『エンドロールのつづき』パン・ナリン監督トークショー

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*パン・ナリン監督プロフィール*
インド共和国・グジャラート州出身。ヴァドーダラーのザ・マハラジャ・サヤジラオ大学で美術を学び、アーメダーバードにあるナショナル・インスティテュート・オブ・デザインでデザインを学んだ。初の長編映画『性の曼荼羅』(01)がアメリカン・フィルム・インスティテュートのAFI Festと、サンタ・バーバラ国際映画祭で審査員賞を受賞、メルボルン国際映画祭で“最も人気の長編映画”に選ばれるなど、30を超える賞を受賞し、一躍国際的な映画監督となった。BBC、ディスカバリー、カナル・プラスなどのTV局でドキュメンタリー映画も制作しており、“Faith Connections”(13・原題)はトロント国際映画祭の公式出品作品として選ばれ、ロサンゼルス インド映画祭で観客賞を受賞した。2022年にグジャラート州出身の映画監督として初めて映画芸術科学アカデミーに加入。他の代表作に『花の谷 -時空のエロス-』(05)、『怒れる女神たち』(15)などがある。
*ストーリー*
作品紹介はこちら
ALL RIGHTS RESERVED (C)2022. CHHELLO SHOW LLP
★2023年1月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋 他全国公開

劇場公開をひかえて17日に来日されたばかりのパン・ナリン監督が最終試写の上映後登壇されました。ほぼ書き起こしでその様子をお届けします。(通訳:大倉美子)

―パン・ナリン監督をお迎えして、本作についてたっぷり語っていただきます。拍手でお迎えください。
(満席の試写室に入ってワオ!と目を輝かせる監督)

観てくださって、そして残ってくださってうれしいです。

―上映が終わった後、拍手がわいていました。

ありがとうございます。残念ながら拍手は聞き逃してしまいました。映画をシネマホールで観ていただく、ということが日々難しくなっています。今日は試写会場にわざわざお越しくださって、(トークのために)残ってくださってうれしく思います。この作品の公開に関しても、配信などプラットホームではなく、まず映画館でと思って力を尽くしてきました。

―監督は日本にいらっしゃるのは何回目ですか?

12、3年ぶり5回目の来日です。前は映画『花の谷』(未公開)のために、クライマックスの撮影やキャスティングをしました。東京での撮影でとても楽しかったです。

―今回日本で一番やりたいことは何ですか?

やはりこの映画を観てくださった観客の方とお話しする、これが一番の目的です。パンデミックが少し落ち着いてきている中で、この映画がみなさんにどんな風に届くのかとても興味があります。

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―では映画について伺っていきたいと思います。まずはアカデミー賞国際長編映画賞インド代表としてショートリストへの選出おめでとうございます。世界から大注目されている本作のきっかけから教えてください。

2011年ころ、自分の親の住んでいる地元に戻りました。そのときに、映写技師の友人に会いに行きました。彼は非常につらい経験をしていました。というのはデジタル化の波がやってきて、映写技師の仕事を失ってしまったんです。彼だけではなく、インド中で何十万人という映写技師たちが仕事をなくしていました。新しいデジタルでの映写ということになると、コンピュータを使ってデータをダウンロードしなくてはいけない、英語ができなければいけない。そんな中で読み書きが得意ではなかった彼などは失職してしまい、「なんて世界になってしまったんだ。映写機もフィルムも変わってしまい、僕たちのような者はみな忘れられてしまったんだ」と悲しげに話していました。そんな彼を見て、心動かされました。
同時に自分の子供時代の話を、家族や友人たちからたくさん聞きました。「こういうことをしていたから、やっぱり映画監督になる人間だったんだよね」と。たとえば映画の中にでてきたように、色ガラスや「屑」と言われているものを集めたり、それで映写機を作ったり、フィルムを盗んだというのも実は本当です(笑)。
そういう自分自身の子ども時代のこと、年の離れた映写技師の友人の話を組み合わせることで、これは映画になるんじゃないかと思いました。それが2019年、ちょうどセルロイドフィルムが使われなくなって10年くらいだったんです。その変化についても触れられる素晴らしいタイミングなのではないか。ストーリーテラーとして、媒体が変わっていく中でどういう風にストーリーテリングをしていくかについての映画を作りたいと思いました。

―キャンペーンで訪ねた各国の反応はいかがでしたか?

自分と携わったチームはこれほどまで、この映画が世界中に連れて行ってくれるとは思ってもみませんでした。ほんとにたくさんの国に足を運ぶことができました。やはり映画界で仕事をしている方には胸に来るものがあったようですし、多くの方々が映画を愛していること、コロナで映画館に行けない状況が続きましたが、映画館で再び映画を観たいと思っていることを実感しています。
みなさんの共感のしかたというのは、いろいろあります。たとえば、サマイが大人になっていく過程―どんな風に映画ファンになっていくのか、そして夢のためにどう戦うのか、希望を見出すのか―というところにぐっときたという方もいます。
驚いたのは、ニューヨークの株式関係の方々が観たときに、「これは金融のベンチャーとしてあるべき形なんじゃないか」と称賛されたことです。つまり彼らの目には「同じ夢を見た人が一つのグループを作って戦うことで成功を手にするストーリー」という風に映ったようでした。
中国では、これも意外だったんですけど、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の分断ができていることをご存じの方が、その調和をうたった映画であると言ってくださったんです。というのは、主人公の少年サマイはヒンドゥー教徒で、映写技師のファザルはイスラム教徒・ムスリムなんですね。そのテーマは、劇中に何度も出てくる大衆的な人気を誇る『ジョーダーとアクバル』という映画を通してでも示唆されています。ヒンドゥー教徒のジョーダー姫とムスリムのアクバル皇帝の二人が一つになるという物語であるからなんです。
そういう風に人によって共感するところが違う映画になっております。

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そしてもちろん映画がお好きな方には、たくさんの映画へのオマージュが詰め込まれています。気づかれたと思いますが、『アラビアのロレンス』、タルコフスキーの『ストーカー』、ルミエール兄弟など、ほかにも入っていますのでそういった部分を見つける楽しみもあるのかなと思います。試写を観てくださった方には、映写関係、技師の方、撮影家督、編集の方々がいらっしゃいまして、中には目を真っ赤にして終わった後僕のところに来てくださった方もいました。世界中でいろんな感情を抱いてくれたそんな作品になったと思います。アイスランド、中国、台湾、インドなどいろんなところに行って、たしか12の観客賞を受賞しています。それだけでもどんな映画か伝わるでしょうか。

―これから時間の許す限り会場からのご質問を受けます。監督に直接うかがえる貴重な機会です。

Q 素晴らしい作品をありがとうございます。サマイの未来、どういう大人になって、どういう作品を作っていくのかという構想をされていたらお伺いしたいです。

サマイはほぼ自分自身で、体験したことがそのまま描かれています。自分の子ども時代からインスパイアされた物語なので、たぶん大きくなったサマイは心から作りたいものを作っているはずです。インドでは、大衆向けの映画は、映画の方程式というようなものにのっとって作られていることが多いように思うんですね。音楽、ダンス、ドラマ、アクションとちょっと過剰なまでのものが盛り込まれています。そういうものではない、自分にとってリアルなものを作る映画監督になるんじゃないかなと思います。

Q すごく映画愛にあふれていて、映画館で映画を観る喜び、映画ファンとしての幸せをあらためて感じる映画でした。ありがとうございました。
二つ質問させていただきたいんですけど、一つは映画を観ることに厳しいお父さん、料理上手な優しいお母さんというご家族にはモデルがいるのでしょうか?
物語の中で「光」というのが大事な要素だったと思うので、監督が映画を撮られるにあたって、光の演出に特別なこだわりがあればお聞きしたいなと思います。


素敵な質問です。映画の両親も本物の僕の両親にインスピレーションをうけたキャラクターと言えます。今おっしゃっていただいたように、父は最初自分の息子が映画を作りたいと思っていることを良くは思っていませんでした。というのは、インドの地方で育つと、映画というものは道徳的ではないと思われていたんですね。ただ、自分の息子には幸せになってほしいという想いから、最終的にはやりたいことを応援してくれました。自分と同じような状況でいては同じになってしまう。だったら自分の道を歩んでほしいと考えてくれたんだと思います。
一方で母は、映画に興味を持った一日目から映画の夢を追うことをずっと応援してくれました。料理がとても上手で、そのスキルを家族全員に伝えてくれたんです。実は今回登場する料理は弟が作ってくれました。本物の色彩や味をこの映画で再現したかったからなんです。

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光の質問ですが、映画と同じく初めて映画を観たときは頭上に踊っている(映写室からの)光の筋がとても印象的でした。当時は映写室で何が起こっているのか、映画がどうやってできるのかなど全くわかっていなかったんですが。
空中のホコリやタバコの煙によって、よりその筋がはっきりと見えました。今はデジタル化してしまったので、もう光の筋は見えなくなってしまったんですけれど、当時はとにかく魅了されたんです。絶対に映画の魔法というのが光の中にあるに違いないと思い、その光を求める旅がそこから始まって、歳を重ねるごとに重要になってきました。
また精神面でも、仏教であろうとヒンドゥー教であろうと、”物理的な光”と人の中にある”内なる光”は等しく大事なものとされています。そういった意味でも自分にとって大事なもので、物語というものは光から始まり、映画の場合ストーリーは光から綴られていくわけですから、それが光に戻っていくというのがとても素敵だなと思いました。

―あっというまに時間が過ぎて最後の質問です。

Q とても心に響きました。ありがとうございました。映写技師の方はこの映画を観られたのでしょうか?何か印象に残るお話をされていたらお伺いしたいと思います。

映画ではファザルでしたが、彼の実の名前はモハメドといいます。作品は完成前のバージョンも完成後も見てくれています。見た後一日中泣いたと聞いています。彼にとっては、これはフィクションではなく、まるでドキュメンタリーにしか思えないと言っていました。
彼については面白い話があります。『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989/イタリア)がリリースされたときに、僕は彼に観るべきだと勧めました。お弁当を交換するとか、技師と友情をはぐくむとか、自分自身の子供時代から持ってきたかと思うようなシーンが5,6シーンあったので、観てほしいと思ったんです。そしたら観た彼が自分のことをスパイされたんじゃないかと疑念を抱いたりして(笑)。さらに「間違っている」と言い出しました。というのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写ブースの中には、映写機が一台しかなかったんです。フィルムの映写をご存じだと思うんですけど、2台ないと(巻を交換するため)あれだけの映画は映写することができないので、技術的に間違っている、と言っていました。
さきほどお話したように、コンピュータや英語を使うことや、読み書きもそこまでできない、そういう教育を受けたわけではないけれども、彼は人として聡明な僕の二人目の先生という存在です。

―最後にナリン監督からひとことお願いいたします。

今日は来てくださって心からありがとうございます。
みなさんも映画が好きな方々、映画というものがこれからも生き続けるためには、やはり映画館へ観に行かなければなりません。もし気に入ってくださったのであれば、ご友人やご家族に「こんな作品があるよ」と声をかけていただければ、大変うれしいです。
松竹さんもすごく頑張ってくれていますが、映画をお届けするのには配給会社や監督チームだけでは限界があります。
多くの方が映画館でこの『エンドロールのつづき』を見出すことができればうれしいです。
また弟さん、妹さんや若い方もぜひ。実はお子さんにはそんなに響かないかなと思っていたのですが、全然そんなことはなくて逆に驚くほどいろんな意味で共感してくださっています。今ではお子さんに向けての試写を行っているくらいです。
そして最後に主人公のサマイを演じたバヴィンくんが、よくQ&Aで言っているコメントを締めくくりとしてお伝えします。彼はインドの小さな村出身の男の子なんですが、彼に言わせるとこの映画をおすすめする理由は「まず笑えて、泣けて、最後はおなかが減る」(笑)そんな映画だからです。

ーありがとうございました。(これよりフォトセッション)

(取材・監督写真 白石映子)

『声優夫婦の甘くない生活 』豪華声優夫婦登壇トークイベント付試写会レポート

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ソ連でスター吹き替え声優だった夫婦がイスラエルに移民して夢の第2の人生をスタート。しかし、仕事にありつけない2人が始めたのはなんと闇仕事!
長年連れ添った夫婦が甘くない世の中で、お互いがかけがえのない存在であることを思い知る。
エフゲニー・ルーマン監督が旧ソ連圏から移民した自身の経験をもとに、7年の歳月をかけて丁寧に作り上げた本作はフェデリコ・フェリーニや、ハリウッドの往年の名作へのオマージュがクラシカルな映像と相まって、甘美なノスタルジーに誘ってくれます。

主人公が声優夫婦という設定にちなみ、11/ 22 (日)のいい夫婦の日に、リアル声優夫婦のトークイベント付き試写会が実施されました。
「ONE PIECE」の主人公ルフィの義兄ポートガス・D・エース、「ドラゴンボール」シリーズのピッコロ、「うる星やつら」の諸星あたる、洋画の吹き替えでは『バットマン フォーエヴァー』のジム・キャリーや『愛と哀しみの果て』のロバート・レッドフォードなどの声を担当した古川登志夫さん。そして、「美少女戦士セーラームーン」大阪なる、「ドラゴンボール改」ビーデル、「クッキングパパ」芹沢マリ、「きんぎょ注意報」智恵子などの声を担当した柿沼紫乃さんの、日本を代表するレジェンド声優夫婦をゲストに迎え、本作について語っていただきました。

<概要>
【日時】11月22日(日)15:30トーク開始〜16:00 トーク終了
【ゲスト】古川登志夫さん、柿沼紫乃さん 声優夫妻
【場所】アキバシアター(千代田区神田練塀町3 富士ソフトアキバプラザ2F)

<古川登志夫(ふるかわとしお)さんプロフィール>
日本大学芸術学部卒業後、劇団「櫂(KAI)」に参加。「劇団青杜(せいとう)」の創立・主宰し、作・演出を担当。青二プロダクションに移籍後、声優として『ドラゴンボール』のピッコロ、『ONE PIECE』のポートガス・D・エース、『うる星やつら』の諸星あたるなど数々の国民的人気アニメのキャラクターの声を演じ、人気を博す。洋画吹き替えでは『バットマン フォーエヴァー』のジム・キャリー、『愛と哀しみの果て』のロバート・レッドフォードなど多くのハリウッドスターの声を務める。2019年より青二プロダクション附属俳優養成所「青二塾」東京校の塾長も務め、後進の輩出にも力を入れている。


<柿沼紫乃(かきぬましの)さんプロフィール>
国立音大附属音楽高等学校卒業後、「劇団青杜(せいとう)」に入団。ラジオパーソナリティーとしてデビュー。人気アニメ「美少女戦士セーラームーン」の大阪なる、「ドラゴンボール改」ビーデル、パン、「クッキングパパ」芹沢マリ、「きんぎょ注意報」智恵子などの声で知られる。また、ゲームやテレビのナレーションなど幅広い分野で、現在も第一線で活躍している。


司会
この映画を観た感想をお聞かせください

古川登志夫さん(以下、古川)
映画にはさまざまなジャンルがあって、さまざまな楽しみ方があると思う。夫婦の心の機微を扱った作品は今年に入ってからかなりの本数を見ていますが、その中でも特に良質な作品でしたね。
良質とはどういうことなのかと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、夫婦生活って長くなればなるほど、空気や水のようになって、会話も少なくなっていきますよね。あるいは話はしても本心が聞こえなくなってくる。齟齬が生まれることがあるかもしれません。
先日、声優仲間から夫婦の問題を相談されたのですが、そいつにこの作品を見せたらいいんじゃないか。何かヒントがあるんじゃないかと思いましたね。


司会
妻と夫、それぞれ気づかないところに気づかせてくれる映画ですよね。

柿沼紫乃(以下、柿沼)
アニメーションのイベントで、イスラエルにお招きいただいたことがあったのですが、建物や道路といった街全体がエルサレムストーンという色で統一されていたのです。この映画を拝見したときに、エルサレムストーン的な色で包まれていたので懐かしく感じました。
そして、本当の声を聞くのにハリウッド映画のようなドラマチックな台詞は必要ないのかもしれないと思いました。


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司会
声優夫婦の日常の中で繰り広げられる物語でしたが、声優夫婦だからこそ共感したポイントは?

古川
声優の仕事がないかと知人を頼っていくシーンがありましたよね。自分も声優の仕事を始めたばかりの若い頃は自らアルバムや資料を作って、大学のサークルの先輩でプロデューサーになった方に連絡を取って、「何か仕事はないですか」と頼んで歩いたのです。あのシーンはとてもリアリティがあって、昔の自分を思い出して身につまされました。
でも、最近の日本における声優事情は全然違います。日本の声優の大半の方が事務所に所属しています。たとえば、僕たちは2人とも青二プロダクションに所属していますが、400人強のタレントが所属していて、それに見合うだけのスタッフ編成で、スタッフの方々がシステマティックに仕事を取ってきてくださる。自分の仕事を頼みに行くことはほとんどありません。
現在、日本のサブカルコンテンツをコンセプトにした海外でのコンベンションが数多く行われていて、僕らも過去9年間に21回くらい呼ばれてあちこちに行きました。そこで海外の声優の方々とシンポジウムやフォーラム、個人的に話をするとみなさん、「日本の声優事情は天国だね」とおっしゃるんです。海外には事務所がない。どうやって仕事をしているのかを聞いたら、2~3人のグループで力を合わせて仕事を頼みに行ったりするそう。声優の地位が日本と比べて低い。それを聞いて驚きました。


柿沼
ラヤが電話の仕事でマルガリータになったときに、相手にあわせて、キャラクターを変えていきましたよね。突然、ものすごく低いトーンになったりしていましたが、あれは声優あるあるです。セールスマンの方がピンポーンと来たり、電話を掛けてきた時に、子供のフリをしたり、すごく具合が悪そうなフリをしたり、あからさまに忙しそうに演じたりしちゃいますから。


古川
それ、あなただけでしょ。


柿沼
いやいや、業界あるあるですよ。インターフォンだとご近所の方に聞こえて、「あの奥さん、またやっているわ」と思われているかもしれませんが、そういう風にどんどん変えてしまうことがあるので、あのチェンジの仕方はあるなぁと思いました。
声優夫婦としては、最初のディナーシーンで乾杯をしていましたが、ラヤがヴィクトルにハリウッド的なセリフを言ってくれて乾杯になるのを期待して、「何か挨拶を…」と促したら、ヴィクトルは台本がないので「えっ」となって、固まってしまいますよね。あういうのはうちの中でもあります。
「(家族が)声優だといろんな声が聞けていいね」と言われますが、普段の生活ではそんなことはなくて、時々、妙にかっこつけていたりするので、「今、誰の真似をしているの?」、「今、ビル・ プルマンをやった?」、「今、ピッコロになっている?」と言ったりします。


古川
たまに機嫌が悪いとピッコロみたいになってしまうことがありますけれどね。


司会
いろんな声が使い分けられてうらやましいです。声という点でヴィクトルはラヤの声にほれたという話がありましたが、お二人はそれぞれ、お互いのどんな声が好きなのでしょうか。

柿沼
声優には2タイプありまして、まったく声のトーンを変えずに自分の持ち味だけでいく人と彼のように千変万化する人に分かれます。本当に彼はものによって、まったく別人に変えてしまうんです。業界の人でも最後のクレジットを見るまで古川登志夫だと気がつかれないくらい変えるところがあります。中でも『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』のロバート・カーライルを演じたときの声は、悪役なのに寂しく抑えて痛みを感じない苦しみを表現していて、あの声が一番好きですね。あれは業界の方にも最後まで古川登志夫と気づかなかったと言われるんです。ヨイショ!


古川
今のヨイショだったんですか?(笑)
あれは僕の中では最も低い音を使うように監督さんから言われたんですよ。相手役は田中秀幸さんのピアーズ・ブロスナン。僕は敵役でしたが、2人で昔、「白バイ野郎ジョン& パンチ」やっていたので、お互いがどんな芝居を返してくるか、だいたい想像がついてしまう。楽しく仕事をさせていただきましたが、あれは「テロップ見るまで分からなかったよ」とよく言われましたね。


司会
古川さんは柿沼さんのどんな声がお好きですか。

古川
今やっている、「ワンピース 和の国編」のお鶴とかがいいかな。彼女はラジオからスタートしました。「忌野清志郎の夜をぶっとばせ」とか「What’s in?」で忌野清志郎さんのパートナーをやって、七色の声を出すからという洒落で「レインボー柿沼」というあだ名がつけられていました。うちの劇団に入ってきた研究生だったので、それをラジオで聞いたときに鼻にかかった面白い声だなと思いましたね。


司会
映画の中ではヴィクトルがラヤの声を電話でも一瞬で分かりましたが、電話のお客さんは半日一緒に過ごしても分かりませんでした。気づく、気づかないは夫婦の愛情や長年連れ添ってきたところの愛情表現の1つでしょうか。ご自身だったら気づきますか。

古川
僕はどんなに化けてもすぐに分かりますね。


柿沼
家でセリフの練習を聞いていて、準備段階を知っているから、どこでオンエアされてもだいたいわかりますね。でも、もし、練習を聞いていなかったら、セリフだと分からないかも。フリートークならわかるかもしれませんが…。これ、褒め言葉?


古川
それは愛情が少ないんですね。(笑)


柿沼
それだけ演技の幅が広いと受け取ってはいただけませぬでしょうか。


司会
それでは、お二人にとって忘れられない映画は?

柿沼
フェリーニだと『道』が好きです。ジュリエッタ・マシーナが監督の実の奥さんであることを後から知って、ピュアなあの役を奥さんにあてるという心根に惚れましたね。
2人で旅行することが大好きなのですが、ロケ地巡りも好きなんです。エルサレムに行ったときにオリーブの丘とかを見上げながら、パゾリーニの『奇跡の丘』に思いを馳せました。


古川
僕が映画好きなので、毎週末に映画を見ています。リビングにでっかいスクリーンを設置して、彼女が4本くらいチョイスした中から2本くらい。年に120本くらい見ますかね。
海外に行く時は映画を事前に調べてロケ地にいく。サンフランシスコでは『めまい』のゴールデン・ゲート・ブリッジの撮影地に行ったりしました。
僕が印象に残っている映画は『カサブランカ』でしょうか。何と言ってもイングリッド・バーグマンの美貌のすごさにやられました。部屋にバーグマンの写真をかけたら、(柿沼さんに)私の写真にしなさいと言われました(笑)。そのくらい好きですね。


司会
劇中でヴィクトルが「映画は豊かな世界そのもの 吹き替えはその入り口だ」と語る台詞がありましたが、ふたりにとって、映画の吹き替えとは?

古川
神様が与えてくれた天職。これ以外にできることがないという気がしています。そして映画などのサブカルコンテンツは民族や国民性を一気に飛び越して理解し合えます。言葉の障壁を越えて豊かな世界に誘う。そういう橋渡しをする役目だと思っています。


柿沼
翻訳マシーンで翻訳はできますが、国民性によって感情表現が違います。欧米だとこう表現するけれど、日本ならここは抑えた方が伝わるんじゃないかとか。そういう感情表現のところも翻訳してお伝えするのが吹き替えの仕事として心がけています。


最後に、主人公の声優夫婦ヴィクトルとラヤの声をおふたりにやってほしいと司会から振られると、会場からも大きな拍手が起こった。古川さんは「ぜひやってみたい」と熱望し、柿沼さんも「うまい俳優さんが演じている作品は、吹き替えに挑戦したいし、乗り越えたいと思う。」と熱いコメントで、会場も盛り上がり、まだまだ熱く語りたい空気の中、トークイベントは終了した。
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『声優夫婦の甘くない生活』
<STORY>
1990年、イスラエルへ移民したヴィクトルとラヤは、かつてソ連に届くハリウッドやヨーロッパ映画の吹き替えで活躍した声優夫婦。しかし、夢の第2の人生のはずが、新天地では声優の需要がなかった!生活のため、ラヤは夫に内緒でテレフォンセックスの仕事に就き、思わぬ才能を発揮。一方ヴィクトルは、違法な海賊版レンタルビデオ店で再び声優の職を得る。ようやく軌道に乗り始めたかに見えた日々。しかし、妻の秘密が発覚したことをきっかけに、長年気付かないふりをしてきたお互いの「本当の声」が噴出し始める。

監督:エフゲニー・ルーマン 
脚本:ジヴ・ベルコヴィッチ エフゲニー・ルーマン
出演:ウラジミール・フリードマン マリア・ベルキン
2019年/イスラエル/ロシア語、ヘブライ語/88分/スコープ/カラー/5.1ch/英題:Golden Voices/日本語字幕:石田泰子 
後援:イスラエル大使館 
配給:ロングライド 
公式サイト: longride.jp/seiyu-fufu/
12月18日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

ユニセフ・シアター・シリーズ『存在のない子供たち』特別試写会 ナディーン・ラバキー監督トークイベント

愛されない子供たちが大人になった時の世界を危惧して、この映画を作った
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「子どもの権利条約30周年」を迎える節目の年、日本ユニセフ協会のユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」の一環として、高輪のユニセフハウスで7月20日から公開となる『存在のない子供たち』の特別試写会とトークイベントが行われました。

2019年7月5日(金)夕方
場所:ユニセフハウス
MC:伊藤さとりさん


トークイベントには、ナディーン・ラバキー監督と、夫でプロデューサーと音楽を務めたハーレド・ムザンナルさんが登壇し、フォトセッションの時には、一緒に来日している子どもたちも登壇予定と聞いていたのですが、最初からラバキー監督が娘のメイルーンちゃんの手を引いて登壇。息子のワリード君も後をついて登場しました。

◎挨拶
ナディーン・ラバキー監督
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両親も一緒に来日しました。家族ぐるみで作った映画を日本に届けることができて嬉しいです。美しいと聞いていた日本に初めて来ることができました。いろいろなことを体験したいと思って子供たちも連れてきました。皆さんに歓迎していただいて感謝しています。映画が日本の観客にどのように受け入れられるかわくわくしています。感情的に通じるものがあると自負しています。

ハーレド・ムザンナル
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ナディーンと同じように幸せを感じています。日本の文化、特にアニメは子供の頃から見ています。at homeな気持ちで作った映画を日本で分かち合えるのが嬉しいです。涙を誘ってしまったかもしれません。申し訳ありません。

◎MCの伊藤さとりさんより代表質問
MC ワリード君は10歳。来てくれてありがとうございます。メイリーンちゃん、3歳です! (皆、大きな拍手)
ユニセフでの子供の権利条約30周年を記念して、12作品の上映シリーズとして、今日は実施しています。
まず、監督になぜこの作品を今作ろうと思ったのかお伺いしたいと思います。また、ストリートキャスティングによって、子供たちが翼を得たと聞いています。
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ラバキー監督がマイクを持って話している脇で、メイリーンちゃんが客席に手を振り愛想を振りまいたり、パパと指で会話したりするので、観客の目は彼女に釘付けに。

ラバキー監督:レバノンに住んでいると、日々、劇中のような子供を目にします。ガムを売ったり、水の入ったタンクを運んだりと、仕事をしています。レバノンでは、150万人以上のシリア難民を受け入れていて、経済的にも苦しいのです。その影響を一番受けているのが子供たちです。ショッキングなことです。何かしなければ、自分も犯罪に加担している気持ちです。数百万人の子供が苦しんでいます。世界では、10億人以上もの子供たちが、発展途上国だけでなく先進国でも貧困にあえいでいるといわれています。
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(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon

私に何ができるかと考えたとき、映画というツールで、人々の見方を変えることができると思いました。皆さんの心の中で、これは許せないという気持ちが芽生えていれば、少しずつ変わっていくと思います。子供たちの待遇が不公平であってはいけません。
愛されない経験をした子供たちは、大人になって悪に巻き込まれる率が高いです。私たち大人がそういう風な世界を作ってしまってはいけないと思います。
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ハーレドさんが、真っ先に拍手をおくりました。

MCつらいと思いながら、ゼインの最後の笑顔に救われました。どんな思いをこめて作られたのでしょう?

監督が答えたいのに、メイリーンちゃんがマイクを離しません。
「私が監督したかったのに、なぜ私の言うことをきかないの?」と泣きながら訴えるメイリーンちゃん。客席は大笑いの渦。
やっとマイクを持って語る監督の脇で、メイリーンちゃん、今度は変顔をして見せるので、困ったわねという顔で笑う監督。


ラバキー監督:最後の笑顔は、実は笑顔以上の意味があります。観客がスクリーン越しに初めてゼインと目を合わせたシーンです。ゼインは、あの場面で初めて目を正面に向けて、「自分はここに存在している」と主張しているのです。「僕には希望がある」という終わり方です。エモーショナルな気持ちになってしまうのですが、今、ゼインは国連の助けを借りてノルウェーの海を臨む家に住んで、学校に通っています。笑顔は今も続いています。

MC ハーレドさんに伺います。監督の第一作『キャラメル』から音楽を担当されています。今回、プロデュースを担当されていかがでしたか?  公私共に監督を支えていらっしゃっいますよね。

ハーレド:製作は困難で悪夢でした。(会場、笑う)『キャラメル』では、作曲家と監督の関係で、監督の方がボスでした。今回は僕の方がプロデューサーなのでボス。自分がプロデュースすると決めたのは、こんな企画、誰もプロデューサーを引き受けないと思ったからです。ストリートチルドレンの実態をリサーチするのに3年。撮影に6ヶ月。さらに編集に2年間。12時間にしたものを、さらに編集しました。誰も引き受けてくれないと思ったので、すべて自分たちでやろうと思いました。ナディーンに言われて、12時間バージョンに音楽をつけなければなりませんでした。音楽の使い方は難しいです。リアリティを一線越えてしまうことになりかねません。映画は虚構で、音楽が使われると監督の思いが入ってしまいます。そういう形にはしたくなかった。場面を二つの種類に分けました。音楽をつける場面と、音楽をつけるというより、街の音をそのまま使う場面に。後者ではクラクションなども、そのまま入れました。心理を表したい場面では音楽を少し入れるなど、バランスをとって作りました。
最後は自分たちの感情を止められなくて、音楽が存在感を放っているのではないかと思います。

◎会場との質疑応答

― 子供たちの状況が日本と真逆かなと思いました。日本では若い人たちが、子供に自分たちと同じレベルの生活はできないだろうからと、子供を作らなくなって少子化が進んでいます。何か解決法はあるでしょうか?

ラバキー監督:解決法があるわけじゃなくて、大きな問題として捉える必要があると思います。今回リサーチをして多角的にアプローチが必要だと思いました。法律の整備も必要です。コミュニティーなどで、子供を持つことはどういうことかをポジティブに説明することも必要だと思いました。
他者を怖れるのではなく、他者を受け入れる。子を持つことも同様です。ゼインが両親に子供を産まないでほしいと訴えます。子供を産む権利は皆にあるけれど、育てることができるのかも考えないといけません。愛され、育まれるべきです。勝手に産み落として何とかなるではいけない。育つには育っても、愛されているかどうかで、人として成功するかどうかに繋がっていきます。親になった時に、自分が受けたことと同じことを75%の人がしてしまうとされています。負の連鎖を断つようにしていかないといけません。

― 私にとって重要な映画です。

(と英語で語りながら涙ぐんでしまう女性。聞いていた監督も涙ぐんでしまい、それを見たメイリーンちゃんも「ママ、なぜ泣いてるの?」と泣き出してしまいました。抱きかかえる監督。)
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ゼインに最初に会った時の印象はいかがでしたか? 

ラバキー監督:ゼインはキャスティング担当者が写真を見て選んできて、私はオフィスで初めて会いました。自分の経験や、これまでの人生を語ってくれたのですが、この少年はこのままストリートで過ごすのではないと直感しました。とても賢い子だと思いました。でも、学校に通ってなくて、読み書きも出来ませんでした。12歳なのに、7歳位にしか見えませんでした。栄養不足だったのですね。今ではノルウェーで家族と一緒に過ごしています。トークの始まる10分ほど前にお父様から電話があって、アメリカでベストアクター賞を貰ったと聞きました。声変わりも始まっています。クラスで成績は一番だそうです。

☆フォトセッション
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メイルーンちゃんが最後までマイクを離さず、まさにひとり舞台! 大きなお辞儀をする彼女に、皆、大喝采でした。

★★★☆☆★★★

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『存在のない子供たち』ナディーン・ラバキ―監督インタビューは、こちらで!



『存在のない子供たち』
 
 原題:Capharnaum

監督・脚本: ナディーン・ラバキー
プロデューサー・音楽:ハーレド・ムザンナル
出演: ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ

*ストーリー*

推定12歳の少年ゼイン。法廷で自分を産んだ罪で両親を訴える。
両親が出生届けを出さなかった為に学校にも行けず、路上で水タンクを運んだり、ティッシュを売って日銭を稼ぐゼイン。唯一の心の支えだった妹のサハルが11歳で無理やり結婚させられてしまい、怒りと悲しみから家を飛び出してしまう。行く当てのないゼインを助けてくれたのは、赤ちゃんと二人暮らしのエチオピア移民のラヒル。彼女も不法滞在で、いつも不安を抱えていた・・・

2018年/レバノン・フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12
配給: キノフィルムズ
(C)2018MoozFilms/(C) Fares Sokhon
★2019年7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』公開直前イベント

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戦争で傷つくのは普通の人たち
何があっても殺し合いはいけない


サンタクロースやムーミンで知られるフィンランドは世界幸福度ランキングで2 年連続世界一となった国。充実した福祉国家のイメージがあるだろう。しかしフィンランドには知られざる歴史がある。1939年からソ連と戦った「冬戦争」が翌年に終結。その代償としてカレリア地方を含む広大な国土をソ連に占領された。国土回復を掲げ、1941年にドイツと手を組み、再びソ連との戦争を開始。これを「継続戦争」と呼ぶ。
6 月22日に公開される『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』はその継続戦争に従軍したヴァイノ・リンナが書いた古典小説「無名戦士」を原作とし、フィンランド兵士が必死に戦う、壮絶な姿を描く。従来のイメージ180度覆す、苛烈な戦闘シーンの連続にもかかわらず、フィンランドでは全国民の5人に1人が観るという空前の大ヒットとなった。
待望の日本公開を前に、トークイベントを実施。ゲストに迎えられたフリー・アナウンサーの安東弘樹はミリタリー・マニアとして知られ、安東らしい観点で作品について語った。

<公開直前イベント 開催概要>
日時:6月11日 (火)18:10~18:25
場所:神楽座 (千代田区富士見2-13-12 KADOKAWA 富士見ビル1F)
登壇ゲスト:安東弘樹 (フリー・アナウンサー)

『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』

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継続戦争に参加した一機関銃中隊に配属された熟練兵ロッカ(エーロ・アホ)は家族と農業を営んでいたが、冬戦争でその土地がソ連に奪われたため、領土を取り戻し元の畑を耕したいと願っている。カリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン)は婚約者をヘルシンキに残して最前線で戦い、途中でヘルシンキに戻って式を挙げ、すぐに戦場へとんぼ返りする。ヒエタネン(アク・ヒルヴィニエミ)は戦場でも純粋な心を失わず、コスケラ(ジュシ・ヴァタネン)は最後まで中隊を指揮する。この4名の兵士を軸に進んでいく。

原題:Unknown Soldier (英語) Tuntematon Sotilas (フィンランド語)
監督・脚本:アク・ロウヒミエス
撮影:ミカ・オラスマー
出演:エーロ・アホ、ヨハンネス・ホロパイネン、ジュシ・ヴァタネン、アク・ヒルヴィニエミ、ハンネス・スオミほか
2017 年/フィンランド/フィンランド語/カラー/132 分/PG-12
配給:彩プロ
© ELOKUVAOSAKEYHTIÖSUOMI 2017
公式サイト:http://unknown-soldier.ayapro.ne.jp/
2019年6月22日(土)より新宿武蔵野館にて全国順次ロードショー

武器も歴史も知れば知るほど、平和のありがたさをより感じる

魂を揺さぶられるような映画のトークショーに呼んでいただきありがとうございます。
ミニタリーマニアと紹介していただきましたが、僕は海外で実弾を撃つことがあります。しかし、撃つたびに「これは人間に向けて撃ってはいけないな」と実感します。また、武器についての興味から第二次世界大戦前後のことをいろいろ調べていますが、武器のことも、歴史のことも知れば知るほど、平和のありがたさをより感じています。
そんなわけで第二次世界大戦について詳しいと思っていたのですが、フィンランドが建国102年のまだ新しい国で、冬の戦争、継続戦争を通して、ソ連とこれほどまでに激戦を経て、今のフィンランドがあるということを知りませんでした。
フィンランドは幸福度ランキング1位で、学生の学力は1位、2位を争っている。みんなが幸せで、素晴らしい福祉国家としてうまくいっているのはなぜなんだろう。そんなことを漠然に思っていましたが、多くの血を流した歴史があった上で今のフィンランドがあると、この作品を見てわかりました。
この作品、実は今回のトークイベントのお話をいただく前から興味を持っていました。YouTubeなどの動画投稿サイトでいろいろな戦争映画をネットサーフィンしながら見ていく中で、この作品の予告編に出会ったのです。ただ、言語が日本語でも英語でもドイツ語でもなく、フィンランド語。また、フィンランドの戦争映画は初めてだったので、いろいろと調べているときにオファ―をいただき、びっくりしました。

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フィンランドが使っていた武器の見地からも切なさが伝わってくる

みなさんより先にDVDで作品を見ましたが、武器については基本的に海外のものを改良して使っていたようです。ドラム式の機関銃で、丸い弾倉に70発入っているものが出てきますが、現在は70発入っている弾倉のついた自動操縦はほぼありません。ソ連も含めて、当時はこういったものを使っていたということが作品からわかります。
(ポスタービジュアルを指して)これは機関銃の銃座。三脚架といって、この上に機関銃を載せます。機関銃は19世紀に作られていた水冷式機関銃。これは銃身が熱くなるのを水で冷やして撃つタイプですが、フィンランドではまだ使われていたのです。ソ連のT34と呼ばれる、当時の最新式戦車にこういった武器で立ち向かっていく。国土を守るため、そして取り返すためとはいえ、本当に大変だったでしょう。当時はドイツやアメリカが装備では世界一でしたが、強国に対してそういったもので戦っていたという武器の見地からも切なさが感じられました。

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戦争で傷つくのは一兵卒や国にいる女性や子ども

“英雄なき戦場”と書かれているように、大きな山があるわけではありません。実際に従軍した原作者はどういった戦闘があったのか、どういった戦争だったのかを淡々とありのままに書いています。もちろん映画では一人一人の人間のドラマも描いていますが、ハリウッド映画的なものを期待するとがっかりするかもしれません。しかし、“私たちにはこういうことがあったのです”というメッセージを感じ、僕の胸に刺さりました。改めて、戦争は人類で最も愚行なことだと思いましたね。
また、現代社会や組織の縮図も描かれています。現場を知らない、後ろの方で偉そうなことを吠えている人に限って、実際には使いものにならない。そんなダメな指揮官、上司にあたると悲惨なことになる。本当に部下を思い、戦略を立てている人が犠牲になり、意識が自分の上官、上司にへつらっている人がむしろ偉くなっていくのは古今東西同じ。そういった経験は誰にでもあると思いますが、この作品は命の懸かった戦争でダメな上官にあたると、どんなに悲惨かを描いています。戦争で傷つくのはまさに、ここに出てくるような一兵卒や国にいる女性や子どもです。何があっても殺し合いはいけない。戦争はただひたすら人間が傷ついて、醜くなっていく。議席にしがみついている、どこかの議員さんにも見てもらいたいと思うほど、戦争はダメなのです。それを受け取っていただければうれしいです。

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ストーリー、登場人物の相関関係の事前チェックがおススメ

フィンランドの方の名前に馴染みがない方は、ご覧になる前にパンフレット等を読んで、分かる範囲でストーリー、登場人物の相関関係を理解しておいた方がいいと思います。北欧の方は基本的に彫が深くてイケメンが多い。誰が誰だったか、分からなくなる可能性があるのです。事前にチェックしておくとすっと物語に入れるかもしれません。
こういう映画こそ、できるだけ多くの方に見ていただきたい。一見地味そうに見えますが、自分の人生に同じような思いをしたことが何かきっとあったはず。人生と照らし合わせることで、1人1人の心に何か残るでしょう。僕は本当に見てよかったなと思います。
(取材・構成・写真:堀木三紀)

『誰もがそれを知っている』公開記念 宇野維正、 真魚八重子 トークイベント

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2012年に『別離』、2017年は『セールスマン』で2度のアカデミー賞外国語作品賞を受賞し、イランの至宝とも言われるアスガー・ファルハディ監督。
監督が15年前のスペイン旅行で目にした行方不明の子供の写真に着想を得た物語を実生活では夫婦でもあるペネロペ・クルスとハビエル・バルデムに当て書きし、念願のタッグを実現させたオリジナル脚本の本作。

現在ヒット中の本作公開前にトークイベントが開催された。登壇したのは、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんと、映画評論家真魚八重子さんのお二人。
「現代に於いて、もしパーフェクトな映画があるとしたら、それはこの作品」と絶賛する宇野さん、”家族の秘密”を普遍的なものとして身近に感じたと語る真魚八重子さんが、ファルハディ監督作品に通じる演出や撮影裏話などを交え、軽妙なトークを展開した。
以下、ネタばれになる部分を割愛し、採録したい。

『誰もがそれを知っている』(英題:EVERYBODY KNOWS)

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スペインの故郷で久々に再会した家族と幼なじみ。しかし、結婚式で起きた娘の失踪をきっかけに、隠していたはずの真実をめぐり家族の秘密と嘘がほころび始める…。

監督・脚本:アスガー・ファルハディ
出演:ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、リカルド・ダリン 

2018年/スペイン・フランス・イタリア/スペイン語/133分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch//日本語字幕:原田りえ
配給:ロングライド  
© 2018 MEMENTO FILMS PRODUCTION - MORENA FILMS SL - LUCKY RED - FRANCE 3 CINÉMA - UNTITLED FILMS A.I.E
公式サイト:https://longride.jp/everybodyknows/
6月1日(土) Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

ファルハディ好みの女優が多く登場

宇野 :まず登場する家族関係がややこしいですよね?皆さん、分かりました?
真魚:(説明)
宇野 :2度見ても伏線になるものが分かりくい。
真魚:キーパーソンであるペネロペの旦那が後半から出てくるし。
宇野 :ファーストショットからキーポイントを提示してくる。
真魚:『彼女が消えた浜辺』 でもそう。見せておきながら謎解きしてくれない。
それから女優陣が妙にがエロいですよね?美男美女過ぎて見分けつかない。
宇野 :女優に関しては絶対ファルハディの好みでしょ?(笑)
そういえば、ファルハディは『ある過去 の行方』でペネロペをキャスティングしたかったのに、妊娠中で断念した。今回は念願のキャスティングでしょう。

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題名はファルハディ指令?

宇野:「本題と同じにしろにしろ」と言ったのはファルハディの指令。
真魚:そうそう、『セールスマン』という題名から、あの内容は想像できないですよね。
宇野:映画で描かれた田舎の閉鎖性は、日本と共通してる。
真魚:〇〇(ネタばれにより伏せ)は田舎にはいられない。
宇野:アンダルシア云々ではない 、とファルハディは言いたいのか。僕は冒頭の結婚式シーンが大好き。マドリードの田舎町の雰囲気が濃厚で。あの冒頭がずっと続いて欲しいと思うくらい。
真魚:今までファルハディのはアート系と観られることが多かった。これはアートでもありミステリーという大衆性もある。
宇野:これ見よがしのアートではないですよね。
真魚:観客の皆さんにはもう一度観てほしいんですよ。窓のひび割れとか素晴らしいんですから。

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キーワードは”荷物”

宇野:ファルハディはまだ47歳ですよね。
真魚:ファルハディで注目して欲しいキーワードが、”荷物”。『ある過去の行方』でも別れた旦那の荷物がずっとある。何だかもどかしいんですよね。
宇野:小道具とかのモチーフも大事ですね。
真魚:荷物ないというのは、謎めいたものを捨て去った意味にも捉えられる。

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コスモポリタン

宇野:日本の監督も仏で撮ってますけど、ファルハディはスペインで撮りたかった願望は以前からあったみたい。
真魚:コスモポリタンなんでしょう。スペインが合ってる気がします。
宇野:アカデミー授賞式に出なかったり、米国と喧嘩して(苦笑)多くのコメントはやばいことだらけですよ(笑)

欧州の誘拐事情

宇野:演出技法 、脚本とも完璧。全部が傑作という監督はいない。イランの風土とも違う。
真魚:映画のような誘拐はスペイン・ラテン文化圏でよくある。空き巣も多いそうですよ。有名なサッカー選手宅の試合中を狙う、確実に留守ですからね。都会の警察も 捜査能力が低いんですよ。
宇野:身代金をかき集めたら、ある。集めるフリだけでも殺されない。風土として、そういうのがあるみたい。
真魚:日本では証拠隠滅になりますよね。 向こうは払えば戻る。
宇野:お互いに信用あるんでしょうね。イランもそういうとこあるみたい。
真魚:警察が介入しないのがいい。警察が出てくる映画はつまらない。
宇野:『万引き家族』も警察は最後のほうしか出て来ない。

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ヒットしないと映画界の損失

宇野:興行面でいうと、『セールスマン』はオスカー外国語作品賞なのに(観客が)入らなかった。題名もファルハディ指令だし、キューブリック的なとこもあるけど、今回は幅広い観客に受けるのでは?
真魚:周りに勧めてほしいですね。
宇野:良い分かりにくさというか…。入らないと映画界の損失になる。2回は見てほしいですね。

『誰もがそれを知っている』トークイベント
日時:5月14日(火)20:45〜21:15 ※上映後トークイベント
場所:ユーロライブ(渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F)