『ドント・ウォーリー』ガス・ヴァン・サント監督ティーチインイベント

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ガス・ヴァン・サント監督3年ぶりの新作、ホアキン・フェニックス主演『ドント・ウォーリー』が5月3日(金・祝)にヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷・新宿武蔵野館他にて公開される。
『ドント・ウォーリー』はオレゴン州ポートランド出身の風刺漫画家ジョン・キャラハンの実話。自動車事故に遭い一命を取り留めるが、胸から下が麻痺し、車いす生活を余儀なくされたが、持ち前の皮肉で辛辣なユーモアを発揮して不自由な手で風刺漫画を描き始めた。そんな彼に魅せられて、自伝の映画化権を獲得したのは、2014年他界したロビン・ウィリアムズ。監督にと相談を受けていたガス・ヴァン・サント監督は、ウィリアムズ亡き後、自ら脚本を手掛け、企画から20年の時を経た2018年ついに映画を完成させた。
公開に先立ち、ガス・ヴァン・サント監督が『ミルク』(2009年)以来実に約10年ぶり来日。クリエイター野村訓市氏とともに、2月19日(火)に開催された日本最速上映会に登壇した。

『ドント・ウォーリー』 ガス・ヴァン・サント監督ティーチインイベント概要

■日時:2月19日(火)
■会場:ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター1
    (渋谷1-23−16 ココチビル7・8階)
■ゲスト:ガス・ヴァン・サント監督、 野村訓市氏


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『ドント・ウォーリー』上映直後、興奮もさめやらぬ会場にガス・ヴァン・サント監督、監督の友人でもあるクリエイターの野村訓市氏が登壇した。2人の仲睦まじい様子から親交のあることがうかがえる。ジョン・キャラハンと同じくポートランドに住んでいた監督のことを野村は「ガスといえばポートランドのアンバサダーみないたところがあった」といい、監督がロサンゼルスに引っ越した理由を尋ねた。すると監督は「家族を置いてポートランドに来てもらって撮影するよりもロスで撮影した方がいい俳優に出てもらえる。ロスにはいい場所もある」と答え、ミランダ・ジュライがポートランドを舞台とする作品をロスで撮っていたことにインスパイアされたと付け加えた。

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今作の主人公ジョン・キャラハンは日本人にあまり知られていないが、ポートランドではどんな風に思われていたのかを野村が尋ねると、「80年代にカートゥーニストとして活躍し始め、僕が映画を撮り始めた頃に、ポートランドでローカルな人として知られるようになったんだ。カートゥーン(風刺漫画)は毒のあるもので、面白いけれど、いろんな人の気分を害したり、彼の障害を扱っていたりしたので苦情の手紙も届いていたようだよ。でも、それさえ喜んでいた」と語った。そしてキャラハンについての映画を作るきっかけを『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』のあとくらいに、ロビン・ウィリアムズがキャラハンの本の権利を買ったこととし、「彼はサンフランシスコに住みながら、ずっとジョン・キャラハンのファンだったんだ。それで僕に監督の話がきたんだよ」と説明した。

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監督はキャラハンが事故を起こして車椅子に乗っていることやアル中であることは知っており、「ロビンが演じるならば上手くいくのではと思っていた」という。しかし、脚本を2本書いたが、結局、映画化されなかった。そのためキャラハン本人から「一体どうしたんだよ。この映画ができる頃には死んでしまうよ」と言われたことを明かした。

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その後、キャラハンの言葉通り、2010年にジョン・キャラハンが、2014年にロビン・ウィリアムズが亡くなったが、コロンビアピクチャーズがまだ本の権利を持っており、改めて監督に興味があるかと打診があったという。断酒会やキャラハンが経験したプロセスに興味があった監督はそこにフォーカスしたドラフトを書きあげ、フォアキンに見せたのである。
野村が断酒会に興味があったのかと尋ねると「グループセラピーのことは知っていたよ。結構エキサイティングなんだ。8人が丸くなって、いろいろなことを話していくんだけど、みんなが嘘をついている。だから面白いものができるかもしれないと思ったんだ。僕は(ジョン・キャラハンが断酒会で学んだ)12のステップをやったことはないから、今でも問題を抱えているよ(笑)」と監督は意味深なことを語った。
その後、観客とのQ&Aでキム・ゴードンをキャスティングした経緯を尋ねられると、キム・ゴードンがガス・ヴァン・サント監督の『ラストデイズ』(2005年)に出演したことで付き合いがあり、ポートランドにショーで来れば見に行ったりしていたと話し、今作でのキム・ゴードンやベス・ディットーの話はアドリブだと明かした。

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また今後の作品について質問が出ると、「今、パリのファッション・ウィークについて書いているんだ。少年と父親の話だよ。『パラノイドパーク』がファッション・ウィークにいくって感じかな」と笑いを誘った。
主演のホアキン・フェニックスについて尋ねられると、「自分を徹底的に入れ込んでくれる素晴らしい俳優」と褒めた。

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野村は「登壇前の舞台裏でガスが『この映画を日本のみなさんが気に入ってくれるかな』と聞いていた」と話すと、会場からは割れんばかりの拍手が起こった。野村が「この映画は僕らの世代の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』。落ち込んでいる人や悩んでいる人にはいい話だと思う」と話すと、監督が「今日は来てくれてありがとう。ぜひ口コミをお願いします。そうしてくれないと誰も観ないから」と笑いを交えて観客たちに訴えて、会場をあとにした。

『ドント・ウォーリー』
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監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン
原作:ジョン・キャラハン 
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
配給:東京テアトル 
提供:東宝東和、東京テアトル
2018年/アメリカ/英語/113分/カラー
© 2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC 
公式サイト:http://www.dontworry-movie.com/

『ブラック・クランズマン』映画評論家・町山智浩氏徹底解説イベント詳細レポート

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人種差別問題が過熱するアメリカを背景に、KKKへの潜入捜査をコミカルかつ軽快なタッチで描いた『ブラック・クランズマン』のジャパンプレミアが2月21日(木)に東京・シネクイントで行われ、映画評論家の町山智浩氏が登壇した。
本作は1979年、街で唯一採用された黒人刑事が白人至上主義の過激派団体<KKK>に入団し、悪事を暴くという大胆不敵なノンフィクション小説を名匠スパイク・リー監督が映画化。主人公の黒人刑事ロン・ストールワースジョン・デヴィッド・ワシントンが、相棒の白人刑事フリップ・ジマーマンをアダム・ドライバーが演じている。第71回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。第91回アカデミー賞では作品、監督など6部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した。


<イベント概要>
【日 時】 2月21日(木)21:20~21:50(30分)
【場 所】 渋谷シネクイント
                     〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町20-11 渋谷三葉ビル7階
【登壇者】 町山智浩氏


『ブラック・クランズマン』(原題:BlacKkKlansman)
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<STORY>
1970 年代半ば、アメリカ・コロラド州コロラドスプリングスの警察署でロン・ストールワースは初の黒人刑事として採用される。署内の白人刑事から冷遇されるも捜 査に燃えるロンは、新聞広告に掲載されていた過激な白人至上主義団体 KKK(クー・クラックス・クラン)のメンバー募集に電話をかけてしまう。自ら黒人でありながら電話 で徹底的に黒人差別発言を繰り返し、入会の面接まで進んでしまう。問題は黒人のロンは KKK と対面することができないことだ。そこで同僚の白人刑事フリップ・ジマーマン に白羽の矢が立つ。電話はロン、KKKとの直接対面はフリップが担当し、二人で1人の人物を演じることに。任務は過激派団体KKKの内部調査と行動を見張ること。果たして、型破りな刑事コンビは大胆不敵な潜入捜査を成し遂げることができるのかー!?

監督・脚本:スパイク・リー
製作:スパイク・リー、ジェイソン・ブラム、ジョーダン・ピール
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、アダム・ドライバー、ローラ・ハリアー、トファー・グレイス、アレック・ボールドウィンほか 
配給:パルコ
2018 年/アメリカ/カラー/デジタル/英語/135分
©2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://bkm-movie.jp/

★2019年3 月 22 日(金)TOHO シネマズ シャンテほか全国公開


1978年の実話をブラックパワーブームが
最高潮に達した1972年に設定変更

本作の上映が終わると、映画評論家・町山智浩はアフロのカツラと帽子をかぶって登場した。町山は、「僕が子どもの頃は日本でもアフロが流行っていましたね。この作品は1972年が舞台。世界中であらゆる人種の人がアフロヘアーにしていたブラックパワーの時代の映画です」と語り始める。
まず、作品の冒頭に、アレック・ボールドウィンが白人至上主義者の学者ボーリガード役で登場し、「アメリカはかつてグレートだったのに」と嘆いたシーンについて、アレック・ボールドウィンはアメリカで放映されているお笑いバラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」で毎週のようにドナルド・トランプの真似をしていると説明。そして、トランプが「もう一度アメリカをグレートにする(=アメリカをかつてのような白人至上の国に戻す)」と言っているのを茶化していると指摘した。
続いて、主人公が彼女である女子大生パトリスと歩きながら、ブラックスプロイテーション映画について話題にしていることを取り上げた。このブラックスプロイテーション映画とは何か。町山はまず、そのきっかけとなったブラックパワーの隆盛に話を遡ってこのように説明した。
「この映画は実話ですが、パトリスは実在しないキャラクター。ただ、モデルはおり、それが黒人への意味のない暴力に対する自警団組織だったブラックパンサーの女性指導者のアンジェラ・デイビスです。それまで、アフリカ系の女性は髪が膨らむのが恥ずかしく思い、いろいろな方法で隠していました。ところが、アンジェラ・デイビスがアフロヘアーはかっこよく、これこそが自分たちの美しさであり、黒人は肌やくちびるを誇りに思うべきと提唱したのです。そこから、『ブラック・イズ・ビューティフル!』という言葉が生まれ、大流行語になりました。その結果、黒人のファッションセンスをカッコいいと白人が真似をするようになったのです。それと同時にソウルミュージックの大ヒット。世界的なブラックパワーブームが1972年くらいに最高潮に達しました。スパイク・リー監督はブラックパワーが盛り上がっていたときに移しちゃえということで、この作品でかなり遊んでいて、実際には1978年に起こった事件ですが、作品では1972年に設定変更し、ファッションなどもそれに合わせてあります」

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ブラックスプロイテーション映画は
白人たちがお金儲けのために作った黒人ヒーローの映画

そして、ブラックスプロイテーション映画については次のように語った。
「ブラックパワーブームによって、“黒人はかっこよく、最高なんだ”という価値観の大逆転が起こりました。それに合わせて、かっこいい黒人のヒーローが悪い白人をやっつけるというだけのアクション映画が次々と作られるようになったのです。その1作目がゴードン・パークスの『黒いジャガー』。黒人の映画監督が作った、黒人の映画ですが、黒人を主役にすると白人も黒人も見に来るからと、白人たちがお金儲けのために黒人の映画を作り始めます。それをブラックスプロイテーション映画と呼ぶようになったのです。エクスプロイテーションとは搾取とか金を騙し取るという意味。ただ、『黒いジャガー』は黒人が作っているので、実際にはブラックスプロイテーション映画ではありません。
作品の中で、ロンとパトリスは『黒いジャガー』と『スーパーフライ』どっちが格好いいかと話しているけれど、『黒いジャガー』の主人公シャフトは私立探偵で、『スーパーフライ』の主人公プリーストは麻薬の売人。どちらもニューヨークで撮られていて、その二つが当時の黒人映画のヒーロー。『スーパーフライ』はゴードン・パークスの息子が撮ったものです。
さらに2人は『コフィー』とタマラ・ドブソンが演じる女性特命麻薬調査員クレオパトラ・ジョーンズを主人公にしたシリーズと比較します。『コフィー』で主人公を演じるのは黒人の巨乳女優パム・グリア。すごくセクシーな女優で、白人、黒人を超えて、ものすごい人気だった。クエンティン・タランティーノやスパイク・リーもパム・グリアが大好きでした。ジョンレノンはパム・グリアをナンパして振られています。
しかし、ブラックスプロイテーション映画は消えていきました。その最大の理由が『燃えよドラゴン』のヒット。クレオパトラ・ジョーンズも空手が得意。黒人の黒帯ヒーローが出る『黒帯ドラゴン』が作られるなど、空手ブームが黒人映画を消していったのです。その後に夫婦映画ブームがドカンとくる。アフリカ系の人やアフリカ系のアクション映画を見ていた観客層がごっそり夫婦映画に持っていかれ、ブラックスプロイテーション映画は消えてしまいます」

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頭のいい黒人が頭の悪い白人をやっつける

ロンとパトリスがブラックスプロイテーション映画について話すとき、それぞれの映画がワイプで入ることについて、町山は「この作品は、はっきりコメディとして演出しているかと思うと、ドキュメンタリーになっています。それぞれのシーンごとに全然違うタッチ。そういう自由自在な編集をして、かなり遊んでいます。特に後半はそれまでのドラマと関係なく、現実にアメリカで起こっていることをぶつけるなど、ルールなしの映画だと思います」とスパイク・リー監督の自由自在な脚色を解説した。
さらに、「白人があまりにもバカに描かれていると思いませんか」と、この映画での白人の描かれ方について言及する。頭のいい黒人が頭の悪い白人をやっつけるのがブラックスプロイテーション映画のスタイルであり、それまでのハリウッド映画で黒人がバカとして描かれていたことに対する反動だと指摘。この作品も“黒人は頭がいいから、彼らを騙した”という話にしていると町山はいう。

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ずるくて間抜けなジムクロウという黒人キャラクターが
黒人のステレオタイプを作り上げた

キング牧師が人権を勝ち取った1965年くらいまでのアメリカ映画では、シドニー・ポワチエが演じた役は例外として、黒人は頭が悪く、臆病で、ずるい存在として描かれていた。いちばん典型的な例が、この作品でも取り上げられた『風と共に去りぬ』の女中である。この描かれ方について町山は次のように説明する。
「メラニーが妊娠したとき、知ったかぶりをして『お産婆さんをやったことあります』といったから、スカーレットオハラは安心して彼女と一緒に子どもを取り上げようとしたのに、土壇場になって『実は何にもやったことありません』と言って、超役立たずのバカで無責任の人として描かれているんです。ただ、もう一人乳母の人が非常に頼りになる黒人のおばさんとして描かれていて、バランスを取っているとは言われていますけれどね」
なぜ、黒人はそんな風に描かれるのか。町山は「南北戦争以前に白人の芸人が顔を黒く塗って、ずるくて間抜けなジムクロウという黒人キャラクターを演じて人気になり、黒人のステレオタイプを作り上げてしまったことが一因となっているんですよ。その結果、南北戦争が終わって黒人が解放された後も、白人が勝手に作り上げた“黒人はバカ”というイメージを理由に、南部では黒人に選挙権を与えなかった。その法律はジムクロウ法と呼ばれています。例えば、祖父が投票していない人は投票できない、黒人は投票前に窓口でアメリカの歴史や法律に関するテストを受けなくてはいけないといったことが決められていました。『グローリー 明日への行進』にそのテストを受けているシーンがありますが、間違えるまで続けるから黒人は絶対に合格できない」と説明する。1965年に黒人も投票できる投票権法ができ、黒人の権利が声高に叫ばれるようになった。ブラックスプロイテーション映画で、「黒人は白人より頭がいい」と訴える必要があったのは、黒人は頭が悪いと言われることによって選挙権を奪われたから。喧嘩が強いことより頭が良いことが大切な理由はそこにある。「これはアニメにも影響を与えており、その代表例がバックスバーニー。うさぎを狩ろうとする白人をうさぎが騙していく。バックスバーニーは黒人のことです」と日本では知られていないので理解されにくい事情まで話した。

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イギリス系とスコットランド系
入植時期の違いが差別意識を増長させた

さらに、人種差別においてリーダーシップを執ったのはスコットランド系の人たちと町山は指摘する。それはなぜか。町山はこう説明する。「南部の土地のほとんどが、最初に入植したイギリス系の人たちによって支配されていて、あとから入ってきたスコットランド系の人たちは土地が持てず、小作人になるしかなかったのです。彼らの仕事は黒人の奴隷を虐待すること。だから、スコットランド系の人たちは映画において南部の奴隷農場が描かれたときに、監視人、拷問者として描かれることが多い。しかも、彼ら自身が差別意識を持っていなくても、その上にいる地主が階級社会を作って、その中間にスコットランド系の人たちを置き、貧乏の鬱憤を黒人たちにぶつける構造を作りました」

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KKKの敵は黒人から非プロテスタントに移行

ロンが潜入捜査をしたKKK(Ku Klux Klanクー・クラックス・クランの略称)についても町山は詳しい解説を繰り広げた。まず、その結成の歴史についてはこのように説明している。
「南北戦争が終わった後、黒人はいったん、投票権を獲得し、実際に選挙で黒人の議員も生まれました。南部は少数の白人農場主たちが大量の黒人労働者を使っていたので、人口比では白人が負ける。「南部を乗っ取られてしまう」と危機感を持った白人がKKKを結成。黒人に「殺すぞ」といって脅かしたり、吊り下げたりして「見よ、これが投票に行こうとした奴らだ」といって、投票を妨害しました。その後、南部を監視していた北軍が撤退して、リンカーンが殺された後、副大統領が大統領になりますが、彼は南部監視をしなかったので、南部の白人が政治的実権を取り戻します。そして、黒人の投票を妨害する法律を次々と各州で作ったのです。それらは総称してジムクロウ法と呼ばれ、その結果、KKKは必要なくなって消滅しました。
その後、D・W・グリフィス監督の『國民の創生』(1915年)が大ブームになって、KKKが白人のために黒人の投票を妨害したと称える内容に感化された人たちがKKKを結成します。ただし、彼らの敵はユダヤ人。1900~1920年ころ、アメリカに新移民と言われる人たちが大量に入ってきました。彼らはユダヤ系、ロシア系、ポーランド系、チェコ系、イタリア系、アイルランド系、ギリシア系。共通点は1つ。プロテスタントでない。彼らはカトリック、ギリシア正教、ロシア正教、ユダヤ教。非プロテスタントの人口増加に対する恐怖がKKKに結びついたのです。そのときのKKKは政治的に正式な政党として各州のかなりの議会で議席を獲得し、非常に大きな反移民グループとして政治的権力を振るうようになりました」

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スパイク・リー監督はKKKに支持された大統領を危惧

そして潜入捜査について、「何も事件を起こしていない段階で、警察が潜入捜査をすることはなかったでしょう」という。ロンがKKKに入ったことはあったが、潜入捜査に関しては何の証拠もない。最後の爆弾事件も原作には書かれていない。町山は「事実ははっきり言って半分くらい」と言い切る。その上で「黒人の主人公ロンがKKKの最高幹部であるデビット・デュークを警備したのは事実。作品の中で一緒に写真を撮っていますが、実際にあるようです。また、意外なことにロンが掛けた電話にデビット・デュークが直接、出たのも事実。でも、ラストに電話をして、『本当は俺、黒人だよ』と言ったのは事実ではありません」という。どこまでが事実で、どこからが事実でないのか。「スパイク・リーは面白くなるように話を作っています」と町山は言い、アカデミー賞脚色賞にノミネートされた理由を自由奔放で勝手気ままな脚本と推測する。(※トークイベントはアカデミー賞の発表前に実施)デビット・デューク自身も映画はでっち上げと反論している。ただ、KKKの最高指導者であったデビット・デュークがトランプを全面的に支持し、「トランプ大統領こそ我々の理想を実現する政治家だ」と言った。町山は「KKKに支持された人が今のアメリカの大統領なんですよ。それがいちばん恐ろしい。よく考えるとアメリカは大変な事態になっている」と現在のアメリカを憂う。そして、スパイク・リー監督が今、この映画を作らなくてはいけないアメリカの状況をこのように説明した。
「ドナルド・トランプ自身が黒人を差別しているかどうかということよりも、政治的権力を得るために、黒人を差別している人たちの票を得ようとしたことが問題です。2017年8月、南部の将軍の銅像を撤去すると言っている市に対して、それをさせないぞとアメリカ中の白人至上主義者が集まりました。ヴァージニア州シャーロッツヴィルで開かれたユナイト・ザ・ライト・ラリーです。それを地元の人たちは白人も黒人も関係なく、そんな奴らは来るんじゃねえということでデモをやりました。そのデモにネオナチの人の車が突っ込み、反対運動をしていた女性を轢き殺すという事件があり、映画の最後で描かれていました。トランプがそれに対して、『デモしている方も悪い』といい、作品の中にそのスピーチビデオが出てきましたね。何が何でも白人至上主義者を糾弾しないというトランプのやり方をスパイク・リー監督はこの映画の中で叩いています」

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プリンスの歌が流れたのは何を意味するのか

最後にプリンスの『泣かないでメアリー(Mary Don’t You Weep)』が流れるが、この曲は旧約聖書の出エジプト記が背景になっている。かつてエジプトでは多くのイスラエル人が重労働を課せられていた。そこにモーゼと呼ばれる人物が現れ、リーダーとなってイスラエル人を率いて、エジプトから脱出する。その際、モーゼは紅海を2つに割る奇跡を起こし、イスラエル人が海の向こうに渡り終えると海は元に戻り、追いかけてきたファラオの軍勢は海水に流されてしまった。『泣かないでメアリー(Mary Don’t You Weep)』は聖書と同じように正義がなされると、苦難に苦しんできた黒人たちを慰める歌で、アレサ・フランクリンがずっと歌ってきた。この曲を最後に流したことに対して町山は「途中は利口な黒人とバカな白人という感じで、マンガみたいに楽しく見せていましたが、現実を突きつけてくる。その上で最後にまた救いを与える。泣いたり笑ったり怒ったり。感情の起伏の激しいスパイク・リー監督らしい映画だなと思いました」と話した。
さらに、この作品がアカデミー賞で6部門にノミネートされたことを受け、「これまでスパイク・リーは、『マルコムX』など、たくさんのヒット作があったにもかかわらず、アカデミー賞にずっと無視されてきました。ハリウッドがスパイク・リーを受け入れなかったのです。しかし、やっとこの映画で追いついた気がします。今回、アカデミー賞作品賞に8作品入っていますが、そのうち3作品がアフリカ系アメリカ人の映画。時代は大きく変わったと思います。今までだったら1本、アカデミー賞作品賞に入っただけでも大変だと言われていたのが、今はダイバーシティで多様性のあるアカデミー賞作品賞になっているので、この映画がいくつ取るかが非常に楽しみです。僕はスパイク・リーにあげたいですね」と締めくくった。

(取材・構成:堀木三紀)

『マイ・ブックショップ』林真理子氏トークショー 詳細レポート

本を読んでいるときの孤独は人間に与えられた最上の時間

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映画『マイ・ブックショップ』は戦争で夫を亡くした女性がイギリスの海辺の町に亡き夫との夢だった書店を開業しようと奮闘する姿を描く。原作は世界的に権威のある文学賞の一つである英国のブッカー賞を受賞したペネロピ・フィッツジェラルドの「The Bookshop」で、『死ぬまでにしたい10のこと』などで知られるイザベル・コイシェ監督がメガホンをとった。2018年スペイン・ゴヤ賞では見事、作品賞・監督賞・脚色賞を受賞。コイシェ監督にとって『あなたになら言える秘密のこと』に続き、2度目のゴヤ・作品賞となった。
公開に先立ち、試写会が実施され、上映後のトークショーに実家が本屋さんという、作家・林真理子さんが登壇。本屋とはどんな仕事なのか、自身の体験を踏まえて語った。

<トークショー概要>
日時:3月1日(金)
会場:シネスイッチ銀座 〒104-0061 東京都中央区銀座4丁目4−5 旗ビル
登壇者:林 真理子(作家)
作家、エッセイスト。コピーライターを経て、1982年エッセイ集「ルンルンを買ってお うちに帰ろう」が処女作にしてベストセラーになる。1986年「最終便に間に合えば」「京 都まで」で直木賞。以降、数々の文学賞を受賞してきた、日本を代表する女性作家。週刊 文春の人気連載「夜ふけのなわとび」も幅広い層に支持されている。1993年刊行の「本 を読む女」は本屋さんを経営していた自身の母をモデルにしている


『マイ・ブックショップ』原題:The Bookshop

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<ストーリー>
1959 年のイギリス。書店が 1 軒もなかった保守的な地方の町で、夫を戦争で亡くした未亡人フローレンスが、周囲の反発を受けながらも本屋のない町に本屋を開く。ある日、彼女は、40 年以上も邸宅に引きこもり、ただ本を読むだけの毎日を過ごしていた 老紳士と出会う。フローレンスは、読書の情熱を共有するその老紳士に支えられ、書店を軌道に乗せるのだが、彼女をよく思わない地元の有力者夫人は書店をつぶそうと画策する。

監督・脚本:イザベル・コイシェ
出演:エミリー・モーティマー、ビル・ナイ、パトリシア・クラークソン
2017/イギリス=スペイン=ドイツ/英語/カラー/5.1ch/DCP
© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.
公式サイト: http://mybookshop.jp/

★3月9日(土)シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他にてロードショー

本屋は思いの外、重労働。しかし、触れ合いがある

—作品をご覧になっていかがでしたか。

うちの母は文学少女で、作家になりたいという夢をずっと持っていたのですが、叶わなくて。結局、本を売るようになって、小さい小さい田舎の本屋のおばさんで一生を終えたのですが、その意志を継いで、私が作家になりました。
この作品はいじわるされるフローレンスがかわいそうだと思うかもしれません。しかし、本への情熱が違う形で引き継がれていくってことが救いになっていましたね。 (主人公を手伝う)少女が私自身に見えてきて、最後の方は図らずも涙が出てきてしまいました。本当にいい映画だなと思いました。

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—ご実家が本屋さんだったそうですね。何か思い出はありますか。

本屋にまつわる思い出はたくさんあります。うちの母がよく言っていました。本とタバコがいちばん儲からないって。本ってすごく重いんですよ。映画を見ていると、主人公は若いこともあって楽し気にやっていますが、うちの母なんて、「どっこいしょ」と言ってやるくらい重労働なんです。
私の子どもの頃は今みたいにトラック便じゃなかったので、駅まで本を取りに行かないといけなかった。これがけっこう重い。手に2個くらい持つと子ども心に重いなと思いました。
駅前の通り200mくらいの間に本屋が3軒あったんです。それでも本がすごく売れていて、暮れになるといつも「主婦の友」といった婦人誌が1誌につき150冊くらい売れたんです。付録に家計簿がついていたからですが、どっと送られてくると付録をはさむ作業が大変。それを毎回、やっていましたね。私は覚えていませんが、私が付録をはさみながら「お母さん、本って冷たいね」と言っているのを誰かが聞いていて、結構、何度も言われた覚えがあります。
イギリスは買い取り制だと思いますが、日本は世界でも珍しく、返品ができる委託みたいな制度になっていますので、売れない本は送り返すんですが、その作業も本当に大変。私は母を見ていて、「どうしてこんなに辛い仕事をやっているんだろう」と思ったことがありました。母は「本屋は気概がないと体が動かない仕事。儲からないし、重労働。腰が曲がってしまう。しかし、触れ合いがあると思うからやっているんだ」と言っていましたね。
本屋はみなさんが考えているような優雅な仕事ではないと思いますよ。本屋の娘でないとわからない苦労もあるんです。でも、新刊書がこっそり読めたりして、それがうれしかったなという思い出もあります。
私は小さな書店を見つけると必ず入って、新刊書を2冊くらい買うようにしています。私にはそのくらいしかできないですけれど。

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—林さんにとって、ご実家の本屋さんは一人遊びの場だったのでしょうか。

それはないですよ。お客さんが来るし、在庫を片付けたりしなきゃいけないんです。
私が山梨に帰って、同級生と静かに飲んでいると、「あっ林真理子だ。昔、お前んちの本屋で買ってやったぞ」とか言われるんです。そういうときに本屋って嫌だなと思いますね。

娘がライバル? 母は90歳を過ぎても書きたい気持ちを持っていた

—お母さまは何歳まで現役でお店をやっていたのでしょうか。

母は2年前に101歳で亡くなりましたが、70歳までやって、店を閉めました。そのときに本屋の権利を別の方に譲ったと思います。

—1993年に出された『本を読む女』はお母さまから聞いた話を書いたのでしょうか。

母は当時としては珍しく東京の学校に出してもらって、女学校の先生をしたり、いろんな人と交わって、出版社に勤めたり、大陸に渡ったり、いろんなことをしていましたが、最後は平凡な本屋のおばさんで死んでしまいました。けれど、それなりに夢はあったと思います。

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—お母さまは才媛で、樋口一葉の再来と言われていたそうですね。

若い頃に「赤い鳥」に何度か入賞して、鈴木三重吉先生に「とても素晴らしい才能だ」と言われたそうです。その後、地元の新聞に「樋口一葉の再来現る」と載りました。樋口一葉はご両親が山梨なので、勝手に山梨由来の作家ということになっているんです。

—林さんが作家になって、お母さまはさぞかし喜ばれたことでしょうね。

みなさんにそういわれますが、実は違うんです。うちの母は90を過ぎた頃になって、「私は戦後すぐ、作家になるために鎌倉アカデミアに行こうと思ったけれど、おばあちゃんから『旦那がまだ戦地から帰ってこないのにダメ』と言われて断念した。もし、あの時に行っていたら、真理ちゃんよりもっとすごい作家になっていた」と言ったのです。作家への夢は衰えることがないんだなとびっくりしました。「お母さん、(書きたければ)書けばいいじゃない」と言ったら、「私は作家の母親になっちゃったから、書けないことがいっぱいある」と。うれしいところもあったとは思いますが、ライバルとして見ていたところがあったのだと思います。

—林さんが作家になったのは、やはりDNAでしょうか

うちの娘はまったく本を読みませんし、本なんて嫌いと言っていますからわかりませんね。母親のDNAというより本屋の娘という環境だと思います。

本屋には本屋の企業努力がある

—林さんがもし自分の好きな本屋さんが作れるとしたら、どんな本屋さんにしますか。

私、本屋さんは嫌ですね。重労働なのに、給料は安いし。本屋さんがどんどん消えていって、私が住んでいる街からも大好きな本屋さんがなくなってしまっています。
この作品は1950年代ですが、今、本屋をやると言っても銀行がまずお金を貸してくれないでしょう。こんな衰退産業やめなさいというと思いますよ。

—最近、個性的な本屋さんが街にでき始めていますが、どんな風に見ていらっしゃいますか。

個性的過ぎる気がします。私が望んでいるのは、普通の本屋さん。普通の品揃え、普通の新刊書と雑誌が買えて、棚に個性の強い本があるという本屋が好きですね。
私がずっと好きだった本屋さんがあったのですが、「ここに行くとなんで私が好きな本がこんなにあるんだろう」と思っていました。私はドイツの近代史が好きで、ヒトラーやナチス関係の本があると確実に買ってしまうのですが、私が買いそうな本がいつも揃っているのはなぜだろうと思っていたら、本屋さんの方で「これは林さんが買うだろう」と仕入れていたんです。同じ町内に三谷幸喜さんが住んでいて、「この本は三谷さんが買うだろう」と思われる演劇論みたいなものも揃っています。企業努力ですよね。三谷さんも買うけれど、近くに江口洋介さんも住んでいて、三谷さん用に仕入れていた本を江口さんも買っていたそう。演出の本だから俳優さんは買わないかなと思っていたら、江口さんはそういう本も買っていらしたそうです。
お客さんがどういう本を買っていくかは本屋さんの秘密、トップシークレットだと思います。その本屋さんが店を閉めるときに、近くに住む作家の坪内祐三さんや平松洋子さんが集まって、居酒屋さんに一席設けてみんなでお疲れ様会で飲んだのですが、そのときに酔っ払ってしてくださいました。
本屋さんがなくなったので、最近、Amazonでも本を買うのですが、「あなたが好きな本はこうでしょ」って出されるのがすごく嫌。幼女が殺されたりすると警察が「こんな本を買っている人はいますか」と本屋に情報の提供を求めると思うんです。それはちょっと嫌だなと思います。

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—ご自宅の本棚を見せたい派でしょうか、それとも隠したい派? 

私は隠したい派。電車で読んでいる本ももちろん、カバーをかけています。
私の家は細長い敷地に建っていて、母屋と仕事場は長い廊下で繋がっているんです。それが全部、天井まで書庫になっていて、2000冊くらいありますかねぇ。仕事場も一面本で溢れています。床にもすごいです。普通の本屋さんくらいの本があります。でも、人には見せていません。

人間が本を読んでいる姿は美しい

—本屋大賞についてどう思われますか。

ある人がある文学賞の選考会で本屋大賞について、「本屋に売りたい本と売りたくない本があるのか」と言っていましたが、ちょっとわかる気がしました。本屋大賞って賛否両論ありますが、最初の頃は本屋さんが手作りのようにやっていて、直木賞から漏れたいい本を取り上げたいと言われました。私は直木賞の選考委員を18年くらいやっていますが、直木賞の選に漏れたけれど、本当にいい本だから売りたいというのであれば、それはその通りだなと思います。ただ、みなさんご存知ないと思いますが、最近、博報堂が入っていて、代理店に仕切られていて、初期の感じがなくなってしまって、ちょっと残念に思うことがあります。

—本屋大賞は続いていくと思いますか。

続いていくと思います。活性化のためにいいことだと思いますが、直木賞より売れると言われても、こちらは文学賞で、本屋大賞は別の思惑で選んでいるから別物です。直木賞を批判のタネにしないでほしいですね。

—若い人の本離れについてどう思っていますか。

今日、ここにいらっしゃるのは本が好きな方ばかりだと思いますが、今は楽しいことがたくさんあるから、私たち作家も万策尽きている感じです。この映画がきっかけに本を読むようなってくれればいいと思います。
たまに電車の中で本を読んでいる方を見かけると、人間が本を読んでいる姿は美しいなと思います。スマホをやっていると首が下がってしまいますが、本というのは首の位置がもう少し自然。姿勢がきれいです。

—ある作家が、ついふらっと本屋に入ると自分の本があるか確認してしまうと言っていました。

それをするのはよっぽど売れている人だと思いますよ。小さい本屋だと置いてくれなくてもしょうがないと思っていますが、中堅どころに行って、置いてないと「なんで私の新刊書を積んでくれないの?」と腹が立つことが多いので、精神衛生上、行かないことが多いですね。どこで買うかと言ったら、小さい本屋とすごく大きい本屋。腹が立つのは中堅どころ。

—その中堅どころがなくなってきています。

そうなんですよね。腹が立つことが少なくなってきています(笑)。
本屋さんに行くと、これを買うつもりだったのに、こんなのもあったのか、あんなのもあったのかとつい手が伸びる。それが本屋さんの素晴らしいところ。この映画の冒頭に「人は物語の世界に住むことができる」というセリフがありましたが、あれは名言だなと思いました。
人って孤独を嫌がることが多いですが、本を読んでいるときは孤独じゃないと思います。今の私たちは孤独をとても嫌いますが、本を読んでいるときの孤独は人間に与えられた最上の時間と私は思っています。

日本には本による豊かな文化基盤がある

—本はどこで読みますか。

本はどこでも読める。新幹線に乗るときは本を2~3冊持って行って読みますし、普通の電車の中でも読み、テレビを見るときに読み、寝る前に読みます。
私は時間にすごく正確なんですよ。みなさん、「うそ!」とおっしゃるかもしれませんが、30分くらい前に行ってドトールやスタバでコーヒー1杯飲みながら、読みかけの本を読むというのが非常に幸せなときです。

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—最後に映画についてひとことお願いします。

この映画、ファッションが素晴らしいですね。主人公のお店を手伝ったクリスティーンのピンクのカーディガンの可愛いこと。中のブラウスとベストの色が合っていませんが、すごく可愛い。50年代ならではのプリントとプリントの合わせ方が素晴らしい。
ブランディッシュのコートの着方、帽子のかぶり方、紅茶の飲み方も紳士ですね。1950年代ですからイギリスにはちゃんとティータイムが設けられていて、たかだか近所の人とお茶を飲むのに、ブランディッシュはネクタイ締めてジャケット着て、ちゃんと白いクロスを掛けている。そういうところに時代を感じます。
この作品を見ると、本に対する親交があり、本を読むということが日常的ではあるけれど尊敬される行為だった。非常に良い時代だったと思います。
先日、パリに行ってシンポジウムに出たのですが、パリでは作家は生活できない。インテリしか本を読まないので、3000~4000部しか売れないのです。だから、作家は大学の先生も兼ねています。作家が銀座のクラブに行ってシャンパンを飲み、豪邸を建てるのは日本だけ。うちは豪邸ではないし、シャンパンも飲みませんが(笑)。
日本には本による豊かな文化基盤がある。私たち作家も支援しようといろいろなことをやっているのですが、これを支えてくれているのが本屋さん。この作品はそんな本への愛おしさが込められています。

(取材:堀木三紀)






『運び屋』公開記念 町山智浩氏スペシャルトークショー 詳細レポート


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90歳の老人が麻薬取締局の捜査をかいくぐり、幾度となく麻薬を運び、巨額の報酬を得ていた。この前代未聞の実話がベースになった映画『運び屋』は数々のアカデミー賞に輝く巨匠クリント・イーストウッド監督がメガホンをとり、10年ぶりに主演したことでも話題になっている。共演したのは『アメリカン・スナイパー』(2014年)でタッグを組んだブラッドリー・クーパー。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも主人公の娘役で出演した。
公開を前に、スペシャルトークイベントが実施され、映画評論家の町山智浩氏が登壇。イーストウッドにインタビューしたときの話も交えて作品を解説した。

<スペシャルトークショー 概要>

日程:2月22日(金)
会場:ワーナー・ブラザース内幸町試写室(東京都港区西新橋1丁目2−9 日比谷セントラルビル1F)
登場ゲスト(敬称略):町山智浩(映画評論家)

『運び屋』原題 “THE MULE”
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<STORY>
アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった…。

監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィ―スト、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


主人公はイーストウッド自身を投影したキャラクター

MC:この作品はアメリカでは1億ドルを超え、ヒットしているそうですね。イーストウッド作品で1億ドルをこえているのは、これまでに『許されざる者』、『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』の5作品。本作が6本目ということですが、主演も兼ねているのは『グラン・トリノ』以来でしょうか。

町山:『グラン・トリノ』が2009年ですから、10年ぶりですね。

MC:アメリカではこの作品はどのように受け入れられていましたか。

町山:みんな、“俳優イーストウッド”が見たいんですよ。アメリカのアイコンですから。やっと見れた感じですね。イーストウッド自身を投影したキャラクターで、半自伝的に見えますね。本人もそれでいいと言っています。

MC:女好きな設定も含めて、ユーモラスな感じですよね。

町山:90歳近い老人がメキシコカルテルの下でコカインの運び屋をやっていたという2014年に起こった事件がベースになっているのです。老人だから警察に目をつけられないといって、ものすごい金額の麻薬を運んでいたんですよ。
モデルになった人は、デイリリーという1日で枯れてしまう不思議な百合の栽培家でした。新種を次々に作って賞を独占してきた人で、その道ではかなり有名だったようです。でも、もう亡くなっているので、それ以外のことはわからない。イーストウッドと脚本家は、「この人がどういう人だったかという部分は作ってしまおう」ということで、犯罪のディテールに関しては事実、私生活の部分はイーストウッドを重ねていくというやり方をしたそうです。

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MC:脚本家は『グラン・トリノ』を手掛けた人ですよね。

町山:気心が知れた仲間です。イーストウッドはインタビューで「実はかなり家庭を蔑ろにしてきた」と言っていましたが、『運び屋』はイーストウッドの当て書きに近いですね。

MC:ちょっと反省している感じでしょうか。

町山:はっきりと「反省している。もうちょっと家族と一緒に暮らせばよかった」と言っていましたよ。リチャード シッケルが書いたイーストウッドのオフィシャルな伝記にも書いてありますが、イーストウッドはかなりの性豪なんです。14歳ころから現在まで、“SEXのダーティハリー”、“SEXのアウトロー”、“SEXのガントレット”などと言われている人です。自宅の近くに別宅を持っていて、そこでファンとしている。全然隠していないんですよ。正式な結婚は2人、それ以外に同棲が2人、子どもは8人で、ほとんど母親が違う。日系人の女性と結婚して、66歳のときに最後の娘が生まれています。それなのに、未だに女性とデートしているところを発見されたり、歩いているところを撮られたり。映画を撮るのは自己実現だと言っていますから、半分はイーストウッドだと思って見てもらったほうがいいかと思います。
この作品のすごいところは、イーストウッドの実の娘が出ているんです。アリソン・イーストウッドといい、最初の奥さんとの間に1972年に生まれました。でも、その直後にイーストウッドは奥さんと別居して、ソンドラ・ロックという70年代にイーストウッドの映画によく主演していた女優さんと10年ぐらい同棲をしたんです。アリソンはイーストウッドが父だと知ってはいるけれど、父としてのイーストウッドにほったらかしにされた被害者。そのアリソンが『運び屋』に出演して、父親に対して「あんたなんか父親だと思ったことはない。ほったらかしじゃないの。お母さんをひどい目に合わせて」と言っていますが、本当のことを言っていますよね。

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MC:そういう意味では贖罪というか、懺悔みたいな意味があるんでしょうか。

町山:あるんでしょうね。きっと。
アリソンは女優としてはとても能力が高い人で、11歳の時、『タイトロープ』という作品でデビューしています。この作品、イーストウッドが監督を気に入らなくて、クビにしてしまって、途中からほとんど自分で演出していますが、変な映画なんですよ。イーストウッドは奥さんに逃げられ、2人の娘を抱えたやもめの刑事で、アリソンが上の娘。風俗の女性ばかり狙う殺人事件が起こって、調査のために聞き込みに行くんですが、そこで風俗嬢が次々に誘ってきて、毎回SEXをする。そうやってイーストウッド演じる刑事が夜な夜な遊んでいる間、アリソン演じる娘が幼い妹の面倒をみていたのですが、アリソンはどういう気持ちで演じていたのかなと思うんですよね。映画の中で下の娘が何も知らないから「お父さん、勃起って何?」と聞くと、11歳のアリソンが「はははは」と笑う。11歳でそんな人になってしまうとは、イーストウッド家は相当大変だったんだなと思わせますね。

MC:『タイトロープ』にしても『運び屋』にしても、実の娘をそういう形で起用するのはすごいですね。

町山:しかも『タイトロープ』は変質者に自分の娘を縛らせている。普通の父親なら絶対にしませんよね。こうやって鍛えられた娘さんなので、この作品でも自分の胸に刺さるような役柄をビビらないでばっちり演じています。

歴史上の事実、面白いネタを片っ端から拾い、探しまくるネタ探しの人

MC:イーストウッドの作品は実話モノが続いています。この流れを町山さんはどうとらえていますか。

町山:イーストウッドは昔からネタを探しまくっている人なんです。『グラン・トリノ』に出てくるモン族の話はあそこでぽっと出てきたものではなくて、モン族がラオスの国境地帯でホーチミンルートを守る共産軍と戦っていた頃から情報を聞きつけていて、映画化しようとしていたと伝記に書かれています。
とにかく、歴史上の事実であるとか、面白いネタは片っ端から拾い、探しまくる。ネタ探しの人です。『父親たちの星条旗』を作るときに硫黄島で戦うアメリカ軍の資料を調べていたら、「じゃあ日本軍はどうだろう」と思い、徹底的に調べて、『硫黄島からの手紙』を作ったのですが、日本兵の描き方にまったく問題がない。どれだけ調査したんだというくらいです。あの過程で日本料理が好きになり、今でもお会いすると日本茶を飲んでいる。長寿の秘訣を尋ねると「日本茶!」とはっきり言いますよ。

MC:リサーチ派というのは意外な気がします。

町山:資料を読み込むのがすごく好き。『硫黄島からの手紙』や『アメリカン・スナイパー』で取材に行ったときに、アフガン戦争に反対していて、「アフガンについていっぱい調べたんだ。今までアフガンに外国の軍隊が攻め込んで行って勝利できた例がない。徹底的に調べれば、戦争なんてものはいい結果になることはないってわかるから、戦争なんかなくなるよ」と言っていて、リサーチから反戦するという非常に珍しい人です。

MC:感情で言っているわけではなく、理由があるわけですね。

町山:『アメリカン・スナイパー』も原作と全く違う。原作者のスナイパーは自分がPTSDという自覚がないまま書いている。ところが、途中で奥さんの「うちのダンナはイラク戦争に行って言動がおかしくなっちゃった」というコメントが挟まれている。イーストウッドはその部分から調査していき、PTSDの問題をクローズアップして、話を書き替えている。そういう点でもすごいリサーチ派ですね。

MC:現代に向き合っている方なんですね。

町山:インタビューのときに「男は一生懸命に仕事をして、それで評価されればいいんだとずっと思っていた。特に自分の世代はどんなに私生活がめちゃくちゃだろうと、周りに迷惑をかけようと、仕事で評価されればそれでいいんだと思い込んでいた。しかし、そういう価値観は終わったということがこの映画のテーマなんだ」と言っていました。この主人公はデイリリーで賞を取る。自分の求めている道で巨匠だからと威張り散らしているわけですが、それはイーストウッド自身がアカデミー賞を取ったり、映画作家として評価されたりしている部分を重ねていますよね。イーストウッドはキャッチアップという言葉を使っていましたが、「男が仕事だけで評価される時代は終わりつつあるという時代の流れに追いついていかないとみんなに嫌われるオヤジになってしまう。いい爺さんになれているかな、俺」と言っていました。

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MC:いいおじいちゃんになりたいんですね。

町山:だから娘と和解しようとしているし、スタッフに子どもたちを起用しているんですよ。実はここ何年かは、家族に対する贖罪みたいなことをしているし、映画自体も贖罪の話ばかり。若い頃、悪かった奴がその罪滅ぼしをするっていう映画が『許されざる者』や『グラン・トリノ』。イーストウッドはインタビューのときに「人の人生というのは1本の映画のようなものだ」と言っていました。映画で自分自身の人生をまとめ上げようとしているのかもしれません。

MC:待ちに待った俳優イーストウッドに出会える映画ですが、その点ではいかがですか。

町山:イーストウッドはキャラが2つあります。1つはダーティハリー系というかガンマン系の渋くて、しかめっ面していて、ほとんど喋らない。滅茶苦茶ハードなキャラ。もう1つはスケベで女にだらしない男。実はそのタイプの映画がかなり多いんです。『白い肌の異常な夜』は女性たちを弄んで、復讐されるという映画で、『恐怖のメロディ』は人気者のDJがちょっと女の子にイタズラしたら、その子がストーカーになって襲われる。『ブロンコ・ビリー』もそうですが、女にだらしなくて苦労するおっさんの映画を彼自身がうれしそうに作っている。『ルーキー』は女性に犯されたりしていましたけれど、自分で監督して、自分で演出して、うれしそうに縛られていましたね。ちょっと変な人なんですよ。『トゥルー・クライム』は女好きで人生が滅茶苦茶になった男。そんなのばっかりやっていますからね。誰にも頼まれずに、本人が好きで、スケベ親父の役をやっていますから。これは喜んで見てあげるべき。今回はその路線でとんでもないことをしています。

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MC:どんなことをしているんでしょうか。。

町山:この作品の中で運転しているんです。メキシコとの国境のアリゾナ州からデトロイト辺りまでアメリカを一番南の端から北の端くらいまで、毎回毎回、運び屋で走る。彼自身が運転しているんですが、インタビューでもイーストウッドは1人でボロボロのフォードで現場に現れる。普通、運転者とかつけますよね。アメリカでも80歳以上の人は運転免許証を諦めた方がいいという運動があります。高齢者の運転で事故が起きるからって。インタビューでそのことを聞いたら、「運転が荒いか荒くないかは年齢と関係ない。若い奴でも危ない運転してんじゃないか」と言っていました。意地でも運転する気ですね。

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MC:運転に自信を持っているんですね。

町山:この作品で、運転しながら歌を歌っているのですが、普段も鼻歌を歌いながら運転しているそうです。88歳過ぎても、鼻歌を歌いながらノリノリで運転している。びっくりしますよね。

最近は耳が遠くなっているけれど、演出は呆けていない

MC:イーストウッドはここ最近、アカデミー賞ノミネートの常連ですが、なぜか、今回はアカデミー賞に引っかかっていません。なぜでしょうか。

町山:『グラン・トリノ』も作品賞や主演男優賞を取ってもおかしくないと思ったんですけれどね。この作品ではそういうキャンペーンをしなかったみたいですから、もう自分は上がった気持ちなのかもしれません。

MC:僕はクリント・イーストウッドの作品が来るたびに「これが最後かも」と思いながら臨むんですが、ほぼ年一のペースで来ています。まさかの主演作も届きました。ご本人にお会いして、この人はまだまだ撮り続ける感じがありましたか。

町山:最初に会ったころに比べると、最近は耳が遠くなって、こちらが言っていることを何度も何度も聞き返すようになりました。補聴器付けるのが嫌らしくて、意地でも付けないみたいです。現場ではつけていると思いますけれどね。歩くのもすごく遅いですし。でも想像力はすごいと思います。この作品でもギャングの怖いシーンがあって、こういう演出はイーストウッドだなと思います。それと、空撮がすごく好き。イーストウッドの作品といえば、必ず空撮シーンがある。そういうところで自分のタッチを維持していて、演出は呆けていないと思います。

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MC:このペースで淡々と進んでいくのでしょうか。

町山:何で映画を作り続けているのかという話はインタビューでも出てきて、別にお金のためでもなんでもなくて、自分というものを表現するためなんだと言っています。枯淡の領域に入って、盆栽のようなものになってきている気がします。でも、枯れていないのがすごい。ギラギラした欲望がたぎっているところがイーストウッドらしい。スケベ心が長寿の秘訣ではないかと思いました。

MC:なかなかびっくりしますよね。

町山:まだ求めているのかよって思いましたけれど、やっぱりマグナムの人なんですよ。

MC:弾は尽きていない?

町山:イーストウッドの「お前は俺のマグナムの弾が尽きたと思っているんだろうけれど、試してみるか、小僧」ってね。まだ入っていると思いますね。
未だに笑わせようとしているところが偉いなと思います。尊敬されないように、されないように作っています。これ、大事だと思います。大先生として、立派な役者として人から尊敬を受けたくないと思ったから、こういう映画を作ったのだと思います。たけしさんがいろんなイベントで変な仮装で出てくるのと非常に近い映画です。晩年の森繁久彌さんが人生を語ったり、哲学を語ったりするのに反して、彼は恥ずかしいところを見せていくのが偉大。基本的に下ネタ映画ですから、しかめっ面して88歳の巨匠の映画を見るのではなくて、爺のエロ話だと思って見ていただければ大丈夫だと思います。お楽しみください。
(取材:堀木三紀)

続き『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』講演会 

前半はこちら(記事配分を変えています)

-で、映画ご覧になっていかがだったでしょう?

大西 そのカレとは全然違う真逆のキャラクターで、最初観てて、わがままだなと思ったんです。観ていくうちに鹿野さんの性格がだんだんわかってきて「鹿野さんらしく生きる」ために必要なことなんだな。それを命をかけてじゃないと、普通に暮らせなかったんだなと思いました。すごく正直というか。いまだに重度障がい者の方が自分らしく生きるってことは、実はあまり実現してないんじゃないかと思って。でも鹿野さんみたいに戦ってきた、いのちをかけて頑張ってきてくれたおかげで、たぶん法の制度も変わってきたと思いますし、私たちは鹿野さんの恩恵を受けているんじゃないかと感じました。あともう一個、日本人って、私もそうなんですけど、人に助けを求めるというのがすごい苦手で。たぶん健常者であっても、人の助けを得ずに生きてる人っていないと思うんですよね。鹿野さんは助けを求める勇気がすごいある方だなと思いました。
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-始まる前に楽屋でみなさんとお話をしたんですけれど、大西さんは呼吸器をつけたこともある?

大西 私もけっこう同じ様な状況だったことがあって、気管切開はしなかったんですけど(呼吸器を)口から入れていて、声も出なかったんです。でも口から抜けば声は出ると思ってたんですよ。(呼吸器を)抜いても結局声が出なくて、すっごく悲しくて泣いたんです。「セリーヌ・ディオンが歌えなくなる~」って泣いたら・・・

-はい?

大西 セリーヌ・ディオン。当時『タイタニック』がはやっていて(笑)、セリーヌ・ディオンが大好きだったんです。それが歌えなくなる~ってすごく泣いたんですよ。そしたら周りから「ふつう歌えないから」って言われて、なんか終わっちゃったんですけど(笑)。でも退院してからやっぱり行ったんです。

-カラオケに?

大西 歌いたくて。当時は強心剤を飲みながら(今はペースメーカーを入れている)生活していて、車椅子だったんですがカラオケに行ったんです。でも吐いちゃうんです。でも行きたいんですよ。障害を理由にできないことを一つでも減らしたくて。なんか納得できない。けっこう鹿野さんと似てる性格だと思いました。

-今のくだり、大泉さんどうでしょうか?

大泉 どうしてそこまでセリーヌ・ディオン?(場内爆笑)もっと楽なものでもよかったのに、セリーヌ・ディオンはねぇ、やっぱり健常者のかたでもなかなか。あなた何で歌っちゃうかな?(笑)でもねぇやりたいことあきらめたくないっていうね。この映画の中にも「カラオケ行きたいなぁ」っていう台詞がいっぱい出てくる。最後まで観ていただけると、そこもなかなか気持ちのいいエンディングが。

-大泉さんはこの映画で鹿野さんの生き方を通して、ご自身が影響を受けたことはありますか?

大泉おっしゃるとおりで、日本人は特に海外の方々から見てもそうらしいですけど。私はよくインタビューで「娘さんにどんな教育をなさってるんですか?」と聞かれますと「特にないんだけど、ひとつ言えるとしたら人に迷惑をかけるんじゃないってことですかね」と言ってきました。逆にいえば人に迷惑をかけなければ何してもいいよ、っていう。
この本を読んで思ったのは、人に迷惑をかけるってことをそこまで怖れる必要はないのかなというね。今年は自己責任論みたいなのがあらためて語られるようになったけれども、人に迷惑をかけることを怖れるよりも、自分でできないことがあったら助けを求める、求められたときには助けてあげられる人になってほしいな。世の中がもっと人を許すっていうか、人の迷惑を許てあげる社会になっていくともっといいのかな。世界全体を見ても「許す」ってことが大事なのかな。
(渡辺さんに)いちいち(マイクを)切んなくても。臨戦態勢でいてください。(笑)

渡辺 切れてるの?(笑)
-今切れてますよ。さわらなくていいんですよ。
大泉 戦争ですから。(笑)
-戦争じゃないです。(笑)

渡辺 自立というのは、人の手を借りずに自分で何でもできることを自立っていうと思うんですよね。ところが重度の障がいがある人が、それをかなり拡げてくれた。鹿野さんとか、ああいう障がいがありながら自立生活をする人たちの自立がどういうものかというと、「自分の人生を自分で決める」。そのために他人とか、社会に堂々と助けを求めていいんだよ。それは、自立の一つの方法なんだよ、ということを常に社会に訴えかけてきたんですね。その考え方はさきほど大西さんも言われたように、健常者にも突き刺さる。
大泉さんが言われたように、日本は「人に迷惑をかけてはいけない」という社会的な規範がとても強い社会なので、自分の悩みや苦しみを人に言えず、人に助けを求められずにー弱味見せたくないからですねーそれで孤立している方にこそ鹿野さんのわがままがもたらす人間関係の豊かさ、そういうものを感じていただけたらなと思います。
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-大西さんいかがですか?

大西 え、何がですか?(笑)
-今の話を受けて
大泉 油断しないで!(笑)人の話も聞いてね。聞きながら自分何を話そうか考える。
-大泉さん、そんなバラエティみたいに叩き込まないで(笑)。そんな厳しい世界じゃない。怖い怖い(笑)

大西 やっぱり私たち障がい者がどんどん外に出て行って、いろんな人がいるよっていうのを知っていただきたいと思っています。私もこんな派手な衣装を着て外に出るのはそういう意味があって。かと言って、むりやり出なくてもいいかなって。鹿野さんみたいな生き方を全員ができるわけじゃない。出られる人が頑張って出て行って世の中を少しずつ変えていって、より良い世の中にしていくといいんじゃないかなと思います。

-あらためて鹿野さんのような障がい者が積極的に出て行くことで、周りが変わっていく。その点について最後に伺いたいんですが。大泉さん、まさに鹿野さんによっていろんな人が変わっていく映画ですけれども。

大泉 え、何がですか?(笑)
大西 ちょっとー!(笑)
大泉 何答えればいいんですか?(会場爆笑)
MCさん質問繰り返す
大泉 普段映画やってると「その映画で何か伝えたいことありますか?」と聞かれます。「特にないんだけど、楽しんでくれればいい」と思ったんだけど。この映画に関しては、そんなに強いメッセージがあるわけではないんです。この映画を観ることによって「ああそうか、障がい者の方もこういうふうに思ってるんだな」とか「障がい者とボランティアの関係がどういう状態が望ましいだろうか」とか、いろんなことを考えるきっかけになればいいなと思いますね。
「こんな夜更けにバナナかよ」というこのタイトルが、今はやっぱり「障がいがあるのにそんなわがままを言っていた」ということで、とっても面白いんだけど。
究極はこのタイトルが別にわがままには聞こえない社会が実現できれば、ほんとに障がいのある方にとってもいい社会だとは思います。どんな時間でもきちんとヘルパーとして働きたい人を潤沢に確保できて、それが仕事として成立していて、障がいのある方がそれを自由にお願いできる、そういう社会が一番望ましい。
日本だとまだまだ珍しい存在だけれども、それが太っている人もいれば痩せた人もいるというくらいに、たまたま障がいのある人もいるという社会になればいいなぁと、そういう何かのきっかけにこの映画がなればいいなと思います。

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-渡辺さん何かありますか?

渡辺 そうですね。そういうことが普通になるような社会は、私たち健常者も生きやすい社会なはずです。切実な問題を抱えた方たちの訴えというのは、社会全体に対する重要なメッセージを含んでいることが多いということです。
例えば駅にエレベーターがあるのも、今の時代当たり前のことだと思ってらっしゃるでしょうが、実はその地域の障害者の人たちが30年に上に渡って営々と設置運動をずっと続けてきたからこそなんんです。私たちは知らずにその利便性を享受している。
だから障がい者の人が生きやすい社会というのは、障がい者に特権を与えるとか、お金をかけるということじゃなく、社会全体が生きやすい社会になる。そういう広い視点で鹿野さんのわがままについても捉えていただければと思います。

-なるほど。大西さん。

大西 人ってみんなできることと、できないことがあると思うんですよ。みなさんがおっしゃったように、許すというかそういうことを許容できるような社会がまずないと、みんな生きづらいと思うんです。お互いもうちょっと理解し合えるような社会になってほしいなと思います。このボランティアと鹿野さんの関係は、本音で向かい合ってこられたからだと思うんです。本音もお互い言える社会になってほしいと思います。

-ありがとうございます。ここよりフォトセッションに入ります。渡辺さん大西さん、大泉さんのオーラが全開になりますから気圧されないように(笑)。

大泉 プレッシャーかけるじゃないですか(笑)。(場所移動して)写真撮るとき普通でしょ?
大西 足回しちゃダメですか?
-回していいですよ。(笑)
大泉 なんて陽気な方!
大西 ダメ?ダメ?(義足をぐるぐる回す)
大泉 全然こっちのほうがオーラあるじゃないですかー!

(取材席のカメラに順に目線を配って撮影)

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奥のムービーカメラに手を振る3人。大西さん足も振る。

-これは初めてのパターンです(笑)。
では最後に大泉さんからひとこと。


大泉 とても面白い映画だと思います。私たちが作りたかったのは、決して重い映画ではなかったんです。笑えるコメディの要素もたくさんありまして、おおいに笑っていただいて、そしてジンとするところはジンとする映画だと思いますので、多くの方に観てもらってそれぞれのお友達、お知り合いに伝えて観ていただいて、この映画が何かを考えるきっかけになるといいなぁと思っとります。
僕たちのような健常者もいろいろ思うところもあるでしょうし、障がいのある方がこれを観ることもあると思います。大西さんがおっしゃるとおりで、みんながみんな世の中に積極的に出たい人ばかりではないと思うけれども、鹿野さんの姿を見て思うところもあるでしょうし。全ての人たちにとっていい社会がくればいいなぁと思っています。どうぞ楽しんで観てただいて、沢山の方々に拡げていただければと思っております。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

(取材・写真 白石映子)