『唐人街探偵 東京MISSION』 公開直前イベント

6月24日(木) アンダーズ東京
     (虎ノ門ヒルズ最上階52階 ルーフトップスタジオ)
登壇者(敬称略):妻夫木聡、鈴木保奈美、浅野忠信、三浦友和

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この作品は、中国の旧正月初日の2月12日に公開されるや、初日に約10.1億元(約164億円)の興行収入を記録。その歴史的・超ヒット作『唐人街探偵 東京MISSION』(原題:唐人街探案3)が、日本公開される。この作品はシリーズ3作目。1作目『唐人街探案』の舞台はタイ・バンコク、2作目『唐人街探案2』はニューヨーク。そして大ヒットシリーズ3作目の舞台は日本・東京。
中国の探偵コンビを演じるワン・バオチャンとリウ・ハオランに加え、妻夫木聡演じる日本の探偵、タイの探偵役トニー・ジャーも加わりヤクザ絡みの密室殺人事件解決のミッションに挑む。妻夫木聡は『唐人街探案2』の最後に出演。他にも中国で人気のある日本人俳優が出演している。

『唐人街探偵 東京MISSION』情報
出演:王宝強(ワン・バオチャン)、劉昊然(リウ・ハオラン)、妻夫木聡、トニー・ジャー、長澤まさみ、染谷将太、鈴木保奈美、奥田瑛二、浅野忠信、シャン・ユーシェン、三浦友和、劉徳華(アンディ・ラウ)
監督・脚本:陳思誠(チェン・スーチェン)
供:Open Culture Entertainment アスミック・エース 
配給:アスミック・エース

『唐人街探偵 東京MISSION』作品紹介 シネマジャーナルHP
『唐人街探偵 東京MISSION』公式HP

『唐人街探偵 東京MISSION』 公開直前イベント

7月9日(金)全国公開の中国映画『唐人街探偵 東京MISSION』(原題:唐人街探案3)公開直前イベントが、6月24日に開催され、事件解決率世界第3位の日本人探偵・野田昊役の妻夫木聡、双子の妹で検事の川村芳子役と、姉で裁判官の川村晴子役を一人二役で演じた鈴木保奈美、事件解決率100%のエリート警視正・田中直己役の浅野忠信、密室殺人事件の解決を野田に依頼するヤクザの組長・渡辺勝役の三浦友和が出席した。大がかりな日本ロケが敢行された撮影秘話が語られ、貴重な撮影話を聞くことができました。

完成した作品について

妻夫木聡「撮影は2年ほど前に実施。コロナで公開はだいぶ遅れてしまいましたが、日本が舞台なので、日本で公開されるのは心からうれしいです。完成した作品は、テンポ感も素晴らしく、こんなに日本で遊んでくれたのかと思うくらいに暴れまくってくれました」と語り、「中国語のセリフがいっぱいなんだろうなと思っていたんですが、台本を見たら翻訳機を付けててあんまりしゃべってないじゃんと拍子抜けしました。『唐人街探案2』が終わってからずっと中国語の勉強をしていたので、監督に言って日本語のセリフを中国語に変えたりしてもらいました」と、日中ハーフという役どころを示すエピソードを。

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鈴木保奈美「楽しい映画なので、日本の皆さんに観てもらえることになって、とてもうれしく思っています。最初、話をもらった時、『唐人街探案2』のニューヨーク編を観て、なんて面白いものを作っているんだろうと思い、これを東京で撮ったらどんな面白くしてくれるんだろうと楽しみにしていまして、非常にカラフルで、スピーディーで、結構ハチャメチャなんだけれど、何も考えずに笑って楽しめる作品だなと思いました。皆さんの熱演も素敵です。妻夫木さん始め、長澤さん、染谷君など、みんな怪演という感じで皆さんとてもステキでした」と微笑みながら語った。

浅野忠信「撮影も面白かったですが、出来上がった作品も腹を抱えて笑ったし、小さい頃に観たジャッキー・チェンの映画を思い出す懐かしさもありました。そんな映画に出られるのはめちゃくちゃうれしかったですね。だけど何で僕は悪者なんだろうと思いました」と苦笑い。

三浦友和「いろいろな言葉の違いがあって最初は大変だったんですが、慣れてくると映画を作るということに向かっていけるようになりました。詳しくは知らないですけど、日本の大作の10倍くらいの製作費をかけているわけですが、こういう感じは日本では撮れないと思いました。笑いのツボがちょっと日本とは違うかなというところもあったのですが、まあ楽しめるかなという作品になっています」

アジアの総力を結集して作られた壮大な物語ですが、撮影の中で驚いたできごとは? という質問に対して

妻夫木「見たことのない機材が多かったですね。最初の空港のシーンとか1週間くらい撮影していたのですが、プログラミングして撮っていて、ああ、人間がもう動かさないんだということがあったり、1千万円くらいかかるドローンを使用したり、どうしても渋谷交差点のシーンを入れたいんだということで、セットも1億円以上をかけて作っています。映画の為ならば何でもやるぞ!という気概を感じました」と高いクオリティ作りに感心しました」

鈴木「中国側のスタッフの皆さんが若くて才能のある、仕事ができる方ばかりでした。ほんとうに真面目に熱心に仕事をしていました。通訳さんもたくさんいて、私たちのことを尊重し、親切に丁寧に接してくれて感動しました。皆さんタイトなスケジュールで大変だったと思いますが、とても気持ちよく撮影できました。しかも皆さん日本のことが大好きで、個人、個人で仲良くなりたいと思える人たちでした。今、この場に中国側のスタッフがいないことが不思議なくらいです」

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浅野「監督のパワーがすごかったです。元々俳優をされていたみたいで、説明もうまくて、ちょっとしたニュアンスも見逃さなくて、力がみなぎってました。監督がやったほうが早いんじゃないかってくらい演出を含めてとてもわかりやすく、その熱量に僕も火が付きました」
*婁燁(ロウ・イエ)監督の『スプリング・フィーバー』に出演するなど、元々は俳優として活躍をしていた。

妻夫木「言われることもありましたが、監督の演出は言葉で説明するのではなく自分でまず演じてみて、こういう風にやってというんです。俺がやるより全然上手で、誰よりもわかっている監督がやるので、そこを目指してやらないといけないというプレッシャーもありました」

三浦「やっぱり監督のパワーに驚きました。監督の立ち位置も違うし、実際にものすごく才能もある人でした。この中で銭湯のシーンがあるんですが、日本じゃありえないことが出てきて『日本じゃ絶対ありえない』と抗議したのですが認められず、映画ができあがってみると、こういうふうな映画なんだからまあ成立はするかなと、良しとしています」

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印象的だったシーンとか撮影事項

妻夫木「やっぱり、また秋葉原で人気アニメ『聖闘士星矢』のコスプレ姿を披露するシーンですかね。プライベートでは絶対にすることはない、完璧なコスプレでした(笑)。あそこまで堂々とコスプレ姿で歩けたのはこの映画だからこそですね。秋葉原もあまり行ったことがなくてどんな街かわからなかったけれど、想像以上に訪れる人々を楽しませる街。役を通じて秋葉原を楽しませてもらいました」

鈴木「私は出ていないのですが、空港のシーン。名古屋のビルで撮ったのですが、すごい大がかりな撮影で、機材もすごく、またスピーディなアクション。監督がこだわっていて、もう一回、もう一回と言って、またやるの? これは大変だなと思いました」

司会「あの冒頭のシーンはどうやって撮られたのか、観た方きっと気になると思うんですよね。とてもスピーディですし、ハートダッシュがすごいんだけど、そこについていくのが楽しいと思えるように撮っていて、失敗は許されないようなそんなシーンでしたよね」

妻夫木「さすがにひとつのカットでずっと追いかけていって、一発で撮るのは難しいので、何カットも撮っていますが、上手につないでいますね。シーンを追いかけていますが、観てくださった方はわかると思いますが、1,5倍速くらいしているんじゃないかと思うくらい、皆さんアクションがめちゃくちゃ速いんですよ。昔の中国映画そうだったよねって思うくらいスピーディで、恐れを知らないアクションなんですよね。それくらい熱量たっぷりに仕上がっていますね」

浅野「浜離宮ですね。僕は初めて行ったので、日本にこんな綺麗なところあったんだというくらいびっくりしました」

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作品にちなみ「探偵に解決して欲しいことは?」という質問に対して

妻夫木「笑い話にしてはいけないけれど、コロナを解決してほしい!それが今一番思うこと」「もう少し映画に寄り添うとしたら、どうやったら宣伝を介して映画がヒットするのか、その方程式みたいのをみつけて解決してほしいです」

鈴木「今日のために履こうと思っていたお気に入りの黒いスカートが行方不明。探してほしい(笑)。かなり長い間探していて、こんなことしてちゃいかんと思って、別の洋服に着替えて来ました」と会場を沸かせた。

浅野「10代の頃に探偵に依頼したことがあるんです。おじいちゃんがアメリカ人で、ちょっとした情報しかなくて、会ってみたくて、それで探偵の会社に電話したら断られました」

司会「その後、他でみつけてくれましたね。まさか探偵に依頼していたとは思いませんでした(笑)」

三浦:しゃれになるものが思いつくかなくてと言って「おかしいと思っているのは、何でずっとオリンピックをやろうと思っているのかな」と東京オリンピック開催に疑問を呈し、「理由を話してくれない。理由も教えてくれないのは、何故なんだ? これを何とかして欲しい」とコロナ禍でのオリンピックに皮肉を。

司会「最後に、この映画を楽しみに待ってくれている方に向けて妻夫木さんからお願いします」

妻夫木「僕自身この作品を観終わってから、日本人である自分でさえも<こんな日本があるんだな>というような知らない日本が出てきて、新しい発見がありました。それは海外から見た日本という姿で、少し誇張された部分もあるんですが、そういう部分さえも笑わせてくれる熱量で皆さん今回の作品に挑んでいます。最後ホロリとさせてくれるところもあったりしますが、映画館がまるで遊園地になったかのような感覚にとらわれるくらいエンターテインメントな作品になっています。ぜひこの作品は劇場の大きな画面で観てほしい」と日本公開に期待を込めてまとめ、公開直前イベントは終了しました。
取材・写真 宮崎暁美


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イベント会場を出た東京タワーの見えるテラスで 公式写真より 

TBSドキュメンタリー映画祭 先行特別上映会&トークイベント [香港、沖縄、今と未来へ/香港2019×生きろ 島田叡]

日下部正樹監督×佐古忠彦監督「TBSドキュメンタリー映画祭」
先行特別上映会&トークイベント


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倉田徹・立教大学教授、日下部正樹監督、佐古忠彦監督、伯川星矢さん


2021年3月18日(木)より21日(日)まで「TBSドキュメンタリー映画祭」がユーロライブで開催されています。それに先立ち、3月15日(月)東京・渋谷LOFT9 Shibuyaで、民主主義が揺らぐいま注目される「香港、沖縄、今と未来へ」として『香港2019—あの時、何があったのか―』と『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』というテーマで先行上映とトークショーが行われ、日下部正樹監督、佐古忠彦監督、トークゲストが登壇し、映画の見どころについて話しました。

■トークゲスト
 日下部正樹監督(『香港2019—あの時、何があったのか―』/「報道特集」キャスター)
 佐古忠彦(『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』監督)
■ゲストスピーカー:倉田徹(立教大学教授)、フリーライター 伯川星矢(香港出身) 
■司会:皆川玲奈(TBSアナウンサー)

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・シネマジャーナルHP TBSドキュメンタリー映画祭情報
・TBSドキュメンタリー映画祭 公式HP
・『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』公式HP
 2021年3月20日 ユーロスペースほか全国順次公開
 2021年3月6日 沖縄桜坂劇場にて先行公開

当日はまず『香港2019—あの時、何があったのか―』 特別編集版上映後(10分程度)、日下部正樹監督、香港問題に詳しいゲスト倉田徹・立教大学教授、フリーライター伯川星矢さん(香港生まれ香港育ち)によるトークイベント。
後半は『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』2部作で戦後沖縄史に切り込み、最新作『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』が話題の佐古忠彦監督と、日下部正樹監督によるトークが行われた。司会は皆川玲奈さん(TBSアナウンサー)。

トーク前半

『香港2019—あの時、何があったのか―』

2014年に起きた民主化要求デモ「雨傘運動」、2019年の逃亡犯条例修正に端を発するデモ、2020年「香港国家安全維持法」が施行され民主化活動家とされた人々に実刑判決が下され、1997年の英国から中国への香港返還の時に約束されていた1国2制度が反故にされ、高度な自治が脅かされる香港で何が起きているのか…。

日下部監督はオレンジ色のジャンパーで登場し、「このジャンパーは、今、拘束されているジミー・ライ(黎智英)さんにもらったものです。ジミー・ライさんが1995年にアップルデイリー(蘋果日報)を創刊した時、私はちょうど香港支局にいて、ジミーさんにインタビューに行き、それいいですね。余っていたら売ってくださいと頼んだら、もう余っているのはないよ。私が着ているのをあげるよと言われ、ジミーさんが着ているのをいただいたものです。ジミーさんが収監されている今、とても意味をもつようになってしまい悲しい思いです」と意外な縁を最初に語った。
 
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日下部正樹監督:映画は、2019年報道特集でオンエアしたものをまとめたもので、ディレクターの努力のたわものです。日々の香港ニュースは衝突シーンとか、そういうのが主体ですが、その裏にはもっといろいろな事情やいきさつがあって、本編ではさらに深く紹介しています。
なぜこういう長い映画を作ろうと思ったかというと、日々の香港ニュースという形だと衝突シーンとかが主体になってしまい、それだけ観ていたら若者たちは暴徒としかみえないけど、長い映像になれば歌が生まれたりとかいろいろなシーンがあり、深く掘り下げています。理工大学の占拠のシーンなどは警察と真正面から対峙するというようなシーンもありました。結果的には警察にかなうわけがない。でも、そのすぐ後の2019年11月の区議会選挙では、これまでの香港では考えられないような70%の投票率で、民主化を掲げる人たちが80%を占め圧勝するわけです。これまでの香港では考えられないような数字です。これでいくらなんでも香港政府も中国共産党も耳傾けるだろうなと思ったのが2019年だったわけです。
これでいい方向に向かうのではないかなと思ったのですが、まずコロナで抗議活動が抑え込まれます。そして2020年6月に国家安全維持法の導入があり、ジミー・ライさんや周庭さんなどが逮捕されてしまった。これまで香港には高度な自治が認められていたのに、今年に入って全国人民代表者会議で香港の選挙制度が変えられてしまい、愛国人が香港を治めるという言い方で、香港の高度な自治が変わってしまった。香港にあった自由の質が変わってしまった。価値観が変わっていくのを感じていると危機感を語った。私の駐在時代、人生で一番楽しかった。自由というよりは、あそこは国家というのを意識しないで済む土地だった。昔のカイタック空港(啓徳空港)は、あんな狭い空港で分刻みで飛行機の発着があり、活気に満ちた街だった。
タイやミャンマーのデモ活動を見ると香港の若者たちの行動の影響を強く感じる。2014年の行動は「雨傘運動」と呼ばれているが、2019年の行動には名前がない。2019年からの抗議活動はまだ終わっていないのでまだ名前がついていない。今はまだ光が見えないけど、これからも香港を見ていきたい。『香港2019—あの時、何があったのか―』では香港の若者の姿を描いた。これに続く作品を作る時は、また違う世代を主役に描くかもしれないと、日下部監督は次回作への思いを語った。


倉田教授:これはわずか2年前の出来事です。香港研究を20年以上続けてきたけど、この2年で予想もしないような大きな抗議活動が起こりました。そしてコロナ禍、国家安全維持法の施行と、若い人達の命がけの姿を大きな画面で観せていただきました。
これまで香港の区議会選挙というのは生活問題を扱うことがほとんどで、投票率も40%程度。地元の有力者を選びましょうというような形の選挙でした。でも2019年11月の選挙はこれまでとはまったく違う形の選挙になりました。あの時の区議会の選挙は単純に一種のデモなんですよね。民意をを数字でわかる形で出そうと。投票した人が300万人を越え、その中で民主派が200万人を越え、投票所に長い行列を作って投票をするという香港の人々を見て、これこ民主主義を求め、人々が立ち上がった選挙だと思い、これこそ民主化運動だと思いました。と香港にとっての2019年の意味を語った。しかし、2020年6月の国家安全維持法の施行により、政権に歯向かうことや、外国との連携が恣意的に禁止され、抗議活動ができなくなってしまい、さらに先日の全国人民代表者会議では香港の選挙制度を変える決定が推し進められ、国家の安全という言い方で中国政府のお墨付きの人しか選挙に出られないしくみを作ってしまった。中国政府はもともとそういうことを狙っていたかもしれないけど、香港返還以来30年ははっきりとは出してきてなかったから、香港はその中で夢を見てきていたのにそれが全部打ち消され、香港にとって不幸な時代になってきてしまった。逃亡犯条例、国案法、選挙制度の変更と中国という巨大な権力が、今後どうなっていくのか想像もつかない。それを知るためにも香港を注視する必要があると語っていた。

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伯川星矢さん:この特別編のデモの現場の映像を観て、もう2年たったんだという思いと、今の現状を考えるとありえないことが日常になってしまっているという思いがおこりました。本来であれば、自由の都市香港の人たちが街に出てきてデモをしている。そうして今は街に出られなくなってしまった。どうしてこうなってしまったんだろうと、香港人の一人として改めてそう思わざるを得なかった。
2019年の区議会選挙では、私も香港人の一人として投票しに行きました。これまで地元の親中派の人たちに有利だったんですが、2019年の選挙では若い人たちが多く当選し、これまでの選挙を覆しました。そこに希望を感じた瞬間でもありました。その時、警察に封鎖された香港理工大学に新人議員たちが入ろうとしたが入れなかった。しかし若い人たちが香港の民意に答えようと香港全体の議題について考え、動いたのは新しい動きだったと、2019年の区議会選挙のあとの香港について語った。
去年12月に香港に入ったけど静かでした。政治的な影響というより、コロナの影響で店舗がなくなってしまっていた。実家の近くに警察の寮があるけど、そこの塀が高くなっていて、監視カメラも多くなり、電気もこうこうとつけるようになっていました。市民が襲ってくるのを恐れているのかと思いました。
自由を売りにしていた香港が、不自由な場所となって自ら光を消すような場所になってしまうのかと思った。中国のようであって中国でない、国のようであって国ではない。そんな香港の立場がどうなっていくのか。経済都市である香港の価値が下がってしまえば、中国にとってもマイナスだし、香港人としてのアイデンティティも揺れている。
“今日の香港、明日の台湾”といわれているが、香港人は香港の姿を世界に知ってもらうことで、中国式統治はこういう形なんだと示しているのかもしれない。台湾に1国2制度を導入したらこうなると、自分たちの姿を通して暗示しているとも思う。今、希望は見えない。どうなっていくかわからない。でも香港人は賢く生きていけるかも。海外にいる香港人も、各々の活動を通して違う風景をもたらすこともあるかと期待していると語った。

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*参照 
シネマジャーナルHP、香港雨傘運動、香港民主化運動を扱った、作品・監督インタビューなどの記事

・『革命まで』 2015年 香港
山形国際ドキュメンタリー映画祭2015にて
郭達俊(クォック・タッチュン)監督&江瓊珠(コン・キンチュー)監督インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2016/kakumeimade/index.html

・『乱世備忘 ― 僕らの雨傘運動』 香港/2016年
山形国際ドキュメンタリー映画祭2017にて  
アジア千波万波 小川紳介賞受賞
陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー 
http://www.cinemajournal.net/special/2018/yellowing/index.html

・『乱世備忘-僕らの雨傘運動』立教大学での先行特別試写会に陳梓桓(チャン・ジーウン)監督登壇 2018年07月15日
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/460534957.html

・『乱世備忘 僕らの雨傘運動』 陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー(公開時)2018年07月22日
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/460641864.html

・香港・日本合作ドキュメンタリー映画 「BlueIsland 憂鬱之島」 クラウドファンディング
陳梓桓監督 最新作完成のため
http://cinemajournal.seesaa.net/article/480944683.html


後半

『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』

3月6日(土)沖縄・桜坂劇場の先行公開で、大ヒットスタートだった佐古忠彦監督の最新作『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』の予告編が上映され、佐古忠彦監督と、引き続き日下部監督が登壇し、後半のトークイベントが始まった。
*沖縄の戦後史に取り組んだ『米軍(アメリカ)が最も恐れた男その名は、カメジロー』『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』の2部作を作った佐古忠彦監督の最新作が『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』

「住民側から戦争を描いた作品は数多くあるが、『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』は権力側の人間から見た戦争を描いている。

日下部監督の賛否両論あるけどという問いかけからトークは始まった。

佐古忠彦監督:内地、本土から行政官として戦前、戦中最後の沖縄県知事として権力側の人間として批判される立場ではあるけど、権力側にいた人間も個人としての姿、人間の姿があるはず。どういう立場でもって何をなした人なのか。昔話かもしれないけど、今日的なテーマも含まれている。
そして現代にも通じる“リーダー論“というテーマもあるんだろうなと思います。官僚はいかにあるべきかという視点もあります。
主人公の島田叡は写真数点が残るのみで、本作で使用されている映像資料は全てアメリカが撮影した資料(1フィート運動によって集められた)。数点の写真しか残されていない中で、どう島田叡という人物を描き出すか。それが自分の挑戦だと思った。沖縄戦の経過は陸軍や海軍の電文などによって戦況がわかるように描いている。今回牛島司令官が島田知事にあてた手紙の写しなども出てきます。そういうところに歴史の謎を解く鍵が含まれています。歴史の評価というのも描いています。住民にとっての戦争も描いていますが、官僚から描いたというのは珍しいと思います。摩文仁の丘の慰霊の塔に、この島田叡さんの名前も彫られています。あの戦争直後の日本軍や日本政府に対する沖縄の人達の感情からすると、ここに厳しい目を向けられるべき本土の人間なのに(内務省から指令を受けて沖縄を統治する県知事として沖縄に来た)、ここに名前が残されているということにどんな意味があるかに着目。島田叡という人は軍の権力の前で抗っていたということだと思います。
沖縄の人たちは戦場になり右往左往させられたわけだし、生きるということ。命と向きあった人たちの物語ともなっています。迷い苦しみ、なんのために生きるのか。現代にも通じる命の大切さを伝えたい。22人の方の証言を入れているのですが、その中の一人が少年兵として沖縄戦を戦った元沖縄県知事の大田昌秀さんです。軍と県の関係で悩んだ島田さんですが、大田さんも時を越えて、その問題に苦しんだと思います。
沖縄戦というのは、問い返すべきものがたくさんある。命に向き合った人々の話は、必ずや皆さんの心の中に何かを残してくれると思います。多くの人にご覧いただきたいと思っていますと佐古監督が本作にかける思いを語り、会場は大きな拍手に包まれた。

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日下部監督:沖縄と香港、台湾、朝鮮は境遇が似ている。同じ国の中にいるけど、自分たちとは違うという意味で近いところがあると思う。またそういう意味で戦前戦中に体制の側にいた人については厳しいまなざしを持たないといけないけど、体制側の人間と決めつけてしまうと見えなくなってしまこともある。行政官の中には、内地でがんじがらめだったので、台湾や満州などでは自分の行政官としての理想を追っていた人も数少ないけどいた。こういう人もいると紹介すると、日本は植民地でいいこともしたじゃないかと言う人に利用されるのは怖いけど、でもそういう事実も提示していかないとと思います。
沖縄の人たちに対して私たちはどれだけの重荷を負わせてしまっているか。沖縄の地上戦というけど、あれも軍の判断ミスですよ。軍はフィリピンの次は台湾だと、軍の資材を沖縄から台湾に移してしまって、それで沖縄の悲惨な地上戦になってしまったわけですから。そして多くの沖縄の人たちが犠牲になったその責任は誰も取っていない。歴史を知るには様々な視点から見ることが大切と示してくれるような作品と語った。

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 TBSドキュメンタリー映画祭は、3月18日から4日間、渋谷のユーロライブで行われ、『香港2019—あの時、何があったのか―』は21日に、『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』は18日に上映されます。また20日からユーロスペースで公開されています。

・シネマジャーナルHP 特別記事
『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』
佐古忠彦監督インタビューはこちら





ジャーナリスト安田純平氏登壇!『ある人質 生還までの398日』 トークイベント

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日時:2021年2月7日(日)
場所:ユーロライブ (渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F)
登壇者:安田順平さん(48)ジャーナリスト  聞き手:森直人さん(映画評論家)


『ある人質 生還までの398日』は、デンマーク人の写真家ダニエル・リューさんが、取材先のシリアでIS(イスラム国)に捕らわれ、2013年5月から翌2014年6月まで、398日間におよぶ拘留期間を経て、家族等の協力のもと奇跡的に生還した実話に基づき映画化した作品。
作品紹介
2月19日(金)からの公開にさきがけ、渋谷・ユーロライブで一般試写会が開かれ、上映後のトークイベントにジャーナリストの安田純平さんが登壇。2015 年から3年4カ月にわたってシリアで人質となり無事解放されたご経験から、本作を語ってくださいました。

まずは、映画評論家の森直人さんが登壇。

森:2月19日にヒューマントラストシネマ渋谷と角川シネマ有楽町で初日を迎える『ある人質 生還までの398日』をご覧いただきました。
本日は、2015 年6月から3年4カ月にわたってシリアで武装勢力に拘束され、その後解放された安田純平さんをお招きして、この映画をご覧になって感じたこと、ご自身のご経験を語っていただきたいと思っております。

安田さんをお呼びする前に映画について解説させていただきます。
監督は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で知られるニールス・アルデン・オプレヴさんで、デンマークの方です。凄惨な拷問シーンが続く構成で、過酷さが生々しく伝わってきますが、恐怖映画やスリラー的に消費することを戒め、安易な感動や興奮や刺激や情緒を抑制する意図がはっきりしています。これは問題提起の映画だと思います。なぜこういうことが起こったのか、その背景をできるだけきっちり押さえることが重要だと思います。日本人ジャーナリストもこれまで何度も悲劇に見舞われました。
それでは、安田純平さんをお招きします。

◆アメリカ人ジェームズは周りを気遣う人だった
森:今、上映後で、お客様も人質になったダニエルさんの拷問シーンなどで大きな衝撃を受けていると思います。ご覧になった率直な感想をお聞かせください。

安田:私は2012年にシリアの内戦の取材をしていまして、そのときに、映画に出ている亡くなってしまうアメリカ人のジェームズと同じ部屋に一週間くらい宿泊していまして、色々話をしました。映画の中で彼が話をしているのを観るだけで、ずっとジェームズを観ているような状態でした。彼がほんとにカッコいいんですよ。映画を観ておわかりだと思うのですが、ずっとまわりを励ましてました。
私が取材に行った時も、政府軍の戦車砲がボンボン飛んで亡くなった人がいたのですが、彼は先に入っていて、自分はもう結構取材してるから先に撮っていいよとか、あそこでこういうのが見られるよとか色々教えてくれたり協力してくれたり、ほんとに紳士的でした。山本美香さんという日本人が2012年の8月に亡くなったのですけど、ジェームズがアレッポの近くにいたので連絡とったら、いろいろ情報を送ってくれました。山本美香さんが亡くなった時の動画も送ってくれたのですが、彼女が契約していた日本テレビはまだ動画を入手してなくてすごく感謝されました。仕事というわけでもなく、色々やってくれました。その年の11月にジェームズは拘束されて、どうなるのだろうと思っていたら、あのようなことになりました。


森:ジェームズがもう一人の主役とおっしゃられたのですが、例えば彼がチェスを自作して、極限状態の中で正気を失わずにどうやって時間をつぶすかということも浮かび上がってきましたね。

安田:状況がすごく悪いので、どうしても悪いように捉えてしまいます。そうなってくるとだんだん精神的にも弱って身体も弱ってきます。何も考えない時間を持つことが大事で、ゲームをしながら気持ちをリセットしてということを考えたのかなぁと思います。


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◆シリアの反政府勢力はIS(イスラム国)と一線を画したい
森:この映画や、安田さんが書かれた本を読んで、報道と実体のギャップということもすごく考えました。時期的にいいますと、ダニエルさんの事件があった後、入れ違いのように安田さんが拘束されましたね。シリアの武装勢力の勢力図や社会状況にかなり変化があったと考えてよろしいでしょうか?

安田:イスラム国が大きくなったのは2014年正月1月からですね。シリアからイラクに入っていって大きな街をどんどん占領してデカくなった。それまではまだおとなしくしてました。アルカーイダは元々イラクで無茶苦茶やって追放されて、シリアに入って復活して、それがまたイラクに戻ってデカくなった。2014年にデカくなった後に、ジェームズの殺害映像とかを出して本性を現した。2014年の頃はどんどんデカくなっていて、これからどう対応しようかと世界的に問題になっていた時期です。私が入った2015年は、後藤健二さん、湯川遥菜さんがああいった形で殺害された最後のケースだと思うのですけど、多くの国や、シリアのその他の武装組織がイスラム国との対決を始めていた時期でした。

森:その辺の理解が僕も含めてはっきりわかっていないところがあります。安田さんを拘束していた武装勢力の正体はまだはっきりとわかっていないと考えてよろしいでしょうか?

安田:シリアの反政府側の組織は小さいものも含めて何百もあって、大きい組織の傘下に入ったり、あっちいったりこっちいったりよくわからないところがあります。大きくわけていえるのがイスラム国とその他です。この時期イスラム国は資金はあるし武器はあるし圧倒的に強かったのですが、それでもイスラム国は嫌だという連中が他の組織をやってました。
そのほかの組織からすると、イスラム国と同じ扱いをされるのだけは嫌なわけです。世界中のイスラム教徒がイスラム国をものすごく批判しているわけで、我々はそうじゃないことをアピールすることが生き残り戦略として重要なわけです。



◆見せしめ動画が出た時点で交渉は終わっている
森:例えば、見せしめ動画のメッセージ性も、イスラム国のものは、それまでのものと意味合いは変わってきているのでしょうか?

安田:イスラム国の場合は、映像を流した段階でアピールするだけで、交渉は終わっています。助かった人の映像は流れてません。ダニエルは写真が少し公に流れたみたいですが、映像は流れていません。流した段階で大騒ぎになりますから。取引はこっそりやるわけです。どこの国も表向きは交渉しないと言ってます。騒ぎになったら交渉ができなくなりますから、最初は黙ってやるわけです。映画の中でも絶対公表するなと言ってます。最初は秘密裏にやって、映像になった時には、もう事実上かなり厳しい。

森:安田さんの状況はまたちょっと違ったのですか?

安田:私の場合はなぜ流したのかわからないのですが、たぶん商売ですね。売り込みがあるみたいです。初期のころ流れたときは、私の場合は日本政府が完全に無視していましたので、彼らとしても何とかして交渉に引っ張り出したいと、一回私の家族にもメールがありました。ISやアルカーイダの場合は家族に脅迫がくるのですが、私の場合はなかったですね。2016年に入ってから連絡がきたのですが「日本政府に連絡を取っているのに、全然相手にしてくれない。どうなっているんだ? 連絡先ここだから連絡して」と。それを家族が外務省に伝えたけれど、こいつらとは絶対に交渉はしない、身代金は払わないというのが日本政府の絶対のルールなので。あいつらの接触を無視したら、その時点で死ぬかもしれないけれど、そういうものだと思ってました。
出してる映像は殺すためのものでもないです。後半のほうになると、もう商売ですね。日本政府が乗ってこないのがわかってるので、メディアに情報を売りに来る奴がいるんです。5000ドルくらいの話をすれば、その場でぎりぎり払える額らしいです。


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◆人質交渉コンサルタントが身代金見積を持ってきた!
森:それって報道されていない部分ですよね。安田さんが拘束されたとき、なんとなくアル・ヌスラ勢力ではないかと報道でも流れたことがありましたが、それを受けて彼らも装ってごまかすという流れもあったのでしょうか。

安田:現地側にブローカーのネットワークがあって、私の映像を持ち出した人間が、前にヌスラにいた人間だったからだと思います。シリア人でもたくさん誘拐されているし、いろいろな組織があってほんとのところはわからない。アルカーイダというと皆怖がるので、その看板をつけるメリットは相手が怖がるということしかないと思います。

森:言い方悪いですがヤクザ映画みたいに勢力図が色々あって、小さな一派がある感じですね。今回の映画で初めて知ったのは、アートゥアという存在ですね。民間コンサルタントが交渉するということがあるんですね。

安田:そうですね。私の家族にも売り込みがきまして、私の家族は身代金も報酬も払えないし無理だと伝えたら外務省に紹介してくれと。いくらほしいと聞いたら、見積書を送ってきて、毎月2万ドルだか20万ドルだかほしいと言ってきました。彼ら、完全にビジネスなので。実は外務省に売り込んだけれど、情報だけ取って追い返されたと。コンサルタントがいろいろやったけど、結局やめてしまいました。2か所売り込みがあったらしいです。
救出するための交渉は技術がちゃんと確立されていて、映画の中でもダニエル本人に車の色を質問するじゃないですか。生きている証拠をとるわけです。ニュースをちらっとみた奴らが「情報持ってるぜ」と関係ないのが大量に来るんです。その中から本当に捕まえている証拠を確認するのが最初です。交渉したあとに、お金を渡すときにまだ、本当に生きているかもう一度確認するんです。本人にしか答えられない質問をするのが一番オーソドックス。生きているかどうかは本人に聞くしかないです。DNAだと死体からもとれるじゃないですか。
私の場合、まず外務省は私が捕まって2カ月後に、私の家族から私しか答えられない質問項目を得ていたそうです。しかし私がその質問をされたのは私が解放された後で、トルコで日本大使館員に目の前で確認されました。そこで答えたので、解放されたと発表されました。捕まっている間には一回も聞かれてないので、取引や交渉も私の場合はしていなかったということなんです。
本人に聞くということは、本人に交渉していることがわかるということです。日本もですが、アメリカやイギリスは絶対交渉しないですから、ジェームズにはこういう質問は来ないんです。ほかのスペイン人とかには質問が来るのに自分には質問が来ないから交渉がないとわかって、一度ジェームズとイギリス人が脱走したんです。でもイギリス人が捕まってしまって、ジェームズはもう外に出ていたのに、彼だけ置いていけないと戻って、ものすごい拷問を受けたと聞いています。あのまま脱走できたかもしれないのに。一方、スペイン人は脱走を図らなかった。スペイン人に直接聞きましたが、一カ月に一度以上、そういう質問がきていて、それは生きているかどうかの確認でもあるのですが、これから救出するから無茶するな、頑張れという励ます意味もあって何回も聞くんです。

◆政府が一切身代金を出さないことと自己責任論の関係は?
森:テロリストにお金を渡さないという意味で、デンマークや日本と同様、人質解放のために政府は身代金を払わない。ダニエル一家の場合は、クラウドファンディングで募金を集めました。身代金の問題の一方で、自己責任という問題がある。身代金、自己責任という流れで、この映画、どう思われましたか?

安田:本人が行動した結果起きることは自己責任に決まってるじゃないですか。全員が負うこと。自己責任論というのは、政府や周りは関係ないですよという意味。自己責任論ということをよく聞かれるんですけど、本人に聞く話ではないと思います。本来、政府や社会に聞く話。政府がどう対応するかは本人には決められないじゃないですか。本人が何を言おうと政府は誰だろうと同じように対応しなければいけない。本人が選択しようがない。本来であれば政府は何かしなくちゃいけないとか、社会としてダニエルのように救出できるかもしれない、だけど、それをやるのかやらないのかは政府や社会が決めること。それは自己責任ではない。自己責任論をなぜわざわざ言うかというと、政府も社会も何もする必要がありませんよ、それは本人の責任ですよ、というための論だと思います。

森:国によって線引きや態度が違うということから、国が抱えるメンタリティとかルール批判意識が浮かび上がってくることが非常にありますね。

安田:アメリカやイギリスは中東に軍隊だして戦争をしているので、そこで人質を取られて政策の変更を要求されるとなると戦争にも影響します。アメリカやイギリスもジャーナリストは救出しなければいけないというメンタリティはもちろんあるわけです、それでも身代金を渡すと相手側に資金を渡すことになるという次の段階の判断です。日本の場合はそれよりはるか手前の話です。例えばダニエルはみんなでお金を出しあって救出することができた、どうして後藤さん湯川さんはできなかったんですかという話です。よその国の話のようにみえますけれど、なぜ我々日本人は後藤さん湯川さんを救出することができなかったのかを考えなくてはいけない映画だと思います。皆で集めればよかったじゃないですか。後藤さんは、ISから脅迫から来た時に外務省に相談したら、一切協力しないし身代金も払わないと拒否されて、ご家族がコンサルタントの協力を得て直接交渉していました。でも、足りない分を募金するにしても、日本社会では詐欺だという人も出てきて絶対無理だと思います。デンマークでは絶対漏らすなと言われて、誰もが黙って秘密を守ったまま3億円集めたのはすごいことだと思います。

森:ダニエルさんは帰国してバッシングもあったそうですが、庶民からお金を集めた家族とともに英雄視されたそうですよ。サプライズで、ダニエル・リューさんご本人からメッセージ映像が届いています。

★ダニエル・リューさんメッセージ★
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ポップコーンを楽しみながら、現実をちょっぴり体験してほしいです。
それが僕にとっては一番大切かもしれません。
映画を観ることができる喜びと、紛争地域で多くの人が直面している現実との対比を感じてほしいと思います。
そして、人それぞれだけど映画館を出るときに何かを考えるきっかけになればうれしいです。
もしこの映画を見ても心が動かなかったら自分をチェックすべきかもしれません。
それくらいいろんな感情が詰まっていて現実に起きたことから生まれた物語だからです。
皆さんにとって、自分たちの世界のことだけではなく、他人の命や人生についても考えるきっかけになればうれしいです。


◆生存証明である自分にしかわからない質問に涙
森:この動画を観ながら、安田さんとダニエルさんのご自身の体験に対する距離感が似ているように思いました。

安田:本人たちにしかわからないものが色々あって、原作も含めて、皆さんが反応していないところでおそらく反応していたと思います。生存証明として、ダニエルさんには実際には2回質問がきていて、一つは恋人とどこで知り合ったかという質問で、そのことから、まだ自分のことを恋人は待っていてくれていることがわかって彼はすごく喜ぶわけです。私の場合もブローカーから質問されて、家族が待っていてくれるんだとわかりましたから。そんなところに感激して読んだのは私くらいかなと。ジェームズにはそういう生存証明の質問がこなかったことが何を意味するかわかっていて、それでも他の人を励ましているということを思いながら見ていると、自分だったらそこまでやれるかなと考えました。


*フォトセッション*

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森:まだまだ聞きたいのに時間が全然足りない!  
最後に、これから映画をご覧になる方に一言お願いします。

安田:今でもシリアの内戦はずっと続いていて大変な状態になっていますので、これは終わった話ではないです。今でも起きていることだということを考えながら、観てほしいです。

報告:景山咲子



**********

ある人質 生還までの398日   原題:Ser du manen, Daniel
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ( 『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』)、アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー「ISの人質 13カ月の拘束、そして生還」(光文社新書刊)
出演:エスベン・スメド、トビー・ケベル、アナス・W・ベアテルセン、ソフィー・トルプ

2019年/デンマーク・スウェーデン・ノルウェー/デンマーク語・英語・アラビア語/138分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/日本語字幕:小路真由子
配給:ハピネット
後援:デンマーク王国大使館
公式サイト:https://398-movie.jp/
★2021年2月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町にて公開




松坂桃李主演『あの頃。』公開直前イベント @2月3日フミの日

仲間たちとアイドルを熱く追いかけた「あの頃」は人生の宝物
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2月3日、映画『あの頃。』(2月19日公開)の公開直前イベントが東京・スペースFS汐留で開かれました。
2000年代初頭、「ハロー!プロジェクト」のアイドルたちに夢中になったオタク仲間と「恋愛研究会。」を結成し活動していた劔樹人の自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」を映画化したもので、イベントには原作者の劔樹人も駆けつけました。
サプライズで、モーニング娘。OGの藤本美貴が登場すると、はしゃぐ出演者たちと対照的に、緊張して固まってしまった劔さん。
出演者たちが、「こんな青春を送りたかった!」というほど熱く楽しい時がよみがえるひとときでした。
イベントの様子を、ほぼ書き起こしましたが、当日生配信されたものが youtube で見られます。ぜひご覧ください。  (報告:景山咲子)

日時:2月3日(水)13:00~13:30
会場:スペースFS汐留(港区東新橋1-1-16 汐留FSビル3F)
登壇ゲスト:松坂桃李(32)、仲野太賀(27)、コカドケンタロウ(42)、原作・劔樹人(41)
サプライズゲスト:藤本美貴(35)
MC:奥浜レイラ



◆原作者・劔樹人が劇中で松坂桃李が着た赤いジャンパーで登壇!
松坂:今日は皆さまお集りいただきありがとうございます。生配信をご覧の皆さま、こんにちは。今日は最後までよろしくお願いします。
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仲野:たくさん楽しい話がたくさんできればと思っています。どうか最後までお付き合いください。
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コカド:ロッチというお笑いコンビのコカドケンタロウといいます。お邪魔します。よろしくお願いします。
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劔:原作を書かせていただいた劔と申します。緊張しておりますが、よろしくお願いします。

MC:劔さん、今日のお衣装、もしかして松坂さんが劇中で?

劔:松坂さんが劇中で実際に着た、僕が大阪に住んでいた時に着ていた服。
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MC:一回松坂さんのところにいって戻ってきたのですね。

劔:クリーニングしていただいたので、非常にきれいになっております。

松坂:(笑)

コカド:クリーニングしなかった方が良かったんじゃないですか? 松阪さん着たのに。

劔:そしたら価値が出ちゃって、町に着て歩けなくなるじゃないですか。

◆撮影現場に足繁く通った原作者
MC: 本作、原作が劔さんのご自身の経験をもとにしたコミックエッセイ「あの頃。 男子かしまし物語」で、映画をご覧になった方から、劔さんと松坂さんがどんどん重なって見えたという意見が多いのですが、松坂さん、リアリティの追求、どのようにされたのですか?

松坂:いや~ ありがたいことに現場に劔さんが結構いらっしゃってくださって、スタッフさんと談笑している姿や、おひとりで現場を見守っている佇まいですとか、ちょっとした日常のニュアンスを垣間見ることができたのがよかったのかなと思うんですけど。ほんと、結構来てくださったので緊張しましたね。

MC::あんまり原作者の方が現場に足繁く通っているというのは聞かないですよね。

松坂:僕の中で経験がなかったので、こんなに来てくださるんだと、すごく嬉しい反面、緊張もありました。

MC:劔さん、現場の松坂さんをご覧になっていかがでしたか?

劔:いや、僕、ほんとに暇な人で、「明日も来ますか?」とみんなに言われるので、「あ~明日も来ます」という感じで。現場で、松坂さんが楽器を弾いているシーンでカメラのテストをしていてピントがぼやけた時に、昔、こんなだったと思う瞬間があって、これを話すと、皆に何言ってるんだって言われるんですけど。ほんとに思ったんですよ。その時のインパクトがあって、出来上がった映像を観たら、僕のことをいろいろ観てくださっていたんだなとわかりました。

松坂:とんでもないです。

◆コカドケンタロウの演じた役柄にお姉ちゃんが大反響
MC:ほかの恋愛研究会。の方も現場にいらっしゃっていたのですよね。

劔:おかしいですよね。大阪に住んでるのに来てるっていう。

仲野:僕の実際のモデルの方は他界されているので・・・

コカド:ほかの方はほぼ全員来られていたのですけど、僕が演じさせてもらったイトウさんだけは来られなくて。

劔:イトウさんは最近大阪で家を建てられたばかりなので忙しかった。

コカド:この間、ツイッターでメッセージいただきました。イトウさんから「遅ればせながら演じていただきありがとうございます」みたいな。
イトウさんがやってる「赤犬」というバンドのことを、二個上の大阪芸大だったお姉ちゃんがずっと好きで、名前を聞いてて、部屋で音楽かけたりしていて、イトウさんが後から入ってメインボーカルになったって存在は実は知ってたんです。


松坂&仲野:へ~ 知らなかった。なんで今まで黙ってたんですか? ひた隠しに・・・

コカド:監督とかだけには言ってた。お姉ちゃんに一番初めに連絡したの。「こんな役やることになったんやけど」って言ったら、お姉ちゃんがほかのお笑いのどんな仕事もリアクションせえへんのに、「すごいね~」って言ってきて、「赤犬のメンバーの人やるのん?」みたいな。
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松坂&仲野:知らなかった。今の今まで。

◆豪華すぎる再現映像だ!
MC: 劔さん、恋愛研究会。の皆さん、映画についてどんなお話されてますか?

劔:ロビさんだけは劇場で観るってきかなくて、まだ観てないんですけど、あとはみんな観ていて、例えば西野さんは「豪華すぎる再現映像だ」って言って喜んでました。

MC:ご本人たちから感想もらえるのは嬉しいですよね。

仲野:嬉しいですよね。冷や冷やする部分もありますよね。自分たちが冷や冷やする以上に、皆さん、現場に来られた時の存在感がすごかったじゃないですか。

松坂:本物感っていうか、本物なんですけど、物真似で歌っている後ろにご本人登場ですっていう、歌っている本人からしたら、いや~ヤバイ本物来ちゃったっていう感じ。

コカド:一般の人のはずやのに、みんな、ちょっとおかしかったですよ。西野さん、普通に控室に座ってて、皆、挨拶して、西野さんずっとそこにいて。

仲野:僕たちの控室で撮影して戻ってきたら、西野さん、まだ座ってて・・・ 

劔:皆、怪人感がすごいですよね。

「怪人か・・・」と、うなずく3人。


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◆こんな青春送ってみたかった! 楽しかった撮影現場
劔:コズミンは亡くなってるけど、弟さんが観て、実は家族の前ではすごくおとなしいお兄ちゃんだったって

「へ~」と驚く3人。

劔:こんなに傍若無人だったのかってびっくりしてました。

仲野:やりすぎたかなぁ~
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松坂:新たな一面を知れたんじゃないですか。

劔:ほんとに傍若無人だったんですよね。

MC:ほんとに元の方々個性的なのですね。どれくらいやったらいいのか再現するのが難しかったのではないですか?

仲野:難しいっていうより、普段の自分の日常から考えたら、こんな青春送ってみたかったというのもあるし、もっと伸び伸びやっていいんだっていう、本人がそれこそ怪人というかスケールが大きかったので、演じててすごく楽しかった。

松坂:過ごし方がある種憧れというか、ご本人たちが僕たちが想像する以上のリミッターを持っていたので、どれだけやってもリミッターに届かないみたいなところはありましたね。

MC:コカドさんは今回映画初めてご出演でいかがでしたか?

コカド:すごい楽しかったです。こんなに毎日現場に行くのがワクワクすることなかったですよ。簡単な言葉でいうと、青春だなと思いながらやってました。みんなでわちゃわちゃしてね。

松坂:楽しかったですね。

仲野:居心地よかったですね。

コカド:最後の方なんて、撮影の合間に太賀君とか若葉君とかギター弾いて歌ってなかった? 

仲野:歌ってたかもしれない。部屋の片隅にあったのをポロンポロンやってた。

松坂:松浦亜弥さんのこの曲のコード、めちゃくちゃカッコいいんだよと言い出したりして。

コカド:学校終わって放課後誰かの家で集まった感じでしたね。

◆フミの日にちなんで劔さんから手紙
MC:気の置けない仲間と、大人になってもこんな風にしていたいなと思わせてくれる映画でした。今日、2月3日はいつもなら節分。今年は124年ぶりに2月2日が節分でしたが、2月3日はフミという語呂合わせで絵手紙の日でもあるのですが、劔さんから皆さんにお手紙を書いてきていただきました。

松坂:すごいじゃないですか!

劔:皆さんに書かせていただいたのですが、時間の都合で代表して松坂さんの分だけ読ませていただきます。

松坂:ありがとうございます。

劔:緊張しておりますが、しばらく聞いてください。(ここで手紙を落とす)

コカド:そんな動揺します?

劔:(書いてきた手紙を読む)
松坂桃李さま。あらためましてご結婚おめでとうございます。時の経つのは早いもので映画の撮影から1年。もう公開ですね。楽しみなようで始まってしまったら、この祭りも終わってしまうようで寂しい気持ちもあります。自分の青春時代が本になり、映画になり、自分を松坂さんに演じていただくというのは、自分の人生で二度とない経験でした。むしろ何度生まれ変わってもあり得ないことではないかと思っています。そして「あの頃」も自分にとっては二度と経験できない時間です。大切な思い出ですが、少しずつ忘れているのも事実です。離れている友人とも、この人生であと何度会えるのだろうかと思うこともあります。そんなごく私的なものを映画として残していただいたということ、愛しき記憶がほかの誰かにとっても愛しい疑似体験となり、私の死後も残っていくことになるわけですから、こんな素敵なことはありません。むしろ忘れたいような恥も残っていきますが。さて、松坂さんが私を演じてくださったということですが、ニュースになった当初から、松坂桃李が劔なの?と多くの方々が外見の違いなどを話題にしていましたが、今になって私が思うのは、その外見の違いを一番気にしてなかったのは松坂さん本人だったなということです。それは松坂さんが私という人間に内面から向き合って、良いところも悪いところも大切に演じてくださったからであり、きっとそれが松坂さんの人との関わり方なんだろうと思います。素晴らしい俳優が誰かを演じるということにおいては、外見の違いこそどうでもいいことなのだと知りました。今後もお身体に気を付けて、最新作がベストな俳優さんであり続けてください。ありがとうございました。

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松坂:ありがとうございます。このパーテーションがなかったら、握手なのかハグなのか、すごくしたいくらい、すごく嬉しい気持ちです。あらためて、劔さんと出会えてよかったなと心から思っております。

劔:ここで読むとわかってなくて、書いてくるだけのつもりだったので、ものすごく緊張しています。手が震えてしまってですね・・・

◆似顔絵に歓声
MC:震えを松坂さんのハグで止めてほしかったですね。仲野さんとコカドさんにも手紙を書いてきていただいたのですが、実は手紙だけじゃないんです。

ここで、劔さんが色紙に書いた似顔絵が披露される。
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「おぉ~」「すげぇ~」「嬉しい~」「可愛い~」と歓声をあげる3人。

劔:これもですね、非常にお恥ずかしいことに、似顔絵がほんとに似ないんですよ。

MC:皆さんの似顔絵のポイントはどんなところでしょうか?

劔:松坂さんはいろんなところで描いたので、だいぶん描きなれてきました。太賀さんは、チャーミングさをどう出すか、コカドさんは、まぁ・・・

コカド:僕、描くの難しいって言われるんですよ。眼鏡かけた似顔絵なんか描いてもらったことないので、すごい嬉しい。

劔:こんなもので申し訳ありませんが・・・

仲野:めちゃめちゃ嬉しいです。

松坂:速攻、家に帰ったら飾ります。


◆モーニング娘。OG 藤本美貴登場に大興奮
MC:ここでもう一つサプライズがございます。大ヒットを祈願いたしまして、なんと、この方にお越しいただきました!

「え~ 誰か来るよ」と、ざわめく3人。

歌に乗せて、モーニング娘。OGである藤本美貴が登場♪

「わ~」「いやこれ?」「うわ~ すごい!」とはしゃぐ3人。 
脇で固まっている劔さん!

コカド:おい、コズミン!

仲野:本物だぁ~!
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藤本:嬉しい! ありがとうございます。

松坂:太賀、大丈夫? 汗。

仲野:汗、かいてきた。

MC: モーニング娘。OGの藤本美貴さんにおいでいただきましたが、お話をお伺いしたいと思います。いや~仲野さん!

仲野:まだ観てない方にはわからないかもしれないですけど、ぼくが演じるコズミンという役は、藤本美貴さん推しで、いかに藤本さんが素晴らしいか熱弁させていただきました。

藤本:ありがとうございます。

MC:藤本さんは作品ご覧になっていかがでしたか?

藤本:私たちはステージ側に立っているので、ファンの方たちが普段どんなことをしているかもちろん知らなかったですし、熱いのはわかっていましたけど、あんなに熱く人生をかけて応援してくださっていたんだなと感動しました。今は「声を出さないで」「手拍子で」というライブなんですけど、当時の映像をみると、コロナが収まったらああいう盛り上がるライブをやって、いろんな人に観にきてほしいなとあらためて思いましたね。

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MC:なぜか劔さんが担任の先生みたいなポジションですね。
(劔氏がかなり後ずさりして離れて、遠くから藤本さんを眺めています。)

3人:一番ヤバイんじゃないですか。

劔:台本になかったじゃないですか。

藤本:嬉しい。

劔:ほんとにすみませんでした。

松坂:距離大丈夫ですか? どんどん離れてってますけど・・・

劔:天国のコズミンに、ほんとにこれはお墓参り行って報告してきます。藤本さん見ると、手足がしびれるって言ってたんですよ。脳神経の方がやられちゃって。

藤本:すごい勉強していただいたのですよね。

仲野:ライブ映像もだいぶん見せてもらって。

コカド:これまで庄司智春さんの奥さまのミキティと思ってたけど、全然違う人みたい。モーニング娘。の藤本美貴さんですね。

劔:この間、ヤングタウン聴いて、あ、藤本さん、ミキティだと思って手を思わず挙げてたんですよ。
(かなりステージの前に出て、興奮している劔さん)


コカド:劔さん、ちょっと前に出過ぎかな。一応この(パーテーションの)枠に収まらないといけないですから。

MC:「ミキティ!」に実感こもりそうですね。汗、止まりました? 仲野さん?

仲野:全然止まってない。そわそわする・・・

MC:熱弁されるシーンはいかがでしたか?

藤本:すごい褒められて照れましたね。

松坂:気持ち悪かったでしょ?

藤本:いや、気持ちよかったです!(笑)

MC:ちょっと役に戻ってる感じが皆さんありますね。

仲野:天地がひっくり返った感じがしましたね。ヤバイヤバイ。

MC: 劔さんが感慨深そうな表情ですね。

劔:いや~思い出しますね。ほんとに。ちなみに今もハロープロジェクト好きなんです。この間もイベントに行ってきました。

藤本:私の知らないところまで知ってる感じですね。すごい!

コカド:初めてお会いするんですか? 劔さんは?

劔:もちろんもちろん。藤本さんの時代には握手とかもなかったので。

藤本:してなかったですね。

コカド:全然、ちゃんとみいへんやん。あのジャンパー着てるしね。

松坂:あきらかに違いますよ。映画の中の劔さんを見ているかのようですよ。

劔:今日は眼鏡かけてきてよかったなぁ。

コカド:めちゃくちゃ気持ち悪いこと言ってますよ。よく見える?

劔:はずしたら見えないんですよ。

◆皆それぞれの「あの時」があって、今がある
MC:皆さんの体温もあがったところで、最後に松坂さんに作品を代表して一言いただければと思います。
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松坂:ちょっと動揺しています。ちょっと待って。言おうと思っていたことが飛んじゃったのですけど、誰しも「あの頃」ということがあると思うんです。ハロープロジェクトに限らず、皆さんそれぞれあの頃大事にしていた時間だったり、友達や恋人やいろんな方と共有していたあの時、あの頃というのがあると思うのですけど、それが一番だったということでもなく、それがあるからこそ今っていいよね、これからもいいことがあるかもねと思えるような心の風を通してくれるような温かい作品になっています。映画『あの頃。』2月19日公開ですので、よろしくお願いします。


☆フォトセッション☆
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『あの頃。』
監督:今泉力哉
脚本:冨永昌敬
音楽:長谷川白紙
原作:劔樹人「あの頃。 男子かしまし物語」(イースト・プレス刊)
出演:松坂桃李 仲野太賀
山中崇 若葉竜也 芹澤興人 / コカドケンタロウ
大下ヒロト 木口健太 中田青渚 片山友希 / 山﨑夢羽(BEYOOOOONDS)/ 西田尚美

2020年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/117分
製作幹事:日活 ファントム・フィルム
配給:ファントム・フィルム
(C)2020『あの頃。』製作委員会
公式サイト:https://phantom-film.com/anokoro/
公式twitter:@eiga_anokoro
★2021年2月19日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

『ホテルニュームーン』とイランの女性について語る

アップリンク吉祥寺で、日本イラン合作映画『ホテルニュームーン』の上映後、イラン女性二人のトークが行われました。

2020年9月26日(土)16:50からの上映後

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登壇者:
ナヒード・ニクザッド(写真右:NHK Radio Japan ペルシャ語部門 アナウンサー・翻訳者)
ショーレ・ゴルパリアン(写真左:本作プロデューサー)

ショーレさんは、日本在住40年近く、ナヒードさんも20年以上。お二人のトークは、もちろん日本語で!

◆イランを映画や文化を通じて紹介してきた
ショーレ:ナヒードさんをNHKペルシャ語放送のアナウンサーと紹介しましたが、それだけにおさまらない活動をされています。

ナヒード:日本に入ってくるイランのニュースが悪いものばかりなので、政治は別にして、イランの日常生活や文化を紹介したり、イラン料理の先生などをしてきました。歌手としても活動しています。

ショーレ:1991~92年ごろ、イラン・イラク戦争が終わって、たくさんのイラン人が労働者として日本に来た時に悪い話ばかり流れて、とても悲しかったです。何かできることはないかと、映画を通じてイランを知って貰おうと、キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」などを紹介してきました。

ナヒード:映像の力は大きいですよね。

◆イランの女性は強い!
ショーレ:革命後は現実に基づいた映画が作られていますので、イランの姿を知って貰えると思いました。ナヒードさんは、この映画、イラン人としてどのように感じましたか?

ナヒード:女性3世代が描かれていて、女性中心の映画で面白いと思いました。
私も18歳と16歳の娘がいて、ヌシンさんとオーバーラップしました。私も厳しい母親かも。10時過ぎて帰ってこないと心配して電話したりします。

ショーレ:イランの若い女性と日本の若い女性の違いは?

ナヒード:映画のモナを見ていると似ていると思いました。私の世代だと違ったと思います。中学1年生の時に革命があって、そのあと8年間、大学まで戦争でした。色がない暗い時代でした。モラルポリスがいて、男性に挨拶しても注意されそうでした。大学も男性と女性と入り口が違ってすごく厳しかったです。この映画のモナは、カフェに行ったりボーイフレンドがいたり、今の日本の若者とあまり変わらないと思います。インターネットのおかげかもしれませんが、グローバル的に全部似てきたと思います。

ショーレ:日本人から見ると、イランの女性はスカーフを被って頭を隠さなければいけないとか、制約を受けているように見えるかもしれませんが、イランの女性は実はとても強いです。厳しい中でも仕事もしているし、家族を守っています。でも、未婚で妊娠してしまって、出来ちゃった結婚というのは、イランではありえません。ヌシンはフィアンセが子供ができたと聞いて逃げてしまって、彼女は一人で日本に来たというガッツのある女性です。
革命があって、女性にとってプレッシャーがバネになりました。ちょっとだけ手を放すとすごく飛びます。今のイランの女性は、革命前よりもっともっと強くなったと思います。


ナヒード:女性の権利が法律的に男性より低いけれど、なんとかしなければと頑張っています。弁護士たちも活動しています。ノーベル平和賞を受けたシーリーン・エバディさんもいます。法律がおかしいと思ったら闘います。
日本は一応男女平等と言ってるけど、日本に来ていろいろ驚きました。女性が差別されていることがありますよね。女性がお茶を出さなければいけないとか。

ショーレ:日本に来て、英語と日本語ができたので、社長秘書として雇ってもらったのですが、「おい、お茶」と言われてびっくりしました。イランではありえないです。ごみを片付けなければならなかったりしました。何度泣いたことかわかりません。
(注:私が初めてイランを旅した1978年、勤務していた会社のテヘラン事務所を訪れたら、お茶を男性が出してくれました。専任のtea boyがいるのです。私も日本の会社でお茶出しが仕事の一つだったので、うらやましく思ったものです。)
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◆母親を大事にするイラン社会
ショーレ:イランでは母親がすごく大事にされています。男性がマザコンじゃなくて、当然のこととして母親を大事にしています。

ナヒード:社会でも母親は大事にされていますね。

ショーレ:よく日本の皆さんに言われたのですが、なぜヌシンが日本に来たのか? なぜ赤ちゃんを連れて逃げたのか? など疑問があるようです。母親としての気持ちが強かったのですね。中絶は表向き認められてないけど、どこかでしようと思えばできます。でも、普通は妊娠したら大事にして、産みます。ヌシンは赤ちゃんを連れてイランに戻って、一生懸命働いて育てます。離婚して、子育てする人もいるけれど、最初から父親がいなくて育てるのは大変です。ほんとに強い母親です。
私のお母さんもとても厳しかったです。脚本を書いたナグメさんはとても有名な方ですが、日本に来た時には私の家にも泊まりましたので、よく話しました。
現実的なものを書いてほしいと、91~92年頃のイラン人が大勢来たときの話もしました。優しい社長もいれば、悪い社長もいたことも話しました。女性も少ないけれど働きに来ていたことも話しました。私のお母さんが厳しかったことも話しました。8時を1分過ぎるとすごく怒られました。


ナヒード:日本は安全だけど、11時過ぎて帰ってこないと心配で何回も電話したりして娘に怒られることもあります。

◆イランと日本、実は似ているところも多い
ショーレ:日本とイランは離れているように見えるけれど、長く日本にいると似たところがあると感じます。家族の絆や、思いやりや気兼ねするところも似ています。日本の方で、アジアのあちこち歩いて、一番日本に近いのがイランという方もいます。
合作映画を作るときには、すごく苦労があるのですが、イラン映画を日本の方が観て、ノスタルジーを感じたといわれます。


ナヒード:イランの歌をよく歌うのですが、日本の方から日本の歌謡曲や演歌に似ているといわれます。こぶしがイランの歌にもあります。
ペルシャ語も教えているのですが、英語にない言葉、例えば「お疲れ様」というのも同じです。会社で会うと、お互いに「ハステナバーシー(お疲れ様)」と言い合います。日本と同じです。NHKで英語からペルシャ語に翻訳するのですが、英語がわからないときに日本語の原文を見るとわかることがあります。

ショーレ:映画の字幕を付けるときに、英語を見ないでペルシャ語から直接訳したほうが日本語のニュアンスに近いと感じます。

ナヒード:文化的にも近くて、タアーロフ(お世辞)の文化や、微笑みも日本と似ています。

ショーレ:イラン人はおとなしい面もあります。私たちはおとなしく見えないと思いますが、声をあげないとか、社会的に似ていると思います。

◆『ホテルニュームーン』でテヘランの旅を!
ショーレ:この映画は、テヘランの町のいろいろなところで撮影しましたので、観ていただければ旅をしている気分になっていただけると思います。
永瀬正敏さんが演じた田中社長が泊まったのは、山の手の高級なホテル。テヘランには大きな山があって、山に近づいていくと空気も綺麗で、お金持ちの家や別荘があったりします。ヌシンがお金がないときに泊まったホテルは下町にあります。
ホテルニュームーンの撮影に使わせてもらったのは、テヘランの南の下町のホテル。ほんとにあのホテルのレセプションの人がそのまま演じてくれて、とても上手でした。イランではお願いすると、街角の人もちゃんと演じてくれます。


ナヒード:日本人の監督とイランに行って撮影されたときに困ったことはありますか?

ショーレ:話を始めたら長くなりますが、この映画は監督と撮影監督が日本人。永瀬正敏さんは10日くらい滞在しました。そして私も日本側とすると3人は、ほとんどすべて諦めました。でも、イランのスタッフと溶け込んですごくうまくやっていました。イラン人はとても優しいし、招き上手で、監督や撮影監督をハグしたりしていました。間に入って大変なこともありましたけれど、もう時間がありませんので、ここで終わります。
皆さん、イラン映画を応援していただいて、ありがとうございます。

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『ホテルニュームーン』公式サイト

ショーレ・ゴルパリアンさんインタビュー(by景山咲子):


★10月3日(土)12:05からの上映後には、諏訪敦彦監督と筒井武文監督(『ホテルニュームーン』)のトークが行われます。
まだ映画をご覧になっていない方、ぜひこの機会に♪