90歳の老人が麻薬取締局の捜査をかいくぐり、幾度となく麻薬を運び、巨額の報酬を得ていた。この前代未聞の実話がベースになった映画『運び屋』は数々のアカデミー賞に輝く巨匠クリント・イーストウッド監督がメガホンをとり、10年ぶりに主演したことでも話題になっている。共演したのは『アメリカン・スナイパー』(2014年)でタッグを組んだブラッドリー・クーパー。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも主人公の娘役で出演した。
公開を前に、スペシャルトークイベントが実施され、映画評論家の町山智浩氏が登壇。イーストウッドにインタビューしたときの話も交えて作品を解説した。
<スペシャルトークショー 概要>
日程:2月22日(金)
会場:ワーナー・ブラザース内幸町試写室(東京都港区西新橋1丁目2−9 日比谷セントラルビル1F)
登場ゲスト(敬称略):町山智浩(映画評論家)
『運び屋』原題 “THE MULE”
<STORY>
アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった…。
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィ―スト、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
主人公はイーストウッド自身を投影したキャラクター
MC:この作品はアメリカでは1億ドルを超え、ヒットしているそうですね。イーストウッド作品で1億ドルをこえているのは、これまでに『許されざる者』、『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』の5作品。本作が6本目ということですが、主演も兼ねているのは『グラン・トリノ』以来でしょうか。
町山:『グラン・トリノ』が2009年ですから、10年ぶりですね。
MC:アメリカではこの作品はどのように受け入れられていましたか。
町山:みんな、“俳優イーストウッド”が見たいんですよ。アメリカのアイコンですから。やっと見れた感じですね。イーストウッド自身を投影したキャラクターで、半自伝的に見えますね。本人もそれでいいと言っています。
MC:女好きな設定も含めて、ユーモラスな感じですよね。
町山:90歳近い老人がメキシコカルテルの下でコカインの運び屋をやっていたという2014年に起こった事件がベースになっているのです。老人だから警察に目をつけられないといって、ものすごい金額の麻薬を運んでいたんですよ。
モデルになった人は、デイリリーという1日で枯れてしまう不思議な百合の栽培家でした。新種を次々に作って賞を独占してきた人で、その道ではかなり有名だったようです。でも、もう亡くなっているので、それ以外のことはわからない。イーストウッドと脚本家は、「この人がどういう人だったかという部分は作ってしまおう」ということで、犯罪のディテールに関しては事実、私生活の部分はイーストウッドを重ねていくというやり方をしたそうです。
MC:脚本家は『グラン・トリノ』を手掛けた人ですよね。
町山:気心が知れた仲間です。イーストウッドはインタビューで「実はかなり家庭を蔑ろにしてきた」と言っていましたが、『運び屋』はイーストウッドの当て書きに近いですね。
MC:ちょっと反省している感じでしょうか。
町山:はっきりと「反省している。もうちょっと家族と一緒に暮らせばよかった」と言っていましたよ。リチャード シッケルが書いたイーストウッドのオフィシャルな伝記にも書いてありますが、イーストウッドはかなりの性豪なんです。14歳ころから現在まで、“SEXのダーティハリー”、“SEXのアウトロー”、“SEXのガントレット”などと言われている人です。自宅の近くに別宅を持っていて、そこでファンとしている。全然隠していないんですよ。正式な結婚は2人、それ以外に同棲が2人、子どもは8人で、ほとんど母親が違う。日系人の女性と結婚して、66歳のときに最後の娘が生まれています。それなのに、未だに女性とデートしているところを発見されたり、歩いているところを撮られたり。映画を撮るのは自己実現だと言っていますから、半分はイーストウッドだと思って見てもらったほうがいいかと思います。
この作品のすごいところは、イーストウッドの実の娘が出ているんです。アリソン・イーストウッドといい、最初の奥さんとの間に1972年に生まれました。でも、その直後にイーストウッドは奥さんと別居して、ソンドラ・ロックという70年代にイーストウッドの映画によく主演していた女優さんと10年ぐらい同棲をしたんです。アリソンはイーストウッドが父だと知ってはいるけれど、父としてのイーストウッドにほったらかしにされた被害者。そのアリソンが『運び屋』に出演して、父親に対して「あんたなんか父親だと思ったことはない。ほったらかしじゃないの。お母さんをひどい目に合わせて」と言っていますが、本当のことを言っていますよね。
MC:そういう意味では贖罪というか、懺悔みたいな意味があるんでしょうか。
町山:あるんでしょうね。きっと。
アリソンは女優としてはとても能力が高い人で、11歳の時、『タイトロープ』という作品でデビューしています。この作品、イーストウッドが監督を気に入らなくて、クビにしてしまって、途中からほとんど自分で演出していますが、変な映画なんですよ。イーストウッドは奥さんに逃げられ、2人の娘を抱えたやもめの刑事で、アリソンが上の娘。風俗の女性ばかり狙う殺人事件が起こって、調査のために聞き込みに行くんですが、そこで風俗嬢が次々に誘ってきて、毎回SEXをする。そうやってイーストウッド演じる刑事が夜な夜な遊んでいる間、アリソン演じる娘が幼い妹の面倒をみていたのですが、アリソンはどういう気持ちで演じていたのかなと思うんですよね。映画の中で下の娘が何も知らないから「お父さん、勃起って何?」と聞くと、11歳のアリソンが「はははは」と笑う。11歳でそんな人になってしまうとは、イーストウッド家は相当大変だったんだなと思わせますね。
MC:『タイトロープ』にしても『運び屋』にしても、実の娘をそういう形で起用するのはすごいですね。
町山:しかも『タイトロープ』は変質者に自分の娘を縛らせている。普通の父親なら絶対にしませんよね。こうやって鍛えられた娘さんなので、この作品でも自分の胸に刺さるような役柄をビビらないでばっちり演じています。
歴史上の事実、面白いネタを片っ端から拾い、探しまくるネタ探しの人
MC:イーストウッドの作品は実話モノが続いています。この流れを町山さんはどうとらえていますか。
町山:イーストウッドは昔からネタを探しまくっている人なんです。『グラン・トリノ』に出てくるモン族の話はあそこでぽっと出てきたものではなくて、モン族がラオスの国境地帯でホーチミンルートを守る共産軍と戦っていた頃から情報を聞きつけていて、映画化しようとしていたと伝記に書かれています。
とにかく、歴史上の事実であるとか、面白いネタは片っ端から拾い、探しまくる。ネタ探しの人です。『父親たちの星条旗』を作るときに硫黄島で戦うアメリカ軍の資料を調べていたら、「じゃあ日本軍はどうだろう」と思い、徹底的に調べて、『硫黄島からの手紙』を作ったのですが、日本兵の描き方にまったく問題がない。どれだけ調査したんだというくらいです。あの過程で日本料理が好きになり、今でもお会いすると日本茶を飲んでいる。長寿の秘訣を尋ねると「日本茶!」とはっきり言いますよ。
MC:リサーチ派というのは意外な気がします。
町山:資料を読み込むのがすごく好き。『硫黄島からの手紙』や『アメリカン・スナイパー』で取材に行ったときに、アフガン戦争に反対していて、「アフガンについていっぱい調べたんだ。今までアフガンに外国の軍隊が攻め込んで行って勝利できた例がない。徹底的に調べれば、戦争なんてものはいい結果になることはないってわかるから、戦争なんかなくなるよ」と言っていて、リサーチから反戦するという非常に珍しい人です。
MC:感情で言っているわけではなく、理由があるわけですね。
町山:『アメリカン・スナイパー』も原作と全く違う。原作者のスナイパーは自分がPTSDという自覚がないまま書いている。ところが、途中で奥さんの「うちのダンナはイラク戦争に行って言動がおかしくなっちゃった」というコメントが挟まれている。イーストウッドはその部分から調査していき、PTSDの問題をクローズアップして、話を書き替えている。そういう点でもすごいリサーチ派ですね。
MC:現代に向き合っている方なんですね。
町山:インタビューのときに「男は一生懸命に仕事をして、それで評価されればいいんだとずっと思っていた。特に自分の世代はどんなに私生活がめちゃくちゃだろうと、周りに迷惑をかけようと、仕事で評価されればそれでいいんだと思い込んでいた。しかし、そういう価値観は終わったということがこの映画のテーマなんだ」と言っていました。この主人公はデイリリーで賞を取る。自分の求めている道で巨匠だからと威張り散らしているわけですが、それはイーストウッド自身がアカデミー賞を取ったり、映画作家として評価されたりしている部分を重ねていますよね。イーストウッドはキャッチアップという言葉を使っていましたが、「男が仕事だけで評価される時代は終わりつつあるという時代の流れに追いついていかないとみんなに嫌われるオヤジになってしまう。いい爺さんになれているかな、俺」と言っていました。
MC:いいおじいちゃんになりたいんですね。
町山:だから娘と和解しようとしているし、スタッフに子どもたちを起用しているんですよ。実はここ何年かは、家族に対する贖罪みたいなことをしているし、映画自体も贖罪の話ばかり。若い頃、悪かった奴がその罪滅ぼしをするっていう映画が『許されざる者』や『グラン・トリノ』。イーストウッドはインタビューのときに「人の人生というのは1本の映画のようなものだ」と言っていました。映画で自分自身の人生をまとめ上げようとしているのかもしれません。
MC:待ちに待った俳優イーストウッドに出会える映画ですが、その点ではいかがですか。
町山:イーストウッドはキャラが2つあります。1つはダーティハリー系というかガンマン系の渋くて、しかめっ面していて、ほとんど喋らない。滅茶苦茶ハードなキャラ。もう1つはスケベで女にだらしない男。実はそのタイプの映画がかなり多いんです。『白い肌の異常な夜』は女性たちを弄んで、復讐されるという映画で、『恐怖のメロディ』は人気者のDJがちょっと女の子にイタズラしたら、その子がストーカーになって襲われる。『ブロンコ・ビリー』もそうですが、女にだらしなくて苦労するおっさんの映画を彼自身がうれしそうに作っている。『ルーキー』は女性に犯されたりしていましたけれど、自分で監督して、自分で演出して、うれしそうに縛られていましたね。ちょっと変な人なんですよ。『トゥルー・クライム』は女好きで人生が滅茶苦茶になった男。そんなのばっかりやっていますからね。誰にも頼まれずに、本人が好きで、スケベ親父の役をやっていますから。これは喜んで見てあげるべき。今回はその路線でとんでもないことをしています。
MC:どんなことをしているんでしょうか。。
町山:この作品の中で運転しているんです。メキシコとの国境のアリゾナ州からデトロイト辺りまでアメリカを一番南の端から北の端くらいまで、毎回毎回、運び屋で走る。彼自身が運転しているんですが、インタビューでもイーストウッドは1人でボロボロのフォードで現場に現れる。普通、運転者とかつけますよね。アメリカでも80歳以上の人は運転免許証を諦めた方がいいという運動があります。高齢者の運転で事故が起きるからって。インタビューでそのことを聞いたら、「運転が荒いか荒くないかは年齢と関係ない。若い奴でも危ない運転してんじゃないか」と言っていました。意地でも運転する気ですね。
MC:運転に自信を持っているんですね。
町山:この作品で、運転しながら歌を歌っているのですが、普段も鼻歌を歌いながら運転しているそうです。88歳過ぎても、鼻歌を歌いながらノリノリで運転している。びっくりしますよね。
最近は耳が遠くなっているけれど、演出は呆けていない
MC:イーストウッドはここ最近、アカデミー賞ノミネートの常連ですが、なぜか、今回はアカデミー賞に引っかかっていません。なぜでしょうか。
町山:『グラン・トリノ』も作品賞や主演男優賞を取ってもおかしくないと思ったんですけれどね。この作品ではそういうキャンペーンをしなかったみたいですから、もう自分は上がった気持ちなのかもしれません。
MC:僕はクリント・イーストウッドの作品が来るたびに「これが最後かも」と思いながら臨むんですが、ほぼ年一のペースで来ています。まさかの主演作も届きました。ご本人にお会いして、この人はまだまだ撮り続ける感じがありましたか。
町山:最初に会ったころに比べると、最近は耳が遠くなって、こちらが言っていることを何度も何度も聞き返すようになりました。補聴器付けるのが嫌らしくて、意地でも付けないみたいです。現場ではつけていると思いますけれどね。歩くのもすごく遅いですし。でも想像力はすごいと思います。この作品でもギャングの怖いシーンがあって、こういう演出はイーストウッドだなと思います。それと、空撮がすごく好き。イーストウッドの作品といえば、必ず空撮シーンがある。そういうところで自分のタッチを維持していて、演出は呆けていないと思います。
MC:このペースで淡々と進んでいくのでしょうか。
町山:何で映画を作り続けているのかという話はインタビューでも出てきて、別にお金のためでもなんでもなくて、自分というものを表現するためなんだと言っています。枯淡の領域に入って、盆栽のようなものになってきている気がします。でも、枯れていないのがすごい。ギラギラした欲望がたぎっているところがイーストウッドらしい。スケベ心が長寿の秘訣ではないかと思いました。
MC:なかなかびっくりしますよね。
町山:まだ求めているのかよって思いましたけれど、やっぱりマグナムの人なんですよ。
MC:弾は尽きていない?
町山:イーストウッドの「お前は俺のマグナムの弾が尽きたと思っているんだろうけれど、試してみるか、小僧」ってね。まだ入っていると思いますね。
未だに笑わせようとしているところが偉いなと思います。尊敬されないように、されないように作っています。これ、大事だと思います。大先生として、立派な役者として人から尊敬を受けたくないと思ったから、こういう映画を作ったのだと思います。たけしさんがいろんなイベントで変な仮装で出てくるのと非常に近い映画です。晩年の森繁久彌さんが人生を語ったり、哲学を語ったりするのに反して、彼は恥ずかしいところを見せていくのが偉大。基本的に下ネタ映画ですから、しかめっ面して88歳の巨匠の映画を見るのではなくて、爺のエロ話だと思って見ていただければ大丈夫だと思います。お楽しみください。
(取材:堀木三紀)