『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』のトークイベント付き特別試写会レポート

5月18日(土)(2024)よりポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開されるドキュメンタリー作品『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』のトークイベント付き特別試写会が、4月22日に東京四ツ谷にある駐日韓国文化院ハンマダンホールで行われました。この作品は、朝鮮半島をルーツに持つ薩摩焼の名跡・沈壽官家の420年以上にわたる歴史を背景に、日本と韓国における陶芸文化の発展と継承の道のりをひも解いたドキュメンタリーです。
フリーライター、ラジオパーソナリティなど多方面で活躍している武田砂鉄さんをゲストに、本作品、企画・プロデュースの李鳳宇(リ・ボンウ)さん、松倉大夏監督が出席しました。

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左から李鳳宇プロデューサー、松倉大夏監督、武田砂鉄さん 


*松倉大夏監督
2004年よりフリーランスの助監督としてTV・映画業界で活動。
『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』が初監督作

*李鳳宇プロデューサー
製作や配給作『月はどっちに出ている』『パッチギ!』『フラガール』『健さん』『セバスチャン・サルガド』『あの日のオルガン』『誰も知らない』など
配給作『風の丘を越えてー西便制』『シュリ』『JSA』『殺人の追憶』など

『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』
2023年/日本/日本語・韓国語/5.1ch/117分
作品紹介 公式HP
監督:松倉大夏
企画・プロデュース:李鳳宇
出演:十五代 沈壽官、十五代 坂倉新兵衛、十二代 渡仁、ほか
語り:小林薫
企画・製作・提供:スモモ
配給:マンシーズエンターテインメント
シネマジャーナルHP 作品紹介はこちら


★トークイベント

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*この作品を作ったきっかけ
武田砂鉄さん「配給会社さんから依頼があり、ポスターや作品紹介を読み、地味な映画かと思いましたが、観ていくうちに長い歴史とか、いろんな国や地域というものが重なり合い、なんで自分たちが今ここにいるのかとか、今ここにそのものがあるのか、蓋を開けてみればどんどん広くなっていったという感覚で、扉を開けたらそこにものすごく広い世界があった」と映画の感想を。

李プロデューサー「沈壽官さんとは20年くらい親交がありますが、この映画の話をしたのは4~5年前。沈さんは、最初はあまりやってほしくない感じでした。劇映画ばかり作ってきたけど、ちょうど高倉健さんのドキュメンタリー映画『健さん』を作った後だったので、『健さん』の次なんですよと言ったら、沈さんが「じゃあ俺もやろうかな」と言ってくれました」と、オファー時のエピソードを披露してくれました。

武田さん「司馬遼太郎の『トランス・ネーション』や『国家を超越していく』という言葉や考え方がこの映画の背骨になっていると思うが、企画の段階からそこに到達できそうな見込みはあったのでしょうか?」

李プロデューサー「僕は在日韓国人の2世で、『パッチギ!』とか『月はどっちに出ている』とか色々作ってきて、韓国、朝鮮との関わりみたいなことを考えたことは何度かあったけど、司馬さんの本に触れ、沈さんの物語を聞き、おそらくこの先100年とか200年とか経ったときに、在日韓国・朝鮮人という人たちはどうなっているのかの、そのひとつの答えのようなものが沈壽官家にあるんじゃないかと思う。そういった物語もなんとかいかしてほしいと監督にお願いしました」

松倉大夏監督「狭い尺度じゃなくて広い尺度で歴史を捉えないといけないと念頭に置いて、沈壽官家のドキュメンタリーを撮りたいと思いました」
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武田さん「司馬さんの言葉でもう一つ、強い日本人ということでなくて、強く日本人であるということばを大切にされていて、この言葉というのは個々に受け止め方は違うでしょうけど、ともすれば強い日本人というのは、いかに鍵括弧つきの日本を愛せるかとか、ほかの別のところから来る脅威から守れるかという、強い日本ということになっている。それは大きな間違いだと思うのですが、強く『日本人である』というのは、ともすれば今この日本がどういう国で、どういう場所であるかっていうことを、疑うとか、批判するとか、監視するっていう、その視点っていうのはすごく必要だなって思うんですよね。そのときにやはり監督がおっしゃったような、なんで今この歴史、ここにたどり着いているのかってことを考えたときに、先の戦争だけじゃなくて、もっと長いスパンでこう歴史をみていく、その視野を持つっていうのはすごく大事なことだなと改めて思った」と、この映画に対して印象を述べました。

ラストシーンについて

武田さん「エンドロールが終わったあとのあのシーンというのは印象的でしたね。あれは思い入れがあったのですか?」

松倉監督「あれはどうしても使いたいと思って編集していました。あの神社に行った時、蝶が飛んでいるのをみて、沈さんの親への気持ちというものを表現するのにどうしても使いたいなと思っていたのですが、流れの中には入らなくて。なので、一番最後に入れるのがいいのではないかと話し合い、そういう結論に達しました」
「鹿児島での先行上映の時にもお客さまからさまざまな箇所に言及してもらいました。いろいろな感想を持てる映画になったと思うので、SNSでも感想をあげて、ぜひ広めていただきたい」と呼びかけ、イベントは終了。

*トランス・ネーション 司馬遼太郎の造語
「いまの日本人に必要なのは、トランス・ネーションということです。韓国・中国人の心がわかる。同時に強く日本人である、ということです。」「真の愛国は、トランス・ネーションの中にうまれます」
トランス・ネーションとは、司馬の造語。トランスは変圧器。異なる電圧を変換して、生活に役立てるのがトランス。双方を繋ぐ役。司馬さんは橋渡し役をというような意味で言ったのでしょうか。

『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』は東京のポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国で順次ロードショー。

文:宮崎暁美 撮影:景山咲子

Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル 『ロンリー・エイティーン』アフタートーク

2023年11月27日(月)那覇文化芸術劇場なはーと小スタジオにて

登壇者左より
トレイシー・チョイ監督、アイリーン・ワン、ワンダー・オン(映画祭プログラマー)

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昨年2023年11月に開催された第1回Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバルのコンペティション参加9作品中、唯一の女性監督作品だったのがマカオ・香港合作になるトレイシー・チョイ監督の『ロンリー・エイティーン』です。
『ロンリー・エイティーン』のヒロインは、国民党兵の落人村として知られる香港・調景嶺で育ち、親友とともに貧しさから逃れるように香港芸能界に身を投じます。作中では、芸能界で遭遇する性搾取、ヒロインと国民党軍の士官であった父との確執などが描かれます。
本作は、ベテラン女優であるアイリーン・ワン(温碧霞)がプロデューサーを務め、彼女の実体験が反映された部分もあるとのこと。
Cinema at Seaにはチョイ監督のほかアイリーン・ワンPDも来場し、上映後のアフタートークに登壇。この記事では、11月27日に行われたアフタートークを紹介します。なお、後日トレイシー・チョイ監督の単独インタビューも行いましたので、インタビュー記事もあわせてお読みください。

*登壇者プロフィール*
トレイシー・チョイ(徐欣羨)監督
マカオ出身。台湾の世新大学と香港演芸学院で映画を学ぶ。処女長編『姉妹関係』(2016)は2017年の大阪アジアン映画祭コンペティション部門で上映されており、マカオ国際映画祭(澳門国際影展、略称IFFAM)のコンペティション部門でマカオ観客賞を受賞したほか、香港電影金像奬にもノミネートされた。『ロンリー・エイティーン』では2022年のマカオ国際ムービー・フェスティバル(澳門国際電影節、略称MIMF)で最優秀新鋭監督賞を受賞している。

アイリーン・ワン(温碧霞)プロデューサー・出演
1966年香港生まれ。1982年に映画「靚妹仔」(英語タイトル・Lonely Fifteen)でデビュー。日本で公開された出演作にはレスリー・チャン主演の『ルージュ』(1987年、スタンリー・クワン監督)のほか『蒼き狼たち』(1991年、エリック・ツァン監督)などがある。『ロンリー・エイティーン』では、プロデューサーのほかヒロインの中年期の役で出演もしている。

『ロンリー・エイティーン』
中国語原題:我們的十八歳 英語タイトル:Lonely Eighteen
2022年/マカオ・香港


―最初にトレイシー・チョイ監督におうかがいします。どういった経緯でアイリーン・ワンさんとタイアップした『ロンリー・エイティーン』が世に出たのでしょうか。

監督:この作品は、私がお声がけいただいた側です。ある日、アイリーンさんがマカオに来てお会いすることになり、前作『姉妹関係』同様シスターフッドのテーマの作品だからどうかということになり、縁が繋がりました。

―アイリーンさんはなぜ若手の監督と一緒にご自身の人生の一部を基にしたこの作品を作ろうと思ったのでしょうか。

アイリーン:企画をあたためていた段階で、この作品は少女が女性になっていく過程、そして少女の友情といったことをテーマにしていたので、トレイシー・チョイ監督の最初の映画『姉妹関係』を思い出しました。人と人との関係性、適当な距離をしっかりと作り上げているこの方なら任せられると思ったところ、たまたま共通の友人がいて、その友人の仲介の下でトレイシー・チョイ監督と繋がることができて一緒に作ろうということになった、そういった一連の流れがありました。

―アイリーンさんが自分の人生の一部を盛り込もうとしたのはなぜですか? 実話を作品にするうえで何か配慮が必要だったのか、心理的な抵抗などはあったのでしょうか? これらのことについて、チョイ監督にも補足していただけたらと思います。

アイリーン:この作品を作ろうと思ったきっかけは、自分と親との関係、特に父親との関係がすごく大きかったですね。人にはそれぞれ親がいて、それぞれ家庭の事情による関係性があると思います。私と私の父はジェネレーションギャップを埋めることのできない関係でした。互いの考えを理解することができず、父と私はよく衝突をして喧嘩しました。そして、わかり合えないまま父はこの世を去ってしまった。父が去って私は思ったのです、ギャップはあまり重要ではなかったかもしれない、そこまでわかり合おうとする必要もなかったかもしれない、と。この作品には、まだ相手が健在であれば家族との絆、コミュニケーションをぜひ大切にしてほしい、大切にするべきだという思いを込めています。

監督:アイリーンさんがおっしゃったように親子関係というのはもちろん核となる部分ですし、私も心を動かされた部分です。親子関係の部分はすごく丁寧に描いたつもりです。
じつは、撮影に備えて背景である80年代についての資料を集めているなかで、特に私が描きたいと思ったのは香港の映画産業がいちばん盛り上がっていたこの時代、女優がその産業のなかでどういった労働環境にあったのかということです。アイリーンさんが若かりし頃、何を見て何を経験したかということをもう一度この映画を介して語り直すことができ来ないだろうかということも、この映画のもうひとつの重要なことじゃないかなと思います。

―アイリーンさんの人生を反映していることに関して、どの部分が実体験で、どの部分がフィクションなのか、もしここでお話できることがあればうかがえますか?

監督:アイリーンさんの過去の出演作は観ていて、特にレスリー・チャンと共演した『ルージュ』ですね。『ロンリー・エイティーン』は一人の女性が実際に経験したという目線になっているのですけど、多くの人に共感していただきたいということがありました。作品として構成していくうえで、皆が経験したその時代を描きたかったのです。特にエンタメ業界における搾取の側面においては、彼女自身の経験を伝えるというだけの見え方にはしたくありませんでした。今なお、もしかしたら他の女性も経験しているかもしれないようなことも盛り込んで、皆がこのことについて一緒に考えられるように構成しています。

―監督はマカオ生まれのマカオ育ちマカオ在住ですが、マカオの映画産業はどうなのでしょうか。香港での撮影はどういう感じで進めていったのでしょうか。

監督:マカオは、たとえば香港や中国の制作陣が映画に撮る場所。マカオの人からすると、いつも他人によって描かれる場所なのです。はっきり言うと、マカオに映画産業はありません。私の映画製作の勉強は台湾、そして香港でした。そこで勉強して地元に戻ったけれど、映画産業がないので先輩になる人がマカオにはいないのです。一緒に仕事をする人たちは香港や台湾、中国の人です。私は、撮られてきた側として、自分の手で自分の作品としてマカオの物語を撮っていきたいという思いを強く持っています。香港とは広東語で通じ合うことができるので、アイリーンさんも含め香港のたくさんの先輩が同じ広東語話者同士、たくさんのチャンスをくれます。香港の人はマカオも仲間だと思ってくれていて、すごく心強いですね。

―アイリーンさんに最後の質問です。アイリーンさんはものすごくキャリアがあります。これから才能のある後進にどうお力を貸していこうと考えているのか。今後についてどう考えているのか教えていただきたいです。

アイリーン:長年香港の映画業界に携わってきて感じるのは、マーケットがどんどん縮小されてきているということです。描きたいテーマがあっても中国の制限がかかることがあります。なので、自由に自分たちの作品を作ることができない。しかし、私たちは香港の自分たちの作品を作っていきたいと強く思っています。だからこそ、新しい、才能のあるチョイ監督のような人材をどんどん引っ張っていく必要があると考えます。技術スタッフなど舞台裏の優秀な人材も欠かせません。こういった若い人たちは本当に才能があり、可能性を秘めています。ですが、香港のマーケットが小さいために発表の機会に恵まれていないと感じるのです。だからこそ、微力ながらも、もし自分の関わるなかで彼らと一緒に何か新しいことができるのであれば、ぜひ今後もご一緒したいと心から思います。

―最後にひとことずつ〆の言葉を。

アイリーン:この(主人公の)物語ではなくて自分自身の成長過程や幼少期の記憶と重ねていただけたらなと思います。どんな大人にも幼少期というのが必ずあります。それはとても大切で貴重な経験です。その経験を思い出すきっかけになる映画だと嬉しいです。

監督:『ロンリー・エイティーン』は、この沖縄の映画祭が非中華圏で観ていただくのは初めてになります。皆さんがどんな感想を抱くのかとても楽しみにして来ました。少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

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左よりトレイシー・チョイ監督、アイリーン・ワン、ワンダー・オン(映画祭プログラマー)


(写真・取材:台湾影視研究所・稲見公仁子)


シネマジャーナルHP 映画祭レポート
第一回Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル授賞式
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/501913274.html

『カムイのうた』劇場公開前のトークイベント!

ピリカウレシカ アイヌ文化と知里幸恵さんの魅力

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9月2日(土)東京ビックサイト「@GOOD LIFEフェア2023」会場にて 
トークイベントに登壇した 左から菅原浩志監督、吉田美月喜さん、島田歌穂さん、木原仁美・知里幸恵記念館館長

映画『カムイのうた』の北海道先行公開(11月23日)と東京での公開を控え、9月1日(金)~3日(日)に開催された朝日新聞社主催の「GOOD LIFEフェア2023」でトークイベントが実施されました。
本作で主人公テルを演じた吉田美月喜さん、主人公の叔母イヌイェマツを演じ主題歌も担当した島田歌穂さんに加え、本作のモデルである知里幸恵の記念館館長である木原仁美さんと、本作で脚本も担当した菅原浩志監督が登壇。「ピリカウレシカ アイヌ文化と知里幸恵さんの魅力」をテーマにトークショーが繰り広げられ、映画公開に先立ちアイヌ民族についての歴史や貴重な話が語られました。
*「ピリカウレシカ」とは、ピリカ=GOOD、ウレシカ=LIFEというような意味で、「快適な暮らし」、「良い暮らし」というようなことだそうです。

『カムイのうた』のロングバージョンの予告編も本会場で初お披露目され、更に劇中でも披露されているアイヌ民族の楽器・ムックリ(口琴)を吉田美月喜さんが披露し、アイヌ民族に口承されてきた歌謡形式による叙事詩ユーカラを島田歌穂さんが歌いました。島田歌穂さんが歌った時には、吉田美月喜さん、菅原浩志監督が竹片を木の枝でたたき楽器にし3人のコラボになりました。さらに木原仁美知里幸恵記念館館長による本格的なムックリの演奏まで披露され、アイヌの伝統的な伝承文化を堪能することができました。

全てに神が宿ると信じ、北海道の厳しくも豊かな自然の中で暮らしてきたアイヌの人たち。その生活や文化は和人が入って来た事で奪われてしまった。生活の糧である狩猟やサケ漁が禁止され、住んでいた土地を奪われ、アイヌ語も禁止された差別と迫害の歴史。
そんな中でこの映画は、口承で伝えられてきたアイヌ民族の叙事詩ユーカラを日本語訳し、「アイヌ神謡集」を完成させた知里幸恵さんの実話がベースになっている。幸恵さんがモデルのテル役を吉田美月喜さんが演じている。

『カムイのうた』トークイベント
アイヌ文化と知里幸恵さんの業績、吉田美月喜さんのムックリ演奏と島田歌穂さんのユーカラ披露も!

映画公開に先立ち「ピリカウレシカ アイヌ文化と知里幸恵さんの魅力」をテーマにトークが展開された。

主演の吉田美月喜さん(20)は、アイヌ民族の血を引くというだけで希望する進学を阻まれたり、差別的な待遇を受けたテルを演じた。知里幸恵さんはユーカラを日本語に訳した「アイヌ神謡集」を完成させた1922年(大正11年)、19歳の若さで亡くなった

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吉田美月喜さん:この映画に携わるまで正直アイヌ文化をあまり知らなくて、今年(2023)1、2月に北海道東川町を中心に行った撮影前からアイヌ民族の歴史、文化など、役を演じるうえで必要なアイヌ文化を1から学ばせていただきました。
その中で一番驚いたのは、叔母役の島田さん演じるイヌイェマツが床にお茶をこぼしたときに言った「床の神様は喉が渇いていたんだ」というセリフです。
床にも神様がいるという考え方にびっくりしました。アイヌの方は全てに神が宿っていて、その神の中で自分たちは助けられて、生かされているという考えを凄く大切にしていて素敵だなと思いました。
実在された方を演じるのは初めてだし、自分の知らない文化を学びながら説得力のある作品にしなければいけないというプレッシャーもありました。アイヌ文化をしっかり伝えていくには自分が一番理解しなくてはいけないし、知里さんのこともイメージしながら臨みました。撮影時は私もちょうど19歳で、知里さんが亡くなられたのと同じ歳。幸恵さんはどう思っていたんだろうとしっかり考えながら演じたと、19年という短い生涯を送った主人公に思いを馳せた。

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島田歌穂さん:私も全てのものに神が宿っているという考えは本当に素晴らしいと思います。1番、驚いたのは、床にお茶をこぼしてしまった時「床の神様は喉が渇いていたんだ」というセリフと即答。日頃、ぞんざいに扱ったり、邪魔だなと思うものにも1つ1つ命が、神が宿っている。その考えがまさにそのセリフに象徴されていると思ったと吉田さんに同調。父親が北海道出身だという島田さんだが、「本当にアイヌの文化や歴史について知らなかったなとおもいました。アイヌの方々の考え方、色々な境遇にも負けずに自分たちの文化を守っていく生き方に感銘を受けました。
テルの叔母イヌイェマツ役の島田歌穂さんは、作曲家である夫の島健氏が作曲した主題歌「カムイのうた」のほか、ユーカラも歌唱する。

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菅原浩志監督:この作品は、北海道の雄大な自然や動物たちも登場します。
「ピリカ」というのは素晴らしいとか、綺麗とか、Goodという意味、「ウレシカ」は人生、Life、生活と言うような意味です。「ウ」は互いに、「レシカ」は育てるなので「互いを育てる」=Life(生活)というのが語源です。すごく意味深いと思います。
映画を作るにあたってアイヌのことを勉強したのですが、非常にたくさん教わることがありました。今までどうしてこんな大切なことを教わってこなかったんだろうと感じました。
先住民として独自の生活、文化を築きながら、和人が入って来たことでそれを奪われ、生活の糧である狩猟、サケ漁が禁止され、住んでいた土地も奪われ、アイヌ語が禁止されるなど、アイヌ民族は差別を受け続けてきた。
北海道の地名はアイヌ語が起源のものが多い。アイヌ民族が北海道中に住み、地名に意味を込めていたか。和人が入ってきて、その名前の上に全部漢字を書いていって、アイヌの文化、歴史が書き直されてしまった。
さらに、見た目だけじゃなくて本質は一体何か、その裏の本当の意味は何かということを我々は見ていかなくちゃいけない、そのことをアイヌ民族たちが教えてくれた。我々も12年前には「原子力明るい未来のエネルギー」と大きな看板を掲げていた原発が爆発しているわけです。我々が思っていたことが実際はそうではないということを、考えなければいけない時代がが今。そのきっかけになるのがアイヌ民族であり文化です。

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トークのあと吉田美月喜さんが、この映画のため学んだというアイヌ民族の楽器ムックリを生演奏した。撮影が始まる前から教えていただいて、家でも練習をしました。撮影が終わっても家でやるんですが、やればやるほど知らない音が出る。ちゃんと表現できたかわからないけど、主に撮影させていただいた東川町をイメージして演奏してみましたと語った。

菅原監督は「アイヌは自然と共存してきた民族。とても自然をリスペクトしています。ムックリは自分で作ることができるくらいシンプルですが音がなかなか出ない。こんなに音がでるのはすごい」と吉田さんをほめ、島田さんは「本当にとても上手に演奏されていました」と称えた。

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さらに、独自のアイヌ文化とも言えるアイヌ民族に伝わる叙事詩ユーカラを島田歌穂さんが生披露。アイヌたちは神話や英雄の伝説、自然界の動植物や神など多様な事象を文字ではなく、語り手の表現、語り口による表現方法で語り伝えてきた。ユーカラは長いものだと数時間、何日も続くものもあるが口伝えで継承されてきた。島田さんは「小鳥の耳飾り」という曲を披露。監督と吉田さんは30㎝くらいの長さの竹を木の枝のような棒でたたき、吉田さんが合いの手を入れたりしてて参加。島田さんの素敵な歌声が会場中に響き渡った。

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島田さんが謡ったユーカラ「小鳥の耳飾り」について、内容を話せば長くなるのですがかなり切ない話ですと語っていた。全国の民謡を歌っていますが、ユーカラは今まで聴いたことがない初めて聴く音楽。リズムといい、メロディといい未知の世界。でも、懐かしい感じのする音楽でした。

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このあと、知里幸恵さんのめいの娘で知里幸恵記念館の館長を務める木原仁美さんがアイヌ民族衣装で登壇。「19歳で亡くなった人におかしいんですけど、血縁としては大叔母さんです。今年は知里幸恵生誕120年、1923年発行の『アイヌ神謡集』出版100年で節目の年。この年に映画が公開されて、さらに幸恵が注目されると思います。さらに世界にまで広がっていければ嬉しいです」と語り、持参したムックリを奏でてくれた。やはりベテランの音の響きは違う。音の連弾のよう。まるでいくつものムックリがつらなうように音が重なって音が伝わってきた。
木原さんは風の音や熊の鳴き声など、自然界の音を想像して弾いてみましたと語り、
アイヌ民族は「カムイ」と言って、全てのものに魂が宿ると考えています。人間に役に立つものは全て「カムイ」なんです。火、熊、船等々、いろいろなものが神様になります。その神が見ているから物を大切にすること、命をいただいたものを全て余すことなく活用するという考えで生きています。またアイヌは文字を持たないので、記憶力がすごく良かったと聞いています。ユーカラも耳で覚えて1度聞いたら全て覚えるほどだったとと、アイヌ民族の考えや知恵などを語った。

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最後に、菅原監督は「アイヌ神謡集」について、知里さんがその序文を19歳で書かれているのですが、本当に素晴らしい名文。北海道の歴史、アイヌ民族の歴史、彼女の想い、将来どうしたいかということが凝縮された2ページなので、ぜひ読んでいただきたい」と絶賛。この映画の中でもこの序文を映像で表現して‎います。知里幸恵さんがスクリーンで蘇ってほしいという思いでこの映画を作りました。また『日本の先住民族の文化を伝えるだけでなく、いじめや差別のない社会をと言う願いを込められています。
また、取材時に出会ったある子どもたちの話を例にあげた。「氷が解けたら何になる」という質問に、普通は「水になる」と答えるのですが、アイヌの子どもは「氷が解けたら春になる」と答えました。その感受性、自然を大切にし自然と共に生きてきた彼らの心を我々も学んでいきたいと思います。ぜひ、映画をご覧になって吉田さんの素晴らしい演技、島田さんの彼女でしか歌うことができない歌をご覧いただき、そしてアイヌ文化に触れるきっかけになっていただければ嬉しいです」とメッセージを語り、イベントは終了しました。


公式HPより
アイヌの心には、カムイ(神)が宿る――
学業優秀なテルは女学校への進学を希望し、優秀な成績を残すのだが、アイヌというだけで結果は不合格。その後、大正6年(1917年)、アイヌとして初めて女子職業学校に入学したが土人と呼ばれ理不尽な差別といじめを受ける。ある日、東京から列車を乗り継ぎアイヌ語研究の第一人者である兼田教授がテルの叔母イヌイェマツを訊ねてやって来る。アイヌの叙事詩であるユーカラを聞きにきたのだ。叔母のユーカラに熱心に耳を傾ける教授が言った。「アイヌ民族であることを誇りに思ってください。あなた方は世界に類をみない唯一無二の民族だ」

教授の言葉に強く心を打たれたテルは、やがて教授の強い勧めでユーカラを文字で残すことに没頭していく。そしてアイヌ語を日本語に翻訳していく出来栄えの素晴らしさから、教授のいる東京で本格的に頑張ることに。同じアイヌの青年・一三四と叔母に見送られ東京へと向かうテルだったが、この時、再び北海道の地を踏むことが叶わない運命であることを知る由もなかった…。

出演:吉田美月喜、望月歩、島田歌穂、清水美砂、加藤雅也
監督・脚本 菅原浩志 プロデューサー:作間清子 主題歌:島田歌穂
製作:シネボイス  
製作賛助:写真文化首都「写真の町」北海道東川町  
配給:トリプルアップ 
Ⓒシネボイス 上映時間:125分 公式サイト:kamuinouta.jp
2023年11月、北海道先行公開

監督・脚本 菅原 浩志
『ぼくらの七日間戦争』『写真甲子園0・5秒の夏』『早咲きの花l『ほたるの星』『北の残照』『ヌプリコロカムイノミ』
この『カムイのうた』は東川町が企画協力し製作。

取材を終えて
このイベントのあと、いくつかのブースをまわってみましたが、興味深いブースがたくさんありました。まず最初に向かったのが、この映画で企画協力している写真の町として有名な北海道東川町のブース。ジャムや米などの特産品が並んでいましたが、このブースの中で、ちょうど、この映画をもとにしたコミック(春陽堂書店より9月6日に発売)を書いた、なかはらかぜさんがサイン会をしていました。それで、普段アニメなどは見ないのですが思わず買ってしまいました。 
コミック「カムイのうた」が9月6日に発売!

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著者のなかはらかぜさん

「アイヌ民族の抒情詩ユーカラ」という言葉を初めて聞いたのは50年以上前の中学生の時、それ以来、アイヌ民族の文化がずっと気になっていたのですが、5年くらい前に平取町にある二風谷アイヌ文化博物館に行ってきました。その時に東川町にも寄りました。
そのユーカラを日本語口語に訳したのが知里幸恵さんという女性で、19歳で亡くなったというのは全然知りませんでした。その方をモデルに描いた映画『カムイのうた』を早く観てみたいです。

*スタッフ日記に、少しだけこのイベントのことを載せています。
シネマジャーナルHP スタッフ日記 
退院して、少しづつ活動始めています(暁)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/500612667.html
取材 宮崎暁美

『ウムイ 芸能の村』トーク 7月15日 ポレポレ東中野

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*プロフィール*
ダニエル・ロペス(監督・脚本)
スペイン系スイス人。2003年より沖縄に拠点を置き、映像作家、写真家として活動している。2016年『カタブイ‐沖縄に生きる‐』2020年『KAKERU 舞台の裏の物語』を監督。2022年に完成した『ウムイ 芸能の村』は3本目の長編ドキュメンタリー作品。

エバレット・ケネディ・ブラウン (Everett Kennedy Brown)
アメリカ、ワシントンD.C.生まれ、在日30年の写真家、文筆家、日本文化研究家。2003年にEpa通信社日本支局を設立し、10年間支局長を務める。また、日本有数のサスティナブル・ラーニングセンターであるブラウンズフィールドを設立。アーティストとして、幕末明治時代の湿板光画に対する革新的なアプローチで知られ、その写真は海外の主要美術館のパーマネントコレクションに所蔵されている。(HPより)

『ウムイ 芸能の村』作品紹介はこちら
スタッフ日記はこちら

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(C)VIVA RYUKU

―ダニエル・ロペス監督と写真家のエバレット・ブラウンさんがゲストです。
本日お越しいただいたお客様に監督からご挨拶をお願いいたします。


監督 みなさんこんにちは、今日は『ウムイ 芸能の村』を観に来てくださってほんとにありがとうございます。この映画はコロナの時に撮影したんですけど、芸術とかアートは特に大事と思います。映画館にも行けなくて、舞台もできなくて、だから監督として沖縄の芸能を映画に残したい。舞台に上がれない出演者たちの「気持ち」、沖縄の言葉で「ウムイ」を聞きに行って、この映画になりました。

―エバレット・ブラウンさんがいらっしゃいました。

エバレット・ブラウン(以下ブラウン) (監督へ)おめでとうございます。

―ではここからお二人にお任せしてトークのほう、進めていただければと思います。エバレットさんからお聞きしたいこと、感想など監督へ。

ブラウン わかりました。いやー、感動しました。聞きたいこといっぱいあるんです。まずは映画祭にいくつも選ばれたんですよね。

監督 そうですね。結構選ばれました。最初は東京ドキュメンタリー映画祭で賞を獲って、ドイツのニッポン・コネクション、フランスのトゥールーズの映画祭、それからカンボジア国際映画祭にノミネートされて、ほかの映画祭は返事待ち。
海外では沖縄のことがあまり知られていないことにびっくりします。だから海外で沖縄の伝統芸能を紹介できることが、とても嬉しいですね。

ブラウン 海外ではどういう評価があるんですか?

監督 沖縄の文化や伝統が知られていないから、獅子舞の印象がとても強い。ドイツに獅子舞を連れて行った。

ブラウン すごい面白かった?

監督 うん。獅子のイメージは中国の文化でちょっと派手です。映画の中で拓也さんも言っていますけど、見守る神様のイメージです。彼らは(獅子に)入るとき、出るときもそう、とても大事にしています。ドイツでもドイツ人のスタッフも一緒にみんな集まって祈ってから入る。場所もちゃんとお祓いして。私いつもこれを観ると感動します。

ブラウン 映画の中で獅子がいろんなところを歩いているので・・・最初からそういう想いがあったんですか?

監督 ないです(笑)。最初に神社に行って、(獅子への)入り方を見たときにほんとに真面目で。本人が「入ったら自分がなくなる」って言っています。今パンデミックだから、映画の中で宜野座村に行って「邪気のお祓いをする」というインスピレーションがきて、追加撮影をしました。場所は直感で決めて、綺麗な映像と獅子が映画のつながりを作りました。

ブラウン いやすごい。考えさせられるところですね。よくあるような質問なんだけど、この映画を作るのは何がきっかけだったんですか?

監督 きっかけはさっきも言ったんですけど、パンデミックでみんなが舞台に出られない。がらまんホールの小越(おごし)さんが、「ドキュメンタリー作らないか?」「みんなに会いに行って話を聞こう」と言って出かけました。長い「ユンタク(おしゃべり、会話)」して、お茶して、その人たちの想いを聞きました。私は沖縄のことばが好きだから、前の映画も「カタブイ(晴れている片方で降る雨のこと)」、今回は「ウムイ」。エバレットさんと共通点ありますね。

ブラウン そう、何?このタイミング~!?(笑)これがもう不思議ですね。

監督 説明してもらえますか。

ブラウン 僕は去年の10月に「ウムイ」という写真集を作りました。ちょうど撮影している最中、現場で、居酒屋でヤギの刺身を食べながら同じ「ウムイ」をテーマにしているんだって、ちょっと話題になったんです。
だけど、僕たちは日本人でもないし、沖縄人でもないのに、どうして?みなさん「ウムイ」っていう言葉、この映画を観る前にわかりましたか?ちょっと手を挙げてください。はあ、ほぼ、ほぼ知られていないんだ。
これは、監督はもう十分映画に表したんですけど、言葉でいうと「ウムイ」って何?

監督 難しいね。やっぱり英語に通訳するといろんな言葉が出てくるね。気持ちとか、自分の想い、感じることとか、内面にあるものとか、結構いろんな意味があります。日本語は一言で言えないいろんな意味が入っていてすごく面白いと思います。
沖縄の言葉はウチナーグチ、もう50歳以上の人しか喋れないと言われています。言葉は使わないと消えていくけど、沖縄には唄三線があります。唄はみんなウチナーグチ。
沖縄の人はもちろん、海外の人まで喋れないけど歌える。芸術、アートとして残っていて素晴らしいと思っています。それはほかのところで観たことがない。
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ダニエル・ロペス監督

ブラウン 映画の最初のほうに猫が歩いているところがあります。けっこうボロボロの顔だったけど、三線を聞いて立ち止まって座って、なんかいい気持ちになって(笑)。あれ感動しました。

監督 比嘉さんの家ね。この映画はおなかすいたときに観ないほうがいいと思う(笑)。
あの奥さんの作る美味しいオムレツとかね。
映画を撮る前に行って珈琲飲んで話したんです。三線を聞いて風が吹いて・・・あれは「癒し」。それを感じると分かち合いたい。自分の感じた気持ちを観客に見せたい、その瞬間、時間を。今回はその雰囲気ね、猫がいたりとか、風とか。だから音はすごく大事にしました。
みなさんのいいところをたくさんもらう、話してくれることに感謝の気持ちしかない。あの人たちがいないと映画ができません。
沖縄はすごい、寛大さがある。人の家に行ったらどうぞカメカメ。食べて、食べて、これ食べてとか(笑)。スケジュールとかいつもつぶれてる(笑)、長くなる。でも楽しい、とても!沖縄の面白いところ。

ブラウン あのデブちゃんいいねぇ!

監督 心誠(しせい)くん?もう中学2年生?3年生だっけ?大きくなってます。彼は相撲もやってます。舞踊ももちろん続けていますが、困ること一つあります。大きくなって衣装が入らない(笑)。新しい衣装買わないといけない。

ブラウン 彼が何か食べているとき、さりげなく後ろの子にあげてる。それがいいね。

監督 つながりね、それも。
お父さんから息子へとか、師匠から弟子へとか継承する。これすごく大事。

ブラウン ところどころ感動するシーンがあった・・・お父さんと中学生の娘と釣りに行く。あれ、普通行かないでしょ?

監督 そうですね、私もすごく仲のいい2人だと思いました。だいたいお父さんを好きと思うけど、中学生になってもね。彼女は今高校生だけど、すごい仲いい。
お父さんのことを、日本語で言う「背中を見る」?それがすごい。自分も息子がいるんですけど、言うことはきかないけど、私のやることは見ている。伝統芸能も同じこと、一緒。
心誠(しせい)くんもお母さんが琉球舞踊をやっていたから、彼はずっと見ていた。子どものときはおじいちゃんと一緒にいたから、自分の家庭からそれを受け取る。で、続く。

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エバレット・ブラウンさん

ブラウン じゃちょっと次の話題にいきましょ。2人で同じ時期に「ウムイ」をテーマにして作品を作った。わ~、なんだろうね?

監督 ね、すごいタイミングでした。二人宜野座の美味しいところで食べながらウムイの話してたの、ヨーロッパでは撮影始まるときに特に何もしない。これうまく通訳できないけど、日本は神社や神様のところで無事をお願いする。沖縄は御嶽(うたき=神事を祈るところ)で挨拶する。次の日、そこで法螺貝の音がしたの。そしたら友達(松永正剛)が「あ、これはエバレットさんだ」って。エバレットさんが隣で撮影をするところだった。その前に法螺貝を吹いてた。なんでこれをしますか?

ブラウン あの~ちょっとマニアックなことなんだけど、その場所には古い記憶が残っているの。それで呼び起こすのに、法螺貝を使っている。一応修験道の経験があるので。だからその場所に宿っている神とか、ご先祖様の記憶を呼び起こして撮影しようと。写真集持ってきたので、ご興味のある方は割引きしますんで(笑)。ご覧になってください。
法螺貝を吹くと思いがけないことが起こるんですよ、不思議に。それを写真に現しているので。

監督 目には見えないところね。

ブラウン そう。そうですよ。これどうしてもこの場を借りて言いたかった。どうも日本から見ると沖縄は「リゾートとか、基地問題とか、戦争の頃は可哀想だったなぁとか」ずっとそういう想いばっかり。でも実際に沖縄に行くと、沖縄の人々が持っている心を伝えていない!これが「ウムイ」の写真集を作るきっかけだったんです。たぶん同じ?

監督 同じ。陰と陽というか。
沖縄はドキュメンタリーでもいつも社会問題で、米軍基地とか。今回はもうみんな疲れているから心を癒す映画を作りたかった。(問題は)映画の中にも出てきても、でも直接じゃない。みなさんの日常生活が一番大事と思います。

ブラウン そうです。

―時間があっというまに経ってしまいまして、そろそろ。まだ延々とありそうですが。
よろしかったらみなさん写真を撮る時間を設けたいと思います。SNSなどで「観てきたよ~」と記念に撮って発信していただければと。


ここから撮影タイム  
*ブラウンさん「僕、一応写真家なので」とスマホを取り出す。「すごく面白いー!これいいね!」と客席を撮影。

ブラウン なんか別の場所でしゃべりたいんですよね(笑)。
監督 ロビーにいますから。

―写真集もパンフレットも今日はもれなくサインがついてきます。
みなさま今日はどうもありがとうございました。


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サイン中の監督


(写真・まとめ:白石映子)

『エンドロールのつづき』パン・ナリン監督トークショー

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*パン・ナリン監督プロフィール*
インド共和国・グジャラート州出身。ヴァドーダラーのザ・マハラジャ・サヤジラオ大学で美術を学び、アーメダーバードにあるナショナル・インスティテュート・オブ・デザインでデザインを学んだ。初の長編映画『性の曼荼羅』(01)がアメリカン・フィルム・インスティテュートのAFI Festと、サンタ・バーバラ国際映画祭で審査員賞を受賞、メルボルン国際映画祭で“最も人気の長編映画”に選ばれるなど、30を超える賞を受賞し、一躍国際的な映画監督となった。BBC、ディスカバリー、カナル・プラスなどのTV局でドキュメンタリー映画も制作しており、“Faith Connections”(13・原題)はトロント国際映画祭の公式出品作品として選ばれ、ロサンゼルス インド映画祭で観客賞を受賞した。2022年にグジャラート州出身の映画監督として初めて映画芸術科学アカデミーに加入。他の代表作に『花の谷 -時空のエロス-』(05)、『怒れる女神たち』(15)などがある。
*ストーリー*
作品紹介はこちら
ALL RIGHTS RESERVED (C)2022. CHHELLO SHOW LLP
★2023年1月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋 他全国公開

劇場公開をひかえて17日に来日されたばかりのパン・ナリン監督が最終試写の上映後登壇されました。ほぼ書き起こしでその様子をお届けします。(通訳:大倉美子)

―パン・ナリン監督をお迎えして、本作についてたっぷり語っていただきます。拍手でお迎えください。
(満席の試写室に入ってワオ!と目を輝かせる監督)

観てくださって、そして残ってくださってうれしいです。

―上映が終わった後、拍手がわいていました。

ありがとうございます。残念ながら拍手は聞き逃してしまいました。映画をシネマホールで観ていただく、ということが日々難しくなっています。今日は試写会場にわざわざお越しくださって、(トークのために)残ってくださってうれしく思います。この作品の公開に関しても、配信などプラットホームではなく、まず映画館でと思って力を尽くしてきました。

―監督は日本にいらっしゃるのは何回目ですか?

12、3年ぶり5回目の来日です。前は映画『花の谷』(未公開)のために、クライマックスの撮影やキャスティングをしました。東京での撮影でとても楽しかったです。

―今回日本で一番やりたいことは何ですか?

やはりこの映画を観てくださった観客の方とお話しする、これが一番の目的です。パンデミックが少し落ち着いてきている中で、この映画がみなさんにどんな風に届くのかとても興味があります。

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―では映画について伺っていきたいと思います。まずはアカデミー賞国際長編映画賞インド代表としてショートリストへの選出おめでとうございます。世界から大注目されている本作のきっかけから教えてください。

2011年ころ、自分の親の住んでいる地元に戻りました。そのときに、映写技師の友人に会いに行きました。彼は非常につらい経験をしていました。というのはデジタル化の波がやってきて、映写技師の仕事を失ってしまったんです。彼だけではなく、インド中で何十万人という映写技師たちが仕事をなくしていました。新しいデジタルでの映写ということになると、コンピュータを使ってデータをダウンロードしなくてはいけない、英語ができなければいけない。そんな中で読み書きが得意ではなかった彼などは失職してしまい、「なんて世界になってしまったんだ。映写機もフィルムも変わってしまい、僕たちのような者はみな忘れられてしまったんだ」と悲しげに話していました。そんな彼を見て、心動かされました。
同時に自分の子供時代の話を、家族や友人たちからたくさん聞きました。「こういうことをしていたから、やっぱり映画監督になる人間だったんだよね」と。たとえば映画の中にでてきたように、色ガラスや「屑」と言われているものを集めたり、それで映写機を作ったり、フィルムを盗んだというのも実は本当です(笑)。
そういう自分自身の子ども時代のこと、年の離れた映写技師の友人の話を組み合わせることで、これは映画になるんじゃないかと思いました。それが2019年、ちょうどセルロイドフィルムが使われなくなって10年くらいだったんです。その変化についても触れられる素晴らしいタイミングなのではないか。ストーリーテラーとして、媒体が変わっていく中でどういう風にストーリーテリングをしていくかについての映画を作りたいと思いました。

―キャンペーンで訪ねた各国の反応はいかがでしたか?

自分と携わったチームはこれほどまで、この映画が世界中に連れて行ってくれるとは思ってもみませんでした。ほんとにたくさんの国に足を運ぶことができました。やはり映画界で仕事をしている方には胸に来るものがあったようですし、多くの方々が映画を愛していること、コロナで映画館に行けない状況が続きましたが、映画館で再び映画を観たいと思っていることを実感しています。
みなさんの共感のしかたというのは、いろいろあります。たとえば、サマイが大人になっていく過程―どんな風に映画ファンになっていくのか、そして夢のためにどう戦うのか、希望を見出すのか―というところにぐっときたという方もいます。
驚いたのは、ニューヨークの株式関係の方々が観たときに、「これは金融のベンチャーとしてあるべき形なんじゃないか」と称賛されたことです。つまり彼らの目には「同じ夢を見た人が一つのグループを作って戦うことで成功を手にするストーリー」という風に映ったようでした。
中国では、これも意外だったんですけど、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の分断ができていることをご存じの方が、その調和をうたった映画であると言ってくださったんです。というのは、主人公の少年サマイはヒンドゥー教徒で、映写技師のファザルはイスラム教徒・ムスリムなんですね。そのテーマは、劇中に何度も出てくる大衆的な人気を誇る『ジョーダーとアクバル』という映画を通してでも示唆されています。ヒンドゥー教徒のジョーダー姫とムスリムのアクバル皇帝の二人が一つになるという物語であるからなんです。
そういう風に人によって共感するところが違う映画になっております。

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そしてもちろん映画がお好きな方には、たくさんの映画へのオマージュが詰め込まれています。気づかれたと思いますが、『アラビアのロレンス』、タルコフスキーの『ストーカー』、ルミエール兄弟など、ほかにも入っていますのでそういった部分を見つける楽しみもあるのかなと思います。試写を観てくださった方には、映写関係、技師の方、撮影家督、編集の方々がいらっしゃいまして、中には目を真っ赤にして終わった後僕のところに来てくださった方もいました。世界中でいろんな感情を抱いてくれたそんな作品になったと思います。アイスランド、中国、台湾、インドなどいろんなところに行って、たしか12の観客賞を受賞しています。それだけでもどんな映画か伝わるでしょうか。

―これから時間の許す限り会場からのご質問を受けます。監督に直接うかがえる貴重な機会です。

Q 素晴らしい作品をありがとうございます。サマイの未来、どういう大人になって、どういう作品を作っていくのかという構想をされていたらお伺いしたいです。

サマイはほぼ自分自身で、体験したことがそのまま描かれています。自分の子ども時代からインスパイアされた物語なので、たぶん大きくなったサマイは心から作りたいものを作っているはずです。インドでは、大衆向けの映画は、映画の方程式というようなものにのっとって作られていることが多いように思うんですね。音楽、ダンス、ドラマ、アクションとちょっと過剰なまでのものが盛り込まれています。そういうものではない、自分にとってリアルなものを作る映画監督になるんじゃないかなと思います。

Q すごく映画愛にあふれていて、映画館で映画を観る喜び、映画ファンとしての幸せをあらためて感じる映画でした。ありがとうございました。
二つ質問させていただきたいんですけど、一つは映画を観ることに厳しいお父さん、料理上手な優しいお母さんというご家族にはモデルがいるのでしょうか?
物語の中で「光」というのが大事な要素だったと思うので、監督が映画を撮られるにあたって、光の演出に特別なこだわりがあればお聞きしたいなと思います。


素敵な質問です。映画の両親も本物の僕の両親にインスピレーションをうけたキャラクターと言えます。今おっしゃっていただいたように、父は最初自分の息子が映画を作りたいと思っていることを良くは思っていませんでした。というのは、インドの地方で育つと、映画というものは道徳的ではないと思われていたんですね。ただ、自分の息子には幸せになってほしいという想いから、最終的にはやりたいことを応援してくれました。自分と同じような状況でいては同じになってしまう。だったら自分の道を歩んでほしいと考えてくれたんだと思います。
一方で母は、映画に興味を持った一日目から映画の夢を追うことをずっと応援してくれました。料理がとても上手で、そのスキルを家族全員に伝えてくれたんです。実は今回登場する料理は弟が作ってくれました。本物の色彩や味をこの映画で再現したかったからなんです。

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光の質問ですが、映画と同じく初めて映画を観たときは頭上に踊っている(映写室からの)光の筋がとても印象的でした。当時は映写室で何が起こっているのか、映画がどうやってできるのかなど全くわかっていなかったんですが。
空中のホコリやタバコの煙によって、よりその筋がはっきりと見えました。今はデジタル化してしまったので、もう光の筋は見えなくなってしまったんですけれど、当時はとにかく魅了されたんです。絶対に映画の魔法というのが光の中にあるに違いないと思い、その光を求める旅がそこから始まって、歳を重ねるごとに重要になってきました。
また精神面でも、仏教であろうとヒンドゥー教であろうと、”物理的な光”と人の中にある”内なる光”は等しく大事なものとされています。そういった意味でも自分にとって大事なもので、物語というものは光から始まり、映画の場合ストーリーは光から綴られていくわけですから、それが光に戻っていくというのがとても素敵だなと思いました。

―あっというまに時間が過ぎて最後の質問です。

Q とても心に響きました。ありがとうございました。映写技師の方はこの映画を観られたのでしょうか?何か印象に残るお話をされていたらお伺いしたいと思います。

映画ではファザルでしたが、彼の実の名前はモハメドといいます。作品は完成前のバージョンも完成後も見てくれています。見た後一日中泣いたと聞いています。彼にとっては、これはフィクションではなく、まるでドキュメンタリーにしか思えないと言っていました。
彼については面白い話があります。『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989/イタリア)がリリースされたときに、僕は彼に観るべきだと勧めました。お弁当を交換するとか、技師と友情をはぐくむとか、自分自身の子供時代から持ってきたかと思うようなシーンが5,6シーンあったので、観てほしいと思ったんです。そしたら観た彼が自分のことをスパイされたんじゃないかと疑念を抱いたりして(笑)。さらに「間違っている」と言い出しました。というのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写ブースの中には、映写機が一台しかなかったんです。フィルムの映写をご存じだと思うんですけど、2台ないと(巻を交換するため)あれだけの映画は映写することができないので、技術的に間違っている、と言っていました。
さきほどお話したように、コンピュータや英語を使うことや、読み書きもそこまでできない、そういう教育を受けたわけではないけれども、彼は人として聡明な僕の二人目の先生という存在です。

―最後にナリン監督からひとことお願いいたします。

今日は来てくださって心からありがとうございます。
みなさんも映画が好きな方々、映画というものがこれからも生き続けるためには、やはり映画館へ観に行かなければなりません。もし気に入ってくださったのであれば、ご友人やご家族に「こんな作品があるよ」と声をかけていただければ、大変うれしいです。
松竹さんもすごく頑張ってくれていますが、映画をお届けするのには配給会社や監督チームだけでは限界があります。
多くの方が映画館でこの『エンドロールのつづき』を見出すことができればうれしいです。
また弟さん、妹さんや若い方もぜひ。実はお子さんにはそんなに響かないかなと思っていたのですが、全然そんなことはなくて逆に驚くほどいろんな意味で共感してくださっています。今ではお子さんに向けての試写を行っているくらいです。
そして最後に主人公のサマイを演じたバヴィンくんが、よくQ&Aで言っているコメントを締めくくりとしてお伝えします。彼はインドの小さな村出身の男の子なんですが、彼に言わせるとこの映画をおすすめする理由は「まず笑えて、泣けて、最後はおなかが減る」(笑)そんな映画だからです。

ーありがとうございました。(これよりフォトセッション)

(取材・監督写真 白石映子)