*パン・ナリン監督プロフィール*
インド共和国・グジャラート州出身。ヴァドーダラーのザ・マハラジャ・サヤジラオ大学で美術を学び、アーメダーバードにあるナショナル・インスティテュート・オブ・デザインでデザインを学んだ。初の長編映画『性の曼荼羅』(01)がアメリカン・フィルム・インスティテュートのAFI Festと、サンタ・バーバラ国際映画祭で審査員賞を受賞、メルボルン国際映画祭で“最も人気の長編映画”に選ばれるなど、30を超える賞を受賞し、一躍国際的な映画監督となった。BBC、ディスカバリー、カナル・プラスなどのTV局でドキュメンタリー映画も制作しており、“Faith Connections”(13・原題)はトロント国際映画祭の公式出品作品として選ばれ、ロサンゼルス インド映画祭で観客賞を受賞した。2022年にグジャラート州出身の映画監督として初めて映画芸術科学アカデミーに加入。他の代表作に『花の谷 -時空のエロス-』(05)、『怒れる女神たち』(15)などがある。
*ストーリー*
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★2023年1月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋 他全国公開
劇場公開をひかえて17日に来日されたばかりのパン・ナリン監督が最終試写の上映後登壇されました。ほぼ書き起こしでその様子をお届けします。(通訳:大倉美子)
―パン・ナリン監督をお迎えして、本作についてたっぷり語っていただきます。拍手でお迎えください。
(満席の試写室に入ってワオ!と目を輝かせる監督)
観てくださって、そして残ってくださってうれしいです。
―上映が終わった後、拍手がわいていました。
ありがとうございます。残念ながら拍手は聞き逃してしまいました。映画をシネマホールで観ていただく、ということが日々難しくなっています。今日は試写会場にわざわざお越しくださって、(トークのために)残ってくださってうれしく思います。この作品の公開に関しても、配信などプラットホームではなく、まず映画館でと思って力を尽くしてきました。
―監督は日本にいらっしゃるのは何回目ですか?
12、3年ぶり5回目の来日です。前は映画『花の谷』(未公開)のために、クライマックスの撮影やキャスティングをしました。東京での撮影でとても楽しかったです。
―今回日本で一番やりたいことは何ですか?
やはりこの映画を観てくださった観客の方とお話しする、これが一番の目的です。パンデミックが少し落ち着いてきている中で、この映画がみなさんにどんな風に届くのかとても興味があります。
―では映画について伺っていきたいと思います。まずはアカデミー賞国際長編映画賞インド代表としてショートリストへの選出おめでとうございます。世界から大注目されている本作のきっかけから教えてください。
2011年ころ、自分の親の住んでいる地元に戻りました。そのときに、映写技師の友人に会いに行きました。彼は非常につらい経験をしていました。というのはデジタル化の波がやってきて、映写技師の仕事を失ってしまったんです。彼だけではなく、インド中で何十万人という映写技師たちが仕事をなくしていました。新しいデジタルでの映写ということになると、コンピュータを使ってデータをダウンロードしなくてはいけない、英語ができなければいけない。そんな中で読み書きが得意ではなかった彼などは失職してしまい、「なんて世界になってしまったんだ。映写機もフィルムも変わってしまい、僕たちのような者はみな忘れられてしまったんだ」と悲しげに話していました。そんな彼を見て、心動かされました。
同時に自分の子供時代の話を、家族や友人たちからたくさん聞きました。「こういうことをしていたから、やっぱり映画監督になる人間だったんだよね」と。たとえば映画の中にでてきたように、色ガラスや「屑」と言われているものを集めたり、それで映写機を作ったり、フィルムを盗んだというのも実は本当です(笑)。
そういう自分自身の子ども時代のこと、年の離れた映写技師の友人の話を組み合わせることで、これは映画になるんじゃないかと思いました。それが2019年、ちょうどセルロイドフィルムが使われなくなって10年くらいだったんです。その変化についても触れられる素晴らしいタイミングなのではないか。ストーリーテラーとして、媒体が変わっていく中でどういう風にストーリーテリングをしていくかについての映画を作りたいと思いました。
―キャンペーンで訪ねた各国の反応はいかがでしたか?
自分と携わったチームはこれほどまで、この映画が世界中に連れて行ってくれるとは思ってもみませんでした。ほんとにたくさんの国に足を運ぶことができました。やはり映画界で仕事をしている方には胸に来るものがあったようですし、多くの方々が映画を愛していること、コロナで映画館に行けない状況が続きましたが、映画館で再び映画を観たいと思っていることを実感しています。
みなさんの共感のしかたというのは、いろいろあります。たとえば、サマイが大人になっていく過程―どんな風に映画ファンになっていくのか、そして夢のためにどう戦うのか、希望を見出すのか―というところにぐっときたという方もいます。
驚いたのは、ニューヨークの株式関係の方々が観たときに、「これは金融のベンチャーとしてあるべき形なんじゃないか」と称賛されたことです。つまり彼らの目には「同じ夢を見た人が一つのグループを作って戦うことで成功を手にするストーリー」という風に映ったようでした。
中国では、これも意外だったんですけど、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の分断ができていることをご存じの方が、その調和をうたった映画であると言ってくださったんです。というのは、主人公の少年サマイはヒンドゥー教徒で、映写技師のファザルはイスラム教徒・ムスリムなんですね。そのテーマは、劇中に何度も出てくる大衆的な人気を誇る『ジョーダーとアクバル』という映画を通してでも示唆されています。ヒンドゥー教徒のジョーダー姫とムスリムのアクバル皇帝の二人が一つになるという物語であるからなんです。
そういう風に人によって共感するところが違う映画になっております。
そしてもちろん映画がお好きな方には、たくさんの映画へのオマージュが詰め込まれています。気づかれたと思いますが、『アラビアのロレンス』、タルコフスキーの『ストーカー』、ルミエール兄弟など、ほかにも入っていますのでそういった部分を見つける楽しみもあるのかなと思います。試写を観てくださった方には、映写関係、技師の方、撮影家督、編集の方々がいらっしゃいまして、中には目を真っ赤にして終わった後僕のところに来てくださった方もいました。世界中でいろんな感情を抱いてくれたそんな作品になったと思います。アイスランド、中国、台湾、インドなどいろんなところに行って、たしか12の観客賞を受賞しています。それだけでもどんな映画か伝わるでしょうか。
―これから時間の許す限り会場からのご質問を受けます。監督に直接うかがえる貴重な機会です。
Q 素晴らしい作品をありがとうございます。サマイの未来、どういう大人になって、どういう作品を作っていくのかという構想をされていたらお伺いしたいです。
サマイはほぼ自分自身で、体験したことがそのまま描かれています。自分の子ども時代からインスパイアされた物語なので、たぶん大きくなったサマイは心から作りたいものを作っているはずです。インドでは、大衆向けの映画は、映画の方程式というようなものにのっとって作られていることが多いように思うんですね。音楽、ダンス、ドラマ、アクションとちょっと過剰なまでのものが盛り込まれています。そういうものではない、自分にとってリアルなものを作る映画監督になるんじゃないかなと思います。
Q すごく映画愛にあふれていて、映画館で映画を観る喜び、映画ファンとしての幸せをあらためて感じる映画でした。ありがとうございました。
二つ質問させていただきたいんですけど、一つは映画を観ることに厳しいお父さん、料理上手な優しいお母さんというご家族にはモデルがいるのでしょうか?
物語の中で「光」というのが大事な要素だったと思うので、監督が映画を撮られるにあたって、光の演出に特別なこだわりがあればお聞きしたいなと思います。
素敵な質問です。映画の両親も本物の僕の両親にインスピレーションをうけたキャラクターと言えます。今おっしゃっていただいたように、父は最初自分の息子が映画を作りたいと思っていることを良くは思っていませんでした。というのは、インドの地方で育つと、映画というものは道徳的ではないと思われていたんですね。ただ、自分の息子には幸せになってほしいという想いから、最終的にはやりたいことを応援してくれました。自分と同じような状況でいては同じになってしまう。だったら自分の道を歩んでほしいと考えてくれたんだと思います。
一方で母は、映画に興味を持った一日目から映画の夢を追うことをずっと応援してくれました。料理がとても上手で、そのスキルを家族全員に伝えてくれたんです。実は今回登場する料理は弟が作ってくれました。本物の色彩や味をこの映画で再現したかったからなんです。
光の質問ですが、映画と同じく初めて映画を観たときは頭上に踊っている(映写室からの)光の筋がとても印象的でした。当時は映写室で何が起こっているのか、映画がどうやってできるのかなど全くわかっていなかったんですが。
空中のホコリやタバコの煙によって、よりその筋がはっきりと見えました。今はデジタル化してしまったので、もう光の筋は見えなくなってしまったんですけれど、当時はとにかく魅了されたんです。絶対に映画の魔法というのが光の中にあるに違いないと思い、その光を求める旅がそこから始まって、歳を重ねるごとに重要になってきました。
また精神面でも、仏教であろうとヒンドゥー教であろうと、”物理的な光”と人の中にある”内なる光”は等しく大事なものとされています。そういった意味でも自分にとって大事なもので、物語というものは光から始まり、映画の場合ストーリーは光から綴られていくわけですから、それが光に戻っていくというのがとても素敵だなと思いました。
―あっというまに時間が過ぎて最後の質問です。
Q とても心に響きました。ありがとうございました。映写技師の方はこの映画を観られたのでしょうか?何か印象に残るお話をされていたらお伺いしたいと思います。
映画ではファザルでしたが、彼の実の名前はモハメドといいます。作品は完成前のバージョンも完成後も見てくれています。見た後一日中泣いたと聞いています。彼にとっては、これはフィクションではなく、まるでドキュメンタリーにしか思えないと言っていました。
彼については面白い話があります。『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989/イタリア)がリリースされたときに、僕は彼に観るべきだと勧めました。お弁当を交換するとか、技師と友情をはぐくむとか、自分自身の子供時代から持ってきたかと思うようなシーンが5,6シーンあったので、観てほしいと思ったんです。そしたら観た彼が自分のことをスパイされたんじゃないかと疑念を抱いたりして(笑)。さらに「間違っている」と言い出しました。というのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写ブースの中には、映写機が一台しかなかったんです。フィルムの映写をご存じだと思うんですけど、2台ないと(巻を交換するため)あれだけの映画は映写することができないので、技術的に間違っている、と言っていました。
さきほどお話したように、コンピュータや英語を使うことや、読み書きもそこまでできない、そういう教育を受けたわけではないけれども、彼は人として聡明な僕の二人目の先生という存在です。
―最後にナリン監督からひとことお願いいたします。
今日は来てくださって心からありがとうございます。
みなさんも映画が好きな方々、映画というものがこれからも生き続けるためには、やはり映画館へ観に行かなければなりません。もし気に入ってくださったのであれば、ご友人やご家族に「こんな作品があるよ」と声をかけていただければ、大変うれしいです。
松竹さんもすごく頑張ってくれていますが、映画をお届けするのには配給会社や監督チームだけでは限界があります。
多くの方が映画館でこの『エンドロールのつづき』を見出すことができればうれしいです。
また弟さん、妹さんや若い方もぜひ。実はお子さんにはそんなに響かないかなと思っていたのですが、全然そんなことはなくて逆に驚くほどいろんな意味で共感してくださっています。今ではお子さんに向けての試写を行っているくらいです。
そして最後に主人公のサマイを演じたバヴィンくんが、よくQ&Aで言っているコメントを締めくくりとしてお伝えします。彼はインドの小さな村出身の男の子なんですが、彼に言わせるとこの映画をおすすめする理由は「まず笑えて、泣けて、最後はおなかが減る」(笑)そんな映画だからです。
ーありがとうございました。(これよりフォトセッション)
(取材・監督写真 白石映子)