『サタンタンゴ』 タル・ベーラ監督来日記者会見

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ハンガリーの巨匠 タル・ベーラ監督が4年の歳月をかけて1994年に完成させた7時間18分におよぶ伝説の作品『サタンタンゴ』。この度、製作から25年を経て、4Kデジタル・レストア版が日本で劇場初公開されるのを記念し、タル・ベーラ監督が来日。9月14日(土)、記者会見が開かれました。

サタンタンゴ
原題:Satantango
監督・脚本:タル・ベーラ
共同監督:フラニツキー・アーグネシュ
原作・脚本:クラスナホルカイ・ラースロー
出演:ビーグ・ミハーイ、ホルバート・プチ、デルジ・ヤーノシュ、セーケイ・B・ミクローシュ、ボーク・エリカ、ペーター・ベルリング

ハンガリーの寒村。雨が降り注ぐ中、死んだはずのイリミアーシュが帰って来る。彼の帰還に惑わされる村人たち。イリミアーシュは救世主なのか? それとも?
悪魔のささやきが聴こえてくる・・・
シネジャ作品紹介

1994年/ハンガリー・ドイツ・スイス/モノクロ/1:1.66/7時間18分
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/satantango/
★2019年9月13日(金)より、シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開


◎タル・ベーラ監督来日記者会見

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司会:まずは、ひと言、ご挨拶を!

タル・ベーラ監督:
 ハロー! 今日は来てくださってありがとうございます。
(ほんとに、ひと言! え? と呆気に取られますが、監督は「go ahead!」と涼しい顔)

◆人間の根本は同じ 世界どこでも反応は変わらない
司会:本作が完成されてから25年間、世界の各地で上映に立ち会われてきましたが、国によって反応の違いは?

監督:文化、歴史、宗教、肌の色などが違っても、どこの国でも同じリアクション、同じ質問を受けました。ロサンジェルス、中国、タイ、韓国、ポルトガル等々、なぜか同じ反応でした。人間の根本を描いているからかもしれません。
人間の存在、人間関係、時間と空間を組み合わせて過去を振り返るなどの観点で掘り下げたものを、皆さん理解してくれて嬉しい。
私は芸術を信じてないし、私自身、芸術家という言葉は好きじゃありません。私は労働者です。作品を作るときには、人間の存在、世界がいかに複雑であるかを見せる努力をしてきました。
25歳のモノクロは、歳月が経っても人々に同じように受け止められています。時が経って、ある種の物差しになっていると感じています。

― 自分を労働者だとおっしゃいましたが、会社や資本家のために働く労働者ではないと思います。込めた思いは?

監督:public workerです。収益のためでなく人々のために働く公的な労働者です。

◆デジタル映画には違う言語の可能性があるはず
― 今回、デジタルリマスターに変換して、フィルムと違うと感じたことは?

監督:とても奇妙でした。35mmフィルムで撮って、誰にもデジタル化を許可しなかったのですが、25年経って、よし、やってみようと。 すべてのフレームをちゃんと見て、その結果、ほぼフィルムに近い『サタンタンゴ』が出来たけれど、やはりフィルムとは違う。
ワールドプレミアとしてベルリンで上映したのですが、人気を博しました。25年経って、毎年毎年、この作品を好きになってくださる方が増えているのを感じます。
私はフィルムメーカーだと思っていましたので、35mmのセルロイドが好きです。
デジタルカメラで撮るとき、フィルムカメラと同じように撮影するのが問題。今のデジタル作品を観ると、フェイクのフィルム作品を作っているのではと感じています。デジタルならではの撮り方があると思う。違った可能性があると思うのです。誰かが新しいデジタル言語を作ってくれると信じています。

― 7時間18分、すべてご自身でチェックを?

監督: はい、もちろん全部自分でチェックしなくてはなりませんでした。技術者のことを信頼してないからね。アメリカの会社のチームに猜疑心を持ってました。映像や音をちゃんと再現してくれるのかと。でも、とても楽しい作業でした。
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◆酒場のダンスは酔っ払って自由に
― 酒場でのダンスシーンが何度も出てきますが、振り付けや人々の踊り方はどのように?

監督:
実際にお酒を飲んでいただいていました。ダンスを踊れる技量があることはわかっていたのですが、完璧に酔っ払い状態で、自由に踊ってもらいました。ワンテイクでいいものが撮れたのは、私自身、実に驚きました。
それぞれの方が自分のファンタジーをそのシーンにもたらしてくれました。踊り方も違いました。
我々は状況をもとにフレームを構築しなくてはいけないのですが、恵まれていれば、新たにフレームを作らなくても済みます。
出演者の方に自由にしてもらえば、彼ら自身の人生を反映してもらえます。
一人一人にこうしてくれというより、100%良い結果になると確信しています。
自由であることは力。花咲くことができるし、そこに存在してもらえます。

― 酒場のシーンはワンテイクですが、最もテイク数の多かったシーンは?


監督:よく覚えていません。撮れたと思った時には、どれ位かかったか、どうでもよくなっています。
生命感にあふれる瞬間を撮りたいと日々闘っているのですが、そんな中でも大変だったのはイルミアーシュの演説のシーンですね。これだけは台詞がきちんと用意されていましたから。他のシーンは、状況に合わせて、人々が自然に反応する形で撮っています。

◆演出できない蜘蛛や猫を動かす

― 蜘蛛には、どのように演出されたのでしょうか?

監督:いい質問! 動物トレーナーの方に、蜘蛛に上から下に降りてくる方策を考えてもらいました。複数の蜘蛛がいて、そのうちの1匹でも降りてくればと。
美と真実は、ファンタジーとドキュメンタリーから得られます。すべてが偶然とはいかないけれど、蜘蛛を演出することはできないからね。

― 正しい状況を作れば、正しく動くとのことですが、猫は?

監督:
猫をトレーニングしなければなりませんでした。(少女エシュティケを演じた)ボーク・エリカは3週間、毎日猫とゴロゴロしていました。猫は少しずつ慣れてきて、エリカを引っ掻くこともありませんでした。音もたてませんでしたので、アーカイブから猫の泣く声や引っ掻く音などを持ってきました。猫にとってはゲームのような感覚でした。
猫が死んでしまう設定なのですが、獣医に薬を注入してもらって、眠りに落ちたところで撮影しました。眠りから覚めたときには安心して、ご褒美に餌をあげたけど、まだ薬が残っていて吐いてしまいました。


◆映画で伝えたいことは伝えきって監督を辞めた

― 映画に対する愛情をとても感じます。なぜ監督業を辞められたのでしょうか?

監督:約40年、映画を作ってきました。初めて作ったのは、22歳の時。作品ごとに新しい問いが生まれました。前に進むことを強要され、1作ごとに掘り下げてきました。そして1作ごとに自分の映画的言語を見出してきました。『倫敦から来た男』のあと、何か1本作ったらやめようと決め、『ニーチェの馬』を作って、伝えたいことは伝えきったので、もうこれ以上繰り返し作って行くことはないと思いました。同じことを繰り返しても飽きてしまう。
監督という仕事は、レッドカーペットを歩いたり、美味しいものを食べて、いいホテルに泊まることじゃない。作ったものを分かち合い、皆さんが観て、どう思うか知りたいから作ってきました。それはもう終わりました。
25歳の時に目を輝かせていたのが、だんだん輝きを失ってしまいます。
ほかにやりたいこともたくさんありました。
映画作りをまったく諦めたわけではありません。今は映画学校を設立して、私のもとで若い映画作家が育っています。
アムステルダムやウィーンでパフォーマンスなども行いました。
もう自分の中で物語性のある長編映画は終わりました。

最後にフォトセッション。
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早くしないと退場されますとせかされましたが、思いのほかご機嫌!


★取材を終えて

タル・ベーラ監督の来日は、『ニーチェの馬』公開の折の2011年11月以来8年ぶり。ハンガリー大使館で開催された記者会見に颯爽と現われた監督の姿を思い出します。『ニーチェの馬』を最後に56歳という若さで映画監督の引退を宣言した直後のことで、記者会見でもそのことが大きな話題となりました。映画界から引退するわけじゃない、後身の指導に当たるとおっしゃっていた通り、映画学校を設立。フィルムをこよなく愛するタル・ベーラ監督ですが、デジタルで新しい映画言語を語れる若手を生み出していくのではないかと確信したひと時でした。

「マイクは嫌い。マイクなしで」と始まったタル・ベーラ監督の記者会見。映画に対する持論をたっぷり語ってくださいました。
「映画が1時間半くらいの尺じゃなきゃいけないなんて、誰が言ったんだ」という言葉も飛び出しました。
最後に、「日本語だと、どうしてこんなに長くなるのかな」と、おっしゃったのですが、いえいえ、英語でも充分長くお話されていました。通訳の大倉美子(おおくらよしこ)さん、お疲れ様でした!

取材: 景山咲子







『記者たち 衝撃と畏怖の真実』 ロブ・ライナー監督来日記者会見

『スタンド・バイ・ミー』『恋人たちの予感』『最高の人生の見つけ方』などの大ヒット作をはなってきたロブ・ライナー監督。リンドン・B・ジョンソン大統領の伝記映画『LBJ ケネディの意志を継いだ男』を経て完成させた本格的な社会派ドラマ『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の公開を前に、初来日されました。

2019年2月1日(金)14:45~16:00
会場:FCCJ 公益財団法人 日本外国特派員協会
(東京都千代田区丸の内3-2-3 丸の内二重橋ビル5F)


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登壇者:左からロブ・ライナー監督、ダン・スローンFCCJ理事、ケン・モリツグ氏


『記者たち 衝撃と畏怖の真実』
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2003年3月20日のアメリカによるイラク侵攻。その理由の一つ「大量破壊兵器の所持」が、ねつ造だったことは今や明白だ。
だが、2001年9月11日の同時多発テロ後、ジョージ・W・ブッシュ大統領が愛国心をあおった結果、多くのアメリカ国民が、テロの首謀者であるビン・ラディーンとイラクのサッダーム・フセイン大統領が手を組んで大量破壊兵器を開発しているというマスメディアの報道を信じて疑わなかった。
そんな中、中堅の通信社ナイト・リッダーの記者たち4人は、政府の流す「大量破壊兵器所持」情報がねつ造ではないかと真実を追い求めた・・・
★2019年3月29日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー
作品紹介


記者会見

◎ロブ・ライナー監督
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◆嘘を根拠に戦争に突き進むことに怒り
今日はお招きいただきありがとうございます。アメリカのプレスよりも、アメリカ以外のプレスからの質問の方が面白いので期待しています。
ベトナム戦争のとき、徴兵される年齢でした。2003年、イラク侵攻に至る過程で、なぜこんなことが起きているのだろうと怒りを感じながらみていました。ベトナム戦争と全く同じように嘘が根拠になって戦争になるのは、なぜ?という疑問、そして、なぜ止められないのか?という思いから、この映画を作ろうと思いました。
世界中で抗議活動が起こって、私も妻とデモに参加しました。子どもが道路に飛び出して車にひかれるのがわかっているのに、それを止められないという無力な気持ちでした。

政府は、9.11同時多発テロ事件とサッダーム・フセイン大統領は何の繋がりもないのに、大量破壊兵器を保有しているのが見つかったという嘘をでっち上げました。
嘘だとわかっているのに、なぜ戦争を止められなかったのか・・・と、心を悩ませました。
当時のイラク侵攻は、9.11事件が起こって一般市民が恐怖心を持っていたのを当時の政権がうまく利用して、自分たちの目的のために使いました。

◆健全な民主主義は、独立した自由なメディアなくしては成立しない
元々ネオコンのシンクタンクが作った「米新世紀プロジェクト」の中で、ソ連崩壊後、スーパーパワーであるアメリカがどう自分たちの力を使えばいいのかを提示していました。9.11事件の起こる前に作られたものですが、その中で、すでにイラク侵攻が決められていました。

頭を悩ませてしまうのは、「米新世紀プロジェクト」に関わった人たちが決して知性がなかったわけではなかったけれど、あの地に西欧的民主主義を植えつければイスラエルを守ることができて、中東が安定するのではと考えていたことです。
そもそもフランスや英国が第二次世界大戦後に介入したけれど、シーア派、スンニー派と宗派も分かれ、民族も多様で、そういう地に西欧的民主主義を持ち込むのは無理だとわかっていたのに、政府は目的のために、国民の不安をあおって戦争に突っ走りました。
私としては、なぜアメリカの一般市民がこんなにも政府のつく嘘を鵜呑みにしたのかが検証したいことでした。

映画にする時、『博士の異常な愛情』のような風刺劇にするか、ドラマにするか、あれこれ考えましたが、いずれもうまくいかない。リンドン・ジョンソン米元大統領の報道官だったビル・モイヤーズのドキュメンタリーを観て、今回題材にしたナイトリッダーの記者たちのことを知りました。彼らは真実を知って一般市民に届けようとしたのに、皆に知らしめることができなかった。それはなぜなのか?が映画の基盤になりました。
映画の冒頭にも掲げた「健全な民主主義は、独立した自由なメディアなくしては成立しない」が作品を作った理由です。

◆トランプ大統領の登場で今に届く作品に

製作当時は、現代に響く作品になると思っていませんでした。トランプが当選して大統領になって、「メディアは民衆の敵。フェイクニュースを流している」とメディアを攻撃しています。彼のやり口は、権威主義的で、独裁政治そのもの。恐怖心を一般市民に植え付け、混乱させ、解決できるのは自分だけだと主張するものです。プーチンも同じ手口です。
独裁主義と民主主義の闘いのテンションが高まっている今こそ、ジャーナリズムが真実を伝えていかなければいけないと考えています。


◎ケン・モリツグ氏

映画を作ってくださって、ありがとうございます。
ナイト・リッダーで記者として働いていたので、胸の熱くなるような思い出が蘇りました。2003年当時には、ワシントンにいました。知られざる勇気ある記者たちの姿を伝えてくれたことに大きな意義があると思いました。
当時、このような記事が出ていたことを知らない人が多いのです。真実を伝えたくない政府が存在する中、ジャーナリズムは民主主義の為に真実を伝える必要があります。
私は安全保障ではなく、経済部に所属していて、2001年9月11日には、経済関係の会議があって、ニューヨークにいました。そのため、9.11同時多発テロの取材もすることになりました。
4人の記者がフラストレーションを持って、一生懸命いい仕事をしていたのに、彼らの声は誰の耳にも届かなかった。地方紙30紙には記事を送ってリアルな状況を伝えていたけれど、影響力のない新聞だとワシントンの権力者には届きません。
わくわくするような激動の時代でした。どんどんイラク侵攻を実行する雰囲気が色濃くなってきた時、「イラクに侵攻するとは信じられない」と言ったら、ワシントン支局長のウォルコットさんから「信じなさい、これから実際に戦争になるから」と言われました。
*注:ワシントン支局長のウォルコット氏を、映画の中ではロブ・ライナー監督が演じています。

◎質疑応答
― 日本は報道の自由が2011年に11位だったのが、阿部政権のもと、67位に下がりました。日本で、この映画はどのような評判になると感じていますか?
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監督:アメリカ以外で、自分が実際に反応を感じることができたのは、チューリッヒとドバイの映画祭と日本です。3カ国ともいい反応です。アメリカ国内よりも、国外にいらっしゃる方のほうが何が起きていたのかクリアーに把握し、イラク侵攻は間違っていると抗議活動も起こっていました。アメリカ国内では、まだ9.11のトラウマを抱えていて、メディアも政府に対して批判的なことをいうと非愛国的だとみられるのではと感じていると思います。日本での反応はいいものになると確信しています。自由な国として、この作品を認めてくださると思っています。

― ホワイトハウスから現実をゆがめるような発信が多いので、メディアの正当性が失われつつあると、監督はある番組で発言されていました。現政権に対する現在のメディアのスタンスは、2003年当時の状況と比べていかがでしょうか?

監督:トランプ大統領が当選して、国営メディアとも呼べるようなメディアがある一方、政府に対して反論しているCNNやワシントンポスト、ニューヨークタイムズといったメディアも存在しています。両方が存在している状態だと思います。
2003年とどう変わったか・・・ それが真実かどうか、きちんと精査されていなかったと思います。とはいえ、2016年の大統領選でも同様だったと思います。
アメリカのテレビ局CBSの社長が、「国のためにトランプはよくないけれど、CBSためには良い」と発言しています。つまり金儲けに繋がるということです。
今もトランプが取り上げられることが多いのですが、民主主義が崩壊しかねない存在として観ている場合と、単純に売れるから記事にするという場合があります。後者の場合でも、究極的に真実が市民に届くのであれば意義はあると思います。
1960年代以降のニュースがどんなものであったかを思い起こしてほしいと思います。それ以前は収益に繋がらなくても、公益サービスの一つとしてニュースは存在していました。1960年代に「60minutes」というCBS放送のドキュメンタリー番組が誕生して以降、ニュースが収益性に繋がっていき、プレゼンの仕方にシフトしていって、一つの商品のようになったように感じています。それでも、真実にたどり着くのであればいいと思ってはいます。
ただ、報道機関が大企業の傘下にどんどん入っているという状況があります。気を付けなければいけないのは、報道機関が独自性を持ってニュースを伝えているかどうかです。
あるコメディアンがメディアに向かって、「皆、トランプのことが嫌いというけど、ほんとは大好きでしょう。だって金儲けさせてくれるから」とジョークを飛ばしていました。このことをトランプ氏もよく知っています。まさに、ホワイトハウスにリアリティ番組のスターがいるような状況です。メディアは彼のことをどんな風に報道していいか模索している段階です。見たいメディアしか見ない人たちに、どう真実を伝えていくかが大事だと思います。

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最後の質問は、ケン・モリツグ氏から
ー近年は『スポットライト 世紀のスクープ』や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のような報道の真実について描いた作品が続いていますが、こういったジャンルの映画が確立されてきていると思いますか?

監督:それはどうでしょう。観客はひたすらキーボードを打つ人の姿を映画で観るより、爆発シーンを観たいのでは? でもこういった映画が真実に光を当てることができるのであれば、それは素晴らしいことだと思います。

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NHK BS1 3月22日(金)の「キャッチ! 世界のトップニュース」”映画で見つめる世界のいま”で、東京大学大学院教授 藤原帰一さんがロブ・ライナー監督にインタビューしていた中での発言を引用しておきます。

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市民が真実から切り離されていたら悲劇が起こります。
自由で独立したメディアがいかに大切かを語っています。
同時多発テロとイラクは全く関係なかったことをメディアはちゃんと伝えませんでした。
事実が明らかになった後でもアメリカの75%の国民は、サダムがテロと関係していたと信じていました。それこそプロパガンダの力です。
アメリカ以外の国では、この映画を理解してくれました。
アメリカでもいい反応も得られましたが、気に入らないという人も多く、反愛国的映画だと思われました。
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一度植えつけられた情報は、なかなか変わらないことを物語っています。
サッダーム・フセインは独裁者で悪魔、だから処刑されて当然と思われています。
擁護するわけではありませんが、サッダーム・フセインが大統領だった時代、イラクでは教育も行き届き、女性も社会で活躍していました。
様々な勢力がせめぎ合い、未だに落ち着かないイラクを見ていると、部外者のアメリカの勝手な思惑で、気に食わない独裁者を倒した後のことも考えずに侵攻したことに憤りを感じます。

そして、このイラク侵攻、お馬鹿なジョージ・W・ブッシュ大統領を裏で操り、実行させたのがディック・チェイニー副大統領。
その悪名高き副大統領を描いた映画『バイス』も、4月5日(金)からTOHOシネマズ 日比谷他で全国順次公開されます。
ぜひ、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』とセットでご覧ください。 

   取材:景山咲子

『フロントランナー』主演ヒュー・ジャックマン来日記者会見

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失墜した大統領選最有力候補を描いた映画『フロントランナー』が2月1日から公開されるのを前に、主演のヒュー・ジャックマンさんが来日し、記者会見が開かれました。昨年の『グレイテスト・ショーマン』以来の来日です。

2019年1月21日(月)日本記者クラブにて
 司会:伊藤さとりさん


フロントランナー
  原題:The Front Runner
監督:ジェイソン・ライトマン

1988年、米国大統領選挙の民主党予備選で、最有力候補(フロントランナー)に躍り出たゲイリー・ハート上院議員。ハンサムでカリスマ性があり、ジョン・F・ケネディの再来とまで言われたハートだが、不倫疑惑を報じられ、大統領選から葬り去られてしまう。
その顛末を、様々な人の目線で追った物語。

2018年/アメリカ/1時間53分
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.frontrunner-movie.jp/
★2019年2月1日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー

シネジャ作品紹介





◎パックン、ゲイリー・ハートの魅力を語る

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ヒュー・ジャックマンさん登壇前に、ゲイリー・ハートという人物が、どれくらい人気があったのかを、ゲイリー・ハートとゆかりのあるパックンことパトリック・ハーランさんが、資料映像を見せながら熱く語ってくださいました。

パックン:ゲイリー・ハートを知らない方のために、歴史的な事実を紹介したいと思います。時は1988年、場所はアメリカ、コロラド州。若くて、カッコ良くて、頭が良くて、勢いがあって、世界を変えようとしている男がいました。それが、この僕です。18歳になって投票権が手に入る年になりました。その僕の目に入ったのが、頭が良くて、カッコいいゲイリー・ハート。当時、民主党大統領候補。アメリカでは、大統領に同じ候補が3回続けて選ばれることはまずないと言われてましたので、レーガン副大統領は2勝しているし、ジョージ・ブッシュ氏の当選もまずないと思われていました。民主党候補がそのまま当選するだろうと思われていた時のフロントランナー、最有力候補だったのがゲイリー・ハートでした。弱者を守るカッコいい性格、弁が立つ、話がうまい、若者のハートをつかむハート。そんな大統領候補に僕も魅了されて、一生懸命応援していました。それが、それまで絶対越えてはいけないと言われていた痴情を一線を越えて報じたことによって、彼の運命が一瞬にして変わり、若者の夢が一夜にして消えてしまいました。今も、その時のがっかり感が残っている位、胸に抱えています。

司会:実際にゲイリー・ハートさんの活動をご覧になっていたのですね。どれ位、人気があったのですか?

パックン:
一つ前の1984年の時に彼が圧倒的な勢いで上り詰めたけど、当時は重鎮中の重鎮、カーター大統領時代の副大統領のモンデールがいて彼は候補になれなかった。その時、話題になったのは、ゲイリー・ハートは、コロラド州の隅々まで行って、いろいろな人とやりとりして、どんなことにもアドリブで答えてくれて、雄弁な彼に魅了されたのは、僕だけじゃない。

司会:彼が政治から退いたことについて、どう思いますか?

パックン:
複雑な気持ちです。浮気もしく浮気疑惑だったのですが報じられてしまいました。でも、歴代の大統領も皆、女性がいました。男性の愛人がいた人もいる。200年の間、浮気しても報じないという紳士協定があったのに、ゲイリー・ハートの時に初めて報道されて落とされてしまった。今の時代、浮気どころか、複数の女性から性的暴力を訴えられても、ほとんど無傷。彼だけが貧乏くじを引いたのか。
メディアと政治家の関係は、いまだにどうあるべきなのか、どこで線引きするべきなのか、課題は続いていると思います。


●ヒュー・ジャックマン 政治家とジャーナリズムの関係を語る


いよいよヒュー・ジャックマンさんが爽やかに登壇。
オハヨウゴザイマースと言いながら登場し、檀上へ。

【挨拶】

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オハヨウゴザイマース
皆さん笑ってますが、発音どうでしょう?
アリガトウゴザイマス
また素敵な東京に来られて嬉しいです。
ご存知のとおり、素晴らしいジェイソン・ライトマン監督の映画を、ぜひ皆さんに観ていただいて楽しんでいただきたい。そして、今、話し合うべき議論をしてほしいと思っています。

司会:
また来日してくださって、ありがとうございます。


ヒュー:My pleasure, my pleasure 


◆会場とのQ&A


*白黒つけていないのが気に入った
― ゲイリー・ハートを主人公にしながら、群像劇になっています。ここ数作のイメージと違う政治家という役柄、是非やろうと思った最大の決め手を教えてください。

ヒュー:二つ理由があります。一つは、監督と仕事がしたかったから。『JUNO/ジュノ』(2007)や『マイレージ、マイライフ』(2009)、『サンキュー・スモーキング』(2005)など大好きな作品で、機会を待っていました。彼が演出するのは、白黒はっきりしない複雑なキャラクター。毎回、違うタイプのものにチャレンジされ、感慨深い作品を撮っていらっしゃいます。
二つ目は、ストーリーに惹きこまれたからです。最有力候補となってから政界から転落するまでの3週間の話。謎めいて知性のある、自分とは違う人物にチャレンジしたかったということもあります。いろいろな疑問が生まれると思うのですが、答えを出してないのが気に入りました。政治制度などについて、アメリカだけでなく世界中のことを考えさせてくれる。どの観点から見るかが大事だし、どの視点から見てもいいように自由に考えさせてくれる。そこがいいと思いました。
21歳で大学を卒業しました。専攻はジャーナリズムでした。俳優になってなければ、皆さんの席にいることもあり得たと思います。1987年の出来事は、政治とジャーナリズムの関係を変えてしまったターニングポイントで、今に繋がります。映画の中にもありましたが、このような記者会見の席で、「あなたは浮気をしていますか?」と言う質問は、かつてはありえなかった。深夜に路地裏で待ち伏せて質問することもありませんでした。それが初めて起きた出来事でした。

*ゲイリーは家族を守った
― ゲイリー・ハートさんは、表面から見ると失ったものばかりです。彼が何か得たものがあるとすれば何だと思いますか?

ヒュー:takakoさん、ありがとうございます。ゲイリーさんに聞いてみたら、答えてくれました。これは、自分の人生において一番つらい3週間の映画です。でも、その後もいろいろなことをやってきて、つい最近、妻のリーさんと61回目の結婚記念日を祝いました。大統領選を辞退したのは、家族を守りたかったのが一番大きな理由です。選挙制度の神聖さも守りたかった。辞退しない道もあったのではと言われているけれど、それはなかった。政治家とジャーナリズムの関係が、あの時点から変わっていったということが言えると思います。

*未来を見据える力のあった政治家
― 演じる上で膨大なリサーチをされたことと思います。スキャンダル発覚まで、彼が人気を得た一番の要因は?

ヒュー:すごいリサーチをしました。今回初めて、まだ存命の方を演じるので、ご本人がご覧になってどう思うかも気になるので、責任感もありました。
彼は当時も今も理想主義者。若い人に大きな影響を与える力を持っていました。若い人に支持されて、ケネディの再来と目されていました。変革ができる政治家といわれていました。一番優れていたのは、政治家として、10年、15年先を見ていたことです。
1981年、スティーブ・ジョブスがまだガレージでコンピューターを作っていた頃、彼とランチを取りながら、これからはコンピューターの時代と話して、すべての学校にコンピューターを入れるようにしようと語っています。
1983年には、アメリカはあまりにも石油にこだわりすぎているので、中東で戦争になりかねないと発言しています。
1984年には、ゴルバチョフと会って、レーガンがスターウォーズ計画を進めている中で、もう冷戦時代は終わっている。ロシアのいた空間がなくなった後に、中東で過激派が生まれると予測しています。
2000年には、テロの襲撃を受けると警告しています。
このような人が大統領になっていれば、違った世界になっていたのではないかと思います。ほんとに人々に愛された人でした。そして、より良い世界を築けた人ではないかと思います。

*即断が必要なSNSの時代

― ヒュー・ジャックマンさんは、SNSで素敵なメッセージを発していらっしゃいます。SNSのなかった時代と、SNSのある今、ジャーナリズムはどう変わったと思いますか?
ゲイリー・ハートが今政治家だったら、SNSをどう活用されたでしょう?


ヒュー:アリガトウゴザイマス。とてもいい質問ですね。ジョージ・ステファノプロスというクリントン大統領のコンサルタントだった人が、ゲイリーのシチュエーションはすでにいろいろなことが変わりつつあった時代と言っています。今は、どんな情報にもアクセスできる。政治家は単なる政治的リーダーとしてだけでなく、人から好かれて共感できる人物でないといけない。
リアルタイムでやっていかなくてはいけないので、CMなどで政治家をかっこよく見せていますが、裏側は雑然とした状況です。即断しないといけないので、反省するとか、考え直す時間がない。ジャーナリストにとっても、かつては締切まで多少の時間があったけど、今はすぐ書かなくてはいけない。
私は91年に大学を卒業して、ジャーナリストになることも考えたけれど、状況が変わりつつあって、仕事も減ってきているし、経験があれば書けるというものでもない。今では誰でもブログに書ける。質のいいものを書くのは、皆さん、どれだけ大変な思いをしていることかと思います。
もし、SNSがあったら、ゲイリーはたぶん気に入らなかったと思います。受け入れるしかないと思いますが、かつて、「あることをやろう」と決めようとした時、ホワイトハウスに8年いるつもりなので、その間のことも考えなくてはいけないと慎重な発言をしています。


フォトセッション
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記者会見の様子は、(白)さんのスタッフ日記でもどうぞ!

☆取材を終えて

「今では誰でもブログに書ける。質のいいものを書くのは大変なこと」と、記者席を気遣うヒュー・ジャックマンさんの言葉が、ぐさりと胸に刺さりました。
インターネット時代の政治家の在り方も、考えさせられました。
ヒュー・ジャックマンさんや、パックンから、ゲイリー・ハートさんの政治家としての魅力をたっぷりと聞くことのできた記者会見でした。
歴史に「もし」はないけれど、ゲイリー・ハートさんのような方が大統領になっていたら、違った世界情勢が展開されていたことと、ちょっと残念な思いがします。
そして、SNS時代に大統領になったとしても、ゲイリー・ハートさんは誰かさんみたいに、思ったことを単純にツィッターで発したりはしないだろうなと確信したひと時でした。(景山咲子)