『最果てリストランテ』松田圭太監督インタビュー

大切なのは“何を”ではなく“誰と”食べるか

映画『最果てリストランテ』は、あるレストランを舞台に、亡くなったばかりの人が故人の中で会いたい人と最後の晩餐をする話をオムニバス形式で繋ぐ。朗読劇『フォトシネマ朗読劇 最果てリストランテ』として、2018年4月7日に初演され、2019年1月、2月に再演された作品の映画化である。主演をつとめるのは、村井良大とK-POPグルーブMYNAMEのジュンQ。メガホンをとったのは松田圭太監督。朗読劇版でも脚本を担当したが、映画版では異なる視点で脚本を作り上げている。作品への思いや食へのこだわり、ロケーションについて、松田圭太監督に話を聞いた。
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<プロフィール>
松田 圭太 (まつだ・けいた)
フリーランスのCGデザイナーと して「ロング・ラブレター ~漂流教室~」(フジテレビ)を始め数多くのテレビドラマに参加。2002年、CG・映像制作会社・有限会社 ライスフィールドを設立。「奥さまは魔女 - Bewitched in Tokyo」(TBS)等の作品でCGディレクターを務める一方で、小泉麻耶・綾野剛主演映画『エレクトロニックガール』(2009年)で監督デビューを果たす。その後、韓国オールロケで挑んだ『RONIN POP』を監督。また、戦国時代を舞台にしたアクションゲームシリーズ『戦国BASARA』の実写化に挑戦。そのほかにもフジテレビ開局55周年プロジェクト『信長協奏曲』アニメ版では演出・絵コンテを担当。その他WebCMや朗読劇の演出も手がける。最新作は全編iphoneでの撮影に挑戦した。

『最果てリストランテ』
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これはとある場所の小さな、小さなレストランの物語。そのレストランの営業時間は決まっていない。
そこは人生でたった1度しか訪れることが出来ない。そこは三途の川を渡る前、最後の晩餐をとるためのレストラン。そのレストランでは料理の注文をすることは出来ない。できるのは最後の晩餐の相手を選ぶこと。選べる人の条件は既にこの世に存在しない人物、1人に限るということ。相手が決まれば料理も自然に決まる。
料理するのは韓国人のハン、給仕は日本人の岬。レストランに訪れる人達の思い出の料理を振舞い、その料理を口に運んだ人達はみな笑顔になり饒舌になる。そして新たな旅路へと向かっていく。
一方、ハンは記憶の全てを現世に置き忘れてきてしまっていた…。ハンは、岬は、なぜここで料理を振舞っているのか? そもそも、ハンも岬もこの世の住人なのか? それとも…。

監督・脚本・編集:松田圭太
出演:ジュンQ(MYNAME)、村井良大、真宮葉月、鈴木貴之、今野杏南、井澤勇貴、酒井萌衣、苅田昇、芳本美代子、山口いづみ、堀田眞三
撮影監督:カトウジュンイチ
音楽:加藤史崇
料理監修:平野昌樹
2018年/日本/カラー※一部モノクロ/91分/ビスタサイズ/ステレオ
配給:アイエス・フィールド
©2018「最果てリストランテ」制作委員会
公式サイト:http://www.is-field.com/saihate/
★2019年5月18日より池袋シネマロサにて公開

―本作は2018年4月に上演され、今年1月と2月に再演されたスチールシネマ朗読劇「最果てリストランテ」の映画化です。舞台を映画化しようと思ったのはなぜでしょうか。

そもそも、僕は映像側の人間です。映画にしたいプロットがあって、映画用の台本を書きました。ただ、ちょうどそのころ、いい小屋(上演できる場所)が見つかって、朗読劇が先になったのです。朗読劇は朗読劇でなければ表現できないことを踏まえて、映画とは別に改めて脚本を書きました。

―この世に存在しない人物と人生最後の晩餐をとるという物語の着想はどちらから得たのでしょうか。

一カ所にいろいろな物語を持った人たちが集まって、食事を取りながらその人の人生が見える。小林薫さん主演の『深夜食堂』が好きだったので、ああいった映画ができないかなと思っていました。
ただ、食をテーマにした映画は星の数ほどある。一線を画すためにどうしたらいいか。少しひねりを加えて、人生に1回しか取れない最後の晩餐について取り上げることにしました。誰かと食事をするとき、何を食べるかよりも誰と食べるかの方が重要。気の置けない人と食べれば何を食べても美味しいし、おいしくないものが出ても、それはそれで笑い話になる。大切なのは“何を”ではなく“誰と”食べるか。そういうアイデアからたどり着きました。

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―舞台ではなく、映画だからこそできた表現などありましたか。
まず、食事シーンですね。食事を口に運んで笑顔になる。これは朗読劇ではできません。
そして、全体の色のトーンの変化。最初にレストランに来たときはモノクロで、語られる思い出は彩度の低い色味があり、会いたい人が来るとしっかり色づく。時間軸の違いを意識的に表現しました。死にどんな色がついているのかは分かりませんが、これは映像でしかできない演出です。

―客の一人が、日本人である自分が最後の食事を外国人に料理を作ってもらうこと、三途の川が仏教思想で最後の晩餐はキリスト教であることに疑問を投げかけていました。

彼の疑問は至極当然です。自分で脚本を書きながらも「そうだよな」と思っていました。ただ、あの場所では韓国人が料理を作っていましたが、別の場所では日本人が作っているかもしれない。いくつかあるかもしれない場所の1つ。そんな感じですね。
三途の川や最後の晩餐についても、ハンが “ものの例えみたいなもの”だと言っていますが、死後の世界は誰にもわからない。宗教はいろいろありますが、死は理屈で考えるのではなく、そうなったときに受け入れるしかないのかなぁと僕自身が自問自答しています。

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―レストランの醸し出す雰囲気が作品に合っていました。ロケハンで見つけたのでしょうか。

あれはヒットですよね。一般的な飲食店は日々営業しているので借り辛い。遠くまで範囲を広げて、いろいろ探していました。そんなときに撮影部の方が「陶芸家の知り合いがいて、カフェ的スペースを自分で作っている」と教えてくれたのです。連絡を取ってもらったところ、JR青梅線「沢井駅」から歩いてすぐの場所だったので、ロケハンのついでに行ってみました。
ご夫妻とも陶芸家で、自分たちの作品の展示や新作の発表会、仲間を呼ぶ場所として作ったとのこと。一目で気に入りました。お二人とも映画の撮影に寛容だったので、快く受け入れていただき、4日間お借りしました。
予算が限られていたので、飾り込みはそこにあるものを全部使わせていただきました。入ってすぐのところにある、三途の川を連想させる絵は陶芸家の方のお父さまが描いた絵です。食器はすべてご主人が作ったもの。あそこでなかったら成立しないくらい、雰囲気のいい場所でした。

―料理をするシーンが何度も出てきます。包丁のトントントンという音、油を敷いたフライパンにお肉を入れたときのじゅっという音など聞いているだけで美味しい料理が頭に浮かんできました。あれはジュンQさんが実際に作っていたのでしょうか。

そこはなかなか難しく、ジュンQが実際にやっていたのは、切る、炒めるともに半分くらいです。料理の監修の人に指導してもらいながら作っていました。

―調理しているところを美味しそうに映すコツはありますか。

彩りも考えて献立を作りましたが、さらに美味しそうに見せるには、肉に焼き色がついていくところや湯気を映すのがポイント。湯気が多めに映るよう、熱したフライパンの手元の見えないところに水を垂らしてジュっとしました。後は音ですね。基本的にはそこで録った音ですが、編集で際立たせたりしました。美味しそうに見えましたか?

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―はい、シンプルな料理ばかりですが、どれも美味しそうでした。監督がお好きな料理なのでしょうか。

冷麺、鶏の唐揚げ、チャーハンと餃子、白湯系の鍋と締めのラーメン、豚肉の生姜焼き・温泉卵トッピング。映画に出てきた料理は基本的にみんな好きですね。でも「好きな料理を出したのか」と聞かれたら、それは違います。話の流れに沿って、料理の監修で入ってくれた方と相談して決めました。鍋の締めのラーメンは撮影が終わると、スタッフも貪るように食べていました。

―温泉卵をトッピングにした豚肉の生姜焼きがとても美味しそうでした。

僕が温泉卵をつけることを思いつきました。生姜焼きは味がしっかりついていて、強い感じがします。それはそれで好きですが、すき焼きのように卵をつけて食べると味がマイルドになって、また違った美味しさが味わえます。
最後の2人の料理はちょっと個人的なものというか、お店では食べられないものにしたかったのです。“思い出の料理”というとありきたりですが、それについて2人が語れるようにと考えました。

―お話をうかがっていて、監督ご自身が料理をするのが好きなのではと感じました。

料理は割としますね。食にこだわりがあります。映画に出した料理は一通り試しました。
朗読劇でも最後の2人の食事は豚肉の生姜焼きですが、他は全部、映画とは違います。その1つがたこ焼きのキムチトッピングでしたが、これは評判がよかったようです。SNSに「朗読劇を見て食べたくなったからやってみた」などと書かれていました。

―話の節目ごとに入る格言のような言葉は監督が考えたのでしょうか。

作品がオムニバス形式になっているので、区切りというか、その話がすっと胸に落ちるような、タイトルに変わるものを入れたかったのです。いろんな人の名言、格言で食に絡められるものはないかと探して、アレンジして書きました。

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―次はどんな作品でしょうか。

基本的には映画ですね。この作品を2018年の春に撮って、秋には別の作品を1本撮り終わっています。そして6月にまた撮影に入ります。
秋に撮った作品も題材が死だったので、テーマ的には派生しているものがあります。しかし、これは偶然。企画のアイデアはいろいろありますが、出資者やプロデューサーの求めているものにどれが一番はまるかというところで作品は決まっていきます。

―何かチャレンジしたいことはありますか。

昨年の秋の作品は全部iPhoneで撮りました。ガジェットとして使ってみたかったこともありますが、都内のいろいろなところを人混みも含めて撮りたかったので、レンズをくっつけて、自分で撮影し、編集、グレーディングまでやりました。大変でしたけれどね。
今後、自由にやっていいと言われたら、日常の中にある奇跡というか、ファンタジックなモチーフが入る作品を撮りたいですね。この作品もそうですが、亡くなることは悲しいけれど、亡くなった後に、神様からのちょっとしたギフトみたいなものがあるといった感じです

―これから作品をご覧になる方にひとことお願いいたします。

死の淵に立ったときに考えるのは、自分の人生が豊かだったかどうかではないでしょうか。それは経済的なものではなく、一緒に過ごした人の顔や思い出をどれだけ鮮明に思い出せるかということ。経済的に成功した人でも、結局、そこにたどり着くのではないかと考えました。
この作品は最後に誰を選ぶかという選択の話です。そこから話を掘り下げました。いろいろなエピソードが出てきますが、自分だったらどうするかを考える。そして、自分が今、生きているときに大切に思う人、会いたいと思う人と会い、その人との時間を大切にしていただければと思います。
(取材・写真:堀木三紀)

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