も決まっていきました。
3人の中学生はオーディションで決めました。学校で3人が話しているシーンを交替してやってもらって、それぞれの役を決めました。何より良いのは3人とも真面目でまっすぐなんです。それって才能ですね。

―喧嘩のシーンがいっぱいありますが、監督は喧嘩したことは?

僕は不良でもなかったので、そんなに経験ありません。負けた記憶はあります(笑)。

―光貴くんは一人っ子で喧嘩の経験もなさそうなのに、あんなにパンチが入るものですか。剛太くんは百戦錬磨でしょうけど。

大人しい優等生の子のラッキーパンチかな。喧嘩のシーンは殺陣師の方に入っていただいて、リアルな喧嘩をめざしていこうと方向が一致しました。剛太のほうは酒を飲んでだらしない生活をしているし、かけひきは知っているだろうけど、体力が落ちているだろうということで。光貴が若さと体力で振り払い、剛太は膝を強く打ってしまう。それから顎にパンチを食らう。顎にうまく入ると意識を失います。僕も食らったことがあります(笑)。

―みんな「グー」でしたね。(笑)

喧嘩は「グー」ですね(笑)。構えもこうで(ポーズ)。光貴役の大友くんはブルース・リーを意識しているところがあるみたいです。彼はブルース・リー大好きなんです。

―音楽は蓑田峻平さんですが、iPodに入っているお母さんの思い出の曲もそうですか? なんの曲だったのか気になっています。

いえ、違うんです。iPodの曲は踊っている曲とは違うものにしています。

―映画をつくるときには、ラストシーンまできっちり考えてあるものですか?

この作品ではきっちり決めていました。なんでこのラストにしたか、尊敬する先輩たちや市井の人々に捧げる映画であってほしいなと思ったからです。

―剛太くんってだらしないけれど、憎めないですよね。だから幸せになってほしいなと思う気持ちがあのラストまで繋がって、いいところに着地した~と思っています。

ああ、それがうまく行っているのなら映画は成功だと思います。嬉しいです。

―良かったです。ありがとうございました。


=取材を終えて=
取材の前に待ち合わせ場所で監督に会えたので、故郷・福井の美味しいものを教えていただいていました。へしことかソースカツとか。銀座に福井の物産館があって、試写の帰り道なのでよく寄るのです。
おかげで、すっかり口が滑らかになり取材がスムーズに進みました。進みすぎて細かいことを聞く”オタク癖”が出てしまい、帰宅してみたら大事な質問が抜けておりました。恥ずかしながらメールで追加質問させていただきまして、すぐにお返事を頂戴しました。以下感謝とともに付記いたします。(まとめ・写真 白石映子)



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―映像の仕事をするきっかけになった映画は何ですか?(たとえばこんな映画が作りたい)

映画は子供の頃から好きでよく観ていましたが、決定的だったのは社会人になってから観た成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』です。
仕事先での昼休み、銀座の歴史ある名画座、並木座が閉館するニュースを見た私は、休日に訪れることを決めました。最終プログラムは「名匠 成瀬巳喜男の世界」。実は私、不勉強で成瀬作品を観たことがなかったんです。そこで観たのが『乱れ雲』。衝撃を受けました。何でこんなに激しく心を揺さぶられたのだろう。それから閉館するまで並木座に通い詰めました。並木座が閉館してもその興奮は収まらず、休日は映画館をはしごするようになりました。そしていつからか、自分が憧れる監督と自分との間に存在する距離に、愕然とした思いを抱くようになったんです。この距離を少しでも詰めるには、映画監督になるしかない。映画監督になる決意を固めて、勤めていた会社を辞めました。

―脚本を書くとき、大事に思っていることは?

脚本を書く時、いろいろ気をつけていることはありますが、大事に思っていることといえば、やっぱりキャラクターの葛藤を描くということでしょうか。主人公だけでなく、映画に登場する主要人物には、必ず葛藤を持たせたいと思って書いています。

―監督として「楽しい現場で」とおっしゃっていました。ほかに気をつけていたことは?

素晴らしい俳優、素晴らしいスタッフが揃っていましたので、いかにいい化学反応を起こせるか、そのことを意識しながら撮影に臨んでいました。
これは後から聞いた話ですが、ロケ場所のバーでのこと、水橋研二さんと瀧内公美さん、自分の出番が終わっても支度部屋には戻らず、二人でコップを洗ったりしながらおしゃべりをしていたとのことです。小さなことかもしれませんけれど、色々なところで化学反応が起きていたんですね。そういった化学反応たちが合わさって、また化学反応を起こす。そうやって映画は出来ていくのかもしれません。

『ソン・ランの響き』レオン・レ監督&主演リエン・ビン・ファットさんインタビュー

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レオン・レ(Leon Le)監督プロフィール
1977年サイゴン(現ホーチミン)生まれ。俳優・ダンサー・歌手として活躍した後、幼い頃からの夢であった映画監督の道へと進む。製作した短編映画『Dawn』、『Talking to My Mother』はベトナム国内で高い評価を得、『ソン・ランの響き』で長編監督デビュー。本作はベトナム映画協会最優秀作品賞、北京国際映画祭最優秀監督賞、サンディエゴ・アジアン映画祭観客賞など、国内外で現在までに合計37の賞を受賞している。写真家としても活動中。現在はニューヨーク在住。

リエン・ビン・ファット(Liên Binh Phát)プロフィール
1990年キエンザン省生まれ。在学中に人気バラエティ番組「Running Man Vietnam」に出演、人気を博す。その後3ヶ月のオーディションを経て本作にて映画初出演を果たし、第31回東京国際映画祭ジェムストーン賞(新人俳優賞)、ベトナム映画協会最優秀男優賞を受賞した。2020年2月にはフランスの舞台劇『Mr.レディ Mr.マダム』をリメイクした主演映画『The Butterfly House』の公開が予定されているなど、今後最も活躍が期待されるベトナム人俳優の一人。

作品紹介 http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/473600213.html
初日舞台挨拶 http://cineja-film-report.seesaa.net/article/473727941.html
公式 http://www.pan-dora.co.jp/songlang/
(C)2018 STUDIO68
★新宿K’s cinemaほか全国順次公開中!


日本ではコロナウィルスのニュースで大騒ぎのころ、予定どおり来日してくださいました。公開初日の前2月21日に取材の時間をいただいて、いそいそと三人で伺いました。お洒落なお二人を前にあがりぎみ。
(通訳:ダン・タン・フィエンさん)


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―2017年のTIFFの会見で、監督は「子どもの頃からカイルオンが好きで俳優になりたかった」とおっしゃっていました。長い間かかって念願のこの映画を作られたんですね。映画製作はどこで学ばれたのですか?

監督 映画製作の勉強はしたことがありません。本業は俳優で、演劇、ドラマやCMなどに出演してきました。やっぱり映画が好きでそういう仕事の合間に、一人で研究し学んできました。

―独学で!? すごい!これまで短編が2本、初長編というこの作品の完成度が高くて驚いたのですが、独学というのにさらに驚いています。

監督 ありがとうございます(日本語)

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―リエンさんもカイルオンを子どものころから観ていましたか?自分も演じたいとは?

リエン はい。昔から観ていました。そのころは大人の横にくっついて観ていた程度です。自分が出たいとは思わなかったですね。

―これは監督のオリジナルのストーリーですね。映画を作るまでの経緯を教えてください。

監督 もともと私はカイルオンに興味がありました。小さいころからカイルオンの俳優になるのが夢でしたが、実現できなかったので大人になってカイルオンに関する作品を作りたくなりました。最初は劇を作ろうと思ったんですが、劇は一度観終わったらその後に何も残りません。それなら同じ手間暇費用を注いで映画を作れば、もっとたくさんの人に観てもらえて、残すことができると思いました。

―それでゴ・タイン・バンさんのスタジオ68に話をされたのですか?

監督 正直にいうとそこに行ったのは最後です。それまでにいろんなプロデューサーに話しましたが、カイルオンがテーマというと興味を失って断られました。ゴ・タイン・バンさんだけが、ベトナムの文化や伝統的な劇などを世界に紹介したいという気持ちを持っていました。それで2日後に了承の回答をもらえました。

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―キャスティングですが、アイザックさん、リエンさんに決まったのは?

監督 主人公二人のうちアイザックはゴ・タイン・バンさんの紹介だったのですが、初めは断ったんです。そのときの彼の雰囲気がリン・フンとはマッチしていなかったからです。その後たくさんの人を見てきたのですが、なかなかふさわしい人がみつからず、結局アイザックもオーディションに参加して、他の人たちと同じくいろいろなことをやってみてもらいました。それでアイザックでいけるとわかって決定しました。
ユン役は新人で、知られていない人を探しました。なぜならスターだと、観客は映画の内容などよりも、すでにスターに対して持っているイメージで観てしまうからです。リエンさんは新人で、ユンのイメージに合っていました。

―リエンさんは演劇の勉強をしていたのですか?

リエン 演劇学校出身ではなく、関係ないものをやっていました。誰も知らないような番組のMCで全く無名だったんです(笑)。ある番組に出演した私を監督の知り合いが見て、ユンにぴったりだと監督に紹介してくれました。それでオーディションに参加して、4~5ヶ月かけてやっと監督からOKをもらいました。

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―良かったですね。楽器の練習はキャスティングされてからですか?

リエン そうです。役作りのためにアクションや楽器の演奏など習いに行きました。撮影前に監督からアドバイスをいただいて、重要なシーンなども練習しました。

―この弦楽器とソン・ランはセットで演奏されるものですか? 

監督 最近のカイルオンはギター演奏に変わっています。昔は映画のように“ダングエット”(ダン=弦楽器、グエット=月)で、ソン・ランとセットで演奏しています。ソン・ランはカイルオンのリズムを整えるためのものです。

―ソン・ランは劇の最初と最後に使われ、演奏者、役者双方にとってリズムの基礎であると資料にありました。そういう役目の大事な楽器ということですか?

監督 まさにそのとおりです。舞台の俳優やほかの演奏者に今劇のどこまで進んでいるのか、どのくらいで終わるとかテンポやリズムで教えてくれるのでとても大事なのです。主人公二人の人生と同じように、ソン・ランがなければどこに進んでいけばいいのかわからなくなります。 
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―映画は室内や夜の撮影が多いですね。演劇の部分もそうですが、光と影が美しい映画でした。撮影や照明にベテランの方々がいらしたのでしょうか?

監督 私が考えているこの映画のテーマは、(カイルオンの)劇と(実際の)人生は混じりあう存在ということです。光と影のようなリン・フンとユンの存在も同じです。撮影に関しては、ありがたいことにベトナム出身のオーストラリア人のボブ・グエンさんが撮影監督となってくれました。彼はこれまでに世界で7つの賞を受けた方です。

―リエンさんはアイザックさんと共演していかがでしたか?

リエン 最初この役をいただいたとき、アイザックさんと一緒に主人公を演じると知ってとてもプレッシャーを感じました。アイザックさんはすでに有名で、ベトナムのポップスターでしたから。難しい主人公役なのに、アイザックさんについていけるのかと不安でした。でも始まってみるとアイザックさんはとても親しみやすく親切にしてくださったので、だんだんうちとけて楽になりました。

―これは本国での上映が先ですか? それとも映画祭で受賞してから公開されたのですか?

監督 先にベトナムで上映しています。海外で初めて上映されたのは、おととしの東京国際映画祭でした。その後またベトナムで何度か上映しています。2019年には国会議員からの要請で、国会での特別上映をしています。
上映前はとても緊張しました。映画の中にははっきりは描いていませんが、政治的な要素も少し入っています。政治関係は敏感な問題ですので、もしかしたらクレームがくるかもしれないと心配しました。けれどもみなさんから高い評価を得て、芸術は人と人を繋げてくれると実感しました。
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―この映画が公開されてから、カイルオンの人気があがったということは?

監督 もう黄金期のような人気が戻ることは無理だと思います。でも、この映画が上映されたことでカイルオンについて知ってもらえました。最近は若い人たちが自分のミュージックビデオの中に、現代的なカイルオンの要素を入れていることもあります。

―出来上がった作品をご覧になってのお二人の感想をお聞かせください。

監督 上映されてすぐ感じたのは「孤独」です。というのは、この5年間毎日24時間ずっと作品のことを考え続けていたからです。
この作品が受け入れられるのか、どんな反応があるだろうか、良い評価がもらえるだろうかなどといろいろ考えていました。けれども公開されればもう自分だけの作品ではありません。みんなのものになり、自分が守ることもできなくなるのでとても不安で孤独な気持ちになってしまいました。
でもみなさんが高く評価してくださって、最終的には幸福を感じました。自分の人生の中の大きなゴールにたどり着いたと実感できました。

リエン 私にとって映画初出演のこの作品は節目になりました。それまで俳優のことはあまり真剣に考えていなくて、ただただやっていたんです。この作品は自分が今まで体験できなかった幸せをもたらしてくれました。自分にとってとても大事な作品です。

―ありがとうございました。

(取材:白石映子、宮崎暁美、景山咲子 まとめ:白石 写真:宮崎)


=取材を終えて=

映画を観た時に、打楽器であるソン・ランをちゃんと認識できなかったのですが、今回、監督にお伺いして、俳優やほかの演奏者に舞台の進行状況を知らせる大事な役目の楽器だとわかりました。歌舞伎でも「拍子木」が最初と最後に打ち鳴らされ、舞台の途中では演技のきっかけを知らせたりするので、同じですね。
今回、ぜひ監督とリエンさんにお会いしたくて、インタビューに同席させてもらいました。お二人とも、映画やベトナムの伝統に深い思いを持ったとても素敵な方でした。
最後のお別れの時にベトナム語のありがとうに挑戦。もう30年以上前、会社勤めしていた折、ベトナムからのお客様に教えてもらったのですが、片仮名で書けば「カム オン」。漢字の「感恩」からきているそうです。でも、ベトナム語には、声調が6つあって発音が難しいのです。昔教えてもらった声調で通じるか、まずは通訳さんに確認。「大丈夫ですよ」と言われ、監督、そして、リエンさんに「カム オン」と言ってみました。お二人共微笑んでくださって、ばっちり! (咲)

レオン監督はカイルオンの俳優になりたかったという方です。動画サイトにある映画の制作風景を見ますと、歌いながらカイルオンの演技指導をしているのはレオン監督でした。俳優さんでもあるし、カメラマンでもあります。カイルオンへの愛と画面へのこだわりに納得です。そんな監督に下手な写真を差し上げてしまいました。にっこり笑って受け取ってくださいましたが。
「ソン・ラン」は漢字だと「雙郎」らしいです。「二人の男」ですね。監督に確認しそびれましたが、これは二人の友情以上の物語?たぶん「観た方にお任せします」とおっしゃるでしょうね。次のコミケにファンブックが出ないかなぁ。
リエンさんはリム・カーワイ監督の作品に出演したそうです。レオン監督が準備中という脚本が順調に映画化されて、またいつか来日してお目にかかれるのを楽しみにしています。(白)

ベトナム戦争が終わったのは1975年。南北は統一され、首都サイゴンはベトナム戦争で大きな働きをしたホーチミンの名を取ってホーチミンになりました。ホーチミンはベトナムが統一される前の1969年に死亡しているけど、ベトナムの人々はホーチミンのことを親しみを込めてホーおじさんと呼んでいたので、サイゴンは陥落後、ホーチミンという名になったのでしょう。でも、今でも現地の人はホーチミンではなくサイゴンという名にこだわっているのだなと、最近公開された『サイゴン・クチュール』、『ソン・ランの響き』を観て思いました。日本人である私自身もベトナム反戦運動に参加した経験からホーおじさんには親しみを感じてはいたけど、「サイゴンはサイゴンだよね」と思っていたので、ベトナムの人たちのサイゴンへの思いを知って嬉しかった。

その思いと伝統芸術への思いは、たぶん通じるところがあるような気がする。昔から感じていたベトナムの人々の、質素だけど芯の強さは、中国、日本、フランス、アメリカなど、いろいろな国から侵略を受けてきたことに起因するのだろうけど、だからこそ、自分たちのアイデンティティーや文化を守ろうという思いが強いのでは。でもだからといって、まるっきり受け入れないということでもなく、よそからの文化も受け入れたりしながらベトナムは変わっていっている。ベトナム料理では米粉の麺で作ったフォーや生春巻きゴイ・クン、ベトナム風お好み焼きのバイン・セオなどが有名だけど、フランスパンのサンドイッチ、バインミーなどもよくみかける。

そうした一方で、伝統的なベトナムの服装アオザイなどは洋装に、歌舞劇カイルオンもだんだんに演じられなくなっていた。そんなことに思いを馳せたレオン・レ監督の思いとゴ・タイン・バンさんとが出会って、この作品は生まれたといえるのでしょう。彼女は『サイゴン・クチュール』もプロデュースしている。『サイゴン・クチュール』では、単なる伝統的なアオザイだけでなく、現代的なデザインのアオザイにも注目が広がっているようだし、この『ソン・ランの響き』の後では、ミュージックビデオなどにカイルオンが取り入れられたりしていると監督が語っていたので、こちらも単なる伝統の継続だけでなく、そういう形での新たな可能性も含めて、ベトナム文化は進化していくのでしょう。これまで観てきたのとは、違うベトナム映画の流れを感じるこのごろです(暁)。

『恋恋豆花』今関あきよし監督インタビュー

2020年2月22日(土)新宿ケイズシネマほか 全国劇場公開
上映情報

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『恋恋豆花』(れんれんどうふぁ)

恋愛も人間関係も含め大学生活がつまらなくなり、中退を考えている奈央。そんな中、父・博一の提案で、彼の3度目の結婚相手となる綾と台湾旅行をすることに。父の再婚相手というだけでよく知らない女性となぜ旅行をしなければならないのか? 納得がいかないが、せっかくだから思いっきり楽しんでやろうと思う奈央の台湾旅行には、台湾の魅力的なスイーツやグルメとの出会い、そして思いがけない人々との出会いが待っていた…。
富田靖子(『アイコ十六歳』)、松浦亜弥(『美・少女日記』)、佐藤藍子(『タイム・リープ』)など数多くの美少女の面差しを映像に切り出してきた今関あきよし監督が今回カメラを向けた先は、「装苑」でモデルデビュー後、数々のファッション誌や広告に出演し、現在は映画・ドラマの出演が控え女優としても注目度№1のモトーラ世理奈。独特の雰囲気を持つ彼女が今関あきよし監督によってどう映像に切り出されるのだろうか。
奈央と台湾の旅を共にする綾には『朱花の月』、『ヘヴンズ ストーリー』の大島葉子、父・博一役には意外にも今関作品初出演となる利重剛、そして『刀剣乱舞』や『最遊記歌劇伝』などの2.5次元舞台で活躍中の椎名鯛造の出演も期待を膨らませる。
また本作は、今関映画の原点ともいうべき「ポップな楽曲が全編を彩る」音楽映画でもある。その、思わず心がほっこりするようなメロディを歌い上げるのは、女優としても進境著しい、これが久々の本格レコーディングとなる後藤郁、本人役で出演もしている日台ハーフのシンガーソングライター・洸美-hiromi-、日本でも人気急上昇中の台湾ポップス界の実力派・PiA吳蓓雅と、音楽業界も注目の女性ヴォーカリストたちである。
プレス資料より

シネマジャーナルHP 作品紹介『恋恋豆花』
『恋恋豆花』 公式HP

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(C)映画「恋恋豆花」製作委員会

今関あきよし監督インタビュー 2019年1月10日
宮崎 暁美

★この作品を台湾で撮ろうと思ったきっかけは?

編集部 この作品のアイデア、発想などはどういうところから生まれたのですか?

今関監督 映画自体のスタートは、元々はこのスタイルの予定ではなかったんです。血のつながりはないけど、これから親子になるであろう二人の旅ドラマというのは、あとから出てきたアイデアです。
最初はまったく違う話で、姉妹愛のつもりでした。台湾にいる姉と妹の姉妹愛を描こうと思ってシナリオも作りあげたのですが、シナリオを作ってみたら、台湾でなくてもいいなと思って、その台本はやめてしまいました。僕が台湾を訪れた時の印象とか、面白さ、いろいろな人にもお会いしたので(台湾の人も含めて)、そこで食べたものも含めて、とても楽しかったので、この楽しい気持ちをそのまんま映画にしてみようと思ったのです。ということで半分ドキュメンタリー、半分ドラマというようなスタイルになりました。

編集部 それでは、先に台湾で撮ろうというのがあったのですね。

監督 そうですね。どこで撮ろうかというより台湾ありきですね。最初は映画を撮ろうと思って旅したわけではないないですが、何回か台湾を旅するうちに、息抜き行ったらはまってしまったんです。最低でも2ヶ月に1回行っています。実は昨日、台湾から帰ってきたばかりなんです。

編集部 今回、どうしてインタビューしようと思ったかというと、私は中華圏の映画にはまっていて、台湾が舞台なので監督にインタビューしてみたいと思ったのです。

監督 ありがとうございます。

編集部 私も台湾には何度か行っているのですが、この作品はグルメとかスィーツ、観光地案内的なところもあるけど、台湾のいろいろなところに行っているというのにも興味を持ちました。何ヶ所くらいですか。

監督 北から南まで、台湾中を見てまわりました。でも一番気になったのは台中ですね。台中はあまり観光地化されていないのと、台湾の人に聞くと、あそこは住みやすい。住むなら台中という方が多くて。その魅力はなんだろうと思い、台中には一番多く行っています。なんで観光地化されていないかというと、交通の便が悪いからです。台北だと電車でどこでも行けるけど、台中はバスかタクシーで移動しかないので、初心者にはきついですね。

編集部 今もですか?

監督 今も電車網はないですね。行くにはちょっとハードルが高いかな。バスに乗れるようにならないと難しいですね。あるいはお金がかかってもいいならタクシーですね。

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(C)映画「恋恋豆花」製作委員会

★タイトルとロケ地について

編集部 台湾には20回くらい行ったということですが、実際の撮影はどのくらいだったのですか。

監督 ドラマの撮影自体は2週間強ですね。ドラマ部分は1回の撮影で撮って、後は風景や食べ物を別に撮りに2回くらい行きました。

編集部 タイトルの『恋恋豆花』は、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『恋恋風塵』から来ているのですよね。

監督 侯孝賢監督の作品が好きで、そこから取りました。あと「恋恋」の並びが好きで、可愛らしい言葉だし、愛しいとかの意味を知って、このタイトルにしました。「豆花」に関しては、それまで知らなかったのですが、豆花を食べたらはまってしまって、このタイトルを入れたいと思いました。

編集部 私は『恋恋風塵』の舞台、十分(シーフェン)や、『悲情城市』の舞台九份に3回くらい行っているのですが、あのあたりの雰囲気大好きです。でもかなり観光地化してしまいましたね。

監督 そうですね。今は観光地化しすぎてしまってつらいです。

編集部 2月初旬に、私も台湾に行くのですが、この十分で行われる「平渓天燈節(平渓天燈上げ祭り)」に行く予定です。

監督 僕も、昨日まで台湾に行っていたのですが、今回は侯孝賢監督の『ミレニアム・マンボ』のロケ地を訪ねて行ったんです。この映画のフーストシーンでスーチーが屋根のある長い歩道橋を歩いていくシーンがあるのですが、この歩道橋が今年取り壊されてしまうというので、それが取り壊される前に撮りたいと思って、これを撮りに基隆(キールン)まで行きました。

編集部 基隆も私の好きな町ですが、日本人町が残っているというのを、林雅行監督の湾生(戦前、台湾で生まれた日本人)を描いた作品『心の故郷~ある湾生の歩んできた道~』で知りました。ここも見てみたいです。

監督 湾生を描いた作品としては、『湾生回家』(黄銘正/ホァン・ミンチェン監督)という作品を観ました。

編集部 その橋も日本統治時代に作られたものかもしれませんね。

監督 どうなのでしょう。でも古くなって取り壊されるということなので、時代的にはその頃作った橋かもしれませんね。ここ1年くらいで壊されてしまうということなので、行っておいたほうがいいですよ。

編集部 基隆の廟口夜市も好きです。

監督 僕もあそこの夜市好きですね。

編集部 台湾に着いて最初のシーンで、九份に行って、夜、お母さんになる予定の綾(大島葉子さん)とぶつかり、宿を出て歩き回るシーンがありましたが、あれは九份かなと思ったのですが、そうですか?

監督 そうです。九份の民宿に泊まっています。僕も何回か泊まったけど、九份はほとんど民宿です。ちょっと奥に行くと民宿がいっぱいあります。夜、店が閉まって、まだ電灯がついている時間というのが30分くらいあるんです。その時間が大好きで、それは泊まらないと見ることができないんです。観光客が帰ってしまって、いなくなった瞬間がいいんです。ほんとの30分くらいですが。

編集部 人が多いのに、ここの映像よく撮れたなと思いました。

監督 いやいや、昼間は歩けないですよ。昼間行くもんじゃないですよ(笑)。あそこのシーン大好きです。わずか30分しか時間がないので、1日じゃ撮れませんでした。

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(C)映画「恋恋豆花」製作委員会

編集部 台湾コーディネーターに杉山亮一さんの名前がありましたが、知り合いです。彼はどんな役割だたんですか。

監督 台湾でのキャスティングが一番大きいですね。台湾側のキャスティングをどうしようかという時にお願いしました。そんなに有名な人は使えないけど、芝居や映画が好きという人にあたってもらいました。準備段階から相談はしています。いろいろ紹介してもらい、台湾に行った時にその人たちに会っています。けっこう有名な人にも会いました。『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』で主人公を演じた簡嫚書(ジエン・マンシュー)にも会っています。

編集部 けっこうマニアックな台湾も出てきたので、こういうところに杉山さんがかかわっていたのかなと思ったのですが、監督自身がこんなに台湾に行っているので、そのたわものだったんですね。


監督 有名な観光地ばかりではつまらないから、「ここはどこ?」というようなところもないとと思ったので入れました。台北で試写をした時、台湾の人にも「あれはどこで撮ったか教えてほしい」と言われました。それで今、まとめています。

編集部 夜市のところなどは、だいたい土林夜市多いけど、ここに出てきたのは寧夏(ニンシア)夜市ですか?

監督 そうです。あそこの夜市が好きなんです。

編集部 実は私、「豆花」を初めて食べたのが、この夜市だったんです。台湾人の友だちが屋台の脇にある豆花店に連れていってくれました。だからこの『恋恋豆花』というタイトルに親しみを感じます。この作品でも、台湾の友人がおいしい「豆花」の店に連れて行ってくれたシーンありましたね。

監督 そうでしたか。この夜市の食べ物屋おいしいですね。クオリティ高いです。台湾に行くと時間があれば行きます。この夜市の入り口近くに豆花荘という店があって、この豆花はおいしいです(笑)。ここの豆花は蜜からして違います(笑)。豆花は、あれって思うのもあるし、ピンキリですけどね。
映画のシーンでは、友だちに会うといって違うところに行くのですが、ここに出てきたグラデンスという女の子に紹介された店は、家の近くにおいしい店があると言って連れて行ってもらいました。

編集部 私も台湾人の女性に連れていってもらって、初めて豆花を食べたので、同じようなシチュエーションだと思いなが観ていました。

監督 やっぱり地元の人の紹介が一番信用できますね。ガイドブックより。

編集部 だからこの映画は台湾好きな人の心をくすぐるシーンがたくさんあると思いました。

監督 あまり通好みにしちゃうととっかかり悪いので、初心者向けと中級者向けぐらいからがいいかなと思って作りました。

編集部 最初、奈央が綾さんと合わずにつんけんしていたのが、いろいろな食べ物を食べたりしているうちになじんでくるというところはうまく繋がっているなと思いました。

監督 ありがとうございます。台湾のご飯って、全体にやさしいじゃないですか。中華料理と間違えて油っこいという人がいますが、油っこいのってそんなにないですよね。今、台湾のスイーツ、タピオカミルクティが日本でブームですが、映画の中では全然出てこないですよね。意図的というよりは、僕があまり好きではないので出していないんです。

編集部 一気にブームになってビックリです。

監督 台湾の友だちが日本に来て街を歩くと行列ができていてビックリするんですよ。インスタで広がったんですよ。台中の春水堂が発祥の地らしく、行きましたが、日本にも春水堂を始めとして、今じゃあちこちタピオカティの店ありますね。

★ストーリー展開

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編集部 この台湾への旅は、お父さんも一緒に3人で行く予定だったんですか?

監督 いや、二人で行かせて、仲良くさせたいというお父さんの魂胆があるわけですよ。

編集部 そうだったんのですね。それに奈央が気落ちしていた時だったからというのもありますかね。

監督 ただで行けるからラッキーというのもあるでしょう。ま、我慢していればいいかっていうつもりですかね。知らない人ではあるけど、お父さんのパートナー。自分にとってのお母さんには成り得ないから割り切っている感じですね。まして設定上ではバツ2ですから。3人目ですので、もう勝手にしろっていう感じじゃないですか。もうお父さんの身勝手さ満載ですから。

編集部 そうですね。観ていてどうなってるのと思ってしまいました(笑)。

監督 私もバツ1なんで、人のことはあまり言えないですが、さすがに僕は3人目は無理だろうと思います(笑)。

編集部 以前だったら考えられない設定だなと思いました。

監督 いまどきですね。だから日本に帰ってきても、友だちと台湾ヅイーツの店なんです。

編集部 マニアックそうで、そうではない女の子も観るかもしれないなという感じですね。

監督 あまりアート映画にしてもしょうがないので、タピオカミルクティを飲んで台湾に興味を持ってくれて、豆花に興味をもってくれて、映画に繋がってくれたらいいなと思っています。

編集部 旅にもって行くカメラですが、持っていきやすい大きさのものがいいですね。若い人はそれで動画も撮っていますしね。
*ここで、私が持っていったカメラの話から、カメラの話が続いたのですが、それは割愛。
注釈:奈央のカメラはチェキという「ポラロイドカメラ」です。

監督 今の若い子はスマホで動画も撮っちゃいますからね。でも限られてしまうのでつまらないですけど。

★キャスティング

編集部 キャスティングについて聞きたいのですが、まずライブのシーンに出てきた方ですが、実際に日本と台湾で活動している方なんですか?

監督 洸美-hiromi-さんと言って、日台ハーフで、高校まで台中にいて、その後、歌をやりたくて日本に来て、日本で活躍しています。2/3日本、1/3台湾くらいでライブ活動をしているようです。今回、劇中歌『恋恋豆花』を歌っています。

編集部 先にお母さん役の大島葉子(はこ)さんが決まっていて、あとでモトーラ世理奈さんが決まったとどこかで見たのですが、実際は?

監督 台湾を舞台に映画を作ろうかなと思った時に、ある機会に葉子さんとお会いして、とてもナチュラルであまり女優ぜんとしていなくて面白いと思って、映画の中身決めていないけど、次出てねって言ったんです。それからストーリーを決めてから、娘役のオーディションをやったんです。有名な人も含めて2000人くらい集まりました。その中にモトーラ世理奈も来ていて、独特な個性でインパクトがありました。最終的に決める時は葉子さんも呼んで、葉子さんと芝居をさせて、「どう?」って聞いたらモトーラがいいということで決めたのですが、モトーラ以外は質感がみんな似ているんです。最終的に5人残ったのですが、モトーラありきか、それ以外を選ぶかという感じでした。

編集部 最後に残った人たちは、別の役で出ていたりするのですか?

監督 いや、出ていないです。その役でオーディションをしているわけですから、今回は他の役に振ってはいないです。

編集部 お父さん役の利重剛さんですが、彼はどのように。

監督 彼は高校時代から知っています。ずっと知っているのですが、電話したら「やっとオファーきたか」と言われました。彼は監督でもあるので、僕の映画をずっと見てもらっていました。

編集部 利重さんは、私の中では監督のイメージだったんですが…

監督 彼は「相棒」で犯人役で出ていたりしていますね。CMも多いですし。

編集部 キャスティングというのは、この人だったからピッタリとかありますよね。

監督 重要ですよね。キャスティングが決まった時点で、ほとんど映画は決まるというけど、そう思います。

編集部 台湾の方はどのようにしたんですか?

監督 主にはティエンとヴィッキーですね。今回の台湾行きでもティエンに会ってきたのですが、ティエンは今、相当出ていますね。『若葉のころ』では主人公の若い頃を演じています。
*石知田/シー・チーティエン 潘之敏/ヴィッキー・パン・ズーミン

編集部 シー・チーティエンの出演作『軍中楽園』『私の少女時代-Our Times-』も観ています。でもどこに出ていたのか思い出せない(笑)。再度観てみたらわかるかも。ヴィッキーさんの出演作『河豚』『粽邪』は観ていないです。
*2/16に『河豚』の上映会があり行ってきました。今関監督もゲストで来ていました。

監督 シー・チーティエンは4月3日に公開される『悲しみよりもっと悲しい物語』(韓国映画のリメイク版)にも出ているし、二人は大陸の映画にも出ています。

編集部 バックパッカー役の椎名鯛造さんはどうですか?

監督 彼は『中学生日記』や『キッズ・ウォー3』の子役で活躍したあと、『最遊記歌劇伝』『刀剣乱舞』『刀剣乱舞 -継承-』など2,5次元などの舞台を中心に活躍しています。彼はピンポイントで人気ありあす。アニメおたくとか。台湾のファンもいます。
モトーラ世理奈は台湾でも有名ですね。モトーラが出るというので、台湾のキャストが出てくれたというのもあります。

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(C)映画「恋恋豆花」製作委員会

★これからの作品の予定は?

編集部 前作がロシアなどで撮っていて、今回は台湾。次の作品は?

監督 僕はロシアで撮ったり、ウクライナで撮ったり、今回は台湾、日本に近づいています(笑)。けど、もう一本、台湾で撮りたいというのと、ヨーロッパ圏でもう1回撮りたいという思いがあります。2つ迷いつつ台湾で撮りたいという構想はあるので、それで今回、台湾に行ったというのもあります。台南の方でイメージするものがあって、基隆と台南、両方に行ってきたのですが、構想中という感じ。日本で撮るというのは、今、思い浮かばないです。海外の方が楽しいです。台湾は南に行くほど人がやさしくなるし、味付けが甘くなる感人じ。台湾の人いわく「南に行くほど味付けが良くなる」と言っています。

編集部 私は台北のあたりにしか行ったことがないので、台北以南のことは映画でしか知らないので、ぜひ機会があれば行ってみたいと思っています。侯孝賢監督の作品に影響を受けて九份とか金瓜石、基隆、平渓線沿線ばかりに行っているので。

監督 侯孝賢監督と撮るのけっこう大変みたいですね。向こうのスタッフとかプロデューサーに会っていますけど、リテイク多くて泣くって言っていました。侯孝賢監督とずっとやりたいという人と、もうやりたくないという人と分かれるようです。いわゆる予定通り終わる人でないので、撮影終わって編集しているのにもう一回撮り直しするとか、あり得ないことを言い出すので、プロデューサーも心して撮影にインしないと無理なので、彼につく人は肝をすえてやらないと、ということのようです。次の仕事を入れていたりするとだめなんです。次、空けておかないと、まだ撮る、まだ撮るというタイプなので。そういう意味では粘る監督です。僕は『ミレニアム・マンボ』に関しては観ていなくてやっと観たんですが、けっこうはまって、それで、この間、そのロケに使った歩道橋を見に行って、撮影してきたところです。

*編集部 私も2月に見てきました。
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編集部 スーチーが出ていた作品ですよね。彼女は台湾の人だけど、香港映画で有名になりましたし、シルヴィア・チャンなんかも台湾出身だけど香港映画で活躍しているように、日本の俳優さんでも台湾で活躍したりとか、けっこうアジア圏ではそういうことがありますよね。

監督 言葉の問題が多少ありますが、香港が今、ゆれているけどそういう影響もありますね。台湾もそういう状態になってしまうかもしれないということがありますね。僕が台湾に行っていた時は、ちょうど選挙戦の時で、ただ見ていただけなのに旗を渡されてしまったんですが、街をあげて大騒ぎでした。中国側につくタイプの人か、そうでないかで大接戦です。高尾の方の人なんかは中国側についたほうが得だと思っている人も多いですが、そうだと国が失われてしまう国家の危機というのがあるので、いまの総統につくという人と半々という感じです。どうなるんだろう。シリアスな問題です。
俳優や監督も、SNSで台湾は1国だと主張するような人は中国では働けないし、みんな言いたいけど言えない状態で悩んでいます。言っている人もいますけど。中国でも仕事をしようと思うと、その問題はデリケートです。

編集部 日本人はそのへんのことあまり知らないですよね。

監督 これだけ日本からたくさんの観光客が行っているし、人が行き来しているのに、僕も台湾に行くまで台湾の大使館がないというのを知らなかった。中国にならって国として認めていないわけですから、非常に複雑ですね。

編集部 台湾の話ばかりになってしまいましたが、監督が台湾にはまってしまったきっかけはなにかあるんですか?

監督 僕は甘党なのでスイーツですね。タピオカミルクティはもちろん日本でも飲んでいたけど、そんなでもないんですが、愛玉子 (オーギョーチー) とか豆花とか含めて好きです。オーギョーチーなんか、材料を買って自分で作ったりしましたから。あれ作った日本人はあんまりいないと思いますよ。原料の実をガーゼに包んで、水の中でグニュグニュすると寒天状のものが出てくるんです。そういうのにはまって、台湾好きになっていったというところがありますね。映画でなくて、台湾話、もっとしたいですね。

編集部 はまると台湾通いになりますよね。

監督 台湾の映画もたくさん観るようになりました。台湾の映画クオリティ高いし、むしろ日本の映画のほうが遅れていると実感しています。

編集部 そういう意味では、コラボレーションとかあると面白いですね。

監督 この映画を台湾で上映する時に、なんか台湾の方のと一緒に上映するとか、仲良くなった監督も何人かいるので、一緒にやってもいいかなと思っています。

編集部 最近、若手の人多いですよね。

監督 多いですね。がんばっています。面白いし。すごいです。インディーズで撮っている人もいるし、みんな苦労しながら撮っていますよ。

編集部 この『恋恋豆花』も、大手の会社というのではなく撮ったのは?

監督 そうですね。自分で自由に撮りたいなというのがありますね。もちろん大手もいいけれど、自分の大好きな台湾で、スイーツで、自分のテリトリーでやりたいというのがスタートではあります。

編集部 ありがとうございました。

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