『マイ・ブックショップ』林真理子氏トークショー 詳細レポート

本を読んでいるときの孤独は人間に与えられた最上の時間

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映画『マイ・ブックショップ』は戦争で夫を亡くした女性がイギリスの海辺の町に亡き夫との夢だった書店を開業しようと奮闘する姿を描く。原作は世界的に権威のある文学賞の一つである英国のブッカー賞を受賞したペネロピ・フィッツジェラルドの「The Bookshop」で、『死ぬまでにしたい10のこと』などで知られるイザベル・コイシェ監督がメガホンをとった。2018年スペイン・ゴヤ賞では見事、作品賞・監督賞・脚色賞を受賞。コイシェ監督にとって『あなたになら言える秘密のこと』に続き、2度目のゴヤ・作品賞となった。
公開に先立ち、試写会が実施され、上映後のトークショーに実家が本屋さんという、作家・林真理子さんが登壇。本屋とはどんな仕事なのか、自身の体験を踏まえて語った。

<トークショー概要>
日時:3月1日(金)
会場:シネスイッチ銀座 〒104-0061 東京都中央区銀座4丁目4−5 旗ビル
登壇者:林 真理子(作家)
作家、エッセイスト。コピーライターを経て、1982年エッセイ集「ルンルンを買ってお うちに帰ろう」が処女作にしてベストセラーになる。1986年「最終便に間に合えば」「京 都まで」で直木賞。以降、数々の文学賞を受賞してきた、日本を代表する女性作家。週刊 文春の人気連載「夜ふけのなわとび」も幅広い層に支持されている。1993年刊行の「本 を読む女」は本屋さんを経営していた自身の母をモデルにしている


『マイ・ブックショップ』原題:The Bookshop

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<ストーリー>
1959 年のイギリス。書店が 1 軒もなかった保守的な地方の町で、夫を戦争で亡くした未亡人フローレンスが、周囲の反発を受けながらも本屋のない町に本屋を開く。ある日、彼女は、40 年以上も邸宅に引きこもり、ただ本を読むだけの毎日を過ごしていた 老紳士と出会う。フローレンスは、読書の情熱を共有するその老紳士に支えられ、書店を軌道に乗せるのだが、彼女をよく思わない地元の有力者夫人は書店をつぶそうと画策する。

監督・脚本:イザベル・コイシェ
出演:エミリー・モーティマー、ビル・ナイ、パトリシア・クラークソン
2017/イギリス=スペイン=ドイツ/英語/カラー/5.1ch/DCP
© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.
公式サイト: http://mybookshop.jp/

★3月9日(土)シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他にてロードショー

本屋は思いの外、重労働。しかし、触れ合いがある

—作品をご覧になっていかがでしたか。

うちの母は文学少女で、作家になりたいという夢をずっと持っていたのですが、叶わなくて。結局、本を売るようになって、小さい小さい田舎の本屋のおばさんで一生を終えたのですが、その意志を継いで、私が作家になりました。
この作品はいじわるされるフローレンスがかわいそうだと思うかもしれません。しかし、本への情熱が違う形で引き継がれていくってことが救いになっていましたね。 (主人公を手伝う)少女が私自身に見えてきて、最後の方は図らずも涙が出てきてしまいました。本当にいい映画だなと思いました。

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—ご実家が本屋さんだったそうですね。何か思い出はありますか。

本屋にまつわる思い出はたくさんあります。うちの母がよく言っていました。本とタバコがいちばん儲からないって。本ってすごく重いんですよ。映画を見ていると、主人公は若いこともあって楽し気にやっていますが、うちの母なんて、「どっこいしょ」と言ってやるくらい重労働なんです。
私の子どもの頃は今みたいにトラック便じゃなかったので、駅まで本を取りに行かないといけなかった。これがけっこう重い。手に2個くらい持つと子ども心に重いなと思いました。
駅前の通り200mくらいの間に本屋が3軒あったんです。それでも本がすごく売れていて、暮れになるといつも「主婦の友」といった婦人誌が1誌につき150冊くらい売れたんです。付録に家計簿がついていたからですが、どっと送られてくると付録をはさむ作業が大変。それを毎回、やっていましたね。私は覚えていませんが、私が付録をはさみながら「お母さん、本って冷たいね」と言っているのを誰かが聞いていて、結構、何度も言われた覚えがあります。
イギリスは買い取り制だと思いますが、日本は世界でも珍しく、返品ができる委託みたいな制度になっていますので、売れない本は送り返すんですが、その作業も本当に大変。私は母を見ていて、「どうしてこんなに辛い仕事をやっているんだろう」と思ったことがありました。母は「本屋は気概がないと体が動かない仕事。儲からないし、重労働。腰が曲がってしまう。しかし、触れ合いがあると思うからやっているんだ」と言っていましたね。
本屋はみなさんが考えているような優雅な仕事ではないと思いますよ。本屋の娘でないとわからない苦労もあるんです。でも、新刊書がこっそり読めたりして、それがうれしかったなという思い出もあります。
私は小さな書店を見つけると必ず入って、新刊書を2冊くらい買うようにしています。私にはそのくらいしかできないですけれど。

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—林さんにとって、ご実家の本屋さんは一人遊びの場だったのでしょうか。

それはないですよ。お客さんが来るし、在庫を片付けたりしなきゃいけないんです。
私が山梨に帰って、同級生と静かに飲んでいると、「あっ林真理子だ。昔、お前んちの本屋で買ってやったぞ」とか言われるんです。そういうときに本屋って嫌だなと思いますね。

娘がライバル? 母は90歳を過ぎても書きたい気持ちを持っていた

—お母さまは何歳まで現役でお店をやっていたのでしょうか。

母は2年前に101歳で亡くなりましたが、70歳までやって、店を閉めました。そのときに本屋の権利を別の方に譲ったと思います。

—1993年に出された『本を読む女』はお母さまから聞いた話を書いたのでしょうか。

母は当時としては珍しく東京の学校に出してもらって、女学校の先生をしたり、いろんな人と交わって、出版社に勤めたり、大陸に渡ったり、いろんなことをしていましたが、最後は平凡な本屋のおばさんで死んでしまいました。けれど、それなりに夢はあったと思います。

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—お母さまは才媛で、樋口一葉の再来と言われていたそうですね。

若い頃に「赤い鳥」に何度か入賞して、鈴木三重吉先生に「とても素晴らしい才能だ」と言われたそうです。その後、地元の新聞に「樋口一葉の再来現る」と載りました。樋口一葉はご両親が山梨なので、勝手に山梨由来の作家ということになっているんです。

—林さんが作家になって、お母さまはさぞかし喜ばれたことでしょうね。

みなさんにそういわれますが、実は違うんです。うちの母は90を過ぎた頃になって、「私は戦後すぐ、作家になるために鎌倉アカデミアに行こうと思ったけれど、おばあちゃんから『旦那がまだ戦地から帰ってこないのにダメ』と言われて断念した。もし、あの時に行っていたら、真理ちゃんよりもっとすごい作家になっていた」と言ったのです。作家への夢は衰えることがないんだなとびっくりしました。「お母さん、(書きたければ)書けばいいじゃない」と言ったら、「私は作家の母親になっちゃったから、書けないことがいっぱいある」と。うれしいところもあったとは思いますが、ライバルとして見ていたところがあったのだと思います。

—林さんが作家になったのは、やはりDNAでしょうか

うちの娘はまったく本を読みませんし、本なんて嫌いと言っていますからわかりませんね。母親のDNAというより本屋の娘という環境だと思います。

本屋には本屋の企業努力がある

—林さんがもし自分の好きな本屋さんが作れるとしたら、どんな本屋さんにしますか。

私、本屋さんは嫌ですね。重労働なのに、給料は安いし。本屋さんがどんどん消えていって、私が住んでいる街からも大好きな本屋さんがなくなってしまっています。
この作品は1950年代ですが、今、本屋をやると言っても銀行がまずお金を貸してくれないでしょう。こんな衰退産業やめなさいというと思いますよ。

—最近、個性的な本屋さんが街にでき始めていますが、どんな風に見ていらっしゃいますか。

個性的過ぎる気がします。私が望んでいるのは、普通の本屋さん。普通の品揃え、普通の新刊書と雑誌が買えて、棚に個性の強い本があるという本屋が好きですね。
私がずっと好きだった本屋さんがあったのですが、「ここに行くとなんで私が好きな本がこんなにあるんだろう」と思っていました。私はドイツの近代史が好きで、ヒトラーやナチス関係の本があると確実に買ってしまうのですが、私が買いそうな本がいつも揃っているのはなぜだろうと思っていたら、本屋さんの方で「これは林さんが買うだろう」と仕入れていたんです。同じ町内に三谷幸喜さんが住んでいて、「この本は三谷さんが買うだろう」と思われる演劇論みたいなものも揃っています。企業努力ですよね。三谷さんも買うけれど、近くに江口洋介さんも住んでいて、三谷さん用に仕入れていた本を江口さんも買っていたそう。演出の本だから俳優さんは買わないかなと思っていたら、江口さんはそういう本も買っていらしたそうです。
お客さんがどういう本を買っていくかは本屋さんの秘密、トップシークレットだと思います。その本屋さんが店を閉めるときに、近くに住む作家の坪内祐三さんや平松洋子さんが集まって、居酒屋さんに一席設けてみんなでお疲れ様会で飲んだのですが、そのときに酔っ払ってしてくださいました。
本屋さんがなくなったので、最近、Amazonでも本を買うのですが、「あなたが好きな本はこうでしょ」って出されるのがすごく嫌。幼女が殺されたりすると警察が「こんな本を買っている人はいますか」と本屋に情報の提供を求めると思うんです。それはちょっと嫌だなと思います。

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—ご自宅の本棚を見せたい派でしょうか、それとも隠したい派? 

私は隠したい派。電車で読んでいる本ももちろん、カバーをかけています。
私の家は細長い敷地に建っていて、母屋と仕事場は長い廊下で繋がっているんです。それが全部、天井まで書庫になっていて、2000冊くらいありますかねぇ。仕事場も一面本で溢れています。床にもすごいです。普通の本屋さんくらいの本があります。でも、人には見せていません。

人間が本を読んでいる姿は美しい

—本屋大賞についてどう思われますか。

ある人がある文学賞の選考会で本屋大賞について、「本屋に売りたい本と売りたくない本があるのか」と言っていましたが、ちょっとわかる気がしました。本屋大賞って賛否両論ありますが、最初の頃は本屋さんが手作りのようにやっていて、直木賞から漏れたいい本を取り上げたいと言われました。私は直木賞の選考委員を18年くらいやっていますが、直木賞の選に漏れたけれど、本当にいい本だから売りたいというのであれば、それはその通りだなと思います。ただ、みなさんご存知ないと思いますが、最近、博報堂が入っていて、代理店に仕切られていて、初期の感じがなくなってしまって、ちょっと残念に思うことがあります。

—本屋大賞は続いていくと思いますか。

続いていくと思います。活性化のためにいいことだと思いますが、直木賞より売れると言われても、こちらは文学賞で、本屋大賞は別の思惑で選んでいるから別物です。直木賞を批判のタネにしないでほしいですね。

—若い人の本離れについてどう思っていますか。

今日、ここにいらっしゃるのは本が好きな方ばかりだと思いますが、今は楽しいことがたくさんあるから、私たち作家も万策尽きている感じです。この映画がきっかけに本を読むようなってくれればいいと思います。
たまに電車の中で本を読んでいる方を見かけると、人間が本を読んでいる姿は美しいなと思います。スマホをやっていると首が下がってしまいますが、本というのは首の位置がもう少し自然。姿勢がきれいです。

—ある作家が、ついふらっと本屋に入ると自分の本があるか確認してしまうと言っていました。

それをするのはよっぽど売れている人だと思いますよ。小さい本屋だと置いてくれなくてもしょうがないと思っていますが、中堅どころに行って、置いてないと「なんで私の新刊書を積んでくれないの?」と腹が立つことが多いので、精神衛生上、行かないことが多いですね。どこで買うかと言ったら、小さい本屋とすごく大きい本屋。腹が立つのは中堅どころ。

—その中堅どころがなくなってきています。

そうなんですよね。腹が立つことが少なくなってきています(笑)。
本屋さんに行くと、これを買うつもりだったのに、こんなのもあったのか、あんなのもあったのかとつい手が伸びる。それが本屋さんの素晴らしいところ。この映画の冒頭に「人は物語の世界に住むことができる」というセリフがありましたが、あれは名言だなと思いました。
人って孤独を嫌がることが多いですが、本を読んでいるときは孤独じゃないと思います。今の私たちは孤独をとても嫌いますが、本を読んでいるときの孤独は人間に与えられた最上の時間と私は思っています。

日本には本による豊かな文化基盤がある

—本はどこで読みますか。

本はどこでも読める。新幹線に乗るときは本を2~3冊持って行って読みますし、普通の電車の中でも読み、テレビを見るときに読み、寝る前に読みます。
私は時間にすごく正確なんですよ。みなさん、「うそ!」とおっしゃるかもしれませんが、30分くらい前に行ってドトールやスタバでコーヒー1杯飲みながら、読みかけの本を読むというのが非常に幸せなときです。

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—最後に映画についてひとことお願いします。

この映画、ファッションが素晴らしいですね。主人公のお店を手伝ったクリスティーンのピンクのカーディガンの可愛いこと。中のブラウスとベストの色が合っていませんが、すごく可愛い。50年代ならではのプリントとプリントの合わせ方が素晴らしい。
ブランディッシュのコートの着方、帽子のかぶり方、紅茶の飲み方も紳士ですね。1950年代ですからイギリスにはちゃんとティータイムが設けられていて、たかだか近所の人とお茶を飲むのに、ブランディッシュはネクタイ締めてジャケット着て、ちゃんと白いクロスを掛けている。そういうところに時代を感じます。
この作品を見ると、本に対する親交があり、本を読むということが日常的ではあるけれど尊敬される行為だった。非常に良い時代だったと思います。
先日、パリに行ってシンポジウムに出たのですが、パリでは作家は生活できない。インテリしか本を読まないので、3000~4000部しか売れないのです。だから、作家は大学の先生も兼ねています。作家が銀座のクラブに行ってシャンパンを飲み、豪邸を建てるのは日本だけ。うちは豪邸ではないし、シャンパンも飲みませんが(笑)。
日本には本による豊かな文化基盤がある。私たち作家も支援しようといろいろなことをやっているのですが、これを支えてくれているのが本屋さん。この作品はそんな本への愛おしさが込められています。

(取材:堀木三紀)






『運び屋』公開記念 町山智浩氏スペシャルトークショー 詳細レポート


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90歳の老人が麻薬取締局の捜査をかいくぐり、幾度となく麻薬を運び、巨額の報酬を得ていた。この前代未聞の実話がベースになった映画『運び屋』は数々のアカデミー賞に輝く巨匠クリント・イーストウッド監督がメガホンをとり、10年ぶりに主演したことでも話題になっている。共演したのは『アメリカン・スナイパー』(2014年)でタッグを組んだブラッドリー・クーパー。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも主人公の娘役で出演した。
公開を前に、スペシャルトークイベントが実施され、映画評論家の町山智浩氏が登壇。イーストウッドにインタビューしたときの話も交えて作品を解説した。

<スペシャルトークショー 概要>

日程:2月22日(金)
会場:ワーナー・ブラザース内幸町試写室(東京都港区西新橋1丁目2−9 日比谷セントラルビル1F)
登場ゲスト(敬称略):町山智浩(映画評論家)

『運び屋』原題 “THE MULE”
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<STORY>
アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった…。

監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィ―スト、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


主人公はイーストウッド自身を投影したキャラクター

MC:この作品はアメリカでは1億ドルを超え、ヒットしているそうですね。イーストウッド作品で1億ドルをこえているのは、これまでに『許されざる者』、『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』の5作品。本作が6本目ということですが、主演も兼ねているのは『グラン・トリノ』以来でしょうか。

町山:『グラン・トリノ』が2009年ですから、10年ぶりですね。

MC:アメリカではこの作品はどのように受け入れられていましたか。

町山:みんな、“俳優イーストウッド”が見たいんですよ。アメリカのアイコンですから。やっと見れた感じですね。イーストウッド自身を投影したキャラクターで、半自伝的に見えますね。本人もそれでいいと言っています。

MC:女好きな設定も含めて、ユーモラスな感じですよね。

町山:90歳近い老人がメキシコカルテルの下でコカインの運び屋をやっていたという2014年に起こった事件がベースになっているのです。老人だから警察に目をつけられないといって、ものすごい金額の麻薬を運んでいたんですよ。
モデルになった人は、デイリリーという1日で枯れてしまう不思議な百合の栽培家でした。新種を次々に作って賞を独占してきた人で、その道ではかなり有名だったようです。でも、もう亡くなっているので、それ以外のことはわからない。イーストウッドと脚本家は、「この人がどういう人だったかという部分は作ってしまおう」ということで、犯罪のディテールに関しては事実、私生活の部分はイーストウッドを重ねていくというやり方をしたそうです。

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MC:脚本家は『グラン・トリノ』を手掛けた人ですよね。

町山:気心が知れた仲間です。イーストウッドはインタビューで「実はかなり家庭を蔑ろにしてきた」と言っていましたが、『運び屋』はイーストウッドの当て書きに近いですね。

MC:ちょっと反省している感じでしょうか。

町山:はっきりと「反省している。もうちょっと家族と一緒に暮らせばよかった」と言っていましたよ。リチャード シッケルが書いたイーストウッドのオフィシャルな伝記にも書いてありますが、イーストウッドはかなりの性豪なんです。14歳ころから現在まで、“SEXのダーティハリー”、“SEXのアウトロー”、“SEXのガントレット”などと言われている人です。自宅の近くに別宅を持っていて、そこでファンとしている。全然隠していないんですよ。正式な結婚は2人、それ以外に同棲が2人、子どもは8人で、ほとんど母親が違う。日系人の女性と結婚して、66歳のときに最後の娘が生まれています。それなのに、未だに女性とデートしているところを発見されたり、歩いているところを撮られたり。映画を撮るのは自己実現だと言っていますから、半分はイーストウッドだと思って見てもらったほうがいいかと思います。
この作品のすごいところは、イーストウッドの実の娘が出ているんです。アリソン・イーストウッドといい、最初の奥さんとの間に1972年に生まれました。でも、その直後にイーストウッドは奥さんと別居して、ソンドラ・ロックという70年代にイーストウッドの映画によく主演していた女優さんと10年ぐらい同棲をしたんです。アリソンはイーストウッドが父だと知ってはいるけれど、父としてのイーストウッドにほったらかしにされた被害者。そのアリソンが『運び屋』に出演して、父親に対して「あんたなんか父親だと思ったことはない。ほったらかしじゃないの。お母さんをひどい目に合わせて」と言っていますが、本当のことを言っていますよね。

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MC:そういう意味では贖罪というか、懺悔みたいな意味があるんでしょうか。

町山:あるんでしょうね。きっと。
アリソンは女優としてはとても能力が高い人で、11歳の時、『タイトロープ』という作品でデビューしています。この作品、イーストウッドが監督を気に入らなくて、クビにしてしまって、途中からほとんど自分で演出していますが、変な映画なんですよ。イーストウッドは奥さんに逃げられ、2人の娘を抱えたやもめの刑事で、アリソンが上の娘。風俗の女性ばかり狙う殺人事件が起こって、調査のために聞き込みに行くんですが、そこで風俗嬢が次々に誘ってきて、毎回SEXをする。そうやってイーストウッド演じる刑事が夜な夜な遊んでいる間、アリソン演じる娘が幼い妹の面倒をみていたのですが、アリソンはどういう気持ちで演じていたのかなと思うんですよね。映画の中で下の娘が何も知らないから「お父さん、勃起って何?」と聞くと、11歳のアリソンが「はははは」と笑う。11歳でそんな人になってしまうとは、イーストウッド家は相当大変だったんだなと思わせますね。

MC:『タイトロープ』にしても『運び屋』にしても、実の娘をそういう形で起用するのはすごいですね。

町山:しかも『タイトロープ』は変質者に自分の娘を縛らせている。普通の父親なら絶対にしませんよね。こうやって鍛えられた娘さんなので、この作品でも自分の胸に刺さるような役柄をビビらないでばっちり演じています。

歴史上の事実、面白いネタを片っ端から拾い、探しまくるネタ探しの人

MC:イーストウッドの作品は実話モノが続いています。この流れを町山さんはどうとらえていますか。

町山:イーストウッドは昔からネタを探しまくっている人なんです。『グラン・トリノ』に出てくるモン族の話はあそこでぽっと出てきたものではなくて、モン族がラオスの国境地帯でホーチミンルートを守る共産軍と戦っていた頃から情報を聞きつけていて、映画化しようとしていたと伝記に書かれています。
とにかく、歴史上の事実であるとか、面白いネタは片っ端から拾い、探しまくる。ネタ探しの人です。『父親たちの星条旗』を作るときに硫黄島で戦うアメリカ軍の資料を調べていたら、「じゃあ日本軍はどうだろう」と思い、徹底的に調べて、『硫黄島からの手紙』を作ったのですが、日本兵の描き方にまったく問題がない。どれだけ調査したんだというくらいです。あの過程で日本料理が好きになり、今でもお会いすると日本茶を飲んでいる。長寿の秘訣を尋ねると「日本茶!」とはっきり言いますよ。

MC:リサーチ派というのは意外な気がします。

町山:資料を読み込むのがすごく好き。『硫黄島からの手紙』や『アメリカン・スナイパー』で取材に行ったときに、アフガン戦争に反対していて、「アフガンについていっぱい調べたんだ。今までアフガンに外国の軍隊が攻め込んで行って勝利できた例がない。徹底的に調べれば、戦争なんてものはいい結果になることはないってわかるから、戦争なんかなくなるよ」と言っていて、リサーチから反戦するという非常に珍しい人です。

MC:感情で言っているわけではなく、理由があるわけですね。

町山:『アメリカン・スナイパー』も原作と全く違う。原作者のスナイパーは自分がPTSDという自覚がないまま書いている。ところが、途中で奥さんの「うちのダンナはイラク戦争に行って言動がおかしくなっちゃった」というコメントが挟まれている。イーストウッドはその部分から調査していき、PTSDの問題をクローズアップして、話を書き替えている。そういう点でもすごいリサーチ派ですね。

MC:現代に向き合っている方なんですね。

町山:インタビューのときに「男は一生懸命に仕事をして、それで評価されればいいんだとずっと思っていた。特に自分の世代はどんなに私生活がめちゃくちゃだろうと、周りに迷惑をかけようと、仕事で評価されればそれでいいんだと思い込んでいた。しかし、そういう価値観は終わったということがこの映画のテーマなんだ」と言っていました。この主人公はデイリリーで賞を取る。自分の求めている道で巨匠だからと威張り散らしているわけですが、それはイーストウッド自身がアカデミー賞を取ったり、映画作家として評価されたりしている部分を重ねていますよね。イーストウッドはキャッチアップという言葉を使っていましたが、「男が仕事だけで評価される時代は終わりつつあるという時代の流れに追いついていかないとみんなに嫌われるオヤジになってしまう。いい爺さんになれているかな、俺」と言っていました。

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MC:いいおじいちゃんになりたいんですね。

町山:だから娘と和解しようとしているし、スタッフに子どもたちを起用しているんですよ。実はここ何年かは、家族に対する贖罪みたいなことをしているし、映画自体も贖罪の話ばかり。若い頃、悪かった奴がその罪滅ぼしをするっていう映画が『許されざる者』や『グラン・トリノ』。イーストウッドはインタビューのときに「人の人生というのは1本の映画のようなものだ」と言っていました。映画で自分自身の人生をまとめ上げようとしているのかもしれません。

MC:待ちに待った俳優イーストウッドに出会える映画ですが、その点ではいかがですか。

町山:イーストウッドはキャラが2つあります。1つはダーティハリー系というかガンマン系の渋くて、しかめっ面していて、ほとんど喋らない。滅茶苦茶ハードなキャラ。もう1つはスケベで女にだらしない男。実はそのタイプの映画がかなり多いんです。『白い肌の異常な夜』は女性たちを弄んで、復讐されるという映画で、『恐怖のメロディ』は人気者のDJがちょっと女の子にイタズラしたら、その子がストーカーになって襲われる。『ブロンコ・ビリー』もそうですが、女にだらしなくて苦労するおっさんの映画を彼自身がうれしそうに作っている。『ルーキー』は女性に犯されたりしていましたけれど、自分で監督して、自分で演出して、うれしそうに縛られていましたね。ちょっと変な人なんですよ。『トゥルー・クライム』は女好きで人生が滅茶苦茶になった男。そんなのばっかりやっていますからね。誰にも頼まれずに、本人が好きで、スケベ親父の役をやっていますから。これは喜んで見てあげるべき。今回はその路線でとんでもないことをしています。

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MC:どんなことをしているんでしょうか。。

町山:この作品の中で運転しているんです。メキシコとの国境のアリゾナ州からデトロイト辺りまでアメリカを一番南の端から北の端くらいまで、毎回毎回、運び屋で走る。彼自身が運転しているんですが、インタビューでもイーストウッドは1人でボロボロのフォードで現場に現れる。普通、運転者とかつけますよね。アメリカでも80歳以上の人は運転免許証を諦めた方がいいという運動があります。高齢者の運転で事故が起きるからって。インタビューでそのことを聞いたら、「運転が荒いか荒くないかは年齢と関係ない。若い奴でも危ない運転してんじゃないか」と言っていました。意地でも運転する気ですね。

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MC:運転に自信を持っているんですね。

町山:この作品で、運転しながら歌を歌っているのですが、普段も鼻歌を歌いながら運転しているそうです。88歳過ぎても、鼻歌を歌いながらノリノリで運転している。びっくりしますよね。

最近は耳が遠くなっているけれど、演出は呆けていない

MC:イーストウッドはここ最近、アカデミー賞ノミネートの常連ですが、なぜか、今回はアカデミー賞に引っかかっていません。なぜでしょうか。

町山:『グラン・トリノ』も作品賞や主演男優賞を取ってもおかしくないと思ったんですけれどね。この作品ではそういうキャンペーンをしなかったみたいですから、もう自分は上がった気持ちなのかもしれません。

MC:僕はクリント・イーストウッドの作品が来るたびに「これが最後かも」と思いながら臨むんですが、ほぼ年一のペースで来ています。まさかの主演作も届きました。ご本人にお会いして、この人はまだまだ撮り続ける感じがありましたか。

町山:最初に会ったころに比べると、最近は耳が遠くなって、こちらが言っていることを何度も何度も聞き返すようになりました。補聴器付けるのが嫌らしくて、意地でも付けないみたいです。現場ではつけていると思いますけれどね。歩くのもすごく遅いですし。でも想像力はすごいと思います。この作品でもギャングの怖いシーンがあって、こういう演出はイーストウッドだなと思います。それと、空撮がすごく好き。イーストウッドの作品といえば、必ず空撮シーンがある。そういうところで自分のタッチを維持していて、演出は呆けていないと思います。

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MC:このペースで淡々と進んでいくのでしょうか。

町山:何で映画を作り続けているのかという話はインタビューでも出てきて、別にお金のためでもなんでもなくて、自分というものを表現するためなんだと言っています。枯淡の領域に入って、盆栽のようなものになってきている気がします。でも、枯れていないのがすごい。ギラギラした欲望がたぎっているところがイーストウッドらしい。スケベ心が長寿の秘訣ではないかと思いました。

MC:なかなかびっくりしますよね。

町山:まだ求めているのかよって思いましたけれど、やっぱりマグナムの人なんですよ。

MC:弾は尽きていない?

町山:イーストウッドの「お前は俺のマグナムの弾が尽きたと思っているんだろうけれど、試してみるか、小僧」ってね。まだ入っていると思いますね。
未だに笑わせようとしているところが偉いなと思います。尊敬されないように、されないように作っています。これ、大事だと思います。大先生として、立派な役者として人から尊敬を受けたくないと思ったから、こういう映画を作ったのだと思います。たけしさんがいろんなイベントで変な仮装で出てくるのと非常に近い映画です。晩年の森繁久彌さんが人生を語ったり、哲学を語ったりするのに反して、彼は恥ずかしいところを見せていくのが偉大。基本的に下ネタ映画ですから、しかめっ面して88歳の巨匠の映画を見るのではなくて、爺のエロ話だと思って見ていただければ大丈夫だと思います。お楽しみください。
(取材:堀木三紀)

続き『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』講演会 

前半はこちら(記事配分を変えています)

-で、映画ご覧になっていかがだったでしょう?

大西 そのカレとは全然違う真逆のキャラクターで、最初観てて、わがままだなと思ったんです。観ていくうちに鹿野さんの性格がだんだんわかってきて「鹿野さんらしく生きる」ために必要なことなんだな。それを命をかけてじゃないと、普通に暮らせなかったんだなと思いました。すごく正直というか。いまだに重度障がい者の方が自分らしく生きるってことは、実はあまり実現してないんじゃないかと思って。でも鹿野さんみたいに戦ってきた、いのちをかけて頑張ってきてくれたおかげで、たぶん法の制度も変わってきたと思いますし、私たちは鹿野さんの恩恵を受けているんじゃないかと感じました。あともう一個、日本人って、私もそうなんですけど、人に助けを求めるというのがすごい苦手で。たぶん健常者であっても、人の助けを得ずに生きてる人っていないと思うんですよね。鹿野さんは助けを求める勇気がすごいある方だなと思いました。
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-始まる前に楽屋でみなさんとお話をしたんですけれど、大西さんは呼吸器をつけたこともある?

大西 私もけっこう同じ様な状況だったことがあって、気管切開はしなかったんですけど(呼吸器を)口から入れていて、声も出なかったんです。でも口から抜けば声は出ると思ってたんですよ。(呼吸器を)抜いても結局声が出なくて、すっごく悲しくて泣いたんです。「セリーヌ・ディオンが歌えなくなる~」って泣いたら・・・

-はい?

大西 セリーヌ・ディオン。当時『タイタニック』がはやっていて(笑)、セリーヌ・ディオンが大好きだったんです。それが歌えなくなる~ってすごく泣いたんですよ。そしたら周りから「ふつう歌えないから」って言われて、なんか終わっちゃったんですけど(笑)。でも退院してからやっぱり行ったんです。

-カラオケに?

大西 歌いたくて。当時は強心剤を飲みながら(今はペースメーカーを入れている)生活していて、車椅子だったんですがカラオケに行ったんです。でも吐いちゃうんです。でも行きたいんですよ。障害を理由にできないことを一つでも減らしたくて。なんか納得できない。けっこう鹿野さんと似てる性格だと思いました。

-今のくだり、大泉さんどうでしょうか?

大泉 どうしてそこまでセリーヌ・ディオン?(場内爆笑)もっと楽なものでもよかったのに、セリーヌ・ディオンはねぇ、やっぱり健常者のかたでもなかなか。あなた何で歌っちゃうかな?(笑)でもねぇやりたいことあきらめたくないっていうね。この映画の中にも「カラオケ行きたいなぁ」っていう台詞がいっぱい出てくる。最後まで観ていただけると、そこもなかなか気持ちのいいエンディングが。

-大泉さんはこの映画で鹿野さんの生き方を通して、ご自身が影響を受けたことはありますか?

大泉 おっしゃるとおりで、日本人は特に海外の方々から見てもそうらしいですけど。私はよくインタビューで「娘さんにどんな教育をなさってるんですか?」と聞かれますと「特にないんだけど、ひとつ言えるとしたら人に迷惑をかけるんじゃないってことですかね」と言ってきました。逆にいえば人に迷惑をかけなければ何してもいいよ、っていう。
この本を読んで思ったのは、人に迷惑をかけるってことをそこまで怖れる必要はないのかなというね。今年は自己責任論みたいなのがあらためて語られるようになったけれども、人に迷惑をかけることを怖れるよりも、自分でできないことがあったら助けを求める、求められたときには助けてあげられる人になってほしいな。世の中がもっと人を許すっていうか、人の迷惑を許してあげる社会になっていくともっといいのかな。世界全体を見ても「許す」ってことが大事なのかな。
(渡辺さんに)いちいち(マイクを)切んなくても。臨戦態勢でいてください。(笑)

渡辺 切れてるの?(笑)
-今切れてますよ。さわらなくていいんですよ。
大泉 戦争ですから。(笑)
-戦争じゃないです。(笑)

渡辺 自立というのは、人の手を借りずに自分で何でもできることを自立っていうと思うんですよね。ところが重度の障がいがある人が、それをかなり拡げてくれた。鹿野さんとか、ああいう障がいがありながら自立生活をする人たちの自立がどういうものかというと、「自分の人生を自分で決める」。そのために他人とか、社会に堂々と助けを求めていいんだよ。それは、自立の一つの方法なんだよ、ということを常に社会に訴えかけてきたんですね。その考え方はさきほど大西さんも言われたように、健常者にも突き刺さる。
大泉さんが言われたように、日本は「人に迷惑をかけてはいけない」という社会的な規範がとても強い社会なので、自分の悩みや苦しみを人に言えず、人に助けを求められずにー弱味見せたくないからですねーそれで孤立している方にこそ鹿野さんのわがままがもたらす人間関係の豊かさ、そういうものを感じていただけたらなと思います。
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-大西さんいかがですか?

大西 え、何がですか?(笑)
-今の話を受けて
大泉 油断しないで!(笑)人の話も聞いてね。聞きながら自分何を話そうか考える。
-大泉さん、そんなバラエティみたいに叩き込まないで(笑)。そんな厳しい世界じゃない。怖い怖い(笑)

大西 やっぱり私たち障がい者がどんどん外に出て行って、いろんな人がいるよっていうのを知っていただきたいと思っています。私もこんな派手な衣装を着て外に出るのはそういう意味があって。かと言って、むりやり出なくてもいいかなって。鹿野さんみたいな生き方を全員ができるわけじゃない。出られる人が頑張って出て行って世の中を少しずつ変えていって、より良い世の中にしていくといいんじゃないかなと思います。

-あらためて鹿野さんのような障がい者が積極的に出て行くことで、周りが変わっていく。その点について最後に伺いたいんですが。大泉さん、まさに鹿野さんによっていろんな人が変わっていく映画ですけれども。

大泉 え、何がですか?(笑)
大西 ちょっとー!(笑)
大泉 何答えればいいんですか?(会場爆笑)
MCさん質問繰り返す
大泉 普段映画やってると「その映画で何か伝えたいことありますか?」と聞かれます。「特にないんだけど、楽しんでくれればいい」と思ったんだけど。この映画に関しては、そんなに強いメッセージがあるわけではないんです。この映画を観ることによって「ああそうか、障がい者の方もこういうふうに思ってるんだな」とか「障がい者とボランティアの関係がどういう状態が望ましいだろうか」とか、いろんなことを考えるきっかけになればいいなと思いますね。
「こんな夜更けにバナナかよ」というこのタイトルが、今はやっぱり「障がいがあるのにそんなわがままを言っていた」ということで、とっても面白いんだけど。
究極はこのタイトルが別にわがままには聞こえない社会が実現できれば、ほんとに障がいのある方にとってもいい社会だとは思います。どんな時間でもきちんとヘルパーとして働きたい人を潤沢に確保できて、それが仕事として成立していて、障がいのある方がそれを自由にお願いできる、そういう社会が一番望ましい。
日本だとまだまだ珍しい存在だけれども、それが太っている人もいれば痩せた人もいるというくらいに、たまたま障がいのある人もいるという社会になればいいなぁと、そういう何かのきっかけにこの映画がなればいいなと思います。

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-渡辺さん何かありますか?

渡辺 そうですね。そういうことが普通になるような社会は、私たち健常者も生きやすい社会なはずです。切実な問題を抱えた方たちの訴えというのは、社会全体に対する重要なメッセージを含んでいることが多いということです。
例えば駅にエレベーターがあるのも、今の時代当たり前のことだと思ってらっしゃるでしょうが、実はその地域の障害者の人たちが30年に上に渡って営々と設置運動をずっと続けてきたからこそなんんです。私たちは知らずにその利便性を享受している。
だから障がい者の人が生きやすい社会というのは、障がい者に特権を与えるとか、お金をかけるということじゃなく、社会全体が生きやすい社会になる。そういう広い視点で鹿野さんのわがままについても捉えていただければと思います。

-なるほど。大西さん。

大西 人ってみんなできることと、できないことがあると思うんですよ。みなさんがおっしゃったように、許すというかそういうことを許容できるような社会がまずないと、みんな生きづらいと思うんです。お互いもうちょっと理解し合えるような社会になってほしいなと思います。このボランティアと鹿野さんの関係は、本音で向かい合ってこられたからだと思うんです。本音もお互い言える社会になってほしいと思います。

-ありがとうございます。ここよりフォトセッションに入ります。渡辺さん大西さん、大泉さんのオーラが全開になりますから気圧されないように(笑)。

大泉 プレッシャーかけるじゃないですか(笑)。(場所移動して)写真撮るとき普通でしょ?
大西 足回しちゃダメですか?
-回していいですよ。(笑)
大泉 なんて陽気な方!
大西 ダメ?ダメ?(義足をぐるぐる回す)
大泉 全然こっちのほうがオーラあるじゃないですかー!

(取材席のカメラに順に目線を配って撮影)

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奥のムービーカメラに手を振る3人。大西さん足も振る。

-これは初めてのパターンです(笑)。
では最後に大泉さんからひとこと。


大泉 とても面白い映画だと思います。私たちが作りたかったのは、決して重い映画ではなかったんです。笑えるコメディの要素もたくさんありまして、おおいに笑っていただいて、そしてジンとするところはジンとする映画だと思いますので、多くの方に観てもらってそれぞれのお友達、お知り合いに伝えて観ていただいて、この映画が何かを考えるきっかけになるといいなぁと思っとります。
僕たちのような健常者もいろいろ思うところもあるでしょうし、障がいのある方がこれを観ることもあると思います。大西さんがおっしゃるとおりで、みんながみんな世の中に積極的に出たい人ばかりではないと思うけれども、鹿野さんの姿を見て思うところもあるでしょうし。全ての人たちにとっていい社会がくればいいなぁと思っています。どうぞ楽しんで観てただいて、沢山の方々に拡げていただければと思っております。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

(取材・写真 白石映子)

『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』講演会 

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2018年12月4日 東京・新宿ピカデリー
12月3日から9日は「障がい者週間」。この日厚生労働省の後援のもと、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』特別映画試写会が開催されました。上映前の講演会に主演の大泉洋さん、原作者の渡辺一史さん、ゲストとしてパラリンピックに参加した義足のランナー・大西瞳(ひとみ)さんが登壇し、障がい者の社会参加と自立支援について語りました。

大泉 本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。今日これから観ていただくということなので、映画を、ま、ほんとに軽い気持ちで観て楽しんでいただければと思います。今日はどうぞよろしくお願いいたします。

-映画の原作でもあります「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」(文春文庫刊)を執筆し、ご自身も鹿野さんのボランティアをしていらっしゃいました原作者の渡辺一史さんです。

渡辺 今日はありがとうございます。私がこの本を出したのは2003年で、それから15年経っています。こういうふうに素晴らしい映画化が実現し、ほんとに私自身驚いています。鹿野さんという主人公を同じ北海道出身の大スターである(大泉洋:すぐほんとのことばかり言う)大泉さんが演じてくださるとは、私が書いていたときには誰も想像だにできなかったこと。ほんとにありがとうございます。じゃ今日は楽しんで観ていってください。

-続きまして、リオ2016パラリンピック陸上競技に日本代表として出場。現在では情報バラエティ番組のMCもつとめていらっしゃいます。多方面で活躍する義足のランナー大西瞳さん、お願いします。

大西 今ご紹介いただいたとおり、私は義足で陸上競技をしておりまして・・・ちょっと見せてもいいですか?(と右足の義足を持ち上げて)こんな感じで回ったりもするんです。こういう義足をつけて普段生活し、陸上競技もしています。今日はこんな素敵な場に参加させていただいて、もうほんと障がい者になって良かったな、という風に思っております。どうもありがとうございます。
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-大泉さん、ちょっとこの義足。渡辺さんも。このお洒落というかすごいカラフルな。
大泉 ねえ~
大西 そうなんです。
渡辺 アートですね。
大西 これ、生地を買ってきて作ってるんですけど、すごく可愛いですよね。
渡辺 デザイナーみたいな人はいらっしゃるの?
大西 あ、いないです。自分で選んで。(3人:自分で!へえ~)
大泉 思うじゃないですか、こうジロジロ見ちゃいけないんじゃないかとか。
大西 今日はほんとにジロジロ見ていただいて、はい、見慣れてください。
大泉 大西さんのほうから「障がい者になってよかった」なんて言われたらほっとしますよ(大西爆笑)。
あ、見ていいんだ、そういうことも言っていいんだとか。この映画もそうですけど、あらためて普通に接していいんだ、と勇気をいただきますね。

-ということで今日はよろしくお願いします。お座りください。

大泉 (大西に)座るのもシュッとね。いけるんですね。

-好きな柄に?
大西 そうなんですよ。海が好きなので海に映える柄がいいなと思って。
-「水曜どうでしょう」みたいな感じのやつをそこに。
大泉 どういう義足でしょう?水曜どうでしょう?(笑)
-よくステッカー貼ってる人がいるから。(笑)
大泉 それでぜひパラリンピックに出てほしいな。
大西 スポンサーになっていただければ。
大泉 「水曜どうでしょう」がスポンサーに? 番組そんな予算はないー。言えばあのヒゲ作るかもしれない。(笑)

-夢がある話ですね。さっそくお話うかがっていきます。まず大泉さん、身体の中で動かせるのは首と手だけでありながらも、ボランティアのみなさんに介助されながら楽しい自立生活を送っていた鹿野さん役を演じて、どのようなことを感じられたのでしょうか?

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大泉 最初やはり一番ひかれたのは「こんな夜更けにバナナかよ」というタイトルだったんですよね。要はボランティアの方々に24時間介助されないと生きていけない方が、どうしてそんなわがままが言えたんだろう?真夜中に「バナナ食べたい」って言って、ときに大喧嘩もして、ときにはボランティアに「帰れ!」ってよくおっしゃってた。なぜそんなことができたんだろう?やっぱり疑問、それを知りたいってところから始まったわけです。
本を読ませてもらったり、実際に鹿野さんに会っていた方々とお話をしているうちに思ったのは、鹿野さんの言ってたことは「わがまま」って言えることなのかな?っていうね。私もこの映画を撮り終えたときには、「こんな夜更けにバナナかよ」というタイトルが彼のわがままから出たことばにはもう聞こえなくなっていました。なんか不思議な体験でした。

-役者としても難しかったんじゃないですか?演じるうえで。

大泉 鹿野さんが亡くなってまだ16年しか経っていない。ですからこの映画に出てくるシーンには、実際に鹿野さんに起きたことでもあるわけなんですね。どんどん筋肉が衰えていく、最終的には呼吸する筋肉も衰えていくので人工呼吸器をつける。当時は人工呼吸器をつけるっていうことはイコール喋れなくなる時代だったんです。今なら喋れるんですけど。
だから人にお願いしないと生きていけない人が声を失うっていうことは、どれだけの恐怖だったろうと思うわけですけど。この映画の中に「どうすんの?あなた呼吸器をつけないと死ぬよ」っていうシーンがあります。「言ったんです」というお医者さんが隣にいてくれるんですね。だからその方に「どんな状態だったんですか?このときの鹿野さんは?」って聞きながら演じていく。
他にも鹿野さんのことを知っている人が周りにいっぱいいて、鹿野さんの話を聞きながらそのシーンに入っていける。なんかね、役者としてこんな体験はないな、という思いがありました。これから演じるシーンに行く前に「そのときの鹿野さんってどんなだったの?」と実際の話を聞いて泣けてきて。本番前に泣いてから本番演じるってことがあって。もちろん難しい役でもあったんだけども、役なんだけど、何なんだろうな。演じながら鹿野さんのドキュメンタリーに出ているような、鹿野さんを追っていくようなそんな不思議な体験でしたね。この映画は。

-渡辺さん深く頷いていらっしゃいましたけど。渡辺さんはもちろん鹿野さんを知ってらっしゃるわけで、大泉さんが演じた鹿野さんをご覧になっていかがでしたか?

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渡辺 背丈といい、顔つきといい似ても似つかないわけですけれども(笑)。同時に、不思議なことに瓜二つに見える瞬間があって、やはり鹿野さんと大泉さんが共同で作り上げた不思議なキャラクターということで、私は「鹿泉(しかいずみ)さん」と(笑)。

大泉 私はそのう「ひょっこりはん」に似てしまった(爆笑)
-あ、その前髪ぱっつんは似ていますね!
大泉 ひょっこりはんといえばひょこりはんに見えるし、鹿泉といえば、しかいずみに。(笑)

-それくらい渡辺さんから見たら似ていた?

渡辺 似ているとか似ていない以前に、スクリーンの中でこの人実在しているんじゃないかって思うぐらい生き生きとされていて。やっぱり俳優さんてすごいなぁと思いました。

-実際に鹿野さんの周りにいたボランティアの人たちの感想は渡辺さんに届いていますか?

渡辺 鹿野さんのお母さんはご存命で、80代でお元気なんです。お母さんはね、いつも大泉さんを見ると「息子が生きて帰ってきたような気がした」と言ってました。陰では別のこと言ってるんですけど(笑)。でもほんとに感動したと。ボランティアの方たちも関係者試写会というので観ていただいて「泣いた人?」と言ったら殆どの人が手を挙げて。「この映画ひとに勧めたい人?」って言うとまたほとんどの人の手が挙がる。

-そして実際に鹿野さんの間近で接していた渡辺さんに「障がい者の自立生活」についてのお考えを伺ってもいいでしょうか?

渡辺 はい。この映画、特に宣伝文からして「わがまま」ということが強調されているんですが、その「わがまま」っていうのをどういう風にとるか。さきほど大泉さんもおっしゃったように健常者にとっては障がい者のわがままにとれるんだけれども、当の鹿野さんにとっては、ごく普通の生活がしたいだけなんだということです。夜中にバナナ食べるのは、健常者にとっては自分で皮をむいて食べられるんですけど、鹿野さんはできないから人に頼む。それをわがままなのかどうかっていうのは、ちょっと考えどころなんですね。
ボランティアと鹿野さんは常に衝突とか対立とかあって、ボランティアは葛藤を抱えるわけです。バナナに限らず。そのときに、これ本当に鹿野さんのわがままなんだろうか?そうじゃないんじゃないか?って自問自答したボランティアたちはやはり長続きしたし、人間的にも成長していきました。
その反面「なんでこんなわがままなオヤジのボランティアをしなきゃいけないんだ」って辞めていく人も後を絶ちませんでした。
それと同時に、自分をさも良い人間、優しい人間であるかのように思っていたのに、夜中に起こされて「バナナ食べたい」って言われたくらいで腹を立てている自分、そういう問いを自分につきつけられた人は成長していって・・・。
鹿野さんのボランティアを経て、お医者さんになったり特別支援学校の先生になったりいろんな人がいます。
私も鹿野さんによって人生を変えられた一人なんですけれど。ほんとに人生が激変していくという、そういうドラマがたくさんあります。

-大西さん、この映画ご覧になっていかがでした?

大西 その前にここに呼んでいただいたのは何でだろうって考えていたんです。私進行性の難病でもないですし、あれ?って思ったら、思い当たる節が実はあって。元カレが筋ジストロフィーだったんです。松竹さんそこまで調べていたんだ!(笑)
大泉 そうじゃなかったみたいよ。
-違います!いやびっくりした!(笑)
大泉 ●春じゃないんだから(笑)
-雑誌名あげないでください(笑)
大泉 元カレまで調べてじゃなかったよ。
-考えすぎですよ。
大西 ちょっと安心しました。(笑)
-元カレが?
大西 はい、たまたま筋ジストロフィーで「ジョウシュク」が強い症状がでている子だったんですよ。手がなかなか上がらなくて、持ちづらかったり。そういう子に私荷物持たせてたりしたんですけど。顔の表情が薄くて、「たぶん今笑ってるんだろうな」っていうのがわからないような状況だったんです。付き合いが長くなるとわかるんです。「今笑ってるんでしょ?」「めっちゃ笑ってる」みたいな感じの方と付き合ったことがあったんです。
(続く)
後半はこちら(取材・写真 白石映子)

宮尾俊太郎《ロメオとジュリエット》トークイベント

8月25日(土)"METライブビューイング アンコール上映2018″開催中の東劇にて、《ロメオとジュリエット》上映前に宮尾俊太郎さんスペシャルトークイベントがありました。
 登壇者:宮尾俊太郎(Kバレエカンパニー プリンシパル) 
 司会:朝岡聡(フリーアナウンサー)
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☆宮尾俊太郎プロフィール☆
北海道生まれ。14歳よりバレエを始め、2001年に元パリ・オペラ座エトワールのモニク・ルディエールに見いだされ、フランス カンヌ・ロゼラハイタワーに留学。在学中にカンヌ・ジュヌ・バレエのツアーに参加する。2004年10月Kバレエ カンパニーに入団。『ドン・キホーテ』のバジル役で主演デビュー後、『白鳥の湖』『シンデレラ』『ロミオとジュリエット』『くるみ割り人形』『ジゼル』『海賊』『カルメン』などの主要作品で主演を担う。2015年よりプリンシパルを務める。TVドラマや映画、CMへの出演、ミュージカル出演など、バレエダンサーの枠にとらわれず、様々なメディアで活動の場を広げている。(資料より)


ー「ロメオとジュリエット」のオペラはフランスの作曲家が書いていて、ジュリエットは、ロシアのアンナ・ネトレプコという今世界中で一番人気のある人です。東劇の上のほうのアンコール上映(10月5日まで)の看板に出ている女性です。ロメオはロベルト・アラーニャ、マルセイユ出身のフランス人。共に大スター・歌手でございます。これはラブストーリーの中でも1,2を争う名作。宮尾さんは、いろんな場面を踊るわけですが、一番好きな場面はどこですか?

宮尾 有名なバルコニーのシーンはもちろん踊っていて酔いしれるんですけれども、一番気を使うのは最後の死ぬシーンですね。バレエはセリフがないので、自分の身体表現プラスオーケストラの音なんです。その音が相手を思う気持ちに聞こえたり・・・聞かせなきゃいけないわけですよ。そのへんがラストシーンになるにつれて繊細になっていくなぁと思います。

ーみなさん、まさか「ロメオとジュリエット」を知らないっていう人はいらっしゃらないですよね?

宮尾 いらっしゃいます?

ーいや、言えませんよw。宮尾さんの前で知らないなんて死んでも言えませんよ。w
シェークスピアの書いた物語です。基本的なところを申し上げておくと、舞台は北イタリアのベローナという町。ここにモンターギュ家とキャピュレット家という二つの家があって、ものすごく仲が悪い!それぞれの御曹司ロメオとお嬢さんのジュリエット。これが恋に落ちる、だけども上手くいかない。いいですか、みなさん。オペラってのはラブストーリーですが、決してうまくいかない。


宮尾 バレエもそうです。決してうまくいかない。そして誰か死ぬ、というw

ーこれはね。自分が恋するときには何にも問題がない、ハッピーなのがいい。わかったとたん両思いでお互いの家族も友だちも「良かったねー」という。めでたしめでたし。ところが、人の恋を見たり聞いたりするときはそうじゃない!人間というのは。うまくいかない、どーしてー?ひどーい!うっそー!ww これみなさん大好きだと思うんです。なぜならその方が面白いから。だから源氏物語だって、失楽園だってみんなうまくいかない恋物語ばっかりじゃないですか。

宮尾 普段お客様、みなさんが、そこまで私体験できないっていうのを代弁して、その気持ちを感じていただくっていう。
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ーさっき宮尾さんがおっしゃったバルコニーのシーンは、ロメオがジュリエットの屋敷に忍び込んでいく。ジュリエットが「なぜあの方はうちと仲が悪いモンターギュ家の方なの。その名前を捨ててほしいわ~」と独り言を言っているのを聞いて、ロメオは感激するわけです。それをどうバレエで?振り付けは決まっているんでしょうけど。

宮尾 そのセリフがお客様に聞こえてくるように、心の中でそのセリフを言いながら踊っています。16歳と14歳の若い男女の愛が止まらなくなっていく勢いと、その初々しさを大事にしています。

ーバレエって手の使い方が大事ですよね。「好きだ~~~」(と手を伸ばす)ww スピードとか。

宮尾 ありますね。最初初々しさを出すためには(手のふりをつけて)「好きって言えない」とか、「好き、あ、言っちゃった」とかいろいろあります。w

ーねぇ。これはオペラの歌手もそう。歌手だけじゃなく、俳優、女優ですから。だから動きがとても大事なんです。バルコニーの2人が語らっているときに、どんな動きをしてどんな表情をしているかというのも見所なんです。

宮尾 それでびっくりしたんですよ。先にDVDで見せていただいたんですが、オペラの方がシュッとされている。体格が大きいイメージだったんです。そんなに大きくない、そして、すごくよく動く!戦うシーンなんかも信じられないくらい動いていて、よくあれで息が切れない!僕もこの前初めてミュージカルに出させていただいたのでわかるんですが、あんなに激しく戦って息が切れないというのにびっくりしました。

ーとにかく動くんですよね。主役の2人もそうですが、仲の悪い両家が戦うシーンで脇の人たちが計算された動きで、戦い抜いていくんです。ここはうなっちゃうんですよね。

宮尾 今までオペラっていうのはそんなに動かないイメージだったんですけど、最近はこういうふうになってきて新しい迫力のある現代的な演出をされていて、そのうちダンサーなみに踊れるオペラ歌手が出てくるんじゃないかな、って思っちゃうんですよ。

ーほんとにね、昔みたいにばーんっと太った人が「私はもうすぐ死んでしまう」って言うんじゃなくw、美しい人が主役をするようになってきてる。棒立ちでなんて歌いません。この第4幕でロメオとジュリエットが、ベッドに入るシーンがあります。このベッドがね、宙に浮いてる。星空に浮いているようなベッドの上で愛し合いながら二重唱を歌っているんです。幻想的なまさに2人だけの世界って感じで。ベッドで見事に歌っているんです。
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宮尾 すごいですよね。ほんとに。落ちないか心配でしたけど。wとても甘美で美しいですよね~。シュッとされてるオペラ歌手の方は、この映画で「寄り」(アップ)になっても美しいんです。それを大きな画面で見て、とってもいいなと思いました。

ーライブビューングは高音質、高画質が売り物ですので、音楽はもちろん素晴らしい音で聞こえてきますけれども、今宮尾さんがおっしゃったように、アップになったりアングルが変わったりしたときに、実にいろんな演技や表情が見えてくる。リアルにわかります。
今日は5幕ありますけど、どの画面も画面に吸い込まれるように感じられると思います。それから、幕間(まくあい)に、インタビューがあるんですよ。


宮尾 あれも面白かったですねぇ。演じている人が戻ったらカメラがあって、みなさん嫌な顔ひとつせずてきぱきと応えていらっしゃって。あればっかりはこういったライブビューイングでないと見られないですよね。

ー普通は幕が閉まるとどんなふうに休んでるのかしら?と思うんですけど、さすがにスター歌手というのは「ハァーイ!」なんて言ってw またインタビュアーが歌手だからいいんですよね?

宮尾 そうですね。仲間ですから気持ちわかっていますから。

ーだから宮尾さんがね、終わった後に熊川(哲也)さんが出てきて、「今日どうだった?」なんて聞いたら?

宮尾 (明るく)「いや最高ですね!!」ってwww

ーこのインタビューは、ライブビューイングの売り物の一つ。登場した人たちの本音がすぐその場で聞ける、という。
「ロメオとジュリエット」の話に戻りますが、仲の悪い両家なのに恋に落ちた2人、ロメオがちょっとした諍いがもとで、ジュリエットの従兄弟を殺してしまう。それで追放になってしまうわけです。2人は結婚したいけど、ジュリエットには親の決めた婚約者がいる。神父に相談すると、薬をくれるんですね。一日だけ仮死状態になるけれどお墓で目覚めるから、日本みたいに火葬じゃないから、そうしたら2人で遠くへ逃げなさいと。ところが、こんな大事なことがなぜかロメオに伝わらない。


宮尾 携帯電話とかないですからねえ。w 

ーそ、メールもできない電話できない。で、仮死状態になっているジュリエットを見て、ロメオは「もう生きていけないー!」と毒を飲んでしまう。こっちは本物の毒で、効いてきてるときにジュリエットが目覚めて、毒を飲んでしまったといって死んでいくロメオに私も生きていけない!とグサッ。これがさっき言った死んで行くシーンのオーラス。死んだときって、動かなくなったらいい、ってもんじゃないですよね。

宮尾 いや、死んだ後は動かないんですwww 死ぬまでは動いてます。
真面目な話をしていいですか? 「ロメオとジュリエット」ってずっとどの時代でも愛されてきましたけど、人々の争いが消えないかぎり、この作品は愛されるていくんじゃないかと。争いがあるからこそ愛が浮き立って見えるので、そこにみなさんが感情移入できるところがある。争いがもしなかったらこの話はつながらなくなるんじゃないかなって思っちゃったんですけど。どう思います?

ーそれをいうならね、人間は恋愛が大好きなんですよ。一回愛して懲りた、もうしないとかよく言うでしょ?でもまた恋しちゃうんですよ。人間の世の中から、愛も恋も一回でOKってみんな思っちゃったら、バレエもオペラもなくなっちゃう気がするんです。

宮尾 最近厳しくなってきている浮気とかもそういったものもドラマの一つ?

ーまあ、それをしろってことじゃないんですよ。現実世界では、「愛のために死ぬ」ってことは普通できないのよ。どんなに相手のことが好きになっても、簡単には死ねない。だけど、頭の中では「愛のために死ねたらいいなぁ」とは思ってるんですよ。

宮尾 「愛のために死にたい!」という気持ちは、いつも自分でも持っています。
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ーそれをね、実現するのがバレエであり、オペラじゃないかって私思っているんですよ。疑似体験という。「ロメオとジュリエット」には、ドンピシャリ「愛と死」というテーマが入っている。音楽でも、演技でも、バレエでもしみじみ納得させてくれるんですよね。

宮尾 ほんとそうですよねぇ。いつも、舞台上でそういう愛のために死んでいるので、日常は抜け殻のようになっていますww

ー演じるってことに、それだけエネルギーは必要だってことだと思う。

宮尾 演者さんによってはその引き出しを増やすために、私生活もその近い状態にもっていくみたいな方もいますからね。

ーええー!精神状態を? 役作りというか、気持ちを作って盛り上げていくために?
今度10月に宮尾さんがおやりになる「ロメオとジュリエット」は、旧ソビエト時代の有名な作曲家プロコフィエフのですね。いろんな作曲家が心をとらえられて、オペラやオーケストラのために書いています。今日のオペラはグノーですが、プロコフィエフとの違いは?


宮尾 説明が難しいですけど、違いますね。先日仕入れた情報によると、プロコフィエフさんはアメリカに行って新しい技法を仕入れてソビエトに戻ったんですが、共産主義のもと自由に曲を書けない。実はアメリカで得た新しい技法を曲の中に入れていると聞きました。

ープロコフィエフは20世紀の作曲家ですからね。(宮尾 グノーさんは?)グノーは19世紀の真ん中あたりの人です。当時のフランスはとても華やかな時代。オペラの規模も大きくて、その中にバレエが入っていて一緒に楽しむ時代の作品なんです。ロートレックたちが描いた絵がありますよね。ああいう風な紳士淑女がパリのオペラ座に行って社交するわけですよ。すごく立派な建物で、中に入ると立派な階段があって、ホワイエ、ロビーが広い。イタリアの昔の劇場は玄関に入るとすぐ客席になっちゃう。フランスのガルニエ宮とオペラ座は世界で初めて鉄骨作りで作られたので大きいんです。休憩時間にボックス席から出てきてホワイエでお酒を飲んだり話したり、というのはオペラ座ができてから初めて始まったんですよ。

宮尾 シャンパンと生ハムとか。

ーさきほどDVDの感想を伺いましたが、そのほかに印象に残ったところは?

宮尾 セットですね。星座を意識して作っているセットと、現代的というんでしょうか、お洒落で豪華。これは凄いなと思いました。

ー衣装はたしかにクラッシクな感じなんですけど、回る舞台がちょっと斜めに傾いていたり、遠近法をうまく使った背景だったり後ですよね。

宮尾 そのあたり細かく“寄り”で見ていただけたら、楽しめると思います。

ーバレエの場合は舞台から正面で見るでしょ。(宮尾 そうです)オペラの舞台はセットに凹凸があったりするのが違いますね。

宮尾 バレエは舞台上でナチュラルな動きっていうのは少なく、バレエの基本に基づいた動きをしますので、あまり段差があったりするとそこから外れてしまう場合があります。ところがこの作品の戦い場面なんかは、みなさんが飛び上がったり飛び降りたりしています。

ー戦いの場面でロメオが向こうの御曹司(ジュリエットのいとこ)を殺してしまうんですが、ああいうところ迫力があって、日本の殺陣によく似た計算された動きの中でやっているんですね。

宮尾 けっこう本気で剣をふりまわしていて、リアリティがありました。

ーライブビューイングは1ヶ月くらい前に上演したものを鮮度そのままに高音質・高画質で見られるんですけど、さっき宮尾さんがおっしゃたポイントや、アップになったりアングルが変わったり、幕間のインタビューがあったり、見所がたくさんです。アンコール上映は10月5日まで、11月から新しいシーズンが始まり、その一番目が「アイーダ」です。今日ご覧になったアンナ・ネトレプコのジュリエットは10年前、アイーダのアンナが10年後。すっかり貫禄がついて。w バレエのプリンシパルも変わっていくことがありますか?

宮尾 あります。20代前半は勢いがあって、テクニックに走り勝ちですが、30代に入ってくると深みが出てきます。

ー声も同じ。若いうちは軽やかで、だんだん充実、重厚になってくる。アンナ・ネトレプコが歌う「私は夢に生きたい」という有名なワルツがあるんですけど、それが10年前。10年後は「アイーダ」を歌っている。どんな風に歌っているかは、11月にご覧下さい。

宮尾 いいですね。でも10年後は42歳です。引退している可能性が・・・重厚な踊りが踊れるようになって、僕もライブビューイングしていただけてるといいですが。

ー引退はまだまだ。バレエももちろんですが、俳優もなさっていますし、いろんな充実したフィールドに拡がっていくと思っています。

宮尾 そうですね。僕もミュージカルでもバレエでも「ロメオとジュリエット」やらせていただきました。後はオペラですね。www

ーそんな風にみなさまのモチベーションを刺激する「ロメオとジュリエット」でございます。どうぞお楽しみください。どうもありがとうございました。

宮尾 ありがとうございました。
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(取材・写真 白石映子)

グノー《ロメオとジュリエット》
上映時間:3時間28分
指揮:プラシド・ドミンゴ
演出:ギイ・ヨーステン
出演:アンナ・ネトレプコ、ロベルト・アラーニャ
(MET上演日:2007年12月15日)
配給:松竹 (c)松竹
https://www.shochiku.co.jp/met/news/956/

METライブビューイング アンコール上映2018
東劇アンコール上映はこちら
関西(神戸・大阪)アンコール上映はこちら
名古屋アンコール上映はこちら
配給:松竹 (c)松竹